Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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波乱に塗れた説明会

「特務機関カルデアにようこそ。所長のオルガマリー・アニムスフィアです」

 

 玲瓏な声に、傲慢さすら匂わせて、確かな自信とともに女性がその名を告げると、会場に緊張が走った。若くして主要ポストについているくらいだ。相応の女傑か、相当な血筋を持った人物なのだろう。何となく、後者のような気がしてならないが。加えて、開会の時点で、既に私は目をつけられたような気がする。前途は多難だな。

 

「あなたたちは各国から選抜、あるいは発見された稀有な才能を持つ人間です」

 

 簡潔にして、威力絶大な自己紹介を終えると、オルガマリー・アニムスフィア……長いな。マリーさんで良いかな?いや、この場合は、マリー所長のほうが的確?

 

 ……まぁ、兎も角、彼女は集まったマスター候補者?1人1人を観察するように、私達の前を往復しながら語り始めた。

 

「才能とは霊子ダイブを可能とする適性のこと。魔術回路を持ち、マスターになる資格を持つ者。想像すらできないでしょうが、これからはその事実を胸に刻むように」

 

 ここでチラリと私に視線を送るマリー所長。美人の目力凄い。うん、どうしよう。帰れるはずもないのに、帰りたくなってきたぞ。

 

「いいですか。あなたたちは今まで前例のない、魔術と科学を融合させた最新の魔術師に生まれ変わるのです。とはいえ、それはあくまで特別な才能であって、あなたたち自身が特別な人間という事ではありません。あなたたちは、全員が同じスタートに立つ、未熟な新人だと理解なさい」

 

 厳然とした言葉の並び。すると、ここに至って、初めて会場から幾つかの反応が起こった。魔術師の世界の事はよくは分からないが、余り肯定的な反応ではない事は確かだ。勿論、所長もそんな空気には気付いているだろう。だが、彼女はそれくらいの事で挫けるタマではなかったようである。

 

「特に、協会から派遣されてきた魔術師は学生意識が抜けきっていないようですが、すぐに改めるように。ここカルデアはわたしの管轄です。外界での家柄、功績は重要視しません。まず覚える事は、わたしの指示は絶対という事。わたしとあなたたちでは立場も視座も違います。意見、反論は認めません。あなたたちは人類史を守るためだけの、道具にすぎない事を自覚するように」

 

 あー、高飛車な雰囲気ではあったけど、ここまで露骨だと、いっそ清々しいな。まぁ、上に立つ者としては、それでもいいんだろうけど、言い方が下手(不満を煽っただけ)という印象は否めない。

 

「……騒がしいですね。意見は認めない。と言ったばかりですが?」

 

 そしてまぁ、予想通りというかなんというか。先程から、会場には妙な熱気が漂っている。これは所長にご立腹ってところだろう。

 

「そこの君。さっき遅れてきた君よ。いま話した心構えについて、何か不満があるのかしら?」

 

(って、おいおい、私に白羽の矢を立てるなよ)

 

 やはり、私の勘は間違いなかったようで、そんな自分の悪運に辟易する。ともあれ、生贄に選ばれたからには、責任は果たしましょうかね。

 

「…………いいえ、とってもシンプル且つ分かりやすい指示系統と思いま――」

「なによそれ、話が違うわ!!私たちは才能を評価されて集められたエキスパートです!!どうしてもと言うから、こんな山奥までやってきたのに、絶対服従とかバカじゃないんですか!?」

「その通りだ、愚弄するにも限度がある!!魔術師にとって血筋は最重要視されるものだ、それをないがしろにするなんて!!」

 

 私が言い終わらないうちに、甲高い女の怒号を皮切りに、魔術師のエリートボンボンどもが、口々に不平不満を爆発させていく、最前列で説明会に参加している私は、奇しくも、それらの罵詈雑言を特等席で聞く羽目になってしまった。多くの負の感情にあてられ、身体中の倦怠感が加速していくようで、私は自身を落ち着かせるために左腕を掴むと、長く深い息を吐いた。

 

「……っ静粛に、私語は控えなさい!!それだから、学生気分が抜けていない。なんて言われるのよ!!わたしは現状を打破する最適解を口にしているだけ、納得がいかないのなら、今すぐカルデアを去りなさい!!」

 

 少しだけ、怯んだように表情を崩しながらも、鞭のように鮮烈な所長の激が飛ぶ。声音は若い女のそれだのに、確かな重さをもって放たれた言の葉は、正確無比に彼らの浅慮さを打ち砕いていく。

 

「……もっとも、あなたたちを送り返す便はないけどね。標高6000メートルの冬山を裸で下りる気概があるのなら、それはそれで評価しましょう」

 

 静まり返った聴衆を前に、勝ち誇ったように頬を緩めた所長だが、次の瞬間には、その表情を厳しいものへと変え、職務に準ずる(説明を再開させた)

 

「結構、脱落者はいないようね。まったく、くだらない事に時間を使わせないで、わたしたちの、いえ、人類の置かれた状況が、それぐらい切迫しているものだ。と、理解して欲しいものだわ」

 

 そこで何を思ったのか、彼女は私に視線を寄越すと、ニヤリとした笑みを浮かべ――

 

「ほら。そこの彼女を見習いなさい。反論も意見もない。従順で結構です」

 

 又しても私を槍玉に挙げたのだった。おかげで、行き場を失った不満の矛先は、全て私へと視線となって突き刺さってきた。さっきまで怯えていたのが嘘のような所長の女狐ぶりには感心するが、今のところ、私には何の旨みもない。

 

(そりゃあ、どーも)

 

 なので、私は心の中で毒づくと、睨まないように気を付けながら所長を見上げて、更に強く左腕を掴んだ。

 

 体調不良に気分の悪さも加わり、もう一度息を吐く。止まらない冷や汗には、自嘲的な笑みすら浮かんだ。

 

「……では話を続けます。いいですか、我々カルデアは……」

 

 ――所長の声が遠くに感じる、意識も混濁してきた。このままでは不味い事になる。何が何でも、今ここで倒れるわけにはいかない。と、私は目を閉じて唇を強く噛んだ。

 

「……そんな数多くある“星の開拓”に引けを取らない、いえ、すべての偉業を上回る偉業。文明を発展させる一歩ではなく、文明そのものを守る神の一手――」

 

 歯が唇を突き破る痛みと、口の中に広がる血の味。不快感に重なる不快感に、己の意識が嫌でも保たれていく、ついでに聞きたくもない説明に耳を傾ければ、持ち直せるものもあるだろうか?

 

「不安定な人類の歴史を安定させ、未来を確固たる決定事項に変革させる。霊長類である人の理――即ち、人理を継続させ、保障すること。それが、わたしたちカルデアの、そして、あなたたちの唯一にして、絶対の目的です」

 

 そうして、半ば自棄になった精神で、所長の説明から聞き得た事はといえば、絶望にも似た諦観ぐらいだろう。簡潔にまとめるならば、人の身で霊長の守護者になれ。と言われたも同じだ。まったく、ヤバい機関だと思ってはいたが、どうにもトンデモない事を要求されている。何より、性急に過ぎる語り口なのがいただけない。

 

「カルデアはこれまで多くの成果を出してきました。過去を観測する電脳魔ラプラスの開発。地球観測モデル カルデアスの投影。近未来観測レンズ シバの完成。英霊召喚システム フェイトの構築。そして霊子演算器 トリスメギストスの機動。これらの技術をもとに、カルデアでは百年先までの人類史を観測してきました」

 

 そんな私の嫌な予感など知る由もなく、一息で言い切った(淀みなく説明を続ける)所長だが、その背景には、とてつもない叡智が集約されているはずである。プライドの塊のような魔術師達も、流石はエリートなだけあってか、状況理解は早い(分の弁え方は分かる)ようで、声高に不満を呈する者はいなくなった。

 

「未来予測ではなく、未来観測です。天体を観るように、カルデアは未来を見守ってきました。その内容がどのようなものであれ、人類史は百年先まで続いている。という保証をし続けてきたのです」

 

 知らず、所長の弁にも熱が籠ってきたように感じる。それは、より不遜さ高慢さを増していく事とも同義だ。

 

「頭上を見なさい。これがカルデアが誇る最大の功績――」

 

 やおら、両手を広げた所長の頭上に視線を移す。そこには――

 

「高度な魔術理論によって作られた地球観測モデル、わたしのカルデアスです」

 

 機関名の元となるにふさわしい最高傑作が、青く光り輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……このカルデアスは未来の地球と同義なのです。カルデアスに文明の光が灯っている限り、人類史は百年先の未来まで約束されています」

 

 流石にこれは、所長が自慢げになるのも頷けるというものだ。私を含め、この場にいる全ての人間が、そう理解したのだろう。いつの間にか、先程までの不平と不満に塗れた空気が薄れ、そのかわりというように、不安げに表情を崩す者が出てきた。察しが良いのも考えものである。私としても、彼らのような同士の存在には、苦笑を溢さずにはいられない。

 

 無論、私も彼らも不安の正体を明確に悟っているわけではない。しかし、これが説明会である以上、それとは相対せずにはいられないだろう。そうなれば文字通り、もう後戻りは出来なくなるはずだ。故に、それは人として正しい恐怖のあり方だと思った。

 

「……だって光がある限り、都市には人間が暮らし、文明が継続している事を証明しているのですから」

 

 そして、そんな心配を裏付けるように、所長の声音に微かな翳がさした。それは本当に些細な変化だったが、確かな感傷を含んだ声帯の震えだった。

 

「ですが――レフ、レンズ(シバ)の偏光角度を正常に戻して」

 

(強がりな人だな)

 

 きっと、彼女自身、所長の仮面に綻びが出たことに気付いたのだろう。取り繕うように指示を飛ばすと、己の最高傑作を睨むように見つめた。

 

「現状は見ての通りです。半年前からカルデアスは変色し、未来の観測は困難になりました。今まで観測の寄る辺になっていた文明の明かり。その大部分が、不可視状態になってしまったのです」

 

 カルデアスの生命的な青色の輝きが、虚無的な灰色に塗り替わると、どこからか悲鳴を飲み込むような声が上がった。

 

 ……まぁ、私の心境も、概ね似たようなものではある。

 

「ふん、良い反応ね。少しは頭の回る子がいて助かるわ」

 

 そんな私達の顔色を見渡して、所長は顔を歪ませて嗤う。皮肉げに自嘲的に、されど逃避は許さない。とでも言うように。

 

「そう、明かりがない。という事は文明が途絶えたという事よ」

 

 淡々と告げられた事実に、会場は完全にお通夜モードに突入し、視界の右端では、恐らく先程の悲鳴の主だろうと思われる少女が、静かにその場に蹲るのが見えた。想定外にして未知の恐怖からか、満月のような金色の瞳は見開かれ、太陽のような色をした髪の毛は、毛先まで震えているかのようだった。何より、そんな有り様を本人も理解しているのだろう。きつく身体を抱き小さくなることで、懸命に恐怖と戦おうとしている姿は、余計に気の毒に見えた。

 

 きっと、感受性の塊の如く、繊細な精神の持ち主なんだろう。恐らくは私と同じで一般枠な(魔術師ではない)のだろうが、私のほうはイマイチ人類滅亡のビジョンにピンときていないせいで、そこまで悲観的になりきれていない。

 

「これは極秘事項として秘されていた事ですが、あなたたちには知る権利があります。観測の結果、地球に明かりが確認できるのは、2016年まで――」

 

 静かにざわつく(・・・・・・・)会場を前に、説明を続ける所長であったが、何を思ったか一旦言葉を切ると、視線で控えの職員を動かし、小さくなった少女を下がらせる。

 

「……つまり、人類は2016年をもって絶滅する事が観測、いえ、証明されてしまったのよ」

 

 束の間の静観。少女の震える背が、扉の向こうに消えたのを見届けてから、所長は少しばかり疲労の滲む声で言いきった。

 

 それはいわば、地球上の全生命体に下された死刑宣告のようなものである。

 

「……なぜ、そんな急に人類は滅亡したのです!?原因は一体なんなんですか!?」

 

 会場が静まり返る中、唐突に生真面目そうな声が上がった。とても正義感が強そうな印象を与える声だった。例の如く、それだけで一般人だ(魔術師ではない)と分かる類のものである。興味をそそられた私は、出来るだけ自然に見えるように気を付けながら、視線を彷徨わせた。そうして見つけた件の人物は、先程倒れた少女とは逆側に位置する場所で、その拳を固く握りながら、カルデアスを見上げていた。

 

 髪色は私と同じ漆黒だが、瞳は深い海とも高い空ともつかない澄んだ青色をしている。きっと、正義の味方というのは、こういう目をするのだろうな。と、場違いな感情が湧いた。

 

 無論、私でもそう思ったのだから、生粋の魔術師である所長が、その事実に気付かない道理があろうはずがない。故に彼女は、どこか憐憫の籠った瞳で青年を見つめて、口を開いた。

 

「……言うまでもなく、こんな未来はあり得ません。ある日突然、人類史が途絶えるなんて説明がつきません。そこで、原因は過去にあると推測した我々は、ラプラスとトリスメギストスを用い、過去2000年まで情報を洗い出しました。その結果、ついに新たな異変を観測しました。レフ、お願い」

 

 一度目よりも、より簡略化された所長の指示で、カルデアスが胎動するかのように回転する。次第に青い(生命の)輝きを取り戻したカルデアスではあったが、今度は赤く脈動するかのような(異変)が浮かび上がっていた。しかも、それは私の故郷(くに)に巣食う形で。

 

「空間特異点F。西暦2004年、日本のある地方都市です。ここに2015年までの歴史には存在しなかった、“観測出来ない領域”が発見されたのです。カルデアは、これを人類絶滅の原因と仮定し、霊子転移実験(レイシフト)を国連に提案、承認されました」

 

(――は?)

 

 人類滅亡の原因が、2004年の祖国(日本)にある。とは、いくらなんでも盲点すぎる。その頃の私はまだ、幸せに暮らしていたはずだからだ。少なくとも、私の知る2004年に、人類が危うくなるような危機などなかった。

 

 だが、事態は混乱する私など、お構いなしに進んでいく、ふと感じた視線に顔を上げれば、疑念を剥き出しにした魔術師達の姿があった。確かに、この状況では日本人()にそういう目を向けてしまう気持ちは分からなくもないが、だからって、あんまりだ。

 

霊子転移(レイシフト)とは、人間を霊子化させて過去に送り込み、事象に介入する行為です。端的に言えば、過去への時間旅行ですが、これは誰にでも可能な事ではありません。優れた魔術回路を持ち、マスター適性のある人間にしかできない旅路です」

 

 と、私の心情など知る由もない所長の説明は、滞りなく進んでいく。もう十分に一杯一杯な身としては、これ以上の荷は負いたくないのが正直なところである。

 

「さて――ここまで説明すれば分かるでしょう。あなたたちの役割は、この特異点Fの調査」

 

(えっ、それって、つまり――)

 

「あなたたちの課題(ミッション)は、今から12年前の過去の日本に転移し、未来消失の原因を究明、これを破壊する事……勿論、失敗は許されません」

 

(嘘でしょ!?)

 

 12年前の日本に転移する?そんな事が出来るという事にも驚くが、それなら、その時代の私はどうなるのだろう?同時代に同位体(二人の私)が存在する事で、何か不測な事態が起きてしまうんじゃあ――

 

「この作戦は、これまで例のないものです。なにが待っているかは予測できません。ですが、世界各国から選抜されたあなたたちなら充分に可能だろう。と、多大な期待が寄せられています」

 

 私の内心の疑問も焦りも置き去りに、所長の説明は続く、本当に理解しがたい事ばかりだが、こればっかりは聞き流すわけにもいかない。もういっそのこと、いろいろと諦めて、組織の意向に甘んじてしまおうか。

 

「上層部は一刻も早い原因究明を求めています。無駄に使う時間はありません。故に、これより一時間後、初のレイシフト実験を行い、第一段階として、成績上位者8名をAチームとし、特異点Fに送り込みます」

 

(ごめん、前言撤回。一時間後とか心の準備が出来ない。てかまず私、自分のチームが何チームだか知らない)

 

「静粛にっ!!まだ説明は終わっていません!!後発組には伝えてありませんが、彼等はカルデアから選抜されたマスター適性者です。Aチームは一ヶ月前からチームとして機能しています。一人前の兵士。と言ってもいいでしょう。彼等Aチームが先行し、特異点Fにてベースキャンプを築き、後に続くあなたたちの安全を保証する。Bチーム以下は彼等の状況をモニターし、第二実験以降の出番に備えなさい」

 

 と、予想以上に早く下された指令(レイシフト予定)に浮き足立った空気を窘めるように、所長が両手を叩く。すると、彼女の後方から国籍も年齢もバラバラな八人の男女が歩み出た。その中には紫水晶の美少女(マシュ・キリエライト)の姿もある――

 

 って、マシュがAチームだなんて思いもしなかったぞ!?というか、Aチームに在籍しているのなら、説明会前に教えてくれてもよくないですか!?

 

 ――つうか、この感じを見るに、元から最後に紹介する運びだったよね!?えっ、何!?もしかしなくても、マシュが自分の所属チームを明かさずにいたのも、レフ教授がマシュを説明会に参加をさせる事を渋っていたのも、全てはここでの見栄を張り通す為?

 

「……では、人間を霊子に変換し、過去に転写する量子の筐……クラインコフィンの個人登録に移ります。あれは一人一基のものですから、換えはききません。各自、慎重に、丁寧に扱うように。BからDチームは登録が済み次第、コフィン内にて待機。Aチームに問題が発生した場合に備えます」

 

(……あー、うん、でも、まぁ、安心はした。とりあえず、主力の準備は出来ているようだし。例えやる事は変わらずとも、責任の重さは大分軽減したぞ。だから主力(マシュ)は頑張れ!!)

 

 過ぎた事は考えても野暮なので、水に流す事にする。ああ、けど、これで先輩呼びはふさわしくない事が確定したから、止めてもらわないと。マシュが私の何に感銘を受けて慕ってくれたのか?は謎だが、階級社会(組織特有)の関係は、明確にしておかなくては締まりがつかなくなるだろう。問題は、それをどうやって伝えるかだな、なんか先輩呼び自体を楽しんでたっぽいからなぁ~、どうするかな~

 

「――何をしているの。やるべき事は説明したでしょう。マスター適任者として招集に応じた以上、あなたたちはもう軍人のようなものなのよ。命令には従う。どんな時でも戦いに順応する。いちいち言わせないで、こんなこと。それとも、まだ質問があるの?ほら、そこの君!!君よ、遅刻した君!!」

 

(!?)

 

 唐突に、両手の平を打ち付ける乾いた音が、思考を打ち消した。目を丸くする私の前には、白魚のような美しい掌が重なっている。数瞬遅れて、それを認識した私は、恐る恐る美しい手の持ち主(オルガマリー所長)へと、ピントを合わせた。

 

「特別に質問を許してあげます。首を傾げているけど、何が不満なの?」

「いっ、いえ……ただ、過去を変革して問題はないのでしょうか……なんて思ったり?」

 

 しどろもどろに疑問を絞り出せば、つい、さっきまで、気の立った白猫のようだった所長の表情に、優し気な微笑みが浮かぶ。でも、私には分かるぞ。所長が無理をしている事が、それはもう、分かりたくないほどに。

 

 付け加えるならば、ここにきてまで、目を付けられている。とは思いもしていなかったので、無難な事しか言えなかったのだが、本音を言えば、特に(この場で)聞きたい事などないのが、正直なところである。

 

「…………あなたね。特異点、と聞いて分からないの?今回発見された特異点は、これまでの観測記録にはなかったものなの。ようは、突然現れた穴と同じってコト。穴自体が正常な時間軸から切り離されているのよ」

 

 それに、この状況下でのこの質問は、火に油となる案件だったようである。

 

 その証拠に、心底呆れた。と、言うように眉根を寄せる所長。多分だけれども、これもう所長の中での私の評価は、最悪の部類じゃないか?だとしたら、ある意味――

 

「いいこと?2004年の特異点は、過去と未来から独立している。前後の辻褄を合わせる必要はないの。通常の時間旅行より安定してシフト出来るし、どのように改変を行っても、時間の復元力で影響はないわ」

 

(……なぁんだ、そうなのか、なら、私の心配は杞憂だった。って事か)

 

「この特異点Fは、人類史というドレスに染みついた、小さな汚れのようなものよ。あるだけで美しさを損なう毒。あなたたちはこの毒を摘出するだけでいいの。それで人類史は元の……以前から観測されていた、正しいカタチに戻るんだから」

「なるほど、なるほど。解説、ありがとうございました。おかげで、よく理解できました」

「……まったく。こんな初歩の時空論も知らない人間を寄越すなんて、協会は何を考えているのかしら。この作戦は冠位指定、魔術世界において、最大級の義務と同じなんだ。って、進言したのに……」

 

 結果としては、聞き辛い知りたかった事(・・・・・・・・・)を知る事が出来たので、私としては、無駄な時間ではなかったのだが、所長にとっては、間違いなく時間の無駄だったのだろう。眉間の皺をより深いものにすると、ため息を一つ吐いた。

 

「まぁいいわ。君は何処のチーム…………ちょっと。ID、見せて」

 

 そうして、私の首から下がったIDカードを強引に引っ張ると――

 

「……なにこれ、配属が違うじゃない!!一般協力者の、しかも実験経験も仮想訓練もなし!?」

 

 ……顔近いんだから、大声出さないで欲しいんだけどな、頭痛に響く。

 

「わたしのカルデアを馬鹿にしないで!!あなたみたいな素人を入れる枠なんて、どこにもないわ!!」

 

 苛立たし気にIDカードごと私を突き放すと、もう話す事はない。と言わんばかりに、会場を後にしようとする所長。一方、その反応で、漠然と己の立ち位置を理解した私はといえば、いろいろと言い足りない事が満載なので、所長の後ろ姿に精一杯の思いを込めて、声をかける事にした。

 

 ふと、これから場を支配するだろう。険悪なムードを想像したからか、いつの間にやら、私の口元には笑みすら浮かんでいる。

 

「そうですか。それは僥倖です。私に人類史を守る気はないので」

 

 ピタリ。と、所長の歩みが止まる。こういった挑発行為は、私の専売特許の一つである。非常に使いどころに困る特技の一つでもあるのだが。今この時ばかりは、出し惜しみもしていられない。私には私の役目があるのだから、人類を救うなんて大役を担ってる暇などないのだ。

 

「……あなた、自分がいったい何を言っているのか、分かっているの?」

 

 案の定、所長は私の挑発に乗ってきた。そりゃあ、そうだろう。人類滅亡の危機を救う。という大義に真っ向から対立したのだから、私が所長の立場でも、怒り心頭ものである。

 

 そんな、所長の怒りに震える背中を見つめながらも、私は攻め手を緩めるつもりはなかった。

 

「勿論。ああ、動機ですか?それは単純にして、明快に説明できますよ?だって、絶滅しない種なんてないでしょう?だから、諦めて滅んだ方が気楽で――っ!」

 

 私が言い切るよりも先に、振り向きざまの所長の平手がとんだ。それなりに覚悟はしていたので驚きは少ないが、やっぱり、痛いものは痛いな。

 

「レフ!!レフ・ライノール!!」

 

 俯き、両手をきつく握りながら、所長がヒステリックにレフ教授を呼ぶ声が響く。呼ばれたレフ教授はといえば、会場の後方からゆったりと姿を現した。

 

「ここにいますよ所長。どうしました、そんな声高に。なにか問題でも?」

 

 全部見ていただろうに、飄々と所長に尋ねるレフ教授。人の事は言えないが、やっぱり、この男は性格が悪いと思う。こちらに不都合が生じた時に、所長と同じ手では躱せないと思えるから、余計にそう感じるのだろうが。

 

「問題だらけよ、いつも!!いいから、この新人を一秒でも早く、わたしの前から叩き出して!!」

「あー……そういうコトですか。ですが所長、彼女も選ばれたマスター候補です。確かに、先の発言に問題はあるかとは思いますが、きっと大役を担う事への恐怖ゆえで……そこまで邪険に扱うのも……」

「なんの覚悟も経験もない素人を投入するコト自体が問題よ!!わたしのカルデアスに何かあったらどうするの!?いいからロマニにでも預けてきて!!せめて最低限の訓練を済ませて、心構えを叩き込んでおきなさい!!」

 

(……あー、この事態を引き起こした身で、こんな事を言うのもあれだが、まるで、駄々を捏ねる子供をあやすみたいな光景だな)

 

 今の所長に、先程までの毅然とした態度はなく、その様子はまさしく、聞き分けのない子供と酷似している。同情するつもりはなかったのだが、これは些か、レフ教授が可哀想に思えるレベルだ。

 

「……むう。随分と嫌われたものだね。仕方ない、取り敢えず命令には従うか。マシュ、イモリ・セツナさんを、個室に案内してあげてくれ」

 

 そんな、哀れなレフ教授は、柔和な表情に少しだけ憎々し気な感情を匂わせて、私を処理しに動いた。

 

「了解です。お話は聞いていました。先輩を個室までご案内すればいいのですね?」

 

 すると、チーム紹介を終えてからというもの、会場の端で待機していたマシュが、素早く私の横へと進み出る。

 

「すまないね。私はレイシフトの準備があって、同行できないんだ。なに、今回の実験は二時間ほどで終わる。その後に部屋を訪ねさせてもらうよ」

 

 優し気に、されど私を見つめる瞳に静かな怒気を孕ませて、レフ教授は騒動を収めたのだった。

 

「それでは先輩、こちらへ。先輩用の先輩ルームにご案内しますので」

 

 マシュに促されて歩き出す。会場を去る前に、一度だけ後ろを振り返れば、そこにいる全員が、私を見つめていた。

 




 ぐだーずは、それぞれに大切な人を思ったのだと思います。
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