Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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イアソン様の実装とオルガマリー所長の事件簿アニメ登場、めでたきことですね(^^)


目覚めのキスは切れ味がいい

 

 それは衝突である。

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

『ミズ・ダ・ヴィンチ。本気ですか?』

『何がだい?』

 

 急いたようなノックの後、焦りを帯びた表情で、室内に入って来た美丈夫に、工房の主、レオナルド・ダ・ヴィンチは手元の書類から目を離さないままに答えた。

 

『コルキスの王女を召喚なさるおつもりだとお聞きしました』

 

 真っ直ぐにダ・ヴィンチの元に進んだ彼は、あくまでも紳士的な強情さで以て書類を取り上げると、虹の瞳で彼女を射抜いた。

 

『――……取り敢えず、そこに座ってくれたまえよ』

 

 静かだか、確かな抗戦の主張を感じ取ったダ・ヴィンチは、ひとまずと近くの椅子を勧める。指先まで整えられた芸術家の促しに、ケルベロスはダ・ヴィンチから視線を逸らさぬままに従った。

 

『……酷な事を言いますが、オルガマリー(彼女)一人の為に、火種を抱え込む余裕が我々にあるとお思いですか?』

『その我々は誰までを指すんだい?』

 

 ダ・ヴィンチがわざとらしく言うと、呼応するようにケルベロスの瞳孔が開く。

 

『この状況で、揚げ足を取るような事を言うのは止めて頂きたい!!私も母上も、貴方方の敵に回りたいわけではないのです』

 

 怒号は最早、悲鳴だった。ダ・ヴィンチの笑みに憐憫が混じる。

 

『――……君は賢いのに、優しいんだね』

 

 それは、言い得て妙な非難であり、称賛だった。

 

『――……いいえ。些か、趣が違います』

 

 椅子に深く沈んでケルベロスが低く呟く。

 

『我々、兄弟はそれぞれに、母に対する負い目がある。ただそれだけの事です』

 

 ダ・ヴィンチはわずかに視線を逸らした。

 

『……前にも言ったけれど、私は、我々は、使えるものは使いたいのさ』

 

 はっきりとした声音だった。躊躇いのない言葉だった。

 

 ケルベロスは顔を顰める。

 

『――……リスクが大きすぎます。我が弟を触媒にするという事は、アルゴー号を触媒にする事と同義でしょう。望み通りにコルキスの王女を招き、思惑通りに我が弟の、ひいてはオルガマリー嬢の能力が使えるようになるのか、我らが最大の怨敵を前にカルデアが戦場になるかの賭けです。推奨できるわけがない!!何より、この話は先日、意見をすり合わせたばかりではないですか!?』

 

 と、幾分か荒い口調と共にケルベロスは眉間を抑えた。そもそもが、コルキスの王女にしたって問題である事には変わりありません。という嘆息を添えて。

 

『無論、承知の上だよ。それと、この件は既に君のお母さんに許可を貰っている』

『――……はい?』

 

 あっけらかんとしたダ・ヴィンチの言葉に、ケルベロスが緩慢に面を上げる。情けない表情になってしまっている美丈夫を、モナリザの笑みが困ったように見つめていた。

 

『――……性質(タチ)の悪い。それならそうと言って下さればいいものを』

『いやあ、君の剣幕が余りにも真剣なもので、どこで口を挟めばいいものやら……、それに限りなく均整の取れた美しいものの苦悩(ヒビ)には言い知れぬ魅力がある!!』

 

 悪びれているのかいないのか、どちらにせよ。ダ・ヴィンチは快活に言い放った。

 

『ははは、貴女の娯楽に付き合わされるのは、もう懲り懲りです』

 

 完璧な微笑みでケルベロスが返す。いつも以上に真に迫った笑みである。ダ・ヴィンチはわけもなく息を呑んだ。そう理由もなく。

 

『――……ええ、分かって頂ければ、それでよいのです』

 

 それから少しの猶予を経て、ケルベロスの虹の瞳から笑みが消える。ダ・ヴィンチは静かに胸を撫で下ろした。

 

『――……兎に角、懸念材用に変わりはありません。我が母は我々(子供達)を害した者を許しはしない。そういった庇護欲と復讐心で今の彼女は形作られている。となれば、覚悟を決めて挑まねばなりませんね?』

 

 

 

 

 

 

 

 だから、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズ.ダ・ヴィンチ、私が先に出ます。出来るだけ時間を稼いでください」

「まーかせて」

 

 共謀である。

 

「――なッ、これは!?」

 

 驚嘆と共に灰紫が透ける(・・・)

 

「済まないね、苦肉の策だ」

 

 ダ・ヴィンチの謝罪。母親の姿が完全に掻き消えたのを見届けて、ケルベロスは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

『うんうん。霊基の確立及び、カルデア式魔力提供による一時的な受肉を確認、拒否反応なし、数値上に於いては召喚者と英霊間での契約は果たされたと言える。ようこそ、いつぞやの英雄達、我々は君達を歓迎する』

 

 誰よりも早くスピーカーから発せられた声が召喚場に響き渡る。先手としてもアシストとしても軽妙だった。

 

「――……初めまして、皆さん。私はイモリ・セツナ。ひょんな事から世界の命運とやらを背負う事になってしまった可哀想な女の子。そして彼女は――」

「マ、マシュ・キリエライトです。先輩のデミ・サーヴァントです」

 

 快活な反響が霧散した段に至って、漆黒と淡い色彩の少女が順番に名乗りを上げる。招かれた者達の反応はそれぞれだった。

 

「デミ・サーヴァント、ですって?」

 

 まず始めに返った言霊は、中空に漂う女から発せられたものだった。セツナは黒曜の視線と共に微笑みで応じる。しかし――

 

「へぇ……。かいらしい顔して、(うち)を従えようなんて、まるで五月姫みたいなお人やねぇ?」

 

 その鼻を明かすかの様にセツナの眼前で香った言の葉があった。笑みの中には鋭い犬歯が浮かぶ。怖気を感じる間もなく、気付いたらそこに居た少女の存在に、誰もが一瞬の虚を衝かれた。

 

「フー、フォウッ!!」

 

 途端、甲高い咆哮があがる。

 

「あれ、ふふ、見かけによらず、肝が据わってはるんやねぇ。ああ、けど――」

 

 いち早く応戦したのはセツナの肩で唸る小さな獣と――

 

「そっちの綺麗な目ぇしたイケメンはおっかないわぁ」

「お戯れを、極東の大妖。酔狂にはまだ早いでしょう」

 

 いつの間にか室内へと踏み込んでいた。虹色の双眸だった。セツナの背後に控えるように立ち泰然と口角を上げたその姿に、マシュが気付けられたかのように動く。

 

「いややわぁ、そないに睨まへんでも骨抜かへんで?」

 

 マシュの牽制に素直に身を引いた。あどけない少女の姿をした鬼は、盾越しにケルベロスと視線を交わしたまま、可愛らしく小首を傾げる。はんなりとした所作であるのに、油断ならないと思わせるには充分だった。

 

「――……人間に使役されるのは心外かしら?」

 

 ふと、強張った表情でセツナが口を開く、鬼の少女は視線を滑らせると愉快そうに目を細めた。

 

「まさか。こう見えてうち、尽くす鬼やさかいね。なんなら首輪でもしよか?」

 

 揶揄いの中に値踏みするような気配があった。知らず、セツナの喉が鳴る。

 

「……必要ならね」

 

 瞬間、鬼の少女の瞳の中に光った何か。相応の怯えはあれど、視線を逸らさないセツナに彼女は一体どのような感情を抱いたのか。

 

「……へぇ~、ふふっ、なぁるほど。悪ない、悪ないわぁ」

 

 奇妙なものを見るように、セツナ達の周囲をぐるりと回りながら声を弾ませた。

 

「いいや、ええよ(・・・)。うちはアサシン、真名を酒呑童子言います。改めましてよろしゅうな。初々しい、マスターはん(・・・・・・)

『なッ!!酒呑童子だって!?イモリさん、キミって子は怪物王妃に続いて、なんてサーヴァントを――っと、すまない、音声が乱れた。邪魔したね』

 

 すると、丁寧な自己紹介に割って入った二種類の無粋な騒音に、酒呑童子は冷淡な微笑を浮かべた。

 

「……そう言えば、さっきから声だけ聞こえる人らがいはるなぁ?陰陽師の類やろか?なんやら奇矯な声は兎も角、今のはたいそう骨の無い声やけど。……まぁ、ええか」

 

 やおら、果実酒の吐息がふわりと空気を緩ませる。同時に、セツナを筆頭にして息を詰めていた面々の肩から力が抜けた。

 

「ええ、気にしないで貰えると助かるわ。それにしても五月姫なんて、あんまりね」

「五月姫、ですか?」

「またの名を滝夜叉姫、乃至、滝夜盛姫とも言う。日本の伝説に謳われる妖術使いだ。彼女は蜘蛛丸や、夜叉丸といった妖のものを配下とし、下総国、相馬の城にて朝廷転覆の反乱を起こしたと言われている。有名なところでは、江戸時代の浮世絵師、歌川国芳の作品に描かれた彼女は、巨大ながしゃどくろ(・・・・・・)大宅太郎光圀(おおやたろうみつくに)らに焚き付けたりもしているが、実際の彼女は妖術師として成敗されてはおらず、尼として落ち延び生涯をまっとうしたとされている。まぁ、身内が有名人(・・・・・・)だと、噂にも大仰な尾ひれがつく。といういい例だろう」

 

 疲れた顔のセツナの呟きに返るマシュの疑問。それをつぶさに解き明かした赤い外套の弓兵は、猛禽めいた鋼色の瞳で状況を俯瞰しているかのようだった。

 

「……なる、ほど。それにしてもアーチャーさん?は日本の伝承に詳しいのですね?」

「いや、何。召喚に際して付与される知識の賜物であって、私個人の能力ではないさ。それと私の真名についてだが、今はまだ答えられない」

 

 マシュからの賛辞をやんわりと躱して、弓兵は言い切った。ケルベロスの眉が跳ねる。

 

「ほう、我々は信用ならないと?そのような知識を授けられましたか?」

「少なくとも、物騒な気配が濃いと言う印象は拭えないな」

「おや、些か心外ですね。貴殿の憂慮を全て否定するつもりはありませんが、こちらとしては、友好的に話を進めたいと思っておりますので」

 

 そう言って、ニッコリと微笑む美丈夫は、かえって胡散臭いと思うのだが、空気を読んだセツナは黙っている事にした。

 

「フッ、友好的、ね。だからこそだよ。魔性の男」

「と、言いますと?」

 

 精悍な表情をニヒルに歪めて、弓兵は大仰に肩を竦める。ケルベロスは面白いとばかりに目を瞬いた。

 

「私は、己の真名を認識していない」

「――なんと」

「あはっ」

 

 そう来たか、というようにケルベロスの瞳孔が開き、酒呑童子が思わずと言うような笑い声を上げる。セツナは意見を求めるようにスピーカーへと視線を移した。

 

『あ~、まぁ。そういう事もないとは言い切れないのかな~?なんせ状況は不安定だし、一度に四騎も召喚できただけ、大したものだと思うよ?』

 

 そうして、当然の様に返って来る飄々とした言葉に、いよいよと耐えきれなくなったのか、額を抑えた。

 

「そういうわけだ。真名が欠落しているという事がどう影響するかは未知数だ。そのような男を君達は信用できるのかね?」

 

 腕を組みセツナを見下ろして男は言った。挑発にしても、親切にしても、中途半端な言動だとセツナは思った。

 

「――……そうね。一つだけ聞いてもいいかしら?」

「構わないが」

「今の貴方に私達を助ける意志はあるの?」

 

 だから、その視線を真っ向から受け止めたセツナもまた、素直とは言えない答えで返した。

 

「――……ふむ、中々に狡い問いかけだマスター(・・・・)。君は将来、いい悪女になれるだろう」

「はぁ~、光栄だわ」

 

 一瞬の間をおいて、唇の端だけで形作られた笑みから放たれたキザったらしい肯定に、心底、呆れた。と言うように単調に答えたセツナは、そのまま意識を切り替えるように視線を逸らした。

 

「それで?そちらのシャイな貴方は、どこのどなたかしら?」

「――……いやあ、そこの赤いの程、深刻な理由はありませんけどねぇ?名のある英雄様方と肩を並べるにはちょおっと……、下衆の名しか手持ちがないもんで」

 

 そう軽い口調で言って、緑衣の男は弱々しく両手を広げて見せる。こちらを逆撫でしないようにと軟派を装うその姿勢に、セツナの口元には笑みすら浮かんだ。

 

「あら、貴方も名前がないと言うの?まったく、結構なこと(・・・・・)ね」

「ま、ここは一つ、しがない弓兵の恥じらいってヤツを汲んじゃあくれませんかねぇ?」

 

 皮肉げな科白、その表情は見えなくとも男が笑みを浮かべた事は明らかだった。対して、セツナは笑わない。ただ、嘆息と共に呟いた。

 

「……ええ、もう、好きにすればいいわ。協力さえして貰えるのなら、私から贅沢を言うつもりもないし」

「そりゃあいい。理想的な関係だ。勿論、マスター(・・・・)には素直に従いますですよ」

 

 調子のいい男はセツナの答えを称えるように、両掌を高らかに打ち鳴らす。パシンと乾いた音が一つ空気を震わせた。セツナは男の言葉を信じるべきか信じないべきか、迷うように瞳を眇める。

 

「そう?なら、早急に一つだけ、どうにかしてもらいたいのだけれど、二人とも弓兵だとややこしいわ(・・・・・・)

 

 赤と緑、二人の弓兵を前に、セツナが嘆く。件の弓兵達は互いを探るように一瞥し合った。

 

「……あー、なるほど(・・・・)?んじゃあ、オレの事はハンターとでも呼んでもらえれば」

 

 沈黙の中での、数瞬の攻防。先んじて声を上げたのは緑のほうだった。

 

「ハンター?」

 

 その呆気ないまでの解決に、セツナは困惑気味に復唱する。

 

「そ、オレは所謂、森の狩人ってヤツでして?専門も後方支援なもんで、そこんとこ頼みますわ」

「……まぁ、呼び分けが出来るのなら何でもいいわ、貴方もそれでいいかしら?アーチャー」

 

 やる気があるのかないのか、どうにも掴めない緑衣から赤い外套へと同意を求めれば、ツンと澄ました男の顔が渋面へと変わる。

 

「……そちらの彼が真名を明かさない身勝手さには思うところがあるが、まぁいいだろう」

「へいへい、申し訳なくは思ってんすよ~?これでも」

「フン、どうだかな」

 

 棘を隠そうともせずに鼻をならしたアーチャーを、辟易とした態度でおちょくるハンター。一触即発とまではいかないようだが、十分に剣呑な空気である。更に言えば、不機嫌な人間達の仲裁に入る事はセツナの得意とするものではない。故に、彼女が事態の収拾を早々に放棄したのは当然と言えば当然の帰結だった。

 

「――……さて、ようやく。本題に入れるわ」

 

 それは、常識的な身長差での視線移動ではない。白い喉元を無防備なほどに晒してセツナは天を仰ぐ。

 

キャスター(・・・・・)、今だけでいいから、少し降りて来て貰えないかしら?話があるの」

「……あら?私、貴女に素性を名乗った覚えはなくてよ?」

 

 降って来る声は艶やかで、その声色には愉悦すら滲んでいる。そうして、正しく下界を見下ろす彼女が、美しくも恐ろしい女性である事は明白だった。暗色の衣で秘されていて尚、その気品には圧倒される。

 

「――……そうだったわね。私の希望的観測が間違っていたのならごめんなさい。でも、貴女。想像通りなんですもの(・・・・・・・・・・)

 

 けれど、似たような事は地に立つ少女にも言えた。不遜なくらいに堂々とした態度は返って清々しいと言えよう。

 

「……どことなく、癇に障る物言いね。つまりは貴女、最初から私を召喚する気でいたってわけ?」

「ええ、流石ね。ご明察。だから、そろそろ、答え合わせをしましょう?」

 

 そう、セツナには女の出自に心当たりがあった。狙って招いたという自覚はあるという事だ。

 

「…………良いでしょう、物好きなお嬢さん。私がなんであるのか、その口で明かしてごらんなさい」

 

 それは、淑女然とした促しではあったが、容赦のなさは隠せてなかった。セツナは余計な思考を排するように閉口した後で、諄々と語り始める。

 

「――……貴女の存在はギリシャ神話において謳われる。舞台はギリシャ世界に於ける東の果て、コルキス。貴女はその国の王アイエテスの娘として誕生した。美しき王女としての寵愛を得ると共に、女神ヘカテに師事し、賢き巫女としての研鑽を積んだ貴女の運命は、外界から訪れた一人の英雄と、とある女神のお節介によって、いとも簡単に狂わされていく。かくして、盲目的な恋に狂った貴女は多くの非道を行い、その結果として全てを失い報われる事はなかった。悲劇の王女にして残虐な悪女、裏切りの魔女として名高き女傑、その名をメディア。それが貴女よ」

 

 先のアーチャーの説明がそうであったように、知識としてのそれをセツナは淡泊に語る。途端、メディアと呼ばれたキャスターのサーヴァントはその幽寂な雰囲気に反して、声を立てて笑った。

 

「――……ふふっ、ああ、可笑しい。こんなにも愉快で不愉快な事もそうないわね。賢くも愚かな娘、貴女、恐れというものを知らないの?」

 

 そうして、嗤うだけ嗤うと満足したのか、彼女はローブを蝶の翅の様に広げると、魔術紋を輝かせた。空気の鋭さが増すとともに、各サーヴァント達は、さりげなくも頑なな気を纏って、展開を読み合う。

 

「……いいえ、ただ。貴女が魔術師として最高位にある事はもう知っている。だから敬意を表したまでの事よ」

「――……そう、気に食わないけれど。先に他のサーヴァントを取り込んだ手腕は評価してあげる。けれど、次に私の機嫌を損ねたら、この限りではないわ。覚悟と用心だけはしておくことね」

 

 神代の魔術師の神髄を目前に、すげなく放たれたセツナの言葉。その機微をどう読み解いたのか、逡巡を経た末に、メディアの興は冷めた様子だった。

 

「忠告、痛み入るわ。キャスター。貴女とはきっとうまくやっていける。ねぇ、そうでしょう?アヴェンジャー」

 

 瞬間、メディアを見据えたままに、セツナは同意を求める。時を同じくして、召喚場の隔壁が開く微かな音が、緊張に静まりかえった召喚場の空気を大袈裟なほど震わせた。

 

「いくら愛しい我が子からの嘆願であろうとも、母は許せぬものは許せません」

「母上、今しばらく、そのお気持ちは秘められていたほうが宜しいかと」

 

 絞り出すような吐息を労わるような声と視線、それを隙と捉えたのか、メディアは宙を泳ぐようにセツナの傍らにすり寄った。まるで、そうする事が一番の防衛術とでも言うように。

 

「――魔女め」

 

 エキドナが小さく吐き捨てる。ケルベロスから遅れる事一拍、セツナが振り返り見た世界では、ヴェールに隠しきれぬ怒りが震えていた。

 

マスター(・・・・)、彼女は貴女の隠し玉かしら?」

「……そうね。結果としてはそうなってしまったかしら?尤も、彼女は貴女を招く事になった要因の一つなのよ」

「……話が見えないわね。生前の知己、というわけでもなさそうだけど?」

「アヴェンジャーに覚えはなくとも、自分の術式(・・・・・)には心当たりがあるのではないかしら?」

 

 すると、セツナの答えに訝し気に辺りを窺ったメディアは、警戒対象としての認識に加えていなかった異物を捉え、目を見張った。

 

「――ッ!?これはッ!!でも、まさか、そんな――」

「有り得ない、と?」

 

 息の長い驚嘆に被った推察に、メディアは冷静さを取り戻そうとするかのように、緩くかぶりを振った。

 

「……少なくとも、有り得て良い事ではないでしょうね」

 

 その口ぶりから察するに、彼女はオルガマリーの身に起きている事を、しっかりと分析できているようだった。

 

「……アヴェンジャー、だったかしら?」

「――ええ」

「私の見当違いでなければ、貴女。私を殺したいのではなくて?」

 

 問いかけは、確認をする内容に対して、無味乾燥とした声音だった。既に死しているからこその達観か、それとも、彼女なりの惻隠でもあったのかは判然としないが――

 

「笑止、殺せるものならばとっくに殺しているわ」

「つまり、今は殺せない理由があるわけね」

「……………………」

「……はぁ、おかげで、貴女達の狙いが読めたわ」

 

 肯定の代わりのように唇を噛んだエキドナを、呆れた表情で見返して言う。

 

「……いいでしょう。これは取り引きよ。そのかわり――」

「貴女の命の保証をする。アヴェンジャー、それでこの話は決着よ」

 

 セツナが厳命する。努めて平坦な口調で、それでも瞳の深さは真実だった。エキドナは嘆くように目を伏せて、泣くように咽喉を震わせ、涙のように言葉を落とす。

 

「――……魔女、我が怨敵の一人よ、万が一にでも失敗した時は、分かっていますね(・・・・・・・・)?」

「それこそ、愚問と言うものよ」

 

 有り得ない事を言うな。とばかりにせせら笑って、メディアは何処からともなく取り出した、歪な形状の短剣を握る。

 

「――術理、節理、世の理。その万象、一切を原初に還さん」

 

 そうして、それを横たわるオルガマリーの心の臓辺りを目掛けて振り上げた。

 

破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 短剣の切っ先がオルガマリーへと肉薄する。刹那、接触面から紫電が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 永遠にも似た静寂(しじま)の果てに――

 

 

 

 

 

 

 

「――……わ、たし、は?」

 

 彼女()は悠久の昏睡からの覚醒を果たした。

 




 オルガマリー所長を目覚めさせる為に、金羊毛の番竜を触媒にメディアさんを召喚しました。

 以下、諸々の捕捉です。

 序盤のアヴェンジャーは強制的に霊体化をさせられた上で、行動にも制限を掛けられています。

 破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)は“あらゆる魔術を初期化する”という対魔術宝具ですが、どれほど低いランクであっても“宝具の初期化は出来ない”との事なので、ここでは、生前の自分が金羊毛の番竜にかけた眠りの魔術を解いてもらいました。

 あと、詳しい描写を劇中で出来なかったのですが、前話でダヴィンチちゃんが言っていた下準備乃至、主人公に渡した資料とは“アルゴナウタイ”に関するもので、金羊毛の番竜を触媒とした結果、“メディア以外の英霊を召喚してしまった場合”に備えてのものだったりします。杞憂?に終わって何よりですね!!

 ところで、メディアさんの触媒になる文献ってどんな代物なのでしょう?(教えてアトラムさん!!)

 そして、アーチャーの二人についてですが、緑色の彼は生前、英雄の名を襲名した“名も無き誰か”であり、赤色の彼はある種の原作リスペクトと、FGO世界に於いての“出典の説明”がややこしいという点から、人類側の抑止力である。“顔の無い正義の代表者”として暫く扱わさせて頂きたいと思っています。

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