Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 アニメのバビロニアは二話の門番さんで涙腺が悲鳴をあげました。


百獣母胎

 目覚めは唐突だった。

 

「――……わ、たし、は?」

 

 言葉は喘ぎ、瞼は震え、されど、意識は未だ夢現。ぼやけた視界の中では、誰かがこちらを覗き込みながら、必死に名を叫んでいる。

 

「――母、さん?」

 

 ふと、自分のものではない自分の声が、唇からこぼれた。瞬間、身体に奔った温かくも柔らかい感触を引き金に、急速に五感が戻っていく。

 

「金羊毛の番竜さん?」

「それとも、オルガマリー所長かしら?」

 

 耳に入ったのは誰かを呼ぶ懐かしくも儚げな声と、自分の名を呼ぶ不敵で不快な声――

 

 ああ、これが生きている証拠だということか。って、ん?

 

「――……え?わたし、何で、目が覚めて……って、イモリ、貴女!!自分が何を喚んだのか分かっているの!?」

「ああ、なんて素晴らしい!!流石は我が息子。この反応はオルガマリーそのものです!!よくぞ守り抜きました※※※※。無論、母は信じていましたとも!!」

 

 悲鳴にも等しい文句は称賛と歓喜に上塗りされる。カモミールの抱擁の容赦のなさに、オルガマリーは自身と溶け合った守護竜の包容力が誰譲りであるかを、まざまざと実感させられた。

 

「やっ、ちょっと!!苦しい!!いい加減に離れて頂戴!!それに彼女はあなたの母親でしょう!!なんでまだ、わたしの中に籠っているのよッ!?」

『――……え、ああ、うん。ちょっと、あまりにも突然の事で、状況が上手く呑み込めてなくてさ、それに正直なところ、今の母さんに声を掛ける勇気は湧かないなぁ』

「はぁッ!?あなたは、わたしの守護竜でしょう!?」

『そりゃあ、そうだけれど。ぼくにも心の準備とかが必要な事柄はあるわけで……』

「それは、わたしだって一緒よッ!!いいから早く表に出てきて、わたしを助けて頂戴!!」

 

 喜びに打ち震えて涙を流すアヴェンジャーに抱き付かれながら、喚き散らすオルガマリー。滅茶苦茶と言う言葉は、こういう時の為にこそ存在する単語と言えよう。

 

「――……あの、先輩。所長はどなたとお話をされているのでしょうか?」

 

 そうして、揃って静観を決め込む観衆の中で、困惑の音をあげたのは、最も無垢な人間だった。

 

「さぁ?でも、口ぶりから察するに、アヴェンジャーの息子(金羊毛の番竜)じゃないかしら?」

「――……なるほど、所長は彼とお話が出来るんですね」

 

 気の抜けたようなセツナからの答えに、マシュは珍しく何かを含むように言葉を並べた。途端、失言に気付いたように彼女を見返したセツナが紡がんとした慰謝は、タイミングの悪い医者の台詞に掻き消されてしまう。

 

『アハハ……、なんと言うか混沌としているね?まぁ、何はともあれ、おかえり。マリー』

「そして、おはようございます。我が弟よ。互いに母の期待を裏切らぬよう努めましょう」

「――……それにしても、興味深い因果ね」

 

 スピーカーの苦笑と虹色の視線に続く魔女の感嘆。次の瞬間に轟いた声音は、一つであるのに二つの意思を宿しているように聞こえた。

 

『いや、無理。この状況で喜べるかッー!!』

 

 彼らとって、寝覚めの悪い歓迎だったのだろう事は、想像に難くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……いいわ、楽になさい」

 

 気の抜けない召喚劇が、ある程度の収束を見せた折に、メディアはオルガマリーに対して、歯医者の真似事のような検分を行っていた。

 

「…………どうも」

 

 解放されたオルガマリーが静かに息を吐く、気位の高い彼女を持ってしても、メディアから滲む、王女として人を跪かせる自然な傲慢さと魔術師としての力量、そして、自身と共にある因縁も加味すれば、借りてきた猫の様になるしかなかったのだろう。

 

「それにしても、唾液をインクに舌先を筆にして口腔内に魔術式を刻む(描く)。だなんて、流石は妖婦なだけあって、芸達者なこと」

「ええ、おかげさまで。夫に逃げられた経験はございませんわ」

 

 メディアからの嘲弄を冷笑で相殺するエキドナ、表面上の優雅さを保った対話は周りを引かせるには充分だった。

 

「うわ~、上品なのか下品なのか分からねぇ」

「内容に関わらず罵り合いなどは醜いものと相場は決まっているだろう」

「まぁ、ええやないの。退屈しないで済みそうやし?」

「……ええと、今は所長に対する説明責任を果たす時なのでは?」

 

 露骨に辟易とする男達に、酒の肴を見つけたかのように鬼が嗤う。最後に残った良心だけが、前向きだった。

 

「要らぬお節介よ、マシュ・キリエライト。今更、経緯を聞かされても、横暴な救済措置をされた事に変わりないし、興味もないわ」

「――……まぁ、貴女が自棄になる気持ちも分かりますが」

「ええ!!ええ!!それはそうでしょうよ!!あなたも厄介な使命を負ったものね!?」

「……はぁ~、ねぇ、誰か。私に対話の仕方を教えてくれないかしら?どう言えば相手を傷つけずに済むわけ?」

 

 途端、オルガマリーからの八つ当たりに、芝居掛かった造作で辺りを見回したセツナに、誰からともなく嘆息があがる。

 

「地獄かここは」

「オタクと解釈が一致すんのは癪だが、同感」

「冥界はそう悪いところではないと思うのですが……」

「なんや、頼りがいのない男衆やねぇ。番犬はんはズレたことを言うてはるし」

「はい、はい、君達、愉快なのは結構だがね。こう見えて、我々は忙しい身の上って事を、忘れてもらっては困るよ。喧嘩がしたいならせめて、これから先の事に目を向けてからにしておくれ」

 

 瞬間、堂々巡りに陥りそうになった事態がより混迷を極める。軽やかな足取りと大仰な身振りで室内に踏み込んだ新手に注がれた視線には、どれも困惑の色が浮かんでいた。

 

「……まさかとは思うが、スピーカーの片割れは君かね?」

「はい正解~♪カルデア技術局特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名前。私こそルネサンスに誉れの高い、万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ!!」

「な――」

「はい、気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように。こんなキレイなお姉さん、そうそういないだろ?」

「レオナルド・ダ・ヴィンチが女ァ!?」

 

 アーチャーを皮切りにメディアの絶句とハンターの頓狂な叫び声が響く。

 

「ああ、そうだ。甚だおかしい。異常であり倒錯だ。なぜばらば本来、レオナルド・ダ・ヴィンチは男性で――――」

「既成事実は疑ってかかるべきだぞー。というかそれってそんなに重要?実は男だったとか女だったとか、最初に言い出したのは誰なんだろうね、まったく。ああ、それともなんだい?弓兵諸君はこの身体に興味でも?」

「いや、それはちょっと。いくらガワが美女でも得体がしれないのはお断りですわ」

「おや、そうかい?それは残念だ」

 

 と、ハンターにフラれたダ・ヴィンチは、全く残念に思ってなさそうな調子で肩を竦めた。

 

「兎も角、私は美を追求する。発明も芸術もそこは同じ。すべては理想を――――美を体現するための私であり、私にとっての理想の美とはモナ・リザだ。となれば――――ほら、こうなるのは当然の帰結でしょう?」

「フォウ……」

 

 その余りの嗜好に、ここまでずっとおとなしかったフォウまでもが、呆れたように鳴き声を溢す始末である。

 

「――……いや、ボクもいちおう学者のはしくれだが、カレの持論はこれっぽっちも理解できなくてね。モナ・リザが好きだからって自分までモナ・リザにするとか、そんなねじ曲がった変態はカレぐらいさ」

 

 微妙な空気の中、代表して声を上げたのは、くたびれた様子で頭を掻く男だった。

 

「ふふ、こりゃまた、えらい骨の脆そうなお人やねぇ」

「ん?ああ、自己紹介が遅れてすまない。ボクはロマニ・アーキマン。一応は此処の医療部門のトップを任されている。主な仕事は彼女達のケアになるだろうけれど……今は、職員の数が減ったばかりだから、キミ達とも顔を合わせる機会は多いはずだ。どうかお手柔らかに頼むよ」

 

 途端、集まった視線に気圧されながらもロマニが素性を晒す。見るからに頼りなさげなその雰囲気を察してか、数名の表情に陰りが差した。

 

「まぁ、そんなわけで、私達の紹介はこれで終わり、何か質問は?」

 

 しかし、それもクセの強い天才によって、一瞬のうちに掻き消される。

 

「ならうちから一つ。変態はんは、マスターのサーヴァントと違うん?」

「ああ、残念ながら私はカルデアに召喚されたサーヴァントだからね。君達のように各時代にはそうそう跳んでいけない。でもイモリ・セツナが正式に私と契約できたのなら話は別だ」

 

 涼やかな鬼の洞察に、モナリザの微笑みがセツナへと向けられる。

 

「その時は一介のサーヴァントとしてキミの力になる。そうなる運命を楽しみにしているよ、マスター(・・・・)

「それは光栄な申し出ね。そうならない事を祈るくらいには」

「ふむ、一日に二度もフラれると流石の私も傷付くぞぅ。ま、今はそんな事よりも気にかかる事がある訳だが」

「気にかかる事?」

 

 意味深なその口ぶりに、セツナの眉が跳ねる。

 

「そうとも、これは君達の様子を別室でモニターしていて分かった事なのだが、オルガマリー乃至、金羊毛の番竜が目覚めてからエキドナの霊基に若干の変化が見られた」

「変化ですか?」

「簡潔に言えば、能力値の上昇を確認した。その数値は微々たるものとは言え、戦力の強化が見込める事は、我々にとって良い兆候と受け取れる。しかし――」

 

 饒舌な説明口調は、次第に歯切れ悪いものへと変調する。

 

「貴女の心情も察するに余りある。怪物王妃」

 

 ダ・ヴィンチの気遣いに、エキドナは背後からそっとセツナを抱き寄せた。

 

「――……以前、貴女に我が子達の事を尋ねられた際に、遅かれ早かれ、いずれはこうなるのだろうと予見していました」

「避けられない事という覚悟はあったと?」

「……いいえ、それは買い被りというものです。この気持ちはそんな高尚なものでは断じて、強いて言うなれば諦観です」

 

 セツナの黒髪に頬を寄せてエキドナは吐露した。口調は静かだったが、それは気持ちを押し殺しているが故だろう。

 

大地母神(わたくし)は元々、命を産み出す事に特化した概念(存在)です。ですが怪物王妃(わたくし)が産んだ命は悉くが喪われました」

「だが、母親とは元来、子に生と死の両方を授ける存在だろう?だからこそ、洋の東西を問わず、原初の母神などは、悪役としても描かれやすい」

「――……自己が曖昧な分、潤沢な知識を蓄えているのですね」

「――……失礼、胡乱な男の戯言と聞き流して頂けるとありがたい」

 

 あからさまな皮肉に、アーチャーが視線を逸らす。先の彼の発言がどのような意図によるものかは判然としないが、どちらにせよエキドナの慰めにはならないようだった。

 

「――……つまり、産んだ命が多いほどに大地母神としての資質に優れていると言えるわけだ。なら君は子を産めば産む(宝具を使えば使う)ほどに強くなると?」

 

 そして、容赦を排したダ・ヴィンチの追及は簡潔にして冷徹だった。セツナを抱くエキドナの腕に力が籠る。腹の底に溜まる黒く重たいものを鎮めようとする葛藤が垣間見れた。

 

「――……限度はありますが、そう、ですね。アヴェンジャー(わたくし)は、そういう概念(存在)です」

 

 はっきりとした返答は、炎のように熱く、氷のように冷たかった。

 

「――……怪物に堕ちたとは言え、大地母神の権能は衰えず、か」

 

 ダ・ヴィンチの嘆息と共に張りつめていく空気――

 

「――……面白いじゃない」

 

 やおら、居心地の悪い静寂を不敵な声音が切り裂いた。

 

我が子(マスター)?」

 

 虚を突かれたように無防備なエキドナを、見つめ返せる者がただ一人。

 

「憎しみで世界が救えるのだとしたら、こんなにも可笑しな事はないわ」

 

 痛快よ。とその口角が上がる。それは虚無的なほど無邪気で鮮烈な笑み。

 

 エキドナは、自分の中に失望や困惑よりも力強い情動が芽生えるのを感じた。後ろ向きな庇護欲ではなく、前向きな復讐心であったのかもしれない。ともあれ、彼女の中で戦う意味が確立された瞬間だった。

 

「どうにも、とんだ跳ねっ返りに召喚されちまったみたいっスねぇ」

「あら、お淑やかじゃなくて幻滅させてしまったかしら?」

「――……いや?世界を救うってんなら、それくらいの気概はあっていいと思いますよ?」

 

 ハンターの軽口に軽口が返る。同時にそんな彼等に呆れるようにして、空気が緩んだ気配があった。

 

「――……まあ、これからどうするにせよ。一つ、片付けておきたいケジメがあるわ」

 

 すべての痛み、あらゆる苦しみから子を守ろうとする。優しくも猛々しき女怪(母親)温かさ(悲しみ)に包まれた少女の瞳は暗く、それでいて、努めて冷静に、どこか遠くを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「所長を目覚めさせたいの」

 

 そう切り出した時のアヴェンジャーの表情を覚えている。

 

 愛するものに裏切られたような、それでいて憎むことが出来ずにいるような、複雑な感情を私に向けていた事を、私はきっと忘れる事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所長。いえ、所長を助けてくれた貴方と話がしたいのだけど……」

 

 それは時間にしてどれほどの逡巡だっただろう。さりげなくアヴェンジャーの腕から逃れた私と相対した彼女の柳眉が不安そうに歪む。

 

「彼と?」

「はい」

「――……少し待って」

 

 一瞬の躊躇いの後で、所長は深く目を瞑り、それからゆっくりと瞼を上げた。

 

「――……初めまして、私はイモリ・セツナと言います。貴方は、金羊毛の番竜ですか?」

「うん、そうだよ」

 

 姿はそのままに纏う雰囲気を変えた彼女に問えば、返る言葉は所長には似合わぬ、真っ直ぐなもの。

 

「……所長の恩人、いや、恩竜?である貴方の名前を窺っても?」

「え――」

「先輩、それは……」

 

 私の言葉に呼応するように開かれる瞳。続くマシュの控えめな制止を嗜めるように、ケルベロスが首を振った気配があった。呆気に取られていた()の表情が緩む。

 

「――……初めまして、イモリ・セツナ。ぼくは※※※※と言います。ぼくとオルガマリーを会わせてくれて、ありがとう」

 

 それは、これまで聞いたことのないような発音の、不思議な言葉の響きだった。せっかく教えて貰っても、覚えておく事さえ出来なそうだった。それでも、私は思った。彼の名前の意味が、彼女にとって、かけがえのないものになったらいい。と




 言い忘れておりましたが、作者は方言というものに馴染みがないので、拙作は京言葉警察の方の出動を歓迎しております。

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