Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 前回から今回にかけて、ドクターに救助された彼女には、ちゃんとした名前がありますし、役割も漠然とですが、設定しています。ドクターとダ・ヴィンチちゃん以外のカルデア職員と、主人公の絡みも描いていければと思っています。


カウントダウン

 

 私の記憶に残っている管制室は、数多の視線に晒される居心地の悪い場所だったけれど、それは私自身が招いたものだったから、許容出来ていた。けれど――

 

「はは、こりゃあ酷い」

 

 思わず乾いた笑いが浮かび、煙で染みる視界が滲む。

 

 炎にのまれた管制室に漂う瘴気からは、噎せ返りそうなほどの、肉の焼ける匂いがした。

 

「フォッ、ケフォッ」

「貴方はそこで待っていなさいフォウ。二人して焼け死ぬ事はないわ」

「フォウ?」

 

 煙を吸ったのか、咳き込むフォウへと視線を移せば、彼は胡乱げに首をひねる。

 

「ドクターが追いついた時に、中継役が居たほうが良いでしょう?」

「……フォウ」

 

 そのまま暫く睨みあって、最後に折れたのはフォウのほうだった。

 

「この娘をお願いね」

 

 彼女の遺骸に上着を被せて、口元をハンカチで覆った私は、管制室へと足を踏み入れる。最早、私を突き動かす感情に、生存者の有る無しは大した問題ではなくなっていた。ただ、ここで引き返す理由が見つからなかったのもまた事実である。

 

(悲劇という表現で片付けるには、演出が過激に過ぎるわね)

 

 乱立する霊子筐体(コフィン)は棺桶か墓標か。この場合はどちらも言い得て妙かもしれない。ここは敢えて人柱と表現するのもいいだろう。惨さで言えば、その表現が一番合っていそうである。けれど、その犠牲の意味するところは、理解の範疇を超えている。

 

 辺りに散乱する硝子片が、私の歩調に合わせて砕ける度に、私の人間性も失われていくようだった。とは言え、普通の人間(・・・・・)にとって、この光景が耐え難いものであるのは、想像に難くない。

 

「ッ!!」

 

 と、煉獄の只中で、物思いに耽ってしまったのが良くなかった。眼前にあがった火柱に飛びのいた私の脚が、何か柔らかい物体に蹴躓く。

 

「~~~~!!」

 

 その為、強かに腰を打ち付けた私は、静かに悶絶する事となった。

 

 痛みで涙目になった視界が揺らぎ、身体を支える為についた右手は、妙に生温い液体に浸かっている。たったそれだけの事が、この状況では最悪そのものだった。

 

「…………貴方もなのか」

 

 転んだ瞬間、とっさに銜えこんでいたハンカチが落ち、唇の傷口が痛む。発した言葉からは、鉄錆の味がした。それはつまり、私がまだ生きているという証明に他ならない。人間の身体は、痛みに敏感に出来ているのだから、けれど、それは生者だけが持ちうる特権である。

 

 視線の先の遺体は、先程の少女より、凄惨なものだった。身体の右半分をことごとく損傷した有り様からは、爆発の衝撃が如何程のものだったのかを窺い知れる。辛うじて残った左目は、相も変わらず、正義を宿した澄んだ青色だった。

 

 その気高い死を前に、恐らく彼は即死だったろう。と、結論付ける事で、なけなしの良心を慰める己には、嫌悪を覚えずにはいられない。

 

「あの娘もだけど、君みたいなイイ男にも死んで欲しくはなかったな」

 

 その台詞を私が口にするのは、反吐を吐くようなものだと思いながらも、口にせずにはいられなかった。一度として語らう事はなかったが、彼らが善人なのは確かなのだ。断じて、こんな殺され方をしていい人間ではない(・・・・・・・・・・・・・・・)。だから――

 

「もう、誰もいないの?」

 

 私は立ち上がる。

 

「生きたいと願う者はいないの?」

 

 去来した感情が、怒りなのか、悲しみなのか、判別すら出来ないままに。

 

「……………………だれか」

 

 まるで懇願のようだな。と、冷静な私が嗤う。

 

「だ、れか」

 

 足取りは重い。けれど私は進んだ。そうして――

 

「…………あぁ」

 

 ここにきて知ってしまった。一番気付きたくなかった事実に膝を折る。犠牲者達の血に染まったままの右手が、行き場を失くしたように、小さく震えた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 信じられない、目の前の女性は、今なんと言った?

 

「……ター、ミスター」

「ッ、ごめん。その、少し驚いてしまってね」

 

 内心の焦りを取り繕うように笑い返す。医者として、患者を不安にさせるなんて、あってはならない事だ。

 

「いえ、私の方こそ、先程は怒鳴ってしまい、申し訳ありませんでした」

「謝る事はないよ。不測の事態に陥れば、誰だって、平静ではいられないものだからね」

 

 と、苦笑するボクに対して、彼女の表情は硬いままだ。

 

「………………これから、どうなさるおつもりですか?」

「……そうだね。君は、ああ言っていたけど、医者として、患者を助けないわけにはいかないよ」

 

 ボクの言を受け、彼女の深緑の瞳が揺らぐ。

 

「そう、ですか。そうですよね。お医者様なんですもの」

 

 それから、己を納得させるように、小さく呟く声が続いた。

 

 その姿に思うところがないわけではないし、本音を言えば、手負いの彼女を独りにさせる事には反対だった。けれど、ボクを信じて管制室へと先行した少女も、同じくらい捨て置けない存在である。

 

「とりあえず、どこか近くの空き部屋にでも移動しよう。局所麻酔で動きづらいとは思うけど、ボクに捕まりながらでいい。立てるかい?」

 

 けれど、流石に通路に置き去りと言うわけにはいかないので、ボクは移動を提案する。すると、それにしっかりと頷いた女性は、おぼつかない足取りながらも立ち上がった。

 

「大丈夫かい?なんなら、抱えて行くけど?」

「いえ、お構いなく、壁を伝えば自力で歩く事は出来ます。ただ……」

 

 まだ不安定な彼女の様子に心配が募るが、ボクの憂慮は、他ならぬ彼女自身によって否定されてしまった。その思ったよりも力強い拒絶には凹みそうになるけれど、何かを言い淀む彼女からは、切実さが感じられる。

 

「ただ?」

「…………一つ、お願いがあります」

 

 先を促すボクに、痛みを堪えるような表情で紡がれた彼女の言葉には、目を伏せるしかない。

 

「……約束は、出来ないかもしれないけど――」

「構いませんッ!!」

 

 酷く後ろ向きなボクに対して、悲鳴にも似た彼女の心の叫びが染みる。思わず顔を上げたボクの視界には、悲痛なまでに誰かを思う、一人の強い女性が映った。

 

「……分かった」

「……ここに来る途中で、私は天井の崩落に巻き込まれかけました。その時、同僚が私を庇っていなければ、今、私は生きていなかったでしょう」

「うん」

 

 ボクは頷いた。彼女の声の震えに、気付いていないかの様に。

 

「……もし、もしも、彼がまだ生きていたなら……」

 

 そこから先に続くであったろう言葉は、嗚咽へと変わる。そして、まるで計ったかのように彼が現れたのも、その時だった。

 

「フー!!フォウ!!」

「キミはっ!!セツナさんと一緒に居たんじゃ!?」

「フォーウ!!フォウ!!フォウ!!」

 

 すると、驚くボクらの周りを、忙しなく鳴きながら一周した小動物は、次の瞬間には、来た道を引き返し始める。恐らくは、ついて来い。という事なのだろう。

 

「って、ちょっと、待っ――」

「行っ、て、くだ、さい」

「ッ、でも!!」

「私なら、大丈夫です」

 

 困惑するボクの行動を決定づけたのは、傷付いてボロボロになった女性の一言だった。だから――

 

「……医師として、最善を尽くすと誓うよ」

「……お願いします」

 

 この時のボクは、精一杯の気持ちで、彼女の想いに応えた。けれど、現実ってヤツは、いつだって、そう甘くは出来ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これ、は」

 

 フォウの後を追う形で、管制室へと急ぐボクの目に飛び込んできた光景からは、異質な力の残滓を感じた。

 

(まさか、これを彼女が?)

 

 進行方向に向かって吹き飛ばされたかのような瓦礫と、辺り一面に飛び散った鮮血に足が竦む。

 

 この光景を作りだしたのが彼女だとするなら、イモリ・セツナ。という人物は一体、何者なのか。能力的にも心理的にも、彼女の底が知れない事に、恐怖すら覚える。

 

 何より、涙をぬぐう褐色の指に光る指輪が脳裏をよぎる。彼女をまた泣かせる結果になる事を思うと、正直、堪えた。

 

「フォウ!!フォーウ!!」

 

 歯を食いしばり、拳を握る。ほの暗い通路を駆ける白い目印を追いかけながら、不安は募る一方だった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「……ナさん、セツナさんッ!!」

 

 一体、どれぐらいの時間、俯き放心していたのか(火災現場で意識を失うまでに至ってない事を考えるに、それほど経ってはいないのだろうが)私は自分を呼ぶ声と、肩に置かれた手の平の温かさに、緩慢な動きで応じた。

 

「ドク、ター」

「……良かった無事だね」

 

 たった数分離れていただけなのに、随分と彼が老けたように見える。恐らくは、私も似たようなものだろう。

 

「ドクター、患者さんは」

「彼女も無事だよ」

「そう、ですか」

 

 それは良かった。と、笑おうとしたけれど、上手く表情が動かせない。

 

「生存者は?」

 

 と、そうこうしているうちに、今度は彼が私へと問うた。知らず心臓が跳ねる。

 

「……駄目、です。確認は出来ません」

 

 面と向かって口に出す事が出来ずに、再び俯き首を振る。この時の私は間違いなく、酷い顔をしていただろう。

 

「……そうか」

「……ドクター、ここの死者は兎も角として、入り口の彼女は、明らかに殺害されていました。これはいったい、何が起きているのです?」

 

 そう、只の不慮の大事故ならば、私もここまで心を乱す事はなかったのだ。しかしながら、扉に寄りかかるように死亡していた彼女の顔は、苦悶の表情で、首には鬱血痕が見られた。何より、極め付きなのは、両手の爪に残った皮膚片、それらの物的証拠が、彼女の死因が絞殺である。という事実を、明白に物語っていた。

 

「……それは、ボクにも分からない」

「…………そうですね。お互いにアリバイは立証しているようなものですし、でも意外ですね。普通、こんな事を言われたら驚きません?」

「さっき助けた職員が言っていたんだよ。カルデアには裏切り者がいる。と」

「……なるほど」

 

 絞り出したかのようなドクターの言に、薄く笑う。裏切り者は何処の世界でも最悪である。

 

 すると、そんな私の反応が、逆鱗にでも触れたのか、私を掴む彼の手に力が籠った。

 

「いいかい!?状況を確認するよ?生存者はいない。無事なのは、カルデアスだけだ」

「……ええ」

 

 らしくなく、語気を少し荒げたドクターの問いに、淡々と答えれば、彼の怒りの感情に、憐憫が混じる。大方、私が死に引きずられているようにでも映ったのだろう。

 

「……これは憶測ではあるけど、おそらくは、あそこが爆発の基点だろう。つまり、これは事故じゃない。人為的な破壊工作だ」

「人、為的……」

 

 ふと、管制室の中でも一際損壊の激しい場所を指差して告げられたドクターの推理に、灼熱の最中に居るというのに、身体が泡立つ。首謀者は一体、何の為に――

 

「動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常 が あります。職員は 手動 で切り替えてください」

 

 と、熟考しそうになる思考を断ったのは、無機質なアナウンスと――

 

「セツナさん」

 

 平時よりも幾分か低い、力のある声だった。

 

「隔壁閉鎖まで あと 40秒 中央区画に残っている職員は速やかに――」

 

「……ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止める訳にはいかない」

「……………」

 

 その言葉に、なんて返せばよかったのか。私に出来たのは、ただ、ああ、この人は正しく善人であろうとする人なのだな。と、目を細める事くらいだった。

 

「キミは急いで来た道を戻るんだ。まだギリギリで間に合う。いいな!!寄り道はするんじゃないぞ!!外に出て、外部からの救助を待つんだ!!」

 

 そう捲し立てると、彼は部屋を出た時と同じように、走り去る。

 

「システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木」

 

 そして、彼の背中が見えなくなって、再び饒舌となるアナウンスに――

 

「ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保」

 

「………………ねぇ」

 

「アンサモンプログラム セット。マスターは、最終調整に入ってください」

 

「……ねぇ、マシュ。貴女は私を恨んでくれる?」

 

 私は、後方に位置する瓦礫の下に倒れている少女に向けて、重たい口を開いた。

 

「…………い、いえ」

 

 けれど、そんな私の残酷な問いに返る答えは、酷く弱々しく儚く。そして、どこまでも無垢に人を憎む事を知らない。それが、私には羨ましくて、忌々しかった。

 

「………………どうして?貴女は私に殺されるようなものなのよ?」

「…………どの、みち、この傷では、だから、ご理解が早くて、助かります」

「……そう」

 

 確かに、彼女が言った事は正しいだろう。仮に、私がドクターに真実を告げたところで、彼女が助かる確率は、低かったであろう事は明白だ。けれど、その確率は、必ずしも0では無かったかもしれない。それに、辿る結果が同じでも、過程が違えば、死の間際の彼女の心は、軽くする事が出来たのではなかろうか?だと言うのに、私は凡そ考えうる限りで、最も残酷な死を彼女に宣告したのだ。本心では、生きたい。と、願っているであろう。彼女の気持ちを踏みにじり、裏切ってまで(・・・・・・)

 

「……んぱい、も、早く、にげ、ないと」

「………………私に指図しないで、マシュ」

「せ、んぱい」

「生き方がままならない分、死に方は自分で決める事にしているの」

「…………」

 

 生死の淵に立たされている身で、元凶たる私を気遣う言葉を並べる彼女に、憤りを覚えながら、出来るだけそっけなく聞こえるように、言葉を選ぶものの、最早、彼女には何を言っても、逆効果になる気がしていた。

 

「……ねぇ、マシュ、辛いのなら、私が楽にさせてあげる(・・・・・・・・)けど、どうする?――」

 

 とりあえず、今の私が出来る事だけは告げておこう。と、彼女へと問いかける。異変が起こったのも、その時だった――

 

「!?」

「あ……」

 

 第六感と言えば的確か、私は勿論の事、虫の息のマシュも、驚きを露わにする。それは、本能に語りかける恐怖だった。後方から迸った赤い閃光に、振り返りたくないのに、振り返らずにはいられない強制力が働く、思えば、この瞬間に、私の運命(Fate)は定められたのかもしれない。兎も角、私たちの目の前で、カルデアの象徴とも言えるカルデアスが、滅びへと向かう侵蝕の焔に焼かれ、煉獄に堕ちたのだった。

 

「観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において、人類の痕跡は 発見 できません」

 

 相も変わらず、無機質に、無感動に、真実を淡々と告げるアナウンスには、訳もなく、口角が上がる。

 

「……そう。なら、それでいいわ。それで私の――」

 

「人類の生存は 確認 できません」

「人類の未来は 保証 できません」

 

「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……いえ、そんな、コト、より――」

 

「中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です」

 

「……隔壁、閉まっちゃい、ました。……もう、外に、は」

「……うん、そうね。一緒よ」

 

 マシュを押し潰している瓦礫を背に腰を下ろし、膝裏に腕を通して、膝頭に顎を置く。うつぶせに倒れているマシュには、丁度、私の足先が見えているだろう。

 

 私の視線の先では、鮮やかな赤い河が、流域を広げ続けている。

 

霊子筐体(コフィン)内、マスターのバイタル基準値に 達していません。レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中……発見しました。適応番号48 イモリ・セツナを マスターとして 再設定 します。アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します」

 

「…………あの…………せん、ぱい」

 

 崩壊の轟音に包まれる只中で、不思議と彼女の儚い声が、掻き消されることはなかった。

 

「……なにかしら?」

 

 顔をあげないまま、私は返答する。

 

「――……手を、握ってもらって、いい、ですか?」

 

 刹那、私は崩れ墜ちる天を睨んだ。そればかりか、叫んだはずの悲鳴は音にはならず。私はただ、酸素を求める金魚の如く、無様に口を開閉しただけだった。

 

 口内に広がる鉄錆は、きっと私の罪の味だ。

 

霊子変換実験(レイシフト)開始まで あと3 2――」

 

 ああ、困ったな――

 

「……断る理由が見つからないわ」

 

「1」

 

 そう言って、マシュの震える手を握る。ただし、最期まで、彼女を視界に入れる事だけはしない。と、決めて――

 

「全行程 完了(クリア)。ファーストオーダー 実証を 開始 します」

 

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