Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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強襲と郷愁

 

 目的が明白で且つそれに縋るしかない状況ほど人の本性を暴くものもないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所長ー、先を急ぎたいお気持ちは分からないでもないですけど、足並みは揃えたほうが身の為ですよー!!」

 

 数メートル先を肩を怒らせて歩く白髪に声を掛けるものの、彼女は無言の抵抗を貫いている。人に護衛を命じておいて、協力的な姿勢を見せないスタンスには感心すら覚えるが(拒否ったの私だけど)いくら私達の折り合いが致命的に悪いとはいえ、ほとほと扱い辛い上司である。

 

「ご機嫌斜めどころか、断崖絶壁って感じね」

 

 まぁ、去る者は追わない主義だから、彼女が私をどう思っていようと、対して気にはしていないのだけれど――

 

「いえ、所長の癇癪にも同情の余地ありです」

 

 私の可愛い後輩ちゃんは、思うところがあったらしい。

 

「失礼ながら、イモリ・セツナ先輩はカルデアについて無知すぎます」

「……確かに、何も知らずにやって来たわね」

 

 咎めるような彼女の言葉に、薄く笑って両手を挙げる。真実ほどに斬れ味の鋭い言葉もないのであるからして。

 

「まったくもって困りものです。うっかり迷い込んだレベルです。ほぼネコと同義です」

「独特な例えね」

「――……まあ、わたしも同じようなものですが」

 

 私のツッコミに少しだけ言葉を濁すマシュ。その様子に、これは長い話になるかな?と、私は先を行く白髪の様子を窺った。

 

「勤めて2年ほど経過しますが、よく分かりません。のんびり忍び込んだレベルです。ほぼワニと同義です」

 

 ワニと同義。という表現がイマイチしっくりこないが、2年もの間カルデアに居た彼女を以てしても、あの施設の全容は掴めない。という事に、魔術師という生き物の業を垣間見た気がした。まぁ、私がそれを糾弾できるわけでもないのだが。

 

「……そう」

「はい。私の知識もカタログにある程度です。でも、先輩のために復唱しますね」

「あら、有難う?」

 

 本音を言うなら、魔術師の世界には深入りしたくないのだが、それと後輩の親切を無下にする事は別だろう。

 

「人理保障機関カルデア。正しくは、人理継続保障機関フィニス・カルデア。人類史を長く、何より強く存続させるため、魔術・科学の区別なく、研究者が集まった研究所にして観測所。魔術だけでは見えない世界、科学だけでは測れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅(バットエンド)を防ぐために、各国共同で設立された特務機関なのです」

「ええ、そこはなんとなくわかったわ」

「はい。まあ、そんなところです」

「……簡潔で分かりやすい説明ね。好みよ、そういうシンプルさ」

「あ、ありがとうございます」

 

 私が微笑み返すと、マシュの頬に、ほんのりと朱が射す。

 

「更に補足するなら、カルデア設立の出資金は各国合同となっていますが、その七割はロンドンの魔術協会――」

 

 ふと、彼女の紫水晶(アメジスト)が少し先を見据える。その先に誰が居るのかなんて、わざわざ確認するまでもないので、私はマシュに視線を固定したまま、続く言葉を待った。

 

「アニムスフィア家が出資しています。オルガマリー所長のご実家ですね」

「そっちの世界の事は詳しくないのだけれど、とにかく、凄いお家柄なんでしょう?」

 

 無難な反応を返せば、マシュも頷きながら視線を戻す。

 

「カルデアは研究施設となっていますが、その重要性から内部規律レベルは軍隊のそれです。たいへん厳しい規律と罰則が敷かれていますから、所長の横暴さは寧ろ控えめと言えます」

「控えめねぇ~」

 

 素直に頷くには、ちょっとピンとこず、私は腕を組んで苦笑した。

 

「所長は悪党ではありませんが、悪人です。気に入らないスタッフは、平気でクビを切ります」

 

(……いや、それはホントにどうなんだろう?)

 

 所長の精神衛生上はそれでいいのかもしれないが、そんな事で有用な手足を失っては、結局、自分の首を絞めるようなものだろうに。

 

「あ、いえ、どうでしょう。性格が悪い人を悪人と言っていいのでしょうか……すみません。先輩を励ましたいのですが、おシャレな台詞回しとか、ちょっと慣れていないので」

 

 そんな、私の無言を拡大解釈したのか、マシュが慌てた様子で所長を擁護するような発言を始めたので、私は気にする事ではない。と、浅いため息と共に首を振った。純粋無垢を地でいくようなマシュに、性格が悪い。と、言われる所長、可哀想。とか思ってないよ?

 

「きゃあぁああああ!?って、ちょっと!!何してるのよアナタたち!?」

 

 すると、私の考えなど知る由もないだろう所長が、私達へ振り返るなり悲鳴と叱咤の声をあげた。戦場での大声とか、良くないものを招きかねない行為は、やめていただきたいのだけれど。

 

「目ぇ節穴ですか?所長。お話してるんですよ」

「その言葉そっくりそのまま返すわよっ!!うしろ、うしろ!!敵、敵に見つかっているじゃない!!戦闘準備、急いで!!」

「GuOOOOOOOOOO!!!!!!」

「あらまぁ」

 

 鶏が先か卵が先か。的な懸念でしたか。

 

「こんな近くに……!!先輩、指示をお願いします……!!」

「そうね。私が餌になるから、マシュは敵が油断したところを各個撃破。それと所長」

 

 早速、私へと向かってきた個体の攻撃を、後方に飛び退き避けてから振り返る。敵にしてみれば、己に背を向けた私は、さぞや格好の獲物と映るだろう。

 

「なっ、何よ!?」

「支援魔術ぐらいは覚えがありますよね?」

 

 骨の砕け散る音をBGMに、後ずさる指揮官に笑いかければ、彼女の表情が思い切り引き攣った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 血肉の生々しい感触とは違う。硬く柔らかく誕生した生命の逝きつく、堅く脆い最期の形――

 

「敵性生物、排除しました。先に進みましょう」

 

 盾に付いた白い粉末を振り払えば、風に乗って流れたそれは、目の前で消滅した本体と同じように、すぐに見えなくなった。

 

「少数精鋭って言うのかしら?数が少ない群れなだけあってか、前の群団よりは手強かったわね。ああ、それと所長、援護有難うございます」

 

 形容しづらい感情を持て余すわたしの視界の端では、音もなく忍び寄った長く濃い漆黒が風にそよぐ、すると、いつの間にか、わたしの視線は誘導でもされたかのように、先輩へと注がれていた。

 

 と同時に、宵闇の中にありながら、鮮烈な存在感を放つ二つの深淵に、引き摺り込まれそうな錯覚に陥る。まるで、わたしの心の中を暴こうとするかのように、昏く光るその双眸には、言いしれない畏怖を覚える。だと言うのに、わたしは彼女に魅入られたかの様に、目を逸らす事ができないでいた。

 

「さすがはサーヴァント体、スペックでは圧勝ね」

 

 そんな中、意識の外から響いた声に、わたしは我に返る。

 

「……姿が怖いのは変わりませんが……ところで所長。質問があるのですが。資料にあった冬木の街と、この冬木の街はあまりにも違います。いったいこの街に何が起きたのか、所長はどうお考えですか?」

 

 感傷を断ち切るように先輩から視線を外し、彼女とは対照的な色彩を風に乗せた指揮官に問い掛ければ、所長は風に遊ばれる自身の白髪を苛立たしげに撫でつけながら口を開いた。

 

「……そうね。きっと歴史がわずかに狂ったのよ。そうとしか思えない」

 

 それは当然とも言える答えだった。元より、そういった事象に対応する為にカルデアが作られ、わたしや先輩などのマスター候補者が集められたのだから。

 

「マシュ。それにイモリ・セツナ。一度しか言わないからよく聞きなさい」

 

 生温い風が止むと、痛いくらいの静寂が場を支配する。

 

「カルデアはカルデアスという地球モデルで未来を観る。同時にラプラスという使い魔で過去の記録を集計する。公にならなかった表の歴史、人知れず闇に葬られた情報を拾ってくるのが、ラプラスの仕事と思えばいいわ。そのラプラスによる観測で、2004年のこの街で、特殊な聖杯戦争が確認されているのよ」

「聖杯戦争……?聖杯というのは、その、伝説にいう聖杯ですか?所有者の願いを叶える万能の力。あらゆる魔術の根底にあるとされる魔法の釜?」

 

 重たい口調で述べられた所長の言葉に、浮かんだ疑問を口にすれば、視界の端で二つの深淵が凄味を増した。一般人である先輩は、この手の話題になると、蚊帳の外に置かれるも同然となるのだから、不安で仕方がないのだろう。

 

「ええ、その聖杯です。冬木の街にいた魔術師たちが聖杯を完成させ、その起動のために七騎の英霊を召喚した――それが聖杯戦争の始まり。この街では人知れず、サーヴァントが喚ばれていた」

 

 語りながらも歩き始めた所長を追いながら、彼女の話に耳を傾ける。無論、辺りを警戒する事も怠りはしない。先程の様に敵の接近を許すつもりはなかった。と言うよりも、同じ轍を踏み、先輩に危険を負わす事になるのが許せないのだ。

 

「冬木の聖杯戦争のシステムは単純よ。七人のマスターがそれぞれ競い合い、最後に残った者が聖杯を手にする。というシステム。カルデアがこの事実を知ったのは2010年。お父さ……いえ、前所長は、このデータを元に召喚式を作った。それがカルデアの英霊召喚システム・フェイト。ラプラス、カルデアスに続く第三の発明ね」

「第三?近未来レンズ・シバは違うのですか?」

 

 ここに至って初めて、先輩から疑問の声が上がる。その内容に、彼女の記憶力の優秀さを垣間見た気がした。

 

「あれはレフ教授の発明だから。まあ、わたしとの共同開発ではあるけど」

 

 対する所長は、細かい事など、どうでもいいだろう。と、言いたげに端的に答え――

 

「ともかく、ここがサーヴァント発祥の地なのよ」

「ここが、サーヴァントの……」

「はぁ、そうですか」

 

 思いもよらなかった事実に言葉を失うわたしとは対照的に、先輩は感情の読めない感想を述べた。

 

「…………ところで、あなたはいつ英霊についての知識を得たわけ?」

 

 そんな先輩の様子に思うところがあったのか、所長が先輩に鋭い視線を送る。

 

「つい先程、ドクターとマシュに概要だけを。何か私の認識に齟齬がありますか?」

 

 やおら、ドクターとの会話内容を要約して説明した先輩を見つめる所長の表情には、明確な呆れの感情が見て取れた。

 

「……何よそれ、初歩的な説明をしなくて助かった。という程度じゃない」

「ええと、他にも何かあるんですか?正直、この状況で発狂せずに務めを果たしている事を評価して頂きたいものなんですけれど、これ以上情報を加算されたら、キャパオーバーは必至っていうか」

「つくづく良い性格をしているわね。あなた」

「やだな~そんなに褒めないでくださいよ。所長の掌クルーなんて、気味が悪いだけですから~」

 

 ヒラヒラと手を振り、先輩が笑い返せば、所長が拳を強く握る。

 

「あったまきた!!アンタ、帰ったらホント覚えておきなさいよ!!」

「分かりましたから、私が冷静なうちに早く英霊についての補足をお願いしますよ。所長」

「ああ、もう、いい事。まず過去の英霊を使い魔にしたものがサーヴァント。これと契約し、使役するものがマスター。ここまではいいわね?」

「復習とかタルイんで、要点を分かりやすく簡潔にどうぞ」

 

 暗がりの中で、不気味なほど青白い掌を、所長へと向ける先輩と、笑顔の仮面が剥がれかけている所長。

 

 説明会の時から変わらず、先輩は所長を煽る事をやめる気はないようで、それは最早、仲裁に入るだけ無駄に思えてくるレベルだった。けれど、彼女のおしとやかな外見に似合わない辛辣さには、まだ慣れそうにない。

 

「……次に、サーヴァントのクラスについてだけど」

「クラス?」

「英霊を丸ごと霊体として再現するのは難しいのよ。人間の魔術師ではリソース、要するにメモリが足りないの。だから、その英霊が持つ一部の側面だけを固定化する。それが七つのクラス。剣騎(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)。英霊たちの逸話・能力によって変化するけど、どんな英霊であれ、必ずいずれかのクラスになって顕現するわ」

「つまりは、英霊と言う絵を飾るために相応しい額がクラス。と言った感じでしょうか?」

「比喩はどうあれ、認識的にはそれでいいでしょう。でもクラスの役割はそれだけでもないわ。それはサーヴァントの正体……英雄としての名前、真名を隠すためのプロテクトでもある」

 

(真名……)

 

 所長の語りがその話題に入った事で、わたしの意識が自身と融合した人物へと傾く。

 

(あなたは、誰ですか?)

 

 自問しながら傍らの先輩を見れば、彼女は神妙な面持ちで所長の説明を聞いていた。

 

「どうして真名を隠すかというと、英雄たちは強力であるが故に有名だから。例えば、ギリシャ神話のアキレウスね。アキレウスは無敵の肉体を持っている英霊だけど、その弱点は余りにも有名でしょう?」

そこ(・・)に彼の名が付いているくらいですもんね」

 

 所長の問いかけに、先輩が淀みなく答え。それに所長が頷き返す。

 

「英霊の再現である以上、弱点も引き継いでしまう。だからサーヴァントはクラス名で真名を隠すの。正体さえ知られなければ、経歴や弱点を知られる可能性が激減するでしょ?」

「なるほど、理に適っていますね」

 

 先輩の口元に弧が描かれる。但し、不明点を理解した事で安堵する表情にしては、どこか好戦的にも見える笑みだと思った。

 

(真名を知るという事は、弱点を知る事にも繋がる……だったら、わたしは命の恩人について知らないほうが……でも、それだと――)

 

「それだけじゃないわ。真名を隠すのにはもう一つの理由がある。サーヴァントの切り札にして真骨頂。その英霊が持つ奇跡、存在が結晶化したもの。それが――」

「その英霊が持つ切り札――『宝具』と呼ばれるスペシャルアーツです。ですが――あっ」

 

 考えていた事と話題がリンクしたせいか、気付けば無意識に声に出してしまっていた。途中で所長の話を横取りする形になった事に気付いたが、もう遅い。恐る恐る所長を窺うわたしを応援するように、視界の端で先輩が微笑む。

 

「…………ねえ、マシュ。あなた、もしかして宝具を使えない?」

「……えっ、あの、はい。そのようです。わたしは、わたしに融合してくれた英霊が誰なのかもわかりませんし……」

 

 けれど、意外なことに、所長がわたしに腹を立てる事はなかった。その事にホッと胸を撫で下ろしながら、わたしはマスターへと向き直る。

 

「イモリ先輩。説明が後になってしまい、申し訳ありません。サーヴァントには宝具という固有の特殊技能が備わっています。英霊たちそれぞれの伝承、偉業にちなんだ、かっこよかったり微妙だったりする切り札です。ですが、わたしはその宝具をうまく扱えません。……宝具そのものは何とか使えるのですが、出力は低下していますし、真名開放による真価も発揮できません」

 

(それだけじゃない)

 

「そもそも、わたしのこの武器が“何に由来するものなのか”さえ分からないのです」

 

 言いながら、自分の不甲斐なさに、もどかしくて堪らない気持ちになる。幻滅されても致し方ないような内容だとも。だというのに――

 

「…………そう、それで?」

 

 私の先輩(マスター)は“そんな事がどうした?”とでも言いたげに、ただ、美しい微笑みで答えたのだった。

 

 加えて“あなたのせいではないのだ”と、許されたような気がして、目頭が熱くなる。

 

「ちょっと、イモリ。ちゃんと話を聞いていたの?今の話はそんな簡単に――」

「ですので!!わたしの事は欠陥サーヴァント、あるいは、成長性と可能性に満ちたできる後輩。と、ご期待ください。わたしが融合した英霊の情報をリードできずとも、先輩がマスターとして成長すれば、おのずと分かります」

 

 先輩の反応に、小言を言い始めた所長を止める代わりに、わたしは自分の思いを伝える。そして、何があってもマスターを守り抜く事を誓った。

 

「…………まぁ、そうね。マスターは契約したサーヴァントのパラメーターやスキル、情報(マトリクス)を解析できる。契約者が一人前になれば、マシュのサーヴァント情報も解析できるでしょう。この先、他のサーヴァントと契約した時も同じよ。まずはサーヴァントの宝具と真名を知ること。信頼が増せば増すほど、そのサーヴァントの能力は上がっていくわ」

「はぁ」

 

 そんなわたしの勢いに、所長が嘆息と共に補足を加えるが、やはり先輩はそれを無感動に聞き流した。ただ、反応が返ってきている事を鑑みるに、少なくとも無関心ではない事は確かだろう。

 

「まあ、アンタなんか、そんなに才能はないでしょうけど。マシュをうまく扱えないのもその証拠よ」

「お言葉ですが。素人の指揮が気に入らないのなら、所長が指揮官らしく振る舞ってはどうです?どうせ私にはサーヴァントを繋ぎ留めておくぐらいしか能はないでしょうから」

「ふん、カルデアのレイシフト機能が回復すれば、外部から一流のマスターをシフト(招聘)できるわ。そうなれば、アンタはお払い箱よ。実戦経験もない素人は、カルデアの隅で震えていなさい」

 

 すると、その反応が引き金となったのか、再び白熱する両者の会話――

 

「震えていたのはマリー所長の方では……」

「震えてない!!ちっとも!!アナタね、年上を敬いなさいよね!?」

 

 結果、所長が抗議の大声を上げ

 

「シーッ!!です。所長!!」

「どうどう、じゃじゃ馬も大概にして下さい」

 

 わたしたちが、それを必死で宥める事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コホン。兎も角、かつてここで七騎のサーヴァントが競い合った。結果はセイバーの勝利で終わった。街は破壊される事なく、サーヴァントの活動も、人々に知られる事なく終わったはずなの。それなのに、今はこんな事になっている。特異点が生じた事で、結果が変わったと考えるべきね」

 

 わたしと先輩の両名に注意されてから、むくれていた所長が復活するのには、そう時間はかからなかった。と同時に、赤色の大橋の真下に差し掛かり、わたしの関心が、思わずと、その巨大な建築物へと逸れる。

 

 この気の緩みが、後に惨事を招く事になるのだが、結局、わたしはその事に、その時まで気付くことが出来なかった。

 

「2004年のこの異変が人類史に影響を及ぼして、その結果として百年先の未来が見えなくなった。だから、わたしたちの使命はこの異変の修復よ。この領域のどこかに歴史を狂わせた原因がある。それを解析、ないし排除すればミッション終了。わたしもアナタたちも現代に戻れるわ」

「ところで所長。カルデアでは英霊を召喚したんですか?」

「もちろんしました。でもうまくいかなくて、成功例は数えるほどです。資料では三体だけ呼び出せたらしいけど、わたしは二体しか知りません。前所長の頃に第一号。わたしが所長になってから第二号、第三号」

 

 先頭を歩く所長が、橋の下から抜けようとしたその瞬間――

 

「……その第二号がマシュと融合した英霊よ。第三号はもう知っているでしょ。カルデアに住み着いたあの変人。レオナルド・ダ・ヴィ――」

「先輩!?」

 

 背後から伸ばされた先輩の手が、前触れもなく所長を抱きとめ、その口を強引に塞ぎ、突然の事に虚を衝かれた私の頭蓋には、警鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 全身の皮膚がヒリつく、うっかりと熱いものに触れてしまった時ような衝撃と反射が身体に走る。それが何を意図したものなのか、ハッキリとは分からずとも、得体の知れない不吉さに、ちゃんと防衛本能は働くのだから、危機察知能力も馬鹿にならない。

 

「お静かに」

 

 所長の口を手で塞いだまま、私は低く小さい声を発した。目を白黒させていた所長は、以外にも怒鳴り散らす事なく、それこそ、借りてきた猫の如くに、行儀よくしていた。

 

〖マシュ〗

 

 その様子に、少し安堵した私は、所長の口を塞いでいた手の人差し指を口元へと運び、空気をよんだ様子で、こちらを静観したままのマシュを、口パクで呼び寄せる。

 

 途端、一体、何が起きているのか?と目で訴えてきたマシュに、耳を貸すようにジェスチャーを返し、深呼吸した私は口を開いた。

 

「一度しか言わないから落ち着いて聞いて、何か、ヤバいのが此処に近づいてきてる」

 

 二人に聞き取れるだろう最低限の声量で、簡潔に要点を述べる。

 

「えっ――」

「絶対に、動くんじゃ――」

 

 その内容に、反射的にか驚きの声を上げた所長が、慌てて自身の口を両手で塞ぐのを横目に入れつつ指示を飛ばす。けれど、私の悪運は、こんなところでも折り紙つきだったのである。

 

「シーキュー、シーキュー、よし、通信が戻ったぞ!!」

 

 場違いと言わざるを得ない軽快な機械音と、緊張感のない間延びした声音が辺りに響き渡る。

 

「って、あれ?皆どうした――」

 

 三対の瞳に迎えられたその人物は、目をパチクリと瞬かせ――

 

「生きて帰れたら、一発殴らせてくださいね、ドクター!!」

「ええっ!?」

 

 私の文句に目を剥いた。

 

「走るわよ、マシュ!!所長!!」

「はいっ!!」

「って、どういう事?説明しなさっ――」

 

 けれど、彼に謝るつもりもなければ、猶予もないので、私は状況を理解しきれていない所長の手を掴んで走り出す。つい数時間前のマシュが、私にそうしてくれたように。

 

「ご覧の通りですよ、所長」

「な――まさか、あれって!?」

 

 走りながら、さっきまで所長が居た場所を視界に入れる。次の瞬間には、お約束の様に突き刺さる数本の短刀。形は違うが、既視感を感じずにはいられない、的確な殺意である。

 

「そこにいるのはサーヴァントだ!!三人とも戦うな!!君たちにサーヴァント戦はまだ早い!!」

「言われなくとも分かっています!!ドクター!!レイシフトはまだ行えないのですかっ!!」

「急ピッチで修復作業中だよっ!!」

「このままでは我々が死ぬ方が先ですよ!!」

 

 遅かれ早かれ、見つかったかもしれない可能性と、その際に動かない事が致命的なミスに繋がったかもしれない事を考えると、ドクターの通信のタイミングについて、殊更に文句を垂れる気はないのだが、そうはいっても、死地に晒されている身である事に変わりはないので、自然と語気は荒くなってしまう。デミ・サーヴァントのマシュは兎も角。所長と私は、気を抜けば一瞬で狩られる!!と、本能が告げているのだから。

 

「そんなこと言っても逃げられないわよ!!マシュ、戦いなさい!!同じサーヴァントよ、なんとかなるでしょう!?」

「…………はい。最善を尽くします……!!」

「いいえ、それは許せないわ。マシュ」

「先輩っ!?」

 

 所長の鼓舞に、盾を構えて臨戦態勢を取ろうと動いたマシュの腕を、強引に引っ張り走らせる。今の彼女に、私達二人を庇いながら敵を斃すだけの力は期待できない。いくら主武装が護りに特化していたとしても、それを扱うだけの技量が伴っていないのだから、当然だろう。加えて、敵は勢い勇んでどうにかなる手合いにも見えない。それに――

 

「何を馬鹿な事を言っているの!?戦わなければ此処で死ぬわよ!!」

「……いや、彼女の言う通りかもしれない」

 

 興奮気味に喚き散らす所長に、ドクターの重い声が返される。その声音に、最悪な予想が的中した事を悟った私は、ただ、ただ、無言で嗤う事しか出来なかった。人間、恐怖に摩耗すると、いろいろと振り切れるらしい。

 

「ちょっと!!あなたまで何を言っているの!?」

「……目の前の反応と同じものが二つ、そちらに向かっているっ!!ここまで言えば、セツナさんを責められないだろう!?」

「っ!!撤退よ、急ぎなさい!!とにかく此処から離れるの!!」

 

 状況理解が早いのは所長の美点だと思う。少なくとも、私はその点に関してだけは、彼女の臆病さを相応に評価していた。けれど、必ずしもそれが、現実で通用するわけではない。という事も理解できていた。

 

「――残念、モウ手遅レデス」

 

 突如として、私の鼓膜を震え上がらせたのは、底冷えしそうな女の声、そして――

 

「な――」

「所長っ!!」

 

 所長の驚く声と、マシュの叫び声が重なる。私はといえば、それを理解するなり、身体が勝手に動いていた。駆ける勢いのまま、並走する所長を肩で押し退ける。瞬間、私の脚に激痛が走った。

 

「――!!」

 

 そのまま、何故か引っ張られるように空中へと投げ出された後に、数メートル道路を転がって、果てには縁石に背中を打ち付け、一瞬息が詰まる。身体中を駆ける今までに感じたことのない類の痛みには、視界を保つのもやっとだ。そんな私の瞳には、半ば放心している様子の所長と、今にも泣き出しそうな表情で、悲鳴にも近い声で私を呼ぶマシュが映っている。

 

「ホゥ、悲鳴ヒトツアゲナイトハ、感心デスネ」

 

 耳障りな鎖の音と共に、上空から落とされるのは冷淡な女の声。

 

「先輩っ!!」

 

 ……ああ、耳鳴りがする。

 

「ハハハ、敵前デ脇見トハ!!」

「自ラ首ヲ差シ出シタモ同ジ!!」

「なっ……くっ!!」

 

 影法師の様に真っ黒い、長物を操る男と戦いつつ、投擲される短刀を弾きながら、私に駆け寄ろうと、マシュが必死になっているのが分かる。

 

「っ、るな」

 

 痛みを堪えながらも、私は手をつき上半身を起こす。情けは人の為ならず。とはよく言ったものだ。こういう終わりであるならば、いっそ清々しい。

 

「先輩っ!!」

 

 やめろ、私はお前に助けられる価値などない。

 

「止まるなっ!!行けっ!!」

 

 だから、私は叫んだ。血を吐きながらも、声の限り精一杯に。

 

「出来ませんっ!!」

 

 そして、最期には嗤うのだ。

 

「……前にも言ったでしょう。マシュ」

 

 まるで、蛇に巻き付かれたかの様に、螺旋状にズタズタに切り裂かれた自分の脚を視界に入れる。その出血量を見るに時間の問題だろう。呼吸音にも雑音が混じっている事を鑑みるに、折れた肋骨あたりが、体内で変な所に刺さっているのかもしれない。

 

「いやっ、先輩っ!!」

 

 そして、これは自業自得。あの時、マシュを見捨てた私が迎える当然の末路。

 

「マシュ・キリエライト、所長を連れて生きなさい(・・・・・)

 

 罰を請う私の声に応えるは、右手の甲に刻まれし八角。それは赤く発光し――

 

「…………そう、良い子ね。マシュ」

 

 私は自分の死に場所を定める。

 

「……どう、して」

 

 絶望に目を見開く彼女のその言葉は、意志に反して動く己の身体に対してだったのか、それとも、それを命じた私に対してだったのか、どちらにせよ、その答えを知る術は、もう私には残されていない。

 

(…………ああ、ごめんなさい。結局、私はまた――)

 

 上体を保っていられなくなり再び倒れ込む。だんだんと霞んでいく視界には、マシュ達の姿も私達を襲った黒い影の姿も既にない。

 

 …………耳鳴りがする。

 

 身体中の感覚が遠のいて行くのを感じながらも、頬を濡らす熱だけが、やけに明瞭だった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

「フォッ、フォーウ!!」

 

 炎にのまれた冬木の街で、動くものはそう多くない。裏を返せば、動くものはそれだけで、見る者からすれば目立つのだ。

 

「フォウ、フォッ!!」

 

 例えば、暗がりを駆ける白い小動物などは最たるに――

 

「ん?なんだありゃあ」

 

 そう声を発した男は、白い小動物に負けず劣らず、派手な色彩を纏っていた。青を基調とした全身の装束は、赤く染まった街では、場違いなくらいに浮いて見える。状況が状況な事もあり、男が只者でない事は明白であった。

 

「犬猫の類じゃあなさそうだが……」

 

 危なげなく電柱の上に直立する男は、不可解そうに首を傾げ、何かを思案しているようである。

 

「あー、もう面倒だ」

 

 暫く考え込んだ様子の男は、最後には考える事を放棄したようだった。次の瞬間には、その身体が細かな粒子となり消失する。

 

「フォウッ!?」

 

 対して、小動物は驚きの声を上げた。だが、それもそのはずだろう。さっきまでコンクリートを捉えていた己の脚が、今や空を切っているのだから。

 

「それで?どっから来たのかは知らねぇが、お前さん、そんなに急いでどうしたんだ?」

「ファッ!?」

 

 驚く獣の視界の先で、男が犬歯を覗かせ嗤う。獣はまだ、己が目の前の男に片手でつまみあげられている。という状況を、理解できていないようだった。

 

「いやぁ、オレもいろんな魔物と殺り合ってはきたが、ほんと、お前さんみたいのは初めてだわ」

「!?」

 

 固まる獣とニヤつく男。そのままお互いに無言で見つめあう。その早くも膠着しそうな気配に先手を打ったのは、獣のほうだった。

 

 ガブリッ!!

 

 と、表記して間違いないだろう勢いで、獣が男の手に噛みつくと、男は苦笑を浮かべて獣を地へと置いた。

 

 怖がらせる気はなかったんだが、と嘯く男からは本当に悪気は感じられず、獣はほんの少しだけ、ばつが悪そうに男を見上げる。

 

「なぁンか、邪魔したようで悪かったな?んじゃあ、オレは行くからよ。まぁ、死なない程度に気張れや」

 

 乱雑に獣の頭を撫でて笑った男は、じゃあな。と、後ろ手に手を振ると、獣の進路とは逆の方向へと歩いていく。

 

「……フォウ」

 

 暫くその背を見つめていた獣は、先を急ごうと歩を進めて、今一度男を振り返る。そして――

 

「フォウッ!!」

 

 助走をつけ、大きく跳躍すると、男の背を蹴りあげた。

 

「あ?何だよお前、悪いがオレはお前と遊んでる暇は――」

 

 対する男は、己が背へと感じた小さな衝撃に、ぶっきらぼうに振り返り――

 

「フォウ、フォウッ!!」

 

 そのまま、否定の言葉を続けようとしながらも、自分を何処かへと導かんとする獣の様子に、眉根を寄せた。

 

 さぁて、どうしたもんか。

 

 そう言いたげに、男の視線が遠く、獣が目指している方角へと向く。その方角からは、武器が重なる際に出る、独特の金属音が響いてきていた。

 

 目深に被ったフードの下からは、理知的ながらも好戦的な瞳が覗く。

 

ケルトの魔術師(ドルイド)導こうとはな(・・・・・・)……いいぜ、案内しな!!」

「フォウッ!!」

 

 この出会いが、人類史の存続に関わる重大な分岐点の一つになるのだが、あらゆる先人達の例に漏れず、当事者達はいつだって、その事を知る由もないのであった。

 




 てなわけで、みんな大好き、頼れる兄貴が(一応)登場しました。それと、今まで姿の見えなかったフォウくんですが、彼は作者に忘れられていた訳でもなければ、レイシフトしていないルートに変更されたわけでもなかったんですよ。結論、フォウくんは有能。はっきりわかんだね。
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