Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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切れない糸

『私に指図しないで、マシュ』

 

 そう言ったあの(ひと)は――

 

『生き方がままならない分、死に方は自分で決める事にしているの』

 

 いったい、どんな表情(かお)をしていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

(おいおい、これ、もう詰んでねぇか?)

 

 そう思って、傍らの小動物を見れば、オレと目が合ったソイツは、不思議そうに首を傾げた。

 

(あー、まぁ、期待すんのは勝手だけどよ)

 

 小さくため息を吐いたオレの視線は、瀕死の少女の右手の甲に刻まれた紋様に固定される。

 

(二画か)

 

 眼下に倒れるは聖杯戦争の参加者。つまりマスターの証(令呪)を宿した少女。だが彼女を守護するはずのサーヴァントの気配はない。討たれたのか、それとも――

 

(……どうすっかなぁ)

 

 令呪のサポートは望むところだが、少女の存在は、この狂った聖杯戦争においては、正直、足枷になる。何より――

 

「フフフ、マサカ 私ノコレクションヲ破壊シタノガ コンナ可愛ラシイ方ダッタトハ 思イモヨリマセンデシタ」

 

 うつ伏せに倒れたままの少女の長い黒髪を、黒化したライダーが掴んで引き起こす。

 

(アレをどうにかするのが前提なんだよなぁ)

 

 無論、そうなったとしても負ける気はしないが……

 

「……ッ……ぁぐ」

 

(お嬢ちゃんが、もたねぇだろうな)

 

 脚が使い物にならないせいか、上体を大きく後ろに反らす形になった少女が、浅く荒い呼吸を繰り返す。痛みに見開かれた瞳には涙が浮かび、震える唇の端からは血が伝った。

 

「サテ、ドウ殺シテアゲマショウカ」

 

 そんな少女の反応に、喉を鳴らして嗤ったライダーが、少女の青白い頬に舌を這わせ、少女は視点が定まっているのか判然としない、虚ろな瞳をライダーへと向けた。

 

(……だが、まぁ。気に入らねぇのも確かだわな)

 

 聖杯戦争のマスターである以上、死は覚悟の上だろうし、覚悟するもんだろうが、だからといって、その死を冒涜するような行為は度し難い。

 

 楽にしてやる気がないのなら、手心は加えるべきじゃない。既に少女の死は決定事項なのだから、尚更だ。

 

「悪いな、白いの」

「フォウ……」

「アンタの飼い主を助ける事は出来そうにねぇ」

「…………キュウ」

「けど、ま、苦しませもしねぇよ」

 

 正直、気分は最悪だったが、正常なサーヴァントがオレしかいない以上、マスターには礼を尽くす責務があるだろう。まぁ、それは結局のところ、死に体の少女の最期くらいは守ってやりたいと思った、オレのエゴに過ぎないのだが。

 

 だから、きっとソレは、そんなオレの心情が見せた幻想だったのだろう。駆け出したオレの目の前で、血塗れの少女が、微かに歪んだ笑みを浮かべたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 所長を傍らに庇いながらひた走る。時折投擲される短剣を弾きながらも、足を止める事はなかった。いや、正しくは、足を止める事が出来なかった。

 

「ハァ――なんで、こんなことにッ!!」

 

 胸が張り裂けそうな気持ちだった。感情とは裏腹に動く身体が恐ろしくて、それ以上に悲しかった。

 

「――――話ニナラン。コレデハ 私一人デ 十分ダッタカ」

「……マシュ、下がって!!」

 

 殆ど悲鳴と言ってもいい指示に、反射的に盾を構える。瞬間、腕に感じる重い衝撃。

 

「ッ!!」

 

 薙刀と思われる得物による鋭い突きに、身体が後退する。その膂力に、受け続ける事は得策ではない。と、悟った時には、既に退路は断たれた後だった。

 

「決メルゾ ランサー。ドコノ英霊カ知ラヌガ、御首ニハ違イナイ」

 

 進行方向に現れた髑髏面の影が、左右非対称の腕に短剣を構える。姿の見えなかった難敵が、その身を晒した。という事の意味に、知らず冷や汗が伝う。

 

「…………二人とも、どうにかして戦線離脱、または勝利してくれ」

「無理よ、どうあっても勝ち目がないじゃない、アレ!?」

「ああ、無茶を言っている事は分かってる!!だけど、このままじゃ3対1の戦闘になる。それだけは何としても避けてほしい」

「え――」

 

 じりじりと距離を詰める敵影を牽制しながら、ドクターの報告に耳を傾ける。驚嘆の声を出したのは、果たしてわたしと所長のどちらだっただろう。

 

「…………サーヴァントとみられる反応が一騎、君たちを目掛けて移動している」

「そんなっ――」

「――ハ。ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「所長、マシュ、しっかりするんだ……!!足を止めちゃいけない!!」

「――ハ。ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「あ――」

 

 絶望を煽るかのような哄笑がこだまする。内側からじわじわと嬲られるような不快感に、身体が震えた。

 

「くそ、二人とも飲まれるなッ!!」

 

 すぐ近くにあったはずのドクターの声が遠い。

 

「ハ、未熟未熟。戦ウモ死ニ筋、逃ゲルモ無理筋。未熟者ノ末路トハ ドウアレ無様ヨナ」

「ソレデヨイ。藻掻クガヨイ。無様ナ者ホド面白イ!」

「ああ、ああぁあああ――!!!!」

 

 それは、盾を掲げる者としては、最もしてはいけない選択だったと、後にわたしは知る事になる。ただ、この瞬間だけは、この選択が吉と出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 その感覚を再び味わう事になろうとは、思いもしなかった。

 

「フォウ、キューウッ!!」

 

 頬に感じる湿った温かさは慰めだろうか。だとしたなら、こんなにも惨めなことはない。

 

「おい、アンタ。生きる気はあるか?」

 

 ふと、聞こえてきた声は、ドクターのものとは違う低音――

 

「ない。ってんなら、それはそれで、別に構いやしないぜ?まぁ、出会っちまったてまえ、見送りぐらいはしてやるよ」

 

 惰性で動かした眼球が捉えた男は、衣装から髪の毛に至るまで、冴えるように青いのに、フードから覗く瞳だけは、燃えるように赤かった。死神にしては極彩色だと思ったけれど、残念な事に、その手が握るのは、命を刈り取る大鎌ではなく、杖のようだ。でも、今の私には、そんな事は些末な事に過ぎなかった。

 

「あ?なんか言ったか」

「*、**」

「……アンタの大事な人の名前……って、ところか?」

 

 答えの代わりに私は笑った。目の前の男が誰かは知らないが、誰にも、何も知られずに、理解されないままに死んでいくよりも、自己満足だと言われようとも、私という女の心残りくらい、口に出したって許されるはずだ。

 

 そうか。と静かに呟いた男は、丁度いいくらいに慈悲深く、軽薄だった。全く以て、私の想像通りの神様の姿が其処にあった。

 

 …………耳鳴りは止まない。

 

 霞んでいく視界に、その時がもうすぐなのだと悟る。身体の末端から順に、感覚が失われていくのを知覚しながらも、せめて瞼は閉じたほうが良いかしら?なんて思考が働く。

 

 どうせ見えなくなるんだから。と、自発的に暗転させた視界からは、死を身近に感じられた。

 

 ああ、これでやっと終わる。終われる。

 

 ハズだったのに――

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「ハ――死ンダゾ、娘……!!」

 

 無我夢中での特攻、背後に迫る魔の手、断末魔の如き所長の悲鳴。そして――

 

「小娘かと思えば、それなりに(つわもの)じゃねえか。なら、放っておけねえな」

 

 視界の端を疾走する青い騎影と、後方で炸裂する焔。

 

「ヌゥ……!!何者ダ……!?」

「何者って、見れば分かんだろご同輩。なんだ、泥に飲まれちまって、目ん玉まで腐ったか?」

「貴様、キャスター!!ナゼ 漂流者ノ 肩ヲ持ツ……!?」

「あん?テメエらよりマシだからに決まってんだろ。それとまあ、見所のあるガキは嫌いじゃない」

 

 驚嘆する黒影に、振り向きざまに交錯する視線。

 

「そら、構えな。お嬢ちゃん。腕前じゃアンタはヤツに負けてねぇ。気を張れば番狂わせもあるかもだ。それと――」

 

 背中合わせの鼓舞と、進み出る美しい漆黒。

 

「生きていたいのなら、戦いなさいマシュ。貴女がそうある以上、私は貴女を裏切れないみたいだから」

「フォウッ!!」

 

 その瞬間の衝撃と、去来した感情を。的確に表現する術を持たないわたしだったけれど――

 

「せん、ぱい」

 

 そんなわたしに、彼女が微笑みを向けてくれる。それが全てだった。

 

「無事、だったんですね。それに、フォウさんも…………」

 

 視界が滲む、けれど、再会を喜んでいる暇はなかった。

 

「アンサズ!!」

 

 立ち上る火柱に、此処がまだ戦場の只中である事を思い出す。

 

「……悪いけど、今はそういうのは後回しよ。マシュ」

 

 腰の抜けた所長に肩を貸しながら、先輩が鋭い視線を向ける。

 

「……はい!!」

 

 それに力強く頷き返せば、わたしの隣で青い装束の長身の男性がフードを外した。

 

「そんで?アンタの指示は」

「ご助力を願えるとみて宜しいですか?キャスター」

 

 何処か硬い声音で男性を睨む先輩に、魔術師の(キャスター)クラスの英霊らしい彼は、不敵に笑って応えた。

 

「おうよ。ひとりで健気に戦った。あのお嬢ちゃんに免じて、仮契約だが、アンタのサーヴァントになってやるよ!!」

「……そうですか。感謝します」

 

 そうして伏せられる黒曜の双眸。

 

「早急に片づけましょう」

 

 それは、次の瞬間に、鋭利な光を宿らせた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 久方ぶりの戦場(殺し合い)の空気に、身体が疼く、因習に染まり切ったこの身には、今更珍しくもない体の震えだが、感情まで揺さぶられるとは思いもよらなかった。

 

「…………これが、サーヴァント同士の戦い」

 

 傍らで感嘆の声を上げた所長に、心の中で同意を返しておく。

 

「所長、大丈夫そうでしたら、簡易的なもので構わないので、私達の周りに何か魔術を行使しては頂けませんか。今、雑兵に見つかる面倒は避けたいので」

「必要ないわよ。この戦場に、のこのこやって来るヤツなんていないだろうし、何より――」

 

 琥珀色の瞳が、すばしこい青の魔術師を捉えようと細められる。

 

「何より、なんです?」

「彼が先手を打ってる」

「なるほど」

 

(だから、落ち着きがないのか)

 

 戦場を見据えたまま、私はそっと、自分の下腹部に手を当てた。

 

 

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 

 

 

 

「逃がすかよッ!!」

 

 後退したアサシンに、火球をお見舞いするキャスター。が、それなりに敏捷なのか、難なく躱したアサシンは、短刀を投擲し返してくる。

 

「しゃらくせぇッ!!」

 

 それでも、キャスターは臆する事なくアサシンへと向かう。矢避けの加護持ち(クーフーリン)に、飛び道具は意味を成さない。それに――

 

「オレも脚には自信があんだよッ!!」

「キサマ――」

 

 アサシンが驚きの声を上げる。あと一歩踏み込めば接敵するだろう、その瞬間。

 

『キャスター、右腕だ』

 

 キャスターの頭の中に、怜悧な女の声が響き、ほんの一瞬だけ、関心がその声の主へと移る。

 

 敵から目を逸らす(キャスターを見返す)事をせずに、指示を飛ばす少女の胆力に、キャスターの顔に牙を剥くような笑みが広がった。

 

「クッ――」

 

 と同時に、顔のない暗殺者までもが嗤い、不気味な右腕が伸ばされる。アサシンにとって、今のキャスターは隙だらけに見えた。だからアサシンは気付けなった。罠に嵌められたのが、自分のほうであった事に。

 

「なーんてな」

 

 瞬間、軽薄な声を発したキャスターに、アサシンが己の失態を悟るも、時すでに遅し。理性を失った愚かな暗殺者の右腕は、地面から生えるかの様に出現した、炎熱を纏った巨人の手によって、赤子の手をひねるかの如く相殺される。

 

「グァッ――!!」

 

 右腕を封じられた時点で、最早アサシンの敗北は決まったも同然である。一介の暗殺者が、それも狂気に呑まれたアサシンが相手取るには、マスターを得たキャスターは格上に過ぎた。

 

「コンナトコロデッ!!」

 

 だが、冷静ではなかったからこそ、アサシンには諦めるという選択肢も存在していなかった。自ら右肩から先の腕を切り捨てると、残った左腕に凶器を握り、巨人の頭部で高みの見物を決め込むキャスターへと迫る。

 

「へぇ、案外ガッツあんだなお前さん。でもま」

 

 自身へと迫るアサシンに対し、キャスターは何処か憐憫の混じる称賛を投げかけると、杖を回し、危なげなくその凶刃を弾き返す。

 

「!!」

「黒く塗りつぶされた執念で勝てるほど、オレは甘かねぇよ」

 

 空中で打ち負け、体制を崩し、驚愕に目を見開いたまま落ちていくアサシンを、炎の巨人が抱きとめるようにして、胸に開いた檻へと迎え入れる。

 

「グ――オノレ、聖杯ヲ、目ノ前ニ、シテ――」

 

 ここに至ってやっと、囚われの暗殺者は、己の敗北を悟ったのだった。

 

灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!!」

 

 生贄を得た巨人が、一際大きな火柱を上げて燃え尽きると、そこにはもう、何も残ってはいなかった。

 

「…………さってと、お嬢ちゃん達の加勢に行くとするかねぇ」

 

 アサシンの最期を見届けたキャスターは、勝利の余韻に浸る事すらせずに、その瞳に次の戦場を映していた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「ハアァァーッ!!」

「フンッ!!」

 

 ランサーの打ち込みをマシュが耐え凌ぎ、マシュの踏み込みをランサーが受け流す。目の前の戦闘を表すなら、それで事足りた。

 

「どんな状況だ?」

 

 アサシンを倒したらしいキャスターが、傍らに降り立ち尋ねてくる。自身も戦闘の後だというのに、その姿には外傷一つ見当たらなかった。

 

「見ての通りね。負けてもないけど、勝ってもいない」

「宝具を使わねぇのか?」

「使わせるような隙を敵が与えてくれないし、そもそも、マシュは宝具の使い方を知らないのよ」

「あ?そんなのすぐに使えるに決まってんじゃねえか。英霊と宝具は同じもんなんだから」

「そうなの?」

 

 解せねぇな。と、眉を顰めたキャスターの視線を受け、マシュについて、解説していなかった事に気付く。

 

「ああ、なのに使えないってコトぁ、単に魔力が詰まっているだけだ。なんつーの、やる気?いや弾け具合?とにかく、大声をあげる練習をしてねえだけだぞ?」

 

 が、続くキャスターの説明に、思考が逸れた。

 

「そうか、ちょっと似てるな」

「あ?」

「いえ、こちらの話です。兎も角、キャスター。彼女に助力を」

『話はそれからです』

「……あいよ」

 

 成り行きで繋いだパスを使って、キャスターの不信感に誠意を示せば、取り敢えずの納得をしてくれたのか、了承の返事が返って来る。

 

 彼の参戦で、マシュとランサーの意地の張り合いのような戦闘に変革が起こるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……ありがとう、ございます。危ないところを助けていただいて……」

 

 無事にランサーを斃したマシュが、キャスターへとお礼を述べるのを横目に、私は溜め息とは似て非なる深い息を吐いた。

 

 そんな私に、何か言いたげな視線を送る所長には気付かないフリをして、マシュとキャスターの会話に意識を傾ける。

 

「おう、お疲れさん。この程度、貸しにもならねえ。気にすんな」

 

 人好きのする笑顔を浮かべて、キャスターがマシュの肩を軽く叩くと、彼女の表情から緊張が和らぐ、流石にサーヴァント戦ともなれば、マシュにも堪えるものがあったのだろう。

 

 やっと見る事が出来たマシュの柔らかい笑顔に、知らず、私の頬も緩む。が、それは次の瞬間に、凍り付く事となった。

 

「ひゃん……!!」

 

 マシュの肩へと置かれていたキャスターの手が、彼女の臀部を撫で付けた事で、羞恥に塗れた悲鳴が辺りに響く。その余りにも自然でいて、手慣れている様子のキャスターの行動に、私の不快感が振り切れた。

 

「おう、なよっとしているようで、いい体してるじゃねえか!!役得役得――って、おいおい、こりゃあなんの真似だ?マスター」

 

 自身へと振り下ろされた金属バットを危なげなく躱したキャスターは、飄々とした態度で私に尋ねてくる。

 

「ご自分でお分かりでは?助けて貰った手前、今回は目を瞑りますが、次マシュに手を出したら、こちらにも考えがあります。大義がこちらにあるのなら、貴方を捨て駒と扱う事も吝かではありません」

 

 マシュを背に庇いながら、金属バットを掲げて宣言する。相手が高位な存在(サーヴァント)などでなければ、確実に縊り殺して(・・・・・)いたところだ。

 

「綺麗な無表情で怒るとか器用な事するな、アンタ。……全く、どっちが主なんだか」

 

 対して、静かにいきり立つ私の殺意を真正面から受け止めたキャスターは、何処か感心したように、私とマシュを交互に見つめるばかりで、なんともやり辛い事この上ない。

 

「ちょっと、あなた、サーヴァント相手に何してんのよ!!」

 

 そんな混沌とした状況に一石を投じたのは、青い顔をした頼りない指揮官の一言だった。

 

「何って、セクハラ抗議ですが?」

「あなたねえ!!下手したら死んでいたかもしれないのよっ!?」

 

 言外に、見て分からないのか?という嘲笑を込めつつも、キャスターから目を逸らす事はせずに、所長の疑問に答えれば、無駄に甲高い怒声が返って来る。

 

 その内容に、眉を顰める私に対して、キャスターは片方の紅玉を瞼で隠す事で返答してきた。

 

「…………それはないでしょう。所長と違って、気に入らない人間のクビをすぐ切るような人ではなさそうですし」

 

 キャスターのおちゃらけた態度に興を削がれた私は、彼へと向けていた凶器(まぁ、尤も彼には大した脅威にならないであろうが)を下ろす。

 

「なっ――どれだけ私を小馬鹿にすればっ――」

「ハハッ、おもしれえじゃねえの。んで、そっちのお嬢ちゃんだがよ」

 

 そんな私に、今度は顔を赤く染めあげた所長が抗議の声を上げるが、言い切るより早く、キャスターの言葉が重なった。

 

「何のクラスだかまったくわからねえが、その頑丈さはセイバーか?いや、剣は持ってねえけどよ」

 

 私越しにマシュを注視したキャスターは、独り言じみた感想を述べながら、何処か楽しそうに口角を歪めた。

 

「……ちょっと、アレ、どう思う?」

「まごう事なきセクハラオヤジですね」

 

 その様子に、いつの間にか側へと移動してきていた所長が意見を求めてきたので、ありのままの心象を正直に言っておく。

 

「まぁ、取り敢えずは事情を聞こう。どうやら彼は、まともな英霊のようだ」

 

 一向に進む気配のない現状にメスを入れたのは、空気と化し、存在すら忘れていた医者の一言だった。

 

「おっ、話の早いヤツがいるじゃねえか。なんだオタク?そいつは魔術による連絡手段か?」

 

 キャスターの関心が完全にドクターへと移った事で、マシュと所長が露骨に安堵する。それを見て、私も少し己の言動を反省した。

 

「はじめましてキャスターのサーヴァント。御身がどこの英霊かは存じませんが、我々は尊敬と畏怖をもって――」

「ああ、そういう前口上は結構だ。聞き飽きた。てっとり早く、用件だけ話せよ軟弱男。そういうの得意だろ?」

「うっ……そ、そうですか、では早速。……軟弱……軟弱男とか、また初対面で言われちゃったぞ……」

 

 対して、キャスターにバッサリと切り捨てられたドクターはというと、やはりと言うか、情けない声をあげ、項垂れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が我々、カルデアの事情です。現在は現地調査を行っています。確認しますが、貴方はこの街で起きた聖杯戦争のサーヴァントであり、唯一の生存者なのですね?」

「負けてない、という意味ならな。オレたちの聖杯戦争は、いつの間にか違うモノにすり替わっていた。経緯はオレにも分からねぇ。街は一夜で炎に覆われ、人間はいなくなり、残ったのはサーヴァントだけだった。真っ先に聖杯戦争を再開したのはセイバーのヤツだ。奴さん、水を得た魚みてえに暴れ出してよ。セイバーの手で、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、アサシンが倒された」

 

 私達の身元や、目的を一通り説明してから、ドクターの話が状況確認へと移行する。それに端的な答えをキャスターが返した事で、私達の間に知的活動的な沈黙が落ちた。

 

「七騎のサーヴァントによるサバイバル……それがこの街で起きた聖杯戦争のルールだったわね」

「キャスターさんはその中で勝ち残った……いえ、生き残ったサーヴァントというワケですね」

「ああ、そしてセイバーに倒されたサーヴァントは、さっきの二人よろしく、真っ黒い泥に汚染された」

 

 所長とマシュの問い掛けに、肯定と補足を返したキャスターの口調には、仄かに義憤が混ぜられているようだった。

 

「連中はボウフラみてえに湧いてきやがった怪物どもと一緒に、何かを探しだし始めやがった。んで、面倒な事に探しものにはオレも含まれている。オレを仕留めないかぎり、聖杯戦争は終わらないからな」

「残ったサーヴァントはセイバーと貴方だけ……では、貴方がセイバーを倒せば」

「おう、この街の聖杯戦争は終わるだろうよ。この状況が元に戻るかどうかまでは、わからねえがな」

「なんだ。わたしたちを助けてくれたけど、結局は自分のためだったのね。貴方はセイバーを倒したい。けれど、一人では勝ち目がないから、わたしたちに目を付けた……違って?」

 

 私には血相変えて注意してきたくせに、自分は強気なんですね所長。

 

「その通りだ。だが悪い話じゃあねえだろ?アンタらは、カルデアって組織のマスターだって言ったが……まあ、そのあたりはいいか。サーヴァントの鉄則でな、自分の時代以外の事情には深く関わらない。あくまで兵器として協力するだけだ。アンタらの目的はこの異常の調査。オレの目的は聖杯戦争の幕引き。利害は一致しているんだ。お互い、陽気に手を組まないか?味方は大いに越したことはねえしよ」

「……それが合理的な判断だけど。その場合、貴方のマスターは誰になるの?」

「そりゃあ、そこの黒髪のお嬢ちゃんだろ。アンタにマスター適性はない(・・)しな」

「え――?」

「なっ……」

 

 私の驚嘆と、所長の恥辱的な声が重なる。

 

「いや、ホントに珍しいな。魔術回路の量も質も一流なのに、マスター適性だけ無いなんて。何かの呪いか?」

「うっ、うるさいわね。どうでもいいでしょう。そんなコト!!」

 

 キャスターからの追及を、語気を荒らげて撥ね付けた所長は、キッと私を睨むと――

 

「そいつはキミに任せるわ。せいぜい、うまく使いなさい」

 

 面倒は押し付けるに限る。と、ばかりに言い捨てた。

 

「決まりだな。この街限定の契約だが、よろしく頼むぜ。となれば、あとは目的の確認だな。アンタらが探しているのは、間違いなく大聖杯だ」

 

 対して、狙い通りに事が進んだとばかりに上機嫌なキャスターは、スラスラと話を進めていく。

 

「大聖杯……?」

「この土地の本当の“心臓”だ。特異点とやらがあるとしたら、そこ以外ありえない。だがまあ、大聖杯にはセイバーのヤロウが居座っている。ヤツに汚染されたサーヴァント達もな」

「残っているのは、バーサーカーとライダーとアーチャー?どうなの、その三体は。強いの?」

「ライダーとはさっき殺り合って、アーチャーのヤロウはまあ、オレがいればなんとかなる。問題はバーサーカーだな。アレはセイバーでも手を焼く怪物だ。近寄らなけりゃ襲ってこねえから、無視するのも手だな」

 

 触らぬ神に祟りなし。って、ことか……

 

「状況は分かりました。我々はミスター・キャスターと共に大聖杯を目指します。ミスター・キャスター、案内は頼めますか?」

「ミスターはいらねえよ。道筋は教える、いつ突入するかは、お嬢ちゃん達次第だ」

「助かります。では探索を再開しましょうか」

 

 キャスターと所長の会話が帰結し、ドクターが暗に私を動機づける。次の瞬間、視界の先で、こちらを振り返ったマシュの、強くも儚い印象を感じさせる瞳に、私の中で一つの答えが導き出された。

 

「…………ちょっと待って下さい。もう一体味方を喚びましょう」

「はあ?あなた何言って……って、まさか――」

 

 私の突飛な発言に、お約束のように柳眉を逆立てた所長ではあったが、すぐにその事に思い当たったのか、表情が困惑の色に染まる。

 

 キャスターとマシュも、所長の様子に只ならぬものを感じたのか、怪訝な表情で私を見返した。

 

 そんな彼らは、これから更に百面相を晒す事になるのだろう。

 

「ええ、英霊召喚システム・フェイトを起動させます――」

 

 案の定。私が紡いだ言葉は、団結しつつあった雰囲気に混乱を呼び込むには、十分な威力を有していた。

 

 




 
 因みに主人公と契約したキャスニキのステはこう変化してます↓

 本来
 
 筋力E 耐久D 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具B
   
 今作      ↓      ↓
 
 筋力E 耐久D 敏捷B 魔力B 幸運E 宝具B

 要するに、何が言いたいかと言うと……

 『幸運Eじゃない兄貴は兄貴じゃない!!(異論は認める)」


 それと、次話も今月中に投稿を予定してます。
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