また今度。と言われた為、さすがに明日はいないのだろうと授業中は早合点していたが、シオリは昨日と変わらない状態で図書室にいた。
「・・・暇なのか?」
「まあ、確かに暇ね。アツヤが私を訪ねに来るまでは」
「そ、そうか」
クラスの女子たちとは違って、シオリはどこか掴みどころのなく、さばさばとした女子だった。
だから、どのように相手すればいいのか困惑してしまう。
・・・僕らしくない。僕に冷静さを取り除いたら何が残る?
きっと、何も残らない。
「早速だけど、僕たちが同類だということに僕はまだ納得してない。僕はまだ、君が感じた違和感を聞いてないからだ」
「確かにそうね。でも、その前に一つ聞きたいんだけど」
「・・・なんだよ?」
質問に質問で返すなんて無礼な奴だ。・・・話が進みそうもないから聞くけど。
「アツヤは昨日の昼休み、何してたの?」
「・・・は?それだけ?」
「それだけ」
「なんだよそれ・・・。昨日の昼休みは・・・」
・・・?
あれ、何してたっけ?
もう少しで思い出せそうなんだが・・・
「思い出せないでしょ?」
「あ、ああ。それがどうした」
「おかしくないかしら?昨日の昼休みの出来事よ、一日もせずに自分が何をやっていたのか思い出せなくなるなんて、ありえないでしょ」
・・・確かにおかしい。
だが、一日前のことを忘れることなんて偶にあるだろ。
「ま、まあ・・・おかしい・・・かな」
「もう一つ、昨日、家に帰って寝るまで、何をしていたか覚えている」
「流石にそれは・・・。いや、なぜだ・・・思い出せない・・・!」
いつものようにテレビを見て、夕飯を食べて、風呂に入って、日付が変わるぐらいに寝る・・・その一連の流れをやっているはずなのに、見ていたテレビの内容も、夕飯の献立も、湯船の暑さも、布団の中で一日を振り返っていたことすら
正確に思い出すことができない。
「学校の校舎内でのみ、記憶が持続する。それがこの違和感の原因足らしめる一つだと私は考えてる」
「・・・そうか、確かにそれなら合点がいくな」
シオリが気づいた違和感は、僕が気づいた違和感とは全く違うものだった。
しかし、僕もその違和感に、言われてからだが、ようやく気づいた。
そして、その違和感に真っ先に気づいたシオリは僕と同類なのだと確信できた。
「・・・疑ってすまなかった」
「別に気にしてない。そもそも、こういった考えに至るほうが普通はおかしいから」
シオリは表情を変えずそう答えた。
しかし、僕と違う違和感に気づいたということは、僕が抱いた違和感に気づいていない可能性もあるのか。
「そういえば、その違和感とは違う他の違和感とかはあったりしたのか?」
「ええ、いくつかあるわ。あまり違和感と呼べそうにないものもあるけれど」
「その中に、早いスパンで転校、転入するってのは入っているか?」
そう、僕が問いかけた途端、シオリは少し驚きつつも、手を組んだ。
「・・・それは初めて知ったわ。その転校、転入のスパンはどの程度なの?」
「転校は大体突然話が出て、そいつは二、三日して学校に来なくなる。転入の方は、転校する生徒が学校に来なくなってから大体一週間で入ってくるんだ」
「なるほど。確かに、やけに早いタイミングで他校から転入してくる、しかも時期を無視して、ってのはおかしいわね」
シオリは僕に相槌を打ちつつ、僕が気づいた違和感をどこからか取り出した小さなメモ帳に書き込んでいく。
その手際の良さは、まるでそのような仕事をしていたのではないかと思ってしまうほどであった。
小学生の僕らにはありえない話だが。
「・・・ついでに、今疑問を抱いたのだけど、春以外の季節が訪れた事ってあったかしら?」
「春夏秋冬が回らず、季節が春しかないってことか・・・?」
そう言われて過去を振り返ってみるが、シオリが抱いた疑問の通り、夏の暑さに耐えきれず薄着でいた時も、冬の寒さに堪えた手でカイロを握っていた時も、記憶の中に一つも存在しなかった。
代わりに、さらなる疑問が浮かぶ。
・・・そもそも、僕はいつからこの学校にいるんだ?
学校に来たいきさつや、家族構成すら思い出せない・・・。
「・・・やっぱり、情報は提供しあった方がよさそうね。アツヤ、私が気づいた違和感とそれを引き起こしている現象と思われる事柄を教えてあげる。だから、あなたが気づいた違和感も教えてほしい」
「もちろんだ。僕はこの状況に陥っていることが不快で仕方がない。早く原因を突き止めるために情報の提供は必須だと思っていたから、僕としても助かる」
そうして、僕らは本格的に、この違和感の原因を突き止めるための同盟を組むことになり、休み時間を利用して、図書室で情報共有を行った。
現状上がっている違和感は次の通りである
・転校、転入のスパンが早い
・アツヤのクラスにいる三十五人(シオリを含めたら三十六人)しか、生徒が存在しない
・校舎外での記憶がない
・図書室に本校に関連した書籍がない
・春以外の季節がない
・過去の記憶がない
・校則がやけに厳しい(特に校内で走らない、けんかをしない等)
・体育の授業がない
・校外の風景が見たこともないものであること
僕は比較的最近、違和感の存在に気づいたのだが、シオリは結構前に気づいていたらしく、これらの違和感のほとんどはシオリが気づき書き留めたものだった。
違和感は今のところこれぐらいだが、僕には、それ以外に気になることがあった。
いつも集合場所は図書館なのである。
「そういえば、なんで集合場所は図書室なんだ?別に教室でよくないか?」
「よくない。私は教室が嫌いだし、大勢の人がいる場所が嫌いだから」
そう言ってシオリは顔を顰める。
その姿はなぜか、嫌悪しているというよりかは、悲嘆に暮れているように見えた。
そして、一週間ほど経った。
結果から言えば、僕たちは行き詰っていた。
というのも、調べれば調べるほど、原因が現実的であるものが多いからである
転校、転入のスパンが早いことの原因は、『太陽神』ことマツオカ先生曰く、ここが田舎だからだそうだ。
都会の澱んだ空気に当てられて、体調を崩した子供のためにこの学校は作られたらしく、都会から多くの子供たちが休養のためにやって来ては、ある程度体調がよくなったら親の職場付近へと、再度引っ越すのだ。
それが、高速転校、高速転入の原因たらしめ、生徒数が少ない原因とされているそうだ。
校則の厳しさは、生徒を思ってが半分、もう半分は校舎のボロさが原因らしい。
転校、転入のスパンでも言っているが、この学校は一時預かり所に近い場所であり、生徒の中には体調があまりよろしくない子もいる。その子の近くでほかの子が暴れたりなどして怪我を負わせたりしたらよろしくないとのこと。
また、この学校は随分昔に建てられたものであり、老朽化が激しい部分もあるため、暴れて壁に穴をあけたり、その穴で怪我をする子供を出さないようにするためでもあるそうだ。
体育の授業がないのもそれらが原因だったりする。
結局、原因不明の違和感はシオリが挙げた、校外での記憶の喪失と校舎から見た校外の風景に見覚えがないこと、季節が春しかないことだけとなっていた。
「駄目だ・・・完全に行き詰った」
本棚の端に寄りかかりつつ、僕は呻くようにそう呟く。
調べれば調べるほど、違和感の正体が『それらしい嘘』で塗りつぶされている気がする。まるで、最初からそのような問いかけが来るかのように、平然と切り返してくる教員たちに僕は、違和感が拭えるよりも先に不信感が募ってきた。
だが、それに対してこちらは、何一つ切り返すことができない。彼らが嘘をついているという証拠がないからだ。
そういったジレンマを抱えているうちに、だんだん違和感と思えていたものが違和感に感じなくなってしまうから恐ろしい。嘘をついているはずの教員たちの方が正しく見えてきてしまう。
シオリ曰く、「教員たちが本当にそう思っているのなら、彼らが正しいか、彼らも催眠にかけられているのかもしれない」そうだ。
この一週間、教員たちと僕たちのやり取りは、まるで存在しないものを存在すると言い合う、『悪魔の証明』のようだった。
「他に違和感らしい違和感は見つからないしなぁ・・・どうしたものか」
「ええ・・・そうね・・・」
同じように、本棚の端に寄りかかったままシオリがポツリと呟いた。
「・・・大丈夫か?顔色悪そうだが・・・」
「・・・平気」
最近、シオリの調子が悪くなっている気がする。声はか細く、ただでさえ白い肌が青白く見えるほどだ。
「・・・それよりも、誰かに見られている気がしない?」
「見られている・・・?」
一体誰に・・・?
司書の先生はここからじゃ見えないし、相変わらず図書室は閑散としたままだ。
もしや、外からの視線かと窓へと近づいたその時、後ろで重たいものが落ちた音がした。
本が落ちたにしては音が大きすぎる。
まさか・・・と思って振り返ると・・・
シオリは手足を投げ出すようにその場に倒れこんでいた。
「おい!シオリ!しっかりしろ!」
完全に意識を失っているらしく、ゆすっても大声で呼んでもピクリとも動かない。
「あまり揺らさないで!」
焦っていた僕に鋭く叱責する声が聞こえた。混乱していた思考が少し落ち着く。
声がした方を振り返ったら、司書の先生が凄い形相で担架を運んできていた。
「君、アツヤ君だったね!保健室までシオリちゃん運ぶから、担架に乗せるのと運ぶの手伝って!」
「わ、わかりました」
司書の先生が脇を抱えたので、僕は足を持とうとシオリの足に触れた。
その肌はまるで死体のように冷たくなっていて、力が抜けそうになる。
だけど、その足を落とすわけにはいかない。早く彼女を保健室に連れて行かないと!
保健室へとシオリを運んだ後、看護教員から「あとは任せて二人は戻りなさい」と言われ、僕たちは図書室へと戻っていた。
その場に居たかったが、いたところで僕たちには何もできないし、もうすぐ授業も始まる。
司書の先生も図書室を、長時間の間無人の状態にさせるわけにはいかなかったため、僕と一緒に戻っていた。
「保健室に担架なんて、よく置いていましたね」
「前もこんな感じで倒れられて大変だったのよ。おかげで図書室に常備する羽目になっちゃって」
やれやれと首を竦めつつも、その表情はシオリを思ってか苦々しいものだった。
「これで分かったと思うけど、シオリちゃんは体が弱くて保健室で授業を受けることがほとんどだったの。最近は少し調子が良くて、図書室まで行動してもよくなったんだけど・・・」
少し前からそうではないかとは思っていた。
教室で見かけなかったのは、保健室にいたから。
図書室に毎日いたのは、保健室に籠ったままだと暇だから。
教室が嫌い、大勢の人がいるのは嫌いなどと言っている割に、嫌悪している感じがしなかったのは、嫌いなどと言って強がり、見栄を張り、孤独である自分を、この環境は自分が望んだものであると騙し騙し生活していたから・・・。
きっと本当は寂しかったのだろう。
一人でいることが苦しかったのだろう。
しかし、彼女の体調がそれを許さなかった・・・。
「きっと、アツヤ君と出会って凄く嬉しかったんじゃないかな。生徒の中で唯一、図書館の奥深くまで顔を覗かせて、自分と同じ境遇に立っているアツヤ君が同類に見えたのも無理はないと思うの」
いつも読書にばかり集中していると思っていたが、シオリの状態もしっかりと観察していたみたいだ。
・・・ちゃっかり僕たちの話も聞いていたみたいだしな。
「また、保健室で授業する生活へ戻るんですか?」
「最近無理している様子があったし、結局倒れちゃったから、しばらくはまたそうなりそうね」
「そうですか・・・」
「たまには保健室へ・・・シオリちゃんに顔を覗かせてあげて?」
「もちろんです」
そうして、僕はある一つの決意をする。
シオリにとって僕は彼女の同類なのだろう。
そして・・・それは、僕も同じだ。
僕がたった一人で違和感の正体を暴こうとしていたならば、きっと早い段階で挫折して、現状に慣れ親しむように、自分を殺すように生きてきたに違いないだろう。
そうなる前にシオリと図書室で出会ったのは運が良かったとしか言えない。
シオリのおかげで、多くの違和感に気づけたし、調べものをする際の労力も格段に減ることとなった。そういった様々なものを彼女から受け取っておいて、都合が悪くなったら立ち去ることなど僕にはできない。
僕がシオリにできそうなことなどほとんどないが、これだけは誓う。
彼女を一人にさせない。
*
「ここまで攻め込まれるのは、正直想定外でした・・・」
「すみません。少し、雑な誤魔化し方になってしまったかもしれないです」
「謝ることはありませんよ。こうなることを想定していなかった私のミスです・・・ですが、このままでは少々不味いかもしれないですね」
「・・・まさか!」
「いえいえ、まだその時ではないです。彼女も無理をしすぎて保健室に戻されましたし、これからは深追いのペースを下げることになるでしょうし、このまま、もう少しだけ様子を見ましょうか」
「・・・はい」
「秘密が明かされそうになった場合は、已むを得ませんが・・・」
「・・・どうしようもないんですよね」
「ええ、これだけはどうしようもないです」
「・・・わかりました。このまま、もう少しだけ様子を見ましょう。」
「ご理解いただけてなによりです。わたしもこれだけはやりたくないのですよ」