「なあ、いつまでそんな調子なんだよ?」
「・・・」
「おーい。聞いてるかー?」
「・・・」
「・・・」
「・・・なんだ?」
正直、ワタルであっても今は話しかけてほしくない。
結局、シオリが隠したと言っていた代物、恐らく、いつも持ち歩いていた小さなメモ帳、もしくはその切れ端と思われるものは、学校のどこを探しても出てこなかった。
『下校時間』直前にシオリから手渡された本に、ヒントが隠されているのではないかと図書室に通うも、それらしい本は一つも見つからない。
そうこうしているうちに、シオリが転校してはや一月が経とうとしていた。
恐らく、シオリが隠した代物は、僕が回収する前に、この現象を引き起こした人物によって回収されてしまったのだろう。
新しい違和感と思われる情報もないし、情報源となるクラスメートたちとの縁も、シオリと出会う前に戻ってしまっていて話しかけ辛い。
どうすることもできない状態に、一人、取り残されてしまっていた。
シオリが僕を信じて託してくれたものを、手に入れることすらできず、新たな情報を手に入れた訳でもない。ましてや、現状を突破するためのアイディアすら持ち合わせていない。
そんな自分がどうしようもなく愚鈍で、脆弱で、無力で仕方がなかった。
「なんだ?・・・じゃねーよ!シオリちゃんがいなくなってから、ずっとそんな感じじゃねーか。一体どうしたんだよ?」
「・・・どうもこうもない。二人で必死に答えを求めていた難題を、一人はどうにか解き、もう一人に難題のヒントを教えようとするも、それができず、もう一人は、一人残されたまま、頼っていた人も、その人が与えようとしていたヒントも得る事が出来ずに、難題の答えを求め続けている・・・。ただそれだけだ」
「・・・なんだそりゃ?」
僕の言葉を聞いてワタルは目を白黒させる。
久々に口を開いた友人が、急にわけのわからないことを口走ったらそう反応するのは当たり前だろう。
僕だったら、そんな自己中心的な態度をとったやつに、わざわざ構ったりせず、すぐさまその場を立ち去ることだろう。
だが、僕の話し相手は、他人の事情にずかずかと入り込んで来る、破天荒かつお節介で有名な人物だった。
「・・・何の問題で悩んでいるのか分かんねーけどさ、俺を頼ってくれてもいいんだぞ?酸いも甘いも噛み分けた、俺とお前の仲じゃねえか」
・・・ここまでワタルの口から言われるとなると、僕は相当参っているようだ。
「・・・そう簡単に相談できている問題だったら、相談しているさ。だが、この問題はそういうわけにはいかない」
神妙な顔つきでそう言ってみるものの、ワタルから見たら、今の僕はきっと、疲れ切っている表情でさらに無理をしようとしているように見えているのだろうなと思う。
そうでもないと、先ほどのような言葉がワタルの口から出るとは思えない。
「僕は大丈夫だ。だから、僕のことはあまり気にするな」
・・・もし、僕がシオリのように転校する、もしくは、シオリが言っていた引っ越し以上の深刻な事態に陥ったとしても、ワタルは、その余波に巻き込みたくない。
たった一人の友人だからと、今まで随分と迷惑をかけてきてしまっている。
これ以上、ワタルの重荷になりそうなことを押し付けるわけにはいかない。
僕の言葉を聞いて黙っていたワタルは、急に顔を近づけた。
「ちょっ!急に何だよ!」
「・・・なあ、その問題ってのは、前言ってた違和感が原因か?」
「っ!」
どうしてそれを・・・!
「・・・やっぱり、そうか。だから、皆の不安を煽らない為に黙っていたんだな?」
僕の表情を見て確信したかのようにそう訪ねた。
「・・・ああ、そうだ。」
遂に、ワタルも違和感に気づいてしまったのか・・・
ワタルは僕たちの一番近くにいたから、違和感についての内容を聞かれないよう、常に注意して二人で話していたのだが、一部を隠しきれず、ワタルの耳に伝わってしまっていたのかもしれない。
「やっぱり、シオリちゃんと二人でこそこそとしていたのは、その話をしていたからだったか」
「・・・いつから気づいていたんだ?」
体を元の位置に戻したワタルは、ガリガリと頭を掻きながら語り始める。
「詳しくは覚えていないが、シオリちゃんと関わりだしてからかな、少しずつ違和感を感じ始めていたんだ。今はあの時と比べて、はっきりとわかるぐらいには違和感を感じているぜ」
「そうだったのか」
「アツヤが違和感について聞いてきたとき、寝不足なんじゃねーの?とか言って、真面目に取り合わなくて悪かった」
「気にすんな。違和感を覚えてなかったら普通の反応だ」
もしも、僕が過去のワタルの立ち位置だったとしても、真面目に取り合うことはなかっただろう。
律儀に謝る必要なんて無いのに・・・。本当、ワタルは生真面目な奴だ。
「それで、ワタルはどのような違和感を感じたんだ?転校転入のスパンの早さか?それとも、下校後の記憶が無いことか?」
「・・・え?そうなのか?」
「そうじゃないのか!?」
ワタルの反応から見るに、この二つについて何の違和感を抱いていなかったようだ。
じゃあ、一体ワタルは何に違和感を抱いているのだろうか・・・?
「・・・すまん、急に自信がなくなってきた」
「なんだそれ・・・」
「いや、俺が感じている違和感は全て体の事なんだよ」
「体・・・?」
「ああ。何か最近息苦しさを感じるようになってな。視界もどこか茶色っぽくてぼやけているし、鼻も利かなくなってきてる気がすんだよ。」
「おいおい、それってただの風邪じゃ・・・」
・・・?
もし風邪だったとしても、視界がぼやけることはあっても、茶色くなることなんてあるだろうか・・・?
「そうだよなぁ・・・。体に力も入らないし、春なのに何故か肌寒さを感じる辺り、きっと風邪ひいているだけだよな」
いや、そんなはずは・・・
「・・・なあ、シオリが引っ越したのは何日の何曜日だった?」
「おいおい、シオリちゃんが引っ越したのは・・・。あれ、いつだったっけかな・・・?すまん、思い出せない」
「・・・っ、まさか!」
ワタルのその言葉で、僕は一つの仮説に思い至った。
直後、ほぼ全ての違和感が、その仮説によって証明できることに背筋が凍りついた。
「そうか・・・だからシオリは・・・!」
「お、おい。どうかしたのか?」
急に席から立ちあがった僕に、驚いた周囲の目が向くものの、そんなことはどうだっていい!
「ワタル、お前のおかげで多分だが全て分かった」
「お、おう。それは何よりだ」
「・・・だが、そのことを話すことはできない」
「・・・?それは、どういう・・・?」
「すまない・・・。まず、この仮説が間違っていたらまずいから、先に答え合わせをしてくる」
そう言って、僕は教室から駆け出した。
「ちょ、おい!アツヤ!」
後ろからワタルの困惑した叫び声が聞こえたが、構っている時間はなかった。
少し急ぎすぎたかもしれない・・・
息が切れ、頭はクラクラとし、一歩踏み出すだけでも大変だった。
「ちょっと!廊下は走るなって言われているでしょ!」
僕は荒い息を整えつつ、慌てて飛び出してきた司書の先生に口を開く。
「全て、分かった。シオリから、預かっているものを、渡してくれますよね?」
司書の先生はその言葉に驚き、息を呑んだように見えた。
「そっか・・。とうとう、たどり着いたんだね。君が探しているのはこの本だよ」
そう言って、司書の先生から渡された、真っ白な装丁の本には、栞替わりのように、二つの手紙が挟まっていた。
その本の題名を見た途端、僕の仮説は確信へと変わった。
紆余曲折を経て、僕は漸く、探し求めていた答えにたどり着いた。
*
「遂に彼も真実にたどり着いたようですね。」
「しかし、こんな仕打ちはあまりにも・・・!」
「同感です。ですが、こればかりは仕方がありません。我々にも対処することができないのですから・・・」
「・・・本当に、彼の元へ向かわねばならないのですね?」
「ええ。それが、引っ越しまで残り僅かな時間しかない彼へ、私たちが最後にできることですから・・・」
「・・・その通り、ですね」
「では、行きましょうか・・・」
「その必要はありませんよ」
「!」
「おや、校長室がどこにあるのか分かったのですね・・・アツヤ君」
「司書の先生に場所を教えてもらいました。」
「僕は引っ越す前にどうしてもあなた方に会いたかったんです。」
「会って話をしたかった。どうしてこの世界を作り出したのか、そして・・・」
右手に握っていた二つの紙を看護教員へと差し出した。
「シオリと僕の遺書を受け取って貰いたい」