Lostlife,Lastlife   作:影斗朔

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六章 回答の時間に入ります、ペンを置いてください。

校長室はこの学校に存在しない。

だが、実質校長室と呼ばれている場所はある。

それは、誰一人として怪我をせず、病気も発症しないこの学校内で、存在する必要が殆どない保健室だった。

と、なると、保健室に常に待機している看護教員は、校長先生に当たる人物となる。

それが、僕が司書の先生から聞きだしたことだ。

 

僕の手から二人分の遺書を受け取った看護教員・・・校長先生は、その遺書を机に置き、再度僕へと向き直る

「どのタイミングで分かったのかい?」

「ワタルの違和感です」

ワタルの違和感は僕たちとは違い、自分主体のものだった。

息苦しさ、茶色っぽくぼやける視界、鼻が利かない。

これだけだったらただの風邪だ。だがそこに、物忘れを追加すればどうだろうか?

息苦しさは病気だとして、茶色っぽくぼやける視界は白内障によるもので、鼻だけではなく、その他の五感も利きが悪くなっていたら・・・?

そう考えると、様々なことが繋がったのだ。

僕は、少し前から耳が遠くなったように感じていた。

耳を酷使するようなことは一度も無かったのに、である。

そして、ワタルがシオリの転校した日を覚えていないことが決定打となった。

何かあったら無駄に詳しく覚えているワタルが、それこそ、僕たちにとって特別な日と化した、シオリの転校日を全く覚えていないのはおかしい話なのだ。

「そうか・・・」

何か考え込むような仕草をした後、ふと思い出したかのように校長先生は口を開いた

「そういえば、君は、記憶は戻ってないのかな?」

記憶・・・?

「いえ、戻ってないです。正直、自分が老人であること自体、まだ、信じることができていない節があります」

「まあ、そうでしょうね・・・」

しかし、これは紛れもない事実だ。

皮肉ではあるが、この学校で感じていた違和感が、その証拠となっている。

「この学校で感じていた違和感は、その殆どが、僕たちに配慮されているものだと気づきました。やけに過保護な校則も、それが原因なんでしょう?」

「ええ、そうです。体育の授業が無いことで不満をもつ生徒も出ることは覚悟していましたが、妥協はできませんでした。そうですよね、マツオカ先生」

「・・・はい」

いつも教室で見せていた、有り余るほどの元気さはそこになく、まるで、魂が抜け落ちているようだと思ってしまうほど、その表情には影が差していた。

「俺は・・・そもそも、体育教師として、この学校に派遣されたんだ。だが、目の前にいる子供たちに、過度な運動をさせるわけにもいかず、普通の教師をしてきた。」

「過度な運動・・・?」

少々の運動ならば、過度だとは言えないだろうし、走る程度でも、そこまで深刻な事態になるようには思えないのだが・・・。

「言っていませんでしたね。ここにいる生徒たちは皆、短期間で転校するような事情を持っているんですよ。ですから、あまり、そういったことは控えているんです。あなたも、廊下を走った時感じませんでしたか?自分が思っていた以上に、体がいうことを利かない・・・と」

「・・・確かにそうですね。納得しました」

つまるところ、この学校に集められた老人たちは、後先が長くないのだろう。

それこそ、廊下を走る程度で命に関わってしまうくらいには。

だから、体育の授業は存在しないし、廊下は走らないようにと口を酸っぱくして言われていたのだ。

「昼休みの記憶を改変させているのも同じ理由ですね」

「その通りです。生徒たちの体調変化については、私たち教員達は必死に見守っていましたから」

「だけど、何事もやりすぎはいけない。監視がきつかったせいか、シオリちゃんには要らぬ圧力をかけてしまうことが多々あってしまった。その度に反省してばかりだ」

そうか、あの時、教員たちがシオリを監視していたから、誰かから見られているって言っていたのは、あらがち間違っていなかったのか・・・。

「マツオカ先生はまだ、ここに来て日が浅いですから、仕方がありませんよ」

「・・・しかし!」

「貴方が生徒思いだということは随分と前から知っていましたし、そんなに自分を責めることはないですよ」

「・・・そう、ですか?」

校長先生から励ましの言葉を貰うも、マツオカ先生は顔をうなだらせたままだった

「アツヤ君は、転校、転入のスパンの早さから、違和感を感じ始めたのだったね?」

先ほどから校長先生は、疑問に答える形で話しかけてくる。

まるで僕の思考を前もって読み取っていたかのように。

「はい。それと、学校の大きさの割に生徒数が少ないことですね」

「そう、その二つだったね」

校長先生は一度口を閉じ、窓の景色を・・・丁度教室が見えるその位置を見ながら、再度口を開く

「転校、転入のスパンの早さは、恐らく思い浮かんでいるだろうけど、学校へ入学する生徒と卒業する生徒が入れ替わりになっているからだよ。生徒数の少なさはね、こう見えても実際の学校は、見た目よりも小さくて、今の生徒数で満員なんだ。だから、これ以上の生徒を受け入れることはできない。尤も、卒業生が出ないまでの話だけどね」

「なるほど・・・」

やはり、ある程度の違和感を構築していた原因は想定していた通りだった。

だが、ここに来て、新たな疑問が浮かんだ。

「・・・聞きたいことがあるんですが、いいでしょうか?」

先ほどから、校長先生の発言には回りくどい部分があった。

「どうぞ」

どうしても、とある関連の言葉を発することを躊躇っているように見える。

それは・・・

 

「どうして、ここが偽物の世界で、余命僅かな老人たちの終の棲家であることを隠すような言い方をするんですか?僕は全てを把握している。要らぬ気遣いは必要ありませんよ?」

 

ここは、はっきりというなら老人ホームだ。

恐らく、何かしらの機械によって、老人たちの精神を違う世界へ飛ばし、その世界で学校生活を送らせているのだろう。

老人たちの過去の記憶を消し、小学生のような思考にまで戻し、自らの死に気づかないまま、学校生活を送らせる・・・

そんな不可解な施設だ。

そして、その不可解な施設に勤めている彼らは、もっと不可解な人物たちだ。

老人たちの精神を電脳世界に飛ばすことができるほど発達している機械なら、人間の力を必要としないだろう。

・・・そもそも、老人たちをわざわざ小学生にまで戻す必要はないはずだ。

別に、それを行うことを非難しているわけではない。

ただ、純粋に疑問が浮かぶのだ。

僕たち老人に付き合って、同じ電脳世界に入り込んでいる、酔狂な彼らに。

死に関する言葉を避けたがる、臆病な彼らに。

 

「・・・少し長い話になるけど、いいかな?」

「時間の許す限り、話に付き合いますよ」

校長先生は、どこか諦めているかのような表情を見せつつ、本棚へと足を進めた

「『心も体も子供の頃のように、幸せな最期を。』」

「これが、私たちがこの施設を立ち上げたときに決めた、約束であり、子供たちに知られてはならない『秘密』です」

校長先生が本棚から抜き出したのは、材質は新しいものの、傍から見てわかるほどボロボロになった一冊の太い本だった。

「『死』に関する言葉は使いたくないのですよ。生徒の前で口を滑らせるわけにもいきませんし、縁起も悪いです。・・・何より、そうでもしないと、我々でも耐えきれない」

そう言いつつ、先ほど手に取った本を僕へと差し出す。

「この本は、この学校の『卒業アルバム』です。」

「・・・卒業アルバムは無いって言われたんですが?」

「それは嘘ですよ。私たちは、彼らがここで生活し、そして卒業していった、その記録を、彼らの記憶を無くすわけにはいかないのでね」

「・・・」

渡された本を少し捲ってみた。

一ページ一ページに生徒の写真と、転入日、転校日、どのような生徒だったかを事細かく書かれていた。

そして、その中には勿論、彼女の名前も記載されていた。

「シオリ・・・、どうにかたどり着いたぞ・・・」

気づいたら頬を涙が伝っていた。

「・・・シオリちゃんは私たちの『秘密』にたどり着いたことで、自分の過去の記憶も取り戻したみたいでね。これは今までに一度もなかったことなんだ。だから、アツヤ君も記憶を取り戻したのではないかと思ったのだけど、そんなことはなかったみたいだね」

そう言いつつ、校長先生は、僕が見つめる卒業アルバムを寂しそうに見つめた。

・・・このアルバムは、彼女らにとって思い出のような物なのだろう。

 

そんな哀愁感も、ページを捲った途端、吹き飛んでしまった。

「っ!これは・・・!」

そのページには転校していった生徒に負けないほど

異動になった教員たちの名前が列挙されていた。

 

「多くの人がこの学校へ来て、そして、この学校を去った。・・・でも、この話は少し後に回すとしようか」

そういうと、校長先生は僕の手から卒業アルバムを抜き取り、元の場所へと戻した。

「君のように、この学校が疑似的なものであると気づく人は稀にいるよ。彼らに共通点があるとすれば、違和感に気づいてから卒業までの期間が早いことかな。きっと、自らの現状を悟るのだろうね。そして、気づいた子がいる場合は、なるべく他の生徒が感化されないように気を付けつつも、ほぼ行動に制限を設けないようにしている。何かがある度に会議を開かないといけないのは骨が折れるけどね」

「会議の度に、俺は校長に反発しているような感じだったから、会議しているとは言えなかったけれどな」

漸く軽口を叩けるぐらいには立ち直ったのか、マツオカ先生の顔に自虐的な笑みが浮かんだ。

「さっきシオリちゃんのページ見てたよな?知らないかもしれないけれど、彼女は君が思っている以上に頑張ったんだよ」

「え?」

「シオリちゃんはもともと病弱で、在学期間も短いだろうと言われていたんだ。でも君のおかげか、彼女の在学期間は、倍近く伸び、自由に移動できるぐらいに体調が回復したんだ。これには俺たちも驚いたよ。」

「そう、だったんですね・・・」

やはり救われたのは僕だった。

同類として、接してくれた彼女の努力と信念によって、僕は違和感の正体を見つけ出せたし、一人ではないんだと実感させてくれた。

感謝してもしたりないぐらいのものを与えてくれた・・・。

「・・・話を続けてもいいかい?」

笑顔が戻った僕たちに微笑みつつ、校長先生が発言する。

「この学校は、全ての記憶を消さないと入学できないんだ。記憶の抹消という条件を呑んで、皆入学しているのさ。でも偶に、記憶を思い出す人もいる。そういった人や、違和感の伝播が起こった場合、状況にもよるけど、全員の記憶を再度抹消しないといけない。この行為は、私たち教員にも結構堪えるんだ」

「今回、シオリちゃんが教室へと行けるまで回復したことで、違和感の伝播が起こるのではないかという危惧があった。そんな折に彼女の引っ越しの連絡が来てね・・・」

引っ越し・・・きっと、寿命の事だ。

話を聞く限りでは、生徒たちに、自分が老人であり、残り僅かな寿命しか無いということは伝えてないみたいだ。

シオリが言っていた、「人によっては、引っ越しどころじゃすまない、深刻な事態に陥るようなもの」とは、このことだろう。

もし、自分が老人で、いつ死ぬかわからない状態だと伝えられ、それが事実だと確信してしまったら、絶望感によるショック死や体調不良を引き起こしかねない。

だから、先生たちは『秘密』を守り続けているのだろう。

問題は・・・

どうして、このような施設が存在しているかである。

 

「それでは、本題に入るとしましょう。私たちがなぜ、こんな慈善事業みたいなことをしているのか、を」

相変わらず、僕の思考を読んでいるかのようなタイミングだ。

・・・もしかしたら、僕たち生徒の思考を実際に読み取っているのかもしれない。

「これは、正直、言いたくないのだけれどね・・・」

そう、前置きをして、校長先生は静かに語り始めた。

 

「今の日本は少子高齢化が酷くてね、国民の四人に一人は老人なんだよ。それによって、老人が老人を介護する老老介護とか、老人の一人暮らし世帯、老人のホームレス、

そして彼らの孤独死も問題となっている。また、老人ホームもパンク寸前になってしまっているし、そこで働く人が鬱や過労で自殺してしまう・・・。なんていった、最悪の状況さえ生まれてしまっている。そこで、国は、電脳空間に一人ぼっちの老人たちを閉じ込め、その世界の中でお迎えが来るまで遊ばせることにした。・・・うちはその中でも有数の学校なんだよ。」

 

・・・きっと、そんなことだろうとは思っていた。

確かに、問題はある程度解決するだろう。

だが、その方針をとるのは別の問題を引き起こさないだろうか?

例えば、僕たちを教育する側にいる教師たち。

彼らは、なぜ、介護をするわけでもないのに、ここに縛り付けられているのだろう?

校長先生の顔をよく見てみると、疲労に溢れ、想像以上に老けているように見えた。

 

「・・・実は、この制度には大きな問題があるのです。アツヤ君が先ほど思ったように、私たちは、介護をするわけでもないのに、ここに縛り付けられている。その理由はいくつもあってね・・・。」

・・・若い人でも教員にされていることや、教員も異動している人が多いことから、考えられるとしたらそう多くない。

たぶん・・・

「アツヤ君も分かったみたいだな。そうだ、教員たちも君たちと同じような老人や、末期患者から構成されている。それによって、ここを巨大な墓場としているんだ。」

マツオカ先生から発せられた言葉に、やはりそうかと思った。

健康に、今を生きている人たちは、今を生きることに精いっぱいだ。

きっと、僕たちのような老人や、末期患者にかまっている時間は限られる。

・・・それでも、ふつふつとやり場のない怒りがこみあげてくる。

「アツヤ君も思っただろうけれども、本当は、こんなことは間違っていると私たちも思っている。だけど、超高齢社会を乗り切るための解決策を、他に挙げる人は居なかった。それ以外に術が見当たらなかったんだ。」

「それでも・・・!私は、そんな悲しい現実を生徒たちに見せたくはない!」

「君に対して多くの隠し事をしていたのだから、私の語っている言葉はどこか言い訳がましいかもしれない。けれども、私たちは、あなた方が幸せにこの学校を卒業してほしいと思っている。過去を作って来た彼らに、私たちを育ててくれた彼女らに、日のぬくもりを感じることができない電脳空間に閉じ込めてでも、世間から疎まれ、一人で静かに、寂しく居なくなられることを避けたいのです!」

「校長先生・・・」

「校長・・・」

くたびれた表情から一変し、自らの覚悟を声高に語った校長先生は、どこか誇り高く見えた。

「・・・年甲斐もないですし、これでいいのかと苦悩することも多いのですが、これが私の全てです。そして・・・、今まで騙し続けて申し訳ありませんでした」

校長先生は僕へと頭を下げた。続くような形で、マツオカ先生も頭を下げる。

「そ、そんなことする必要はありませんよ」

僕は、彼らを憎む理由がない。

「寧ろ、僕は先生方に感謝しているんです」

記憶を投げ出してでもこの学校へ入学したかったのだから、僕の過去には碌なことが無かったのだろう。

今まで過ごしていた学校生活も、一人孤高を貫いていたことを悔やまれるぐらいのものだっただけで、彼らは少しも悪くない。

何よりも、他愛のない会話ばかりしていたワタルとの日々や、違和感の正体を突き止めるために、シオリと東奔西走した日々が、僕の宝物となっていた。

これ以上、僕が自分に臨むものなんて、一つも無い。

強いて言うのであれば・・・

「これは、僕からの最初で最後のお願いなのですが・・・」

校長先生へとあるお願い事をする。

この学校生活との別れが訪れる前に、僕にはまだ、やることが残っていた。

 

 

                    *  *

 

 

この手紙を読んでいる頃には、私は死んでいるのでしょう。

・・・って、書けばいいのでしょうか?

遺書なんて書いたことないですし、何を書けばいいのか全くわからないままなのですが、こうやって筆を執って、適当に言葉を綴っています。

 

今までの転校生たちは、こういった遺書を残すことなんてあったのでしょうか?

・・・多分、無いでしょうね。私のように全てを思い出すなんて、相当稀有な存在だと思いますし。

 

最後に会う時に、「私は何番目の転校生になるんですか?」などといった、調子のいい発言が出来たらいいのですが、恐らくできないと思います。私は、結構不愛想でドライな部分が多いので・・・

 

それでも、アツヤやワタル君は、こんな私と友達(?)になってくれました。

体調不良のせいで、つまらない日々を過ごしていた私にとって、彼らの存在は巨大なものでした。

 

転校する前に、アツヤと最後の会話をする予定ですが、恐らく、私は泣いてしまうでしょう。

人生で殆ど泣いたことが無い女を泣かせるなど、アツヤも罪深き男ですよ。

 

先生方がどのように思われていても、私は、あなた方に救われました。

あなた方のおかげで、ワタル君とアツヤに出会えた。

それだけで、私は幸せです。

今まで本当にありがとうございました。

 

 

お世話になりました。

 

 

茅野志桜里

 

 

                   *  *

 

 

シオリが書いていたから僕も書こうと思ったけど、正直、何を書いたらいいか分からない。

 

こういった、他人に何かを伝えるのは、自分には向いてないんだなと幾度となく痛感してきた覚えがある。

そのせいか、自然と人から距離を置くようになり、ちょっとした人嫌いにしまっていた。

恐らくこの性格は、この学校内だけではなくて、もっと前から・・・

それこそ、忘れ去りたいと願うほどの過去から、持ち合わせていたと思う。

 

それでも、ワタルやシオリに会って、少しばかり、自分を変えることができたんじゃないかと、そう思う。

昔の自分では、大勢の前で何かしらの発言なんて絶対しないし、そんなことはできやしなかっただろう。

 

・・・正直、内向的で、反社会的な僕は、この世界に必要とされなくて当然だと思っている。

それでも、もう少し、諦めることなく、粘り強く生きて行きたかった。

それは、もはや叶わぬ事だろうけれども・・・

 

せめて、この思いを、今を生きる人たちに伝えたかった。

きっと、口下手だから、上手くは伝えられないかもしれないけど・・・

 

だから、先生方、僕の代わりにどうかお願いします。

 

 

今までお世話になりました。

 

 

アツヤ

 

 

 

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