【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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幸福

 汽笛が鳴った。

 

 キングスクロス駅、9 と3/4線に列車が到着した。蒸気が天井にあたって、ホーム中に立ち込める。すぐに霧散する煙にセブルス・スネイプのローブの裾が巻き上げられた。

 相変わらずの全身黒の服装だが、頭にはいく筋か白髪が混じっていた。

 

 ホグワーツ特急をこんなに早い時間から待っているものは少ない。ホームにいるのはセブルス一人だった。

 

 待ち合わせは発車時刻の20分前。あと一時間はある。けれども、セブルスはこの誰もいないホームに止まる列車を見たかった。見ていたかった。

 

 すべての魔法使いにとって、このホームがすべての始まりだろう。セブルスにとっても例外じゃなかった。リリーと一緒に乗り込んだこの列車。記憶にある姿と全く同じだ。

 

 世界のすべてが輝いていた在りし日の風景。リヴェンの言う、黄昏の記憶。

 これからやってくる生徒たちすべてにとって、“今”がセブルスにとっての黄昏の記憶になるのかもしれない。

 

 

 

硝子が流れ出す夜を、私たちは知っているんだ

 

 

 

いつしかサキがそういった。

 

 

硝子はゆっくりゆっくり流れてるの。人間の時間じゃわからないくらいゆっくり。

でもね、何千年も記憶を受け継ぐ私達にはそれがわかる。…受け売りなんだけどね。

 

私は、それを見たよ。セブルス

 

 

 

 

 人間の途方もなく長い人生を更に重ねた途方もない時間。

 美しい光景が何層も何層も重なって紡がれる、この世界。

 サキ。君が見た光景は…この子達がこれからゆっくり歩んでいく道のその先にあるものなんだ。

 サキ。その道が何本も何本も繋がって、硝子の流れる夜へ、君が好きだった雨の匂いのする風を運んでいるんだ。

 

サキ。

 

 最近は君を思い出すことが、だんだん減ってきている。

 

 

 

 

 

「スネイプ先生!」

 

 

 ホグワーツ生とその保護者でごった返すホーム。その人混みをかき分けて、一人の青年がヒョイっと目の前に飛び出してきた。

 いや、もう青年という年でもないか。彼にはもう子供が三人もいて、末っ子が今年ホグワーツに入学するのだから。

 

「ポッター。ここは待ち合わせには不適格だったな」

「確かに待ち合わせはだめでしたね。…でも、僕はここが好きなんです」

 

 セブルスはハリーの手をとって立ち上がった。最近、体の節々の調子が悪い。全く老いとは情けないものだ。

 

「ああ!ハリー…もう、急に走り出すなんていい年なんだからやめてほしいわ…」

 

 ハリーがやってきた方向からジニー・ポッターがやってきた。セブルスを見ると握手をし、微笑んだ。その後ろでは生意気そうな表情を浮かべたジェームズが末っ子のアルバスにちょっかいをかけていた。

「リリーは?」

「友達見つけてもう乗っちゃったよ!」

「もう!…ジェームズ、これ届けてあげて!急いで」

「ええー…?!」

 名は体を表す…というか、やたらとスネイプのよく知るジェームズに似ていた。ジェームズはジニーにカートを引かれつつ、妹リリーの忘れ物のポーチをぶら下げて行ってしまった。

 

「セブルスおじさん!またね」

 

 ハリーはセブルスの隣に立って、同じようにホグワーツ特急を眺めた。

 

「何度来ても、初めてこれに乗ったときのことを思い出してしまいます。…あのときはサキとホームにたどり着けるかで焦りましたよ。サキったら生意気そうなのに、全然頼りにならなくて」

「ああ。わりと適当なことを言うからな、彼女は」

「コンパートメントで脱ぎだしてドラコに下着を見られて平気な顔してたし」

「そう。いまいち恥じらいがない…」

「はははは!…ほんとうに…楽しい人だった」

 

 ハリーのそばにいるアルバスは二人の会話を不思議そうに聞いていた。どこか悲しそうで楽しそうな、不思議な会話を。

 

「初めて言うんですけど…僕、彼女が好きでした」

「ふん。我輩にはお見通しだったぞ」

「えっ…それは……は、はずかしいですね」

「ふん」

 

 セブルスが笑ったのを見て、ハリーはとても優しい目で彼をじっと見つめた。リリー譲りの緑の目で。セブルスもそれと、ほんの数秒視線を交わす。それだけで十分だった。

 

「ハリー!」

 

 少し離れたところで声が聞こえた。多分ロン・ウィーズリーだろう。ハリーは「ちょっと失礼」というと声のした方へ行ってしまった。

 

 ふと横を見ると、アルバスがまだセブルスから少し離れたところに立っていた。置いてけぼりにされたかと思いきや、どうやら自分の意思で残ったらしい。

 セブルスの方をじっと見つめている。

 

「どうした?父親のところへ行かなくていいのか?」

「……あの…セブルスおじさんは…スリザリン出身だったんですよね」

「いかにも」

「僕…スリザリンに組分けされるんじゃないかって不安なんです。スリザリンはほんとに闇の魔法使いばかりなんですか?怖い、所ですか?」

「…なるほど。アルバス・ネビル・ポッター。自分がどこに行くかなんて気にする必要はない」

「でも…父も母も、兄弟も…みんなグリフィンドールだし」

「君が恐れているのは、それだ。スリザリンが怖いのではない。違うことが怖いのだ。…アルバス」

 

 セブルスはかがんで、アルバスの目線に合わせた。緑色の瞳をした、気の弱そうな少年。これからたくさんの世界を見聞きして、人生を歩み出す魔法使い。

 

「君を愛する人は、世界にたくさんいる。そしてこれから、増えていく。愛される理由は、君がどの寮にいるかじゃない。君が、君だからだ。君が君でいれば、違いなんて些細な問題だ」

 

「…僕、そんなに強くなれる気がしない」

「なれなければ困るな。アルバスという名は、この世で最も偉大な魔法使いの名前だ。そしてネビルは、最も勇気ある魔法使いの名だ。…大丈夫。それに」

 セブルスは声を落とし、アルバスに耳打ちした。

「スリザリン寮にある秘密のベルを教えてやろう。それを鳴らせばしもべ妖精がお菓子をくれる。子供なんてものは賄賂で簡単になびくからな」

 

 それを聞いてアルバスはようやく笑った。列車がベルを鳴らし、発車を知らせる。アルバスは手を降って、列車に乗り込んでいった。

 

「セブルスおじさん!ありがとうっ」

 

 親たちは手を振って、子どもたちにお別れを言う。しばしの別れの狂騒は、祭りのパレードのように賑わって、そしてはしから泡のように霧散した。

 

 セブルスはホームで、過去の自分に縁のある人物と何度か会釈した。そしてホームががらんどうになって、端から闇に染まり、明かりがついてようやく家路についた。

 

 

 マクリールの屋敷は今もなお鬱蒼としげる緑に侵食されつつあった。セブルスの健闘もあり、五分の状態をキープしている。

 

 ドアを開けた。誰もいない。

 空っぽの屋敷にみちる、肺を芯から冷やす空気。

 これが、私のホームだ。

 

 サキがいっつも何かを煮込んでいた台所。そこで簡単に夕食をつくる。

 わざわざダイニングに運ぶのが面倒だと、二人して並んで食べた小さなテーブルで、一人分の夕食を食べた。

 

 軽やかな足取りで、楽しそうな足音を響かせてサキが走っていた廊下。そこをすすんで、リヴェンが使っていた一階の寝室へいく。

 

 窓からバラの生け垣と、森の木々が見えるとてもいい部屋だ。彼女が立ち上がれなくなる前、よくここで本を読んでいた。

 彼女が読んでいたなかで、一冊だけ彼女の趣味に似つかわしくない本があったのでよく覚えていた。

確か、『星の王子さま』だった。

 サキは「よくわかんなーい」と投げていた。

 

 スネイプは椅子に座り、窓から月を見た。そうして、ただ過去に思いを馳せているといつの間にか夢うつつになってくる。

 

 

 

 

 夢の中で、サキは外を走っていた。いや、サキなんだろうか?リヴェンかもしれない。セブルスはそれを眺めていた。横にも誰かが。きっとこっちはリヴェンだ。ああ、とても心地よい。

 なにか声をかけられた気がした。言葉も交わした気がした。

 

 

 でも、これは夢だ。

 

 

 目を覚ますと、あたりは植物すら沈黙するような深い深い夜だった。

 そして、セブルスは一人。

 

 

 リリーを救えなかった私

 サキを救えなかった私

 おめおめと生きている私

 

 私は、それでもまだ息をしている…。

 生きている。

 

 

 

 セブルスは書斎を改造した部屋で床についた。自分が死ぬまで、きっとここに寝るだろう。

 眠りにつくと、また夢を見た。

 

 

 

 サキが立っていた。ホグワーツの大広間の前で、自分を呼んでいる。セブルスが小走りでかけていくと、サキはいたずらっぽく笑って逃げてしまう。

 

 

 

 

「私を、忘れてね」

 

 

 

彼女の声がまだ耳に残ってる。

 

死の直前の彼女は

 

どんどん細くなっていく枯れた花のような腕で

白を通り越して空気に溶けそうな肌の色で

砂のような、頼りない偶然で形作られているような儚い体で

少しずつ光が失われていく瞳で

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私を…」

 

どうして、すべてが手遅れになってから気づくのだろう?

どうして、大切なものほど私の手を離れていくのだろう?

どうして、真実は嘘より残酷に響くのだろう?

 

誓えば誓うほど、誠実から遠ざかっていく。

決意はいつも真逆の結果を呼び寄せて、私を打ち砕く。

戦うために選んだ道は、罠と悪意で踏みしめられたかのようだ。

重荷を背負って歩き出しても、もっと大きな苦しみを抱えた誰かを救えない。

 

 

 

 サキ。

 いや、君はリヴェンなのか?

 君の無邪気な微笑みは、無垢な天使のそれよりもはるかに美しい。

 

 夢の中のホグワーツにはたくさん人の気配がした。けれども姿が見えるのはサキだけだ。サキは動き始めた階段にひょいと飛び乗り舌を出した。

 

 

 

「幸せになってよ」

 

 

君は、悲しい嘘をつくときに眉をへの字にしながら笑う。

脳裏に浮かぶ君はいつもその顔だ。

でもはたして、こんな顔だったか。

リリーの微笑みも、サキの微笑みも、もうとっくに私が勝手に作り出した幻想に成り代わってるのかもしれない。

 

 

塔を登って、寄り道して、二人はどんどんホグワーツを探検していく。必要の部屋を開けてなかから組分け帽を取り出すと、セブルスに向かって笑った。また何かを言うけど、セブルスにはわからない。

 

「サキ…」

 

 帽子を放り投げたサキは天文塔にある大きな歯車にぶら下がって笑っていた。

 

「今年も、キングスクロスに行ったよ。全員、相変わらずだった」

 

 そしてどんどん階段を降りて中庭についた。そこにあった誰かがおいてったゴブストーンをサキは間違って蹴っ飛ばしてしまい、慌ててもとに戻した。

 

「サキ。私も年をとってしまったな…」

 

 ハグリッドの小屋のそばに落ちていた大きな枝をブンブン振り回しサキは微笑んだ。あの、悲しいほほ笑みを。

 

「毎年毎年、たくさんの子供が一歩を踏み出している」

 

 サキは枝を捨てて、黙ってこっちを見ていた。悲しいんだか、嬉しいんだかよくわからない切ない笑みを浮かべて。

 

「私の命の、私の一歩のなんと小さきことか。そんなことを思った」

 

 続けて?と言わんばかりの顔で、サキはセブルスを見ている。風がとてもやさしい。夕暮れが、若草を金色に染め上げている。

 

「ポッターの息子…アルバスが、新しい一歩を怖がっていた」

 

 美しい黄昏だ。私の夢に過ぎないけど、たしかに私の中にある光景。サキはその中心で、ただ優しく微笑んでいる。

 

「私なんかが励ませるわけがない…と思ったが…彼は私にお礼まで言って、列車に乗った」

 

風の匂いだ。わずかに湿り気のある、森の風。ホグワーツに年がら年中吹く風。サキ、君が持ち帰りたいなとぼやいていた風だ。

 

 

「些細なことだけど、嬉しかったよ」

 

 

こんな私を…受け入れてくれる世界があった

私にも、まだなにか与えられるものがあった

 

わかったんだ

 

失ったものはもう元に戻せない。

それでも人は、何かを与えることができる。

自分が奪ったもの、壊したもの、失くしたもの。それを全て背負って、それでもなお、人は誰かに何かを与えることができるんだよ。

 

 

 

「サキ」

 

「幸せになってよ」

 

サキ、君の嘘を真に受けてしまったら…君は悲しむだろうか。

 

 

「サキ……なにか、喋ってくれ………私は…君を……置いて行こうとしているんだ」

 

サキはくすっと笑った。昔。本当に昔…。出会ったときの頃見せていた純粋な笑顔で。

 

 

ばかだなぁ、先生は。いいにきまってるのに!

 

 

 

 

 

 

 

 目が、覚めた。

 起き上がると、瞳から涙が溢れた。

 

 

 

「サキッ……」

 

 気づけば何粒もの涙がシーツに落ちてシミを作った。止めようとしても止まらなかった。後悔と、懺悔と、哀しみと、どうしようもないほどの愛情が溢れて止まらなかった。

 

 

君たちのことを忘れない。絶対に。

 

 

幸せに、なるよ。

なってはいけないと思っていたけれど。

まだ、ちゃんとなれるかもわからないけれど。

だって、サキ…君のところに行ったとき、たくさん話すことがないと、君は退屈してしまうだろうから。

 

私はこれからも、息をし続ける。

生き続ける。歩き続ける。

君が迎えに来るまで。

そうしたら話してやろう。

君の知らない、世界の話を。

 

 

 

 

 




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