【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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12.失われた君を求めて

「なにしてる?」

 

サキがヴォルデモートの首筋にそっと手を当てているのを見てドラコはぎょっとした。あまりにも絵になっていたからだ。

ヴォルデモートの遺体は他の犠牲者とは離れた講堂に安置され、サキ以外誰も近づいていない。

悪魔の遺体の置かれたテーブルのそばに寄り添い顔をそっと撫でる黒髪の乙女なんて絵画そのものじゃないか。

「いや、ちゃんと死んでるのかなって思って」

しかしそんな一瞬の美はサキのとぼけた声で消え失せた。

「大丈夫。ちゃんと死んでるよ」

「みたいだね」

サキはヴォルデモートの首から手を離して二度と開かない瞳を見つめていた。愛や絆はなかったがそれでも親子だ。何か思うところがあるのだろう。

「そろそろこっちへ来たら?みんな君と握手したがってる」

「えー。手、怪我してるんだけど」

「それも治療しなきゃ。ほら…」

渋るサキをひっぱって講堂を離れた。

ドラコとしてはできればあんな所にいて欲しくなかった。死を悼むより、今はただ生き延びた喜びを味わってほしい。サキにはそれが必要だと思った。

 

大広間は寮の垣根が取り払われ、いろんな人が好きなところでお互いの勇姿を讃え、友の死を悼んでいた。

死喰い人の大半はヴォルデモートの敗北を悟るとすぐに姿くらましして逃亡した。しかしベラトリックスをはじめとする狂信者たちは燃え尽きる篝火の如く捨て身で猛攻し甚大な被害をもたらした。特にベラトリックスとキングズリーの一騎討ちは語りぐさになるほどに激しかった。

パーシーは大怪我をして顔中包帯まみれだし、ジョージは危うく両耳なしになるところだった。

ルーピンはサキにやられてカンカンのグレイバックと死闘を繰り広げ二度噛みされ眼球を一個無くした。トンクスが大慌てで病院へ連れて行ったせいで今はいない。

果敢に戦った生徒たちも何人か重傷重体だ。

 

サキを見て何人かの魔法使いが集まって肩を叩いたり手を握ったりキスしようとしたりした。(ドラコがとめた)しかしサキはその歓迎を受け付けられなかった。

人々の歓喜の渦のなか、サキはぽつんと取り残されたような気分だった。ぽっかりと穴が空いたみたいに喜ぼうとした瞬間に心がそこへ落ちていく。

 

「君は影の英雄だよ」

 

とキングズリーがサキに言った。サキはそこで限界をむかえた。

 

「違います。ここにいるべきなのは私じゃない。先生だ。セブルス・スネイプだ」

 

セブルス・スネイプこそが英雄だった。

彼は戦う理由を語ることなく、沈黙したまま任務を完遂した。

サキを守り、ハリー・ポッターの手助けをし、死喰い人から学校を守っていた。

 

賞賛されるべきは彼だ。

彼こそがここに立っているべきだった。

 

サキはぽろぽろと大粒の涙をこぼして恥も外聞もなくまた泣いてしまった。

喜びを伝える相手が、守りたい相手が一人いなくなった。その涙をいつも拭っていた手はもう冷たい。

 

そして、リヴェン・マクリールの試みはまたも失敗に終わったのだ。

 

 

 

 

 

ヴォルデモート卿の犯罪行為に対する諸裁判はかなりの長期に渡った。死喰い人たちはもちろん協力者も全員法廷に呼び出され尋問を受けた。傍聴席には長蛇の列ができ、メディアは日々魔法省前に詰めかけたが、利敵行為を働いた攻撃的メディアが摘発されるといたずらに騒ぎ立てるものも少なくなった。

それでもドローレス・アンブリッジやルシウス・マルフォイといった著名人の公判には数百人がたった数席の傍聴席を求め抽選に参加した。

人さらいを始めとした小物たちも過去の余罪を含めてたっぷりと刑罰を食らった。

故バーティ・クラウチ・シニアのときのスピード優先裁判は禍根を残すという考えから、裁判は一つ一つじっくりと行われた。パーシー・ウィーズリーが隠匿したサキ・シンガーのスクラップは彼らの犯罪を網羅しており、裁判のスピードを上げ、量刑の決定に大きな影響を与えた。

 

ベラトリックス・レストレンジやフェンリール・グレイバックといったもとよりアズカバンに囚われていた凶悪犯の殆どがホグワーツの戦いで死亡した。数えるほどの生き残り、アレクト・カローやピーター・ペティグリューは依然逃亡中だ。

 

裁判はやがてセブルス・スネイプやサキ・シンガーといった内通者を対象にした。

最も彼らの名誉はすでに回復されており、ほとんど形式上のものに過ぎなかった。

セブルス・スネイプの公判では彼の肖像画を特別に学校に飾ることが決まり、サキ・シンガーの公判では彼女の証言をもとに更なる戦争犯罪人の検挙が始まった。

 

 

裁判がようやく一段落ついたのはもう紅葉も終わり雪がちらつく冬になってからだった。

 

サキは枯葉だらけの庭で放ったらかしになったせいで根枯れしてしまった植物たちを眺めていた。

サキはほとんどすべての裁判で証言台に立たされた。連日の裁判は身体に堪えたが、それでもまだ忙しさで頭をいっぱいにできたのでよかった。

暇になると急にまた心にぽっかり穴が空いた気がした。

 

母の残したたった一つの記憶…あの黄昏の記憶が忘れられなった。

母は目的を果たせなかった。

セブルス・スネイプを助けるために寿命を縮めた母の心境を思うと、彼を失った痛みも相まってなんだかいても立ってもいられなくなるのだ。胸の奥から亡者が這い上がってくるように悲しみが込み上げてくる。

でもその亡者はどこにもいけない。サキの心臓より深い場所で蠢くだけだ。

 

母は、セブルスを愛していたのだろうか?

 

サキはリヴェンを他人の記憶の中でしか知らない。本当の気持ちを知るにはあまりにも断片的なリヴェン・マクリールという人間は、彼女を知るものすべての死によりまるではじめから鏡に写った影だったみたいに消えてしまった。

 

闘いの高揚のあとに残るのは虚ろな喪失感だけだった。

そんな空虚に苛まれてる中、サキはようやくセブルス・スネイプが残した記憶を見る機会を得た。

 

 

灰色の空は頭のすぐ真上まで迫ってきているようで気分を暗くさせた。

サキはドラコと並んですっかり賑わいを取り戻したホグズミードの門をくぐった。

クリスマスに湧いている村はピカピカ電飾で彩られ、ウィーズリーいたずら専門店の新規出店祝で入る人全員にキャンディーが配られた。

「久々だな」

「ほんとにね」

初めてデートしたのもホグズミードだった。(大半のホグワーツ生カップルはそうだけど)思えば確かに全然恋人らしい事をしていなかった。13歳なんて多感な時期に申し訳ないことをしてしまったなあとサキは今更後悔した。

 

ホグズミード駅からは列車ですぐだ。

 

今日はマクゴナガル…正確にはダンブルドアの肖像画に招かれてわざわざ子どもたちでいっぱいのホグズミードまでやってきた。

ホグワーツでの戦い以降ずっと上の空のサキをドラコは気遣ってくれているが、サキは元気の出し方を思い出せないままだった。大幅に改修工事がなされたホグワーツの門をくぐってもやっぱり思い出せないでいた。

 

「よくいらっしゃいましたね」

 

マクゴナガルは校長としてホグワーツをしっかり再建し、去年戦いで修学できなかった生徒たちへもしっかりケアをしていた。そういうわけでマクゴナガルの横には7年生をやっているハーマイオニーがいた。

「久しぶり。痩せた?」

「ちょっとね」

「ハリーたちももうすぐつくはずだわ」

ハリーという名前を聞いてドラコは顔を顰めた。

「内緒にしてたんだよ。ついてきてくれないと思って」

「言われても付いていくけど…こういうサプライズは今後はよせよ」

「これがほんとのハリー・クリスマス。なんちゃって!」

「君はつくづくユーモアのセンスがないな」

二人の夫婦漫才にマクゴナガルがくすっと笑っていると後ろから慌ただしい足音が聞こえた。

 

「僕、生徒たちに捕まっちゃって」

ハリーがメガネの位置を直しながら走って登場した。ハリーとは秋口に法廷であったばかりなので特に変わったところもなかった。

「英雄気取りも程々にしろよ」

「気取ったつもりはない!」

ドラコは相変わらず喧嘩腰だが、もうサキが仲裁する必要はない。

「校長室はこの通り開けてあります。いいですか?くれぐれも破損、汚損、窃盗などは…」

「いやだな、そんなことしませんって」

マクゴナガルはサキが校長室を破壊したことを未だ根に持っている。疑わしい視線を投げかけ中に入るように促した。

ハリーとサキが上がっていくのをハーマイオニー、ドラコが見送った。

 

「うちにペンシーブがないもんでね…」

「一家に一台はちょっと無理だもんね。…まあ僕も君に用があったし、いろいろ終わって本当にいいタイミングだった」

「渡したいものだっけ?」

「そう」

 

階段を登りきると、懐かしの校長室だ。

マクゴナガルの私物が増えているがダンブルドアの収集品もたくさん残っていて、変わった感じがしなかった。

 

「ようきたのう。かけたまえ」

 

肖像画のダンブルドアは生前と変わらない調子で二人に微笑みかけた。

 

「さて…まずサキ。約束通り指輪を受け取っておくれ」

机にはマクゴナガルが用意して置いた指輪のケースがあった。サキはそれを手にし、ハリーから手渡された石を改めて嵌め込んだ。やっぱり石があったほうがしっくりくる。

 

「その石は死の秘宝の一つ、蘇りの石じゃ」

「…私には、何も見えなかった」

「君には見えんじゃろうと思っていた」

「きっとそれでいいんでしょう」

サキの言葉にダンブルドアは微笑み返した。

サキはもう、肖像画へ語ることはなかった。言いたいことはすべて湖の小島に佇む墓前で報告した。

 

次はハリーの番だ。ハリーはお墓に聞くよりは肖像画と話したほうがいい。事実について伝えるだけならば、心は必要ない。

「ハリー、まず謝らせておくれ。わしは重要な事柄を君に話さんままでいた」

「そんな…必要なことだと理解しています」

「君の勇敢さにかけてよかった」

「僕一人じゃきっとできませんでした。先生、肖像画の先生に言ってもしょうがないのかもしれませんが、僕は夢であなたに会いました」

「ほう?どういう夢じゃね。聞かせておくれ」

ハリーは死の呪文を受けたときに見たという白い光に包まれたキングスクロス駅の話をした。

その清浄な世界で、ハリーはヴォルデモートの魂が滅ぶのを見た。

「夢でもあなたに会えてよかった」

「わしもじゃよ、ハリー」

ハリーはそれ以上何も言えなかった。ハリーもきっと大切なことはきちんと伝え終わったんだろう。

サキは二人のしんみりした空気に対抗するように咳払いし、ひらひら手を振りながら言った。このままじゃキャンバスにカビが生えてしまう。

「あの、それで私に渡したいものって?」

「ああ!そうだった。…ええっと…」

 

ハリーは鞄の中を探った。そして少し何かを考え、サキに慎重に前置きした。

「これはスネイプの私物から出てきたものなんだ。闇祓い局が家宅捜索して見つけて、僕に預けた。だから遺品ではないけど…多分これは、君のものだから」

「私のもの?」

ハリーは薄布にくるまれた瓶を出し、机の上においた。その上にさらに封書を置く。だいぶ古い紙だ。

封書には開けられた形跡がなかった。むしろ綴じ目がない。

おそらく誰にも読まれないように魔法で封筒の継ぎ目を消してしまったのだろう。

 

封筒には【娘へ】と書かれていた。

 

サキは驚き、思わずハリーの方を見た。ハリーは促すように封書に目をやった。

手が震え、意志に関わらず心臓が高鳴った。サキは大きく深呼吸をして封を破った。

 

 

 

 

 

あなたがこの手紙を読んでいるということは、セブルスが死んでいる世界に辿り着いたということでしょう。彼は人の手紙を覗き見るほど野暮じゃないし、娘に脳みそを食わせようなんて考えないはずだもの。

私の計画はまた失敗したのね。

あなたは私の脳髄を前にして悩んでいるのでしょう。それは汚染されている。脳に蓄積した異常プリオンにより海綿状に変異し、あなたの体内に入り次第健常な脳を蝕んでいく。世代を重ねるにつれ、私達の家系にはプリオン病の遺伝が起きるようになった。あなたも例外では無い。私を食べれば過去の記憶を手に入れられるばかりでなく、過去の改竄も可能になる(理論については書架169.R15に詳細を載せてある)。しかし改竄を繰り返せば繰り返すほどにプリオンの異常は伝達していき、ほぼ確実にクールー病を発症してあなたの脳は私のように使い物にならなくなる。あなたに死ねと言っているようなもの。

 

それを承知であなたに私を食べてほしい。

娘のあなたに業を背負わすのを私はずっと躊躇っていた。それでも私は彼を救いたい。

あなたに私の狂おしいほどの妄執を語ろうとは思いません。それを見せることはあなたから選択の自由を完璧にもぎとることになる。父親が誰でも、私はあなたからそれまで奪うほど冷酷にはなれない。

私はセブルスを救うためだけに何度も彼の死ぬ1998年までをやり直した。けれどもどう足掻いても私はトムに捕まり、屋敷の中で彼の死を知る。セブルスを救えない運命は、私の手の及ばない部分でしか変えることができない。私は運命から逃れられなかった。

私は全てにおいて失敗した。

最後の手段として、私は私の代わりにセブルスを救う器をつくることにした。それがあなた。

 

どうか願わくば、この手紙が彼の机の奥底で朽ちてしまいますように。

セブルスが生き残り、セブルスの幸せを見つけられますように。

私の罪を許してくれますように。

輝きはもう、私の記憶の中にしかない。そしてそれもいずれ消える。私はその輝きを忘れたときに死ぬ。

 

娘へ。

あなたがあなたの人生を生きて幸せを見つけられますように。そして、欠けた穴の中に落ちてしまわないように祈っています。

あなたにあてがわれた名前はセレンだけど、あなたはマクリールとして生きる必要はない。だから私はあなたに名前をつけようと思う。

あなたの名前は、サキ。東洋の言葉で未来を意味する言葉。私の好きな詩人のペンネームでもある。もとは猿の名前らしいけど、まあまあ愛嬌のある猿だったわ。

 

さようなら。サキ。

 

愛をこめて

リヴェン・プリス・マクリール

 

 

 

サキは文章を読みながら、目眩のような悲しみに襲われた。

 

母は、やっぱりセブルスの命を救うためだけに全てをかけたのだ。

私に自分を食べさせるつもりでこれをしたためた。

 

リヴェンは諦めていた。どうせセブルスを救えない、と。けれども可能性を捨てた訳ではなかったんだ。これを託したセブルスの取るであろう行動を読んだ上で脳髄を遺した。

 

すべてが失敗したあとでも、自分の代わりにサキがやり直せるように。

 

苦いツバを飲み込んだ。

そして薄布にくるまれた。【それ】を見つめる。

 

「サキ…僕はそれを墓に入れてもらうために持ってきたんだ。あるべき所に納まるように」

ハリーがたしなめる様に言った。サキが食べたらどうなるか知っている以上、その忠告もやむなしだろう。

「わかってる…わかってるよ」

サキはつぶやき、伸ばそうとした手を胸に当てた。

「わかってる…けど…あまりにも…」

 

 

リヴェン・マクリールが報われない。

 

 

「机の中にチョコレートがある」

ダンブルドアの肖像画はマクゴナガルのおやつの場所まで知っていた。ハリーはごく普通の板チョコを割ってサキに渡したがいまいち反応が鈍く、一欠片だけ食べてサキは大きく息を吐いた。

 

「…うん。そうだね…母の遺体で残ってるのはこれだけだもんね…」

「そうだよ。ちゃんと納めてあげないと可哀相だ」

母の瓶詰めの遺体は未だに見つからない。どの死喰い人に聞いても所在がわからないためヴォルデモートがどこかに隠したのだとされている。ということはもう誰にも見つけられない。

サキは包を開けなかった。

 

そして代わりに自分のバッグから美しい白い記憶の糸が入った瓶を取り出した。

 

「私の番だね。ダンブルドア先生、憂いの篩をかりますよ」

「どうぞ。もちろんミネルバの許可もある」

 

 

ダンブルドアがそう言うと憂いの篩が壁から迫り出してきて展開した。ぼんやりした液体の揺蕩いが天井に反射する。

 

「…どんな記憶か、わかる?」

「わからない。…けど、伝えたいから残したんだよ」

「僕が見てもいいのかな」

「ハリー、先生は私だけじゃない、君を守るためにも戦ってたんだよ。君は見るべきだ」

 

サキはハリーの肩をばん、と叩いて活を入れた。(本当に活がほしいのはサキだったが)

 

サキは向き合うのが怖かった。

一人では怖かったけどハリーがいれば少しは気が休まる。

 

「大丈夫」

 

ハリーが落ち着いた低い声で言った。

いつだかサキがハリーにいったように、優しく揺るぎなく。

 

 

セブルスの記憶は黒いマーブルを描き篩の中に溶けていった。

 

 

……

 

オレンジ色の夕焼けが目にしみるほど輝いている。沈む直前の瞬きに草でできた小さな鳥を飛ばし、赤毛の少女と黒髪の少年は笑った。

 

場面は夕暮れとともに移り変わる。

 

「僕はスリザリンに入りたい。偉大な魔法使いになるんだ」

車窓を流れ行く光景はホグワーツにはお馴染みの景色で、コンパートメントもまたそうで記憶の中の過去の光景にもかかわらず幼きセブルスが今そこに生きてるような気さえした。

「スリザリンだって?!あそこは悪人が行くところさ!」

コンパートメントの扉の隙間からくしゃくしゃ髪の少年が茶々を入れてきた。

赤毛の少女が馬鹿にされたことに怒って真っ赤になる。

 

またすぐに場面が変わった。

ホグワーツの大広間で組分け帽子をかぶる少女。リリー・エバンズ。スリザリンの席に座るセブルスはグリフィンドールに行く彼女を目で追っていた。

 

同じ光景のまま、憂鬱な雰囲気の女の子にセブルスが話しかけた。女の子はセブルスより年上で気だるそうだった。

「誰?」

「セブルス・スネイプです。昨日、雪玉をぶつけられた…」

「ああ」

女の子は二言三言セブルスと言葉を交わした。後ろから美しいブロンドの男が割り込んできて、窘めるように言った。

「リヴェン。せっかく後輩が話しかけてきてるのにそう素っ気無くしてちゃかわいそうだろう」

「私に先輩風吹かせる前にいじめられっ子を助けたら?ルシウス」

ルシウスはやれやれという顔をして、リヴェンはちょっとムッとしていた。

そしてまた目まぐるしく場面が変わる。

リヴェンがリリーと話していた。

湖の辺りでリリーが必死に話しかけているが、リヴェンはまるで聞いちゃいなかった。セブルスはそれを少し離れたところで見ていた。リリーは結局怒って立ち去ってしまう。

 

「素敵な人だと思ってたのに、セブ。あんな人と友達だったなんて!」

「彼女は何を言ったの?」

「あの人、怖いわ。私の死に方を予言したのよ」

「先輩は誰にだってそういうことを言うんだ」

「貴方もされたの?」

「うん。ああいう人なんだよ」

「セブ…悪いけど、私スリザリンの人たちと仲良くなれる気がしないわ。あなたと仲のいいマルシベールも、最低よ」

 

景色が歪む。

 

「セブ、先輩にこの本を返しておいて」

「ああ、うん…仲直りしたんだ?」

「そう。ふふ、面白いこと聞いちゃったわ」

「どんなこと?」

「セブには内緒!絶対内緒よ」

 

リリーは薔薇のように微笑んだ。

さっきとは打って変わってリヴェンに好意を示している。女の子の気まぐれにセブルスは頭を傾げた。

傾げた頭がもとに戻るとき、景色は一変する。

人でごった返すキングスクロス駅にリヴェンが立っていた。

若きセブルスは泣きそうな目で彼女と向かい合っていた。

「もう二度と会うことはないだろうけど…」

リヴェンは清々したと言いたげにネクタイを解いてポケットにしまった。

「リリーと喧嘩しちゃだめよ。そのうちきっと許してくれなくなっちゃうから」

 

また景色が歪んだ。これはハリーにも見覚えがある。セブルス最悪の日の記憶だった。灰色のパンツを晒された彼は、リリーに穢れた血と言ってしまう。

ハリーは今やっとなぜセブルスがこの記憶を見られて狼狽したかがわかった。

 

恥辱で景色が真っ赤に染まった。赤みが消えると、今度は夏の日差しの下でリヴェンがいつもの椅子に座って何かを書いている。

「あなたは大切なものを失い続ける…」

リヴェンの声がわんわんと響き、突然景色は夜闇に包まれた。

 

今にも叫び出したくなるような顔をして、リヴェンはセブルスに言った。

「なんの意味もないわ」

「意味なくなんかない!闇の帝王はこの予言を聞いて…リリーを殺すおつもりだ!」

「そうね。あの人は怖がりだから」

「どうか助けてください」

「なんで私が?」

その言葉にカッとなってセブルスは思わずリヴェンの肩を掴んで揺すぶった。声にならない嗚咽を上げるセブルスをリヴェンはやっぱりいつも通りの無感動な目で見ていた。

「お門違いよ。屋敷から出られない私にできることは限られてる」

「でも、あなたの魔法があれば…」

「あら酷いこと言うのねセブルス。あの魔法がどれだけ残酷な魔法かわかってるの?リリーの命のほうが大事なのね」

「そ、れは…」

セブルスは黙った。

 

リヴェンの顔が無表情のまま凍る。

そして景色は別の夜へと変わる。

 

セブルス・スネイプはリリーの危険を察知し、夜をかけていた。家々の明かりがどんどん横へ流れていき、煙を上げ崩落した家に駆け込む。

家は荒らされていてハロウィンの飾りが無残に踏み壊されている。

ジェームズの遺骸には目もくれず、セブルスは寝室へ向かった。

セブルスはリリーを抱きしめて泣き叫んだ。

 

慟哭に引き裂かれ、景色はまたマクリールの屋敷へうつる。

そして、空っぽの屋敷で彼は脳髄を見つけた。

 

 

 

そこで何かが倒れる音がしてハリーははっと現実へ戻った。

サキは憂いの篩の前でしゃがみこんでいた。

 

「サキ…」

 

ハリーはしゃがんで震えているサキの肩を擦る。

サキは頭を抱えて見るものも聞こえるものも拒絶していた。

 

「せんせい…」

 

絞り出した声はか細すぎて誰にも届かなかった。

ハリーはセブルス・スネイプの誰にも見せなかった愛を知り、サキはリヴェンの絶対に報われない願いを知ってしまった。

 

「サキ…ほら、座って」

ハリーは椅子を勧めた。沈んだサキへどんな言葉をかけるべきか悩み、そして言葉は無意味だと悟った。

 

「僕…ドラコを呼んでくるよ。適役だろうから」

 

ハリーはそう言ってサキの肩に手を置いて去った。

 

 

サキの頭には、セブルスにリリーを助けてほしいと請われたときのリヴェンの顔が焼き付いていた。ダンブルドアに託された黄昏の記憶の愛に満ちたリヴェンの表情は無残に打ち砕かれ、もうもとの形に戻らないほど粉々になっていた。

もはや存在しない記憶に縋ってすべてを失ったリヴェンがあまりにも報われない。

リリーはセブルスの想いを知らずに死に、セブルスはリヴェンの想いを知らずに死んだ。リヴェンは何も得られないまま、誰の記憶にも思い出を残さずに脳髄だけになってしまった。

 

サキは顔を上げ、ハリーが完全に校長室から出たのを確認してから脳髄の入った瓶を包む布を剥いだ。

衝動的に剥ぎ取ったせいで勢い余って瓶が転げ砕けて中身が飛び散った。

「あ…」

瓶の中にあったのは海馬だった。

胎児のような形をしたそれは人間の記憶を司る器官だ。リヴェンの論文にも繰り返し載っていた。

 

「あ、あ…まずい」

 

海馬は液体にたっぷりとつかっていた。おそらく保存液だが、覆水盆にかえらず。代わりの保存液なんて当然持ち合わせていない。このままじゃ海馬がだめになってしまう。

 

サキは慌てて海馬をすくい上げた。その生々しい感触におえっと吐き気がこみ上げる。マクゴナガルに心の中で謝りつつ、机の上のゴブレットにいれた。

 

しかしこのまま放っておけば海馬の組織はどんどん腐っていく…もしかしたら過去を改ざんできる魔法も継げなくなるかもしれない。

サキの頭に、何度も過ぎったある考えが再び浮かんだ。

なんどもどころじゃない。ずっと考えていた。

 

この脳髄を食べれば、過去をやり直せる。

セブルス・スネイプを救える。

 

サキは唾を飲んだ。ごとりと喉がなり、不思議と唾液が湧いてくる。

自分の呼吸音だけが聞こえる。あと心臓の音と…血管を流れる血の音だけ。

 

リヴェン・マクリールの記憶は毒だった。

 

サキはゴブレットを手に取り、その中に浮かぶ掌くらいのリヴェンのすべてを見つめる。

今取り出されたばかりのように艶めく脳髄。毛細血管はまるでさっきまで血が通っていたようだ。てらてらと光る不気味な灰色の脳細胞。死に至る病をたっぷり内包したその不気味な肉塊を、サキはー

 

 

食べる

食べない

 




脳髄を食べる/食べないで違った結末になります。

次話を押すと食べなかった終わりへ行きます。

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