【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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本編は 97話で脳髄を食べた未来にあたります。
食べないを選んだ方はこちらへ。
供犠の子ども編は残酷な描写と原作キャラの死亡描写が過分に増えます。


供犠の子ども
01.We Are What We Are


母親の食感はどんなものか。

 

母の美しい頭蓋を割り、脳髄にメスを入れ内側から引きずり出した海馬の味を想像したことは?

サキは発狂しそうなほど拒否感を示す喉をむりやりねじ伏せ、口の中からそれを押し戻そうとする胃液を押しとどめた。

 

ああ。なんて、なんておぞましい食感。

舌の上に乗るデロデロとしたババロアのような肉が、不思議としょっぱい味とやけに生暖かい感覚を味蕾に届けて脳みそがそれを受取拒否して涙を流させる。顔中の穴という穴から汁が出そう。

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い…!

けれどももう口に入れた以上飲み込まなきゃいけない。サキはゆっくりと上顎と下顎、奥歯でそれを潰した。

ぶちゅ、と中身が口いっぱいに広がり今度こそ胃液の逆流を防げないなと思った。

うっとえずくと喉に空洞ができて、そこへするりと脳髄の破片が喉の奥へ流れていった。

喉を通る生暖かい海馬の感触に脳が痺れたとき、まるで栓が抜けた浴槽の中の水みたいに脳髄はサキの胃へ落ちていった。

 

食べた…

 

私はついに、脳髄を食べたのだ。

失われたはずのそれはリヴェンの描く計画通りに、望み通りに私の胃へ落ちていった。

知覚した途端、初めて姿くらましをした時のように脳みそがしっちゃかめっちゃかな五感の異常を訴える。景色が溶けたと思いきや、手足がどこまでも伸びていくような感覚に囚われ、再び訪れる強烈な吐き気と拒否感が脊髄から全身へ広がっていく。

 

それが全身に広がったあとにはさざ波のような快感が抜けていく。

 

体から何かが剥がれ落ちていくようだった。どんどん軽くなっていく。消えていく。

そしてー

 

 

「ああ!来てくれたのね」

 

陽光。

麦色の草原に新築の城が聳えている。周りの森はまだ若く、城の外苑には苗木がたくさん植えられていた。

目の前でおおらかに微笑むのはくるくるとしたカールの優しそうな老魔女で、旧くからの友を歓迎するように両腕を広げた。

彼女の招くままに城を進むと、三人の魔法使いが大広間の真ん中で顔を突き合わせていた。

"私"はゆっくり礼をしてから箱に入れられた帽子を四人へ差し出した。

「開校の祝の品でございます。あなた方がふさわしい生徒を迎え入れられますよう、魔法をかけ縫い上げました」

ボサボサ髪の男がそれを手に取りびっくり眺める。

「さすが千年に一度の大職人ダナエ!なかなかいい。私の普段使いにしたいくらいだね」

「あなたはそうやって彼女から何個物をせしめたか。私はきちんと覚えていてよ」

青い髪飾りをつけた女性がたしなめるように言った。

「きちんと選別できるか見ものだね。入学式が楽しみだ」

青白い顔の男は挑戦的に笑っていった。

「この帽子は必ずやご期待に沿う働きをするでしょう」

「さあさあ、まだ前前前夜くらいだけど、ともに祝おうじゃあないか!魔法族が千年栄えますように!」

老魔女はそう言って魔法でグラスを出現させ、天高く掲げた。

 

突然、そんななんでもない日々を思い出した。

思い出したとしか言いようがない、ダナエと呼ばれる魔女の記憶。

いろいろな光景が体験した出来事のように、まさに自分がその場にいたように脳裏によぎる。朧げで不確かな虚像と鮮烈な懐かしさがサキの心の中いっぱいに広がった。

息をつく間もなく、気づけば"私"は監獄にいた。

 

 

「面会?時間外だぜ」

「今何時?」

「はっ…」

 

看守は帷子の下で嘲り笑った。

ここは…そうだ、バスティーユだ。

 

看守を気絶させ、鉄門の錠をあけ、魔法で目的のものを見つける。

汚物の堆積した廊下をかけていくと誰も人のいない房を見つけた。囚人がいなくてよかった。ベッドと壁の隙間から汚い巻紙を見つけて懐にしまい、それをぼんやり格子の隙間からみていた薄汚い男の記憶を消して姿くらましする。

 

姿くらましした先はまた監獄。ここは正確に言えば監獄ではない。牢獄だ。

ある男が敵対者を閉じ込めておくためだけに作った場所…ヌルメンガード。

「それでオフィーリア?引きこもりがはるばる遠くまでご苦労なことだな。入居希望か?」

目の前の精悍な老人は快活に笑った。"私"も彼に合わせて笑う。私は彼の大胆不敵さが好きだった。

「バカねえ。今度娘があとを継ぐからわざわざ知らせに来たのよ。ここ、郵便が届かないんだもの」

「わざわざこんな地の果までそれを言いに?律儀なものだな」

「今生の別れだもの。友達の顔を見に行くのは不自然じゃないでしょうに」

「嘘をつくなよ。どうせ買い物がてらだろう?」

「正解。今のうちに孫にね、買っておくの」

「はっ、ははは!全く人は変わるものだな」

グリンデルバルドはそんな"私"を見てけたけた笑った。

 

濁流のように炎が体を包んだ建物は篝火より激しく燃え盛り、踊るように人々が悶絶する。

魔法使いは焼夷弾の火では焼けないし、地雷を踏んだって大丈夫。

「バカ、ペトラ!バカ!やめろよ!帰ろうよ!」

泣きべそかきながらジョンが言う。"私"はジョンを馬鹿にしながら火の中に突っ込んで遊んだ。

私は火の中で溺れた。あぶく玉呪文が口の周りを覆って、ぼこりと気泡を作り上げて水面へ浮かんでいく。弾けた。爆弾だ。近頃のインディアンは爆弾なんて持ってるのか?とガイドに尋ねるとベトナム戦争のゲリラたちから安く買ったのかもと言う。バカを言え。ここはアマゾンだぞ…もっと別のところから買うだろうに。早く帰りたい。熱くて、寒い。ここはどこだろう?

記憶は渦を描き、混じり合っていく。様々な彩りの記憶はやがて黒に成る。

 

 

 

夜ー。

灼けつくような日照りが突然消えて、あたりは沈黙の帳が降りていた。生暖かい風が頬をなぜ、髪をたなびかせる。久々に動いたせいか、酷く息が上がっている。いや、そのせいではない。

私の全身を嫌な予感が掛けていく。項がぞくぞくする。

 

「リヴェン。一体どうやってここに?」

「姿をくらますキャビネット棚をドラコが修理したのよ」

トムに監禁されていたにもかかわらずここに来れたのは全てドラコのおかげだった。あの壊れたキャビネット棚が私を今この瞬間へ繋いでくれた。

私は天文塔でダンブルドアと対峙していた。ダンブルドアは手負いだった。私は…いや、リヴェンは焦りを隠したまま微笑んだ。

「セブルスはどこ?」

心の中に渦巻くのは焦りと不安。

 

「リヴェン、彼を救いたかったのならもう一時間は早くつくべきじゃったな…」

 

「またあなたが殺したのね」

頭の中に憎しみが湧いた。制御できないほどの負の感情で頭がパンクしそうになる。

「おお、やはり繰り返しておるのじゃな?果たして君は何回繰り返した?それで、セブルスは何度死んだ」

リヴェンは無言で杖を振った。ダンブルドアの両肩に鋭い切り傷ができ、腱が切れたのかだらりと垂れ下がり、大量の血を吹き出した。

「なんであなたは私からセブルスを奪うの」

リヴェンは心の中で煮えたぎるような憎悪を抱えながら無表情で問う。ダンブルドアは冷や汗をかきながら失血し死に至る我が身を見ていた。

「リヴェン…リヴェン・マクリール。仕方がなかった。わしが生き残るためには彼を犠牲にするしか…」

 

 

たくさんの記憶が、サキの頭に一斉に流れ込んで来た。割れそうなほど頭が痛い。はちきれんばかりの思い出は記憶や触感、感情を伴いサキの小さな心に無理やり入り込んでくる。

「あ…う…」

サキは思わず嗚咽をあげた。

耳に聞こえる声を上げてようやく、自分の立っている場所がどこかわかった。

 

ここは…校長室の入り口だ。

 

「う…げっ」

 

サキはゲロをぶちまけた。床に未消化のかぼちゃスープとパンがベチャベチャと落ちる。饐えた臭いが喉から鼻腔へ登ってきてその匂いにまた吐き気を催す。

ゲロで濡れた唇を撫ぜるのは生暖かい風だ。今は冬のはず…

サキはひとしきり吐き終わったあとに頭痛で歪む景色を眺める。

そして思い出した。

 

今は1997年6月30日…

 

ダンブルドアがハリーとともに出かけ、サキが校長室に侵入したあの日。今日はダンブルドアの…命日だ。

 

サキは自分に何が起きたのか、ガンガンと痛む頭と吐き気できちんと把握できなかった。ただ一つはっきりしているのは、いま自分は「過去をやり直している」と言う事だ。

 

ここは自分が最も強く願った改竄したい過去だ。

「う……」

 

またひどい頭痛に見舞われる。いつ気絶してもおかしくないくらいに痛い。

その痛みがなおさら現実と幻想の境目を曖昧にしていく。

サキは頼りない足取りで天文塔へ向かった。

先程のたくさんの記憶のうち、一番最後に見たリヴェンの煮え滾る憎悪の余韻がまだ全身に残っている。

視界が赤い。手が、震える。これは武者震い?それとも…

 

セブルスはダンブルドアを殺害したからヴォルデモートに殺された。

ニワトコの杖の所有権が彼にあるとヴォルデモートが信じたせいで殺されるのだ。それ以外はすべて計画通りだった。

 

つまりセブルスにダンブルドアを殺させてはいけない。

 

結末までにどのような経路をたどるにしてもセブルスがダンブルドアを殺害すれば、ヴォルデモートはいつかセブルスを殺すはずだ。たとえ武装解除による譲渡を説得してもおそらく殺す手間と武装解除する手間は変わらない、と殺すだろう。

 

リヴェンはそれを何度も見た。

 

リヴェン・マクリールは絶対にセブルスを救えない…1000を超える繰り返しが、分析が導き出したリヴェンの絶望。それは記憶を受け継いだサキにも十分わかった。

魂の抜けたシリウスを見たときよりも血まみれのドラコを見たときよりも濃密で重たい何かが胸の中で暴れだす。体中から感覚が消えていくあの感覚。

 

記憶は感情を伴う。サキが今感じているのはリヴェンの憎悪と殺意だった。

 

階段の一番上まで来て、サキはまた吐いた。

感情か体調かわからないけど胸がムカムカする。

 

どうせほっといてもダンブルドアは呪いで死ぬ。それがきっかけでヴォルデモートは分霊箱について勘づくかもしれない。そうするとこのあと起こること全てが変わってしまう。

 

 

リヴェンはヴォルデモートに捕まった時点でほぼすべての事象に介入不可能になり、ダンブルドアの殺害にも関われなかった。彼に捕まらない未来でダンブルドアを殺害した場合はヴォルデモートからハリー・ポッターを守るために命を落とす。

最良の選択肢。それは私が経験したおそらく最も成功に近かったハリーの生き残る未来となるべく違わぬ筋書きをなぞりつつ、巧妙にセブルスが生き残る抜け穴を作ることだ。

すなわち、セブルスの死の原因である杖の所有権の誤解を起こさず、私はあいつに今度こそ本当に重宝され信頼されねばならない。私の人質としてセブルスが利用されることのないように。

だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

柱にもたれているうちに、バシッと音がして天文塔に二人の人影が表れた。

サキはハリーが自分が誰かわかる前に呪文をかけた。

無言でかけられた金縛り術にハリーはまるで気付かず、ロケットを手にした高揚冷めやらぬ表情のまま固まった。

ダンブルドアは突然固まったハリーを見て目を丸くし、そして暗闇からゆっくりでてくるサキを見て笑った。

 

「おや、サキ。こんばんは」

「ダンブルドア…」

 

この憎悪は、殺意は私のものではない。

セブルスを毎回惨殺するのは、あくまでリヴェンの記憶の中のダンブルドアだ。今の彼は既に呪いを体に受けて死にかけている。

合理的選択として彼の殺害を遂行すべきだ。

殺意は、私のものじゃない。

 

セブルスの喉を掻っ切るダンブルドア。セブルスに死の呪文をあてるダンブルドア。いともたやすく杖を取り上げ、塔の下へ落ちていくのを助けなかったダンブルドア。リヴェンを庇ったセブルスの腹部に致命傷を与えるダンブルドア。アズカバンに送り吸魂鬼のキスをさせるダンブルドア。

無茶な命令を与えセブルスを死地に追いやるダンブルドア。敵の勢力を見誤りかばわれるダンブルドア。罠にセブルスを送り込むダンブルドア。指輪の呪いを彼に受けさせるダンブルドア。

 

違う。違う。違う。これは私の記憶じゃない。今のダンブルドアはセブルスを、少なくとも今の今まで生かしてる。死にかけの体をサキのために捧げようとしている。

 

 

「ダンブルドア。貴方は、私が脳髄を食べたらきっと自分を死の運命から救い出すと思っていますか?」

 

サキの唐突な質問にダンブルドアは眉を顰めた。

 

「君が何を望むかじゃよ、サキ」

 

「そうですか。…そう、ですね」

 

サキは杖を降ろさなかった。

どうすればいいのかわからなかった。ただ脳裏に浮かんだのは、ダンブルドアが生存する未来でもセブルスはヴォルデモートに殺されるという記憶だけ。

ダンブルドアを救えば…セブルスはヴォルデモートに殺される。ヴォルデモートの味方につけば、ダンブルドアに殺される。

それがリヴェン・マクリールが抜け出せなかった運命。

脳が焦げ付く。強すぎる感情は己の身を焼き尽くす。たとえそれが愛でも、憎しみでも。

 

「…ダンブルドア先生」

 

サキはフラフラと歩み寄り、動じないダンブルドアの胸元へもたれた。ダンブルドアは拒絶しなかった。ふわふわの白い髭に顔が埋まり、老いた軽い体の心臓の音を聞いた。

 

「私は、母を食べました」

 

ダンブルドアにだけ聞こえる声で囁いた。

ダンブルドアの心臓はほんの少し早く脈打ち、またすぐにもとに戻った。

「…もし失敗したら、また会いましょう」

「そうか。サキ…幸運を祈るよ」

 

ダンブルドアはサキがこの結論に至るのをはじめから知っていたようだった。

まるでこの天文塔で死ぬと決めていたかのように、ダンブルドアの体はサキが軽く押しただけで境界を越えていく。

ダンブルドアの薄紫のローブがふわりと宙に漂い月の灯を透かした。サキは突き出した手越しに彼の最後の微笑を見た。その刹那の視線の交差の後、彼は塔の下へと墜ちた。

 

ぐしゃ、とスイカを叩き割ったような音が聞こえてきて、サキはハリーの金縛りを解いた。ハリーはダンブルドアが落ちた窓を見て、信じられないと言うようにサキを見た。

 

「どうして…サキ!君がこんなことをするなんて!」

 

すぐに攻撃に移らないのがハリーの甘さだ。

優しいハリー。いつも真っ直ぐなハリー。

ついさっきまで気遣わしげにサキの肩をなでたハリーは消えた。ここから先に起きることはすべてサキの記憶の中だけの事になってしまった。

 

 

私は、過去を改ざんした。

 

ハリーの頭のすぐ横に呪文が飛んできた。

ハリーはさっと身を翻し遮蔽物に隠れる。

 

「サキ…まさか…」

 

ドラコの声がした。

 

「まさか、君がダンブルドアを…」

 

 

 

「ああ。私が殺した」

 

 

 


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