【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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第20話『団体戦決着』

 機械のような人間に、人間のような機械。

 均衡していた試合が突如として崩れ出した。

 

「ゲームカウント3—2、柳・柳生リード」

 

 パワーも、スピードも、キャパシティも、更にハルナの能力を駆使すればスキルすら上回る。

 しかし、現実はゲームカウントの通り、柳たちが優勢となっている。

 戦術(タクティクス)。それが、両ペアの差となって現れたのだった。

 

「ぬうううう、いけ! バッケンロー!」

「そんな乱暴な攻めでは我々は切り崩せませんよ?」

「うそお、なんで? なんで、返されちゃうの?」

 

 確かに威力はすごい。しかし、単調であるという理由だけで、柳と柳生はプロの強烈なショットをリターンした。

 

「大丈夫です、ハルナさん! 私がフォローします。仮に返球できたとしても・・・・・」

「仮に返球できたとしても、強烈なショットの威力に押されて態勢が崩れています・・・・か?」

「ッ!?」

「これはダブルスだ。態勢の崩れたパートナーを狙うということは、我々にコースを教えているようなもの」

 

 茶々丸のフォローを読み切った柳がネットへ出て、虚を突いたドロップショットを決める。

 

「さすが、参謀! 空蝉!」

「ああ。重要なのは情報収集能力でも分析力でもねえ。集めた材料でどうやって相手を料理するかだ」

「相変わらず、あいつと試合するのだけは勘弁願いたいぜよ」

 

 カマイタチ、レーザービーム、ゴルフ打ち。

 三つの一撃必殺技を繰り出していこう、完全にゲームの流れを掴んだ柳たちは、徐々に派手な技を繰り出すこともなく、正攻法な攻め方で茶々丸とハルナを圧倒していた。

 勝てそうなのに、勝てない。

まるで、崩れない壁を相手にしているような感覚に、茶々丸どころか、いつもはお調子者のハルナもシュンとなっていた。

 

「どうして? パルと茶々丸の方がすごそうなのに! どうして? どうして勝てないの?」

「そうだよね。確かにカマイタチとかビームとかすごかったけど、そんなに頻繁に使ってないし、大体、万有引力とか大車輪山嵐の方が全然すごそうなのに」

「拙者らの試合を彷彿させるでござるな」

「うむ、あくまで正攻法のテニスで戦っているアル」

 

高レベルで無駄のないテニス。だが、逆にそれこそが相手にすれば一番崩しにくいものである。

飛びぬけた一撃必殺技を引っ提げる者は、意外とその技さえ攻略すればどうにかなる。

しかし柳たちのように、飛びぬけたものがなくとも全てのステータスに無駄がなく、苦手がない選手を相手にするのは、攻略法がなく、単純な実力で上回るしかない。

さらに、今回は丸井やジャッカルのように、得意技を返球するだけで相手に精神的ダメージを与えるということも通用しない。

どう見てもメンタルの強そうな二人組なのである。

 

「まるで、F1に乗るペーパードライバーと、F1ドライバーが運転する自家用車の競争だな」

 

エヴァはこの試合をそう例えた。

ゲーム展開を作り上げ、相手の思考すらも見事に読みとって、自分たちの想定したシナリオ通りに相手をハメる。

その差が顕著に出ているのである。

この差は一つ二つのアドバイスでどうにかできるものではない。

それこそ積み重ねた経験で対処していくものである。

 

 

「魔法テニス。言ってしまえば、こちら側のテニスはそう呼べるだろう。しかし、素人の魔法テニスプレーヤーと超一流のテニスプレーヤーの勝負となれば、テニスという点にウェイトが重くなっても仕方のないこと。実際、この団体戦でこちら側の勝者は刹那のみ。その刹那もまた、幼少の頃からテニスの経験もあったということもあり、勝利したにすぎん。やはり、いかに魔法テニスとはいえ、正攻法な魔法テニスでは太刀打ちできんな」

 

「あのさ、エヴァンジェリンさん。正直、難しい顔で意味不明な説明やめてくんない? まず、正攻法な魔法テニスって単語がおかくね?」

 

「いらん茶々を入れるな、長谷川千雨。今、こちらの取るべき手段について考えているのだ」

 

 

 エヴァは理解した。どうやら、テニス勝負では分が悪いということを。

 こちらはこちらで相手の想定どころか、相手の常識を外れた戦法を使わねば勝てない。

 そしてその常識も、あくまでルールを順守した状態で。

 ならば・・・・・・

 

「ん?」

「これは、マスターの声?」

 

 試合中に、茶々丸とハルナが当たりを見渡した。

 

『私だ。試合中に声を出してのアドバイスはダメなので、念話を使っている』

『マスター?』

『茶々丸。早乙女ハルナ。テニスでの戦略合戦では勝ち目がない。その考えは捨てろ』

『というと?』

『早乙女ハルナ、テニスではありえないプレーヤーを召喚しろ』

 

 相手のテニスの流れを断ち切るには、こちらがそれ以上のテニスを見せるか・・・もしくは、相手の予想もできるはずもないことをやるしかない。

 ならば・・・

 

「では、もう一球いくぞ。カマイタチ!」

 

 空を切り裂く柳の超スライスボール。

 触れれば刻まれる。ならば・・・・

 

「なら、それ以上の風で押し返すよん! 落書帝国! 西遊記・孫悟空召喚!」

「な、なに!?」

 

 それは、さすがに柳蓮二ですら予想できるはずもなかった。

 テニス史のオールスターたちを召喚していた早乙女ハルナが、なんと空想上のキャラクターを召喚したのである。

 全世界でも遥か昔から語られし、キャラクター。

 

「ラケットをもった孫悟空の必殺! 芭蕉扇!」

 

 そのスイングは一度振れば強烈な風を巻き起こす。

 その風の威力は、カマイタチなどかき消して、柳のボールをネットの向こうに押し戻した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ?」

 

 風が止み、一斉に静まり返るテニスコート。

 沈黙に対してハルナは「テヘペロ」を見せておどけていた。

 柳は開眼した状態で硬直し、柳生は体を震わせていた。

 

「・・・・さ・・・サーティー・・・・オール・・・・」

「「「「「「「いいのかよ!?」」」」」」」

 

 ボールがネットを越えなければポイントにならない。

 ボールがネットを越えて、相手のコート内にバウンドさせなければならない。

 しかし、ボールが一回ネットを越えてもバウンドせずに風で押し戻されたら、ネットを越えたことには・・・ならないのか?

こういうカウントは初めてだった審判が少し様子をうかがいながらコールをするが、とにかくコールされた以上、ポイントはハルナたちに入ったのだった。

 

「そうだ、それでよい」

「エヴァちゃああああん!?」

「ちょおおおお、おま、おま、おま、そ、それはあああ!」

「うえええええん、ネギ君がオコジョにされてまう! って、ネギくんが泡吹いとる!」

「ぶくぶくぶ・・・・・」

「ずりいいいい! それずりいいいい!」

 

 敵も味方も半狂乱。

 そして・・・

 

「柳くん・・・・」

「た、確かに、風で押し戻されたら・・・・それに孫悟空がテニスをしてはいけないというルールもないが・・・・」

 

 あの、柳蓮二が戸惑っている。いや、テンパっている。

 相手選手が対戦相手を空の彼方までぶっとばしたわけでも、背中に翼が生えたわけでもない。

 単純に風で押し戻す。それだけである。

 しかし、それだけが最大の問題であった。

 

「レーザービーム!」

「芭蕉扇!」

「な、ボールが・・・押し戻されて・・・」

 

 ボールがネットを越えない。自分たちの必殺ショットが完全に相殺されている。

 これでは戦術もクソもない。自分たちの打ったボールがネットを越えなければ、テニスとして成り立たない。

 

「バ、バカな・・・こんな・・・こんなテニス認められるかよ!」

「不二の百腕巨人(ヘカトンケイル)の門番とも違うぜよ」

「思いつきもしなかったぜ」

 

 これにはたまらず立海も、そして幸村ですら言葉に詰まった。

 それは、テニスすらさせてもらえないのであれば、破り方が見つからないからである。

 

「不二のカウンターは打球に超回転を加えることで相手のショットの威力を殺してネットを越えさせなかった。破るには、不二のかけた回転をさらに上回る回転をかける必要がある。しかし、これは、風で押し戻す・・・・破るには、風を越える威力のあるショットを打つ必要があるが・・・・・」

 

 そんなことができるのか?

 そう思った時、柳生が動いた。

 

「ならば、こうするまでです!」

 

 柳生が再び、ゴルフ打ちを見せる。

 

「ゴルフにとって、風を計算するのは当たり前のこと。風の流れ、範囲を読み切れば・・・・ここです!」

 

 正面から打たずに、ゴルフ打ちで高いフェードをかけたショット。

 風の壁をうまくかわして、ボールは上空からゆっくりと下降する。

 そして、計算尽くされたように狙った場所にピンポイントにボールが落ちるかと思ったら・・・・

 

「ええ、あなたの正確なショットは、きっとここに落ちると思っていましたよ!」

「ッ!?」

 

 そこには待っていましたとばかりに待ち構えていた茶々丸。

 

「茶々丸ミサイルです」

 

 ミサイルのごとき茶々丸のショットが炸裂。

 柳生と柳は一歩も動けずに、手に持っていたラケットのガットが二人まとめて貫通させられていた。

 

「反則だあああああ! いや、ルール以前の問題に、色々とずっりいい!」

「もう、立海の兄ちゃん達がかわいそすぎる!」

「いいのか? あれ、いいのか!?」

 

 呆然とする二人。これは、戦意喪失してもおかしくない。

さすがにここまでくると、どちらを応援ということもなく、むしろ「大丈夫か?」と「かわいそう」の二つの印象しかこの場にはなかった。

 

「へへ、さすがに私も心痛むけど、こうでもしないと勝てないからね」

「ええ、このまま一気に押し切りましょう、ハルナさん」

「お〜けい、んじゃあ、バシっとガンガンいくよ〜!」

 

 そう・・・だれもが、柳と柳生が可哀想だと思いかけていた。

 

「・・・・・・・・・・ふっ・・・・」

「なるほど・・・もう、それしかありませんね・・・・」

 

 しかし、逆だった。

 光が見えたのだった。

 

「むっ・・・あの二人・・・あの表情・・・心が折れていないな。ふっ、ただの一般人がこれほどの非現実を見せられて尚も戦う意思を捨てぬか。褒めてやろう。そして見せて見るがよい。その輝きの正体をな」

 

 大騒ぎになるギャラリーの中で、エヴァだけは冷静に二人からただならぬ空気を察知した。

 そして、少しだけ胸がワクワクしていた。

 これでもまだ心が折れないのか? まだ、ここから何かをする気か?

 ならば、見せてみろと、ほくそ笑んだ。

 

「ゆくぞ、柳生」

「ええ、見せてあげましょう。例え相手が神話の怪物でも、ダブルスには無限の可能性があるということを」

 

 何をやる気だ? すると、二人は変則的なフォーメーションを見せた。

 

「おりょ?」

「これは・・・・」

 

 いきなりフォーメーションを変えた二人に目を丸くする、ハルナと茶々丸。

 しかし、立海メンバーはハッとなった。

 それは、前衛の中央に柳を配置し、後衛に柳生を置くという形。

 

「あのフォーメーションは確か!?」

「青学の大石と菊丸がやっていた・・・・・・」

 

 茶々丸が構わずストロークを放つ。

 すると、前衛の柳が叫ぶ。

 

「柳生、トップスピンのダウンザラインだ」

 

 相手の打球を読み、相手の動きに合わせて的確な状況を判断して、後衛にサインを送りながら戦う。

 

「早乙女ハルナが若干前がかり気味であるため、トップボール気味の低い打球で風の壁をくぐらせろ」

 

 相手に一番近い場所から状況を判断し、サインを瞬時に送って、柳がゲームメイクをする。

 

「うお、なになになに?」

「柳さんの指示に従って、全ての展開を・・・・」

 

 そう、それは、中学テニス界でゴールデンコンビと呼ばれたダブルスのフォーメーション。

 

「しかし、あれは、守備範囲が広く反射神経の良い菊丸を後衛に置いていたからこそ出来たフォーメーションだ。身体能力のみで言えば、比呂士は菊丸よりは下だ」

「ああ、でも、相手の打球を予測し状況判断する能力で言えば、参謀の方が大石より上だろい。そもそも大石は打たれた後にボールのコースや状況をサインで伝えていた」

「参謀のデータテニス、そして相手に一番近い箇所で相手を見ているがゆえに、ほぼ予言に近い形で相手の動きを予測し、柳生に伝えることができるぜよ」

「さらに、一撃の威力は柳生の方が菊丸より上。言ってみれば、柳は柳生というレーザー砲の照準を合わせる狙撃手でもある」

 

 そのフォーメーションの名は『大石の領域(テリトリー)』と呼ばれていた。

 ダブルスは形式上、フォーメーションや各々の役割は流動的である。

 しかし、このフォーメーションは、完全なる役割分担。

 

「なるほどな。だが・・・それではダメだろう? プレッシャーをかける攻撃型のフォーメーションだが、早乙女ハルナの能力を破るには至らん」

 

 エヴァが少し期待はずれのように、つまらなそうな表情を浮かべた。

 何故なら、戦術を変えたのは、ゲームの流れを変える上では良かったのかもしれないが、ハルナの能力を破れるものではない。

 何故なら、ハルナが先ほど行った技は、戦術そのものをぶち壊す技だからだ。

 

「へへん、それなら、もっかいやっちゃうよ! 落書帝国・孫悟空召喚! 芭蕉扇!」

 

 孫悟空の召喚。

 しかし、柳の口が動く。

 

「孫悟空の召喚、100%! レーザービームを打て、柳生! 芭蕉扇は俺が何とかする」

「引き受けました!」

 

 読んでいた。

 しかし、関係ない。召喚を読んでいたからどうだというのだ?

 すると、柳は小さく笑った。

 

「早乙女ハルナ。お前のその力は、実に忠実に再現されているものだ。先ほどのプロテニスプレーヤーたちもそうだった」

「ん?」

「だが、忠実に再現されているのなら・・・・・それが孫悟空であるというのなら、こういうこともできるはずだ!」

 

 何をする気だ?

 すると、柳が誰もが予想もしなかったことをした。

 

 

「オンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラム」

 

 

 それは・・・・お経・・・?

 

「ッ!? な、あれは! あれは『禁箍呪』!?」

 

 エヴァは驚きのあまりに立ち上がった。

 西遊記の孫悟空には、弱点がある。

 それは、三蔵法師が『禁箍呪』という呪文を唱えると、緊箍児と呼ばれる孫悟空の頭に付けられている金色の輪っかが強く締まるという有名な話。

 

「あ、ああああ! 私の孫くんが!?」

「この柳蓮二が、西遊記に疎いとでも思っていたのか?」

 

 柳が経のようなものを唱えた瞬間、ハルナの作った孫悟空ゴーレムは苦しみだして消滅した。

 その瞬間、芭蕉扇は発動されずに、ハルナの足元をレーザービームが駆け抜けた。

 

「・・・う・・・そ・・・」

「こ、これすらも・・・破るというのですか?」

 

 柳と柳生に対して起こっていた同情の瞳が一転し、誰もが恐れを抱いた。

 なぜなら、これすらも破るのか? と、いう思いが強くなったからだ。

 

「や、やぶっちゃったよ!?」

「その手があったか!?」

「なんなの・・・あの二人・・・ハルナのある意味で卑怯な技も、普通に破っちゃったわよ」

「茶々丸さんのときといい、なんで? なんで次々とこんなことできるのよ」

「強い・・・そして、恐ろしい程の知恵・・・・」

「テニスプレーヤーがとうとうお経まで唱えやがったよ」

「さすが、参謀だぜ、何語かよく分かんなかったけど」

「ぷりっ、怖いねー、うちの参謀は」

 

 柳と柳生のテニスは、まるで、こう言っているようにも見えた。

 どれほどテニスでは考えられないプレーをやろうとしても、テニスコートでラケットとボールを使う以上、それはテニスでしかない。

 テニスであるのならば、破れないことは何もないと、プレーで証明しているように見えた。

 

「はあ、ひい、ひい・・・強い・・・どうしよ、茶々丸さん・・・私、もう魔力も・・・」

「まだです、ハルナさん。彼らのフォーメーションにも弱点はあります。それは、前衛が状況判断を素早く出来ても――――」

「それをパートナーにサインやコールで伝えようとしても若干のタイムロスが生じてしまうため、そこを狙えればまだ勝機がある・・・・か? ふっ、この柳蓮二が、この『大石の領域』ならぬ『柳の領域』の弱点を、放置しておくと思っていたか?」

 

 ハルナも茶々丸も戦慄した。

 無限に選択肢や卑怯な技があったように思えて、その手が全て消されていき、徐々に何をどうやっても見透かされて破られていってしまうような印象を受けたからだ。

 そしてついに、立海ダブルスの最骨頂が顔を出した。

 

「ッ!? あの二人・・・ちっ・・・やれやれ・・・ここまで来れば、もはや天晴とでも言ってやるか」

 

 エヴァは、もはや言葉もないと、笑ってしまった。

 コートの柳と柳生。

 二人の体から不思議な光のようなものが漏れ出し、やがて二人はコールやサインをしなくとも、お互いの意思疎通がされているように見えた。

 

 

「同調(シンクロ)まで出来るとは・・・・・・」

 

 

 エヴァの呟いた、同調(シンクロ)という単語に、茶々丸は検索機能を使ってすぐに意味を理解した。

 

「同調(シンクロ)。絶体絶命のピンチにのみまれに起こりうるダブルスの奇跡。窮地にこそパートナーを信頼しプレーを続けることにより、パートナーの動きや思考、息づかいまでもがシンクロし、次にどう動くのかが掛け声やアイコンタクトもなしにお互いにわかってしまうという。トッププロの大会では、同調(シンクロ)なしにダブルスでは世界は獲れぬとも言われる。・・・・これが・・・・」

 

 これならば、タイムロスもなく、柳の意志が柳生に伝わる。

 

「小僧どもめ。『柳の領域』? そんな、狭い範囲の技ではあるまい。まるで、世界の事象を全て読み取る予言の如きテニス。褒めてやろう、小僧ども。今、この闇の福音の名において、このフォーメーションを・・・『柳アカシックレコード』と名付けよう」 

 

 過去・現在・未来すべての情報が記された宇宙的データベース。

 柳蓮二を、そしてこのダブルスを、エヴァンジェリンはそう称えた。

 そんな奥の手までこんな状況まで隠しているとは思わなかった。

 

「昔、有名な妖狐が言ってたよ、茶々丸さん」

「ハルナさん?」

「奥の手は先に見せるなって・・・・はは・・・ほんと、すごいよ、この兄ちゃん達・・・そしてテニスって・・・」

 

 軽いノリだった。

 ぶっちゃけ、自分の能力を使えば勝てるとすら、淡い期待を持っていた。

 しかし、現実は違った。

 

「あれ・・・な、なんだろ・・・私・・・・震えてる・・・・」

 

 早乙女ハルナ。性格は陽気で悪ノリ好き。

 それでいて、度胸もあり、かつては世界の滅亡を左右させる生死ギリギリの戦争にも身を投じた。

 だからこそ、人よりも修羅場は潜ってるし、たいていのことには恐怖しないと思っていた。

 

「はは・・・そっか・・・私・・・・」

 

 だが、気づいた。かつて彼女が潜ってきた戦争の世界において、敵だった連中からして自分は雑魚に過ぎず、敵も自分たちに大して意識を向けていなかった。

 ゆえに、自分たちを油断せずに調べ上げて対策を打って、本気の気迫をぶつけてくることもなかった。

 

「初めてなんだ。ここまで徹底的に、そして真剣に戦いを挑まれるの・・・・」

 

 一方で、立海大付属は、例え王座に居ようとも向上する意思を忘れずに常に上へ挑戦し続ける選手たち。

 そもそもの気構えが違うのだ。

 それは、一度も本気で戦ったことのない早乙女ハルナにはないものであった。

 

「ねえ、夕映・・・」

「ええ、のどか。ハルナ・・・心が折れてるです・・・・」

 

 親友の二人にも見たことのないほど、やつれきった表情のハルナ。

 折れているのは、ハルナだけではない。

 

「・・・・ッ・・・この試合・・・・もう勝率が・・・・分析どころではない・・・・この私が・・・・解析されている・・・・」

 

 分析のできる茶々丸だからこそ、理解した。

 もはやこの勝負は、覆らないことを。

 

「情報を集めて分析して対策する・・・・・・それだけではダメだということですか・・・・・私も甘い、これではまだまだネギ先生のお役に立てませんね」

 

 そして、それはもはや周りで見ている者たちにも理解できるものとなっていた。

 

「同調(シンクロ)しているわりには、まだまだ動きが悪すぎるよ、二人共」

 

 しかし、それでもその表情が穏やかに微笑んでいる幸村。

 幸村はベンチから立ち上がり、コートに背を向けた。

 

「おい、幸村?」

「アップしてくるよ」

「アップ? 必要ねえだろ、これでもう俺たちの・・・」

 

 試合の勝敗はもはや明らかだった。

 そして、これで立海の勝利は確定になる。

 ならば、幸村がアップをする必要もないのでは?

 そんなジャッカルの言葉に幸村は首を横に振った。

 

「これは練習試合だよ。なら、五戦最後までやってもいいはずだ。それに・・・・・・」

 

 それに・・・そう続けて振り向いた先には、同じように試合に背を向けてアップに向かおうとしているエヴァと目が合った。

 

「これで終わりでは、どうやらあのお嬢ちゃんが許さないみたいだからね」

 

 エヴァンジェリン。その瞳は、これまで立海メンバーの誰もが見たこともない、異質な何かを孕んでいた。

 

「ああ、その通りだ・・・・・小僧」

 

 このままでは、終わらせない。終わらせるはずがない。むしろ、こちらから終わらせてやろう。

 これまでの勝敗すべてを無価値にするほどの勝利という結果で。

 その唯我独尊の魔女は、そう言っているような目をしていた。

 

「ゲームアンドマッチ・柳・柳生ペア・6—3!」

 

 最後までも超クール。簡単に握手を交わした柳と柳生に盛大な拍手が送られた。

 

「あ〜、もう、負けちった負けちった! は〜・・・・本気で真剣な人って・・・やっぱすごいね〜」

 

 頭をかきむしりながらも、完敗だとハニカむハルナ。

 

「・・・ええ・・・ですが・・・これもいいデータが取れたと思えれば・・・いえ、時間が経てばそのデータもまた更新されているのでしょうね・・・」

 

 悔しいという感情が芽生え、どこか複雑な心境の茶々丸。

 結果は圧倒されてしまった。

 

「とても有意義な時間でしたよ、お嬢さん」

「うき〜、最後の最後まで紳士だし」

 

 もう、ここまで来れば何もいう事もない。

 ハルナは「参りました」と頭を下げた。

 そして・・・

 

「柳さん・・・・」

「絡繰茶々丸・・・」

 

 ある意味では似たようなプレースタイルであった二人。

 しかし、機械のように冷静でいた人間柳蓮二と人間のように感情豊かなメカ絡繰茶々丸。

 皮肉にも、機械に徹した人間が勝利するという結果になってしまった。

 

「柳さん。自分のデータを信じられなくなった時点で私の負け・・・あなたはそう言いました」

「ああ」

「・・・教えてください・・・そういう時・・・あなたは、どうやって乗り越えますか? それとも、素直に敗北を受け入れるのですか?」

 

 茶々丸は知りたかった。自分はどうすればよかったのかと。

そして、これはテニスのみではなく、今後の茶々丸の人生をも左右させるもの。

 

「私には、夢があります。ある人の秘書として・・・傍にいて・・・支え・・・しかし、私にできることは限られています。これができなくなった私は・・・何を信じれば・・・」

 

 その問いかけに、柳は真剣な顔つきのまま、ほんの小さな笑みを浮かべて当たり前のように答えた。

 

「別にデータが信じられなくなったのなら、他のものを信じれば良いだけだ。それでも信じられないのであれば、たまには何もかもを捨てて思いっきり動いてみてはどうだ?」

「ッ!?」

「俺はデータテニスを得意としても、それを心の拠り所にしているわけではない。データが信じられなくとも、今日まで歩んで積み重ねてきた己自身を・・・ダブルスであるならばパートナーを・・・時には、無心となりてガムシャラにボールを追いかけて活路を見出す。例え信じるものがなくとも、勝機を見出そうとせぬ者に、過去を凌駕できん」

 

 それは、あまりにも単純なこと。

 

「結局は・・・・乗り越えるしかないということですね・・・・」

 

 茶々丸も気づけば笑ってしまっていた。

 

「最後の最後に最高のデータが手に入りました、柳さん」

「ふっ、お互い様というわけだな」

 

 ようやくガッチリと握手を交わした二人。

 茶々丸が、また一歩人間に近づいた瞬間でもあった。

 

 

 そして、この時点で団体戦そのものの勝敗は、立海の勝利となったのだった。

 


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