提督(笑)、頑張ります。 外伝   作:ピロシキィ

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後藤陸将さんからの応援ss第4弾。

心よりお礼申し上げます。


History was changed at the moment 《叙》

「司波さん。この頃の帝国海軍は、特攻に――もはや勝利ではなく如何に散るかということに執着していたのですが、何故長野はそんな作戦の一端を担おうとしたのでしょうか?」

「長野が天一号作戦の準備中にとった政界や陸軍和平派への工作から考えるに、たとえ特攻であろうとこの作戦が成功すれば、この戦争を終わらせることができると考えていたのではないでしょうか。天一号作戦が立案された昭和二〇年の五月には既に同盟国であったドイツが無条件降伏していましたし、日本も同じように無条件降伏を強いられる可能性があると考えた。しかし、当時の状況から考えるに、無条件降伏など未だ戦意が衰えない民衆や責任を負うことを恐れる政治家や軍首脳部が呑むはずがありませんから、仮に無条件降伏を日本が呑まざるをえなくなったとすれば、それまでに数十万人単位の犠牲と継戦不能になるほどの傷を国土に受けた後になる。数十万人の犠牲と国土への深い傷と引き換えの無条件降伏か、ここで自分たちの特攻をきっかけに条件付講和に持ち込むか。どちらが日本のためになるか、長野は天秤にかけたのでしょう」

「そして、長野は特攻を選んだと」

「ええ。長野は、このままではアメリカに打撃を与えようと無条件降伏にいたる流れは変えられないとみたのでしょうね。しかし、聯合艦隊の残存兵力のほぼ全てを投入するこの作戦で大戦果をあげることができれば、連合国は今後日本の抵抗がさらに厳しくなり、犠牲も増えると予想せざるをえなくなるはずです。もはや勝利が決まりつつある連合国としては、如何に少ない犠牲で日本を降伏させるかを考えていましたから、日本本土上陸作戦の際に生じるであろう損害が分かれば条件付であろうと講和に応じる可能性はあると長野は判断したのでしょう。仮に聯合艦隊が壊滅し、自身も命を失うこととなったとしても、それで連合国にこれ以上の継戦は犠牲に見合わないと考えさせ、条件付であろうと講和を受け入れた方がよいと考えさせることができますから」

「しかし、長野の目論見は天一号作戦の成功と敵艦隊撃滅が前提となりますね。そのあたりについて、長野は一体どのような考えをしていたのでしょうか?」

「南太平洋における激戦で重ねた戦果から分かるように、彼は優れた戦術眼を持つ人物です。ただ、特攻作戦への参加を打診されたその時点では流石に勝算などは考えていなかったと思います。ただ、何の考えもなく聯合艦隊に残された艦艇に特攻をさせるよりも、僅かにでもこの国の未来に繋がる勝利が期待できる作戦に投入する方がいいというぐらいでしょうか。おそらく、作戦の指揮権をもぎ取った後にこの作戦に参加するだけの兵力があれば、どのように戦い、如何に勝利を勝ち取ることができるか思案したのでしょう。そして、常道ではまず勝ちはないと判断し、一か八かの賭けにも近く、損害も計り知れないであろう作戦に辿りついたというわけです」

 

 

「聯合艦隊は真珠湾攻撃後の度重なる激戦の末に磨り潰され、残る艦艇は僅か。対して、アメリカを中心とした連合国は激戦で消耗した戦力を補充するだけではなく、拡充すら進めていました。もはや、両者の戦力差は絶望的なまでに広がっており、沖縄に来寇した連合国を撃退するだけの力は聯合艦隊には残されていませんでした」

「そんな中で立案された特攻作戦。この作戦に、現在戦火に晒されている沖縄県民を救うだけではなく、連合国との講和の可能性をも見出した長野は、生還の見込みが限りなく低いこの戦いに、己の全てを賭けて臨みます」

「そして皆さん、いよいよ、今日のその時がやってまいります」

 

 

 

 

 

 昭和二〇年 八月一五日 早朝

 

 長野率いる別動隊は、呉を出港後連合国潜水艦の目を盗みながらフィリピン海にまで南下していました。

 戦艦二隻を中心とする艦隊の目の前には、渦巻く巨大な雲。後に、室戸台風、伊勢湾台風と並んで昭和の三大台風のひとつに数えられる巨大台風、枕崎台風がそこにありました。

 嵐の中に紛れて沖縄を目指すということは乗組員たちも出港後に聞かされていましたが、目の前の台風は彼らが考えていた時化などとは比べ物にならない、まさに天変地異としか言いようの無いほどの災害でした。

 

 

 

 当時のことを、戦艦金剛の艦橋にいた木田孝雄さんは克明に覚えていました。

 

「あれほど荒れ狂う波の中で、無事ですむ保障はないですよ。普通に考えれば」

「何せ、遠目で見ただけでも空が暗くて、波が生き物のように激しくうねっているのが分かるんです。あれほどの暴風雨の中では、まず視界すら確保できない。まともな艦隊運動ができるはずがないし、そもそも航行すら危ういんです」

「けれど、そんなことは分かっているはずなのに、長野司令は全く躊躇することなく命令したんですよ。『あれに、突っ込む』ってね」

「あの時、金剛の艦橋ではもっと海面が穏やかな時に作戦を実施すべきではないかって意見が口々に出ていましたね。私も、口には出しませんでしたが、彼らの意見に賛成していました」

「けれども長野司令は意見を曲げず、逆に私達にこう仰ったんです。『嵐の一つや二つ乗り越えられずに、どうして沖縄沖に遊弋する我が方の二倍以上の数の敵艦隊を撃滅できるか。君達にとって都合のいいほどほどの台風をボーっと待つまでの間に、沖縄県民が――陛下の赤子が一体どれだけ犠牲になるのか考えろ』と。司令の一言で、私達は返す言葉を失いましたよ」

「これが、長野司令以外の普段ふんぞり返っている司令部のお偉方の命令なら、こんな現場への無茶振りに反感の一つや二つおぼえたかもしれませんが、その命令を下したのが長野司令でしたからね。あの方は、いつも不可能を可能にしてきた方ですから、『この人がやれると思っているなら、絶対にやれるぞ、勝てるぞ』っていう安心感も正直なところありました」

 

 

 

 長野率いる別動隊は、最大瞬間風速四五.三mを記録する大型台風に突っ込みました。

 荒れ狂う暴風雨にのた打ち回るように激しくうねる海面に、長野艦隊はまるで木の葉のように振り回されます。

 立っていることすらままならない大きな揺れに襲われる中、別動隊の各艦は必死に操船を行い、先頭を進み発光信号を送り続ける金剛を必死に追いかけます。

 

 

 

 八月一八日 午前一時一二分 

 

 長野たちが台風の中を決死の覚悟で突き進んでいたころ、呉を戦艦大和擁する第二艦隊が出撃しました。

 第二艦隊は灯火管制を徹底したまま豊後水道を抜け、擬装針路を取りながら南に向かいます。

 

 

 

 午前一○時三四分

 

 坊の岬沖で第二艦隊はアメリカ海軍の偵察機によって発見されます。

 位置が露見したからには、もはや擬装針路を取る必要はない。そう判断した第二艦隊司令長官、伊藤整一中将は沖縄への最短ルートへ針路変更を命じます。

 そして、同時に艦隊に大和と瑞鶴を中心とする輪形陣をとらせ、瑞鶴から四五機もの戦闘機を発艦させて対空戦闘に備えました。

 

 

 

 午前一一時五七分

 

 アメリカ海軍第三艦隊司令官ウィリアム・ハルゼー大将は、戦艦大和を主力とする日本艦隊が出撃したという知らせを受けて、即座に機動艦隊を率いるマーク・ミッチャー中将に大和撃沈の命令を与えました。それを受けて連合国が抱える一二隻の空母から、第一次攻撃隊が発艦します。その数、およそ二〇〇。

 

 

 

 午後二時一〇分

 

 アメリカ軍の第一次攻撃隊およそ二〇〇機が、坊の岬沖に到着。第二艦隊に向けて急降下爆撃を試みます。しかし、最初に彼らを迎え撃ったのはこれまでにみたことのない日本軍の新型戦闘機でした。

 この戦いが、零式艦上戦闘機の後継機として、三菱航空機がその技術の粋を集めて製作した新鋭戦闘機『烈風』の初陣でした。

 この烈風を与えられたのは、当時日本で最も錬度の高い部隊であった瑞鶴航空隊のパイロットたちです。

 さらに、烈風による迎撃網を潜り抜けたアメリカの攻撃隊を、襲う戦闘機の姿がありました。築城の陸軍航空基地から出撃した六〇機もの四式戦闘機『疾風』です。

 この時、六〇機もの疾風を率いていた戦闘機部隊の指揮官は、築城基地に向けてこんな電文を送っています。

「ゲスト、帝国ホテルニ予定通リ」

 帝国ホテルとは、戦艦大和の居住環境を揶揄した渾名です。

 実はこの時、陸軍戦闘機部隊は、長野が事前に予測して阿南に伝えた米機動部隊の襲撃部隊の攻撃のタイミングに合わせて第二艦隊の援護に駆けつけていました。

 海上の移動に不慣れな陸軍のパイロットが、海軍機よりも限られた航続距離で如何に米海軍航空部隊と戦うか。長野は、最初から陸軍部隊を最大限に活用するための策も考えていたのです。

 そして、烈風と疾風は長野の目論見通りに対艦攻撃を担う艦上爆撃機SB2CヘルダイバーやTBFアヴェンジャーの護衛についていた当時のアメリカ軍の主力戦闘機F6Fヘルキャットを次々と撃墜し、ヘルダイバーによる急降下爆撃を妨害。雷撃を狙うアヴェンジャーを上空から強襲して次々と落伍させます。

 結果、第一次攻撃隊は、大和に五〇〇ポンド爆弾一発直撃、二発至近弾の被害を与えますが、対空兵装に若干の被害が出ただけで大和の損害は軽微でした。それどころか、第一次攻撃隊はこの攻撃でその半数以上が撃墜もしくは再出撃不能となる大損害を受けることとなりました。

 

 

 

 午後三時四分

 

 第一次攻撃隊の猛攻をどうにか凌いだ第二艦隊に、アメリカ軍の第二次攻撃隊およそ一〇〇機が迫ります。

 第一次攻撃隊を撃退した直後で疲弊した戦闘機部隊は、苦戦を強いられます。さらに、陸軍航空隊の疾風も燃料、弾薬の残量が限界に近く、半分以上の機体が継戦できる状態にはありませんでした。

 戦闘機部隊はどうにか敵攻撃機を阻止しようとしますが、護衛のF6FやF4Uに阻まれて中々手が出せません。

 艦隊の防空任務を担う秋月型駆逐艦二隻の奮闘もあってどうにか爆撃と雷撃を凌ぎますが、完全には避けられず、大和には右舷に一発魚雷が命中、矢矧も二五〇ポンド爆弾の直撃を受けます。対空戦闘で活躍した冬月、涼月も機銃掃射を受けて被害を被っていました。

 

 

 

 午後四時一七分

 

 第一次、第二次攻撃隊から攻撃の成果が芳しくないという報告を受けたハルゼーは第三次攻撃隊の準備を急がせようとします。しかし、そんな彼に機動部隊の指揮官、マーク・ミッチャー中将は翻意を促します。

 彼とて戦果が上がらない以上は追撃をかけるべきだと考えてはいるものの、現状での第三次攻撃の実施には二つのリスクがあると考えていたからです。

 まず、一つ目のリスクは攻撃隊の帰路です。これから第三次攻撃隊を編成して大和に差し向けたとすれば、その攻撃の成否に関わらず攻撃隊の帰艦は日が沈んだ後となります。夜間着艦は通常の着艦より難易度が高く、事故が多数発生する危険がありました。さらに、仮に着艦で事故が発生した場合、後続機の収容にも影響が出かねず、機体を損傷したパイロットに少なくない犠牲が出る可能性もありました。

 そして、二つ目のリスクが天候の変化です。この時ハルゼーらは、第三艦隊に接近しつつある台風の報告を受けていました。天候が悪化すれば、航空機の運用にも大きな影響がでます。発艦、着艦の際の事故発生の可能性は勿論のこと、飛んでいるだけでも影響を受ける可能性があります。

 

 しかし、猛牛(ブル)とまで渾名される猛将、ハルゼーは第三次攻撃の中止には難色を示し、敵は叩ける時に叩くべきだと主張しました。

 これに対し、ミッチャーは必死に訴えかけます。

 

「勇敢なる空の戦士として、銃火飛び交う戦いの中で死なせるのならまだしも、着艦の失敗でパイロットを幾人も死なすのは忍びない。明日攻撃を再開したとしても、大和が沖縄に到達するまでには十分間に合いますし、航続距離の関係から日本本土から戦闘機が護衛にくる可能性は低くなり、大和の撃沈はより容易になるはずです。今、無理に追撃するよりも、明日の朝に向けて万全の準備を整える方が、我が軍の被害を抑えられ、戦果もあげやすくなるのではないでしょうか」

 

 これまで、第三次攻撃の中止に納得がいっていなかったハルゼーも、ミッチャーから投げかけられた言葉に悩みます。

 ハルゼーは、アメリカ海軍でも指折りの航空部隊の指揮官です。部下となるパイロットの考えを理解できなければ航空隊を指揮することはできないと考え、四〇歳を過ぎてからパイロットの資格を取ったほどに彼は航空隊とパイロットを尊重していました。

 そんな彼にとって、パイロットの命と誇りを考えての攻撃中止というのは、理解できない話ではなかったのです。

 そして、悩んだ末にハルゼーは第三次攻撃の中止を決定。明日の日の出と共に再出撃ができる準備を整えることを選びます。

 同時に、接近しつつある台風に備え久高島のにし東沖に展開していた艦隊を、西へと移動させるように命じました。

 朝が来れば、大和は日本本土からの航空支援が受けられないまま航空攻撃を迎え撃たなければなりません。千機近い攻撃機の波状攻撃を受ければ、対空砲火だけで撃退することはまず不可能です。

 アメリカ艦隊の指揮官たちは、勝利を確信していました。

 しかし、この時既にアメリカ艦隊は、長野の罠にはまっていたのです。

 

 

 

 八月一九日 午前二時二三分

 

 記録的な台風の中を突き進んだ長野率いる別働隊は、ついにアメリカ艦隊を発見しました。

 しかも、アメリカ艦隊では大波と強風に煽られたことによる衝突事故が相次いでおり、さらに船体の強度不足から空母や巡洋艦までもが波浪による損傷を負っていました。

 別動隊もこの風雨の中の航海で駆逐艦時雨とはぐれていましたが、アメリカ艦隊は激しい暴風雨による視界不良に加えて、衝突事故や波浪による損壊等の艦隊の混乱の真っ只中。まさに、別動隊にとって千載一遇の好機でした。

 

 

 

 午前二時五五分

 

 別動隊はアメリカ艦隊の混乱に乗じて至近距離まで近づいていました。

 そして、長野は命令を下します。

 

「我ガ艦隊ハ一億特攻ノ先駆ケナレド、コノ一戦ニテ決着ヲツケントス。勝利セヨ」

 

 命令と同時に、長野艦隊の各艦の主砲が火を吹きます。

 最初に標的となったのは、艦首を損傷して漂流しつつあったエセックス級空母フランクリンでした。

 フランクリンを襲った無数の砲弾は装甲を容易く貫通し、内部に格納されていた航空用燃料タンクを破壊します。さらに、砲弾の炸裂によってタンクから漏れでた燃料や攻撃機用の魚雷、爆弾に引火、誘爆し大爆発がおこります。フランクリンは就役から僅か一年半でその艦生を終え、深い海の底へと沈みました。

 フランクリンに続き、姉妹艦イントレピッドも同様の運命を辿り、炎上、轟沈します。

 さらに、別動隊は二隻の撃沈を確認すると、即座に次の目標へと砲撃を開始します。金剛、榛名の砲弾は巡洋艦アラスカに命中。瞬く間にこれを撃沈させます。さらに、駆逐艦隊と大淀の水平射撃で駆逐艦二隻が沈みました。

 立て続けに二隻の空母と駆逐艦、巡洋艦を失ったアメリカ艦隊は、ここでようやく事態を把握します。

 しかし、視界が悪く、操艦すら難しい暴風雨の中で即座に敵艦隊に対し組織立った艦隊行動を取ることはできませんでした。それどころか、敵の位置も味方の位置も分からないままの回避行動は、アメリカの軍艦同士の衝突すら多発させました。

 

 

 

 戦艦ミズーリの乗組員だったフィリップ・ワードさん。当時、二五歳。

 この時、ミズーリの艦橋から見える光景に、眼を疑いました。

「日本艦隊の攻撃を受けたという連絡を受けた時、最初は誤報だろうと鼻で笑いました。この波で転覆したり、波の直撃を受けて破損したのを、その衝撃から日本艦隊の攻撃だと錯覚した。こんな嵐の中で敵艦隊が現れるはずなんてないのに、人騒がせなやつらだと」

「その夜、空は分厚い雨雲の覆われていました。加えて視界を遮らんばかりの雨の壁で、ほとんど何も見えません。各艦の艦橋から漏れる光で、辛うじてその方向には他のフネがあるということが分かるぐらいでした。波がミズーリを絶え間なく叩くものですから、私はまるでメトロノームのように大きく揺られていましたよ。私はまだマシなほうでしたが、クルーの中には気持ち悪くて戦う前から医務室や居室で横になっているものも多かったです」

「何も見えない闇の中で、ポツ、ポツとぼんやりした灯が一瞬点滅しました。その一瞬後で、大きな光がどこかで灯って、そのまま灯り続けるんです。艦隊の各艦からの被害報告を受けて、ようやく最初の点滅した光が日本艦隊の砲火で、灯り続ける光が燃え盛る味方艦だということが理解できました」

「信じられませんでしたよ。こんな嵐の中で、普通戦闘行動なんて取れるはずがないんです。それなのに、日本艦隊は次々と砲弾を放ち、こちらの艦隊を次々と沈めていくんです。どうやってこちらの姿を探し出したのか、どうやって同士討ちをすることなくこちらに次々と砲弾を当てているのか。まるで、悪魔の技でも見ているようでした」

「一方的に日本艦隊に打ちのめされている状況に堪忍袋の尾が切れたんでしょうね。そうこうしているうちにハルゼー大将が怒鳴り散らしたんですよ『貴様等、何をボーっとしてるかぁ!!目の前にジャップがいるんだ!!何故撃たん!!』といってね」

「司令部付きの参謀の方々が、同士討ちに危険があるとか、敵の戦力が分からないだとか、艦隊行動はできないとか、とにかくハルゼー大将を諫めようとするんですが、それが火に油で『ただボーっと棒立ちさせてジャップにスコアを献上させる腰抜けはこの嵐の中に蹴りだすぞ!!』って吼えるんですよ。まぁ、ハルゼー大将の命令には逆らえませんから、私達も反撃を開始したんですけど、敵に当たることよりも味方に当たらないことを祈っていたような気がします」

 

 

 

 午前五時四〇分

 

 長野率いる別動隊の奇襲攻撃からおよそ二時間。台風は既に暴風域を通過し、波は依然として高いままですが、視界を遮る激しい暴風雨はおさまりつつありました。

 その二時間ほどの間は、アメリカ艦隊にとって正に悪夢とも言うべき時間でした。

 波は高く、駆逐艦のような小型船舶では舵を切っただけで転覆する可能性があり、大型艦でも舵の切り加減を少しでも誤れば味方艦と接触する危険がありました。また、夜の闇と横殴りの暴風雨が視界を遮り、敵味方の判別が困難な状況下では下手に反撃を命じれば、同士討ちも発生しかねません。

 混乱の極みにあった司令部では、敵どころか味方の位置状況を確認することすらできず、組織的な艦隊行動を命じることすらできませんでした。ハルゼーの命令を受けて各艦は各個に敵に反撃を試みますが、敵味方の判別のできない状況下では砲撃も及び腰にならざるをえず、大した成果を挙げられないどころか同士討ちも多発するという有様でした。

 そして、東の空が白み始めたことで、この時ようやくアメリカ艦隊は被害と敵の全容を把握することができました。

 第三艦隊司令官のハルゼーは、纏められた被害報告を見て愕然とします。

 八隻いたはずの正規空母はエセックスを残して全てが海面にその姿をとどめていませんでした。さらに、軽空母四隻中二隻は転覆して赤い艦底を水面に晒しており、辛うじて無事だった艦の一隻、カボットは艦橋よりも高い火柱と共に激しい黒煙を噴き上げ、もう一隻のラングレーⅡも艦首を喪失していたためほとんど動ける状態にありませんでした。

 最新鋭のアイオワ級戦艦ニュージャージーは、金剛と榛名によって水平射撃を繰り返し浴びせられ、大火災を起していました。さらに、サウスダコタ級戦艦マサチューセツは艦尾を持ち上げた状態で艦首から沈みつつあり、インディアナも大きく傾斜していました。

 巡洋艦以下の被害も深刻でした。大型巡洋艦のアラスカとグアムは金剛から浴びせられた至近距離からの砲撃によって轟沈しており、高波による転覆、視界不良下の同士討ちや衝突事故、日本艦からの砲撃によってこの時点で戦闘続行可能な艦は、軽巡洋艦六隻、駆逐艦一五隻といった状況でした。

 僅か二時間足らずの間に受けた被害の全貌を知ったハルゼーは驚愕しました。そして、この時初めてアメリカ艦隊はこれほどの被害を与えた敵艦隊の正体を捉えることに成功しました。

 それは、戦艦二隻と、それに追随する巡洋艦以下の艦船五隻の僅か七隻からなる艦隊でした。既に暴風雨のピークは過ぎたとはいえ、未だに大荒れの海を最大戦速で動き回る艦隊を見て、ハルゼーはこの艦隊の指揮官が誰であるかを理解し、こう叫んだと言います。

 

「天候すら操るか、ナガノ!!」

 

 かつてハルゼーは長野によって作戦を看破されたことで空母二隻を失い、さらにレイテ沖海戦でも長野によって苦杯を喫することとなった経験がありました。ハルゼーにとって、長野は正に因縁の相手とも言えました。

 ハルゼーは言います。

 

「今日、ここでナガノを討て。この戦争に勝てたとて、ナガノに勝てねば我が海軍は永遠の負け犬だ。艦首をぶつけてでもヤツを沈めろ」

 

 

 

 午前七時二七分

 

 ハルゼーの指揮のもと態勢を立て直したアメリカ艦隊に対し、日本側の水雷戦隊が真一文字に並びながら突進します。接近を阻もうとアメリカ艦隊は迎撃を試みますが、波が高く思うように砲弾を当てることができません。

 そして、弾幕を潜り抜けて距離を一八〇〇mまで詰めた四隻の駆逐艦は一斉に右回頭。直後に、魚雷を発射して離脱します。

 駆逐艦の動きから、魚雷が発射されたことを察知したアメリカ艦隊は魚雷の正面を向く形に舵を切ります。しかし、それはその判断は遅きに失していました。回頭中の軽巡洋艦サンファンの艦中央部に魚雷が命中。サンファンは一瞬で大爆発を起し、海中へと沈んでいきます。

 さらに、魚雷が命中した軽巡洋艦スプリングフィールドと駆逐艦三隻がサンファンのあとを追うようにして転覆し、沈没。戦艦ミズーリにも一発が命中し、艦後部に大きな破孔を穿ちます。

 しかし、日本側も無傷というわけにはいきませんでした。魚雷を発射して回頭を始めた直後の浦風の艦尾を砲弾が襲います。砲弾は艦尾で炸裂し、缶室に大きな損傷を与えました。缶室が損傷したために速力を上げられず、艦隊に追随できなくなった浦風は、復讐に燃えるアメリカ艦隊の集中砲火を浴びて大火災を起し、そのまま水面下へと沈んでいきます。

 

 

 

 午前九時四一分

 

 多大なる損害を受けつつも、ハルゼーの指示のもとアメリカ艦隊は態勢を立て直しつつありました。しかし、アメリカ艦隊の敵は、目前の長野率いる別動隊だけではありません。この時、大和を筆頭とする第二艦隊もまた、沖縄へと近づきつつあるという情報が周辺を哨戒していた航空機からアメリカ艦隊へともたらされます。

 その情報を受け、ハルゼーは第二艦隊の沖縄到達までに長野率いる艦隊を撃滅することはできないと判断しました。そして、第二艦隊を迎え撃つために艦隊を二つに分けます。

 

 

 

 午前一〇時一二分

 

 第二艦隊迎撃の命令を受け、戦艦ウィスコンシン、正規空母エセックス、軽巡洋艦サンディエゴと駆逐艦六隻からなる部隊がアメリカ艦隊から離れ、一路北を目指します。

 

 

 

 午前一一時八分

 

 アメリカの水雷戦隊が、三隻の戦艦との砲戦の最中にある金剛と榛名を狙い、魚雷の発射を試みます。しかし、それを察知した日本の水雷戦隊がこれを阻止するために吶喊。両者は至近距離で激しい砲戦にもつれ込みます。

 日米両軍の水雷戦隊が入り乱れる中、集中砲火を浴びた長波が大破炎上し落伍、さらに、三隻のアメリカ軽巡洋艦と砲戦を行っていた大淀は、体当たりによって一隻の軽巡洋艦を沈めますが、引き換えに弾薬庫に砲弾の直撃を受けて大爆発をおこし、壮絶な最後を遂げます。

 

 

 

 午前一一時二一分

 

 日米の戦艦部隊が反航戦をしている最中、榛名の船体後部喫水線近くに二発の砲弾が直撃します。これにより、艦後部舵取機室が浸水し、榛名は操舵不能となりました。榛名は前を行く金剛に追いつくこともできず、アメリカ戦艦部隊の面前で漂流します。

 操舵不能となった榛名を、ハルゼーは見逃しませんでした。即座に優先砲撃目標を榛名に切り替えさえ、三隻の戦艦の砲撃を全て榛名に集中させます。

 しかし、多数の一六インチ砲を浴びながらも榛名は屈しませんでした。左舷に多数の砲弾の直撃を受け、浸水により傾斜しつつある中で、榛名は将旗が掲げられたミズーリを狙い続けます。

 

 

 

 そして、午前一一時三二分

 

 右舷に砲撃を浴び続けた榛名は、注排水装置を全力で稼動させ、どうにか傾斜をなおそうとしていましたが、もはや榛名の傾斜は復元不能なほどに拡大していました。

 それでも戦い続けようと主砲を撃ち続ける榛名でしたが、傾斜していた船体は大波に煽られて横転。その直後、高温のボイラーに大量の海水が一度に流れ込んだことにより榛名は艦内部で水蒸気爆発を起し、轟沈。榛名艦長島崎利雄少将以下一二〇〇名あまりの乗員と共に海の底へと沈んでいきました。

 しかし、アメリカ艦隊が榛名の沈没に喚声をあげる前に、榛名が最後に放った二発の徹甲弾がハルゼーの乗る旗艦ミズーリの艦後部を襲います。そして、その砲弾は的確にミズーリの後部に穿たれた魚雷による破孔を正確に狙い撃ちました。

 破孔を潜り抜けた二発の徹甲弾によって高速回転していたミズーリの推進軸は捻じ曲げられ、回転するタービンシャフトの先端が隔壁に連続して叩きつけられます。隔壁はこの衝撃に耐えかねて破壊されました。

 さらに、破壊された隔壁から膨大な量の海水がミズーリの機関室になだれ込みます。これにより、機関は停止し、艦尾は大量の海水を飲み込みました。さらに、台風の直撃時に巡洋艦グアムと衝突した衝撃で艦首にも浸水が発生しており、この艦首と艦尾からの浸水によりミズーリは浮力を失いつつありました。

 元々、アイオワ級戦艦は縦方向の船体強度に不安があり、安定性もよくないという弱点がありました。電源機能も航行能力も喪失し、艦首と艦尾に大量の海水を抱え込んでいる状態では沈没は時間の問題だと判断したウィリアム・キャラハン艦長は、ミズーリに総員退艦命令をだします。

 

 

 

 午前一一時四六分

 

 この時、別動隊の残存兵力は戦艦金剛、駆逐艦夕立のみとなっていました。

 対するアメリカ艦隊の残存兵力は、戦艦アイオワ、戦艦ニュージャージー、軽巡洋艦二隻に駆逐艦六隻。多勢に無勢。もはや長野艦隊の劣勢は明らかとなっていました。

 そこに、魚雷の再装填のために一時戦域を離脱していた駆逐艦時津風と、台風の中で別動隊からはぐれてしまっていた駆逐艦時雨が加勢しようと戦域に近づいてきます。

 しかし、長野は二隻の駆逐艦に対し、次の命令を下しました。

 

「北進シ、大和ヲ援護セヨ」

 

 長野は、自身が指揮する別動艦隊は敵主力艦隊と刺し違えることで精一杯だろうと踏んでいました。

 長野は、仮に別動隊が敵主力艦隊を撃破したところで沖縄に上陸した敵兵力に対する脅威たりえるほどに戦力を残せているとは思っていませんでした。そのため、自分たちがどうなろうと第二艦隊には如何なる形であれ沖縄にたどり着き、作戦通りに固定砲台になってもらう必要があると考えていたのです。

 長野の命を受けて、時雨と時津風は針路を北に変え、第二艦隊のもとに向かいます。

 二隻が北上する目的を察したアメリカの軽巡洋艦二隻は追撃を試みます。

 しかし、長野はそれを見過ごしませんでした。長野は主砲の斉射を命じ、その反動で無理やり針路変更させた金剛を追撃を試みる二隻の軽巡洋艦の前に割り込ませ、針路を塞ぎにかかりました。

 時雨と時津風は金剛の援護もあって無事に戦域を離脱します。

 

 

 

 午後〇時二六分

 

 金剛が夕立と共に倍以上の敵艦と死闘を繰り広げているころ、沖縄に向かう第二艦隊もそれを阻もうとするアメリカ艦隊と戦端を開いていました。

 大和が戦艦ウィスコンシンと一騎討ちをする中、その邪魔はさせじとばかりに軽巡洋艦以下の艦艇が乱戦にもつれ込みます。

 アメリカ側の空母エセックスは先の嵐の中で艦載機が多数損傷していたために満足に艦載機を送り出すことができず、日本側の空母瑞鶴も前日の艦隊防空の結果激しく消耗していたために使用可能な航空戦力は僅かとなっていました。

 結果、戦艦、空母の一騎討ちも、軽巡洋艦以下の戦闘も共に決め手を欠く均衡状態となりました。

 

 

 

 午後一時二八分

 

 長野の命を受けて北上していた時津風と時雨が、第二艦隊が戦闘中の水域に姿を現します。

 そして、二隻は壮絶な砲撃戦の最中にある戦艦ウィスコンシンに肉薄します。そして、魚雷の射点に達した時雨が至近距離から四本の魚雷を発射。その内の一本がウィスコンシンの艦中央部に命中し、浸水を生じさせます。

 ウィスコンシンは決死の応急作業によって浸水に対処しようとしますが、浸水と破孔による水の抵抗から速度が鈍り、さらに傾斜によって射撃の精度が落ちていました。この隙を大和を指揮する有賀艦長は見逃しません。

 大和はウィスコンシンの前方を塞ぐ形を取り、全砲門を斉射します。放たれた九発の四六cm砲の内、二発がウィスコンシンの第一砲塔を貫通し、弾火薬庫を直撃。ウィスコンシンは大爆発をおこします。

 アイオワ級戦艦四番艦ウィスコンシンは、就役から僅か四ヶ月でその艦生を終え、真っ二つになった船体は深い海の底へと沈んでいきました。

 ウィスコンシンを撃沈した大和は、休む間もなく砲身をアメリカ艦隊の軽巡洋艦に向けて砲撃を開始しました。ウィスコンシンが撃沈されたことを知り、敵戦艦を阻むものがなくなったことを知ったアメリカ艦隊は、形勢不利と見て撤退を開始します。

 この時、大和は缶室を損傷したために速力が一〇ノット近くまで低下しており、空母瑞鶴も甲板を損傷、矢矧以下の巡洋艦、駆逐艦も少なからず損傷を負っていました。満身創痍の第二艦隊は、敵艦隊が撤退しつつあることを把握すると、追撃することはせずに散らばっていた艦艇を再編成しながら最大戦速で沖縄を目指します。

 しかし、大破した軽巡洋艦矢矧にはもはやこれ以上航行するだけの余力は残されていませんでした。已む無く、矢矧は沖永良部島に大破着底。乗員の多くを生還させることに成功しますが、矢矧はついに沖縄にたどり着くことはできませんでした。

 

 

 

 午後二時三一分

 

 アメリカ艦隊を突破した大和は、沖縄本島の北部にある与論島に座礁します。現在の与論空港近くに座礁した大和は、その主砲を南に向け、沖縄本島の北半分をその射程範囲に収めました。

 そして、大和は上陸した米海兵隊の拠点となっていた嘉手納に向け、主砲を発射します。砲身の損傷や座礁時の角度もあり、使用できたのは二番砲塔だけでしたが、四六cm砲の破壊力はそれでも十分な破壊力を有していました。

 砲撃を受けた嘉手納海岸では物資集積所が文字通り吹き飛ばされ、突然の攻撃によるパニックが発生します。海兵第三軍団の軍団長は、大和が海軍の迎撃部隊を突破してこちらに艦砲射撃を加えていることを知り、即座に指揮下の部隊に後退を指示しました。

 大和の艦砲射撃は損傷から電源が落ちたために二斉射のみでしたが、その六発の砲弾に震え上がった米軍沖縄攻略部隊は、その後一週間にわたって沖縄本島北部侵攻を停止することとなります。

 

 

 

 午後二時五〇分

 

 座礁した大和から残存の駆逐艦に燃料補給を試みていた第二艦隊のもとに、瑞鶴艦載機からの緊急電が届きます。

 

「金剛、孤軍奮闘セリ」

 

 この報告に、第二艦隊の残存艦は色めき立ちました。別動隊は自軍の三倍以上の敵を食い止めているという報告を時津風から受けていた第二艦隊司令部は、別動隊は自分たちをここに送り届けることと引き換えに、既に壊滅したものだと思っていたのです。

 第二艦隊司令長官伊藤整一中将は、即座に残存の駆逐艦五隻に金剛救援を命令します。

 

 

 

 午後三時五九分

 

 第二艦隊から派遣された駆逐艦五隻が久高島沖に到着します。

 この時、別動隊で生き残っていたのは戦艦金剛だけでした。それに対し、アメリカ艦隊は戦艦アイオワ、ニュージャージー以下軽巡洋艦二隻と駆逐艦六隻が残っており、戦力差は歴然でした。

 第二艦隊の駆逐艦は、金剛を援護するべく敵戦艦へと向かいますが、それを阻止せんとするアメリカの水雷戦隊が立ち塞がります。日米の水雷戦隊は、敵味方入り乱れての大混戦に突入しました。

 

 

 

 午後四時二一分

 

 水雷戦隊の大混戦を駆逐艦時津風が強引に突破します。時津風は戦艦アイオワに肉薄し、距離一〇〇〇mから魚雷を四本発射することに成功します。

 この時、時津風が放った魚雷の内二本が戦艦アイオワの左舷に命中。アイオワは缶室を損傷したために速力が著しく低下し、僚艦のニュージャージーについていくことができなくなります。

 しかし、魚雷を発射して離脱しようとしていた時津風をアイオワは逃がしませんでした。被雷する直前にアイオワの副砲の放った砲弾が時津風の第一砲塔を直撃。時津風は弾火薬庫誘爆により大爆発をおこします。

 

 

 

 午後四時三〇分

 

 時津風が大爆発した直後、魚雷を撃ちつくした駆逐艦時雨が時津風の大爆発によって生じた海面を覆う黒煙と水蒸気に紛れてアメリカの軽巡洋艦ウィルクスバリへと後方から急接近します。

 艦後部の第三砲塔と第四砲塔の電路が夕立との砲戦によって破壊されていたウィルクスバリには、時雨を迎撃する手段がありません。

 時雨は最大戦速でウィルクスバリに体当たりし、艦首部をウィルクスバリの後部に乗り上げました。さらに、時雨は文字通りゼロ距離から主砲を発射。ウィルクスバリの艦橋で火災が発生し、ウィルクスバリの船体は松明のように燃え上がりました。そして、ウィルクスバリは大爆発をおこし、艦後部に乗り上げていた時雨共々爆炎にのまれ、轟沈します。

 

 

 

 午後五時四分

 

 既に、長野率いる別動隊は、金剛と駆逐艦三隻のみとなっていました。さらに、駆逐艦三隻のうち、雪風を除く二隻の被害はこれ以上の戦闘続行は危険なほどのものでした。

 長野が将旗を掲げている戦艦金剛も、アイオワ級の主砲の直撃を船体のいたるところに受けて速度は低下していました。また、艦後部四番砲塔を破壊され、第二砲塔も砲身が歪んで射撃不能の状態にありました。

 

 長野は決断を下します。

 

「これ以上時間はかけられない。決着をつける」

 

 

 

 午後五時一二分。

 

 戦艦ニュージャージーとの反航戦の最中、長野はここで驚くべき指令を出しました。

 

「錨を降ろせ」

 

 突然の指示に、金剛の艦橋の誰もが戸惑います。しかし、金剛の乗組員たちは戸惑いながらも即座に錨を降ろしました。

 錨が降ろされたことによって、金剛は敵戦艦の目前で急制動をかけられます。金剛は船体を慣性に任せてドリフトさせ、前方を直進する戦艦ニュージャージーに対して艦側面を向けることとなりました。

 艦の側面を敵の正面に向けたことで、金剛は健在の第一砲塔と第三砲塔を同時に目標に向けることが可能となります。

 そして、金剛はこの機を逃さずに使用可能な全砲門から斉射。放たれた四発の三五.六cm砲はその全てがニュージャージーへと殺到し、第一砲塔を突き破り弾薬庫内で炸裂します。

 直後、ニュージャージーは大爆発をおこしました。

 ニュージャージーは、高さ数百mに及ぶ巨大な黒煙を立ち昇らせながら、水面下へとその姿を消しました。

 

 

 

 午後五時二八分

 

 ニュージャージーの轟沈を受け、指揮権を委譲された戦艦アイオワの艦長は、撤退を命令します。この時、戦艦六隻 正規空母八隻 軽空母四隻 巡洋艦一二隻 駆逐艦三〇隻以上を率いていたはずのアメリカ艦隊には、戦艦一隻と空母一隻、駆逐艦九隻しか残されていませんでした。

 対して、アメリカ艦隊が撤退を選んだと判断した長野はすぐさまアメリカ艦隊への追撃を命令。自身も大破した金剛を率いてアイオワを追撃します。

 この追撃戦の中で日本艦隊はさらに駆逐艦三隻を討ち取り、アイオワの主砲塔も一基破壊しました。

 しかし、追撃戦の最中アイオワが放った砲弾の一発が金剛の艦橋付近で炸裂。多数の死傷者を出し、一時指揮不能の状態に陥りました。

 そして、別動隊の指揮が麻痺したこの僅か一〇分ほどの貴重な時間をアメリカ艦隊は見逃しませんでした。残存艦艇は残っている全ての煙幕を展開し、最大戦速で逃走します。

 指揮系統が乱れ、さらには雪風以外の全艦が大破した状態の別動隊には、もはや距離を離されたアメリカ艦隊を追撃するだけの力が残されていませんでした。

 

 しかし、坊の岬沖海戦の勝者は明らかでした。

 勝者は、日本海軍。

 長野壱業は、三倍以上の数を率いて来寇したアメリカ艦隊を迎え撃ち、見事これを撃退したのです。

 

 この時、一日前には戦艦二隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦五隻の堂々たる姿だった別動隊は、戦艦金剛を除くその全艦が海面にその姿を留めてはいませんでした。

 唯一生き残った金剛も、艦の上部では大火災が発生して黒煙に覆われており、喫水線下では浸水が止まらず、既に左舷への傾斜は二〇度に達していました。

 もはや、戦艦金剛の沈没は時間の問題となっていたのです。

 

 

 

 午後五時五七分

 

 金剛の沈没は避けられないと判断した長野は、総員最上甲板を発令します。

 しかし、長野自身は黒煙が立ち込めつつある艦橋から動こうとはしませんでした。

 実は、戦艦アイオワが金剛の艦橋を砲撃した際、艦橋の構造物のものと思われる鉄材が長野の腹部に突き刺さっていたのです。

 腹部から大量出血した長野は、自分がもう助からないと理解していたのかもしれません。

 長野は、金剛と命運を共にすることを決めたのでした。

 

 

 

 

―――その時、昭和二○年八月一九日午後六時三二分―――

 

 

 

 戦艦金剛は、左舷へ転覆。そして、艦尾から静かに海底へと没していきました。

 

 長野壱業 戦死 享年四七

 

 

 

 

 

 『戦艦金剛 最期の戦い』

 この本は元戦艦金剛の乗組員が、それぞれの立場で坊の岬沖海戦を語った回想録です。

 そこには、傾斜し、火災による熱が強まる艦橋の中で、金剛の主計中尉が長野と最期に交わした会話も克明に記されています。

 

 

 

 長野司令は傾斜しつつある艦橋の中、椅子に座りながら「儘ならんものだな」と呟いておられた。

 この方をこのまま死なせるのは申し訳ない。私はそう考えて靖国までお供すると言うと、長野司令は静かに首を振られた。

「主計。君は退艦しなよ。まだ若いんだ」

 私は長野司令に反論した。しかし、長野司令は私の意見を聞き入れてはくれなかった。

「最後の命令だ主計。退艦しろ。あと俺は靖国には逝かんよ。欧州では勇敢な戦士には戦乙女って美人さんが迎えに来てくれるそうだ」

 その時の長野司令の表情は、普段の仏頂面とはうって変わって穏やかなものだった。

「俺は男所帯の靖国より美人がいるヴァルハラにするよ。幸い金剛は英国生まれだからね。戦乙女が宿ってると思うんだ」

 これほど穏やかな表情を浮かべ、軽い口調で話す長野司令は私も初めて見た。

 きっと、この方は生来このような穏やかで饒舌な人物だったのかもしれない。しかし、この戦争がこの方を寡黙で無表情な方へと変えてしまった。

 軍人としての責務から解放され、ようやくあの方はこれまで押さえ込んでいたものを出せるようになったのだと思う。

「あぁ、主計、此れを妹に返してくれないか。頼むよ」

 長野司令は、内ポケットから取り出したお守りと腰に差した刀を私に渡された。

 長野司令が妹さんを大切にされていることは知っていた。きっと、長野司令の最期の心残りだったのだろう。

 これまでこの国と国民に全てを捧げてきたこの方を、心残りを残したまま見送ることはできなかった。

 私はその刀を左手に抱えて敬礼し、艦橋を後にした。

 艦橋を出てからすぐに、頬から涙が溢れ出した。

 自分たちは勝った。沖縄県民を守れた。なのに、たった一人の軍人を失ったというだけで、私の心は歓喜ではなく湧き上がる哀しみに塗りつぶされた。

 

 

 

 金剛の沈没。そして、長野の戦死は、それと引き換えにかつて世界三大海軍として君臨していた大日本帝国海軍に勇者としての最後の栄光を授け、沖縄県民六〇万人余りの命を救いました。

 

 

 

 昭和二〇年一二月二四日

 

 金剛の沈没からおよそ四ヵ月後。

 日本はアメリカの提示した降伏要求の最終宣言を受諾。

 四年に亘った太平洋戦争についに終止符が打たれ、日本は敗戦の日を迎えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…無謀な作戦した奴もいたもんだな」

 

「……」

 

皆して無言でこっち見るの止めてくれませんかね!?

ちゃうねん! これしか思いつかなかったんや! しゃーないやん!?

 

長野壱業改め長野業和はいつも通り仏頂面。




《後藤陸将さんからの補足》

1 感想等を読ませていただいたところ、拙作の世界観設定に関する意見もあったのでこの場で説明させていただきます。
  拙作の基本的な世界観としましては、観測世界出身者らの世界と同様に、朝鮮戦争時に長野の戦犯指定に関する機密が曝露された世界で、かつ艦娘、転生した長野壱業が存在するという変則的なものとなります。
  そんな世界でもないとこんな番組つくらせてもらえませんので。
  ただ、番組のもととなった史実(朝鮮戦争まで)は、ピロシキィさんの考えていらっしゃる提督(笑)本編世界とほぼ同じものと設定しています。
  ところどころ番組内での描写が本編における史実と異なる点もあるでしょうが、そのあたりは資料解釈などから生まれた差異だと考えてください。本編における史実に忠実といっても、完全に忠実な番組をつくるのは不可能に近いと思いますし。

2 枕崎台風は史実であれば昭和二〇年九月一七日に鹿児島に上陸しているので、この世界ではおよそ一月前に発生したこととなります。史実で沖縄を八月一九日ごろに直撃するちょうどいい台風が見つからなかったものですから、史実を捻じ曲げて早めに発生していただきました。

3 烈風は発動機に三菱MK9A(長野の根回しもあって信頼性は史実栄レベルだといいなぁ)を搭載した史実A7M2相当のものと考えています。これでF6Fを圧倒できるの?と聞かれると断言はできませんが、パイロットにエースを集めて、かつ米軍にとって初見という条件であればどうにかならなくはないと考えます。

4 第三艦隊の司令官はハルゼーということにしました。史実では、この時期はスプルーアンスから代わってハルゼーでしたし。ただ、史実では司令官交代は大和撃沈後だったりしますし、太平洋戦争のタイムスケジュールが史実よりも遅れていますので、史実通りの時期に司令官交代していたかどうかは微妙ですが。
  ドゥーリットルの時も空母はハルゼーが指揮して長野にボコボコにされていましたし、実はかなり長野と因縁の深い仇敵のような関係ではないかと想像してみたり。
  因みに、ハルゼーはミズーリから生還しますが、この敗戦の後米海軍史上最悪の敗北と屈辱をもたらした元凶として吊るし上げをくらいます。
  コブラ台風で一度やらかしているのに、同じ失敗を繰り返した上に米国から最大のヘイトを集めている長野にいいように乗せられて負けたということで、アメリカ国民もメカゴジラのごとくグルングルン掌返しして批判していたことでしょう。

5 瑞鶴の航空隊には、デストロイヤーやニュータイプ、宮本武蔵らがいたというオリジナル設定です。デストロイヤーと仲の悪かったサムライさんは、雲龍の方に配備されてるのではないかと

6 坊の岬沖海戦における米海軍の編成はこんな感じで考えていました。


  第三艦隊 ウィリアム・ハルゼー大将
       旗艦 ミズーリ

    第58任務部隊 マーク・ミッチャー中将
       旗艦 ホーネットⅡ

      正規空母 ホーネットⅡ ワスプⅡ ベニントン エセックス ハンコック フランクリン ヨークタウンⅡ イントレピッド
       軽空母 ベローウッド サン・ジャシント カボット ラングレーⅡ
        戦艦 マサチューセツ インディアナ ニュージャージー アイオワ ミズーリ ウィスコンシン
       巡洋艦 アラスカ級 アラスカ グアム
           アトランタ級 サンファン サンディエゴ
           クリーブランド級 スプリングフィールド パサデナ マイアミ アストリア ヴィンセンス ヴィックスバーグ ウィルクスバリ モービル
       駆逐艦 三〇隻 史実通りの参加艦 多いし面倒くさいので省略


史実では58TFにいたけども、拙作でリストラされた方々の理由付けという名の脳内設定。(ほぼ長野氏による改変が巡り巡って犠牲になった方々)

 バンカー・ヒルはマリアナ沖海戦で史実より微妙に強くなった日本軍の攻撃で撃沈されていたりなんて考えたり。そのため、旗艦も史実ではバンカーヒルでしたが、ホーネットⅡになったと考えています。
 また、ランドルフ(大和攻撃には不参加ですが、58TFには在籍)は沖縄の航空部隊の反撃によって小破していて一時戦線離脱中だったってことにしときました。
 バターンとインディペンデンスは損傷機が着艦の際に事故って甲板を損傷したので修理のため回航中です。
 サウスダコタは南太平洋海戦で撃沈されています(史実と違ってこの海戦に参加できる米正規空母はいなかったためか)。代替としてアイオワが派遣されたという次第です。
 モービルは、史実では54TF所属でしたが、原作中で巡洋艦一二隻が参加したということを受けて、参加させました(史実58TFの巡洋艦は一一隻だったので)

 なお、この時史実では沖縄沖には他に英空母部隊(57TF)と米戦艦部隊(54TF)がいましたが、拙作において、それらについては、長野氏が流した欺瞞情報によってフィリピンに誘引されていたという自作設定を考えています。
「大和を囮として、長野はフィリピンを直接狙っている」という情報を暗号解読で掴んだ米海軍は、今度こそ長野を仕留めるために54TFと57TFをフィリピン防衛に回させてまず負けない状況を作り出したというところでしょうか。

7 ミズーリの深刻な浸水は、史実マレー沖海戦でプリンスオブウェールズにおきた事象と同じことが起こったという設定です。戦艦が簡単に爆沈するか!!って思いまして、こういう沈み方をするのもいいかもしれないと思った次第です。
  どこかの退役軍人なら「戦艦が簡単に沈むか!!」っていうんでしょうけど、長野を相手にしてると簡単に沈むんですな。
  轟沈していればハルゼーさんも生還できず、あれほどまでの社会的批判を受けることはなかったでしょうが。

8 描写もなくいつのまにか沈んでいた夕立さんは、三時間あまり単艦で暴れ周り、とにかく敵水雷戦隊を金剛に向かわせないように尽力していました。金剛が多勢に無勢にも関わらず致命的な損傷を負わなかったのは、夕立さんの活躍が大きかったと考えています。
  因みに、最期は敵軽巡洋艦の放った砲弾が弾火薬庫に直撃して爆発轟沈してます

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