「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
一月の半ばになってしまいましたが、新年度最初の投稿なので言わせてもらいました。
またこれから頑張っていくつもりです。最近は特にUA数VS合計文字数が接戦になっているので結構ドキドキしてたりします。
今年度も一日ごとに増えていくお気に入りの数や皆さんから頂く感想、評価などを励みに頑張っていくのでよろしくお願いします。
* * *
──津久井サイド──
比企谷君が事故に遭ってから約一ヶ月半。
私と折本さんとで一所懸命に比企谷君の看病を行った。
と言っても、できる事は少なかったけれど。……でも、だからこそ、その数少ないできる事に全力を注いだ。
折本さんと交代でお弁当を作って一緒に食べたり、
ノートをできる限り正確に綺麗に纏めて、更に比企谷君が解らないところがあれば応えたり、
新聞を折本さんと二人で担当して持って来たり、
代表的なのはそのくらいだけだけれど、いろんな事をした。
最近は少し前に左腕のギプスが外れた事もあってか比企谷君自身ができる事も増えて、今は左手で右手と同じように文字を書く練習をしている。
──そんな中で、私は最近不思議に思う事がある。
それ自体はもっと前──それこそ比企谷君の入院当初からあった事なのだけれど、でも、それにしてはおかしいと思った。
──比企谷君と折本さんの空気感が。
確かに、折本さんは付き合っていた──もしかしたら今も付き合っているのかもしれないけれど。とにかく、その時の経験からなのだろう。比企谷君の事を良く理解していて、“今比企谷君に何が必要か”とかそういった事にいち早く気付いて行動出来るほどに比企谷君を理解している。
会話をすれば二人とも楽しそうにするし、笑いが溢れることもある。その辺りを見れば本当に仲のいい──お似合いなカップルにしか見えない。
けれど、それとは別に感じる事があった。
時々、本当にたまに、どこかよそよそしくなる時がある。
表面上は特に変化はないけれど、どこか少し雰囲気が違う時が、比企谷君の入院当初からずっとある。
──最初は、私と同じように、罪悪感から来ているのかと思っていた。
幾ら拭っても、取り繕っても、消せない──消えない罪悪感。
それは『後悔』とは少し違う、……でも本質的には似ているもの。
違うのは、悔やんでいる訳ではない──いや、寧ろ悔やんではいけないところ。
悔やんでしまったら、それこそ比企谷君に向ける顔がなくなってしまう。
怪我を負わせてしまった張本人なのだから、それは仕方のないことではあるけれど、
でもそれでは怪我を負わせた挙句逃げる事になってしまう。
責任を取らず、向き合わず、“怪我を負わせた”という結果を残し、逃げ去る。
だから、悔やんではいけない。
そもそもそんな事は私も、折本さんも、そして比企谷君も、比企谷君や私や折本さんの家族達も、望んではいない。
幾ら比企谷君が気にするなと言ってくれたところでどうしようもない。──そんな罪悪感から来ているのだと、ずっと思っていたけれど。
でも、それだと説明がつかない事が幾つかある。
まず、折本さんは比企谷君の“気にするな”という言葉を最大限尊重している事。
そして、罪悪感だけでは、比企谷君までもがよそよそしくなる理由がない事。
折本さんの方は言葉通り。そして、比企谷君の方も言葉通りではあるけれど、やっぱり説明がつかない。
比企谷君にも、私達に対する罪悪感がある事は、実は既に比企谷君の口から聞いている。
私達にあるのが『怪我を負わせてしまった責任』だとしたら、比企谷君は『自らの行動で心配をかけさせてしまった責任』だと自分で言っていた。
勿論、それは否定したけれど、同じように比企谷君も『なら、お前らの“負わせてしまった”ってのも違うだろ。俺が自らやった事なんだから』と言って否定してきた。
でも、それだけでは足りない──何かが根本的に違うのだ。
──けれど、その“何か”が何なのか、私には分からなかった。
* * *
──比企谷八幡サイド──
意を決して、津久井に告げる。
「津久井、俺は──いや、俺と折本は────」
だが、その俺の言葉を遮る様に、コンコンという音のあと、響き渡る引き戸を引く音。
「比企谷、今、大丈夫かね?」
そう言いながら入って来たのは、我らが総武高校最強の神であられるところのアラサー独s……うら若き国語教師の平塚先生だった。
「……平塚先生。…どうしたんすか」
「どうしたも何もないさ。私はただ生徒のお見舞いに来ただけだよ。……女子二人に世話を焼かれて、『願望が叶った』みたいな顔をしてる比企谷のその顔を殴りたいがな……。それは後にしよう」
「やめてはくれないんですね……」
やめるわけがないだろう。と楽しげに、さも当然の様に言い切った平塚先生は、椅子を持って来てベッドの横に置くとそこに座る。
「調子はどうかね」
「俺はまぁ、問題無いです」
外れた左腕のギプスのお陰で漫画やらラノベやらを自由に読めるようになったので、最近は退屈もしていない。勉強の方も津久井が持って来てくれる授業で使ったプリントや、同じく津久井が持って来てくれる特製のプリント(津久井が各教科の先生に頼み込んで作ってもらったらしい)のお陰で、そこそこ出来ていた。
「そうか……。君たちは大丈夫かね?」
俺への確認が終わると、今度は折本と津久井にも同じように確認を取る。
「私は大丈夫です」
「私もです」
それぞれ同じように応えたのを確認すると、再び俺に向き直って、
「──この件で身に染みて分かったろう。……君の事を心配しているのは何も家族だけじゃない。当事者である彼女達以外にも、由比ヶ浜や雪ノ下だって君を心配しているんだ。……まぁ、既に雪ノ下とは一悶着あったみたいだがな」
そこまで言うと、平塚先生は椅子から立ち、窓辺に移動して外の雪の積もった白銀の世界を見下ろしながら言葉を繋げる。
「……雪ノ下は確かに利口で優秀な生徒だが、彼女の場合は陽乃のように他人に気持ちを伝えるのが下手だからな。恐らくは今までずっと、本人の性格やその優秀さが仇となってしまっていたのだろうが……。まぁ、彼女なりに君を心配していたのは察してやってくれ」
「……………」
「彼女は、以前言った通り優秀過ぎたのが原因で大きな枷を背負う事になってしまった。……しかもあの性格だ。その枷を『上手くやり過ごそう』──もう少し言えば『外そう』なんて考えに至る前に、正面から叩き割るという方向に行動が向いてしまった」
「……だから、世界を変えるなんてぶっ飛んだ方向に結論が向いてしまうんだ。……その意味では、君と彼女は似ている」
──間違った人間、という意味でな。
「……まぁ、この世に完璧な人間なんて存在しないから、そう言った意味では全員が全員、間違った人間なのだよ。……君や私のような人間が、自分や他人の事を『間違っている』と判断するからそういう風に『間違った』人間なんてものが出てくる」
「人間の誰もが複数の面を持っているように、ようは“ものの捉え方”次第なのさ。──だから比企谷」
「──周りからの君への評価を『勘違い』などと自分の裁量で判断するな。……寧ろその場合間違っているのは──勘違いしているのは君だ」
平塚先生は、そう言ってこっちに振り向く。
「……まぁ、お説教じみてしまったが要するに、君の意見や考えを他人の意見や考えにまで押し付けるな、ということさ」
そこまでと打って変わって軽快な口調でそう言い放つと、部屋の入り口の方に向かってカツカツと床を鳴らしながら歩いて行き、
「……さっきのはついでた。…君が元気そうで本当に良かった。彼女達にも礼を言っておくといい」
最後にそう言い放って、部屋を出て行った。
「………………」
──格好よ過ぎでしょ。何で貰い手が現れないのか納得できないレベル。
まぁ冗談はそのくらいにして。
確かに、その通りだった。
──俺が雪ノ下に理想を押し付けた様に。
──俺が由比ヶ浜に親切を押し付けた様に。
──俺が葉山に正義感を押し付けた様に。
俺は何度もそうやって他人に押し付けて来た。
もしかしたら、相模にだって何かを押し付けたのかもしれない。
でも、そうやって他人に気持ちを押し付けた時、俺は何かしら間違っていた。
だから、今回もそうなのかもしれない。
──折本に言い訳を求め。
──津久井に優しさを求めた。
それだって立派な押し付けだ。
だから、俺は整理しなくちゃいけない。──間違えない様に。傷付けない様に。
「……津久井、聞いてくれ」
「……俺はこれから、今まで隠してた事を言おうと思う。……隠してたのは俺の判断だし、それについては弁明はする気は無い。……でも、聞いてくれ」
俺はそう前置きして、話し始めた。
俺と折本が付き合っていた事。
そしてあの日、別れた事も。……その理由も。
* * *
「……………」
俺が話し終えると、津久井も、折本も黙っていた。
折本はどこか少し気まずそうにし、津久井は考えを纏めている、と言った感じだった。
しばらくの、沈黙。
俺から話しかけるような事はせず、そのままの状況に身を投げる。
折本も沈黙を肯定し、その場でじっと津久井を見ていた。
そして、津久井は──
「比企谷君」
それまでの静寂を打ち破るかのように静かに放たれた一言。そして、それに続くように言葉が紡ぎ出された。
「──私は、あなたの事が好きです。自分より他人を優先させてしまう、あなたが好きです。そんな風に人を助ける事が出来る、あなたが好きです────」
──紡ぎ出されたその言葉は、予想もしていなかった言葉だった。
少々切りが悪いかもしれません。ごめんなさい。
今回は、それぞれの考え方の違いを表に出したつもりです。(一番現れているのは津久井さんのところですね)
それでは、来週又は土曜日に。(それまで何も起きない事を願っています)