「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
-追記-
21:30完成しました。
* * *
──雪ノ下陽乃サイド──
「…ほら、行くわよ雪乃ちゃん」
彼に先に行かせ、校舎内に入ったのを確認してから声をかける。
やっぱり…というのが今の感想だった。
今まで何度か比企谷家にはお邪魔している雪乃ちゃんだけど、彼とは一度も会っては居ない…筈だ。比企谷君の妹──小町ちゃんには、全てではないにしろ概要は話してあるし、こちらから情報を送って遭わない様に仕向けている。
三年生になってからは雪乃ちゃんも実家暮らしだし、使用人もついてるから、情報自体の統制は簡単に取れる。
それに、あの母親は原因を知ってはいる為、基本的に比企谷家には足が向かない様に、きっとあの人本人から使用人たちに命が出ているだろう。それを踏まえれば、寧ろ私は何もしなくても良いくらいだけど、念には念を入れておくに越したことはない。事実、既に数回、比企谷家に足を運んでいるのだし。
「…お嬢様、こちらは……」
「…ん?あぁ、良いよほっといて。取り敢えず車までだけ開けてくれれば」
周りに集まっている野次を気にしたって今ある状況は変わらない。
「………………………」
「……はぁ」
しかし雪乃ちゃんも、相も変わらずというか何というか、受け流すのが下手なのは変わらないのね。
……昔からそうだった。
何か一つに対して自分が
だから今回も、曲げられなかった。
──言い合いになった時。
──自分を追い込んだ時。
膝を曲げずに着地すればどうなるのかくらい、想像に難くないだろう。
彼女がしているのは、相手の弱いところを突き、着地する相手の方を柔らかくしているのと同じだ。
そんな危険な事を、彼女は今までやり続けて来たのだ。しかもそれが出来るが故に、それ以外の方法を探る事もせずに。
雪乃ちゃんは弱い。
それを知っているからこそ、私も私なりのやり方で、手助けはしてきたつもりだ。
『敵』になり、その膝を挫く事。
比企谷君にはたらきかけて、彼が私の代わりをするように仕向けたり。
結果から言えば、失敗──と言うより、間に合わなかった、の方が正しいのか。
着実に、比企谷君と知り合ってからは、その剛直な性格も、段々と柔らかくなってきていた。
彼も扱いやすかったし、何より由比ヶ浜ちゃんというカンフル剤…クッションがあったからこそ、私も全力で折りにかかれた。…とは言え、完全に他人に預けるのも性分ではないから、少し手加減はしたけれど。
そうやって少しずつ改善してきた…と思っていたら、予想外の出来事が起こってしまった。
これに関しては特に比企谷君が悪いわけでもないし、寧ろ『ここから』は私の方に責任…と言うのも変だけど、そう言ったものがある。
折本って言ったかな…あの娘の情報を掴むのがあと少し早ければ、少しは違っていただろうし、欲を言えば完全に予想外だったもう一人──津久井一奈の情報についても、知っておきたかった。
あの頃の私は、珍しく比企谷君を操るのに固執していて、それで対応が少し遅れたのだ。
だから、後手後手に回ることになってしまい、雪乃ちゃんに『覚悟させておく』事が出来なかった。
せめてもの、と思って比企谷君に直接話を訊きに行ったけど、それも時既に遅し。殆ど無駄な徒労に終わった。
結局のところ、私は雪乃ちゃんを救う事は出来なかった。
私の、悪いクセだ。
私は母みたいに面と向かって堂々と相手を切るような事はあまりしない。寧ろ、他人を使って間接的に動かす方が得意だ。
それを行う為には、癖や扱い方を知っていなければならない。──今回は、それに時間をかけ過ぎたのだ。
「…ごめんね、雪乃ちゃん……」
私はそう呟くと、車に乗った。
* * *
──比企谷八幡サイド──
雪ノ下の件があってから、初めての休日。
俺は久し振りに、あの病院へ来ていた。
久し振りに見る見慣れた入り口を通り過ぎ、受付の付近の椅子に座る。
取り敢えず適当に時間を潰さなければと思いつつ、持ってきた文庫本を開いて読み始める。──と、
「おや、もう来ていたかい。久し振りだね、プリンス君」
「…………」
「いやいや、君から呼び出しておいて何の反応も無しかい?」
「何の反応も無い…と言うより唖然としてるのが正しいんですが…」
「まぁまぁ、久し振りに会ったんだ。この位の振りには応えてくれよ」
「…高校生相手に何を要求してるんてすか…」
T字の廊下から出てきたのは、俺の元・担当医、小田原先生。
実にあれ以来の邂逅である。
「それで?何の様があるんだい?」
「あ、えっと、時間は大丈夫なんですか?」
「君はそんな事気にしなくていいよ。んで?」
「ちょっと…気になってる奴が居まして…」
──それを、相談しに来ました。
「…少しは、成長したのかな?」
「……何の話ですか?」
「まぁいい。…そうだな、空いている個室があったような気がしなくもないから、そこへ行こうか。…こんな場所で出来るような話でも無いんだろう?」
「……はい」
「なら、行こうか」
それだけ言うと、先生はもと来た方へと帰っていく。
どこへ行くかは知らないが、とにかく話さなければならないので、俺も後ろに従った。
しばらく移動すると、先生がある部屋の扉を開いて、そのまま中に入ったので、俺もその部屋へ入る。
「…この部屋なら良いだろう。廊下の端に近いから、そんなに人も来ないしね」
「……はぁ」
「取り敢えず、そこの椅子にでも腰掛けなよ。それと、お茶だ。自販機ので悪いけどね」
「ありがとうございます…」
小田原先生が、手に持っていた小さなバッグからお茶を二本取り出し、片方を放る。
それをキャッチして、椅子に座ると、何の前置きも無しに本題に入った。
「…雪ノ下雪乃…えっと、あの黒髪でロングの奴、覚えてますか?」
「…雪ノ下?……雪ノ下って、議員の雪ノ下かい?」
「はい。…その、娘です。……実は、ここしばらく、そいつとは会ってなかったんですけど、今朝会ったら急にえずき始めて……」
こうして、俺は雪ノ下の事、そして由比ヶ浜の事を話した。少なからず驚いた顔をしていたが、時々見せた頷くような仕草に、俺は少し期待を寄せた。
雪ノ下も由比ヶ浜もよく覚えていると、先生は言っていたから、この人ならば解決策くらいは見出だせるだろう。
由比ヶ浜が怒った理由も知らなければ、雪ノ下が俺を避けているのもわからなかった。一つ分かっているのは、今回の雪ノ下のそれは、徹底しているという事のみだ。何しろ、今までとは明らかに遭遇頻度が違うのだから。
あの日以降、由比ヶ浜もどこか余所余所しくなっているし、それに影響されたのか、津久井も少し落ち込んでいる。
だから、俺の為にも、奉仕部が奉仕部でいられるためにも、そして、折本の為にも、この問題は解決しないといけないのだ。
だが──、
「………君は、とことん面倒臭い状況を作り上げるね」
「えっ…?」
「…正直、もうこうなってしまっては君一人では無理だよ。…恐らく、もう一人、別な方向からアプローチしないと、まず『解決』は無理だ。…そして、君流に言ってしまえば、確か『解決』は駄目でも『解消』は出来た…みたいな事を言っていた、と平塚さんから聞いたけど、この場合は、『解消』では問題は変わらないよ。『解決』しない限りは、この問題は残り続ける」
「──もう少しはっきりと言ってしまえば、君の力では、…君の以前のそのスタンスでやる気ならば、もう無理な問題だ」
──俺は、しばらく先生の言った事が理解出来なかった。
『解消』出来ない問題。俺には『解決』出来ない問題。はっきり言って『無理な』問題。
それが、ひたすらに頭に残り続けた。
以前にもやってましたね。すみません。
21:30。更新完了しました。