「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
* * *
──比企谷八幡サイド──
由比ヶ浜が去った後、少し先にあったフードコートに入り、その一角に落ち着く。
「………」
「………」
「………」
何も頼まないのも、という事でクレープを頼んだのが既に十数分前。
しかし、そこから一切の会話は無かった。
ずっと、沈黙が続くのみである。
奉仕部が今の俺に対して、どんな意味を持つかなど、答えが出る筈もない。
だから、敢えて視点を絞ったのだ。
──俺が望んで居たものを、基準にして。
何時の頃からかは、はっきりとしないが、奉仕部として活動して来た半年強。
その間に俺が彼女たちに看過されて来たのは事実だ。それ以前の俺とはまるで違っているのだろう。そう言う変化は当人は気付きにくいものだから、傍目から見る必要がありはするが。
そして、確実に言えるのは、その変化した俺が望んで居たのは、『友情』ではない事。情けを必要としなければならない関係を求めていた訳ではい。
何も持っていない子供が、何かしらを欲しがるのと、恐らく何ら変わりはしないだろう。
どうせ俺は、それ以前に折本に毒されていたのだろうから。
他人と付き合うという事は、自分を押し付け、他人から押し付けられる事なのだと、分かっては居るのだ。
だが、同時にそれを拒絶し続けて居るのも事実だ。
事実、俺は折本に対して、一度だけ押し付けて、付き合った気になろうとして、それで後は拒絶しようとした。
そして、それが叶わなかった事がもたらしたのは、『慣れ』だった。
押し付けを押し付けと感じるのは、『慣れ』という精神の対応する許容速度を超えて変化が生じた場合か、許容範囲内においてある程度変化した後で過去を振り返る際のどちらかだろうと思う。
俺の場合、それは前者であり、前者があったからこそ後者であった。
それを、奉仕部に求め始めたのは、恐らく折本と俺の関係が風化しようとしていた、丁度一年くらい前の、あの夏。
俺はその時、俺自身の変化量に驚いたのだ。
折本と疎遠になる事で、折本に依存仕掛けて居た事を知ると同時に、それに気付けば否が応にも気付く別の事実にも気付いた。
そして、折本から離れた事によって出来た穴を埋める為に、奉仕部へと身を寄せて行ったのだろう。
俺からしたら、心の容量を数値化するならば、ずっと一定だったに違いない。
折本を失うと同時に奉仕部を得て、今度は逆に、折本を得て奉仕部を捨てる事になった。
本来なら、捨てずに増える筈だった。
別に、何人と信頼に足る関係を築こうが、悪い訳じゃない。
それだけ押し付け、押し付けられると言うだけだ。
ただ、それは勿論、自分が変わるのと同義であって、そして恐らくは人間的に必要な事である筈なのだ。だから、それを行う事自体は非常に正しい。
だが、奉仕部では、それはほぼ無理なのだ。
由比ヶ浜に、雪ノ下に依存した俺は、それ自体が俺に反している事実と、それを求める俺との間に挟まれる事になった。
折本との『恋人』と言う名詞を借りた関係と、奉仕部との関係。
何故か俺はこれを並列に置いて考えていたが、良く考えれば、求めていたものがそもそも違うのだから、それはおかしいのだ。
奉仕部のそれは、『友情』であり、折本のそれは『理解』なのだ。
──結局、俺は最後の最後まで、奉仕部をヤドカリ程度にしか想って居なかったのだ。
由比ヶ浜から訊かれたその瞬間、それに気付いたからこそ、俺は由比ヶ浜を拒絶した。
そう考えると、途端に俺は寒気に襲われた。
…俺は、雪ノ下をどう思ったのか。
折本に似たような、想いを押し付けはしなかったか、と今更ながら唐突に思った。
だとしたら、それこそ本当に俺は、奉仕部の事を何とも思って居なかった事になる、完璧な立証材になる。
──外界から身を護る、殻。
世間の荒波に呑まれても、生き残れる様に、それこそ出来るだけ丈夫な殻がいいだろう。
だがそれは、学校という閉塞空間に置いては、殆ど運によって決まる。…更に言えば、強い者は殻自信になる運命を持つと同時に、殻の中身を統制する役割を持つ羽目になる。
──雪ノ下と、由比ヶ浜。
彼女らはきっと、俺にとってして見れば殻であったのだろう。
名声の高い雪ノ下。そして、トップカーストの一員であり、そもそもの人気の高い由比ヶ浜。
外面を見れば、これだけ完璧な人選も無いだろう。更に、俺に対しては『優しい』ときた。まさに殻には最適である。
だから、俺はきっと無意識に頼ったのだ。言い方に気を付ければ防衛本能に従ったとも言える。
「…………」
──そんな自分に、嫌気が差して仕方が無い。
どうせこんなのは、適当な理由を付けて納得する為の言い訳だ。しかもさっき俺自身で結論を出したばかりだ。要は言い方次第で、どうとでもなるのだ。
──結局俺は、この堂々巡りから抜け出す事は出来なかった。
*──*──*
──折本かおりサイド──
「……………」
さっきから黙って居る比企谷を、ジッと見つめる。
恐らくその頭の中では、やたらと難しい事を考えて居るのだろう。
部外者の私からして見れば、究極の結論を言ってしまえば、比企谷が気持ちを打ち明ければ、それで終わるのだ。
気持ちを打ち明ける、と言うのは、乃ち『信頼している』証。
今の雪ノ下さんたちは、恐らくこの『信頼』が欲しいのだろう。私も一時期──比企谷に告白する少し前は──そうだった。
信頼されて居るかの確認が取れないから、きっとこうなっているのだ。
でも、それを実行に移せるかは、また別の問題。
比企谷によれば雪ノ下さんはコンタクト不可能らしいし、由比ヶ浜ちゃんはついさっき、比企谷が終止符を打ってしまった。
そこを、どうにか突破しないといけないのだ。
…あれ?…でもこれ、意外と簡単なんじゃ…。
「……………」
頭の中で、軽くシミュレーションを立てる。
比企谷と合わせるなら、恐らくは由比ヶ浜ちゃんより雪ノ下さんの方が効果は高い筈。逆に会えるか会えないかで言えば、雪ノ下さんの方が会い辛い。
……でもこれは、正直私が好きなやり方じゃないし、比企谷にも無理をさせる。
「…ねぇ、比企谷……」
…でも、だからこそ。
「……本当に比企谷は元に戻りたいの?」
「…………あぁ…」
「…なら、私がどうにかしようか?」
「えっ…?」
「…折本が?」
「うん。…比企谷に足らない物は、私が埋めるよ。……私は比企谷の役に立てればいいし、それよりなりより、早く元通りになってもらいたいからね」
「……でも、どうやるんですか?折本さん」
「…比企谷は、もう分かってるんじゃない?現状を抜きにして、何が足らないか」
「……俺自身の…気持ち、か?」
「やっぱり、ちゃんと分かってるじゃん…」
「そんなの、ただの押し付けだ」
「……それ、ダウトでしょ。…それこそ押し付けてるもんね」
「……………………」
「…そっか、『自分の気持ちを押し付けられてる』って考えを『押し付けて』る事になるんですね?」
「うん。津久井さんの言う通り。……結局は堂々巡りの問題だから、何処かしらで折り合いを付けないといけない。…でもね、そもそも違うんだよ」
「──問題なのは、押し付けるかどうかじゃなくて、自分の気持ちがどうか。…比企谷は、中学の頃のアレ、覚えてないの?」
「…………」
「…分かってるんだね。……それじゃあ、私が手伝うからさ、一緒に頑張ろうよ。…ね?」
「…あ、あぁ……。…すまん」
恐らく、理解は出来ても、全ては飲み込めて無いと思う。
でも、その方が良いのかな。…私のプラン通りにやるなら、気付かれちゃうとお終いだから──。
…でも、比企谷にその後何て言おう…。
……まぁその前に、作戦を成功させようか。その後で何かあれば、その都度どうにかしよう。