「折本──」さて、この後に続く言葉は──   作:時間の無駄使い

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「……………」

 

 目が覚めると、知らない天井が視界に入り、そしてその周りには黄色いカーテンが見える。

 

「いって……」

 

 顎に手を触れてみると、まだ痛みがあった。

 

 さっきの体育の時間。

 

 あの時に、ミラクルショットをボクシングのアッパー的に顎にくらったのだ。

 

 戸塚からの返球をある程度コースを予測して立っていた俺は、由比ヶ浜に返す為に狙いをつけて構えていたのだが、そこに運悪くミラクルショットがやって来た。

 

 

 隣のコートで、全員隣のクラスで組まれた四人組がプレイしていたのだが、ネットから見て俺と同じ側にいた奴の返球を、どう返したのかは知らないが返球したらいい感じにこっちに来て、

 

 最初にコートとコートの間でワンバウンド。

 

 次に空中の戸塚のボールに当たって軌道変更。

 

 そしてぶつかられた戸塚のボールが推進力を得る形で進み、俺の顎へと吸い込まれた。

 

 

 ガードするも間に合うわけもなく、無意識下にあった顎に直撃した事もあって、俺はコートに撃沈した。由比ヶ浜の叫び声と、隣で声をかけていた津久井の声、周りのざわつく声を最後に、俺は気を失った。

 

 

 ベッドから降りてカーテンを開けると、そこには戸塚達三人がいた。

 

「あ、八幡!大丈夫?」

 

「ああ」

 

「その、ごめ「戸塚が悪い訳じゃねぇよ。偶然だ偶然」……うん」

 

「何か、して欲しい事とかありますか?」

 

「……スマホ取って来てもらってもいいか?前から四列目、右から二列目の席んところのバッグの一番外側に入ってるから」

 

 俺がそう言うと、津久井は保健室を出て行った。これで一応折本には連絡できる。

 

 保健室の先生がどこにいるのか知らないが、取り敢えずスマホを取りに行ってくれた津久井を除いた三人で肩を降ろす。

 

「ヒッキーが急に倒れるんだもん。結構焦った」

 

「お、由比ヶ浜は焦るって字は使えるのか」

 

「ヒッキー私の事バカにし過ぎだし!」

 

「まあ気にすんな。ちょっと目が回ってるが問題無い」

 

 俺は無事な事を二人に伝えると、時計を確認する。

 

 ……その時計は、既に三時間目の時刻をさしていた。

 

「……………サボるか」

 

 ──と言うわけで、安静にする事を名目に俺は三時間目をサボった。ちなみに、津久井が取ってきてくれたスマホなのだが、さっき確認したように三時間目が既に始まっており、先生に事情を説明してその他にもいろいろ……と、面倒な事になったらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後四時間目の授業には参加し、昼休みになって平塚先生に呼び出されて事情聴取を受け、そして午後の授業を終えて放課後。

 

 一色にも俺の怪我の情報が届いていたらしく、副会長から休んでいいとの報告を受けて、久しぶりに奉仕部へと向かう。

 

 廊下の寒さとは別に、人のいない廊下の静けさが虚無感を生み出し、いろんな意味での寒さを感じる。

 

 俺の歩く音だけが響き渡る廊下から外を見れば運動部がグラウンドで練習しているのが見え、“そこ”と“ここ”の温度差を感じて更に冷え込む。

 

 そんな冷え切った廊下を一人歩いていると、上履きが廊下を叩く音以外の音が混ざり始める。

 

 最初は弱く。

 

 そして近づくに連れて強く。

 

 楽しげな話し声がその部屋から漏れ出していた。

 

 

 その事に何故か安堵しつつ、久しぶりに握るドアに手をかけ、引いた。

 

「うっす……」

 

「あ、ヒッキー!今日は来たんだ」

 

「久しぶりね」

 

 ほぼ必要最低限レベルの会話を済ませると、イスを引っ張り出して来て定位置に着く。

 

 ──コトッ

 

「貴方も、災難だったみたいね」

 

 そんな事を言いながら雪ノ下が紅茶を淹れたティーカップを近くに置く。

 

 恐らく俺の話は由比ヶ浜から聞いたのだろう。

 

 その紅茶の温かさに触れて、少し心が落ち着く。

 

「まあ、今回は運が無かっただけだからな。……ある意味当然の報いかもしれないが」

 

 津久井の依頼の件も、結局こんな事があったから──いや、それは言い訳に過ぎないか。言おうと思えば朝の段階で言えたはずだ。

 

 

 ──俺は、間違った人間だと自覚している。

 

 だから、正しく在ろうとする。

 

 それの何が悪いと言うのだろうか。

 

 

 ──だが実際に雪ノ下や由比ヶ浜、更には折本にまで心配をかけたのも、その正しく在ろうとする行為だ。

 

 

 正しく在るな、という話では無い。

 

 方法を変えろ、という話なのだ。

 

 

 だが、俺は変えなかった。相模の件も。その後の件も。

 

 変に言えば、今回の件はそれに対する報いなのだろう。

 

「……それは、どういう事かしら?」

 

 雪ノ下も何かを嗅ぎ取ったらしい。

 

「気にすんな。間違った人間に対する罰って話だ」

 

 そう言って俺は少し冷めてしまった紅茶に手を付けた。

 

 

 俺を見る雪ノ下の目が、僅かに曇った事には気づかなかった。

 

 

 ──ヴヴヴヴヴヴッ

 

 バイブ音が身体を伝って響き、携帯に手を伸ばす。

 

 画面を見れば折本の名前。電話が着たようだ。

 

 席に座ったままでスマホを操作し、耳に持っていく。

 

「どうした、折本」

 

『あ、比企谷?ごめん、返信遅くなっちゃって。大丈夫?』

 

「ああ。俺は平気……では無いがまあ大丈夫だ」

 

『顎に受けたんだっけ?……運無さ過ぎでしょ……。今日はたまたま総武もウチもセンターに来てるんだけどさ、比企谷は来てないってさっき一色ちゃんから教えられて』

 

「今日は海浜も来てんのか。玉縄の相手も大変そうだな」

 

『それは他の人がやってる』

 

 どうやら折本はその役目からは逃げられたらしい。

 

『まあ、元気ならいいや。……無理しないでね?』

 

「ああ……」

 

『それじゃっ…「ちょっと待ってくれ、折本」……どしたん?比企谷』

 

「お前に話しておきたい事があってな。俺も本人の意図が掴めないんだがお前に伝えてくれ、って頼まれたんだよ。……今日、そっちが終わったら一昨日(おととい)のスタバに来てくれないか?」

 

『ん、分かった。じゃーね』

 

 そして、通話を切った。

 

「ッ…………」

 

 通話を切ると、それまで感じてなかった視線を感じ、少し身震いする。

 

「……ヒッキー、誰から?」

 

 由比ヶ浜が探るような雰囲気を出しながら聞いてくる。

 

 そう言えば、こいつらと折本は接点がなかった、と言う事を思い出す。

 

 ……もしかしたら入学式の日以降の入院の時に会ってるかも知れないけど。

 

「折本からだよ。……あー、まあ、アレだ。クリスマスイベントの海浜側の奴」

 

「……………」

 

 一色の時もそうだったが、何故誤魔化したのだろうか。津久井の時は話せたのに。

 

 

 ──俺は折本の彼氏で、

 

 

 ──折本は俺の彼女だ。

 

 

 まだそれ以上は無いし、勿論それ以下も無い。

 

 そんな簡単な事なのに、どうして誤魔化す必要があるのか。自分自身が理解できていない。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 ──キーンコーンカーンコーン……

 

 

 部活動終了時刻を知らせるそのチャイムが鳴る。

 

 ──チャイムが鳴り響いているこの部屋は、何故か俺と雪ノ下を表しているように聞こえた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 すっかり日も落ちて暗くなっている道を一昨日のスタバへ向けて自転車で進む。

 

 最短コースからは外れるが途中で一色達のところに顔を出すか迷ったが、やめた。

 

 ──行ったらヤバい。

 

 本能がそう告げていた。

 

 

 あそこにいる俺に関係するヤバい奴らは一色と玉縄の会長達、……あとは可能性として折本だろうか。

 

 考えていたらちょっとゾワッとした。

 

 

 スタバの敷地内にある駐輪場に自転車を()め、店内に入る。

 

 折本を探すがいないようなので適当に空いてる席をとって座り、注文を頼む。

 

 注文が終わると、折本に連絡を入れた。こんなところで待つのは出来れば御免蒙りたいので、連絡して出来るだけ早く来てもらうのと、普通に着いた、という事を知らせる為だ。

 

 

 ほどなくして折本から返信が来て、こちらに向かっている途中だという。

 

 俺は肯定の意を示す返事を折本に出して、運ばれて来たコーヒーに手を付けた。

 

 

 

 それから数分後、折本が店内に入って来た。

 

「えっと…比企谷は……」

 

「折本、ここだ」

 

 俺がそう言うと、折本も寄ってくる。

 

「遅くなっちゃった?」

 

「そこまでじゃないから気にすんな」

 

 

 そっか、と折本は言って、

 

 

 ──俺の隣に座った。

 

 

「…………こういう場合って普通は向かいに座るんじゃねぇの?」

 

「寒いし、比企谷あったかいし、互いにあったまれるし」

 

 口調があーしさん風になっているのは気のせいですね。

 

 

 ──まあ、何はともあれ俺は本題に入ることにした。

 

「……折本………大事な話がある」

 

 この話は、大事な話であり、──俺の最低な話でもある。

 

 当然折本は額に謎を浮かべているが、気にせずそのまま続けた。

 

「この間──つっても一週間以上前なんだが、告白された」

 

「え………」

 

 折本の顔がみるみる蒼白になっていく。

 

「それでな、その時は互いに恋人なのかあやふやだった時期だった」

 

「だから、受けちゃった、の?」

 

 ──え?

 

「ち、ちょっと待て!どうしてそうなった!?」

 

「………だから、恋人かどうかわかってなかっ…た、から、グスッ………その、…告白してきた…人の、う……け、ちゃった、んで…しょ?……」

 

 気づけば、折本が泣いていた。

 

「お、おい」

 

 掛ける言葉が見つからず、手が虚空を切る。

 

 

 そして──

 

 

 ──俺は、折本を抱きしめた。

 

 

「安心しろ、俺の彼女はお前だ、折本。……それに、俺には二股なんか出来る甲斐性(かいしょう)はねぇよ」

 

 

 めちゃくちゃ恥ずかしいが、折本を安心させる為なら、と割り切って言う。

 

 それが功を奏したのか、折本は泣き止んでくれた。

 

「誤解されるような事言って悪かった。だけど、そいつの為にも俺の為にも話は聞いてくれ」

 

 

 ──俺はそう言って、津久井本人から頼まれた事を話した。

 

 


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