ホグワーツ魔法学校に入学して、もう6年になる。
5年次の学期末に行われたO.W.L試験も終わり、生徒たちはN.E.W.T試験に向けて新しく選択科目を選ばなくてはならない。
当然、ここで選ぶのは将来の職業を見越して選択しなければならない。だが、生徒全員が選んだ科目全てにまじめに取り組むかというとそれも違った。
僕にとって重要なのは、魔法薬学と闇の魔法に対する防衛術。この二つは必修であるし、年々難しくなっていく。僕は最低限選ばなくてはいけない選択科目で楽なものを選び、この二つをその科目の時間で自習しようと考えていた。
とは言っても、新たに開講される科目がどんなものか分からない僕は、ルシウス先輩に相談した。ルシウス先輩はその相談を受け、即決で一つの科目を勧めてきた。
錬金術学。
O.W.L試験を終えた6年生以降に開講される科目で、なんと驚くことに最初の授業に出席するだけで合格が決定するらしい。
錬金術と言えば、歴史上の人物であるニコラス・フラメルが有名だ。
だが学生の学べる範囲で錬金術に近いものは魔法薬学くらいであり、錬金術を学ぶ科目は今まで聞いたことも無かった。
魔法薬学の難しさを知る僕としては、そんな科目がただの1度の出席で合格と言われて眉唾だったが、ルシウス先輩が嘘をつくとも思えない。
とりあえず今年度の開講科目であるかどうかを調べてみた。そしてその科目、錬金術学があった。
けど……。
《錬金術学 担当教授:天才美少女錬金術師カリオストロ様》
今年度の開講科目一覧の中で、既定の枠からはみ出ようと知ったことかと言わんばかりに書かれた担当教授の名前があった。というか、装飾過多すぎてはみ出してしまい不格好でもある。
そして、書かれていた名前もまた独特だった。
錬金術師カリオストロ。錬金術の開祖としてホグワーツ創成期から今も生き続けていると学んだ歴史上の人物。
これは、魔法史で学んだことである。偉大な錬金術師であるニコラス・フラメルが600歳近いことを考えれば、その開祖となれば1000年前のホグワーツ創成からずっと生き続けている……と考えたけど。
流石に、そんな人がこんな科目案内を出すとも思えない。そもそもホグワーツ内の教授にカリオストロなんて名前の人物は一度も見たことが無い。
しかし、ルシウス先輩曰く。
この錬金術学は毎年開講しており、実際に合格を貰ったスリザリン生も何人もいるらしい。ルシウス先輩自身もその一人だとか。
調べるほどに胡散臭さが増したけど、当初の目的は楽な授業で時間を増やしたいというだけだ。僕は先輩にお礼を言い、錬金術学を選択することにした。
最初の受講日。錬金術学の教室に僕は来ていた。
なお、この教室だが。案内には乗っておらずルシウス先輩に助言されてようやく見つけたという経緯がある。装飾過多の名前だけ載せておいて、重要なことを載せないあたり適当な科目だという認識がさらに強まった。
教室内には4寮の生徒が平均的にいる。おそらくは僕と同じように、先輩に聞いて楽だからと来たんだろう。
ふと、その中のグリフィンドール生の集まりに目が行った。その瞬間に、僕の不快指数が一気に上昇した。
忌まわしき男、ジェームズ・ポッターとその取り巻き。
奴らもどうやらこの授業を嗅ぎ付けてきたらしい。まったく、どこで知ったのやら。
しかし勤勉さのかけらもない奴らしいともいえる。大方、簡単に合格できるということを聞いて飛び付いてきたのだろう。
そしてここで一つ、他者から見ればくだらないだろうが、僕にとっては意地ともいえる考えが浮かんだ。
奴らはこの錬金術学、最初の授業だけ受けて後はいなくなるだろう。だったら、僕だけでもこの授業を真面目に受けるべき、いやそうでなくてはならない。何気なく浮かんだ対抗心が、僕の心を決めた。それに錬金術学というからには、その知識は魔法薬学にも通じる可能性もある。
授業開始の時間となった時、教室に教授は来なかった。
その代わりに、時間になったと同時に黒板が回転した。黒板には大きな文字で、こう掛かれていた。
『名前を書いて提出すること、以上☆』
黒板一つを使って大きく書かれたそれの下には、矢印が書かれていた。矢印の先は教卓を示している。
最初に動いた生徒は、忌々しきジェームズ・ポッターだった。ノートの切れ端に名を書いて、教卓の上に置く。それに続いたのはいつもの取り巻き3人。
後は、それに追従する連中だ。我先にと行くか、列を作るか、それとも待って人ごみを消えるのを待つか。
僕としては最後を選択することだろう。列に入るも、列を乱すもどちらも甚だしい。こういう時のために、時間を潰せる魔法薬学の教科書を持ってきて正解だった。
指定されている魔法薬学の教科書も、時代の移りと共に間違いである部分が浮き彫りとなってきている。確かに、教科書とは先人の知恵の結晶でもある。がそれは時として凝り固まった思考の羅列に過ぎないこともある。古きを知り、新しきを作り上げる。先人の雁字搦めな思考を紐解き、更なる魔法薬学の深淵へ。
この教科書と相対しているその時、僕は半純血のプリンスとなっている。至高の一時と言っていいだろう。
そんな時間を過ごしながら、僕は待った。
教授がいるならば、この表記名を回収しに来るはずだ。その時に真摯に授業を受けたいと願い出れば、僕だけ特別に授業を受けられるかもしれない。
教科書の粗探しをしつつ、メモを残し、その最後に自身の仮初の名を書き記す。そんなことをしていてふと気が付いた。人の喧騒が消えている。教室にはもう、僕一人だけしかいなかった。
慌てて時間を見ると、授業の時間は残り10分に差し掛かっていた。つまり、残り10分となってもこの教室には教授は来なかったということになる。
……少し考えれば、授業時間内に表記名を取りに来るとも限らなかった。無駄な時間を過ごしたとは言わないが、若干落胆をしつつ僕は教科書とノートを仕舞い込んで行く。
片付け終えて、いざ教室を出ようと席を立った。その時だった。
教室の扉が開き、一人の少女が早歩きで入ってくる。杖を振ると同時にカーテンは閉まり、燭台へと火が灯る。
「今年は一人か。まあ、毎年何人も残られちゃあ面倒だ。ちょうどいいか」
そう言って少女は教壇へ立つ。教卓の上に提出された紙を一瞥し、杖を一振りした。
瞬間、紙は形状を変えて薄い木彫りの表札に変わっていった。表札には1つ1つに名が刻まれている。あれは、提出した生徒の名前か。
「オレ様が直々に授業をするのは、才能と根気のある奴だけだ。ここまで残ってオレ様を待ったお前は、錬金術の真理へ踏み出す権利を得た」
麗しい少女の見た目から発せられる、男勝りな口調のアンバランスさ。
違和感の塊とも言える少女であったが、それよりも僕に響いたのは彼女の言う、錬金術の真理という言葉だった。
「今見せた通り、錬金術の原則は分解と再構築だ。これを生徒としてホグワーツにいる間に体得できるとは言わんし、言わせん。故に第一歩、お前が掴むのは錬金術のとっかかりだけだと思え」
「せ、先生!」
「ん?質問か、勤勉なのは良いことだ。なんだ?」
「先生の名前が……カリオストロというのは、事実なのでしょうか?」
錬金術を学問として、真理を追究するこの少女。
近代魔法史はそこまで得意というわけではないけれど、こんな少女がホグワーツで教職についているとなれば、話題にならないはずがない。
「お前、魔法史で習わなかったのか?この完璧な美少女ボディと、錬金術の真理を知る知識。錬金術師カリオストロ様を置いて、他に存在しえないだろうが」
その言葉に、僕は絶句した。
1000年の時を生きる錬金術師の開祖。後に、魔法史の教科書を改めて見返すと確かに外見的特徴として美少女である。と書かれていた。
「し、しかし。錬金術師カリオストロは1000年前の人物。今も生きているとは書かれてましたけど……」
「はっ、自分の常識で捉えてるうちはまだまだだな。いいか、お前……あー、名前は?」
「セブルス。セブルス・スネイプと言います」
「そうか、セブルス。お前は自身の常識をこれから全部覆される。錬金術を学ぶということはそういうことだ。真理に迫れば迫るほど、お前は人としての常識がどれだけ狭いモノなのかを知るだろう」
そう言った後、少女……カリオストロ教授は、僕をじっとりと見回した。
「まあ、もっともこの場にたまたま残ってただけって話もある。錬金術を学ぶかどうかはお前次第だ。オレ様も忙しいからな、次の授業でまたこの教室に来たのなら……学ばせてやるよ」
「……よろしくお願いします!」
錬金術学は、僕にとっての人生の転機となった。
カリオストロ教授はまさしく天才だった。学べば学ぶほど底が知れぬ錬金術に、僕は魔法薬学と同等かそれ以上に嵌っていた。
それは同時に、僕の魔法薬学への探究心も深めた。ジェームズ・ポッターらがいるホグワーツでは、流れる時間が長く感じたものだが……6年生となってからは、あっという間に時は過ぎ去っていった。
後に聞くと、カリオストロ教授はあのダンブルドア、さらには闇の帝王すらも教え子としていたらしい。
実際にそのことが本当かどうかをダンブルドア校長に聞いたこともあり、事実と判明した時は心底驚き、同時に誇らしく思った。彼女が偉大なる錬金術師であることは、すでに歴史が証明していたのだ。
闇の帝王と死喰い人による事件の後、吾輩はホグワーツの教師となった。
悲しきこともあったが、ダンブルドア校長に願い出て吾輩は魔法薬学を教えることとなった。いずれ現れるだろう、リリーの子を守るため。それもあったが、魔法薬学を教えることは吾輩の希望あってのことでもある。
「魔法薬学をこれから学ぶ諸君らに、まず言っておくことがある。吾輩は無能と怠慢が特に嫌いだ。たとえ、それが我が寮の生徒であったとしてもだ。
諸君らがこのホグワーツに在学している間に、魔法を、学問を究められると思ったら大間違いである。人としての一生を終えても、なおたどり着けぬ真理、深淵がこの世界にはある。それを知る第一歩が、この魔法薬学だと思いたまえ。では授業を始める」
吾輩は今、尊敬する彼女と同じ教壇へ立っている。
彼女とは違い、有無無像を相手取ることにはなれど、それでもその中に光る才を見抜ける程度には、目が見えているつもりだ。この中の一人でも、学問の輩として巣立てるように、吾輩は尽力すべきであろう。
吾輩は、僕を、誇りに思っている。