「ようこそ、セブルス。歓迎するよ」
「お構いなく」
闇の帝王が没してから数年。お互いに色々と忙しい身ではあったが、なんとか暇を見つけて彼を招くことができた。
セブルス・スネイプ。私と同じ死喰い人であり、現在ではホグワーツで教職についている私の後輩だ。
「さあ、中へ。急ぎ相談したいことが」
「父上!行ってきます!」
私がセブルスを家の中へ招こうとしたその時。我が息子、ドラコが不意に飛び出した。
玄関先の客人にあわやぶつかる寸前と言ったところで止まり、軽い会釈と同時に飛び出していく。
「随分と元気を持て余したご子息のようで」
「……悪く思ってやらないでくれ。ここ数日ほど、とある人物を探しているようでな」
「ご子息一人で大丈夫なのですか?」
「なに、危機管理はしっかりと覚えさせている。ドラコは賢い、それに探しているのも少し年上の少女と聞いている。親が出歯亀をするほど察しが悪いつもりはないさ」
我が息子ドラコには正しき血が流れている。当然、同年代の付き合いも親である私が決めるのが当たり前だ。
しかし、ドラコが自らの意思で同年代の友達、いやガールフレンドをもう既に作っているというのなら私にそれは止められない。むしろ親としてドラコを応援するのが当然と言えるだろう。仮にも魔法界にいる少女だ、純血とは言わずともマグル生まれということは少ないだろう。
もっとも、そんな娘を好きになるようなことはないだろうが……。おっと、セブルスが咳払いをした。意識せずに息子自慢をまたしてしまっていたかな、これだけは気付けないものだ。
「して、緊急事態ということですが」
切り出したセブルスにうなずきを合わせて、私は一つ映像紙を取り出した。紙の中に描き映し出されているのは、見聞きされた実際の映像だ。
マグルの一軒家、庭にいる貧相な少年と小太りの少年、そこに現れた一人の美少女、そして貧相な方の少年と美少女の消失。
「……これは」
「魔法省はまだ公開していないが、ツテで入手した。一昨日、『生き残った男の子』が消失した」
セブルスは食い入るように映像紙を見つめている。
そこに乗っていたのは我らが闇の帝王を破った、赤子が成長した姿だった。名をハリー・ポッター、魔法界では英雄と持て囃されている少年だ。
そしてもう一人。ここで言うのは太った少年の方ではなく、突如現れた美少女の方だ。煌めく髪、リボンをあしらった可愛らしい服装、魔法使いが羽織るものとは違う派手な赤いマント。
「私はかの御仁を実際に見たことがない。法定記録における特徴と、似顔絵くらいでしか判別ができなかった」
映像紙から離れ、一息つきセブルスは私に向き直る。平静を装ってはいるが明らかに動揺した目つきだ。
「……その少女。やはり錬金術師カリオストロなのだな?」
「間違いありませんな。魔法省による執行程度で死ぬはずが無いとは思ってはいましたが……」
セブルスの声が震えている。
彼にとって錬金術師カリオストロは恩師だと聞く。これは彼にのみならず、死喰い人であるなしに問わず彼女を恩師と称えるものは少なくない。かの闇の帝王ですら錬金術師カリオストロに師事し、あまつさえ彼女を仲間に引き抜こうと帝王自らが動いたこともある。
「歓喜に浸るところすまないが、ここからが本題だ」
この言葉を聞き、セブルスの顔が引き締まった。
やはり彼は優秀だ、感情に流されることはあったとしても理性を取り戻すのに時間がいらない。あの狸爺の元で教職としてつけるだけの度量があるのにも頷ける。
「彼女がカリオストロだとして、問題はどうしてこのような行動に出たのかだ」
「ハリー・ポッターの消失……いえ、誘拐ですかな」
「誘拐、か。この紙面では少年と同時に消失しただけだ。なぜその発想に至った?」
セブルスから出たのは誘拐という言葉だった。
実のところ、私はセブルスのことを全面的に信用しているわけではない。不必要な部分は伝えない、そういった面が彼にはあることは感じていた。
だからこそ、ここでセブルスから可能な限りの情報を引き出す。師事したことがあるからで分かることでも、それともホグワーツの教師として同じ立場になったから。でもいい。
魔法省は『生き残った男の子』の消失を恐れている。昨日ならばいざしらず、さらに一日たった今ですら新聞記事に一切この事件は乗っていない。この映像紙も極秘事項となっていた。間違いなく情報統制をかけていると言っていい。
ここで『生き残った男の子』を早期発見したのがマルフォイ家になれば、死喰い人時代の疑いを払拭することも可能だ。いや、それどころか魔法省に圧力をかける重要な手札にもなりうる。
是が非でもここは先手を打ちたい。そのためにもこのセブルスという男から、ほんの少しでも情報を聞き出さなければならない。
「ふむ……ではまず。我が師は別段、純血主義というわけではないことを理解していただきたい」
「何?闇の帝王の師が純血主義ではないと?」
「そうです。彼女は血筋よりも本人の……あー、才能と言えばいいのでしょうかな。とにかく個人主義であったことは間違いありませんな」
セブルスの言葉を聞き、過去の死喰い人時代を思い出す。
たしかに純血であろうと帝王は失敗を許さず、成功するもの、または失敗を挽回しようとした者を重宝した記憶がある。加えて特に過激な死喰い人では、同じ陣営でも無能はいらんと勝手に処罰すら下していたものもいた。
「そう。そういった個人主義だった彼女にとって生徒とは興味の対象であった、と我輩は考えております。そして我らが帝王も彼女に師事した一人、これを打ち破ったのがただの赤子であった『生き残った男の子』」
「……最優の弟子を打ち破ったから、その赤子が気になり弟子にするために誘拐したと?」
「あるいは、闇の帝王を打ち破った赤子にどんな秘密があるのか、調べるためにということもあるでしょうな」
ひとしきり語ったセブルスは目を閉じ息を吐く。
様子を見るに、嘘をついていない。
「では、この後について聞きたい。カリオストロはどう動くと思う?」
「もはや何もかも手遅れでしょうな」
私の問にセブルスはこう答えた。カリオストロがどう動くとも違う、何もかもが遅いと言ったふうに。
「師を捕らえることはもはや不可能でしょう。彼女は魔法界に拘らない。むしろこれが一昨日の話だと言うのなら、もう既に英国内にいるかどうかも疑わしい」
「ま、待ってくれセブルス。馬鹿な、魔法界に拘らない?魔法を教えるか研究をするために誘拐したと言ったではないか!」
「それは魔法界にいなくともできることです」
セブルスは淡々と続けていく。
「我が師のことを聞き、『生き残った男の子』を先立って救出してマルフォイ家の汚名を拭い去る。おそらくはそのために我輩から情報を聞き出そうとしたのでしょう。ですがそれはもう無理だと忠告させていただきましょう」
セブルスの顔は私の目を捕らえて話さない。
よもや開心術かとも思ったが、これは純粋に彼自身が推測したものだ認識を改めた。私の話はあまりにも強引過ぎた、たとえそれが仲間であったセブルス相手であったとしてもだ。
「我が師は魔法界にて生粋の魔法使いではありますが、マグルの文化に差別心があるわけでもない。魔法でほんの少しごまかして、マグルの正式な手続きで国外に出ていたらもう英国魔法省では……いえ、我々英国魔法使いで追うことなど不可能でしょう」
一息に師のことを吐き出したセブルスの顔は、とても残念そうなものだった。
追えるというのなら、自分が追いたいと言った雰囲気はまったく嘘には見えない。加えて錬金術師カリオストロについて私は大きく見誤っていた。
純血主義とは違う個人主義。魔法界に拘らない思想。そしてなにより、母国にすらかの御仁は未練など無かったのだ。
自分が知る限りの情報は渡したといい、セブルスはホグワーツへと戻った。
セブルスの忠告は受け取るが、魔法省や私のツテを使い情報を集めることは続けるつもりだ。しかし、規模がもう既に国外にまで発展してしまった以上は期待できない。
手が遅かったか、いや情報自体は魔法省から最速で渡ったはずだ。そう、魔法省さえ上手く情報を出せばまだ期待はあったのだ。
「ただいま帰りました!」
無能な魔法省に憤りを感じるも、結局は後の祭り。憤慨していたところでただ疲れるだけだ。
我が息子の元気な声が聞こえる。連日、件の少女を探しに行っては帰ってきて意気消沈していたのだが、今日に限っては随分と覇気がある。
「おかえり、ドラコ。随分と上機嫌じゃないか」
「父上、その。頼みがあるんです」
「うん、どうした?なんでも言ってみなさい」
普段からワガママを言うドラコだったが、子供のワガママなど可愛いものだ。と私はできる限り叶えてきた。だが今日に限って、ドラコはとても殊勝な態度でこう言った。
「お願いです。僕を……僕をホグワーツに入れてください!」
「しっかし、とんだ約束しちまったな……」
ダイアゴン横丁にある杖専門店、オリバンダーの店。
その店の前に手持ち無沙汰に立つ少女、いや美少女がいた。刻限は夕刻に差し掛かり、太陽は彼女の頭に煌めくカチューシャを照らす。
「決まったよカリオストロ」
「お、そうか」
店内から一人の少年が現れる。丸い眼鏡が特徴の少年だ。
美少女と少年、到底釣り合わない二人組は周囲から好奇の目で見られていた。この時期に杖を買いに来るというのも珍しいのだろう。
「じゃあねー、オリバンダーおじいちゃん!体を大切にね☆」
「……よもや、あなたにそんな呼ばれ方をするとは思っても見ませんでしたな。渡した杖は間違いなく彼の生涯を共にできるものと自負しておりますぞ」
「そうなの?」
「どうかなー?物を大事にすることはいいことだけど、ステップアップも大事だとカリオストロは思うよ☆」
美少女はそう言ってくるりと自分の杖を出す。
何の変哲もない杖だ。そう、なにもないところからいきなり現れたこと以外は。
「いいか。そいつはあくまで『練習用』だ。オレ様の弟子になる以上、こんなジジイの作る杖なんかよりも自分で作った杖を使えるようになれ」
指揮棒のように少年を杖で指し、先ほどとは打って変わった雰囲気に美少女は変わる。
威圧感がまるで違う、顔を反らすことすらできない美少女の圧に、少年があわや膝を折ろうかというところで緊張は解けていく。
「ああ、そうだ。数年後に一度ホグワーツに戻ることにした。お前が入学できる歳あたりになったら、またこっちに来ることにする」
「……それって、僕が魔法学校に入学するってこと?」
「魔法学校に入りたいなら好きにしたらいいさ。オレ様はオレ様の用事で戻ってくる、その時オレ様についてくるもよし、とっくに自立してどこぞで暮らすのもよし。全部はお前次第だよ、ハリー」
「……わかった、そのときになったら考えるよ」
魔法省が『生き残った男の子』の消失を発表したのは、その消失が発生してから2週間後のことであった。
このことを受けて、魔法省が事件をもみ消そうとしたことが広まり魔法省の権威は失墜。『生き残った男の子』の捜索が魔法省以外の民間団体でも開始される。
そして『生き残った男の子』を消失した張本人として、錬金術師カリオストロが指名手配となる。手配書として配布された彼女の人相書きは、奇しくも絶世の美少女として描かれていた。