脱獄を決めてから約三ヶ月。未だショーンとシリウス、ベラトリックスの三人はアズカバンに居た。ホグワーツ開校に間に合うどころか、ハロウィンも過ぎてしまったのである。まったくお笑いだ。
その主な原因は、ベラトリックスにある。
シリウスの計画は
純血主義の中でも殊更プライドの高い彼女は、自分が人間以外の姿になることが我慢ならないらしい。理屈では分かっているのだが……というやつだ。
ちなみにショーンも
「早くしろよ、ベラトリックス。俺の刑期が終わっちゃうぜ」
「うるさい! ちょっと待ちな」
「そのセリフ何回目だよ……」
「ショーン。覚えておくといい、女の「ちょっと待って」ほど長いものはない」
「シリウス、あんたはここを出た瞬間殺す」
「なら殺されないよう二人で出るか、ショーン」
「ちょ、待ちな!」
「おはよう!」
ショーンは一つため息をついてから、クロスワードを再開する事にした。
次の問題は、なになに……
「はいはいはーい! それ私、私です!」
ロウェナがニッコニコしながら手を挙げた。ロウェナ・レイブンクロー、文字数も合っている。これで正解らしい。
「馬鹿、と」
「なんで馬鹿って書くんですか!? 文字数とか合ってないじゃないですか!」
「すまん、癖で」
「癖!? まさかショーン、今まで私のことを頭の中で「馬鹿」と呼んでいたのですか?」
「ははははは」
「笑って誤魔化された!?」
なんだか、いつもよりロウェナのテンションが高い。室内犬は小まめに散歩に連れて行かないとストレスが溜まって煩くなると聞いたことがあるが、その類だろうか。
早くここを出なければならない。ショーンは改めてそう思った。
「……ん、待てよ。ロウェナがこの魔法を作ったのなら、なんかこう、良い感じに出来るんじゃないのか?」
「なんです、そのあやふやな言葉は。でも、そうですね。出来ないことはないと思いますよ。ただ……」
「ただ?」
「杖がありません」
「確かに」
しかし逆に言えば、杖さえあれば出来るということだ。
当然のことだが、ショーンの杖は取り上げられている。二年経てば出れるので、折られては無いと思うが、何処にあるのか分からない。
相変わらずシリウスと口喧嘩しているベラトリックスに話しかける。
「ベラトリックス!」
「おはよう!」
「お前じゃない。ちょっと静かにしてろ。ベラトリックス!」
「このクソい――なんだい、ショーン」
「俺の杖が何処に保管されてるか分かるか」
「あ〜あ、分かるよ。よく知ってる」
「よし、教えろ」
「一度しか言わないから、一回で覚えな」
案の定ショーンは一度で覚えられなかったが、試しにお願いしてみると、三回までは教えてくれた。
ベラトリックスによると、現在ショーンが居るのはアズカバンの三階、真ん中よりやや北に位置する場所だという。
囚人達の私物が預かられているのは一階の最東端。そこに行くには、南と西にそれぞれ一つずつある階段のどちらかを下り、一階へ行かなくてはならない。
また一フロアにつき二人、闇祓いが巡回しているので、そちらにも気をつけろ、とのことである。
また私物が保管されている部屋は管理人室に隣接しており、常に三人程度の闇祓いがいるらしい。またその部屋に入るには、鍵も必要だということだ。
「分かった。なら、杖を取ってくる」
「気は確かか? 脱出するだけならともかく、厳重な警備を掻い潜って杖を持ち出すのは不可能だ。それに気がついてないかもしれないが、我々は牢屋に閉じ込められている。ディメンターの食事中に逃げるならともかく、今は無理だろう」
「どうかな?」
「おまえ、どうやって……?」
鉄格子の外、シリウスの目の前にショーンが立っていた。ショーンはシリウスの疑問に答える前に、アズカバンの奥の方へと駆けて行った。
◇◇◇◇◇
アズカバンの薄暗い闇を走りながら、ショーンはほんの少し後悔していた。
ベラトリックス・レストレンジ――闇の帝王の右腕である彼女とは、とりあえず手を組んでいるものの、心底からの仲間ではない。外に出た瞬間殺される可能性だってあるのだ、あまり手の内を見せるべきではないだろう。
さっきはサラザールの力を借り、一時的に蛇になる事で牢屋を出た。その光景を直接は見ていないだろうが……。
またここの住人は全員魂が破壊されているか、弱っている。その為ヘルガの開心術が上手く機能しないのだ。いかに優れた技を持っていようと、無いモノは開きようがない。
杖があれば話は変わったかもしれないが、残念ながら今ショーンの手元にあるモノと言えば日刊予言者新聞くらいのものである。
とにかく、心が読めず何を考えているのか分からないのだ。
ただでさえ力量はあっちの方が上、加えて向こうの思惑も分からない。今の状況を例えるなら、教科書がないまま魔法薬学の授業を受けるようなものだ。つまり『
「やれやれ。こんなのは俺のキャラじゃないんだけどな……」
人を疑い、神経を尖らせながら行動するなんて、らしくない。ショーンは自分でそう思っていた。
いや、しょっちゅう人は疑っている――特に悪友のジニーなどは信用したことがない――が、それとはまたちょっと違う感じだ。
まあ魔法薬学が『
「おいショーン。なんでお前外にいるんだ? それともこれは幻覚で、とうとう俺の頭がイかれちまったのか……」
「多分そうだ」
「そうか。頭がイかれちまったのか! 教えてくれてありがとな!」
「いや、気にするな」
アズカバンの囚人仲間が、牢屋の外にいるショーンを見て話しかけてくる。彼の名前は確か……そう、ラバスタン・レストレンジ。ベラトリックスの義理の弟だったか。
他にも色々、どいつもこいつも凶暴そうな面が並んでいる。
しかしそんな彼らよりも、シリウス・ブラックとベラトリックス・レストレンジの方が凶悪犯らしい。その二人の間に挟まれている自分は一体なんなのか、ショーンはちょっと疑問に思った。
「ショーン。次の角から見回りの看守が来るよ。そんな気配がする」
ゴドリックのアドバイスから数秒後、足音が聞こえてきた。
相変わらず化け物じみた直感だ。最早魔法の類に近い。
どうするか……ショーンはちょっと頭を悩ませた。
もう一度蛇になればいいではないか、とも思うかもしれないが、去年ゴドリックの力を少し使っただけで筋肉がズタボロになったのと同様、サラザールの力を使うと、恐ろしく魔力を消費するのだ。
体の方は最近アズカバンでの貴重な時間を割いて鍛えているのだが、年齢と共に成長する魔力の方はどうしようもない。
少し焦りながらあたりを見回すと、ちょうどいい隠れ蓑を見つけた。
「ちょっと失礼」
近くを漂っていた吸魂鬼のマントの中にお邪魔する。手土産も何も持ってないが、だいぶ臭いがキツイのでイーブンだろう。
ショーンは同じ方法で看守達の目を掻い潜りながら、順調に進んで行った。そしてとうとう一階――保管室前へと辿り着いたのだ。
そこから先は簡単だった。
看守達は守護霊を使役しており、吸魂鬼の影響を受けていない。つまり、ヘルガの能力が有効なのだ。心を読んで、死角を移動する。鍵の場所もすぐに分かった。
あっけなく、ショーンは自分の杖を手に入れたのである。
◇◇◇◇◇
牢屋の中に戻ったショーンは、ベラトリックスに
しかし正面切って魔法をかけてしまっては、何でお前はそんな魔法を知ってるんだ、と言及されてしまう。そこで夜中にこっそり、隣の牢屋から壁を貫通させて魔法を唱える事にしたのである。同居人はぐっすり寝ているので、心配はないだろう。
「ではショーン。左腕を私の制御下に」
「はいよ」
ロウェナの左腕がショーンの左腕の中に入ってくる。すると自分の意思とは関係なく、左腕が動き出した。
ショーンの杖腕――もとい利き腕――は右腕なのだが、ロウェナの杖腕は左である。どうやらそれは憑依された時も変わらないらしい。ロウェナは左腕を振るい、ベラトリックスに魔法をかけた。
キラキラとした何かが、杖から出て、壁の向こうへと吸い込まれていった。
「ぎゃああああ!」
直後に、ベラトリックスの悲鳴が聞こえてくる。
「おい」
「いえ、私に限って失敗はあり得ません」
ロウェナがふんすと薄い胸を張りながら言った。その直後、隣の牢から獣の声が響いてくる。
「にゃー」
「おい」
「……説明なく
「おい」
「あー、こほん。前向きに行きましょう! ともかく目的は――」
ロウェナの声を遮るように“ビー、ビー!”とサイレンが響き渡った。同時に、赤いランプが点灯する。
「おい」
「……そういえば、ショーンはまだ未成年でしたね。あはは……“臭い”に引っかかっちゃいました」
“臭い”。
それは大昔にロウェナが開発した、未成年魔法使用者探知呪文。
この魔法があるお陰で、イギリス魔法界は他の魔法界とは比べ物にならないほど未成年者の風紀が乱れていない――他国の魔法を知ったマグル生まれの子供のほとんどは、こっそり魔法を使い事件を起こす――のだが、今回に限っては邪魔もいいところだ。
「ショーン! 一体何の騒ぎだ!」
「おはよう!」
「にゃー!」
「やばい事になった! ベラトリックスが戦力外になった上に、俺が杖を持ってるのがバレた!」
「何をやったらそんな事になるんだ……」
シリウスが愕然としているのが、壁越しでもヒシヒシと伝わってくる。
「こうなったら、今から脱獄するしかない」
「よしきた!」
直ぐにサラザールの力を借り、蛇になる。そして格子の間をくぐり牢を出て――力尽きた。
「やばい、魔力が切れた」
全身に力が入らない。その中でも特に左腕、ピクリとも動かなかった。
「おいショーン! クソ、今行くぞ!」
慌ててシリウスが犬になる。しかし――
「わん!」
大型犬のシリウスでは、格子の間をくぐれない!
牢屋の中からシリウスの遠吠えが、虚しく聞こえてきた。
それに混じって、遠くの方から複数人の足音と声が聞こえてくる。ショーンは何とか逃げようと体を這わせるが……1メートルも移動出来ない。
「わん!」
「にゃー!」
「おはよう!」
正に絶対絶命。終わりである。
力の入らなくなった左腕から、杖がコロコロの転がって行く。
脱獄しようとしたのがバレたら、一体どのくらい刑期が伸びるか……そんな事を考えながら、ショーンはゆっくり意識を失っていった。
【オマケ:ショーンがハリーの同級生だった時の初めての授業】
ショーン「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
ハー子「……どうして羽じゃなくて私のスカートの裾が浮かんだのか、納得出来る説明をしていただけるかしら」
ショーン「ふむ。魔法には強く精神のありようが関わっている事は、今更言うまでもない。
恐らく、私の中の君への強すぎる思いが、この様な結果を生み出したのだろう。これは痛ましい事故だ、僕は悪くない」
ハー子「そう。それなら、私が今から使う魔法で貴方がどうなっても、それも痛ましい事故という事ね」