遠くで大砲の音が鳴った。
どうやら二つ目の試練が始まったようだ。
「……見に行かないのかい?」
「ん、ああ。気分じゃない」
ショーンは湖とは離れた、学校の北塔にいた。
最初はショーンを人質として起用する案も出たのだが、各校代表選手全員とそれなりに交流がある為、全員が助けようとしてしまう可能性があり、見送られた。
それなら応援する側に回ればいい……のだが、どうにも気のりしない。
勘違いしてもらいたくないのだが、応援したい気持ちはある。
ただ、たくさんの人間に混じって、声を上げて騒ぐ気分じゃないだけだ。それに湖に行くと、また水中人と喧嘩になる。それは勘弁願いたい。
「少し雑談でもしようか」
「雑談にそんな前置き入れるやつ、初めて見たよ」
「そうだなぁ、誰が優勝すると思う?」
「……クラムは流石プロ選手だけあっていざって時強いし、フラーも英語を覚えた事で図書館を使えるようになった。ハリーも最年少ながら第一の課題はトップ通過――だけど、やっぱりセドリックじゃないか?」
ハリーとセドリックが第二の課題に向けて『泡頭呪文』の練習をしているところを見たが、やっぱりセドリックは呪文の習得が早い。順当に行けばやはりセドリックだろう。
なんにせよ、全員ショーンより実力は上なのだ。下からの推測ほど不確かなものはない。
「なあ、ヘルガは――」
「さっきも言った通り、その事について僕たちから言う事は何もない」
「そうかよ」
こういう風に言う時のゴドリックは、絶対に自分の意見を曲げない。
それならショーンに甘いサラザールやロウェナに聞けばいい、と普段なら思うのだが、その二人も今回だけは口を割らなかった。
ヘルガを探そうにも、ヒントもなければ当てもない。
何かしなくては。
でも何を?
いいや、何も。何も出来はしない。
ただ、言い知れぬ焦燥感にジリジリと身を焦がすだけだ。
「――つぅ!」
頭を抑えてその場にうずくまる。
ヘルガがいなくなってから、頭痛が止まらない。それに何だか、耳鳴りというか、複数の人間が常に耳元で囁いている気がする。
加えて先程から、まるで真綿で首を絞められてるような、何とも言えない圧迫感までして来た。
いつもオールAの健康診断も、今回ばかりは引っかかりそうだ。
「セドリック・ディゴリー、一位通過! みなさん、拍手でお出迎え下さい!」
遠くから、セドリックがゴールした放送と、歓迎の声が聞こえて来た。
続いてフラー、クラム、ハリーとゴールしたようだ。
もう直ぐ生徒達が学校に戻って来る。
祝賀会だってやるだろう。
きっとまたジョージとフレッドあたりに、ジニーと組んで何か芸をやれと言われるに違いない。
それまでに、何とか回復しなくては……。
(……あれ?)
突如、目の前に壁が現れた。
いや違う、これは床だ。
倒れたんだ、地面に。
幽霊達の心配する声が聞こえる。
だけど、遠い。ずっと遠い。
物凄く遠くから声をかけられてるみたいだ。
「……しょ………ショーン、ショーン! おい、大丈夫か!?」
「ん……シリウス?」
「ああ、私だ。待ってろ、今医務室まで運んでやる」
いつの間にか、シリウスがそばに立っていた。
彼はショーンを抱き抱えると、保健室を目指して一目散に駆け出した。
「悪いな、シリウス」
「これくらいなんて事ない。それより、ブラック教授と呼べといつも言ってるだろう」
「ああ、悪い」
「……そう殊勝に謝られると、調子が狂う。本当に大丈夫か、ショーン」
「平気だ。ステーキを食って、寝れば……」
「ステーキ!? そんな物、許しません!」
半狂乱のマダム・ポンフリーが会話に割って入って来た。
ああ、いつの間にか保健室にたどり着いていたのか……。本当にどうしちゃったんだ、俺は。早く元気にならないと、何処かにいるヘルガも心配するだろうしな。
ショーンはベッドに横になりながら、そんな事を考えた。
そして眠りについた。
安らかな眠りだ。
その日、彼が起きる事はなかった。
次の日も、また次の日も。
ステーキでも顔に乗せれば直ぐに起きるだろう、普段の彼を知る面々はそう楽観していたが……三日が過ぎ、四日が過ぎ、一週間が過ぎても、彼が目覚める事はなかった。
流石にこの頃になってくると、楽観視する者はそう多くはいなくなっていた。
ルーナやハグリッドなど、中にはあまりに唐突過ぎて実感を得られない者もいたが、栄養補給の為に身体につけられた管を見ると、途端に痛ましい顔をした。
原因は一切分からない。
マダム・ポンフリー曰く、体にはまったく問題がないそうだ。
しかし目覚めない。
その上、時折苦しそうに頭を抑える。
どう見ても異常なのだが、何が異常なのか分からない。
マダム・ポンフリーはおろか、お見舞いに来たアルバス・ダンブルドアにさえ。
そしてショーンが目覚めないまま時は流れ……遂に第三の課題が始まった。
「ショーン、聞こえるかしら? 随分盛り上がってるみたいね」
医務室には、ハーマイオニーだけが残った。
他のメンバー――ジニーやコリン、ロン、ルーナ――なども残ろうとしたが、それは彼女が力強く断った。
二人が交際している事は、コリン以外知らなかったが、今回の件で色々と察したようだ。尤も、事態が事態なだけに、その事について深く言及する者はいなかったが。
「騒ぐのが好きな貴方が誰よりも静かだと、なんだか変な感じね。みんなもしっくり来てないみたい。
……でも、私はこんな風にしてるのが好きだわ。
だからダンスパーティーの時、華やかなダンスホールを離れて、ゆっくり話せたのは……楽しかったわ。
変かしら? ダンスパーティーに行って、ダンスホールを離れてた時が楽しいなんて」
また、大きな歓声が聞こえて来た。
どうやら向こうはだいぶ盛り上がっているようだ。
(……?)
それにしては、様子がおかしい。
歓声と言うよりはむしろ……悲鳴に近いような。
◇◇◇◇◇
トップバッターであるセドリック・ディゴリーは、迷路の中を駆け抜けていた。
彼の頭の中にあるのは、会場で応援してくれているガールフレンドのチョウと、ベッドに横たわる友人のショーンのことだ。
……最初、ゴブレットに名前を入れた時。
あの時は軽い気持ちだった。友達やチョウに言われての事だったし、まさか選ばれるとは思っていなかった。
だけど、今は違う。
オールスター戦の時、ショーンが真っ先に頼って来たのは、僕だった。
去年度優勝チーム・グリフィンドールのエース、ハリー・ポッターではなく、僕だった。
ショーンは、ほとんど“人に頼る”という事をしない。過去に頼ってた人が自分のせいで死んでしまって以来、ちょっとしたトラウマになっているのだと、昔話してくれた。
だからその時になってようやく、どれだけ自分が頼られているのか、期待されているのかを知ったんだ。
僕は勝たなくてはならない。
ショーンが目覚めた時「君の応援がなくても余裕だったよ」と笑って言うために。
それから、チョウが「優勝したら“特別な夜”を過ごさせてあげる」って言ってくれたから……。
リラックスしている証拠……と取れなくもない。
セドリックがそんな事を考えていると、
「ステューピファイ!」
「おっと! プロテゴ!」
後ろから魔法が飛んできた。
放ってきたのは、二番手で迷路入りクラムだ。流石、足が速い。もう追いついたのか。
しかしいくら足が速くとも、魔法使いとしての技量としてはセドリックが上回っている。強固な守りに阻まれて、追い越す事は出来ない。かといって引き離しても、直ぐに追いつかれてしまう。このままでは満足に探索できない……それなら、今倒してしまうか?
そうセドリックが考えた瞬間、何かが横をすり抜けて行った。
アレは……ハリーとフラーだ!
ハリーが箒を操り、その後ろに乗ったフラーが防御魔法を展開している!
同点だった彼らは、確か同時に迷路入りしたはず。僕とクラムを追い抜くまで、手を組んだのか!
セドリックが思考を張り巡らせている間に、クラムは既に決意を固めていた。
直ぐさまセドリックの追撃を諦め、空中に道を作り、最短ルートを駆けていく。
気がついてみれば、一番に迷路入りしたセドリックは、最下位だ。
(……ハリーとフラーの様に、良いパートナーを見つける機会はもうない。かといってクラムの様に運動神経がいいわけでもないし、直ぐさま決断できるわけじゃあない。
認めよう、出遅れた。だからと言って、無い物ねだりをしてもしょうがない。それなら彼らの様に、僕も僕の持ち味を活かせばいい!)
セドリックはまず、足を止めた。
次に深呼吸。
先を行く選手達に追いつく事はもう出来ないだろう。しかし、これは迷路。速く進めばそれで良いというものではない。
ハッフルパフ生の持ち味は、地道な努力。セドリックは一つずつ、迷路を細かく調べる事にした。
魔法の痕跡を調べる事は、大人の魔法使いにとってとても大切な作業だ。特に魔法省――ひいては闇祓いにとっては。
ここは一つ、メタ的に考えてみよう。今回の主催者の一人は、かつて闇祓い一の過激派だったバーテミウス・クラウチだ。それなら、闇祓いにとって必要な資質を試す試練を、組み込んでいるはず……。
「あった!」
この広大な迷路も、元は小さなクィディッチ会場。それなら間違い無く、大規模な拡大呪文がかけられているはず。
セドリックの読みは正しかった。
拡大呪文の痕跡を、見事発見したのだ。
後はこれを逆算して、縮小した図を思い浮かべればいい。
手早くそれらの作業を済ませると同時に、セドリックは駆け出した。
迷路の終点……中央へ。
「ビンゴ!」
道の先には、怪しげな光を放つ優勝トロフィー。
ゴールへ向けて、一直線に走る。途中巨大グモが脇から出てきたが、そんな物なんの問題にもならなかった。
そしてセドリックが優勝トロフィーに手を触れた瞬間……とほぼ同時に、別の道から出てきたクラムと、上から飛来したハリーとフラーもまた、トロフィーを掴んだ。
◇◇◇◇◇
この感覚――前にもどこかで。
そうだ、クィディッチのワールドカップを見にいった時の……。
「そうか、優勝トロフィーがポートキーになっていたのか」
「でも、妙だわ。ここって表彰台ってよりも、墓場よね。それともイギリスの表彰式はこれが一般的なのかしら?」
「まさか。ここは墓場だよ、イギリスでもね」
そう。セドリック達が飛ばされたのは華々しい表彰台ではなく、不気味な墓場だった。
「いたっ!」
「ハリー。大丈夫ですか?」
ハリーがひたいの傷を抑えて座り込んだ。
あの傷は、確か『闇の帝王』につけられた……。
ふと頭の中を、管に繋がれたショーンがよぎった。
突如倒れたショーンといい、ハリーの傷といい……嫌な予感がする。とてつもなく悪い事が起きる、そんな予感が。
「速くここを離れよう。嫌な予感がする」
「あら、墓参りはいいの?」
「フラー、ふざけてる場合じゃない。みんな、もう一度一斉に優勝トロフィーに触れるんだ、そうすれば――」
「それは困るな、セドリック・ディゴリー」
「!?」
墓場の陰から、一人の男が現れた。
男は邪悪な笑みを浮かべながら、セドリック達を舐めるように眺めた。
「バーテミウス・クラウチ・ジュニア!」
ハリーが叫んだ。
ハリーは憂の篩の中でクラウチを知っていた。彼が死喰い人である事も、闇の帝王の深い信奉者であることも、強力な闇の魔法使いであることも。
「あの方の計画には、お前達が必要不可欠なのだ。四人ともがな。お前達を揃って優勝させるのに、こちらも色々と苦労したんだ。もうしばらく、ここにいてもらおう」
「はっ。イギリスはナンパの仕方も遅れてるのね。そんな誘いは願い下げ――」
「フラー!」
クラウチは直ぐさまフラーに向けて呪いを放った。
直ぐさまセドリックが止めに入る。
「ぐぅ……!」
盾の呪文が貫かれ、セドリックの肩が深々と切り裂かれる。
強い……。たった一つ呪文を受けただけで、セドリックはクラウチの力量を嫌という程分からされた。
クラウチはセドリックの傷ついた肩を見ると、下卑た笑みを浮かべた。彼は人が傷ついてる様を見るのが――いや、人を傷つけるのが好きなのだろう。
「ふむ。あの方は生存している状態でと仰ったが、状態は指定なさらなかったな」
ゾワッとした感覚が、四人を襲う。
第一の課題で戦ったドラゴンの殺意とはまた違う、ドス黒い悪意。
「ああ、受けて――」
ハリーは杖を構え、クラウチと戦おうとした。
それを制したのは……意外なことに、セドリックだ。ハリーを庇うように、前に一歩飛び出た。
「ハリー。それからフラーにクラムも。ここは僕を頼ってくれ」
「でも、セドリック」
「大丈夫。もしもの時のために練習しておいた、とっておきがあるんだ」
ウィンクを一つ。
不気味な墓場に不釣り合いなほど、綺麗なウィンクだ。場違いにも、ハリーはそんな事を思った。
「ああ、相談は済んだようだな。それじゃあ――」
「三人とも、離れてくれ」
セドリックは直ぐさま三人を離れさせた。
それはクラウチが放った無数の呪いから逃れさせるため――ではない。自分が今から使う魔法の余波によって、三人を殺させないように、だ。
三人が10メートルほど離れたのを確認してから、セドリックはその呪文を唱えた。
「――
轟!
と、熱風が吹き荒れる。
かなり離れたのに、ハリー達はその熱によってジリジリと肌が焦がされた。
燃やせない物がないと言われてるほどの破壊力を持つ反面……時として術者本人をも燃やしてしまう、危険な闇の呪文。早い話が、学生に使える様な魔法ではないのだ。
使えない、そのはずだ。それが、なんだ。これは?
「……馬鹿な、あり得ない」
目の前に立つのは、火で形取れた巨大なアナグマ。
その腕の一振りは、クラウチのあらゆる呪文を焼き払った。
間違いない!
セドリック・ディゴリーは完璧に、悪霊の火を使いこなしている!
「僕は負けられないんだ」
セドリックはひたいに、大粒の汗をいくつも浮かべていた。
膨大な魔力消費、悪霊の火から受ける熱風、そして操作するための精神力――セドリックの疲労は並大抵のものではないだろう。
それでも、セドリック・ディゴリーは負けない。
「終わりだ」
殺すわけじゃない。
ただ、再起不能にはなってもらう。
悪霊の火で出来たアナグマは、その巨体からは想像もつかない程の速度で走り出した。
クラウチは杖から大量の水を放出したが、足止めにもならない。
アナグマの剛腕はクラウチに振り下ろされた!
「そこまでにしてもらおう」
果たして、それは止められた。恐ろしいほどに呆気なく。
同じく、悪霊の火で出来たヘビによって。
「なんで、そんな……。お前がここに!」
傷が痛むのだろう。
ハリーが苦しそうに声を出した。
ハリーの見ている先……そこには一人の男がいた。黒いローブを纏った、一人の男が。
「俺様の部下の非礼を詫びよう。許せ、お前達を傷つけるつもりは毛頭なかったのだ。そして讃えよう、セドリック・ディゴリー。その歳で悪霊の火を使いこなすとは、才能に加え努力もしたのだろう。故に、俺様はお前を讃えよう」
そこに立っていたのは、闇の帝王――ヴォルデモート卿だった。
ハリー、ロン、ハー子ジニー、フラー、クラム、ショーンの7人で魔法の人生ゲームをするという謎の話を書いたはいいけど、完全に入れるタイミングを逃した。