マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
次元斬 VS 罪―Sin

何だか厨二心くすぐるカッコイイ響き(* - ω - ) ウーン




第132話 超えられぬ壁

 

 

「さぁ、行くがいい! Sinモンスターたちよ! あの男を八つ裂きにしろ!!」

 

 そのパラドックスの言葉に神崎は5体のドラゴンの姿に圧倒されていた己の意識を強く引き戻す。

 

「そのバトルフェイズ開始時に永続罠《超古代生物(ちょうこだいせいぶつ)の墓場》を発動。これにより特殊召喚されたレベル6以上のモンスターは攻撃宣言できず、効果の発動も――」

 

 パラドックスの5体のSinモンスターが氷漬けにされていくが――

 

「無駄だ! 速攻魔法《サイクロン》を発動!! フィールドの魔法・罠カード1枚――貴様の永続罠《超古代生物(ちょうこだいせいぶつ)の墓場》を破壊!!」

 

 だがその氷はパラドックスの発動したカードから渦巻く竜巻によってひび割れ、その隙に翼を羽ばたかせたSinモンスターたちによって砕かれる。

 

――《暴君の威圧》で釣れなかったカードか……

 

 そう内心で当てが外れたと零す神崎が裏守備表示となった自身の2体の戦士たちに望みを託す中、パラドックスの宣言が響く。

 

「《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》で裏側守備表示の《異次元の女戦士》を攻撃!! 黒炎弾!!」

 

 Sinの力に囚われた黒き竜の黒炎が裏側守備表示で身を伏せる《異次元の女戦士》を焼き尽くす。

 

「その攻撃時、罠カード《神風(しんぷう)のバリア -エア・フォース-》を発動。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て持ち主の手札に戻します」

 

 筈だったが、黒炎は荒れ狂う風の障壁に遮られ、《異次元の女戦士》には届かない。

 

 そして荒れ狂う風が猛る黒炎を轟々と燃え盛らせ、パラドックスのフィールドに押し戻さんとするが――

 

「無駄だと言った筈だ!! 2枚目のカウンター罠《魔宮の賄賂》を発動し、魔法・罠の発動を――エア・フォースを無効! そして貴様は1枚ドローするがいい! その瞬間、私は永続罠《便乗》の効果で2枚ドローする!」

 

 風の障壁が霧散し、遮る存在のなくなった黒炎が《異次元の女戦士》を焼き尽くす。

 

「ですが其方の永続罠《スキルドレイン》によって無効化されていたモンスター効果は永続罠《暴君の威圧》の『このカード以外の罠カードの効果を受けない』によって打ち消されています」

 

 だが最後の力を振り絞った《異次元の女戦士》が投擲した光剣が《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》に向けて放たれた。

 

「よって《異次元の女戦士》の効果で《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を除外」

 

「随分と甘い想定だな! ダメージステップ時に速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! モンスター1体の攻撃力を400アップし、効果を無効にする!!」

 

 しかし投擲する寸前に《禁じられた聖杯》の聖水を《異次元の女戦士》が浴びた途端、光剣の輝きは失せる。

 

《異次元の女戦士》

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

攻1900

 

 無情にも《異次元の女戦士》の剣は《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の鱗に弾かれた。

 

「次だ! ヤツの最後の守備モンスターを蹴散らせ! 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》! シューティング・ソニック!!」

 

 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》のブレスを地面にハルバードを突き刺しながら受け止め、後ろの神崎には届かせないと踏ん張りを見せる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 200

 

 やがて《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》のブレスによってボロボロになった《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》が倒れ、散っていく。

 

 最後に残ったハルバードも担い手の後を追うように砕けた。

 

「これで貴様を守るモンスターは消えた――終局といこう! 《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》よ! ヤツに止めを刺せ! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!!」

 

 3つ首の機械の魔竜――《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》の3つの口からビームの如きブレスが神崎を滅殺せんと迫る。

 

 

 その威力は初期ライフ4000など容易く消し飛ばす威力。

 

 

「罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動。このターン私が受ける全てのダメージは半分になります!」

 

 だがその3つのブレスの前に半透明な壁が現れ、その内の1つを打ち消し、もう1つを半減させた後、砕けた。

 

 半減された1つのブレスと防げなかったブレスが神崎を打ち抜く。

 

「――ぐっ!!」

 

神崎LP:4000 → 2000

 

 半減されたにも関わらず圧倒的な威力を内包した《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》の一撃は神崎に確かなダメージを与え、吹き飛ばす。

 

 宙で身を捻り地面を削りながら着地する神崎だが受けたダメージゆえか、その膝が崩れ落ちた。

 

「ふっ、ライフが残ろうとも貴様の気力が持たなかったようだな」

 

 その姿を見下ろすパラドックスだが、その瞳に侮りや油断などありはしない。

 

「だが手を緩めるつもりはない――直ぐに貴様を両親の元に送ってやろう!」

 

 やがてパラドックスから続けざまに語られた「両親の元」との言葉に神崎の脳裏に過るのは過去の残照。

 

 

 その過去の光景は地面に鉄骨が突き刺さり、幾重にも積み重なった檻のようなもの。その中には――

 

『怪……我はな……い?』

 

『……良……がった……』

 

 潰れた臓腑に血まみれの身体で自分たちを見捨てた子を真摯に案じ、最後の願いを託した2人の姿。

 

――恨み言の一つでも言ってくれれば楽だったんだがな……

 

 そう胸中を零す神崎。過去の神崎は自身が「望まれていなかった」と考えていた――もっと「普通の子供」が良かっただろう、と。

 

 だがその過去の神崎の予想に反し、内心で神崎のことを不気味に感じていても彼らは最後まで親として子を愛した。

 

 その想いが、願いが、神崎を縛る罪科の鎖となる。

 

 最も助けたかった2人を我が身可愛さに見捨てたのだと。

 

「まだ……だ……!!」

 

 神崎は震える身体で立ち上がる。膝を突いてなどいられない。

 

 

 神崎は憎んでいた。

 

 

 他の何よりも憎んでいた。

 

 

 無力な己を憎んでいた。

 

 

 ゆえに倒れるなど――己が弱いままであることなど、許容しない。

 

 そんな神崎の眼に宿る暗い光にパラドックスは目を細めつつ宣言する。

 

「立ったか……だとしても残り2体のSinモンスターの攻撃は防げまい!」

 

 まだ攻撃は終わっていないと。

 

 だが対する神崎もこのまま終わる気はない。

 

「そう……簡単にはやられませんよ――私が戦闘・効果でダメージを受けた時、墓地の《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》を攻撃表示で……特殊召喚」

 

 フラフラと立ち上がる神崎の闘志に呼応するように数多の武器を担いだ武者鎧の戦士、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》が5体のSinドラゴンたちに立ちはだかる。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》

星4 地属性 戦士族

攻1300 守1100

 

「だが結局は同じことだ! 《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》! ソイツを蹴散らせ! 滅びのバースト・ストリーム!!」

 

 《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスに苦悶の声を上げる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》。

 

 その滅びのブレスは本来ならば《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》の身を貫通し、神崎をも貫くが――

 

 圧倒的な力の奔流に消し飛ばされそうになる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》の背を支える戦士の影が1つ。

 

「ですが永続罠《死力のタッグ・チェンジ》により戦闘ダメージを0に!」

 

 その戦士の鼓舞を受け、滅びのブレスをその身で受け止めた《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》は立ち尽くしたまま、その命を散らした。

 

「そして手札のレベル4以下の戦士族モンスター1体――2体目の《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》を特殊召喚!」

 

 だがその戦士の想いは先と同じ戦士、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》に受け継がれる。

 

 やがて大地を踏みしめる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》はハルバードを盾のように構え、守備表示で攻撃に備えた。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 200

 

「守備表示か……手札の戦士族モンスターは尽きたようだな! 《Sin レインボー・ドラゴン》! その最後の壁モンスターを粉砕しろ! オーバー・ザ・レインボー!!」

 

 《Sin レインボー・ドラゴン》の首に並ぶ宝玉が光り輝き、やがて口から虹色のブレスが放たれ、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》を粉砕する。

 

 だが神崎は辛うじて己の足で立っていた。

 

「辛うじて防いだか……往生際の悪いことだ――私はカードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 想定以上に粘る神崎の姿に苛立ちを見せながらターンを終えるパラドックス。

 

 そんなパラドックスのデュエルディスクにセットされたデッキを見つつ神崎は思案する。

 

――これで相手のデッキは36枚削れた……が、デッキの厚みを見るに60枚デッキ……未だ道半ば……か……

 

 一般的なデュエルにおいてデッキの枚数の規定は40~60枚以内に抑えるルールであり、特殊なタイプのデッキを除いて普通のデッキは40枚程度に抑えるのが常だ。

 

 その方が手札事故の確率が下がる。

 

 ゆえに手札事故を強く警戒する神崎は40枚程度に収めるが、パラドックスのような己のドロー力に絶対の自信を持つデュエリストは大抵が60枚限界までデッキの枚数を増やすのが通例だ。

 

 その方が様々な局面に対応できるカードを投入でき、戦術の幅が広がると――そこに手札事故への恐れなどない。

 

「私のターン……ドロー。スタンバイフェイズを終え……メインフェイズ1に」

 

 引いたカードを視界に収めた神崎は状況を劇的に打破するカードではなかったことに力が抜けるが、それは精神的なものではなく、肉体的なものであることに気付く。

 

――ライフ半分のダメージは思いの外に効く……相手がパラドックス程の強者だからか?

 

 身体の頑強さにある程度の自負がある自身ですら倒れそうになるダメージに神崎は強く思う。

 

 こんなものを歴代のデュエリストたちは耐えながら逆転の機会を窺い、戦い続けていたのかと。

 

 

 だが神崎にはこのダメージを、パラドックスの猛攻を、ただ耐えることしか出来ない――己の無力が恨めしかった。

 

「カードを1枚セットし……魔法カード《命削りの宝札》……を発動……私は手札が3枚に……なるようドロー」

 

「貴様がドローしたことで永続罠《便乗》の効果で2枚ドロー!」

 

 腕が震えぬようにドローする神崎を余所にパラドックスも手札を増やす――アドバンテージの差が広がって行くばかりだ。

 

「《命削りの宝札》のデメリットで……ターンの終わりまで相手はあらゆる……ダメージを受けず……私はこのターン……モンスターを特殊召喚できない……」

 

 引いた手札を見ながらそうふらつきながら語る神崎。今の手札は良いとは言い難い。

 

「《D(ディー). D(ディー).アサイラント》を……通常召喚」

 

 呼び出されたのは身の丈ほどある出刃包丁のような剣を持つ白い甲冑を身に纏う女戦士。

 

 後ろ手に持つ剣を持ち、クラウチングスタートを取るように身体を低く構える。

 

D(ディー). D(ディー).アサイラント》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1600

 

「バトルフェイズ……《D(ディー). D(ディー).アサイラント》で――」

 

「待って貰おうか! 貴様のメインフェイズ1の終わりに手札から《エフェクト・ヴェーラー》を捨て、効果により《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の効果をターンの終わりまで無効にさせて貰う!」

 

 《D(ディー). D(ディー).アサイラント》が腕を引き絞り、加速しようとした瞬間に透明な羽根をもつ白衣の少女が《D(ディー). D(ディー).アサイラント》に光を振り撒く。

 

 その光を受け、力の一部を失いガクリと体勢を崩した《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の姿を見つつ神崎は思案する。

 

――此方の反撃を一切許さない気か……望みは完璧な勝利か? 私の存在が余程腹に据えかねているらしい……

 

 だが、それはパラドックスが「勝ち方に拘っている」事実に他ならない――神崎が付け入る隙は十分にある。

 

「メインフェイズ1を継続……カードを2枚セットし……ターンエンドです……エンドフェイズに魔法カード《命削りの宝札》……のデメリットにより……私は手札を全て捨てますが――」

 

「捨てる手札はないようだがな」

 

 手札の全てのカードを伏せた神崎の姿にパラドックスは死に体だと見る――手札に戦士族がなければ永続罠《死力のタッグ・チェンジ》のダメージを0にする効果は発動できない。

 

 

 パラドックスの視線が鋭さを増す――確実に仕留める算段を立てているようだ。

 

「ふっ、遂に万策つきたといったところか――私のターン、フィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の効果を使用せず、ドロー」

 

「そのドローフェイズに罠カード《貪欲な瓶》を発動」

 

 しかし神崎は未だに諦めた様子を見せず金品がゴテゴテと付けられた欲に塗れた顔を象る瓶に墓地の5枚のカードを取り込ませる。

 

「墓地の5枚のカード《異次元の戦士》・《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》2体と《ハーピィの羽箒》・《超古代生物の墓場》をデッキに戻し、1枚ドロー」

 

「ふっ、永続罠《便乗》を躱したか……」

 

 その5枚のカードを咀嚼した《貪欲な瓶》は満足気に砕け、神崎の手札に1枚のカードをもたらした。

 

 パラドックスのドロー加速となる《便乗》を発動させないように動いた神崎だが、パラドックスの手札には――

 

「しかし無駄だ! 魔法カード《暗黒界の取引》を発動し、互いは1枚ドローし、1枚捨てる――さらに私は永続罠《便乗》の効果で更に2枚ドローだ!」

 

 手札交換カードがある――パラドックスの手札の補充は止められない。

 

――此処で引くか……とはいえ、墓地に送るしか……ない。

 

 引いたカードの1枚に乾いた笑みを見せ、墓地に送る神崎。後2ターン程早く来てほしかったと。

 

 しかしそんな神崎を余所にパラドックスの牙が神崎の命を狙う。

 

「バトル!! 《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》で《D(ディー). D(ディー).アサイラント》を攻撃!! 黒炎弾!!」

 

 《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の口元にチャージされる黒い炎の砲弾に対して、《D(ディー). D(ディー).アサイラント》は己の剣が持つ力で迎え撃とうとするが――

 

「そしてダメージステップ時に速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! これで《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の効果を無効化だ!!」

 

 またしても神の雫がその力を封じる。《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の剣が持つ輝きが鈍る。

 

D(ディー). D(ディー).アサイラント》

攻1700 → 攻2100

 

 そして黒き炎の砲弾が《D(ディー). D(ディー).アサイラント》を焼き尽くし、その衝撃が神崎を襲う。

 

「ぐっ……!! 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》により……戦闘ダメージを0に――さらに手札のレベル4以下の戦士族……《荒野の女戦士》を守備表示で特殊召喚」

 

 だが金の髪に縁の広い帽子で乗せたボロボロのマントを羽織った緑の皮の衣服を身に纏う女戦士が背に担ぐ剣を振り切りその衝撃を切り裂く。

 

《荒野の女戦士》

星4 地属性 戦士族

攻1100 守1200

 

 しかしその衝撃の余波の一部は神崎の精神を削っていく。

 

――戦闘ダメージが発生しないにも関わらず、此処までの肉体的なダメージを受けるとは……

 

 ギリリと歯を食いしばりながら耐える神崎にパラドックスはその悪運を小さく笑う。

 

「戦士族モンスターを引いていたか――悪運の強いヤツだ」

 

 神崎のデッキが戦士族が多い構築であることはパラドックスも理解していが、この土壇場で必要なカードを引ききった神崎の胆力を認めつつ、確実に神崎を殺すべく次なる一手を繰り出す。

 

「だがそろそろ終わりにさせて貰おう! 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》! シューティング・ソニック!!」

 

「くっ……ですが守備表示の為……戦闘ダメージは……発生しま……せん」

 

 星屑のブレスに《荒野の女戦士》が身を散らす衝撃に腕を盾にするように交差する神崎。

 

 ただのモンスターのバトルが、神崎の肉体的及び精神的な余力を削っていく。

 

――しかし嫌になる程に強い……が、もう少しばかり付き合って貰わないと

 

 倒れそうになる身体と折れそうになる心を奮い立てつつ神崎は宣言する。

 

「さらに戦闘で破壊された……《荒野の女戦士》の効果でデッキから……攻撃力1500以下の地属性・戦士族モンスター1体を……攻撃表示で特殊召喚しま――」

 

「これ以上、貴様の足掻きに付き合う気はない! カウンター罠《無償交換(リコール)》!」

 

 だが無常にもその宣言はパラドックスの発動したカウンター罠によって潰えた。

 

「この効果により発動したモンスター効果を無効にし、破壊する! これで《荒野の女戦士》の効果で新たな壁モンスターを呼ぶことは叶わない!」

 

 パラドックスの一手一手が着実に神崎の余力を削り取っていく。

 

「だがカウンター罠《無償交換(リコール)》の効果で貴様はカードを1枚ドローできる――精々いいカードが引けるように願うことだ」

 

「……ド……ロー」

 

 最後の望みになりそうな神崎のドローも――

 

「そしてそのドローに対し、永続罠《便乗》の効果が適用される! 私は2枚のカードをドロー!!」

 

 それを上回るパラドックスのドローにかき消されてしまう。

 

 未だに初撃以外の一切の被弾を通さないパラドックスは拍子抜けとばかりに息を吐く。

 

「その3枚のリバースカードは飾りだったようだな」

 

 先の神崎のターンに伏せられた残りのセットカードも未だに発動する素振りすら見せない。

 

 いや、発動出来る筈もない――発動条件を何一つ満たしていないのだから。

 

――飾りか……(パラドックス)からすれば私など歯牙にもかけない相手ではあるだろうな……

 

 パラドックスが相手ではブラフにすらならない事実に神崎は内心で乾いた笑いを零す。

 

 少しばかり思惑があったとはいえ、相性の良いデッキなら戦える筈――そんな神崎の前提条件が何一つパラドックスには通じない。

 

 魔法・罠を除去するカード1つでこの状況を大きく打開することが出来るというのに、未だそれらのカードを使う場が与えられない。

 

 

 そんな今にも倒れそうな神崎に向かってパラドックスは零す。

 

「とはいえ、貴様はよくやった」

 

 それは意外にも賛辞の言葉。

 

「事前に私のデッキを調べ上げ、数の限られるSinモンスターを除外して此方の攻め手を0にする――狙いは良い」

 

 デュエル中に神崎の狙いを見抜いたパラドックスは言葉を続ける。

 

「Sinモンスターの火力の高さにも臆することなく迷いなく行動し、私とデッキの双方の虚も突いた」

 

 知りえる筈のないSinモンスターの特性をギースを使って調べ、その弱点である層の薄さ――Sinモンスターの数の少なさを突く神崎の作戦自体に不備はなかったと語るパラドックス。

 

「お前の戦術には何の落ち度も無い――良く練り上げたものだ」

 

「それは……どうも……」

 

 思わぬパラドックスの賛辞の連続に神崎は力なく返す。

 

 褒められようがその作戦が通じていない事実がある以上、素直に喜べはしないのだろう。

 

「だが貴様がそんな有様になっているのは何故だか分かるか?」

 

「……是非とも……お教え……願いたい……です……ね」

 

 

 パラドックスの言葉に会話に乗る神崎――実際問題として、強いデュエリストが「強者」としてある理由は是非とも知りたい事柄だった。

 

 

 パラドックスの言葉を聞き逃さぬように倒れそうになる身体に檄をいれる神崎に届いたのは――

 

 

「――格の差だ」

 

 

「…………格?」

 

 

 神崎にとってよく分からない理屈だった。

 

 パラドックスは続ける。

 

「そう、純粋なまでの……な――半端な覚悟では届き得ぬ頂きがある。貴様はその頂きの前にすら立っていない」

 

 神崎に足りないものは「戦術」や「カードの心」といった踏み込んだものではなく、「もっと根本的なもの」が足りないと語るパラドックスの言葉が神崎には理解できない。

 

「そんな有様で私の、いや私たちの前に立ちはだかるとはな……とはいえ、その心意気だけは褒めてやろう」

 

 パラドックスの言葉が神崎には何一つ理解できない。

 

 理解できない?

 

 当然だ。理解出来る筈もない。

 

 何故なら神崎は――

 

 

「『()()()()()()()()()()』割には健闘した方だ」

 

 

 デュエリスト(この世界の人間)ではないのだから。

 

 

 

「私は……デュエリストじゃ……ない……のか?」

 

 デュエリストの定義とは何だろう?

 

 カードを集めれば? デッキを組めば? デュエルをすれば? カードの心を理解すれば?

 

 そのどれもが正しく、そのどれもが間違い。

 

「そんなことに『すら』気付いていなかったのか?」

 

 自身のデッキを呆然と見つめる神崎の姿にパラドックスの瞳から怒りの感情が消える。

 

 神崎に対して、憎悪に近い感情を持っていたパラドックスだが、今の神崎には怒りなど湧かなかった。

 

「気付いていなかったのか…………憐れだな」

 

 そう憐れみの視線で神崎を見下ろすパラドックス。

 

 パラドックスにとって今の神崎は初めて見るタイプのデュエリストであり、そしてあまりに見ていられないデュエリストであった。

 

 デュエリストと評せないデュエリスト――何とも憐れな存在だ。

 

「せめてもの情けだ。安らかに眠れ、神崎 (うつほ)――来世というものがあるのなら、私たちの手によって救済された未来で己を見つめ直すがいい」

 

 今、引導を渡してやろうと攻撃権の残った3体のSinモンスターたちに攻撃を命じるべく片腕を掲げるパラドックス。

 

 

 今のパラドックスが眼下の憐れな男である神崎に示せるのはイリアステルによって救済された未来のみ。

 

 

 きっと神崎の言う「余裕」があれば、己の問題に気付くことが出来るだろうと。

 

 

「……それは……お断り……だな」

 

――時間切れだ。

 

 ふらつく身体で立つ神崎はパラドックスにそう返しながら視線を逸らし、不意にゆっくりと驚愕に目を見開いて見せる。

 

 

「何処を見ている?」

 

 急に関係のない方向を向きだした神崎の反応にパラドックスは訝しむが――

 

 

「直ぐに……此処から離れるんだ! 早く!!」

 

 今まで見たことのないような焦った様相を見せながら叫ぶ神崎の姿にパラドックスもさすがに何かがおかしいと神崎が視線を向ける方向へと顔を向けるが――

 

「何を言って――」

 

「この場は危険だ! 来た道を……引き返すんだ!!」

 

 パラドックスの疑問は直ぐに解消された。必死な様相で叫ぶ神崎の視線の先にあったのは、いや、居たのは――

 

 

「何故、キング・オブ・デュエリストたちが此処に!?」

 

 パラドックスが驚愕の声が示す様に、

 

 ヒトデのような髪型の青年「武藤 遊戯」

 

 クラゲのような髪型の青年「遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)

 

 カニのような髪型の青年、「不動(ふどう) 遊星(ゆうせい)

 

 歴代の遊戯王シリーズ、「DM」・「GX」・「5D’s」の主人公たちの姿。

 

 

 本来であれば同じ時間軸に存在しない3人の姿に驚愕で目を見開くパラドックス――彼らがこの時間軸に来る為の情報などパラドックスは一つたりとも与えてはいないのだから。

 

 だが追い打ちをかけるように神崎はパラドックスに向き直り、懇願するように叫ぶ。

 

「彼らは……関係ない! キミの狙いは……私なのだろう! 殺すのは……私だけにしろ!!」

 

 少し離れた箇所にいる遊戯・十代・遊星を守るような位置取りで、3人に()()()()()()()()()叫ぶ神崎の姿にパラドックスは己が罠にかかったことを悟る。

 

 

「貴様ッ! それが狙いか! ふざけたマネをォ!!」

 

 

 先程抱いた憐れみなど吹き飛んだ憤怒の表情でパラドックスは怒りの雄叫びを上げた。

 

 

 そんなパラドックスの姿がどう映るかなど忘れて。

 

 






そんなことしているから「デュエリストじゃない」って評されちゃうんだよ(呆れ)

なお肝心の「デュエリストとは?」の答えに関してはまた別の機会に――ち、ちゃんと考えてあるから!(目泳ぎ)



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