リップで繋がる2人の少女の話。

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唇に花

「リップ貸してくれない?」

微かに震える唇で声をかけたあの時。

「いいよ」

あなたは何でもないように笑って、私の手のひらにピンクを転がした。私の心によく似た色だった。

 

✱✱

 

「また忘れたの?」

黙って頷くと、しょうがないなあ、と柔らかく笑いながらカーディガンの右のポケットに手を入れた。澪のリップの指定席だ。

「はい、使っていいよ」

「ありがとう」

頬より少し濃いピンク色をしたスティックを差し出される。この瞬間に高鳴る心臓の音にも随分慣れてしまった。

「柚子だって女の子なんだから、リップくらいちゃんと持たなきゃダメだよ?」

「わかってるって」

「そう言いながらずっと私の借りてるじゃない」

お説教を軽く聞き流しながら、リップを口に運ぶ。私の中に隠れた気持ちが顔を出さぬように、細心の注意を払いながら。その様子を眺めながら澪が言う。

「せっかく可愛い顔してるんだから、もっと見せればいいじゃん」

「見せる人なんかいないし」

丁寧にキャップを付けて返すと、澪は受け取った手ごとポケットの中へ入れて言う。

「それなら、私に見せてよ」

コロン、という音が響いた。期待に息が詰まり、

「いい人紹介してあげる」

そのまま何事もなく吐き出される。どこまでもいつも通り。毎度懲りずに期待した私には、私からの嘲笑が贈られた。

どうやら、転がされたのはリップだけじゃないらしい。

 

✱✱

 

夏場にリップを使う人は、限られている。例えば、私たち吹奏楽部。蒸し暑い音楽室でリップを開けると、ねっとりした甘い匂いが広がっていく。絡みついて動けなくなる前に急いで楽器をしまい、扉を開けた。夏休みは、好きじゃない。

「お疲れ様でした」

あの子は今何をしているだろうか。3階、窓に映る線路のずっと先を見つめる。早く冬になってほしい。1人で使うリップの虚しさが私の心を締め付ける。不意に鞄が震える音がした。

「もしもし」

僅かな沈黙の後、気の抜けた声が鼓膜に届く。

「もしもし、澪?」

「...柚子?」

「そうだよ。部活終わった?」

離れてから想いが強くなるというのは、本当だったらしい。私は早くも、夏嫌い発言を撤回しそうになっている。

 

 

「暑い」

「当たり前じゃん」

あの後すぐに電車に乗って、海へ向かった。既に暮れ始めた日の中、汗をダラダラ垂らしながら辿り着いた先には、登校していないのに制服を着た柚子が待っていた。

「わざわざ来てくれてありがと」

「ほんとだよ、用件も教えてくれないなんて」

「あ、それなら」

これ、と突き出されたのは大きな手持ち花火のパックだった。

「急に思いついて」

いくら何でも急すぎるし、先に教えてくれても良かったじゃない。文句を付けようと思って開いた口は、緩やかに弧を描いた。

「嬉しい」

「花火、そんなに好きなの?」

「好きだよ」

でも1番好きなのは、花火じゃないんだ。

 

✱✱

 

線香花火が燃える。熱と光を周りに振りまき、小さな自分を誇示するかのように必死に燃える。途中で落ちるのは、自分の小ささに気付いて諦めを選んだからかもしれない。

「これが最後だね」

「やっぱり最後は線香花火だよね」

しゃがみ続けた足の痛みから逃れようと立ち上がった。澪から花火を受け取り、火をつける。

「もう夏も終わりだね」

「まだ早いんじゃない?」

「夏はもう遊び尽くしたし。暑いのも飽きた。」

小さく笑いながら、もう1度隣にしゃがむ。澪の横顔が瞳に映った。今日はいつもより綺麗な気がした。

「私も、早く寒くなって欲しい」

「どうして?」

「澪にリップ借りれるから」

「あのリップ好き?」

頷いて澪が紡いだ言葉を繰り返す。

「好き」

とうとう花火の火が落ちて、傍には星明かりと波音だけが残った。隣の澪の存在が濃くなって、溜め込んだ愛しさは簡単に溢れ出した。

「でもね、」

澪の顔を見つめて、緩む口元はもう止められない。

「澪が1番好き」

動かなかった横顔が振り向く。どうしてこの子は驚いた顔まで可愛いのだろう。澪は目を見開いて口をぱくぱくさせていた。頬を染めるピンクは、澪のリップによく似ていた。

 

「今リップ持ってる?」

「も、持ってる」

「貸して」

澪が黙ってリップを取り出す。

「ありがとう」

前に借りたときより大分短くなったリップに、澪の夏が見えたような気がした。ダイヤルをくるくる回して、少しはみ出したクリームを澪の上唇に当てる。左右にスライドしてたっぷり塗り込み、下唇も同じように。それからリップを唇から離して、自分の唇にも塗ってキャップをしめた。同じ匂いに引き寄せられるように唇を重ねる。熱も呼吸も同じになっていく。それなら想いもから伝わってくれるだろうか。同じになってくれるだろうか。リップクリームに願いを託して離れた。澪が真っ直ぐに私を見つめて息を吸った。

「私も好き」

..私は、こんなに幸せでいいんだろうか。口角がいたずらに上がる。額を引き寄せてくっつけた。

その唇はもう、季節を問わない。




すみません少し修正させて頂きました

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