月戦線の小話です。
戦況は絶望的だ。月面の名もないクレーターの一角に隠れる“ジン”のコックピットでセネカは考えた。
彼らは先ほどまでグリマルディ・クレーターで地球軍第3艦隊を突破、開戦以来初の宇宙戦における完勝をおさめようとしていた。しかし、地球軍はエンドゥミオン基地のサイクロプスを暴走させ、ザフトの戦力の大半は失われた。さらに地球軍第2、第4艦隊の増援が到着し、ザフト月艦隊は潰走、セネカの所属するロマリア隊をはじめ、母艦を失ったモビルスーツ隊がクレーターに逃げ込む事となった。
セネカはコックピットのバッテリー計と推進剤計をにらむ。どちらもエンプティが近づいていた。このままクレーターに潜んでいてはやがてバッテリー残量がなくなり月面の巨大人型棺桶となりかねない。しかし一戦交えて離脱できるほどの推進剤も弾薬もなかった。
『各機、よく聞け』
ロマリア隊隊長の声が通信機からする。その声には焦燥も諦念も無かった。彼は何か思いついているらしい。
『今我々の直上には敵がいる。その敵をすべて突破し友軍と合流するのは弾薬や推進剤残量から不可能だ。さりとて、このバッテリー残量では敵がいなくなるのを待つのも不可能だろう。しかし、方法はある』
隊員達がつばを飲む音が聞こえる。
『敵の護衛艦一隻を乗っ取り、それにジンをつかまらせ、友軍近くまで移送させる。これならば今の状態でもできるだろう』
「乗っ取る、ですか。この人数で」
『乗っ取ると言っても艦内には入らん。艦橋やエンジンに重突撃機銃を押しあて、やつらに自発的に動かす。こうすれば人質を取った事にもなり、他の戦艦なども撃ってはこれまい』
隊長の提案にセネカは息を呑む。それならば確かに、この苦境を脱出できるかもしれない。
『やつらは我々に気づいてはいないが、行動を起こせばすぐに集まってくる。集まってきた連中に撃ち落とされるより前に、護衛艦を押さえる。目標はあれだ』
隊長が指定したドレイク級護衛艦がセネカの“ジン”のコックピットにも表示される。2隻で戦隊を組み、数機の“ミストラル”が護衛についた艦だった。
『あれの左の艦を狙う。右の艦は潰せ。各機、20秒後より行動開始』
隊員たちの了解の声が連鎖する。セネカは“ジン”のエンジンを起動させる。
『行動開始!』
6機の“ジン”が一斉に跳躍した。クーロン力によって加速された推進剤が月の表面に当たり、レゴリスが撒き上がる。それはすぐさま2隻の護衛艦に発見された。2隻はすぐさま小型ミサイルを発射する。総数は48。
『散開して回避!』
隊長の声を聞き、セネカは機体を滑らせた。自機に向かってくるミサイルは5。さばけない数ではない。すぐさま重突撃機銃を照準、射撃。3発を撃ち落とすが、こちらも弾切れとなる。弾倉を入れ替える時間はない。彼はすぐさま決断した。ロケット・スラスタを起動させ急激なGを起こす。残り2発のミサイルのうち1発は通り過ぎた。もう1発はしつこく向かってくる。
セネカは“ジン”の左手で重斬刀をつかみ、投げつけた。ミサイルと接触し、爆発。ミサイルの破片が機体の装甲を叩く。
安心したのもつかの間、機体が敵機の照準レーザーにロックオンされた事が伝えられる。すばやく機動し、回避。一瞬前まで自機がいた場所を護衛艦の75ミリガトリング砲が薙ぐ。
「くそっ」
セネカは毒づいた。護衛艦は弱い相手とはいえ、こちらは弾薬の枯渇した6機なのだ。これで護衛艦一隻を撃沈、一隻を無力化など無理だったのではないか。
だが、セネカのその思いを断ち切るように、一機の“ジン”が飛翔していく。隊長の機体だ。“ミストラル”が40ミリ機関砲を放つが、それは“ジン”の突進を妨げはしない。
「うおおっ」
セネカはふっきれたように叫ぶ。ロケットエンジンを点火し、重突撃機銃の弾倉を交換、右の護衛艦めがけて撃ちまくる。76ミリでは急所に当たらねば効果はあまりないが、それでも自分に注意を引き付けられる。
再び、照準警報。セネカは再び急激な機動で回避。さらに護衛艦がミサイルを発射。さらに対艦ミサイルまで放たれた。
セネカは迷わず射撃し、ミサイルを沈黙させる。すでに距離はかなり縮まっていた。“ミストラル”が泡を食ったように射撃してくる。
「邪魔だあ!」
すれ違いざまに左手で“ミストラル”を叩き潰す。右手の重突撃機銃を左の護衛艦に向ける。射撃し、ガトリング砲を潰す。すでに右の護衛艦は隊長機によってエンジンを撃たれ、航行不能となっていた。
「これで!」
機体が護衛艦の上に出る。右の護衛艦の艦橋へ弾を撃ちこむ。弾切れ。最後の弾倉を重突撃機銃にセットする。再度射撃。ついに艦橋に命中する。
『セネカ、こっちの艦のミサイルポッドを!』
隊長の声。気付くとすでに“ジン”は4機に減っていた。セネカは重突撃機銃の残りの弾をすべて打ち込みミサイルポッドの支柱を破壊する。
『地球軍ドレイク級護衛艦に告ぐ』
振り返ると、隊長はすでにドレイク級の艦橋に取りついていた。流量な英語が国際救難チャンネルから流れる。
セネカは仲間の“ジン”を見る。彼らはドレイク級のあちこちにつかまり、機体を休めていた。このままこの艦の乗員たちが隊長の説得を受け入れれば、自分たちは帰れるのだ。死んだ仲間の存在に後ろめたさを感じつつ、セネカはほっとせざるを得ない。ドレイク級2隻を伴ったネルソン級が接近してきているが、そんなものはささいな問題だった。ネルソン級の主砲がこちらを向いているが、それも些細な問題だった。その主砲が火を噴いたが、それもささいな……。
『退避!』
隊長がネルソン級からの射線を避ける。緑色のビームが今まで取りついていたドレイク級の艦橋を吹き飛ばす。セネカは何が起きているのか理解できなかった。次の瞬間、ネルソン級の主砲がドレイク級を貫き、1機の“ジン”を蒸発させる。
「どうして!」
ドレイク級が大爆発を起こす。何かの破片が脚部に当たり、すさまじい衝撃がコックピットを襲う。
『彼らは交渉を拒否した。だから……!』
隊長からの通信が途切れる。ネルソン級の主砲が人型兵器を跡形もなく吹き飛ばした。ドレイク級の砲撃を受けて、仲間の“ジン”がばらばらになる。
「隊長!トーマス!」
警報音。“メビウス”が12機接近してきている。こちらには弾薬も重斬刀もない。客観的に考えて、勝ち目はまったくなかった。ネルソン級の主砲が指向される。セネカはペダルを踏み込む。“メビウス”のリニアガンが命中し、脚部が吹き飛ぶ。
「どうして、仲間を!仲間ごと!お前たちは!」
国際救難チャンネルに言いつつ、セネカは気づく。その『仲間』をさっきまで自分たちは殺していたではないかと。自分はドレイク級の艦橋を潰しながら、なぜこんなにもあのネルソン級が許せないのかと。
彼にその理由を思索する時間は無かった。“メビウス”のミサイルが容赦なく“ジン”を撃ち砕いたからだ。彼と彼の乗機は一瞬でばらばらになり、後には破片しか残らなかった。
「排除完了しました。准将」
「うむ」
ネルソン級の艦橋で、黒人の准将は頷いた。
「どうして、か」
彼はつぶやく。そして爆発したドレイク級の破片を眺める。
「どうして、なのだろうな……」
彼の問いに答える者は誰もいなかった。