蒼穹の彼方へ   作:クレナイ

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 今から十年ほど前に世界に向けてセンセーショナルな登場で注目を集めた存在がある。それの名前は「インフィニット・ストラトス」。通称「IS(アイエス)」と呼ばれるものだ。

 それを開発したのは当時中学生といわれる少女、「篠ノ之(しのの)(たばね)」だった。彼女が生み出した最初のISである「白騎士」。それが始めて登場したのは世界十数カ国の軍事システムに何者かがハッキングによってミサイル発進システムを暴走させられ日本に向けて二千発以上のミサイルが放たれたのだ。

 それらが日本に着弾することはなかった。

 それは普通から見れば奇跡でしかない。それを可能にしたのがISであり、「白騎士」であった。ほとんどのミサイルは日本本土に向かうよりも前に海に着水したようであるがそれ以外のミサイルはまさに日本に着弾する予定だった。

 ほとんど迎撃は間に合わない。その日、日本が終了するはずだった。

 しかしそれを「白騎士」が覆したのだ。たった一本の刀剣だけで凄まじいスピードでそのミサイルが着弾するよりも前に全て切り捨てて見せたのだ。

それだけではない。当然未確認であるために「白騎士」を捕獲するために上位の国家から送られてきた軍の戦闘機や戦艦を次々と落としていったのだ。その中で死者は奇跡ともいえるのか、それとも「白騎士」に殺す気はなかったのかゼロだった。

 それから世界各国に対して篠ノ之束が生み出した四百六十七個のISのコアが送られたのだ。

 その時から当然のように各国はその時の現代兵器をも凌駕する力を見せ付けたISの研究に躍起になり始めた。各国の思惑は、いずれ来るかもしれない大きな戦争の軍事力のために強力なISを生み出すということだった。

 しかし数は僅かな数しかなく、一国に多くて三つまでというくらいだった。そのためにISのコアを解析する事ができればいくらでも絶大な力を得ることができると考えた。しかしそれを解析することはその時の技術では不可能だったのだ。それは十年ほど経った今でもまったく進展は見せていない。

 そのために国際連合のように発足した世界IS協会はISの生みの親である「篠ノ之束」を重要人物として捕捉するように世界各国に通達したのだった。

 

 

 一台のバイクが道路を疾走する。

 季節は春であるがまだ少し肌寒い。上着に黒いジャンパーのようなものを羽織り、ジーパン姿の青年がそのバイクのまたがり道を走る。

 海沿いに位置するここは彼にとっては故郷である。

 小学校に入学してすぐに父に半ば拉致される形で世界に飛び出していった冒険家だ。そのためにほとんど義務教育などを治めることなく国を飛び出してしまっていた。普通ならとんでもないことであるが、これまでも何とかなってきた。当然最低限のことは父と回る現地の国において言葉を覚えるのと同時進行で勉強したものだ。

 故郷を離れてから様々な国を回り、いくつもの有名どころに足を運んできた。時には危険なこともあったが、何とか助かるなどということも経験した。

 大きなトラックとすれ違う。

 今彼が向かっているのは昔色々とお世話になったとある定食屋だ。母親が出産してすぐに亡くなってしまい、あまり子育てなどを知らない父親はそれをひとりでしなければいけなくなった。そんな時に同い年の子がいたということで、一緒にお世話してもらったこともあったという関係だ。

 日本を父親と共に飛び出してからは、ほとんど音沙汰なしだったために少し戻るのには気が引ける。

 だがやはり一度戻っておいた方が良いかと思っていた。

 基本的にこの辺りは都会であるためにビルなどの建物が多く立ち並んでいる。何しろやや離れた海の方には世界各地から集まってくるIS学園というIS操縦者を育成するための学校もあるのだから。

 しばらくの間そのような風景が続く。

 十字路を曲がり、さらに進んでいくと都会らしさが徐々に少なくなっていく。周りには住宅が並んでおり、昔とはあまり変わっていない様子だ。

 そんな住宅の並ぶ途中に一軒の定食屋が見えてきた。

 五反田食堂――扉のところにも掛札で「準備中」とあった。バイクを脇の方に駐輪し、ヘルメットを外す。

 少年は様々な冒険をしてきたために十六歳という若さであるがやや大人びた顔付きをしていた。彼が日本人だと証明するように、黒い髪、黒い瞳だ。ヘルメットをバイクに置き、運転キーを外してポケットに突っ込む。二台の方においておいたリュックを背負い食堂の扉の前に立つ。

 扉はスライド式であるからくぼみに指を引っ掛け、ゆっくりとそれを横に動かした。木製であることと、ガラス窓があるためにガラガラという懐かしい音を立てて開く。

 中を見ると昔と少しも代わらない店内があった。

 調理場の方で誰かが後ろ向きで何やらごそごそとやっている様子が見える。

「あーっ、お客さんですか? すいませんが、開店までもう少し時間がありますのでお待ちください」

 準備をしている店員のひとりがそう申しわけなさそうに言ってきた。

「あ、いえいえ」

 少年は掌を顔の前で違いますと言うように横に振りながら言う。

「無事帰還の挨拶をしに来ました」

「えっ?」

 店員からすればよく分からないことを言う。

 どういう意味だというような表情を浮かべながら、やや長い赤髪の少年がこちらに向き直る。そして店内に入っていた黒髪の少年を見て、唖然とした様子を顔に浮かべる。

「ちょっと、お兄? さっき誰か来たって――」

 少年と同じ赤い髪をした少女が店の横にある母屋と繋がるところからひょっこりと顔を出した。まだ開店まで少し時間が早いということで顔を出したようだが、彼女も固まっている兄にあたる少年と同様に、その中に入っていた少年を見て言葉を呑み込む。

「や、久しぶり」

 何年も会っていなかった相手であるが、できるだけ親しげに、笑みを浮かべ、手を上げて声をかける。

「う、嘘だろっ!? おい、いつ戻ってきたんだよ!」

「え、えぇ!?」

 驚きすぎだろうと思うくらいの反応を見せる二人。少年は震える手を伸ばし、こちらに指を向けて。少女は思わず手で口元を覆っている。それぞれ驚いたという反応を向けられた少年は、むしろ驚いてくれて満足だというように笑みを浮かべ、手を頭の後ろで組む。

「なんだ? 弾だけじゃなく蘭までも大声出しやがって――お前!?」

 奥の方から現れた二人の祖父と思われる人物。そろそろ準備も終わっただろうと思い、調理場のほうに向かうつもりだったのだが、突然二人の叫ぶ声が聞こえてきたので一体何事かと思い、慌てて来たのだ。

 そこにいはまだ開店時間前だというのにお客と思われる少年がいた。

 だがその少年の顔を見た瞬間思わず笑みを浮かべていた。

 調理場と目の前にいる孫二人よりも先に彼の方に向かう。

 彼がこちらに向かってくるということで一瞬きょとんとした表情を浮かべた少年であるが、すぐに笑みを深め、軽く会釈する。

「お久しぶりです、おやっさ――」

「ああ、久しぶり、だな!」

 そう少年が言うのを遮るようにして彼――五反田厳の拳骨がその少年の脳天に落ちていたのだ。ガツンという石をかなづちで叩いたような音が聞こえた。思わずそれを見ていた二人は痛そうだというように表情を顰める。

 当然拳骨を受けた少年も頭を抱えて蹲る。だがそんな少年の首根っこを掴んで立ち上がらせ、脇に抱えてさらに拳でぐりぐりとこめかみを抉る。

 痛いと悲鳴を上げるように言う少年。

だが良く見ると悪さをした息子を叱る父親のような絵図がそこにあった。

「一体いつ帰ってきやがった、馬鹿者め」

「イツツツ、相変わらずの馬鹿力ですね」

 まだ懲りていないのかと呆れたように少年のことを見る。だがまったく変わっていないようで何よりだという安心がその表情に出ていた。

 抉られたこめかみを押さえながら立ち上がる少年。目じりには僅かに涙が浮かんでいる。それだけの強さでやったのだ、男性はまったく気にした様子もなく、さもそうされて当然だという様子だ。それを理解しているために拳骨を受けた少年も何も言うことはしない。黙って立ち上がり、ジーンズについた汚れを落とし、もう一度前に立つ男性を見る。鋭い視線を向けてくる男性であるが、少年はまったく臆することなくニカッと笑いながら言うのだ――。

「ただいま、おやっさん!」

 と、まるで子どものように。

 そんな笑顔を見ると、これ以上怒るに怒れない。

「ふっ!」

 孫たちと同じ赤い単発の頭を掻きながら小さく笑みを浮かべる。

 そしてようやく戻ってきた子どもを温かく迎えるように言うのだ。

「おう、よく来たな!」

 二カッと笑い、少年はその言葉に答えるのだった。

 

 

 夜の開店時間を迎えた五反田食堂。主に昼と夜が一番込む食堂であるために、サラリーマンたちが帰宅し始めるこの時間帯から店員たちの忙しさは一気に上昇する。赤髪の短髪の男性と長髪の少年が調理場で忙しそうに調理器具を動かして料理を作っている。接客の方では彼らと同じように赤い髪の女性と少女が忙しなく動き次々と店内に入ってくるお客たちの注文を受けていた。

「十八番様に野菜炒め定食と生姜焼き定食!」

「あいよ、すぐに作ってやらぁ!」

 大きな声で注文を読み上げると料理を作っている男性――五反田厳――が気合の入った声でそれを受け、調理に入る。

 その横で盛り付けをしていた少年――五反田弾――が料理をお盆に乗せ、調理場の横にスタンバイしている少年にそれを渡す。

「六番様と十番様によろしく!」

「任せて!」

 パーカー付きの上着とジーンズ姿、その上から「笑顔」と大きく書かれたエプロンを着ている少年――真堂修介――が元気よく言い、それを持ってそれぞれの席へと料理を運ぶ。

 各席に座っているサラリーマンたちはビールや日本酒を飲みながら、つまみを片手に話に花を咲かせていた。それが経営の良し悪しであったり、上司や部下に対する愚痴であったりだ。修介からすればよく分からない言葉がたくさんあり、大変なのだなぁと思うくらいだ。

「お待ちどうさまー。ご注文のお品、お持ちしました!」

 元気良く声をかけながら料理を置く。

 お客のサラリーマンたちは見慣れない少年だなあという視線を向ける。

 それに気づいた修介は、

「あ、俺日雇いのアルバイターの真堂修介と言います!」

 と、言う。

 そして胸ポケットから取り出した名刺入れから一枚の名詞を取り出し、サラリーマンに手渡す。

 そこには「笑顔を求め、旅をする者、真堂修介」と書かれていた。彼らからすれば理解できないことであろうが、修介にとってはとても大切なことだった。

 そうしていると別の席の方からお客の声が聞こえた。

「店員さーん? 生ビールおかわりお願いできる?」

「あ、はーい。ちょっと修くん、今手が離せないからお願いできる?」

 調理場の方でまた多くの料理をお盆に乗せている女性――五反田蓮――の声が聞こえてきた。この店の自称看板娘である彼女。久しぶりに会った時には思いっきり抱きしめられ、危うく窒息死するところだったのを思い出し、苦笑いを浮かべる。年齢にそぐわぬ若さであるからまだまだ娘の五反田蘭と一緒に二枚看板は固いだろうと思う。

 食堂に来るサラリーマンたちには人気が高く、蘭の方もお客に話し相手に捕まっている様子を見る限り、今は動けそうになかった。こちらの緯線に気付いたようで、両手をあわせて謝ってきた。気にしないでと伝えるために親指を立てるサムズアップを見せ、

「それじゃあ、仕事あるんで。失礼します! あ、はい生ビール追加ですね? それじゃあ、この空になったジョッキは片付けさせてもらいますね」

 両手一杯のビールが入っていたジョッキを持って調理場の方に戻る。新しいジョッキを取り出して機械を器用に操作しながらビールを入れていく。そしてまた両手一杯にジョッキを持って、先ほどのテーブルへと戻る。

「お待たせしました、生ビールのおかわりです!」

 笑顔で持ってきたビールジョッキを置いた。

 

 

 そもそもこうなった経緯は修介が夜の開店まで後少しとなった時に来店したことから始まった。

 十年近くも戻ってこなかったために心配をかけたということで厳からは強烈な拳骨を貰い、もうひとりの母親である蓮には熱い抱擁を受けた。

「まったく今の今までどこに行ってやがった?」

 調理場で具材を刻みながら厳が尋ねてきた。

 まったく戻ってこなかったために心配させたということで、無償でアルバイトをしろと手渡されたエプロンを付けながら修介は、

「そうですね……世界中を回ってました」

「相変わらずだよな、お前」

「だって、俺だもん」

 さもありなんとそう答える修介。

 そんな彼を見て、相変わらず変わっていないと呆れ半分、安心半分の色を顔に浮かべる弾がからかうように言う。それを聞いて当然というようにサムズアップ。

 それを見て皆は笑みを浮かべる。

 ある者にとっては血の繋がりのない孫であり、息子でもある。ある者にとっては血の繋がりのない兄弟であり、兄妹である。生きていると確認できる判断材料は、送られてくる旅先で取った写真が修介から送られてきたものだということだけだった。

今日戻ってくるということもまったく連絡を受けていなかったために嬉しさと同時に驚きもあった。

「なら今度また旅先でのお話聞かせてくれますか?」

 同じく五反田食堂と書かれたエプロンを着ながら、蘭が期待の視線を向けて言ってくる。

時々写真と共に送られてくる手紙を彼女たちはいつも楽しみにしていた。旅先で何があったのか、何を見て、どう感じたのかが事細かく書かれているからだ。もちろん楽しいものばかりではなかった。中には紛争地帯にまで足を伸ばしている時もあり、逆に説教の手紙を送ろうかとも考えた時もあった。だが特定の場所に留まることをしない修介にその手紙が届くのはいつになるか分からない。もしかすると永遠に届かないかもしれないということもあり、それは断念せざるを得なかったのだ。そんなわけで、今まで心配させた分もあるということもあり、絶対に話をさせると蘭は意気込んでいた。

「もちろんだよ、蘭ちゃん」

 修介にとっては最初からそのつもりだった。土産無しで戻ってくるなんてことはできない。そう言えばと思い出し野党に、カウンター席に置いておいたリュックサックの中から何かを取り出し、それを蘭の手に置いた。

 なんだろうかと思い、蘭はその手に中にあるものに視線を向ける。厳と弾も調理場の方からそれを覗き込む。そこにあったのは奇妙な姿をした人形だった。とても芸術的とはいえない、そんなものだ。傍から見れば酷い作りのものだ。

「これ……なんですか?」

 流石に困惑を隠せない。

 対照的にそれを手渡した修介は楽しそうだ。

「ほら蘭ちゃんって受験生でしょ? どこの航行を受けるか分からないけど、合格祈願で買ってきたんだよ。個々に来る前に立寄った国の成功祈願の置物なんだってさ」

「そ、そうなんですか……」

 それを手の中で転がしながら、蘭は苦笑いを浮かべる。それでも自分の成功を願ってくれている修介の純粋な気持ちは強く伝わって来た。

「ありがとうございます、飾らせてもらいますね」

「そうしてくれると嬉しいな」

 そんな純粋な思いに答えるには、やはり笑顔でしかなかった。蘭の笑顔とお礼に、修介も嬉しそうにそう言うのだ。

 するとガラガラと食堂のドアが空く音が聞こえて来た。時計を見るとすっかり夜の開店時間が過ぎているのに気付く。中に入ってくる仕事帰りのサラリーマンやOLたちが席につくのを見て慌てて動き出す修介たち。

「おら、お客さん待たせんじゃねえぞ!」

「はい、いらっしゃいませ!」

 厳の声に弾かれるように動き始める。早速注文が入ったようで、お客が大きく手を上げて、店員を呼ぶ声が聞こえる。看板娘である母・蓮と娘・蘭が注文用紙とペンを持ってそれぞれのテーブルへと向かっていく。修介も大きめのお盆の上に、水を入れたコップとおしぼりを乗せて各テーブルへと向かった。

「ご注文のあるお客様は声をかけてくださいね!」

 心配をかけてしまった分は挽回しなければいけない。決してこれだけでは無理だろうが、それでも――。

 

 通りには多くの会社帰りのサラリーマンやOLの姿が見える。道路を途切れなく自動車が走っていく。青空だった空が茜色になり、そして今はまるで闇が齎されたかのように漆黒に染まった夜空が広がっている。キラキラと付きと共に儚い瞬きを店いる星は見るものによっては僅かな希望のように見える。

 そんな住宅や大きな建物が密集しているこの通りにある電柱に背を持たれかけている女性の姿がひとり見えた。

 フワリとしたロングヘアーを持つ、美人の女性だ。彼女の容姿から日本人ではない、外国人であるのがすぐに分かる。彼女の容姿に見とれている男性や、外国人だということで珍しそうだという視線を向ける女性の通行人がいる。

 穏やかそうな雰囲気を纏っている彼女であるが、内心では苛立ちが爆発しそうだった。それは自身に向けられる矢のような視線が鬱陶しかったからだ。命令がなかったら虐殺してもおかしくない。それだけ雰囲気とは真逆の性格だったのだ。

 彼女がここに来てもう何時間も立っている。適当に時間を潰す予定だったが、すっかり行く場所もなくなってしまい、予定ポイントに早めに来ていたのだ。今は仲間から、彼女にとっては愛する者からの連絡を待っていた。

 彼女がここに来てからどれだけの時間がたっただろうか。そろそろ来てもいいだろうと思っていた時に、タイミングよく彼女のポケットには言っていた通信機に連絡が入った。それを取り出して通話状態にする。そして。

「まったく待ちくたびれ――」

『ごめんなさいね、オータム。向こうの進行が渋滞で遅れていたそうなのよ』

「チッ! 最後まで言わせろよ」

 言葉をさえぎられたことに対して舌打ちを零す。その美しい容姿を持つ彼女からは想像もできないことだった。大人しかった彼女の様子が一瞬にして獰猛な肉食動物のように一変していたのだ。通行人には決して分からない仮面の下に隠している本当の彼女の顔が見え隠れしていた。

「で?」

 電話先の相手である彼女に対して何を言っても軽く交わされてしまうということを彼女は誰よりも知っているのでそれ以上のことは言わなかった。肉食動物とはいっても、彼女はまるで手懐けられているそれだった。通信先の相手がクスリと笑ったのが聞こえる。

『ポイント事体の変更はないわ、あと五分もすればポイントを通過するはずよ』

「了解。で、ところでよ――暴れてもいいのかよ?」

 そう言いながらオータムと呼ばれる女性はひらひらと通信機を持っていない方の手をぶらつかせながら言う。その指には何かが嵌められていた。

 彼女の指に嵌められている指輪のようなもの。それは傍から見ても絶対にISだとは分かるはずもなかった。しかしそれは紛れもなく彼女の専用機となっているもので、彼女の背もたれにしている電柱の街頭の光がその指輪に降り注ぎ、それが鈍い光を反射していた。その光は今から獲物を捕らえようと狙っている肉食動物の眼光そのものだった。

 通信先の女性はしばらく沈黙する。

 あまり大事にはしたくはないのだろうと思う。

 だがこんな長い時間待たせられて身体を動かしたいとうずうずしていたのだ。彼女の求めているのは倒壊していく建物、その下で逃げ惑う蟻のような人間たち。阿鼻叫喚は彼女にとってはどんな名曲にも勝る美しい音色なのだ。

 ああ、今すぐにでも蹂躙したい――そんな身体の疼きを感じる。そしてようやく通信先から彼女の声が聞こえてきた。

『人的被害は最小限にね、オータム』

「へっ! それ以外ならいくらやってもいいんだろう?」

 思わず歓喜で舌なめずりをする。

 すると通信先からそんな彼女に釘を刺すかのように、さらに言葉が聞こえてきた。

『それでも近くにはIS学園があることを忘れないで』

 今から任務を始めるオータムに対して心配するように言う。

 そんな彼女の言葉に内心嬉しさを感じつつ、オータムは

「私を誰だと思ってやがる」

 ニヤリと得意げに笑みを浮かべる彼女。向こうにいる女性も同じように笑みを浮かべたのだろうというのがオータムには見えていなくても分かっていた。

『そうね、あなたなら大丈夫そうね。でも……もしものことがあったら、控えさせているあの子を向かわせるわよ』

「っ!?」

 不意に聞こえてきた通信先の彼女の言葉で、今まであった歓喜や身体の疼きというものが一瞬にして霧散した。今まで笑み浮かべていた彼女はまるで頭から冷水を掛けられたように固まったものへと一変していた。

 口は半開きになり、途中まで言葉が出掛かっているが、それが出てこないという状態だ。ワナワナと唇が震えている。

 それだけじゃない。

 苛立ちのような、怒りのようなものを彼女は抱き始めていた。それが歯ぎしりをするほどに歯を強く噛むという行動に現れていた。何とか抑えているのがやっとの状態だ。

『それじゃあ、健闘を祈るわ』

 送通信先の女性が最後の言葉を残し、通信が切れる。

 盛大なため息を零し、通信機を握り締めていた手を下ろす。ポケットに仕舞い込み、身体を起こす。

 折角の楽しみがただの一言で不愉快なものに変わってしまった。できれば聞きたくはなかった。ぽっと出で幹部にのし上がってきたひとりの少女、彼女をオータムは気に入らなかった。実力はある、だが彼女の態度が気に入らなかった。彼女よりも長く幹部にいる自分をまるで自分よりも下の者のように見下してくるからだ。

 いいぜ……お前の手なんて借りなくても、このオータム様の実力に掛かればこんな任務。楽勝なんだよ――!

 姿もないものに対して挑戦状を叩きつけるように、オータムは人混みの中へと消えていった




 はじめましての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者のクレナイでございます。
 今作品は現在執筆中のクロスオーバー作品の合間を縫って執筆しました、中編作品です。
 楽しんでいただけたならば幸いに思います。
 今作品は中編で全3話構成です。ISの本編の方には入りませんが、楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。どうぞ楽しんでいってくださいね。
 それでは、また次回!!

 初投稿 8月6日
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