蒼穹の彼方へ   作:クレナイ

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 第2話です。
 次回から戦闘に入りますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
 それでは、どうぞ!!




 闇に染まる夜空が地上を見下ろしている。

 僅かな希望の如き星が警戒を伝えるように瞬いている。

 そんな僅かな警告を人間は気づくはずもない。月明かりを浴びている一台の運搬用の大型トラックもまた然りだった。トラックに乗っている男性二人。日本政府のISからの仕事を承っている者たちだ。彼らが今運搬しているのは秘密裏に開発されていた新型のISだった。

 もちろんそれだけではなく、純国産の第二世代ISである打鉄もまた数台乗せられていた。これらは全て海沿いにあるIS学園に運ばれる予定だった。

 最新機の運搬を任せられている男性二人、ひとりはやや年をとっている男性で、隣の助手席に座っているのはまだ若い男性だ。

「いや、責任重大っすね……」

「まあな。俺ももう何年も運搬行をしているが、まさかISのようなものを運ぶことになるとはな」

 夢にも思わなかったと楽しそうに運転している。

 それに最近は各国でISが何者かによって強奪されるという事件が相次いでいた。相次いで盗難に会っているのは何れも最新機であった。

 そのために打鉄というそれらに比べると前世代のISを積み込んでいるというカモフラージュをすることで盗難に遭うことを防ごうとしていた。

「終わったら一杯行きたい気分だな」

「ですね、そうしますか」

 終わった後のご褒美が楽しみだとさらに笑みを深める男性。

 緊張が顔に出ていた若い男性の表情も少しだけ柔らかくなる。

 角を曲がったところで赤信号になる。ブレーキをかけ、信号が変わるまでの間に運転している男性はポケットからタバコを取り出し、口に咥える。吸うかと隣にいる男性にタバコを一本向けるが、彼は非喫煙者であるようでそれを断る。そうかと呟き、男性はライターで火を付けようとする。

 だが何度やっても火が出てこない。

 よく見るとすでにオイルが空になっていた。小さく舌打ちをし、それをポケットに入れる。まだ信号は変わらない。仕方ないとトラックに備え付けられているシガーライターを取ろうと手を伸ばす。

「あ、青信号になりましたよ」

「あ、おう。ちょっと待って、くれよっと」

 後ろに車の姿はなかったのでゆっくりと火を付ける。ドア側にあるスイッチを押して窓を開ける。

 そしてゆっくりと煙を吸い込みながら、アクセルを踏む。ゆっくりと車が走り出す。

 外に向かって大きく息をはくと白い煙が流れ、そして消えていった。

「それにしても最新機を何で秘密裏に作ったんだろうな」

「やっぱり他国に負けないためでしょうか。一応発祥の地は日本ですが、今じゃ他国が技術力で台頭していますからね。実力としてもやっぱり引退は痛かったですよね、織斑千冬」

「ああ、ブリュンヒルデか……確か二回目の世界大会で突然決勝を放棄してそのまま引退と……まだ若いんだろ? まあ、色々あったんだろうけどな」

 俺たち男には分からんことだろうなとため息をつきながら呟く。

 ISという存在が現れてから世界の風潮というものは大きく変わった。

 確かに世界は過去の歴史にも男尊女卑というものがあった。

 しかし人間という存在はそんな間違いを長い時代を経て改善してきた。

 だがそれが現れたことによって再び世界は誤った方向へと進み始めていた。

 ISが女性にしか扱うことができないという完全な欠陥品であるために風潮が男女平等であったものから女尊男卑という過去の誤った歴史を繰り返す状態になっていた。

 一番酷い時など、一日に痴漢で補導される男性というのは何百にも及んでいた。女性の発言が絶対というものがあったためにそのような犯罪に走る者たちもいたのだ。それ以上のものもいくらでもあったが、そのような以上ともいえることはいつからか鎮火してきていた。

 なぜならそれが酷く信頼というものを失わせるものだったからだ。

 そのようなことがあってか今は少しずつ落ち着いてきた感はあるが、あらゆる面で女性優遇策があるのは否めない。

 当時は開発者である篠ノ之束が日本人だということで日本がそれの技術を独占していた。

 しかしそれに対して危機感を募らせたために現在はアラスカ条約という世界IS協会を中心として、ISを保有している各国が調印している世界条約によってISを軍事に使用することを基本的に禁じ、スポーツという枠にはめることでそれを利用した世界規模の戦争を未然に防いでいる。さらにそれによってISの技術というのを開示、共有することが義務付けされていた。 だがそんな条約は紙にも等しいもので、軍事に利用しようとしている国というのはごまんとあった。さらに技術の隠蔽などいくらでもできた。

「まあISのことを知っても俺たちには関係のないことだな」

「そうっすよね。スポーツ観戦程度にしか考えてませんから」

 そんな風に二人が話していると突然に上の方からガタンという重いものがぶつかった音が聞こえてきた。さらに小さく揺れを感じた。最初は走っている途中なので多少の揺れはあるだろうという程度だったのだが上からの音がまったく止まらないのだ。

 いよいよ不審に思う。

 上に何かが乗ったのだろうかとありえないことを二人は考える。そう考えると何か不気味に感じる。この辺りは曰くつきの場所だっただろうか、とふと口から零してしまう。それはないのでは、と助手席の男性は少しだけ声を震わせて言う。

 さっさと引渡しの場所に向かいたいと思っていた。それでも距離はまだまだありそうだ。肝心の海がまだ目視できない。二人の不安が最高潮に達しようとしたとき、今までにない大きな衝撃がトラックを襲ったのだ。あまりの衝撃の大きさに完全に方向性を失ってしまったトラック。何とかハンドルを操作して車体を立て直そうとするも、徐々にセンターラインを大きく超えそうになる。前方からも車が何台か走ってきている。後ろの車も前のトラックが大きく運転を乱しているのに戸惑っているのが分かる。

 そして完全にトラックは斜線をはみ出し、反対車線に飛び出した。慌てて走ってきていた反対車線の車が急ブレーキをかける。その車の目の前をトラックは突っ切って、その斜線側にあった建物に道に突っ込んだのだ。

 パニックはそれだけに終わらない。トラックが反対側に突っ込んだことにまるで引っ張られるようにしてその後方から走っていた車が次々と玉突き事故を起こした。反対車線でも同様なことが起き、辺りは悲惨な状況になっていた。

 

 

 その近くには五反田食堂もあり、一体何が起きたのかと入り口のドアが開かれ、お客たちが野次馬のように飛び出していた。その中に店員である弾と今日戻っていた修介の姿もあった。

「おい、なんだよこれ……」

 車が原形を留めていない。弾のただそれだけの言葉が目の前に広がる惨状を物語っていた。修介もその目の前の光景を見ることしかできず、唇が震え、言葉が出てこなかった。

 遠くの方からパトカーの音が響いてきた。誰かが110番したのだろう。

「おい何してる! 急いで避難するぞ!」

 中から厳の叫ぶ声が聞こえる。車が横転したりするなど、近くでは電柱が何本も倒れており、火花が散っているのが見える。近くでは小さな火災も起きており、その近くには動かなくなった車もある。それに引火すれば大爆発は必至だろう。

 だがあんな状態の車に乗っていた人はどうなってしまっただろうか。生きていても意識はあるだろうか。あったとしても脱出できただろうか。

 お客としてきていた者たちも厳たちの誘導で避難を始める。すっかり酔っ払ってしまっている人に対してはお互いに肩を貸し合っている。

「お兄も修介さんも早く!」

「いつまで突っ立ってるの? 早く避難するわよ! あと自力で歩けそうにないお客さんに肩を貸してあげなさい!」

 呆然と立ち尽くしている弾と修介に対してすでに店の外に出ていた二人の声が向けられる。

 分かった、と弾かれるように弾は向きを変え避難を始めている家族の元に向かう。

 修介も数歩進むも、そこで足を止めてしまう。そしてゆっくりと道路の方に視線を向ける。今もパトカーが到着している様子はない。このままだと助かるかもしれない人が助からないかもしれない。まるで何かに引っ張られているようにその場に引き止められていた。

「何やってるんだよ、修介! 早く手伝えよ!」

 後ろを振り向いてそこに突っ立っている修介に少しだけ苛立ちを込めた声で弾が言う。ハッとして慌ててそこに向かおうとする。

 だがやはり数歩歩いたところで止まってしまう。そしてもう一度振り返ってしまう。

 ここでどうするべきなのか。今時分にとって最も最善の選択とは一体何なのか。

 俺は――。

「弾、ごめん!」

「えっ!? あ、おい!」

 突然踵を返し、道路の方へと走っていく修介。突然謝罪を言われてもどう答えて良いのか分からない弾は走っていく親友を止めるために叫ぶ。だがその制止の声を無視して修介は自ら危険地帯である場所に飛び込んでいった。

「あの馬鹿、爆発する危険性だってあるんだぞ!」

「どうしたの、お兄!?」

「あの馬鹿が事故のあったところに向かって走っていったんだよ!」

「えぇ!?」

 一体どうしたのかと振り向いた蘭が尋ねる。苛立ちを隠せない弾が叫ぶように答える。それを聞いた蘭は当然と驚きの声を上げ、前を歩いていた二人は困惑した表情を浮かべ、お互いに視線を見合わせる。

「何やってんだよ、あの馬鹿!」

 そう呟いた瞬間、事故現場の方向で大きな爆発が起きた。

 

 

 

 修介は走っていた。目の前に広がる惨状に心を痛めながら、一台一台車の中を除きこみ、人がいたなら声をかけていた。フロントガラスが大きく我、ガラスの破片で額を切って血を流したまま気を失っている男性の姿を発見した。車のドアは完全に変形してしまい、引っ張ってもまったくビクともしない。

「どうすれば……」

 反対側に周り、同じように引っ張る。だが同様に変形してしまっているためか、まったく開く様子もない。このままだとまずい、そう思った修介は、助走をとって地面を思いっきり蹴り、走りだす。そして高く跳躍し、窓ガラスに向かって蹴りを入れた。窓ガラスを突き破るようにして車内に侵入する。掌をガラスで少し切るが、今はその傷みで動向言っている暇はない。急いでシートベルトが締まったままの状態から介抱するため、スイッチを押す。シートベルトは何とか外すことができた。気を失っている男性を救出するために入ってきた方向に引きずり出すようにして引っ張る。車内からなら何とかなるかもしれないと、思いっきりドアを蹴る。一度目は失敗、二度目は少しだけ動いたのが感じられた。ならばと思い、息を吸って集中し、思いっきり三度目の蹴りをドアに叩き込んだ。ドアがそのまま蹴り飛ばされ、道路に転がる。これなら余裕で外に出られると、少しだけ痛む足を無視して男性を外に出す。

 パトカーの音がようやく近くなった。赤いランプが点滅しているのが何台もやってきた。中から警察服を来た男たちが現れる。修介は助けを求めるために叫ぶ。

「お巡りさん! こっちです!」

 その声に気付いた数人が駆け寄ってくれた。中にいた二人を見つけて、協力してくれる。数人がかりで狭くなっていた車の中から男性を救出するのに成功した。

「ここは危ない、君もすぐにここから避難を――」

 1人の警察官にそう指示されていた時――突然辺りで銃声音が聞こえた。それも一発ではなく、何発もだ。修介とその警察官はその銃声のした方向に視線を向ける。二人の目に映ったのは見紛うこともない存在だった。隣に立っていた警察官の男性の手が震えている。ゆっくりとその手が握りこぶしになり、爪が皮膚に食い込むくらいに握られている。

「IS……スポーツだけに飽き足らず……次は民間人を襲うつもりか?」

 抑えきれない怒りが震える声に現れている。

 何かを運送していただろうトラックは反対車線に飛び出して、その先にあった建物に突っ込んでいる。幸い募集をかけている何もない建物だったために人的被害はなさそうだ。

 しかし、近くには火花を散らしている電柱があるなど危険地帯であることに変わりはない。

「撃て、撃てエエエェェェ!」

 トラック周辺に集まっていた警察官たちが一斉に拳銃を構え、そこにいる奇妙な装備を持ったISに向かって一斉に銃撃を開始する。その機体に乗っているのは確かに女性だ。だが流石に素顔をばらすわけにはいかないためか、何かバイザーのようなものを被っている。口元は隠れていないために丸見えであるが、まるで見下しているかのような笑みを浮かべている。それを見て修介は純粋に嫌悪感を覚えた。奇妙な装備というのは背信部に見えるまるで蜘蛛のような姿に見せている四対八本もの装甲脚だ。その先は鋭く尖っており、まるで相手を串刺しにするためにあるかのように見える。

「効かねえよ、この虫けら共ガア!」

 女性がそう叫ぶように、警察官が撃った銃弾は女性の纏っているISに弾かれる形に終わる。装甲のない部分にも確かに着弾したはずなのに、まるで見えない壁に阻まれるかのようにそこで勢いを失い、道路へと落ちる。現代兵器がまるで鉄くずでしかないというのは確かなのだと分かる。彼女に対して拳銃後時では太刀打ちできないと分かっていても警察官たちは拳銃を向けるのを止めない。そして誰かが放った一発が、女性の顔を隠していたバイザーに命中した。今までまったく動こうとせずに、徒労とも取れる銃撃を繰り返していた警察官たちを馬鹿にするかのように笑い飛ばしていた彼女の笑い声がぴたりと止まる。

 逆にそれが恐ろしかった。何かぴりぴりと肌を刺激する。ぞわりと背中に嫌な感覚が走る。ここにいては駄目だと直感で何となくそう思った。そして。

「テメエら、今何をしやがった?」

 上から押しつぶすような口調だ。思わずたじろぐ警察官たち。だが拳銃の銃口は向けられたままだ。バイザーのアイセンサーと思われる箇所が不気味に赤く染まる。そして背信部にある蜘蛛の足のような装甲脚が不気味にガチャガチャと音を立てるのだ。それがさらに恐怖を増幅させる。

「虫なら虫らしく……さっさと散りやがれよ、コラアアア!」

「う、撃てエエエ!」

 厳重にされているトラックの荷台部分を足場にし、跳躍する。空中に飛んだISに対して慌てて照準を変え、一斉に発砲する。だがスラスターを吹かし、とても人間の反応速度では追いつけない速さで移動し、その鋼鉄の腕でひとり、またひとりと警察官を殴り飛ばしていく。人間とは思えない力で殴られるために骨は簡単に粉砕される。それだけではなく近くにあった事故車に叩きつけられる者たちもいた。悲鳴を上げ、逃げ出す警察官に対しても、背後からその装甲脚で弾き飛ばし、地面に叩きつけたりもする。

 救出作業をしている者たちにも襲いかかる。

わざと車内に入っている者を狙い、車を反転させたりするなどまるで遊んでいるかのようだ。

 彼女の背後に回っていた警察官たちが一斉に発砲する。だが装甲脚に阻まれ、まったくダメージを与えられない。その装甲脚の先が彼らに向けられる。よく見るとそこには銃火器と同じような銃口らしきものが見られた。それを見て逃げろ、と叫ぶ声が聞こえる。だが警察官たちがその場から逃げ出すよりも先にその装甲脚にある銃口から次々と銃弾が放たれた。彼らの足を撃ち抜き、傷を負った者たちはその場に転がる。あまりの痛みに悲鳴を上げる。そんな虫の如く転がっている警察官たちに対して、彼女は口元を限界にまで吊り上げる。そしてゆっくりとどこからともなく取り出したグレネードを構え、近くにあった事故者に向かって引き金を引き、発砲したのだ。全ての光景を見逃さずに見ていた修介の視界が一瞬にして紅蓮に染まり、どこからともなく発生した衝撃にその身体は後方に大きく吹き飛ばされた。

 道路に叩きつけられ、身体に走る痛みに苦悶の声を漏らす。痛みで視界がやや歪むが、しっかりと双眸を開いて目の前に広がる光景を見る。そして大きすぎる衝撃を受け、唖然とした表情のまま固まる。開いた口が塞がらないという状態だ。そこに広がっているのはまさしく地獄だった。周りにいた警察官たちの姿はほとんど見られず、生きていると見られる者たちであっても修介と同じように道路に突っ伏している。炎の中から人間の姿をしたものが現れた。両手を突き出し、まるでゾンビのようにすう歩歩き、うめき声を上げてその場に崩れ落ち、動かなくなった。傷む身体に鞭打って、フラフラと立ち上がる。周りを良く見てみると左右に壁のようなものがあった。そこが建物に突っ込んでしまったトラックだと気付くのに少しだけ時間が掛かった。

 そして背後にあるのが何なのかを理解するのにはさらに時間が掛かった。いくつかのものは衝撃で倒れてしまっているが、ただ1つだけはその足でしっかりと立っていたのだ。その機体の四肢は黒く、胸部の辺りは何色にも染まる白色だった。それは紛れもなく、この惨状を引き起こしたものと同じISだった。ならあの女性がここを襲撃したというのはこのトラックにISが乗せられていたからだというのか。このトラックに何故ISが乗せられているのかの理由は定かではないが、この町にはIS学園があるためにもしかしたらと思う。そんなことを考えていたら突然トラックに大きな衝撃が走った。思わずまた突っ伏してしまいそうになる。

「なんだ、まだ生き残りがいたのかよ」

 後ろから先ほどから聞こえていた女性の声がした。ゆっくりと肩越しから後ろを覗き見る。そこにはこの惨状を引き起こした犯人であるISを起動させた女性がいた。その拳と装甲脚の何本かの先が赤く染まっているのが目に入った。それが人間の血であることをすぐには理解することができなかった。

「なんだよ、その目は。生意気なんだよ、糞餓鬼が!」

 口元を歪め、吐き捨てるような言葉を向けながらその足で修介を蹴り飛ばした。身体が砕けるのではなないかという痛みが走る。先ほど叩きつけられた時に感じたそれよりもはるかに強烈なものだった。口を開けば激痛に叫びそうだ。歯を食いしばって何とか痛みに耐えるようにする。

 必至に立ち上がろうとする。

 逃げなければ、でもどこに?

 死にたくない、でもどうすれば良い?

 何でこうなった、後ろにいる女性がいたから?

 皆は無事なのか、今この状態じゃ分かるはずもない。でもきっと大丈夫だろう。

 ならここから皆の元に戻るにはどうしたら良いか――分からない。

 悶々と頭の中に疑問が浮かんでは消えていく。

「まだ生きてやがる……しぶとい糞餓鬼が!」

 そう吐き捨てるようにいいながら、修介の首を掴み、持ち上げる。

 息ができない苦しさに、意識が飛びそうになる。首を掴んでいる腕に手を添えるが、人間の力でその拘束から抜け出すことなど不可能だった。ギリギリと掴まれた首から骨がきしむ音が聞こえる。息ができず、唇が変色し始める。女性は修介のことをゴミのように投げる。横の壁に叩きつけられた修介は一瞬意識を刈り取られる。もうこのまま眠ってしまった方が楽だったのかもしれない。

 だが修介はすぐに意識を取り戻していた。何かに支えられているかのようにフラフラとしているがまた立ち上がる。その光景を目の当たりにし、女性は――オータムは目を見開く。そしてすぐに苦々しげな表情へと変える。正直そろそろ時間切れが近かった。これ以上時間を掛けるとIS学園の教師団が来てしまう。さっさと最新機と打鉄を回収しなければいけなかった。

 だがそれを邪魔するかのように立ちはだかるひとりの少年――修介がいた。

 対する修介は焦っていた。

 ――死ぬ! 駄目だ、このままじゃ殺される!

 思わず何かにすがるかのように伸ばした手が、近くにあったISに触れた。その瞬間に頭に何かが流れ込んできた。本の一瞬ではあるが、その一瞬で膨大な何かが修介の頭を駆け巡ったのだ。

 そして何か大地のような場所に立つ何者かの姿を見る。何か鎧のようなものを纏っているのが分かった。勇ましくそこにただ立っている何者か。修介を見つめているようだ。

 言葉も何も発しない何者かであるが、何かを伝えてきているのは分かった。

 戦え――。

 その二文字の言葉が頭に浮かんだ。

 そして同時に濁流のようにその機体のデータが頭に流れ込んできた。その機体の攻撃力、防御力、機動力。機体を支えるためにあるシールドエネルギーの総量。そしてこの機体の最も重要なもの――第三・五世代IS、名称不明、基本武装なし、ブラックボックスあり。目の前に画面があるかのようにそれらが映し出されたのだ。耳に聞こえてくる機械音声。

【搭乗者確認、ISの機動を開始】

 眩い光がトラックの荷台に広がる。

 その光景を見ていたオータムも、あまりの眩さに思わず目を瞑ってしまいそうになる。

【システムの確認を開始。PIC及びハイパーセンサーの正常稼動を確認、シールドバリヤーの展開を確認。システムオールグリーン】

「何変なことをしようとしてやがる!」

 そこにいるのは分かっていた。だからオータムは迷いなくそこにいる修介目掛けて装甲脚を叩き込んだ。だが突然その走行客が動かなくなったのだ。確かに身体を貫いた感触もない。光がゆっくりと収まる。

「ば、馬鹿な……」

 光が収まったそこには、彼女にとってありえない光景があった。彼女が修介を殺そうとして放った装甲脚を、紛れもなくその修介によって受け止められていたのだ。普通の人間には不可能なこと、だがそれを可能にするのが一つだけあった。

 それがISだ。

 そう――そこにはオータムが任務として回収しに来た機体のひとつである最新機を起動させた修介の姿があったのだ。

 彼女がありえないと思うのも無理はない。何せISというものは女性にしか扱えないマルチスーツであるからだ。だがそんな彼女の思いを粉砕するかのように目の前にゆっくりと立ち上がる少年とその起動したISがあった。

 ――詳細は不明……まだデータのない、公表されていない新型のIS!

 操縦者はまったくのど素人。彼女が本気を出すまでもなく、簡単に倒すことができるだろう。

 だが任務はそれをできるだけ傷つけないようにして回収することだった。誤って大破させるなどということをしてしまえば今後の活動に大きくマイナスに影響してしまう。

 打鉄と共に回収するはずだった最優先のそれ。難易度の低い任務だと鷹を括っていたが、まさかこんなイレギュラーが現れるなど考えもしなかった。ISを外すための剥離剤(リムーバー)を一応忍ばせているために最悪の場合使えば良いだろうと思っていた。

 ――そんなこと、ありえないけどナア!

 任務に出る前に通信の女性から預かっていたそれ。執拗に持って行けと言ったために、仕方ないとしぶしぶそれに従ったのだ。彼女の不安は所詮杞憂だと思わせれば良い。

 私服の上から起動させたが、修介の全身を黒い薄いスーツのようなものが包み込んでいた。その上からさらに白い装甲が四肢に装備され、胸部もまた白い装甲が装備された。

 ――これは、IS!? どうして、俺がっ!?

 修介は何が起きたのかすぐには理解が追いつかなかった。何かにすがったというのは分かっていたが、それがまさか今自分が起動させてしまったISだったとは思わなかった。すがっただけならまだましなのだが、まさかこのように女性にしか扱えないISを起動させてしまうとは夢にも思わなかった。

 だが理解が追いつかず、驚いている暇はなかった。目の前にいる同じくISを起動させた女性。修介頭沼に身につけることになっていた全身を包み込むスーツのようなものを彼女も同じように見に的氏、その上からISを起動させていた。闇に溶け込むような黒い装甲。だが背後で燃えているパトカーなどから上がっている炎をバックにしているためかよりいっそう禍々しさをかもし出していた。バイザーをしているためにまったく素性は分からない。だがその体付きや声からして女性であることに間違いはない。

 ――あの人がこんな酷いことを……。

 身体的なダメージが大きいためなのか、それともなれないマルチスーツを身に纏っているためなのか、ややふらついているが、膝を折ることはない。

 修介の頭は何故こんなことをしたのかという目の前にいる彼女に対する疑問で一杯だった。

 一般人の少年が睨みつけてもなんら恐怖は感じない。

 だが修介の胸には睨みつけるだけの理由があった。彼女が大きく暴れるまで、一緒になって救出作業をしていた警察官たちが殺されたから。この町とそこに住む住民たちを救うために叶わないとわかっていながら勇敢に戦った警察官たちが殺されたから。疲れた身体を楽しみで癒すために、食堂に行くのを楽しみにしていた者たちを、そんな彼らをもてなそうと一生懸命だった五反田家のみんなを恐怖に陥れたから。

 ――これ以上、誰かが傷つくのを見たくない! 

 それは純粋なる真堂修介の思い。

 だからそのための力、今だけでも良いから貸して欲しい――そう、答えるはずもないISに対して強く願う。

「こちとら時間が押してるんダヨ! これ以上痛い目に遭いたくなかったら、さっさとそれを渡しやがれクソガキィ!」

「くっ!」

 こちらに向けて八つもの装甲脚にある銃口を向けてきた。

モニターの隅に映し出される危険という文字。修介は頭に流れ込んできたデータの通り足場を利用して飛んだ。

それと同時に彼女が向けていた銃口から、修介がいたところに鉛の弾が撃ち込まれ、その場が蜂の巣のようになる。周りから広がっていた炎がゆっくりと時間を掛けてトラックに向かって伸びていた。建物に突っ込んでいたトラックからは少しずつであるがガソリンがもれており、小さな水溜りを形成していた。そのガソリンに炎が引火し、そして次の瞬間、その場にいたオータムを巻き込み、トラックは大爆発した。




 はじめての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者のクレナイです。
 三部構成の第二部でした。
 今回の黒幕はやはり原作でも敵組織としてあった亡国機業でした。正直私は途中で原作が打ち切りになってしまったので亡国機業の存在意義がどんなものなのか分からないんですよね。
 これ以外にもこんな設定のISは面白いんじゃないかって考えたものではマブラヴなどのように地球外生命体などに国を滅ぼされ、亡国せざるを得なかった者たちの集まりなどというものです。
 原作者はどんな敵組織として書こうとしていたのでしょうか。
 それはさておき。
 この作品の主人公はオリ主である修介です。原作主人公である一夏はというと、この作品ではISは使えないという設定でいます。つまり藍越学園に無事に受験しに行くことが出来たというわけです。
 原作入りは今のところは考えていません。
 この中編作品が楽しかったと言っていただけると考慮しますが……(苦笑)、
 このように中編やエンディングだけの短編を時々挟むつもりでいます。みなさまに楽しんでいただけると幸いです。
 それでは「蒼穹の彼方へ」は明日の最新話を持って最終回です。修介とオータムの激しい戦闘を楽しんでいただけると嬉しいです。
 最後にこの作品を読んでくださったみなさまに、最大限の感謝を。
 それでは、また次回!!

 初投稿 8月7日
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