テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

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Chapter18 迷える祈り

 

 夜闇の続く町に、断末魔の声が絶えず響き渡る。

 血色が空気中に見えそうなほどの濃厚な臭い、そして同時に焦げ臭い炎の香りが町中に漂っている。チリチリと肌を焼く火が何処にいても感じられる、そんな場所に降り立ったフォルセは、全身の肌が酷く粟立って仕方がなかった。

 

 

「一体何が……」

 

 

 困惑が喉に引っかかりながら溢れた。それは唐突に現れた騒動への驚きに加え、よりによってどうして燃えているのかという苛立ちもあった。

 火が怖い。森で再発を自覚したトラウマは、より厄介な形でフォルセを蝕んできている。

 

 

「聖職者サマ! 魔物が……!」

 

 

 ミレイの声にハッと我に返り、感じた殺気に釣られるまま剣を抜いた。

 現れたのは二体の――豚だ。所々腐敗した肉体を引き摺り、そして火を撒き散らしている。火の元はこれかと、フォルセはぎゅっと剣を握り締めた。漂う火の臭いから察するに、町中に同じような魔物が闊歩しているに違いない。

 

 そう考えて、フォルセの脳裏にある光景が蘇った。

 

 

「ヘレティック……あの時と同じ」

 

「あの時?」

 

「……来ます、話は後で!」

 

 

 地を蹴った豚どもを見て、フォルセは重い足を動かした。ミレイもまたそれどころではないと判断したのだろう、リボンを振り翳し、距離を詰める。

 

 腐肉と炎を撒き散らす身体を受け止め、フォルセはすぐさま受け流した。火が怖い。全身から力が抜ける。何とかしなければ、と瞳をうっすらと細める。

 

 

「いくわよ、昇舞連(しょうぶれん)!」

 

 

 ミレイが豚を腹から切り上げ、軽々と吹き飛ばした。次いで両腕のリボンを刃のように硬化させ、一気に距離を詰めて追撃する。

 

 

(くっ、やはり身体が思うように動かない……怖がらず、彼女のように戦わねばならないのに!)

 

 

 まるで恐怖などないミレイの姿に、フォルセは心の底から焦りを感じた。彼女が懸命に戦っているのに、自分が惑うてどうするのか。

 

 

(……冷静になれ、でなければ今度こそ信仰心を失うことになる)

 

 

 苛立ちを抑えて衝撃波を放つ。焦りを込めて剣を振るってはならない。命を奪うことへの祈りを忘れてはならないのだ。そう自戒するほど、リージャが身体を締め付ける。その締め付けに従うように、フォルセは白雷を纏って突撃し、豚を一気に浄化した。

 

 ほぼ同時に豚を倒したミレイが、げんなりした様子でリボンを収めた。

 

 

「ふぅ……こんなのが町中にいるって言うの?」

 

「恐らくは。……ミレイ、何かに似ていると思いませんか?」

 

「クルトのヘレティック化した姿ね。あたしも思ったわ……何か、関係があるのね」

 

 

 察しのいいミレイに頷き、フォルセは自身の記憶を語り始める。

 

 

「先程の話の続きです。二年前、異端の気配を感じとった私は急いで村に戻り……そこで、これと同じ光景を見たのです。

 異端症(ヘレシス)が暴走する時に発動する術――暴走余波(インフェクション)によってヘレティックと化した家畜が、村中で暴れ回っている光景を」

 

「! じゃあ、この町のどこかに暴走した異端症(ヘレシス)がいるってこと……? あぁでも待って。もしかしたら、これも二年前の再現かもしれない……」

 

「再現である可能性が高いでしょうね。あの時の暴走余波(インフェクション)はクルト少年によるものでしたから」

 

 

 ふう、と詰めていた息を吐き出し、フォルセは町の端を見据えるように視線を飛ばした。実際には崩れ落ちた家屋しか見えなかったが、それでも惨劇の全貌が見えているように眉を寄せる。

 

 

暴走余波(インフェクション)は、一度に大量のヘレティックを生みます。しかし、最初にヘレティックと化した個体……古毒者(アンティペッカー)を浄化すれば、同じ暴走余波(インフェクション)によって暴走したヘレティックもまた浄化できるのです」

 

古毒者(アンティペッカー)……わかったわ。それを捜しながら、町の人を助けるってミッションね!」

 

「えぇ……」

 

「どうしたの聖職者サマ? ……やっぱりまだ疲れが、」

 

「何でもありません。大丈夫です、行きましょう」

 

 

 そう、とミレイは無理やり納得した顔で引き下がった。

 

 

(同じ異端として不安に違いないんだ……僕がしっかりしなくてどうする……)

 

 

 火への恐怖にミレイは気付いていない、ならばずっと知らぬままでいるべきだ。これ以上、フォルセの弱さを知らせて不安にさせることもない。

 

 が、抱える不安を知らせて困るのは、フォルセの方だった。森で全身の痛みを隠していた時と同じ、もしくはそれ以上の秘匿をもって恐怖を隠す。隠したいと、望んでいる。

 

 

(これ以上、不安にさせるわけにはいかない……いかないんだ……)

 

 

 ミレイは変わった。しかし、フォルセの方はあまり変わってはいなかった。

 

 

 

***

 

 

 エリュシオンの町を駆け回り、ヘレティックを倒しながら人々を助ける。

 

 

「教会は、人工的に作られた聖地です。ヘレティックを寄せ付けないので、人々も向かっていることでしょう」

 

 

 不可思議なるゲイグスの町とはいえ教会があったのは幸いであった。二人は見つけた人々を片っ端から教会に送っていった。ヘレティックに襲われて間一髪、という者もいれば、自ら助けを求めてきた者もいる。そして間に合わなかった者も。時に大所帯となりながら護衛をし、二人は短い間に満身創痍となっていた。

 

 それでも、と懸命に足を動かすのはミレイだ。まだ聞こえてくる助けを求める呼び声――それに応えられるのは自分達だけなのだと自覚して、疲労を抑えて駆けずり回っている。

 

 そんなミレイの姿に感化されながら、フォルセは思うように動かない身体に辟易としていた。

 

 

(ほんの小さな火ですら怖い……)

 

 

 森で再発した火へのトラウマは、フォルセが思っている以上に深刻なようだった。詠唱が震え、剣の切っ先がぶれる。自棄になれるほど身勝手になれる状況ではないし、そうできるほど理性を失っているわけでもなかった。

 

 

(幼き頃の光景がどうしてもちらつく。集中しなければいけないのに……あの日からの恐怖が、全身にまとわりついているようだ)

 

 

 故郷を襲った大規模なる火災。その日の光景がまるで昨日の事のように思い出される。忘れていたわけではないのに、今まで平気だったことが夢であったかのように、フォルセの心身はあの頃のままだ。

 

 火に追われる人々ですら、フォルセにとっては恐怖の対象だった。轟く悲鳴に、正義感より先に恐怖を感じる。

 

 

「聖職者サマ、向こうから女の子の声が!」

 

 

 教会に人々を送り、再び町へと向かった時のことだった。

 

 ミレイがか細く泣く幼女の声に気がついた。向かった先で、瓦礫に足を挟まれ動けない幼女を見つける。協力して瓦礫を排除し、どうにか引っ張り上げれば、治癒術で治せる程の怪我が現れた。

 

 

「今、治します。よく頑張りましたね……」

 

 

 己の痛みも忘れ、フォルセは幼女に治癒術を使った。暖かな光が彼女を包む。数秒の後、幼女は自らの足で地に立つことができ、ミレイが自分のことのように喜んだ。

 

 

「良かった……! さぁ、あたし達と一緒に教会に行きましょ。他の人もそこに逃げてるから」

 

「う、うん……」

 

 

 ミレイが差し伸べた手に掴まり、幼女は恐る恐る立ち上がった。怪我が治り、難なく立てることを不思議そうに確かめる様子に、ミレイの表情が若干緩む。

 

 が、止まっている暇は無いと思い直し、ミレイは幼女の手を軽く引っ張った。

 

 

「こっちよ、ゆっくりでいいからあたし達に着いてきて」

 

「……おねえちゃんは、どうして治してもらってないの?」

 

「え?」

 

「おねえちゃんの手、傷だらけ。神父様に治してもらえないの?」

 

 

 幼女に責めるように見つめられ、フォルセは困ったように苦笑した。確かにフォルセと比べ、ミレイの姿はボロボロだ。が、異端であるミレイに治癒術は使えない。回復薬は確かに摂取しているが、どうしても治癒術の万能さには敵わないのだ。どう伝えればいいものかと、言葉を考えあぐねる。

 

 

「そりゃあ仕方ないわ。だってあたし異端だもの」

 

 

 悩むフォルセに反し、ミレイはあっけらかんと事実を告げた。

 

 

(確かにそうなのだけれど、はっきり言ってしまうと支障が……)

 

 

 ぽかんと口を開ける幼女を見て、フォルセは異端と告げることのデメリットを考えた。そう、デメリット――問題だらけなのだ。ただ自分は既にミレイを受け入れているから、問題がないように見えるだけで、一般人にとっては――

 

 

「……いゃあああああっ!!」

 

 

 唐突な悲鳴の後、幼女は掴まれていた手を振り払い脱兎の如く逃げ出した。今度はミレイがぽかんと口を開けることになった。振り払われた傷だらけの手が、とても痛い。

 

 

「……な、なに?」

 

「ぁ……しまった。うっかり麻痺していた……」

 

 

 幼女の逃げていった先を呆然と見つめるミレイに対し、フォルセはあぁ、と頭痛を湛えて天を仰いだ。

 

 

「ミレイ。あれが一般人の反応だと覚えておいてください……」

 

「……あたし、異端って言っただけよ?」

 

「それが、恐怖の対象となるのです。異端とは……神への信仰を持たず、世迷い移ろう存在。いつなん時現れるとも知れない……暴走の権化、ですから」

 

 

 つい先日までなら言う筈もなかった言葉を告げれば、案の定ミレイの顔色がサッと変わった。哀れにも血の気が失せて、唇を震わせるその姿を――フォルセはじっと、暴走しやしないかと心配しながら見つめる。

 

 フォルセの考えに思い当たったのだろう――ミレイはきゅっと顔を引き締め直した。

 

 

「……確かに、いつ暴走するかわからないものね」

 

異端症(ヘレシス)という存在が人々に知れ渡るのは、異端症(ヘレシス)自身が暴走を起こした時です。貴女のように自ら異端と名乗る者を、私は今まで見たことが無かった」

 

「だから驚いてたのね、聖職者サマ。……むぅ、あんな反応されるなら、そりゃあ名乗るわけないわよね……」

 

 

 何だか悔しい、とミレイは血色の戻った頬を膨らませる。

 

 

「いいわ。言っちゃったもんは仕方ないもの。あの子を捜して、無事教会まで送り届けて、かっこいい異端だって上書きしてやるんだから」

 

「……っ、お強いですね、本当に」

 

「騎士サマにも言われたわ、それ。あたしはそんなに強く見える? そうは思えないんだけど」

 

「異端であるのに暴走していないというだけで、私にとっては強い御方なのですよ」

 

「……そっか。それじゃあますます、暴走するわけにはいかないわね!」

 

 

 フォルセの言葉に、ミレイはグッと拳を掲げて誓い直した。

 

 幼女を追いかけようと駆け出したミレイを追い、フォルセは内心苦笑する。

 

 

(……強いヒトだ。この様子なら、本当にもう暴走することはないかもしれない。僕の弱さを知っても、きっと……)

 

 

 今現在、フォルセは火への弱点を頑なに隠そうとしている。ミレイを不安にさせたくない、暴走させるわけにはいかないという思いゆえだ――少なくとも、フォルセはそう考えている。

 

 しかし、あからさまな異端への嫌悪を目の当たりにしてすら耐えている、寧ろ平然とさえしてみせるミレイを思えば、フォルセの弱点を知ったところで平気なのではないだろうか。

 

 

(けれど……あぁ、駄目だ。言う勇気が持てない……)

 

 

 そう考え直しても、フォルセは自身の弱さを告げることができずにいる。

 

 

 

「――きゃああああっ……!」

 

 

 幼女の悲鳴が、僅かな距離から響いた。

 

 

「さっきの女の子の声!」

 

「……この声、」

 

「? どうかした?」

 

「いえ……急ぎましょう……!」

 

 

 耳に届いた悲鳴に、フォルセは胸の奥を撫でられる思いがした。所謂“嫌な予感”というものだったのだが、その正体に思い当たることはできず、急ぐままに駆けつける。

 

 そして、その“嫌な予感”が見事的中したことを知り、フォルセは危うく剣を取り落としそうになった。

 

 

「いやっ……誰かぁ……!」

 

 

 幼女がへたり込む前に、炎の塊が轟音をあげて燃えていた。

 

 それは、家畜の中でも大きな体躯を持つだろう牛だった。角は鋭く生え変わり、しかし身体は腐り果てながらも炎が噴き上げ――元の雌牛だった姿からは想像つかぬほどに恐ろしい姿だ。特に、口から撒き散らす炎は他のヘレティックの比ではなく、幼女に燃え移っていないことが不思議なくらいであった。

 

 

(そうだ……! 二年前にも女の子を助け、こんなヘレティックを浄化した。当時は何とも思わなかったけれど、今の僕にとっては最悪の相手だ……)

 

 

 昔の記憶が知らぬうちに警鐘を鳴らしていた。火によるものではない汗がじっとりと肌を伝う。

 

 考える。本来の自分ならどうするか。そうすれば自然と祈りは生まれ、言の葉が掠れ声で出てきた。

 

 

「……ミレイ、あれが此度の古毒者(アンティペッカー)です。あの子を頼みます!」

 

「りょーかい!」

 

 

 同時に地を蹴り、怯える幼女とヘレティックの元へ向かう。

 

 

界往波(かいおうは)!」

 

 

 ミレイが幼女を抱えて飛び退くと同時、フォルセは衝撃波を放ち、ヘレティックを大きく仰け反らせた。火の消えた脳天目掛け素早く飛び込み、出来うる限り深く斬りつける。

 

 

「う、わぁああん……!」

 

「あぁあ、泣かないでっ、もう大丈夫だから!」

 

 

 怖かった、と幼女がミレイにしがみつく。それを横目に、フォルセはより距離を離さんと剣を払う。

 

 

襲爪雷斬(しゅうそうらいざん)!」

 

 

 火を打ち消さんと、白雷を帯びた斬撃を放った。ヘレティックが悲鳴をあげて後退する。このまま押し込める――フォルセは再びリージャを奮わんと剣を構えた。が、噴き上げる火が頬を掠め、声無き悲鳴をあげて肩を揺らす。

 

 

「! ぐっ!」

 

「聖職者サマ!」

 

 

 天を仰ぐ角で薙ぎ払われ、フォルセは剣を弾かれた。ミレイの悲鳴が響く。が、彼女は幼女にしがみつかれている為に飛び出すことができない。

 

 

「行かないでおねえちゃん! 神父様ならだいじょうぶだから……」

 

 

 幼女の声が遠く聞こえる。“神父様なら大丈夫”――取り落としかけた剣をぐっと握り、フォルセは揺れる眼に力を込めた。

 

 

(この身に纏うものを思い出せ……トラウマで動けず、何が神父だ!)

 

 

 ザッと土煙をあげて食い留まり、フォルセは不意に瞳を閉じた。何も見えない――怖い火も、そして間合いすらも。けれども間合いなど、培った経験でカバーすればいい!

 

 

招雷閃(しょうらいせん)!」

 

 

 雷を纏いし必殺の突きを放ち、ヘレティックの角を破壊する。

 

 

「こうなったら魔術でフォローするわ! ――氷槍鋭利、」

 

閃空裂破(せんくうれっぱ)!」

 

「……アイスランス!」

 

 

 集束するマナからミレイの助力を判断し、フォルセは回転と共に斬り上げた。冷気が爆ぜる――ミレイの元から巨大な氷柱が飛び、ヘレティックの胴体を貫いた。

 

 瞳を開ける。場は空中、目の前には角の片方を破壊されて呻くヘレティック。火の勢いは僅かに衰えたとはいえ未だ轟々と燃え盛り、フォルセの心底から恐怖を引き摺り出そうと抗ってくる。

 

 

(火が見えて、怖いなら……)

 

 

 恐怖に惑うその心に蓋をするのは――リージャによる、神経を抉るような激烈な痛み。

 

 

「痛みで忘れてしまえっ……! 襲爪雷斬(しゅうそうらいざん)!」

 

 

 空中より一層威力の増した白雷の斬撃を、ヘレティックの脳天に直撃させる。巨体、その胴体までもを引き裂いて、フォルセはヘレティックを叩き落とした。

 

 地面に落ちたヘレティックの身が、マナとなって還っていく。

 

 

「やった……聖職者サマ!」

 

「……っ!」

 

 

 痛みでいっぱいとなった身体での着地は、嘘でも軽やかとは言えなかった。

 

 喜ぶミレイを尻目に、フォルセは剣を構え直す。

 

 

「まだです! まだ終わりじゃありません!」

 

 

 へ、と気の抜けた声を出すミレイに、先に言っておけば良かったかとフォルセは心の中で反省する。

 

 

古毒者(アンティペッカー)は簡単には浄化できない! 姿かたちを変えて復活するのです!」

 

 

 フォルセの怒号が響く中、ヘレティックが黒(もや)に包まれた。周囲の熱気にも負けぬ冷たい空気に、ミレイもまたゴクリと息を呑み、臨戦態勢を取る。

 

 瘴気が爆ぜ、ヘレティックの新たな姿が現れた。

 

 その姿は筋骨隆々、いつだかフォルセが浄化した人狼(ワーウルフ)にも似た二足歩行、しかしその頭は鋭い角の生えた牛のそれだ。どこから取り出したのか、その腕には燃え盛る巨大な斧を持ち、姿は伝説上の牛頭人(ミノタウロス)のようであった。

 

 

「――ゴォァアアアアッ!!」

 

 

 暴風の如き咆哮をあげ、ヘレティックがフォルセに向けて地を蹴った。

 

 

(! 記憶にあるより、速い――!)

 

 

 避けるに避けられず、フォルセは真正面から巨斧を受け止めた。重みによって、両足が地面に沈む。炎を纏っているのは斧の部分だけだが、スピードとパワーは森で戦ったヘレティックよりも上であった。

 

 

「ぐぅっ……ひ、火が……!」

 

 

 斧より降り注ぐ火の粉が、フォルセの全身から力を抜き去る。

 

 

「氷槍鋭利――」

 

「! だ、駄目です……ミレ、イ!」

 

「アイスランス!」

 

 

 フォルセを助けんと、ミレイが再び氷柱を放った。が、所詮は下級魔術である攻撃はヘレティックの肩に当たって砕け、ただ煩わしい苛立ちをヘレティックに与えたに過ぎなかった。

 

 

「ぐ、ぅあああっ――!」

 

 

 斧が力任せに振るわれ、フォルセの身体が軽々と吹き飛ばされる。

 

 

「聖職者サマ!」

 

「神父様……!」

 

 

 瓦礫に突っ込んだフォルセの姿に、ミレイと幼女が怯えきった顔で叫んだ。

 

 ヘレティックが再び吼える。煩わしい攻撃をしたのは誰かと捜し、そうして怯える二人の人間を見つけ、怪しく舌なめずりする。

 

 先程のスピードは何処へやら――獲物を追い詰めるようにゆっくりと、ヘレティックはミレイ達の元へ歩いていく。

 

 

「……ここはあたしが!」

 

 

 ミレイが幼女を背に庇い、迫り来るヘレティックに向けてリボンを構えた。

 

 

「大丈夫よ、聖職者サマはすぐに来る! それまであたしが……食い止める!」

 

「お、ねぇちゃん……」

 

 

 ミレイの背を、彼女に怯えていた幼女が濡れきった眼で見つめる。先程もそうだった。ヘレティックから己を助けてくれたミレイにしがみつき、怖かったと泣き叫んだ。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 幼女のか細い謝罪を背に受け、ミレイは絶対守ってみせると地を蹴った。

 

 

旋導波(せんどうは)!」

 

 

 幾重にも、思いきり横に薙ぐ――が、力の差によっていとも容易く弾かれ、たたらを踏んでいるうちに追撃を食らう。

 

 

「ぐっ、きゃ……っ!」

 

「! 神父様! おねえちゃんが、おねえちゃんがやられちゃうよお!!」

 

 

 ミレイの身体が大きく揺れた。直後、ヘレティックの重い一撃が彼女のリボンを無惨に散らす。

 

 同時に、瓦礫の中からフォルセが起き上がった。眩みながら立ち上がり、状況を確認するや否や駆け出す。

 

 

「……ミレイ!」

 

 

 フォルセが直感した通り、ミレイの身は鋭利な斧の餌食となろうとしていた。

 

 ――間に合わない!

 

 

 

天翔弾(てんしょうだん)――!」

 

 

 その時、どこからともなく白い霊弾が放たれた。それはヘレティックの斧に直撃し、その巨大な身体を僅かに怯ませ、押し退けた。

 

 

「……アーチシェイド!」

 

 

 ミレイとヘレティックの間に人影が落ちた。影から強烈な闇の放物線が飛び、ヘレティックを大きく吹き飛ばす。轟音に等しき咆哮が響き渡る。

 

 ブオン、と杖を唸らす音がそれを掻き消すように響き、影の正体を顕にした。

 

 

「あっ……ハーヴィ……!」

 

「よぉ異端。見ないうちに随分まともになったじゃねぇか」

 

 

 それは、審判者を自称する赤毛の男ハーヴェスタであった。彼は木の杖を構え直し、ヘレティックを威嚇するように佇む。

 

 

「こっちもちょっとワケありでね、助太刀させてもらう。……おい、〈神の愛し子の剣〉候補!」

 

「え……、は、はい」

 

「悪ぃけど、何も考えず俺に治癒術かけてくれないか? それくらいは、できるだろう……?」

 

 

 それくらいは。ハーヴェスタの言葉が胸に刺さる。まるで無力なフォルセを責め立てるような言い草に、フォルセはビクリと肩を揺らし、震える手でリージャを練る。

 

 

「傷付きし汝に祝福を与えん……ヒール!」

 

「……え?」

 

 

 ミレイが呆気に取られた声をあげた。フォルセからハーヴェスタへ移った真白の光が、虹色となってミレイに移動していったからだ。その光は傷付いたミレイを――異端である筈の身を、柔らかく癒していく。

 

 それを為したであろう赤毛の審判者は、既にヘレティックに向かって杖を振り翳していた。答えは得られそうになく、フォルセは訳がわからぬまま覚束無い足取りで駆けつける。

 

 

「……ミレイ」

 

「聖職者サマ、見て。あたし、何か癒されちゃった」

 

 

 凄い凄い、とミレイは無邪気に笑っている。

 そんな彼女に駆け寄って、フォルセは笑むことすらできなかった。

 

 

「すみません」

 

「聖職者サマ?」

 

「私は、また貴女を危険な目にあわせてしまった……」

 

 

 どこか虚ろな目で謝罪するフォルセに何を感じ取ったのか。ミレイは口を閉じ、じっとフォルセを見つめだした。

 

 

「聖職者サマ……」

 

「はい」

 

「まだ何か、隠してない?」

 

 

 フォルセは思わず肩を揺らした。

 

 

「なに、な、何のことでしょう……」

 

「あからさますぎるわ聖職者サマ。でも、今はそれどころじゃないわね、あのヘレティックを倒さないと」

 

 

 状況をよく理解しているその言葉に、フォルセは己の不甲斐なさを更に理解することとなった。今はミレイに駆け寄っている場合ではないのだ。ハーヴェスタが相手取っているから良いものの、古毒者(アンティペッカー)の脅威は未だ続いている。

 

 

「水が弱点じゃないのかしら。それともあたしの術が弱すぎた? うぅん……」

 

「……火です」

 

「火ぃ?」

 

「斧は燃えてますが、本体は火が弱点です。珍しかったので、当時も驚いた覚えがあります」

 

 

 フォルセは震えた声でそう告げた。本心を言えば、許されるなら伝えたくなかった。ミレイの術は害無きものとはいえ、前後左右火に囲まれるのはどうしても避けたかった。

 

 その思いが表情に出ていたのか、ミレイが再び訝しげな表情で見つめてきた。

 

 

「……今度は負けません。フォローをお願いします」

 

 

 強い視線を振り切るように、フォルセは剣を構え直して駆け出した。

 

 

 

 ハーヴェスタは杖を薙いでヘレティックの振るう斧を受け流し、空いた腹を攻撃した。木の杖が筋肉を打ち付け、鈍い音をたてる。大した威力にもならぬ攻撃を続けているにも関わらず、ハーヴェスタの表情は凪いだままだった。

 

 

襲爪雷斬(しゅうそうらいざん)!」

 

 

 ハーヴェスタの口元がニイと笑う。

 

 両者の間に割り込み、フォルセは思いきり剣を払った。リージャを乗せた銀の煌めきが太い腕を切り落とし、ヘレティックの悲鳴を誘う。

 

 

「遅かったな、〈神の愛し子の剣〉候補」

 

界往波(かいおうは)! ――貴方は、確かハーヴェスタ殿でしたね? 試練の審判者という……」

 

 

 ヘレティックを衝撃波で吹き飛ばし、フォルセは隣に佇む赤毛の男を見た。

 

 

「ハーヴィでいいよ、呼びづらいだろう? ……助けてやるのは二度目だな」

 

「……そうですね。助かりました、ハーヴィ……」

 

「聞きたいこと沢山あるだろうが……まずはこの厄介なヘレティックを倒すとこからだ、いいな?」

 

 

 頷き返し、フォルセは吹き飛ばしたヘレティック――古毒者(アンティペッカー)を睨みつけた。

 

 フォルセが切り落とした腕は、既に瘴気によって完治していた。古毒者(アンティペッカー)の最も厄介な点は、通常のヘレティックを大きく上回る自己治癒力にある。並の攻撃では怒りを買うだけ、一撃の元沈めなければ――すぐさまやられてしまう。

 

 

(今この場で有力なのは、ミレイの魔術に合わせてヘレティックを押し留めること……)

 

 

 ミレイは幼女から離れず、火属性魔術を全力で放ってくれるだろう。フォルセにできるのは、彼女の攻撃が十二分に発揮されるよう囮となってヘレティックを引きつけることだけ。

 

 

(彼と一緒なら、それも可能か……?)

 

 

 フォルセはチラ、と自称審判者の男を見遣った。ハーヴェスタもまた死にきった金眼でフォルセを見返す。

 

 

「何を期待してるか、大体予想はつくが……」

 

「? ……うわっ!?」

 

 

 ハーヴェスタの手にボウッ! と小ぶりな火が現れた。

 

 

「俺“も”術師だ、期待されても困るぜ? ……燃えちまいなッ! フレイムドライブ!」

 

 

 火のマナが一気に爆ぜ、三つの火炎球がハーヴェスタの元より飛び立った。

 

 空中で弧を描き、ヘレティックの額、そして胴体に当たり、焼き焦がす。

 

 

「そら来るぞ! 精々俺らを守んな!」

 

 

 ハーヴェスタに背を押され、フォルセはビクついた身体のまま駆け出した。

 

 

「業火爆裂、バーニングショット!」

 

「――フレイムドライブ!」

 

 

 ミレイの元から巨大な炎、ハーヴェスタから再び三つの火炎球が飛び、フォルセを追い越しヘレティックを襲う。

 

 

(っ……!)

 

 

 火炎に追い越される度、フォルセの視界がチカチカと照る。頭痛が酷い。リージャの痛みに身を任せても、逃げ場にはまた火が通る。

 

 

(逃げ場の無い……炎の海……)

 

 

 周囲の瓦礫すら、燃えて見える。燃え盛るヘレティックの斧をすんででかわすも、徐々に距離感が掴めなくなってくる。

 

 

(あの時もそうだった。周りは全部燃えていて、誰もが逃げたいと抗って……)

 

 

 視界が変わる。燃え盛る炎の中、震えるばかりの幼いフォルセが聞いたのは――人々の怯える怒号が、徐々に獣の咆哮へと変わっていく地獄。

 

 バリンと割れたのは開かずとなっていた教会の窓。割り、外へと飛び出したのは先程までヒトだったモノだ。黒い、瘴気を纏う獣となって、己が家族を食い殺してまでも燃え盛る教会から逃げ出した――フォルセにとっての恐怖の権化。

 

 教会だけではない。それがフォルセの故郷――アルルーテンに起きた最期の光景。

 

 

 ――鋼を弾く、音が響いた。

 

 

『よく聞いておけ、未来の我が祭士』

 

 

 いつだったか、上司であるテュールが語った言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

『剣はお前だ、お前は剣だ。惑えば刃はふらつき、祈れば強き芯を持つ。

 一度剣を持ったなら、惑うな。惑えば最後……お前は“また”、憎しみの業火に呑まれることとなるぞ』

 

 

 あの時なんと返したのだったか。フォルセは思い出せぬまま、現実に引き寄せられる。

 

 巨大な腕に、腕を掴まれ引き寄せられる――

 

 

 

「……しょ……サマ、聖職者サマ!」

 

「――ゴォァアアアアッ!!」

 

 

 ミレイの声が、間近に迫ったヘレティックの咆哮に呑まれる。見上げれば、赤黒い目をした牛の面と目が合った。憎しみに満ちた目だ。けれどその奥に愉悦を感じ、フォルセは剣を振るわんと掴まれた腕を引っ張った。

 

 ――腕はピクリとも動かず、剣は手元に無かった。

 

 燃え盛る斧が振り上げられる。飛び散る火の粉に怯えながら見上げた先で、ヘレティックがお返しだ、と嗤ったように思われた。

 

 

 

***

 

 

 その悲鳴を聞いたのは、二度目だった。

 

 

「っ、ぐッ、あ……ああああああああッ!!!」

 

 

 振り下ろされた斧がフォルセの右腕に落ち、神経の一片までも切断する。一連の流れをゆっくりと見届けたミレイは、声にならぬ悲鳴をあげ、何も考えられぬまま歩を踏み出した。

 

 

「せいしょ、……きゃあっ!!」

 

 

 次いで振り払われた斧が大地を抉る。ミレイはフォルセの後方で踏み止まり、腕を交差して土煙から逃れた。このままでは二の舞になる――何の? 彼の。無惨に切り落とされた聖職者の!

 

 

「聖職者、サマ……ぁ、ああ……」

 

 

 先程見た光景は夢だったのだろうか。――否、そんな筈はないとミレイが一番よくわかっていた。砂埃が晴れ、顕になる。現れたのは先程と変わらぬ光景、ヘレティックが細い腕を高々と掲げ、その足元にフォルセが無くなった右腕を押さえて蹲っている。

 

 

「……の、」

 

 

 フォルセの周囲に、青い稲光が走った。

 

 

「この……穢れた獣畜が……!」

 

 

 切断部から大量の血を流しながら、フォルセは青白い顔で立ち上がった。残った左腕に稲妻を纏い、ヘレティックの持つ斧を鷲掴みする。

 

 驚いたのはミレイだけではなかった。ヘレティックもまた、仕留めたと思った獲物がより素早く、攻撃的に動いたことに驚愕し、そしてその溢れんばかりの稲光に本能から怯えを発している。

 

 

 バチバチと音をたて、フォルセの放つ雷がヘレティックを捕らえる檻と化す。

 

 

「……おい、異端。いたーん!」

 

「ぇ……」

 

「今がチャンスだ! でかい火一発ぶちかましてやれ!」

 

 

 言いながら火のマナを集めるのはハーヴェスタだった。ミレイは信じられない、と言いたげな顔で彼を見遣った。こんな状況で何がチャンスだというのか、自分に一体何をしろと言うのか。

 

 

「あのヘレティックを倒すチャンスだっつってんの! 腕をもう一本犠牲にさせるつもりか!?」

 

「! わ……かったわよ……!」

 

 

 ハーヴェスタの言い様にミレイは怒りに顔を染め上げ、彼と同じように火のマナを集め出した。

 

 

 怒りが集束する。その中心にいるのは、片腕を失った聖職者――

 

 

(こわい、恐ろしい怖い……ぃ、にくい、憎い憎い憎い!)

 

 

 恐怖と憎しみによるリージャを発し、フォルセは何のためらいもなく目の前の異端を滅ぼそうとしている。

 

 

「猛火激烈、天まで届け! フレイムピラー!」

 

「燃えよ焔花、滅んじまいな! ブレイジングハーツ!」

 

 

 ミレイとハーヴェスタ、それぞれが火のマナを解放する。炎がヘレティックを――拘束するフォルセをも呑んで燃え盛る。

 

 

「ゴォァアアアアッ!? ァアア、アアアアア……」

 

 

 ヘレティックの断末魔が燃焼の音に呑まれゆく。惨劇の核を焼き尽くし、エリュシオン全域の異端を連れ、星に還っていく。

 

 炎が消えた。

 

 断ち切られた右腕が置き土産のように落ちる。それに従い、リージャを解放し尽くしたフォルセはその場に力無く崩れ落ちた。

 

 

 

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