テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

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Chapter26 闇喰い石と操り人

 

 熱に浮かされた自称山賊どもが、氷の船から襲いかかってくる。

 

 フォルセに向かってくるは三――いや、四。使い古されたナイフを振り下ろされた瞬間、フォルセは手をかざし、障壁を展開した。顔が歪む。ひとりひとりが、鉄塊のように重い。

 

 

「ぐっ……――はぁっ!」

 

 

 沈みかける身体を持ち直し、リージャの雷を全方位に放つ。怯んだ一人を弾き飛ばすも、すぐに他から刃が返ってきた。フォルセは眼をぐるりと動かす――剣を抜くより、このまま法術で戦うほうがいい。そう判断し、迫り来る刃を障壁で弾きながら、雷撃や浄化の光を飛ばす。

 

 

「なんなのよっ……あなた達!」

 

「や、やべえ。神父君、オレ……うわあああっ!」

 

「余所見しちゃダメよシド!」

 

「いやその、オレ、あの石……」

 

 

 ミレイもまたリボンを駆使してバッタバッタと――ともすれば、この場で一番山賊どもを薙ぎ倒していた。そんな頼もしい彼女とは対照的に、シドは余裕無く大剣を振り回している。彼の顔色は山賊どもの対のように青く、振るう大剣にも全然力がこもっていない。

 

 

「ギャハハ、流石教団の騎士さん! 強い強い」

 

「一体何者ですか! 何故その石を……」

 

「……‍? 騎士さん、この石のこと知ってんのか。ならとっとと殺っちまわないとなァ……」

 

 

 氷の船に立つ男が、片手を上げて合図した。それに従い山賊どもが方向を変え、氷を伝って船内へと侵入していく。

 

 

「っ、しまった……!」

 

 

 フォルセは焦りを浮かべて周囲を見回した。氷は甲板から船内への道を完全に塞いでおり、船内へ行くには一度氷の船を通らなければならない。

 

 

「行って! 聖職者サマ!」

 

 

 ミレイの叫びに、フォルセは振り向いた。

 

 

「ここはあたし達で何とかする、だから乗客のみんなを早く!」

 

「えええ、オレは神父君に大事な用が……」

 

「そんなの後にしなさい!」

 

「……ひええええ」

 

 

 力強いミレイと情けない顔のシド――フォルセの心に一瞬迷いが生じた。頭を振って迷いを断ち切る。戦える彼らと戦えない乗客達、どちらを優先すべきかはっきりしている。

 

 

「……すみませんっ」

 

 

 フォルセは船同士を繋ぐ氷を蹴り、氷の船へ向かって一気に駆け上がった。その際、自身の肩に乗っていたハーヴェスタを掴み、後方へぽいと放り投げる。『ちょ、俺まで置いてくな!』抗議の声をあげる彼に対し、信頼の声を真っ直ぐ向ける。

 

 

「ハーヴィ、二人を頼みます!」

 

『っっ……だあああっ、わかったよ!』

 

 

 『さっさと戻ってこい!』ハーヴェスタはしかめっ面のまま山賊どもの頭を踏み抜き、ミレイの肩へと着地した。

 

 

「ギャハハ、お強い騎士さんのお出ましかァ……」

 

 

 一連の流れを氷の船から見ていた男は、仕方ないと言いたげに重い腰を上げた。ナイフを悠々と取り出し、余裕の表情を浮かべながらフォルセを迎える。

 

 しかし――

 

 

「退きなさい!」

 

 

 「ギャッ!‍?」フォルセの放った雷撃で、男は容易く膝をついた。その脇を通り抜け、フォルセは氷を伝って船内へと向かう。

 

 

「や、野郎……ッ!」

 

 

 男の顔が赤黒く染まった。馬鹿にしやがって、と歯茎を剥き出しにし、よろよろと震えながら立ち上がる。

 

 

「殺してやる! まずはお仲間からだァッ、ギャハハハハ!」

 

 

 男の怒号を合図に、山賊どもの纏う熱気がより強く、ねっとりとしたものになった。中には血塗れになりながら立ち上がる者もいる。

 

 不気味な光景にミレイは一瞬気圧されたが、ふんっと身体に力を込めて踏みとどまる。シドは相変わらずオロオロとしているが、その理由に彼女が気付くことはない。

 

 

「やれるもんなら……やってみなさい!」

 

 

 リボンを剣のように構え、ミレイは自身を奮い立たせるように叫んだ。

 

 

 

***

 

 

 生存者がいた。妻子を目の前で惨殺された男だった。

 生存者がいた。四肢の骨を折られた女だった。

 生存者がいた。兄の断末魔を聞きながら逃げた子供だった。

 

 生存者が――

 

 

「……セイバースティング!」

 

 

 狭い通路で前後を山賊どもに挟まれたフォルセは、無慈悲を顕に雷撃を放った。リージャの雷は前後の山賊どもを焼き払い、しかし彼らは糸を引き上げられた人形のように起き上がって嘲笑う。――銃声が鳴り響く。山賊どもの動きを予期していたフォルセが放った、銀の自動拳銃の音色だ。山賊どもの脳天を貫き、今度こそ、その命を刈り取る。

 

 

(ただの山賊とは思えないほどの体力、耐久力、そして禍々しさ……まるで、ヘレティックを相手にしているような感覚だ。そもそも本当に山賊なのか? 彼らは……)

 

 

 死亡確認のため、倒れ伏した彼らの頭を再び撃つ。ビクンと揺れた死体からは生気など感じられず、しかしヘレティックを相手取っていると考えれば、それもやり過ぎにはならないとフォルセは考える。

 

 そんな、見た目は正常な山賊どもの死体から――コロンと赤黒い石が転がってきた。

 

 

「っ‍? ……あっ、待て……‍!」

 

 

 石はふわりと浮き上がり、そのまま甲板の方へと飛んでいった。盛大に身構えたフォルセは、石の動きに即座に反応できず、伸ばした手は虚しく宙を掻く。

 

 

(甲板の方へ向かった……回収された、と見るべきか? 気になるけれど、今は一人でも多く生存者を助けなければ)

 

 

 思考を中断し、船内通路を駆け抜ける。

 

 ――そうして、どれほどの山賊どもを倒しただろう。フォルセは生存者達を連れて、漸く安全な船の後方部へとやってきた。氷はこちらまで及んでおらず、既に他の生存者達が船員に連れられて集まっていた。隔離も可能な造りだ、容易に突破されることはないだろう。

 

 

(……惨いことを)

 

 

 が、フォルセの心が軋むほど、生存者達の受けた傷は深いものだった。身体的にも、精神的にも、およそ考えつく限りの暴挙を受けながら生存し、彼らは放心するか怯えるか、あるいは憎悪にまみれた表情を浮かべて泣いていた。

 

 その様子を見ながら、フォルセは疑問をひとつ浮かべていた。惨いことをされながら、生存者達は意外と多い――山賊どもは彼らの生存を確認しながらも明らかに逃がした、もしくは放置していたように思われるのだ。

 

 この状況は意図的に作られた。そう考えざるを得ない動きを、山賊どもはしている。

 

 

(……考えても仕方ない。ここはもう大丈夫だ、早くミレイ達のところへ戻らないと)

 

 

 神父としては残りたいが、騎士としては戦いに戻らねばならない。

 

 「緊急の信号は発信済みです! 王国軍港からの助けが来るまで、もう暫くの辛抱です……!」必死な形相の副船長の言葉を聞き届け、フォルセは甲板に戻るべく踵を返した。

 

 

 

***

 

 

 次々に現れる山賊どもを、ミレイは戦う神父になったつもりで薙ぎ倒す。リボンを剣のように鞭のように振るい、二人分の戦力であるかのように動き回る。

 

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

 

「はぁ、はぁっ……んもうっ、いつまで続くのよ!」

 

 

 ミレイが文句を言うのも無理はない。山賊どもは切ろうがはっ倒そうが薙ぎ払おうがすぐに起き上がり、そのナイフをゆうるりと振り上げてくるのだ。ヘラヘラと熱に浮かされた笑みは変わらず、心底不気味でしかない。

 

 

「ギャハハ、ハハ、女ァ……その威勢がいつまで持つかなァ?」

 

「うっさいわね! あなたなんて偉そうに見下してくるくせに何にもしないで、聖職者サマにやられたばっかじゃない!」

 

 

 氷の船上から動かぬままの男に対し、ミレイは八つ当たりぎみに吐き捨てた。男の顔が再び怒りに染まる。どうやら、男にとっての地雷を踏み抜いたようだった。

 

 

「……てめぇ、状況がわかってねぇようだなァ!」

 

「わかってるわよ! あたしは、偉そうに突っ立って何にもしないあなたがムカつくって言ってんの!」

 

「俺はリーダーだ! リーダーはこうして指示を出すもんなんだ!」

 

「あらそう! じゃあそのまま、あたし達が勝つまでぼーっとしてれば!‍? ――飛連昇舞(ひれんしょうぶ)!!」

 

 

 思う存分文句を吐き捨てたミレイは、全身に魔力を纏い、スケートでも嗜んでいるようにステップを踏んでいった。一見隙だらけの動きだが、彼女の周囲には鉄壁の魔力が渦巻き、触れた者の身体を軽々と吹っ飛ばしていく。

 

 

「ヒヒ、威勢のいい小娘だねぇ」

 

 

 怒りで震える男の背後から、腰の曲がったローブの者がのそりのそりとやってきた。

 

 

「アンタ、話が違うじゃねぇか! 相手はたったの二人なのに、いつまで経っても殺せねぇ……!」

 

「二人じゃあない、三人だよ」

 

 

 馬鹿者が、とローブの者は嘲笑い、骨と皮だけの腕を掲げ――船内から飛んでくる赤黒い石の数々を回収した。

 

 

「そ、その石は……」

 

「中に入った連中がやられた証さ。ヒヒ、あれだけ数がいながらたった一人の神父も殺せないとはねぇ」

 

「なっ……そんな馬鹿なっ。あいつらは団の中でも特に頭のいかれた連中なのに、やられちまったって言うのか!」

 

「ヒヒ、所詮は端役。特別な者には勝てないってことだね」

 

 

 ローブの者の言葉に、男は信じられないと言いたげに頭を抱える。男の動揺に釣られるかのごとく、甲板で暴れる山賊どももまた、熱が冷めた顔で動きが鈍くなる。

 

 

「せ、旋撃衝(せんげきしょう)! うおおおおっ!」

 

 

 怯えた子犬のように逃げ惑っていたシドが、山賊どもの動きに気付いて大剣を振り回した。隙が大きいながら、もう一度振り回す。巨大な鉄塊をぶつけられ、山賊どもは成すすべなく飛ばされた。

 

 氷の船から、男はおろおろと戦況を見遣る――

 

 

「そ、そんな……無敵になったのに、特別になったのに……」

 

「ヒヒ、所詮はお前も端役。取るに足らない存在だったということさ」

 

「! ち、違う!」

 

「何が違う‍? お前の元ボスなら、教団の騎士がいた時点でとうに撤退しているさ。お前のような能無しとは違ってねぇ」

 

「違う……俺は頭領みたく甘いやつじゃ……」

 

「石の力を僅かでも引き出したことは褒めてやるが、端役にはこれが限界さ。良くて、そこらのヘレティックレベル……やはり勇者どころか、その仲間さえも倒せやしない……」

 

 

 ローブの者が、他と何ら変わらぬ男を追い詰める。

 

 

「端役。いや、名すら与えられない群衆(モブ)。お前もとっととやられてくるがいい」

 

 

 杖の石が揺らめく――瞬間、男は夢遊病者のように眼を遠くにやり、ナイフを片手にふらふらと甲板へ向かっていった。他の山賊どもに混じって攻撃に加わる。凡庸なその動きはすぐに見分けがつかなくなり、

 

 

「――吹っ飛べ、旋導波(せんどうは)!」

 

 

 優雅に回るミレイによって、男は“船上で偉ぶっていたあの男”とさえ認識されぬまま、山賊どもの一人として吹き飛ばされた。

 

 

 

「さあて」

 

 

 山賊どもにとって不利な戦況を見下ろし、ローブの者は笑いながら杖を掲げた。

 

 

「そこの青い男」

 

「へっ!‍?」

 

 

 青毛のシドは、突然呼び止められてビクリと全身を揺らした。氷の船を見遣り、いつの間にか現れたローブの者――その妖しさに、大剣を持ったままぶるりと震え上がる。

 

 

「どこで手に入れたか知らないが……ヒヒ、お前もアタシの傀儡になるがいい」

 

 

 ローブの者の持つ杖が禍々しく光る。シドは再び全身を揺らし、大剣を持つ己の手を見下ろした。――ガシャン。大剣の刃先が地に落ちる。その音にミレイは振り向き、

 

 

「シド‍? ……きゃああっ!‍?」

 

 

 背後に迫っていた彼によって、突如斬りかかられた。

 

 

「ちょ、何すんのよシド!」

 

「い、いや……オレにも、何が、なんだか……!」

 

 

 間一髪刃から逃れ、ミレイは驚きと怒りでシドを睨んだ。その顔を見返すシドの表情は、容赦ない斬りつけに反して困惑に満ちており、どこか恐怖すら垣間見えた。

 

 大剣の刃は鈍重だが――当たれば最後、致命傷を免れない。ミレイはステップを駆使してかわしていくが、あまりにもブレない斬りつけの連続に、徐々に恐怖を募らせていく。

 

 

「きゃ……!」

 

 

 ミレイの腕から鮮血が飛んだ。痛みで思考が真っ赤に染まる。ほんの一瞬立ち止まったミレイは、目の前に迫る巨剣を見て半ば本能的に転がった。甲板を叩き潰す音が聞こえる。先ほど傷を負わせてきたのは山賊どものナイフだと知り、ミレイは少しばかり平静を取り戻しながらも、囲まれた現状に顔色を青くする。

 

 

「じょ、嬢さん……! くそうっ、なんで、なんで勝手に動くんだ……!」

 

「おや、アタシの命令を受けても自我が残っているのかい」

 

 

 ローブの者が甲板に降りてきた。山賊どもは先程まで暴れていたのが嘘のように静まり返り、ローブの者の為に道を開けた。冷気が漂う。巨大な氷船から感じられるものとは違う、もっと異様で異常な――心底を鷲掴んでくるような冷気が。

 

 

「あ、あなた何者‍!? 命令って……一体っ!」

 

 

 斬られた腕を押さえ、ミレイは現れたローブの者を果敢に見返した。その間もシドだけは攻撃を止めず、一方的な攻防が続く。

 

 

「騒ぐな小娘。アタシはね、この蟲疫(バヴァラ)石を持ってる人間を操ることができるのさ」

 

「……バヴァラ……‍?」

 

「ヒヒ、こやつら山賊どももそう……どれだけ吠えようが嘆こうが、心の底はアタシの人形。王国の山で拾ってきた捨て駒だがね、頭が悪い分そこそこ使える」

 

 

 ローブの者が指した赤黒い石を、ミレイは薄気味悪げに見つめた。そして気付いた。その石こそが、フォルセの言っていた“赤黒い虫の石”なのだと。

 

 

「シド! あなた持ってないって言ったじゃない!」

 

「ご、ごめんよう……なんか、スクープになると、思って……神父君に言ったら取られると、思って……!」

 

「だからって……あぁもう!」

 

 

 「シドの馬鹿!」ミレイの暴言に、シドは泣きそうな悔しそうな顔で剣を握り直した。

 

 攻防を続ける二人を見つめ、ローブの者は愉快げに口を開く。

 

 

「頼みの勇者様が戻るまで耐えられるかねぇ?」

 

「! な、なんで勇者のことを……っ!」

 

「そりゃあ、勇者目当てで来たからさ。……本当はそこの男が持ってる蟲疫(バヴァラ)石の気配を追ってきたんだが、勇者がいるなら、その力を試さないわけにはいかないからねぇ?」

 

 

 「ヒヒ、予想通り強い強い」ローブの者は蟲疫(バヴァラ)石を手の内で転がしながら、不気味に笑う。

 

 

「……あなたは誰‍!? 魔王の手先‍なの!?」

 

「嬢さん避けろ!」

 

「きゃっ……!」

 

「ヒヒヒ、仲間に襲われてるってのに大した度胸だ。……面白い。名乗るほどのもんじゃないが、一応名乗っておこうかねぇ」

 

 

 ローブの者は、骨張った手で頭を隠すローブを取り去った。白髪を撫でつけ、巨大な蟲疫(バヴァラ)石を額に飾る、肌の黒い老婆の顔が現れる。澱んだ眼は何処を見つめているのか――少なくとも碌なものではないと、その嘲笑滲む顔面から窺え知れる。

 

 

「アタシはメイランド。魔王ノックスが頭脳たる三賢の一人さ……」

 

 

 老婆――メイランドは腰を曲げたまま、戦う二人を圧倒した。

 

 

「時に小娘。お前、アタシらのところからどうやって黙示録を盗んだ?」

 

「……えっ!?」

 

「惚けても無駄だよ。そのレムの黙示録はね……元々アタシら魔王軍の所にあったものなんだ。それを半年前、何者かが盗んでいった。どんな盗っ人かと思えば、こんな小娘だったとはねぇ……ヒヒヒ」

 

「う、嘘よ! あたしが盗んだなんて……そんな……」

 

 

 ミレイは狼狽えた。嘘だと叫ぶが、自分には記憶が無い。嘘だと証明することはできないのだ。

 

 

「ぐっ……魔神(まじん)(けん)!」

 

「! きゃあああっ!?」

 

 

 シドの振り下ろした大剣が衝撃波を生み、狼狽えるミレイを呑み込んだ。甲板に積み重ねられた木箱に向かって吹っ飛ばされ、ミレイはぐったりと項垂れる。

 

 

「じょ、嬢さん……うぐ……」

 

 

 斬りつけではなく衝撃波で収めたのは、シドの最後の抵抗だったのだろう。攻撃を当てたことでシドは一気に脱力し、山賊ども同様虚ろな表情となって剣を下ろした。

 

 

「ヒヒ、やっと大人しくなったか」

 

 

 木箱の残骸に身を預けるミレイに、メイランドがゆっくりと近付いた。そのねっとりとした冷気に反応しようにも、ミレイの瞼はかすかに揺れるのみ。無遠慮に頬を撫でられ、肌がゾクリと粟立った。

 

 

「さぁ答えな。黙示録を、どうやって、盗んだ?」

 

「知らない……あたしはそんなの、知ら、ない……」

 

「強情な小娘だねぇ。――青いの。この娘は何者だ?」

 

 

 「ミレイ。異端で、記憶喪失……」虚ろな眼のシドが、メイランドの問いかけにぼんやりと答えた。

 

 

「記憶喪失、ねぇ。それなら無理にでも思い出してもらおうじゃないか」

 

 

 ミレイに対し、メイランドが杖を向けた。杖の石が禍々しく揺らめき、持ち主の望むままの力を発揮する。

 

 

「もう一度問おう。小娘……黙示録を、どうやって盗んだ?」

 

「うぅ……」

 

 

 ミレイが呻く。どよめく脳裏に吐き気を催しながら、引き上げられる記憶の奔流に呑まれ、全身から力も意識も抜いていく――

 

 

『やっと手に入れた……彼へと導く、黙示録!』

 

 

 チカチカと点滅する幾つもの光。暗い天井にまで至る幾多の機械類が周囲に連なり、低い稼働音を鳴らして動いている。此処はどこだか“わたし”は知っている。“わたし”は此処から旅立ったのだ、彼のもとへと行くために。

 

 

『ずっとずっと待ってたわ。何年も、何千年も!』

 

 

 追っ手は来ない。けれども気持ちは急いてばかり。機械の音ばかりが鳴る通路を駆け抜けて、一刻も早く彼のもとへと急ぐのだ。心が高ぶる。外の世界なんて知ったこっちゃないが、“わたし”と黙示録があればそんなことは関係ない。

 

 外に出た。曇り空の下に広大な森が見え、さわさわと葉のかすれる音が聞こえる。命の巡りが見える。彼が好きそうな光景だ。心が爆ぜる。震える。揺れ動く。“わたし”の知る世界とは随分違うけれど、彼とならどんなところにだって行ける。

 

 

『さぁ黙示録、“わたし”を彼のもとへと導いて……!』

 

 

 昂揚する想いを胸に“わたし”は、レムの黙示録を開いた。

 

 

『――――』

 

 

 暴走の波が、押し寄せる――

 

 

「ミレイ!」

 

 

 白い雷撃がメイランドの杖に直撃した。ミレイはハッと我に返る。今聞こえてきた声は紛れもなく彼のもの。あたしは、任せてくれと約束した。ならばこんな姿は見せられない――!

 

 

「てやあああっ!」

 

 

 軋む身体に鞭打って、ミレイは目の前の老婆に向かって突進した。「ぎゃあっ」倒れ伏すメイランドに釣られぬように踏ん張り、渾身の力を込めて甲板を駆け抜ける。ワンテンポ遅れ、山賊どもやシドが反応した。ミレイは彼のもとへ行きたい一心で走るが、「伏せて!」彼の声によって我に返り、言われた通りその場に伏せる。

 

 

世断(せいだん)――!」

 

 

 剣と自動拳銃を構えたフォルセが、氷の船上から一斉に射撃した。リージャの弾丸が山賊どもを貫き、倒していく。

 

 

「……清音、奏でるは愚者――高らかに。ヒュムナルライト……!」

 

 

 撃ち終えた得物を落として消し、フォルセは高めたリージャを解放した。光と共に天使のごとき面容の者達が現れ、宙を飛び、山賊どもの耳元で優しく歌った。光が爆ぜる。直後、山賊どもは一様に叫び声をあげ、ピクピクと痙攣しながら倒れ伏した。

 

 

「聖職者サマ!」

 

「ミレイ、無事で……っ!? 危ない!」

 

 

 「へっ?」昂揚する心のままに駆け寄ろうとしたミレイ。その背後から、フォルセの攻撃対象外とされていたシドが虚ろな表情で大剣を振り上げた。フォルセは先ほどの攻撃でリージャを使い切ったため、驚愕を顕にしながらも動くことができない。

 

 

『もっかい伏せな』

 

 

 肩に乗るハーヴェスタにそう囁かれ、ミレイは再びしゃがみ込んだ。同時にハーヴェスタがぴょんと飛び、両腕からまるでミレイのように伸ばしたリボン――否、毛糸を使い、シドの大剣を弾き返した。「!?」虚ろだったシドの表情がハッと目覚める。それに構うことなく、ハーヴェスタは風を纏って空中を蹴った。

 

 

『――風裂閃牙(ふうれっせんが)!』

 

「ぐああっ!?」

 

 

 旋風と共に飛び、鋭い回転切りを加える――ミレイの得意とする技を軽々と使い、ハーヴェスタはシドを吹き飛ばし、ミレイの肩に再び戻ってきた。

 

 

『ったく……おい異端』

 

「聖職者サマ!」

 

『おい』

 

 

 ハーヴェスタの制止も聞かず、ミレイはフォルセのもとへと駆け寄った。甲板に降り立った彼の胸に飛び込み、ようやっと息を吐く。

 

 

「会いたかったわ! ずっと会いたかったの……“わたし”はあなたに……」

 

「ミ、ミレイ?」

 

『……はぁ。単純だな、こいつ』

 

 

 困惑するフォルセに、ハーヴェスタが起きた出来事を軽く説明した。シドが石を持っていたこと、魔王の手先“三賢のメイランド”が現れたこと、そしてミレイが記憶を無理やり掘り起こされたことを聞き、フォルセの顔が僅かに歪む。

 

 

「ミレイ、しっかりして。今はどうすべき時ですか?」

 

「……?」

 

「敵はまだいます。シドも、操られたまま。貴女ならわかるはずです」

 

 

 山賊どもは倒れ伏した。が、シドは未だ剣を握ったまま操られている。意識だけは戻ったようだが、その切っ先はブレることなくフォルセらに向いている。

 「ヒヒヒ……やってくれたね小娘」忌々しげに呟きながら、メイランドもまた身を起こした。それをちらりと見遣りつつ、フォルセはミレイの顔を覗き込む。

 

 

「ミレイ」

 

「……、……はっ」

 

「気付きましたか」

 

「ご、ごめん聖職者サマ……なんか、無性に会いたくてしょうがなくて。それに任せて、って言ったのに、やだぁこんな恥ずかしい……」

 

「大丈夫。船内の侵入者は討ちました。生存者も……なんとか無事です。あとは彼らだけ。いけますね?」

 

 

 ミレイはこくんと頷き、フォルセから離れた。我に返った瞳で振り向き、もう失態は繰り返さないとナイフを構える。

 

 

「ヒッヒヒヒ、盗っ人小娘は勇者様にご執心かい」

 

 

 メイランドはふわりと宙に浮かび、黒く禍々しい魔法陣に包まれた。その球体魔法陣は彼女の詠唱と防衛――攻防一体の現れである。

 

 

「青いの。やけに洗脳の効きが悪いが……時間稼ぎくらいには役立ってもらうよ」

 

「ぐうっ……う、うわあああっ……! 神父君しんぷくんっ、助けてくれええっ!」

 

「――ミレイ、貴女はメイランドを!」

 

 

 「わかった!」ミレイの力強い返事を聞きつつ、フォルセはシドを迎え撃つべく駆け出した。

 

 

 

***

 

 

 シドの大剣が容赦なく振り下ろされる。障壁に当たるたび雷鳴のごとき音が耳をつんざき、フォルセの腕をかすかに痺れさせる。その重い攻撃に顔を歪めながら、フォルセはシドに呼びかけた。

 

 

「シド! 石はどこに!?」

 

「う、上着の……内ポケット……に!」

 

「早く捨てなさい!」

 

「そうもいかねえんだよおっ!」

 

 

 涙目のシドだが、攻撃は容赦なく続く。それに対し、フォルセの肩に戻ったハーヴェスタがうんざりした様子で溜め息を吐いた。

 

 

『埒が明かねぇ。取ってくるからもっと近付け』

 

「わかりました……頼みます!」

 

 

 ハーヴェスタのため、フォルセはシドの隙を探し始めた。一撃、二撃、三撃と続けて受け流した後、僅かな隙を見つけ、四撃目を受け流しながら懐に突っ込む――

 

 

「駄目だ神父君!」

 

「っ!?」

 

 

 が、大剣の四撃目は来なかった。シドの手からは大剣が消え失せ、代わりに何かが鋭く障壁を叩いた。――それはシドの拳だった。掌、手の甲、拳と連続で殴りつけられ、フォルセは予想外の攻撃に逆に隙を見せた。

 

 

「……かはっ――!」

 

 

 強烈なボディ・ブローがフォルセを襲った。だがチャンスだ。息を詰まらせながら、フォルセはシドの腕を鷲掴んだ。そう簡単にやられて堪るものか――騎士としての意地のようなものを感じつつ、彼を助けるために前進する。

 

 

『よくやった、あとは任せな』

 

 

 目論見通り、ハーヴェスタがシドの上着に飛び移った。直後、シドの自由な腕が大剣を取り出し、自らの腕ごとフォルセを叩き切ろうとする。フォルセは即座に腕を解放した。大剣が消える。鈍重な動きと速攻を使い分けるスタイルか、と素早く突っ込んできたシドを見つめ、フォルセは思考の片隅で考えた。

 

 

朱雀閃(すざくせん)!」

 

「う、ぐっ……!」

 

 

 足払いからのアッパーが決まった。障壁で受け止めたもののその衝撃は凄まじく、フォルセは甲板の端まで吹っ飛ばされた。

 

 

「――聖職者サマ!?」

 

「ヒッヒヒヒ、やるね青いの」

 

 

 三本のナイフを投げつけるも弾き返され、ミレイは視界を横切るように吹っ飛んだフォルセを案じた。瞬時に起き上がったフォルセは大丈夫、と首を振り、腹の鈍痛に耐えながら再び駆け出す。

 

 フォルセの姿に勇気づけられ、ミレイはキッと上空を睨み上げた。先ほどからナイフも魔術も効いている様子がない。が、それでも続けるしかないと、疲労で肩を揺らしながら攻撃の姿勢を取る。

 

 

『……おい』

 

 

 フォルセとシドの攻防、そしてミレイの攻撃が続く中――ハーヴェスタが、シドの上着から顔を出した。その可愛らしいあみにんの顔は酷く歪んでおり、何やら不機嫌を顕にしている。

 

 

『……金庫かよ! なんだこのポケット!』

 

 

 ハーヴェスタが怒鳴ったとおり、シドの上着内ポケットには簡易なダイヤル式鍵がつけられていた。形的にもそこに石が入っていることは間違いない。途端に面倒臭くなったハーヴェスタだったが、必死に戦うフォルセを見て気を取り直し、持ち主をジロリと見上げる。

 

 

『シド、番号教え……』

 

「うう……うおおおおっ! 掌底破(しょうていは)!」

 

「くっ!」

 

 

 『おいごらぁあああああっ!!』ハーヴェスタの怒号が響く中、シドの掌底とフォルセの障壁がぶつかり、激しい火花を散らした。

 

 

『……フォルセ!』

 

 

 もう我慢ならない。今にも噴火しそうな顔で、ハーヴェスタが叫ぶ。

 

 

『こいつ大人しくさせろ!』

 

「……っ……そう言われましても……!」

 

『元はと言えばこいつが悪い! 少しくらい痛めつけたって問題ねーだろ!!』

 

 

 「ひええそんなあっ……!」無慈悲なその言葉に、シドは涙目になりながらフォルセの障壁を殴りつける。

 

 

(……やむを得ないか……!)

 

 

 後方で苦戦するミレイも心配だ。フォルセは振り下ろされた拳を受け止め、払い、

 

 

「――ちょっと痛いですよ!!」

 

 

 シドの腹に、雷撃を帯びた掌底を放った。

 

 

「ぐへあッ……!?」

 

 

 白い雷が弾け、シドが甲板の端までぶっ飛んだ。ズシャアアッ、と甲板を滑り、大の字になって気絶する。

 

 

「ヒッヒ、勇者様は仲間にも無慈悲かい。端役どももいなくなっちまったし……これは、」

 

「っ、光明導く眩耀の使徒……!」

 

「猛火激烈、天まで届け!」

 

 

 遅かった。メイランドを包む球体魔法陣がぐにゃりと形を変える。それでもなんとかしようと、フォルセとミレイがそれぞれ渾身の力を込めて詠唱を開始する――

 

 

「そろそろ見せてやるしかないかねぇ」

 

 

 光の雨が降る。猛火の柱が抱擁する。それら全てをかいくぐり、禍々しい力が躊躇無く――発揮された。

 

 

 

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