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「ということでして、我が城主が主催する戦争は聖杯戦争と何ら代わりはありません」
結局、カグヤに話しかけて来た青年は元々待ち合わせをしていた主催者側の人間で、待ち合わせ場所だった店には入るなり今回の戦争のルール説明をしてきた。
入った時点で人払いの結界も張られており、主催者が用意周到であることを一瞬にして理解させられた。
大まかなルールは基盤となった冬木の第三次聖杯戦争と同じ。
そもそも、事の始まりがその冬木の聖杯戦争なのだ。
ルーマニアにて現在進行形で勃発している、ユグドミレニア家という魔術師の一族が魔術協会からの離反を目的に起こした聖杯戦争、〈聖杯対戦〉。
その現当主。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが冬木の第三次聖杯戦争でナチスと協同して簒奪した聖杯。
今回のアフリカの聖杯戦争も、その余波で世界各地で起こっている亜種聖杯戦争の1つらしい。
情報を売ったのは冬木の第三次聖杯戦争に参加していた騎乗兵のマスター。当時の参加者の中では一番非力な魔術師であった騎乗兵のマスターは、聖杯戦争に勝利することを諦めてその機能を奪い取ることを目的に変えたという。
それにいち早く目を付けた当時の主催者――ガクべリア・ハーベスタリオンがそれを高値で買い付けた。時価にして大豪邸が3つ4つ買える程の金額を提供したらしい。
結果、ガクべリアは冬木の聖杯の知識を得たが、その細かな性能まで知ることはできなかった。
「当時は今よりも娯楽を愛する方でしたから。きっと焦ってちゃんと確認しなかったのでしょう」
つまるところ、ガクべリアに聖杯戦争の情報を売った騎乗兵のマスターというのがあまりに無能に過ぎたのだ。
魔術師にとっては悲願とされる【根源】に繋がるきっかけを手に入れられるかもしれない聖杯戦争に参加していながら、その権利を途中で放り投げたような愚か者だ。
無能も無能。実際、彼が監督役達にバレないように探った情報もほんの些細な、知らなくてもどうとでもなるものばかりであった。
故にガクべリアは落胆したが、その後配下を連れ回して必死に冬木の聖杯戦争の痕跡を探った。60年後に再開されるという第四次聖杯戦争に自身が参加すると意気込む程に。
しかし、その夢は永遠に果たされない。
第三次聖杯戦争の最期を、彼は聞かされていなかったのだ。
第二次世界大戦で猛威を揮っていたナチス・ドイツと正体不明によって聖杯が強奪され、彼の『聖杯戦争で娯楽を味わいたい』という願いは永久に叶わなくなった。
「それから旦那様は世界各地の亜種聖杯戦争に参加し、実際幾つか勝利してみせていましたが、そのどれもが満足がいかないと戦果を廃棄所に捨て来ました」
ガクべリアは偽物では満足しなかった。
そして何より、世界各地で頻発している亜種聖杯戦争には娯楽性が薄かった。
参加しているのは成り上がりたいだけの無銘の魔術師や雇われた魔術使いだけ。
そんな戦争で勝ち残って、一体どう歓喜すればいいのだ。
参加者は半端者、賞品は贋作にも劣る劣化品。
迷っている間に彼は歳を取っていた。人間の基準ではもはや化物という年齢で、ガクべリアは自身の死を覆すことよりも、娯楽を選んだのだ。
「旦那様は冬木の聖杯戦争を追い求め、そしてそれに似たものを更に追い求め、どちらも手に出来ないことを悟ると、こう言い出したのです。
無いのなら造ればいい、と」
理屈は合っている。子供の思考回路のような理屈で言えば、だ。
老齢のガクべリアはもはや自身の為に聖杯を使おうとは思っていなかった。
ただ娯楽を味わいたい。
半端なものでは足りない。
七騎の英霊と、魔術師だけに囚われず欲望を持った人間達が我よ我よと群がる血肉まみれの戦争を。
彼は見たいのだ。今もそれだけを欲して自身の大魔術である城塞の中で参加者を待ち続けている。
「旦那様はただ欲望が混じり合った戦いが見たいだけですので、参加者様方の戦いには関与しませんし、姿は表しません」
「それは、主催者は一部の陣営に加担したりしないって言いたいんですか?」
カグヤの核心をついた問に、仮面のように貼り付けた笑顔を浮かべたまま操られた青年は肯いた。
何処まで本当かは現時点ではカグヤに判断がつかない。何しろ娯楽のために聖杯戦争を起こしたような男だ。
きっと拮抗状態が続いて誰も動くようなことが無かったりしたら、それこそ下手な指令を出しかねない。
だからといって、此処で訝しんで断っても何の徳もありはしない。
傀儡と化した一般人が相手では交渉は見込めそうにもないのだから。
「それで、〈令呪〉はいつになったら貰えるんですか?」
令呪。
元は冬木の聖杯戦争で、マキリという名の魔術師の家系が生み出した高密度の魔力の塊。
冬木の聖杯戦争から枝分かれした亜種聖杯戦争では、聖杯からマスターにこれが支給される。
用途は明確。強力な力を有するサーヴァントを使役するにあたっての楔だ。
英霊は時には現代の常識を超えた行動を起こす時がある。如何に俗世とは離れた生活をしている魔術師でも、それ全てに対応できるわけでは無い。
そういった時に使うのが絶対命令権である令呪であり、聖杯戦争に参加するにあたっては無くてはならない必需品である。
カグヤの問に、傀儡の青年はこれは異なことを仰るとでも良いだけな苦笑をする。
「令呪なら、魔術協会に手配された
傀儡の青年の眼が若干細められる。何かを訝しんでいるかのような仕草に、カグヤは変わらず鉄仮面のまま相手を務める。
「まだ呼び出してはいないかもしれませんし、もしくは私の背後に控えている可能性もあります。たかが操り人形にそれを話せと?」
「……それもそうですね」
愉快気に笑いながら傀儡の青年はそれ以上詮索すまいと自身で注文した紅茶を啜る。
自分達と店員以外、誰もいない空間に少年が飲み物を飲む音だけが響く。
肉眼では見えないのだろうが、魔術を介すれば視える。青年の身体を釣るようにして天上に伸びる、細く白い糸。
魔力糸であるためその先に何がいるのかわからないし、迂闊に触ることはできないが、その糸が目の前の傀儡の身体を操っているのは間違いない。糸を辿れば青年が操っている存在の正体が判るのだろうが、些か長旅はカグヤの体を予想以上に疲労させていて詮索しようとする気も起こさない。
相手もこれ以上説明をする気はないようだし、適当に話を切り上げて帰ろうと外を見る。
窓際の席から視える外の景色。
その中で、貧困に負けず、逞しく生きる家族の姿が目に入った。
その後に釣られて動いた唇は、果たして意識的であったかどうか。
「その人の体、この後どうするんですか?」
きっとその傀儡の身体にも家族いるとか。そんな魔術師らしからぬ不抜けた思いがあったからこそ、カグヤはつい視線を外しながらそんな言葉を口走ってしまったのだろう。
傀儡の青年は一瞬目を見開いたあと、クスリと笑って胸元に自身の手を当てる。
「処分しますよ。万が一、使役の魔術が切れた後にこの会話の記憶が残っていたりしたら厄介ですから。そこいらの海に捨てます」
自殺による他者の殺害を笑顔で語るマリオネットの操縦士に、カグヤは視線も合わさぬまま素っ気なく言葉を返す。
しかしどういう気変わりか。カグヤの指が高速で何やら宙に描いて文字を作る。
それは現代文字ではなく、時計塔にて数十年前から浸透した魔術の文字――否、時計塔にて〈ある魔術師〉の采配から復興された古代文字。
青年はその光景を一瞬遅く発見し目を見開いた。
――ルーン文字!!
気がつくのは遅く、また傀儡の青年には辛うじてルーン文字だということが判断がついたぐらいで、その意味を理解はできない。
それは『火』のルーンであった。
そしてその上に重ねられたのは『暗示』のルーン。
2つ重なったルーンはそれぞれに違う効果を持ち、合わさればまた違う効果の魔術と化す。
傀儡の青年が回避するよりも早く動き出した2つのルーン文字は、溶け合うと蛇のように傀儡の青年を操る糸に絡まり付き、糸と共に消失する。
自身の発動した魔術が相手の暗示を打ち破ったことを確認してカグヤは小さく息をつく。暗示解除の魔術を『即席で創り上げた』が、何とかいったようだ。
暗示が解けて、文字通り糸が切れたかのようにテーブルの上でぐったりと倒れる青年を見据えながら、カグヤは1人誰にも聞こえないような声で彼女には珍しく弱音を吐いたのだった。
「……この人、絶対外まで運べないな」