Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス4夜「魔王」

 

「は、ははは」

 

 男は歓喜に震えていた。

 男は魔術師であった。といっても、その歴史は時計塔の貴族達のように深くはない。

 また彼は時計塔に属する家系の魔術師ではなかった。

 魔術協会というコミュニティが肌に合わず、他の魔術師との関係を断絶した孤高の魔術師の一族。

 その末裔がこの男であった。

 僅か3代という、魔術師の一族としては浅い血筋の当主の彼は、その血の純度や不完全な魔術刻印に反してかなりの自信家であった。

 外の世界の魔術師を知らぬが故に、彼は自分こそが頂上の存在であると本気で信じていたのだ。

 だからこそ、彼は地元で行われる聖杯戦争の参加権を手にした時、一寸の恐怖も感じなかった。

 それこそ歓喜し、廃棄物で散らかった自分の工房で踊り回る程だ。

 無宗教であった彼が、天は自分を選んだと確信する程に。

 アフリカの大地の穴蔵で1人、彼は3日3晩自身の手に刻まれた令呪を眺め、薄気味悪く笑い転けた。

 

 そして丁度令呪が体に宿ってから3日目の夜に、彼はサーヴァントの呼び出したのだ。

 呼び出す英霊はとうに決まっている。

 完璧なる自分のパートナーになる英霊なのだ。それ相応の実力者でなくてはならない。

 狂信じみた自身のの元に、彼は予め用意しておいた聖遺物を祭壇に置き、英霊召喚の儀式を始めた。

 祭壇に置かれているのは〈ある魔蛇の鱗〉。

 極東のある魔術使いと取引して手に入れたこれは、古代ペルシアを支配したある魔王の身体の一部である。

 恐らく呼び出されるクラスは〈キャスター〉に違いないだろう。彼の王は万にも及ぶ魔術を使いこなしたと聞く。

 本来であるならば三大騎士のサーヴァントを狙って呼び出すべきだろうが、実は彼は呼び出す英霊は戦闘向きであれば誰でもよかった。

 彼は初めのうちに令呪を全て使って自身のサーヴァントを傀儡にするつもりなのだから。

 

 過去の冬木の聖杯戦争や亜種聖杯戦争について、それ程深く調べなかった彼は〈令呪〉というものの必要性や、聖杯戦争においてのサーヴァントとの関係を本当の意味で理解していなかったのだ。

 令呪なんて使い捨ての魔力の塊。サーヴァントとはマスターに絶対服従する傀儡の名前。

 彼は、その程度の認識しか彼は持ち合わせていないような魔術師だったのだ。

 

 そして運命の夜。あまりに哀れな魔術師の前に、奇跡は現れる。

 全身を覆う紫の鎧。その上に被せられたローブは完全な黒であり、短く切り揃えられた白銀の髪を覆って絶妙なコントラストを作り出している。

 背丈は180センチ前後と珍しいものではないにしても、山吹色の瞳が視る者に尋常ではない程の威圧感を与え、魔術でもかけられたかのように動けなくする。 

 否、それは実際魔術だったのかもひれない。

 神代から現代に至るまで。呪術というのは対象者を目に焼き付けることが最も初歩的な発動条件なのだ。

 対象をきちんと認識していなければ、その呪いは行き場を失って術者へと返ってくる。

 最も、この魔王は人を呪わば穴2つさえ無効化しそうではあるが。

 現実から逃避行してそんな呑気なことを考えていると、薄暗い穴蔵にまるで氷細工のような冷ややかで完成された王者の声が響き渡る。

 

「貴様が……余を呼び出した魔術師か」

 

 その一言一言が呪詛の言葉であるかのように、耳に入る度に体中に反響し突き刺さる声。

 真正面から言葉を投げかけられる魔術師は何度も気を失いそうになったが、それを何とか堪えて魔術師は毅然とした態度で言葉を返す。

 

「そ、そうだ……!!私がお前の、ま、マスターだ!!」

「―――」

 

 何が気に食わなかったのか。魔術師には全く判らなかった。

 しかしローブの下から垣間見えたサーヴァントの双眸からは、確実に殺気めいたものが放たれていたのを感じた。

 

 が、それも一瞬。

 幻であったかのように途端に消失する殺気に続いて、呼び出されたサーヴァントは自身のクラスさえも語らずに魔術師の工房を一瞥する。

 地面は空になった容器やちり紙で乱雑しているものの、壁や天井には至る所に魔術書の切れ端が貼られている。一見、オカルトマニアの痛い部屋のように見えるその空間も同じ魔術師には思うところがあるのか。

 かの大魔王が自身の部屋を評価しているのではないかと魔術師が期待していると、サーヴァントは主が全く予期していなかった台詞を平気な顔で吐いてみせる。

 

「くだらんな」

 

 短く、そしてそれ以上の興味を持つ必要がないという侮蔑の声だった。

 

「………は?」

 

 魔術師には一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 だが現実というのは余りに厳しく、呼び出したサーヴァントはつらつらと流れるように彼の工房を汚していく。

 

「これ程未熟な工房が他にあるか蟻の巣の方がまだマシよ。地下に篭ってヒソヒソと研究に没頭する。よもや今の魔術師というのは土竜を指す言葉ではあるまいな?」

 

 暫くして漸く魔術師は気が付いた。

 己が傀儡と侮っていた相手に、自身の工房を、いや自分自身の人生を馬鹿にされていることに。

 彼の魔王からすれば、彼の工房はあまりに面白味に欠けていたのかもしれない。

 一流の魔術師であるならば、その言葉に怒りや羞恥を感じつつも黙って聞き流さなくてはならない。

 例え最後は別れることになる相手だとしても、サーヴァントとマスターは一心同体。呼び出したばかりで相互関係が崩れるようなことがあっては、聖杯戦争で敗退する以前の問題である。

 

 だが、魔術師は我慢ができなかった。

 彼は彼自身が思う程優秀ではなかったのだ。魔術の腕も、人間としても。

 小刻みに震えた手が呼び出されたばかりのサーヴァントに向けられる。

 その右手の甲に刻まれるのは三画の真っ赤な刺青。

 人理を超えた力を有するサーヴァントへの絶対命令権〈令呪〉に他ならない。

 

「こ、この、このわた、私の工房に――」

 

 怒りと有利な位置に居るという高揚感から複雑な表情で悶える魔術師。

 サーヴァントはそんな魔術師に目もくれず、地面に転がった死体に目をやる。何らかの儀式の生贄にされた白骨化した死体を見ても、そのサーヴァントは一切憐憫の色を見せない。

 しかし、漸く自身のマスターの殺気が己に向けられていることに気がつくと、まるで物事の善悪の理解がつかない子供を憐れむような表情にその悪人面が変貌する。

 それがプライドの高い魔術師の自尊心をなお傷つけた。

 

「な、何だその目はァァァァァァァァ!!!」

 

 魔術師の激昂と共に赤く輝く令呪。

 その輝きは最大限に展開されたまま――使われることなく消失する。

 魔術師には一瞬何が起こったか、本当に判らなかっただろう。

 気が付いた頃には、嘘のように自身の片腕が軽くなっており、視線を送ると確かに質量が消えている。

 右腕の肘から下、手の至るまでが何もかもが消えているのだ。

 

「あ――あぁ―――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 容赦なく迫ってくる消失感と絶望に膝を地面につける魔術師。

 その2つを埋めるように腕の断面図からは絶え間なく血液が流れ、地面に血溜まりを造る。

 地下に造られ、密閉空間と化した工房にはすぐに血の臭いが充満し、未だ佇むサーヴァントは不愉快そうに顔を顰める。

 

 ――その両肩から大蛇をうねらせながら。

 

「悲鳴も、血の臭いも、全く何処を取っても三流だな。余がかつて食した生娘の方がもっと上手く唄ったものだ……貴様。己が価値をもう少し弁えた方が良いぞ?」

 

 対等な相手としてではなく、完全に見下しながらサーヴァントは主にそう告げると、自身の指で空中に何やら描き始める。

 何かの爪と思わせるほど鋭く尖った紫の爪は空中に次々と線を引き、それが1つの魔法陣の形になると、一瞬で魔術師の身体に絡みつく。

 

「な、なんだこれ!!?」

 

 腕の苦痛に未だ震えていた魔術師の身体に絡みついた魔法陣は、ハムを包むミーネットのように徐々に魔術師の体にめり込んでいく。

 

「あ―――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??」

 

 肌が、眼球が、斬り裂かれることなく1つに纏まっていく。

 刻一刻と身体の至る箇所で内出血が起き、最後に全身の骨が折れて1つに纏まるまでその魔法陣は止まらない。

 ゆっくり、ゆっくりと。緩慢に進むその魔術は痛みを伴う拷問の中でも最上級に痛ましい部類と呼べるだろう。

 冷え切った空気に、魔術師の断末魔が溶けていく。

 再び静寂が工房全体を支配した時には、その主である魔術師は動かぬ肉塊と化して地に転がっていた。

 呼び出したばかりのサーヴァントはそれに目もくれない。

 その眼光は猛禽類のように鋭く、見ずとも巫女の水晶玉の如く遥か先まで見越している。物体という概念を超えてあらゆる事象を見越しているのだ。

 現代の魔術師では大凡実現不可能である千里眼に近しい大魔術を――かの大魔王は〈魔術師(キャスター)〉のクラスにて再現していた。

 

「……聖杯があるのはもう少し先か。何やら仰々しい神殿まで建てているようだが、まぁよい。余を崇める為というのであれば破壊せず残してやってもよい」

 

 独り語りながら、かの大魔王はまたも空中に何やら陣を描く。

 現代の文明に残らぬ文字を使った魔法陣は〈空間転移〉の術を発動する為の基盤であり、完成すると同時にサーヴァントの姿を徐々に目的地へと移動させる。

 目的地は言わずもしれた死の砂漠。その中心地。

 劣化聖杯を巡っての争いに使われるという孤高の要塞へ。

 

「何、せっかくの二度目の余生だ。ただ勝ち残るだけというのもつまらん。存分に掻き乱してやるさ」

 

 聞き手はおらず、虚空の中に語り部のみが佇んでいる。

 その不敵な笑みに、魔力供給源であるマスターを失った不安による影は無し。

 我こそが最強であり最凶であるという自負の元、かつて自国を暗黒に陥れた大魔王は英霊同士の殺し合いへと赴く。

 

 

 

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