Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス3夜「壬生カグヤ⑦」

⇩⇩⇩⇩⇩

 

 

『お前に名などない。知らなければいけないもの知り、そして記録するお前はただの機械であり、役割以外の名など持ち合わせてはならない』

 

  

 故郷から旅立ってから数年。

 中華の国にてスカウトを受けた自分は初めて出会った上司にそう言い付けられた。

 上司の言いたかったことを要約すると、割の良い仕事をする代わりに今までの経歴の全てを抹消しろ、とそういうことだ。

 過去を捨てることには別段抵抗は無かった。

 何しろ自分には何も無かったのだから。

 故郷でも『機械として育てられ』、故郷を出てからも『機械として使われる』。

 ならば何を憂うことがある。

 結局のところ、自分自身の在り方は何も変わらないのだ。

 それに合わせて金を貰えるというのであれば割りかし良い話ではないか。

 自分は2つ返事で頷き、『世界の裏を記録する仕事』についた。

 表の世界と裏の世界。どちらにも属さぬまま、ただ記録だけを行う機関に見を置いたのだ。

 裏の世界の人間達は、人間とは呼べないような恐ろしい怪物揃いであったが、自分は逃げられた。

 

 

 あの、正体不明の黒い影に首を掴まれて意識を奪われるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

⇩⇩⇩⇩⇩

 

 

「━━ぅっ」

 

 

 微睡みの中、目を覚ます。

 真っ先に目に映ったのは乾いた空気の先にある煌々とした太陽。

 後頭部の感触からして、目覚めた男はどうやらベンチの上に眠らされていた。

 顔を横に向ければ騒がしくも活気のある人々が働いている。忙しなく動き続けるその中の誰一人として彼に目を向ける者は居なかった。

 彼の隣で温い珈琲を飲む少女を除いては。

 

 

「起きたのね」

 

 

 酷く感情の込められていない声。

 恐らく心配も何もしていない少女の声に男は頭を悩ませながらも、少女の姿を見るなりそんな悩みは一瞬にして吹き飛ぶ。

 アジア系の整った顔立ち。サイドテールの小麦色の髪は艶やかで、静謐な雰囲気は完済された硝子人形を連想させる。

 男性として意識してしまう人間的な美しさとは違う、芸術品のような際立った美しさを少女は醸し出していた。

 間違ってもこんな汗臭い建築現場跡地には似合わない少女の姿を見て、男は垂れてきた汗を拭きながら問い掛ける。

 

 

「……あぁ、悪いんだけどさ。俺もしかして酔っ払って君をナンパしたりしたかな?だとしたら先に謝っておきたいんだけど……ごめん」

 

 

 少女が日本語で話した為、男もまた日本語で返した。

 少女と違って男は日本人ではないし、日本語を喋るのも初めてであったが、『知識』として頭に叩き込まれていた為割と流暢なニュアンスで喋れた。東洋圏に詳しくない外国人が見れば男もまた日本人に見えたことだろう。

 少女にとっても日本語で返してくるのは意外だったのか、一瞬目を丸くしながらも、すぐに軌道修正と言わんばかりに無表情に戻って首を横に振る。

 

 

「いいえ残念ながら。貴方が飲んだくれのナンパ男だったのだとしたら、私はきっとお眼鏡には叶わなかったのね」

 

 

 無表情でそうとは聞こえなかったが、恐らく冗談なのだろう。

 ベンチから立ち上がりざまにそう言ってのけると少女は傍らに置いていた旅行鞄を持ち上げる。

 片手で持つにしては明らかに重そうな鞄であったが、少女は難なく持ち上げてみせていた。まるで魔法でも使っているかのように。

 

 

「私はただ倒れていた貴方をたまたま見つけただけの旅行者よ。助けた理由は……そうね、日本人はお節介なのよ」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 だから気にしないでと言わんばかりに薄い笑みを浮かべて人混みの中へと立ち去っていこうとする少女の背中に、男は思わず手を伸ばす。

 

 

「あっあの!」

 

 

 喧騒の中、わざわざ振り向いてはくれないとダメ元で声を掛けたのだが、彼女は律儀に男に向かって顔だけを振り向かせる。

 何を言おうとしていた訳でもない。難しくもない、伝えたいことは至ってシンプルなのだから。

 

 

「……助けてくれてありがとう」

 

 

 素直な感謝の言葉に、能面のようだった少女の顔が僅かに緩んだような気がした。

 

 

「どういたしまして」

 

 

 再び踵を返して少女は人混みへと消えていく。

 まるで暑さが見せた幻覚であったかのように、幸の薄そうな美人な少女であった。

 ナンパ男でない自分ですらもう一度お目通り願いたいと内心苦笑しながら、男は空を見上げる。

 

 空は青い色で、白い雲が所々にそれを隠している。

 

 男が仕事に向かうのはまだまだ先立ったのことだった

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