Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス2夜「悪夢の書」

 

 未だ開始されぬアフリカの聖杯戦争。

 その開催地であるナミブ砂漠から離れたその地域の名はシエラレオネ。

 西アフリカに位置する国であり、こと地球という星において、人間達が図る物差し上では『最も平均寿命が短い国』とされている。

 10年にも及ぶ内戦、エイズ感染による深刻な被害、貧困から来る犯罪の多発。

 その国は世界の人々が思うアフリカへの偏見を形どったような国であった。

 

 その中にある刑務所は更に酷い。

 受刑者の殆どがエイズに感染しており、待遇も勿論日本の刑務所のような生易しいものではない。

 彼らは罪を犯した。それは許されることではない、

 しかし、生きる為に犯した罪であるならば、それは裁かれるべき事柄であろうか。

 それを此処で問うのはきっとお門違いだ。

 

 

 

 

 この深い深い地下の底では。

 

 

 

 

 

 ――人生というのは生まれた時からずっと前途多難だ。

 ――だってそうだろ?

 ――学校に行ってはイジメに会い、家では親からの家庭内暴力、ああ兄貴や姉貴に殴られるって奴もいるなぁ。え?弟や妹にも?そいつは災難。嫌な育て方されたもんだなそいつ。

 ――こんな日常は誰しもが経験するものだ。皆、痛みに耐えて生きている。人間ってのは尊いね。だって我慢できるんだから。

 ――他の動物達に痛みを与えてみろ。皆苦痛で泣き叫ぶってのに、人間ってのはそれを耐えることができる。

 ――精神力ってやつだな。いやはや同じ人間として尊敬しちまうよ。格好良すぎる。超リスペクト。俺なんか痛いの嫌だからすぐ吐いちゃうもん。胃の中のものを。

 ――でもさ。

 ――何でもかんでも我慢ってのは良くない。良くないよな?

 ――オナ禁なんてホントはしちゃいけないんだぜ?あんなのしたらお前の下腹部のベイビー達が悲鳴を上げる。パパー!此処から早く出してーっ、てな。

 ――だから、我慢は良くない。そーよくない。

 ――だから、人間泣いたっていいんだ。叫んだっていいんだ。

 ――それこそが人間の基本機能。あるべき姿だ。

 ――そう例えば、この目の前の警官のように。

 

 

 

 

 

「早く吐け!!この狂った殺人鬼野郎!!爆弾は何処に仕掛けた!!」

 

 ディーム・ストロノーフ。

 この監獄に収容されている悪共も何人もこいつにお世話になっている有名な悪徳看守。

 金さえ出せば悪でも見逃し、金がなければ例え善でも豚箱に打ち込む。

 これぞ欲の塊。黒くテカッた肌とぶくぶく太った見た目が如何にもって感じた。

 

「早く吐けっと言ってるだろうに!!」

 

 ディーム看守が囚人の頭を掴み、砂埃だらけのテーブルに叩き付ける。

 凹むテーブルに僅かに血の痕が癒着する。

 どうやら額から血が流れているようだが、両手を拘束されて座らされている囚人には確かめることもできない。

 もし自由だってしても、目の前の黒豚はそんな行為すら許してくれなかっただろう。

 ――見ろよあの面。ガムを噛みながらニヤニヤしやがって。こっちまで愉しくなってきそうだ。

 

「あー、保安官。俺は爆弾なんか仕掛けてねぇよ?」

「しらばっくれるなぁ!!」

 

 真正面からの殴打。

 またも薄く残ったメイクに血が乗る。

 反対にディームの手は白く汚れていたが、すぐに自分のハンカチで拭き取っていた。

 

 ――勿体ない。俺のメイクは高いんだぜ?

 

「本当だよ。仕掛けてない。いつ仕掛けれられるっていうんだ?ん?小便の時か?大便の時か?」

 

 言葉をそれ以上紡ぐことはできず、頬に警棒を当てながらディームは片手で懐から何やら取り出す。

 それは一般人にも判る、映画やドラマで見るような解りやすい爆弾であった。

 

「どっちにしても糞そのもののてめぇがいつ仕掛けようが、本当は仕掛けていまいが関係ねぇんだよ。俺がこいつをお前が仕掛けたって決めたんだ。ならそれが絶対だろ?」

 

 警棒をペチペチと囚人の頬に当てながら語る姿からは勝者の余韻すら感じさせる。

 それはさぞ甘美な感覚なのだろう。見てるだけで囚人にもその愉悦が伝わってくる。

 

「ひゅ〜〜♪」

 

 ――だから俺は気前よく口笛を鳴らしてやった。

 ――俺の口笛が聞けるなんて、宇宙飛行士が地球に帰還したと同時に子供が生まれた報告と両親がおっ死んだ報告を同時に聞くぐらいの奇跡だ。それぐらい、今日の俺は気分が良いのだ。

 

 ――しかし、悲しきかな。人の感性っていうのは違う。

 ――日本の諺にもあるが、正しく十人十色。十人いれば十人の性癖があるって意味だ。え?ちょっと違う?そこは気にすんなよ。俺の趣味だ。

 ――まぁとにかく。とにかくだ。

 ――本場のオペラ歌手まで感動して泣き崩れる俺の口笛は、敬虔なる神の下僕であるディームのお気にめさなかったようだ。

 

「ふざけるなぁ!!余裕ぶってんじゃねぇよ!!このクソ犯罪者が!!」

 

 投げかけられる罵詈雑言と共に、警棒で顔面を殴られる。

 硬い無機物の塊が、何度も何度も頬を打つ。その度に地下の狭い空間に音が響き、血が飛び散った。

 

「てめぇみたいなクソテロリストが!!誰のおかげで生き延びられてると思ってやがる!!てめぇなんか数日もしたらアフリカから居なくなるんだ!!これまで面倒見てやった俺に感謝してるなら隠してる金を寄越せ!!ニューヨークで銀行強盗した時の金がまだ残ってんだろうが!!何処に隠してやがる!!」

 

 黒い肌に興奮の赤みが増し、熱気と過度な運動でディーム看守の身体に次々と汗が滲んでいく。

 絶対的強者。平常時の弱者ほどその地位に立った時に高揚感に身をよじらせる。

 家庭でも、職場でも良い顔をされないディーム看守は、こうして囚人達を殴っているときに心から〈生〉を実感するのだ。

 自分は生きている。自分は惨めではない。自分は強者だ。

 

 あと数分は続くであろうと思われたディーム看守の理不尽な暴力は、数十回目で急遽中断される。

 

 力尽きたのか、鎖に繋がれたままぐったりと俯いている囚人。

 例え囚人が気絶したとしても、いつものディーム看守なら構わず殴り続けた。

 しかしディーム看守の握り締めた警棒は動かない。

 振り上げた所で握り締めた片手も動かなくなっていた。

 

「………あ?」

 

 振り向くと、其処には黒いフードを被った巨躯が立ち尽くしている。

 その巨躯の野球グローブのような片手が、返り血で汚れた警棒を握り締め、次なる打撃を止めていたのだ。

 ディーム看守は唖然とする。

 彼の身長は184㌢。肥えた身体や垂れた瞼から垣間見える威圧的な視線など、こんな監獄の人間ではない限り、大凡の一般人が畏怖するような見た目をしている。

 なのだが、その巨躯はそういった『人間らしい常識の範疇』を逸脱していたのだ。

 身長は低く見積もって3メートル弱。無駄に高い天井に、頭の先をつけて少々苦しげに頭を曲げている。

 

 何よりも常軌を逸していたのは、その男の〈顔〉だ。

 

 全身を覆う、獣のような体毛。

 実際、ディーム看守の目の前に現れたそれは本物の獣だったのかもしれない。

 目の当たりにして、ディーム看守はそれが作り物の特殊メイクでもなんでもない本物だと一瞬で理解したのだから。

 

「ば、化物……」

「………」

 

 警棒から手を離して懐から銃を取り出そうとしたディーム看守の腹に、強い衝撃が何発も加わる。

 ゴム製のボールをメジャーリーガーに投げつけられたような、とてつもない衝撃がディームの肥えた腹を振動させてその身体を煉瓦の壁に激突させた。

 

「うぐぅ!!?あ、ぁぁ……」

「ちょっとぉ〜。パンコーザ。なんでさっさと殺さないのよこのトンチンカン」 

 

 ディームの腹に気絶ものの衝撃を与えた存在が軽い口調でこの空間に参入する。

 短く切り揃えられた赤い髪。刈り上げられた側面は荒々しく女らしさを感じさせず、また服装も奇抜でアクセサリーもほぼ髑髏。

 耳、鼻、舌、臍。露出された部位のほぼ全てに開けられたピアスはもはや拘束具のようで、痛々しいというよりも禍々しさが際立っている。

 その手に握られているのが『刺々しい装飾で飾られた金属バット』ではなくギターであれば、どこぞのビジュアル系バンドの一員ということで済まされるだろう。

 セーフティを施錠した状態で引き金に指を掛けてクルクル回す仕草は、全身鱗だらけの男とはまた違う意味でとても理性ある常人とは思えない。

 

「殺すのは好きじゃないし、俺の仕事じゃない。俺はセブンスを助けに来た」

「あぁ〜〜はいはいはいはい。うっさいわね。女の子とのトークでジョークの1つも言えないの?」

 

 先で切れて蛇のようになった舌を悪戯っぽく出してみせる女に、鱗の男は面倒臭そうに片手だけで対応する。

 獣のような男が――パンコーザが囚人に近づくと、ディーム看守は地面でのたうち回りながらも目を見開いて精一杯叫んだ。

 

「その男に触るなぁ!!」

 

 その言葉は純粋な正義感からか。

 はたまた汚職公務員に残った最後の意地か。 

 どちらにしても、彼が本心からの善人ならこの中の誰かに届いたかもしれない。

 

 

 思い付きの善意では自分自身は救えない。

 

 

 

 ――1秒と経たず、刹那の内にディーム看守の身体が丁度縦に割れる。

 

 

「あっ」

 

 自分が死んだことも理解できず真ん中で避けて地面に伏す肉塊。

 一般人なら即吐瀉物を吐き出す光景にも、その場にいる人物達は1人も動じず、また視線を送ることもない。

 むしろ彼らの興味を引いたのは、ディーム看守の体を引き裂いた『奇妙な形の刃物』にだ。

 中央が空洞である金属の円盤。

 投擲武器に珍しく『斬る』ことを目的としたその武器は、ディーム看守の体を引き裂い後地面に突き刺さって直立し、暫くするとサーヴァントの霊体化と同じように掻き消えた。

 

 

 それと入れ替わるようにして異形な見た目の3人が居る独房全体を奇妙な漆黒が支配する。

 

「うわっ!?」

「!!」

「……」

 

 3人は各々がそれぞれの反応を示しながら、現れるであろう声を待つ。

 すると数秒と経たず、この奇妙な空間を作り上げた人物の声が独房に響いた。

 

 

【俺を召喚せし悪徳の主よ。汝、更なる悪逆を求めるか?さりとて大いなる善行を求むか?応えよ】

 

 

 声は低く、辛うじて人間の男のものだと理解できる。

 そう、辛うじて人間のものだと理解できる男の声なのだ。

 

「えっ、セブンスもう召喚してたの……?」

 

 奇抜なファッションの女だけが取り乱しており、囚人は薄く笑いながら獣の男に着せられたジャケットに腕を通して胸を張り応える。 

 

「一ヶ月かけてなぁ。大変だったぜぇ?ディームのアホに殴られて出た血で魔法陣、だっけ?描くのは」

 

 苦労を語りながらも本音では全くそう思っていない。囚人の口調は常にふざけているようで、相手にしているとまるで喜劇家と話をしているような気分になる。

 

「そうだな。人生っていうのは成り行きだ。先に何があるかは神様、いや運次第だ。だからどっちにするかは成り行きで決めるさ。それじゃ不満かい?大英雄さん」

 

【それが貴様の答えか】

 

「だから言ってるだろ。わかんない奴だな。人生は成行き、だ。答えもその成り行きで見つけてやるよ」

 

 

 クツクツと男は心底楽しそうに笑いながらーー手渡された『白い山羊のマスク』を被った。

 

 

「俺は〈食人卿〉。気に入ってるわけじゃないがそう呼ぶ奴が多くてな。人を食ったような奴だとかなんだとか……ぁぁあ、アンタは?」

 

 

 暗い闇に向かって、化物が化物に問いかける。

 返答はただ静かに地下に吹く生暖かい風へと吸い込まれていった。

  

 

 

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