Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第1幕「夢想乱舞━バースディパーティー」
狂乱の前芝居(通算16話)


 

 

 

「ぉ……」

 

 深い闇の中、老人は目覚めた。

 数十年も前に立つことも難しくなった老体では瞼を上げるのも辛く、垂れ下がった肉の下には今なお輝きを失わない金眼がギョロリと蠢く。

 誰かを探すように動いた瞳が、やがて傍らに座る『仮面の男』の姿を見つけて穏やかにほほ笑んだ。

 

「……来て、居たのか」

 

 表情同様、老人は仮面の男に穏やかに声を掛けた。

 それは息子や孫に掛けるような口調というよりかは、まるで古くからの友人に対するもののようで。

 といっても仮面の男は体躯はどう見積もっても三十代前後の痩せ型。魔術師でもない真っ当な人間の場合、老人と同い年ということはまず無いだろう。

 声を掛けられた仮面の男は椅子に座ったまま、それまで読んでいた本を指の栞で挟み、一度閉じてから仰々しく頭を下げる。

 

「失敬。御身の安らぎを邪魔してしまったのであれば謝罪致します」

 

 仮面の男は装飾の無いの仮面を付けている点からして傍から見れば不気味極まりないのだが、その態度はある程度の礼節を弁えたもので聞いている分には不快感を与えない。

 老人もまた安らかな表情で一度頷いた。

 

「いや……よい。……それより私が眠っている間に、何か、あったか……?」

 

 寝起きであるからか、老人の問は酷く曖昧だ。

 しかし仮面の男はすぐに要点を理解し、手にした蔵書の頁を捲りながらつらつらと仮面の下の舌を回す。

 

「御身が目覚められるよりも前に全てのサーヴァントの召喚を確認。今のところ目立った問題も見受けられ無く、此度の聖杯戦争は開始されました」

 

 

 聖杯戦争。

 それは極東・冬木において魔術師達が引き起こした大規模な魔術戦。聖杯戦争自体の歴史は百年前後と僅かではあるが、遥か過去の英霊達を呼び出し、使役し、兵器として運用する規格外の戦は魔術世界でも広く知られている。

 今回のアフリカ、ナミブ砂漠における聖杯戦争の基盤もその冬木の聖杯戦争のシステムを元に構築されている亜種聖杯戦争の一種だ。  

 

「小規模なイレギュラーにはご子息が対応されていますので問題無く……。冬木の聖杯をそのまま使用すれば何も問題は起こらなかったのでしょうが……生憎、本物はユグドミレニアに奪われてしまいました故」

「では、ユグドミレニアも……?」

「今はまだ。しかし魔術協会も挑戦状までけしかけたユグドミレニアの動きに注目している為、暫くは此方に目を向けられることは無いでしょう。不幸中の幸い、というのでしょうな。大本の大聖杯は奪われましたが、転じてその事態が協会の眼を背ける妨害となった」

 

 これは全くの偶然ではあったのだが、数日前、魔術協会に忍び込ませていた密偵から連絡が有り、ルーマニアでも同時期に聖杯戦争が開催されることが判明した。ルーマニア出の聖杯戦争を開始したのは時計塔の一級講師であったダーニック・プレストーン・ユグドミレニア率いるユグドミレニア家。

 貴族ほどの力を持ち合わせていない家系であったが聖杯を得たことで強気になったのだろう。彼らは魔術協会から離反し、堂々と宣戦布告をしたそうだ。 

 

 ナミブ砂漠の聖杯戦争の『主催者』達はそれを好機と思い、利用した。

 魔術協会の眼がルーマニアの聖杯戦争に向いている内に、此方の儀式を終わらせてしまおうと。

 礼儀として魔術協会に参加権を送ってしまった事実もあるが、亜種聖杯戦争に参加する魔術師などせいぜい二流止まり。例え時計塔の魔術師であっても問題にはならない、というのがナミブ砂漠の聖杯戦争の管理者達の総意であった。

 今のところ、その予兆も無い。

 魔術協会からの参加者もある貴族の分家の息子のみ。分家といっても本家とは殆ど関わりのない力の弱い家系の為、警戒する必要も無い。

 

「今現在要塞の中で活動しているサーヴァント数は4体程ですが、残りもすぐに要塞内部で戦闘を始めるかと。そうしなくては彼らは目当ての物を得られませんから」

「……ふっ」

 

 淡々と業務を熟す仮面の男とは対照的に、不意に老人の喉から息を吐き出したような細やかな笑い声が零れる。

 何事かと仮面の男が顔を向けると、やはり老人は皺だらけの顔で笑みを浮かべており、何かを懐かしむかのような緩んだ表情で仮面の男を見つめていた。

 

「いや……生前の君とは手紙でしか遣り取りをしなかったからか、君が喋っているのが何とも可笑しくてな……もしや君はおしゃべりだったのか?」

「……」

 

 老人の言葉に対して仮面の男の返答は無い。

 表情は読み取れないが、きっと反応に困ってしまっているのだろうと老人は理解し、仮面の男の手を弱々しく取った。

 

「友よ……この老体の呼び掛けに応じてくれたのが君で本当に良かったと思う……だから、だからどうか……君の意にはそぐわない、君の意思とは何ら関係のない願いだと判っている……しかしどうか……」

 

 病魔に侵された身体だというのに、老人の弁には熱が篭り立ち上がろうとさえする。仮面の男はそうなる前に老人の身体を支えると、はっきりと頷いて彼の身体を再びベットの上に寝かせた。

 

「確かに、承りました。我が友よ」

 

 

 

 

 

 

 

 老人が眠りに付いたのを確認してから仮面の男は廊下に出た。

 彼が『召喚』されてから3日。豪勢、きらびやかな要塞の内部構造には未だに慣れず、仮面越しでも見る度に目を細めてしまう。

 この悪趣味なまでの赤と金尽くしの派手な内装が誰の趣味かと云うと、先程の老人の孫達の趣味である。

 ルーマニアにて聖杯戦争を始めたユグドミレニア家と同じく、彼らよりも何十年も前に時計塔から離反した魔術師の一族。それがこの【暗黒要塞エンリル】を支配する魔術師達である。

 封印指定を受けた魔術師ガクべリア・ハーベスタリオンを当主としたハーベスタリオン家。結界魔術を主とした魔術師の一族であるが、血縁者は今ではガクベリアの他に孫が3人だけとなっている。

 

「あら、誰かと思えば私の従僕ではございませんカ」

 

 仮面の男の進行方向から現れた赤いドレスの女。自信満々、唯我独尊の性根が語らずとも顔に浮かんでいる銀髪金眼のこの女もまたガクベリアの血縁者。ハーベスタリオン家の生き残りの1人だ。

 

「ユクレスタ」

 

 姿が見えてから声を掛けた仮面の男に対して、女ーーユクレスタはほんの僅かに眉間に皺を寄せて何か言いたげな表情を浮かべたものの、すぐに取り繕って表面上は余裕綽々な淑女を演じる。

 

「貴方も罪な人でございますネ。旧知の仲でいらっしゃる御父様に嘘を憑くなんて」

「……君が何を言っているか、検討も付かない」

「嘘。だって此処は貴方の世界なんですもの」

 

 ユクレスタの金色の眼光に狼の如き鋭さが宿り、続けて彼女の言葉は紡がれる。

 

「要塞自体は御父様を贔屓にして下さっている方々の融資によって作られましたわ。貴方の世界、その心象を内部に構築する為に。だから其処で起こるイレギュラーを、貴方が把握していない訳が無い」

  

 1歩。また1歩。

 目の前の男を全く信用していない面持ちのユクレスタが、悠々と仮面の男との距離を詰めていく。

 

「『陰聖杯』と『陽聖杯』。それぞれからサーヴァントは召喚された……だけど、イレギュラーもオマケ付きデ。何故です?何故御父様にこの事実を伝えなかったのですカ?」

 

 詰め寄ってから仮面の男の首を撫でる。女にしては長身な背丈の為か普通の少女を相手にした時よりも幾分か威圧感が増す。

 それこそ、今の彼女は通常時よりも機嫌が悪そうなのだから当然だ。

 

「それとーーいつになったら覚えますのでございますカ?私を呼ぶ時は、『マスター』もしくは『名前に様』を付けなさいと。貴方、御自分が高次元の使い魔だからって良い気分になってなさいませんこト?」

 

 特徴的な言葉遣いと共にユクレスタが仮面の男を睨め上げる。

 しかし、仮面の男は仮面を付けていても判る平静さでユクレスタの方を見る訳でもなく、ただ沈黙を保っていた。まるで目の前の女など取るに足らない少女だと云うように。

 

「ッ!!」

 

 それがまた金眼の少女の激情を買い、ユクレスタがついに手を振り上げる。人間の女の平手など『サーヴァント』ならばやすやすと避けられるであろうに、それでも仮面の男は動かない。

 結局、振り上げられたユクレスタの右手を掴んだのは、この状況を目にして急いで走ってきた糸目の少年だった。

 

「ちょ、ちょっとぉ!ちょっとストップ!姉さん!何してるんだい!?」

「ッ!リグル!離しなさい!姉の邪魔をするものではないわ!」

 

 今にも左腕に刻まれた蜘蛛を連想させる魔術刻印を発動して仮面の男に襲い掛かろうとする姉を、現れた少年はユクレスタそっくりの顔で必死に止める。といってもユクレスタの方は成人を迎えている年齢であろうが、少年の方は些か判断に困るぐらい幼さを残している。

 彼もまたハーベスタリオン家の未来を担う1人。名をリグナリオ・ハーベスタリオン。

 上流階級の貴族のような振る舞いの典型的な魔術師的体質である姉とは違い、人間らしい常識を兼ね備えた弟。仮面の男から見てリグナリオという少年はそういった理性的な部分を持ち合わせているように見える。

 姉が激情に駆られて暴走すれば、それを止めるのは何時だって弟である彼の役目だ。

 仮面の男はユクレスタ同様その弟であるリグナリオとは出会ってまだ数日も経っていなかったが、会う度に姉に苦労を背負わされる彼の姿を見て内心哀れにも思えていた。

 

「と、とにかくっ!」

 

 リグナリオがこの場に居なければ仮面に激突する筈だったユクレスタの平手が形を変え、その指先が仮面の男に向けられる。表情に関しては、依然として血気盛んなままの様子だったが。

 

「貴方は私のサーヴァントです!それを、夢お忘れ無きよう二!では失礼します!リグル!貴方も風邪など引かれませんよう、精々暖かくしてお眠りなさイっ!」

 

 登場時の粛々とした淑女の立ち姿は何処へやら。最後まで騒がしく仮面の男に敵意を向けたまま、ユクレスタは弟の拘束を振り解いて自分の部屋へと戻っていく。

 そんな姉の背中を溜息混じりに見送ってから、リグナリオは気が付いたように慌てて振り返って仮面の男に向かって深々と頭を下げる。

 

「も、申し訳ないっ。【キャスター】さんっ。姉は、その、ちょっと自意識過剰入っているっていうか……」

 

 苦労を掛けられていてもやはり肉親。リグナリオは人知を超えた存在に対して大変緊張した様子でしどろもどろに弁解しようと試みている。

 仮面の男はそんな少年に表情のない仮面(かお)のまま首を横に振る。

 

「気にしなくていい。僕も人付き合いは苦手な方だ。最も、君のお姉さんとは全く性質が異なるけどね」

 

 皮肉も混ぜたつもりの言葉がどうやらリグナリオにとっては多少の救いになったようで。再び仮面の男が視線を向ければ少年の表情はすっかり明るく変わっていた。異形の存在に向けられた不安気な視線は、いつの間にか頂上の使い魔への羨望の眼差しへ。

 それは、ずっと穴蔵の中で生活していた仮面の男には、些か眩し過ぎる瞳だった。

 

「……それじゃぁ、僕は失礼するよ」

 

 短く言い残して仮面の男は未だ羨望の眼差しを浮かべたままの少年の前から歩き去っていく。

 曲がり角を曲がる最期まで背中にその熱を感じながらも、一度も振り向かずに。

 

 

 

 

 

 

 漸く1人になれた。

 

 だだっ広い城の中を歩きながら仮面の男は窓から視える空を見上げる。

 彼は、大凡自分が英雄などと呼ばれるような存在ではないと理解していた。

 またサーヴァントとして魔術師同士の殺し合いに呼ばれるような人殺しでも無いと彼は彼自身だからこそ知っていた。

 戦場に出れば真っ先に自分は死ぬ。きっと、『この聖杯戦争の為に愛と労力を掛けて『造られた』あの姉弟の方が自分よりもよっぽど腕が立つだろう。

 そんなどうしようもない、サーヴァントとしては情けないに過ぎる事実を理解していながら、それでも仮面の男はある老人の英霊召喚に応じた。

 古くからの友。時が遠く過ぎた再会の時、友は写真で見たかつての姿から老人の姿へと変わっていた。

 それでも面影があった。いつか手紙で見たあのやや自信情げな奥ゆかしい文面は昔と変わらなかった。

 その時、仮面の男は淡い心ながらも決意をする。

 他の戦い、どんな聖杯戦争に呼ばれてもきっと自分はハズレサーヴァントだ。何しろ彼には万能の願望器に望むべき願いも無く、生前ですら生への渇望をあまり持たなかった。戦う気力が無い者に、万夫不当の英雄達を倒せる筈が無い。

 しかし、今回は違う。

 このナミブ砂漠の聖杯戦争に呼ばれて、ただこの一戦のみ、彼には願いが生まれた。

 自分の物とはいえない借り物の願いとはいえ、それでも仮面の男にとっては叶えたい願いの1つだ。

 

「フランソワ・プレラーティ……サンジェルマン伯爵……彼らの様にはいかないが、私も彼らも同じ様なモノだ。最も、彼らは本物で私は偽物なのだが……いや。いいや違うな」

 

 仮面の男はぶつぶつと1人呟きながら、手にした人皮の蔵書を捲る。

 不意に止まった指先が、カバー同様、人間の皮を加工して製造された紙の上に綴れた文字の羅列をなぞる。

 

「私が偽物でも、『私達の作品は偽物の本物』だ。私が侮辱されても、私達の共通の思いを、願いを、情熱を。嘘の一言で終わらせる訳にはいかない」

 

 熱の篭った声が仮面から漏れ出し、それと同時に仮面の男が手にする魔本が紫に輝き出す。

 

 

「ーーさぁ、聖杯戦争を始めよう」

 

 

 未だ誰もその本質を知らない、未知なる宝具が今、静かに誰の目にも止まらず起動していた。

 

 










○今回の反省点。

まずは、今回の投稿が予定より随分と遅れてしまって申し訳ありません!
今年は人生で1番忙しくなる年だと思いますので、投稿ペースが安定しないことを先に謝罪致します。

他の理由(言い訳)としては予期せぬFGO1.5部の開始、ニーアシリーズにドハマリして物語をbadendに持っていこうとする自分を必死に抑えたり、更に執筆に使うスマホの不調。
色々なことがあって現在に至った次第です。
今回より一応投稿は再開致しますが、何分来年まで忙しい身ですので前述した通り投稿ペースは不定期です。毎回予告は致しますが、信用はしないで下さい。ごめんなさい。



次回の投稿は3月23日予定です。
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