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通常、大自然を前にした時、人は何らかの手助けを必要とする。
空を飛ぶ為に飛行機に乗り、海を渡る為に船に乗り、長距離を移動する為に車に乗る。
砂漠を越えるとなれば、水分を多く含み熱射に強いラクダに乗るのがセオリーなのだが、壬生カグヤはそうしなかった。
ならばどうやってこの広大なナミブ砂漠を越えようというのか。
無論人間には2本の脚がついているのだからそれを使う他無い。
一歩進む度に崩れていく砂の山を乗り越えながら、女はふと物思いに耽る。
かつて、この土地にも文明が栄えていたのだろうか。
壬生カグヤは地理や歴史などついて、そこまで詳しい訳ではない。せいぜい義務的に受けさせられる学校教育レベル。故に自分が今立っているこの大地にどれ程の歴史が刻まれているか、彼女は何1つとして知らないのだ。
もしこの大地に、過去、文明が栄えていたとして。
此処で英霊召喚を行えばこの土地由来のサーヴァントが召喚される。
断言はできないが、触媒も無しの英霊召喚出会った場合その可能性は高いだろう。
「……まぁ、する訳ないんだけれど」
そう1言で考えを自己完結させ、壬生カグヤはまた一歩大地を踏み締める。
起点となった街を出てから、もう随分と時間が経っていた。
どれだけ歩いても先は見えない。目的地は現れもしない。『肉眼』で見ているのだから当然だ。
見えなくとも、ある時から僅かな空気の違いを感じていたカグヤはただ1つの荷物であるリュックサックから眼鏡ケースを取り出すとその中身を掛ける。
黒縁の眼鏡は先輩の東洋人からプレゼントとして貰った物で、度は入っていない。本来の眼鏡の役割である筈の視界を安定させる効果の無いその眼鏡は、その代わりに視る者の世界を安定させる。
魔通しの眼鏡を通して、カグヤの双眸にはそれまで意図的に隠されていた魔術式達が一斉に顔を出したのだ。
遥か先には目的である『黒き要塞』が今でははっきりと目にすることができる。
人も動物も水も植物も。何も無い、ただ広がるのみの砂漠にポツリと後から取り付けられた黒い壁。天井さえも覆うそれは宇宙の光すら通さず、外部と完全に遮断された固有空間と化している。
恐らくあの中に入ることが許されるのは招かれたマスターとそのサーヴァントのみ。
一度入ってしまえば聖杯戦争が終わるまで抜け出すのは不可能であるだろうが、壬生カグヤにとってはそんなことは些細な問題だ。逆に敵対者を遠出してまで探しに行く手間が省けて喜ばしい、とも彼女は考えていた。
実際中がどの様な構造になっていて、カグヤにとって有利な環境であるかどうか定かではないが、それは入ってみてから考えればいい。
1歩1歩踏み出して、要塞との距離を近づけて行くその間際。要塞を見上げるように歩いていたカグヤの足裏に、崩れていく砂とは違う硬い感触が伝わってくる。
「ふぎぃ」
カグヤが踏んだものはその正体を確認するよりも先に鳴き声のような声を上げ、彼女が視線を落とすと確かに足の裏で踏んづけてしまっていた。
艶麗な白の装いが特徴的でありながら、至る所に十字架で飾られているーー女性。
砂塗れになっているが先程声を上げたということは生きているのだろう。足を退け、カグヤは至って落ち着いた様子で声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか」
「……人1人が死にかけてんのに、平然としてるのね……アンタ」
返答が在る。どうやら対話できる相手らしい。
時計塔では言葉は理解できても対話する気のない魔術師ばかりだったので、こういったマトモに会話できる人間と会えると中々嬉しい面がある。勿論、壬生カグヤがそういった感情を表に出すことは有りえないし、嬉しいといっても些細な感情だ。
しかし、結果的にその些細な感情が、この後砂漠に倒れる1人の女の命を救ったというのも事実なので侮れないのだが。
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「んくっ……んくっ……んくっ……ぷはぁっ!生き返る!やっぱり水って素晴らしいわ!清められたものならなお最高なんだけど、うん、贅沢は言ってられないものね!いえ、贅沢は敵だわ!美味しくてもちょっとの量しかない高級品なんかより、多くて力のつく物の方がいいじゃない!!」
はて、要塞とは少し距離を取ってカグヤが砂漠に倒れる女の介抱したのは良いものの。
水筒に入った水と保存食を幾つか。渡せば渡した分だけ平らげられて、今は砂の上で胡座をかいてはまるで酒でも飲んだかのように陽気に笑っている。いや怒っているのか。終始楽しげに表情が変わるのでよく判らない。
「元気になりましたか?」
「んぐっ……えっ?あっ、えっと、ちょっと待って!う、うぅ"んっ!!」
飲み食いしている最中に急に話しかけれて驚きながらも、カグヤと対面して座る女は姿勢を胡座から正座に替え、地面に三つ指を立てると深々と頭を下げる。
その動きは日本人のカグヤから見ても目を見張るものがあり、思わず見入っている間に女は先程までの酔っぱらいの様な喋り方とは一転して、涼やかな口調で話始めた。
「まずは飢餓と疲労にて苦しむ我が身をお救い頂き、本当に、ありがとうございます。あのまま時が過ぎれば私もこの身体もなす術無く朽ちてしまっていたでしょう」
対面してカグヤは直ぐ様理解する。
この理路整然とした淑女の一面は決して繕っている訳ではない。この姿もまた目の前の彼女の本来の姿の1つなのだろう。
「それはいいんですけど、何であんな所に?」
カグヤが意外にも考えに考えて吐き出した普通の人間らしい問に、意外にも目の前の女は返答に困った様子で目を泳がせている。
この場所は一般人が観光目的で来る場所では無い為、遭難者が出ていること自体おかしな話なのだ。故にそんな場所で行き倒れていたということは軒並みならぬ事情があるのは明確。
「……」
だからこそ答えられないのか。そう思っていた矢先、女はカグヤに話しかける訳でもなく二言三言独り言を発すると、その後双眸を再びカグヤに向けて口を開いた。
「実は、その、遭難しまして」
「……はぁ。そうなんですか」
見え透いた嘘にも程がある。
そう思いながらも深く詮索しないのは、カグヤにとってどうでもいい事柄だからなのだが、それ以外に理由がもう1つ。
そんな嘘よりも気になるものが先程から眼鏡の奥の瞳にチラついているからだ。
「あの、1ついいですか」
眼鏡を外し、再度確認してもカグヤの眼にはどうしても不可解に視えてならない。
一度『あれ』に触れてからカグヤの感覚は人間ならざるものへと変化したが、その直感が告げているのだ。
目の前の女の魂は、2つ存在する。
「なんで貴女、魂が2つあるんですか」
「ーー」
カグヤの言葉に、目の前の女は虚を突かれたかのように目を見開くと、やがて少しずつ肩を落として目を伏せる。
その様子は隠していたことがバレたというより、1から説明する手間が省けて楽ができると安堵したかのような苦笑であった。
「……流石は聖杯戦争に参加する魔術師殿、と賞賛を贈るべきなのでしょうね」
「聖杯戦争のことも知ってるってことは、やっぱり関係者?」
「……この命を拾って頂いた御恩もあります。まずは私の素性を明かしましょう」
口ぶりからしてカグヤの目の前に座る女が聖杯戦争の関係者であることは確実。探りも何も無い率直なカグヤの問に、女もまた素直に頷いて口を開いた。
「我が真名は【マルタ】。此度の聖杯戦争におきましては、争いを定める者ーー
次回の投稿は3月29日予定です。
一言「今日も爆死した」