Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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悪魔の軍勢(通算21話)

 

 アフリカ。ナミブ砂漠に突如出現した黒き要塞。

 名を、暗黒要塞エンリル。

 古き神の名を冠するその城がどのように建造されたかは定かではないが、内部構造を鑑みれば神の名を語っているのも無理があるとは言えない。

 何しろ、あの黒き要塞の内部は完全な異界と化しているからだ。

 魔術教会が派遣した調査団の報告によると、要塞の周りも既に自然界にはあるまじき魔力密度へと変貌を遂げているらしく、明らかに人の手が加えられているとのこと。同時に人払いの結界も張られている為騒ぎになることは無いにしても、現地の生物がちょっとした突然変異を起こしているなどの報告も上がっている。

 その事態の原因が暗黒要塞エンリルから放たれる高密度魔力であり、内部はほぼ間違いなく神代の神殿レべルの魔宮で間違いない、というのも現地に派遣された調査団全員の見解だった。

 

 

 

 一連の報告を受けた時計塔の老婆魔術師、スウェル・ハンプナークは蟀谷に指を当てて溜息を吐いた。

 普段は時計塔にある自身の工房から一歩も外に出ない引きこもり魔術師である彼女は、現在件の聖杯戦争の舞台であるナミブ砂漠近郊に居を置いていた。理由は当然暗黒要塞にて開催される聖杯戦争に参加する為である。

 御年70歳を迎えるスウェルには、跡取りが居ない。

 それは一子相伝を基本とする魔術師の一族としては致命的であったが、スウェルにはどうしても子供が作れない理由があった。

 今より遥か昔。60年ほど前に、まだ駆け出しの魔術師であったスウェルは、採掘調査中の些細なミスによって卵巣に呪いを受けてしまったのだ。

 きっと人に頼めば解呪する方法もあったのだろうが、元来プライドの高い気性のスウェルにはそれができず、結果として1人で奔走した。

 30年経っても解呪方は判らず、50年経ってどうやっても自分では解呪することはできないのだと理解し苦悩した。

 分家があるほど強大な家柄ではないハンプナーク家にはもはやなす術が無い。

 ただ己の運命に絶望し、枯渇する未来に嗚咽する毎日。

 

 そんな時に『人体と寸分違わない身体を造り出す人形使い』の話を耳にし、スウェルは形振り構わず、魔術師としての矜持も忘れてその魔術師の元へ向かった。

 見知らぬ老婆の頼み事に人形使いは最初門前払いを続けたが、やがて熱意に負けたのか、それともただの気紛れなのか、スウェルは人形使いの仮拠点の中へ通された。

 通された部屋は人形使いの工房と呼ぶには、あまりに質素で普遍的な1室であった。むしろ人形の『に』の字すら存在しない、赤いカーペットの床とベットぐらいしか目を引く家具が無い不気味な程質素な部屋。

 否、本当はそれ以外にも目を引く物はあった。しかし、長年生を共にしたスウェルの魔術師的勘が告げていたのだ。

 『人形師の髪の色と、近くに置かれている鞄には触れてはならない』と。

  

 ーーさて、何だったか。貴女は何故私の元へ訪れたんだったか。

 

 魔術師の声は低い。

 話は聞いていた。有名な妹のこともあり、魔術世界でも指折り人形師である彼女は眼鏡を掛けているかいないかで外面がガラリと変わる。

 話を聞くに多重人格というより、性格の反転。眼鏡をスイッチとして彼女は性格を意図的に変えられるらしい。

 人形使いは今眼鏡を外しており、やや気が立っているような印象も見受けられ、スウェルは思わず緊張してしまっていた。

 恐らく目の前の人形使いよりも老齢のスウェルが、首の後ろに冷や汗をかいていた。

 下手を言えば殺される。それは予感では無く、確信に近かった。

 

 

 結局のところ、スウェルは人形使いの同情を引くことができなかった。

 しかし、こうして訪れてくれた来客を無碍には返せないとこの場で初めて苦笑を見せた人形使いは、別の救いの手を彼女に差し出したのだった。

 それはある1枚の羊皮紙。自分には必要のない、興味も無い贈り物だと、本当につまらなさそうに人形師はそれを投げ捨てた。

 英国より遥か南方。今なお自然が多く残るアフリカ大陸のナミブ砂漠にて開催される、亜種聖杯戦争への参加権だった。

 

 

 

 

 

 

 アフリカの大地のイメージには合わない高級ホテルの1室で、老魔術師、スウェル・ハンプナークは瞼を閉じていた。

 理由は2つあり、1つは少し自らの過去に思いを馳せていたというのがある。

 もう1つは、彼女の現在地から遠く離れた砂漠の上で交戦を始めた己のサーヴァントへ支持を送るのに集中する為に、なるべく関係の無い外部からの情報を遮断する必要があったからだ。

 

「ーーええ、貴方の剣に一切の曇りはありません。同盟を受け付けないのであれば排除して構いません。存分に闘いなさい、セイバー。そしてこの私に勝利を」

 

 戦闘のプロフェッショナルであるサーヴァントに細かい支持などは不要。

 それも彼女のサーヴァントは最優と呼ばれる剣士のサーヴァント【セイバー】であり、北に名高き竜殺し。邪悪なる竜を討ち滅ぼし、人ならざる鳥達と会話する力を得た、北欧の大英雄である。

 己がサーヴァントの戦闘中でもスウェルが落ち着いているのには、心配する必要など微塵も無いと確信していたからだ。万が一でも彼女のサーヴァントが敗れることは有り得ない。

 真っ向から幻想種と戦い斬り伏せたその剣術にはどんな槍使いも敵わない。

 如何なる弓兵が狙いを定めようと彼の『鳥』達が事前に危険を察知し、彼が狙撃手を倒すまでの時間を作る。

 どんな軌道力を持った騎馬兵が現れようと彼の宝具からは逃れられない。

 北欧の古代のルーン魔術は例え神代の魔術師が相手だろうと迎え撃つ。

 闇に紛れた暗殺者でさえ、彼の威光には姿を表さずにはいられない。

 理性を失った狂戦士であろうと、悪竜に比べれば赤子のようなもの。

 スウェルが此度の亜種聖杯戦争への参加権と合わせて人形師から譲り受けた聖遺物によって呼び出されたサーヴァント。

 白銀の鎧を身に纏い、手にするのは彼の騎士王の聖剣と対を成す魔剣・グラム。

 

 その英霊の名は『シグルド』。

 

 同じく北欧生まれの伝説の竜殺しの起源とも呼ばれる大英雄である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナミブ砂漠中、暗黒要塞エンリル付近。

 

 日中、穏やかな砂漠風景が広がっていたその場所はもはや過去の姿とはまったく違う。

 麦色の大地は焼け焦げて黒く染まり、まるで隕石でも落下したかのような巨大なクレーターが出来上がっている。

 それもその筈。たった数秒前に、その場所では人外でありながら心ある兵器、サーヴァントの宝具が開帳されたのだから。

 伝説の竜殺しの魔剣の真名開放は正に神代の再現。深緑の光の奔流は一度魔剣から天まで届き、その後地上に振り下ろされた。光は地上で1点から扇形に広がり、ただ世界を焼いていく。

 

 圧倒的な魔力量。迫り来る脅威に、聖杯戦争の参加者『ハーギン・ソーサラ・ジグマリア』は己の死を覚悟した。

 予想、想像、シュミレーションを重ねていたがまさかここまでとは。

 英霊とはこれ程までに力を持った存在だったのか。

 どうやっても回避はできない。逃げられない。

 絶望すら忘れてただ消失していく感情ですぐ側で呆然と立ち続けていた己のサーヴァントに視線を移すとーー其処にはなんとも奇妙な表情を浮かべている男が居た。

 不敵な笑み、という言葉はよく耳にするがそうではない。

 あれは悪辣なる笑みだ。

 英雄同士の戦いで血湧き踊って自然と現れる笑みではない。

 勇者の攻撃を玉座かは見下ろし嘲笑う、魔王の悦びの笑みだ。

 

「集え、集え、集え。我が背に見惚れ、我が背に連なる、我が同胞(とも)達よ」

 

 それは魔術を発動する前の詠唱だったのか。いや、そうではない。

 アサシンの言葉は魔術を発動する為の詠唱でも、魔術回路を起動する為の前文でもない。

 呼び掛けているのだ。

 彼のマスターですら知らない、この場に本来存在してはいけない筈の『誰か達』に。

 

 

「真名開放ーー【無二の統治者(ケーヴァラ・イーシュワラ)】」

 

 

 アサシンの言葉と共に彼を光から守るように現れる、数十の影。

 

 その戦闘に立つ黄金の鎧の男が大槍を振り上げ、降り注ぐ緑光と激突する。

 

 それがハーギンが意識を保った状態で見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

「……よもや、我が光撃からの逃亡を果たすとはな。何処の英霊だ、奴は」

 

 己が撃ち放った光の奔流の跡地。焼けた大地の上で、英霊シグルドはただ一人取り残されていた。

 加減したつもりは無かった。

 間違いなく、『今のマスターから供給された分の魔力のほぼ全て』を使った全力であり必殺の一撃だ。

 逃れられる筈が無いと踏んでいた自分を愚かだとはシグルドは思わない。しかし、それでも反省はする。

 正直に言って、相手のサーヴァントを侮っていたのも事実。

 伝説の竜殺しの一撃から逃れたサーヴァントなのだ。さぞ高潔な英霊に違いない。

 遥か遠く。恐れ知らずにも、未知の黒き要塞の中へと単騎で逃げ込んでいくアサシンの背中を見送りながら、シグルドは淡々と呟いた。

 

「願わくば、今度は正面から刃をぶつけ合いたいものだ」

 

 

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