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ナミブ砂漠近郊、とある街中。
「……はぁ」
夜も本番に差し掛かった夜空の下。思い掛けない渋滞に巻き込まれた男は、昼に自身に起こった幻想的な出会いを思い出して1人耽っていた。
日中。信じられない話かもしれないが、男は路地裏で突然正体不明の『影』に首を捕まれ、その後気を失ったかと思うと次目を覚ました時には傍らに日系の美少女が座っていた。
作り話にしてはあまりにも荒唐無稽で何とも馬鹿げたエピソードではあるのだが、それは紛れもない事実。
今、思い返してもやはり不思議でならない。そう思ってしまうのは突然気を失ったことよりも、そんな自分を看病してくれた少女の存在があったからだと男は推察する。
凍ったような表情でありながら、決して無感情という訳ではない。
例えるならば、彼女は人の心を持った完璧な人形だ。
人が作り出した物が故に欲望が詰まっている姿は誰よりも美しく、しかし無機物の頬は決して緩まない。彼女の心がどれだけ暖かくても。
凡夫には触れられない、高級品だ。
少し詩的に過ぎたかと男が溜息をつきながら身体を伸ばしながら欠伸をしていると、不意に車の窓が外からノックされる。
何事かと目を向ければ、其処には本日の経験までとはいかなくとも男にとって決して常識とは呼べない存在が車内を覗いていた。
「ちょっといいか?」
奇策なスラング語。緑の煌めきが幾つも添付された黒ベースのセンスのあるスーツ。
このアフリカの大地には似合わない奇抜なファッションをした人物はーー驚くべきことに山羊の被り物を平然と被っていた。
「……」
奇妙を通り越した珍妙な姿の不審者の登場に思わず男は咥えていた煙草を口から落としかけるが、既の所で両手で掴んで何とかボヤ騒ぎの未来は回避できた。
その後、やや冷静になった頭で再度窓の外を確認するのだが、やはり其処には山羊のマスクの不審者が立っている。
ピアノでも弾いているかのようにベタベタと人の車の窓を触って、早く窓を開けろと急かしている。
無視したいが、このまま無視したらその方が相手の機嫌を損ねて危険ではないのか。
そう考えた男は内心どうしようもない不安を感じながら、椅子の下に隠した警棒のような護身グッズを手にして数センチだけ窓を開いた。
腕を窓の中に入れられて捕まれたりしない為に少ししか開かなかったのだが、山羊のマスクの男はその小さな隙間に遠慮なく両手の指を突っ込んできた。
「うわっ!!?」
正直、車内の男はこの珍妙過ぎる状況に泣き出しそうだった。無理矢理家に入り込んできた宗教の勧誘を相手にしている時のような、全く理解不能な者に対する恐怖がただただ募っていく。
そんな男の心情を知ってか知らずか、山羊のマスクは僅かな窓の隙間から車内を覗き込むと籠った声をマスクの内側から放出させる。
「ちょっと訊きたいことがあるんだが」
そうならもっと普通に尋ねてくれ、と車内の男は内心激しく慟哭しながらも表面上はにこやかに、相手の気分を悪くさせないように言葉を返す。
「な、なんでしょう……?」
「この辺に、要塞、ないかな?」
それは旅行客の1人である車内の男には答えられない疑問であった。
そもそもナミブ砂漠に要塞の観光名所があるなんて聞いたことがない。必死に記憶の中の『記録』を探ってみても、だ。
結果、車内の男はただ首を傾げるしかなかった。
「いや……自分も観光客なんでよくわからないんですけど……」
「え、あぁ……そうなのか。そいつは残念だ。……でもただの観光客って訳じゃなさそうだな、お兄さん」
気分を害してしまっただろうかと車内の男は内心不安に駆られていたが、山羊のマスクの方は見た目と反して奇策な調子で肩を竦め右手で車内のカメラを指差している。車内の男がその指の先を目で追うと、助手席に置いたままにしていた取材用のカメラと手帳が目に止まった。
「記者さん、じゃないの?」
「えっ、あっ、えっと……うーん。まぁそんなとこかな」
「ハッハッハッ。随分と含みのある言い方だなぁ。気になっちゃうなぁっ。いや詮索はしねぇけどよ」
愉快で明るい素振り。その姿からして何処ぞのサーカスの道化師のようにも思えてきた。
実際、山羊のマスクの男は別段おかしな行動を起こす訳でもなく、本職の道化師なのではないかと車内の男も警戒を解いてしまって思わず自分から声を掛ける。
「貴方も観光客?その見た目からして……喜劇役者の様にも見えますけど」
やや踏み込んだ問に山羊のマスクは両手の指で丸を作って目を丸くしたかのようなジェスチャーを行うと、すぐに腹を抱えて前屈みに笑ってみせる。
「ハハハッ。よく言われるっ。というか実際そうだ。俺の仕事は『皆を笑顔にする』ハッピーな仕事だからさ」
「へぇー。そいつは良いですね」
「だろう?俺も気に入ってる」
窓一枚挟んだものとは思えない談笑を暫くして、山羊のマスクの男は車内の男に礼を告げると何処かに歩き去っていた。
結局彼が誰だったのかは判らなかったが、車内の男が再び煙草を咥えようとした瞬間、山羊のマスク男の背中に続く奇妙な軍団達が眼に入った。
ーーゴリラのような見た目の大男。
ーー瓜二つな金髪の双子。
ーー身体に何体もの蛇を巻き付かせた青年。
ーーパンクな奇抜ファッションで全身を固めた女性。
ーーその他、劇団かサーカスの一行としか思えないような大名行列。
恐らく仮装なのだろうが、明らかに真っ当な人の身を外れているような見た目の者もおり、車内の男にはその一行が日本の伝承の百鬼夜行にも似ていると思えた。
一行の内数人は車内の男に気が付いて手を振ったり、睨んだり、何故かお菓子を配ったり。
このアフリカの大地には似合わない、統一感の無い珍妙な集団であったが、そんな彼らにも共通点があったとすればーーそれはその全員が山羊の頭蓋骨のタトゥーを身体の何処かに刻んでいたことだ。
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珍妙な格好の大名行列にアフリカの人々の視線は自然と奪われていく。
一体何処に向かうのか。彼らは一体何者なのか。
尋ねる者も何人かいたが、尋ねる人物を間違えれば簡単に命落としてしまうとは誰も思うまい。血気盛んな連中に敢えて話しかけに行く命知らずの馬鹿達の相手は、一行の中でも見た目の良い美人達の仕事だった。
少しお話をして気を逸しておく。一行の中には元々水商売をしていた女なども在籍していた為、慣れたあしらい方のおかげでそれ以上詮索しようとする者も現れなかった。
「ごめんなさいねーっ気にしないでーっ」
「アタシらただのサーカスだからさーっ」
「お兄さん達ごめんね!今日はちょっと急いでるからまたね!」
露出度の高い服の着た女達が街の男達の視線を集めては、その期待を裏切って去っていく。置き去りにされた男達のなんと哀れなこと。
行列の先頭に立つ山羊のマスクの男は、そんな羨望の眼差しを心地良さそうに受取りながら両手を広げて高らかに声を上げていた。
「いやぁっ。気分が良い。実に良い気分だぁっ、なぁ?」
「ハイ」
山羊のマスクと男に突然声を掛けられ、その傍らにいた全身藁で造られた服を着た性別不明の魔女帽子がコクリと頷く。カカシのような出で立ちの魔女帽子の一本脚で歩く姿は通行人達の眼を奪ったが彼、もしくは彼女は主である山羊のマスクの男だけに目を向けて言葉を紡いだ。
「害虫達もセブンスの御姿に感涙しているのだと。貴方はただ其処に居るだけで人々を笑顔にしますから」
「へぇー、そいつぁ良い。良い褒め言葉だ。俺は褒められるのが好きだもっと言え、ロット」
魔女帽子のカカシに褒められてジャケットのポケットに両手を突っ込みながらクツクツ嬉しそうに肩を揺らす山羊のマスクの男。
「「僕/私達もセブンスは楽しいヒトだと思うの」」
その後、突然カカシを押し退けるようにして割り込んできたのはそれぞれ隻眼の金髪の双子であり、まるで子犬のように山羊のマスクの男の左右から寄り添った。
山羊のマスクの男の背後に続く一団達は、ある者はそんな光景を微笑ましいと笑い、ある者は妬ましいと爪を噛み、ある物は興味無いと煙草を吹かすなど各々の反応を見せていた。
そんな中その中心。一団の頭目、山羊のマスクの男は双子を腕に侍らせながら空を見上げる。
通行人達にはいつも通りにしか視えない夜空。
しかし、違う。少しでも魔導に関わっている者になら、このナミブ砂漠の空がもはや今まで通りの自然物ではないと一目で理解できる。
暗い夜空に空いた、更に暗き『穴』。
その『穴』が何処に繋がっているかはセブンスは知らない。
しかし『穴』を生み出した人物に心当たりはあるし、それが彼にとって面白く無いものであることも事実。
「ったく、もう俺達は巣を飛び立ってんだよ。この世界はとっくに俺達の物だ。たかだか数千年だか知らねぇが、てめぇの気分で潰されちゃ困るんだ。此処はとっくに俺らの玩具箱なんだからよ」
左右の双子が顔を見合わせて首を傾げるているのもお構い無しにセブンスは独り言を続ける。
空にぽっかりと開いた、巨大な穴をマスクの下の双眸で睨んで。
「誰にもやんねぇよ。悲劇を追い求める可哀想な指輪の王様にも、少女趣味の獣にもな」
まるで目の前に怨敵がいるかとの如き強い声色の言葉。
山羊の一団以外の通行人達でさえ、セブンスの姿を見て同じ憧憬の視線を送ったことだろう。
「あっお頭。さっきの角、左です。道間違えてます」
そんな酔った空気をぶち壊す、モヒカンの団員の一言が無ければ。
次回の投稿は4月10日です。