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ナミブ砂漠。暗黒要塞エンリル均衡、北部。
ーー壬生カグヤがルーラーのサーヴァントと出会い。
ーー悪悦を好む暗殺者と北欧の大英雄が刃を交じらせ。
ーー暗黒要塞内部で血を啜る化物と黒き皇帝が激突したその日。
此処、暗黒要塞エンリルの北部でも聖杯戦争は行われていた。
刃を交じらせているのは双方紛れもない大英雄。そのことは互いが拳を、刃を、闘志をぶつける度に溢れ出す魔力を感じれば魔術師ならば理解できる。
何時の時代のどの英雄なのかは定かではないが、恐らくはどの聖杯戦争に出ても優勝候補間違い無しの英霊達。
しかしその故に惜しいと、双方のマスターは遺憾を感じずにはいられなかっただろう。
彼の大英雄達がもし『正気』のまま召喚されていたとしたら、自分の勝利は確実であっただろうに。
とどのつまり、双方の大英雄達は召喚された時から正気では無かったのだ。
そのどちらもが理性を持たぬ闘争心の具現ーー『狂戦士』として召喚されてたのだ。
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「おーおーおー。やってんなぁ。これで何日目だよアイツら」
二対の獣の闘争を遙か遠くから眺める影が1つ。
槍、というよりは使い潰して変形した何らかの金属の巨大な棒を肩に乗せ、一升瓶片手に狂戦士達の闘争を愉しむ漢。
並々ならぬ筋肉と飢えた獣のような眼光は勇者のそれであり、隙あらば現在地からかなりの距離のある戦場までひとっ飛びしそうである。
そんなサーヴァントの心情をよく理解しているのだろう。情欲を抑えきれない子供のように身体を左右に揺らすサーヴァントの脳内に、己のマスターの念話が響き渡る。
『勝手な真似はするなよ、ランサー。今お前に暴れられるといよいよ収集が付かなくなる』
堅苦しい口調に反して念話の声は美しい女性のものだった。といっても女らしいとは掛け離れた威厳のある声色で、声だけで歳を想像するに三十路中盤といったところだろう。
「わーってるよ。形だけだが、アンタは俺のご主人様だかんな。言うこと聞きますよヘイヘイヘイ」
ランサーと呼ばれたサーヴァントは先程までの狂戦士達の戦いに目を輝かせていた様子とは打って変わって、まるで拗ねた子供のように唇を尖らせて砂の上に寝転ぶ。
その理由は、生前には体験したことの無かった念話に慣れておらず、その度に気分が悪くなってしまうのもあったが、最も大きな原因は先日聞かされたマスターの方針にあった。
要塞に入るまでは基本傍観、もしくは情報収集に徹しろ。
なるほど自分のマスターは知略に長けた戦術家なのだとランサーは理解し、闘争心のままに戦う自分とは違う生き物なのだと同時に心の奥底から落胆した。
知略を使って戦場を操る。同士、兄弟とも呼べる存在にはそのような武将は確かに存在しランサーもそれらを尊敬してはいたが、やはり自分にはできないことだとも彼は部相応に同時に理解もしていた。
故に知略に頼ることにいちゃもんは付けない。それが勝利の為に必要な手段であると知っているから。
しかし物事には限度とというものが在る。
飢えた獣を抑制するには、令呪無しの口約束の縛りは緩すぎるのだ。
「準備をするならさっさとしろよご主人様よ。目の届く所に居ない番犬は、何をするかわからねぇぜぇ」
念話で通していないランサーの独り言。夜の闇にただ消え行くのみだった筈のその言葉は、彼の背後にいつの間にか立っていた存在によって言を返される。
「そう。貴方、番犬なの」
「!!?」
静寂を切り裂いた突然の声にランサーは驚きながらも流れるような動きで槍を構えて振り返る。
完璧な戦闘態勢。その気があればいつでも殺れる。
そう確信した筈なのに、槍の切っ先を向けた相手を見てランサーは更に驚きに目を見開くこととなる。
「……あ?」
振り返る前にランサーは予想していた。
自分も相当の戦士だ。それこそ実際に人類史に名を残す程の英雄である。
間違ってもそんじょそこらの輩に背後など取られる筈がないし、もしそんな奴が居たとしたらかつての兄弟のような猛武士か、はたまた彼の皇帝を追い詰めた暗殺者か。そんな常軌を逸した存在、即ち英霊のみであると。
しかし違った。ランサーの予想は大きく外れていた。
振り返った視線の先に居たのは、猛武士でも、小刀を握る暗殺者でもない。そもそもサーヴァントとして召喚された英霊でも無かった。
彼の背後を取っていたのは、小麦色の髪をサイドテールで纏めた美しい人形のような少女だったのだから。
「……なんだ、てめぇは」
必要以上にランサーが殺気を込めてしまったのは、きっと背後を取られたからではなく、その女の表情がただ単に気に食わなかっただろう。
生前から色恋にはそれ程興味が無かったが、それでも女の好みを上げるとするならばランサーにとって好ましい女性とは太陽のような女。どんな時でも眩き向日葵の如き笑顔を浮かべる女をこそ、彼は伴侶とし迎え入れようと思う。
その実、彼の理想の女性像と比べて目の前の女はかけ離れ過ぎていたのだ。
顔は悪くないが、凍った仮面のような表情が妙にランサーの気持ちを苛つかせる。
此処で命を奪ってしまおうか。女だからと命を狩り取るのを躊躇う程、出来た人間ではないと彼自身が理解している。
首を取るのは至極簡単。しかし、疑問は残る。
何故目の前の女はいとも容易く自分の背後を取れたのかという最大の疑問が。
「おい小娘。お前
ランサーの殺気を交えて吐き出した質問に、しかして少女は動揺することも無く変わらない無表情で肯定を返す。
「呪い師……ええ、うん。そういうものだよ。それとあなたの背中に回るのは大変だったし、できれば死にたくないかな」
常軌を逸した存在であるサーヴァントを前にしてもこの余裕。
やはり異常だとランサーも再認識し、そしてもう1つの疑念が生まれて直ぐ様ランサーの視線は少女の手に移る。
今この土地に居座っている魔術師が居るとすれば、それは聖杯戦争参加者、ないし関係者である可能性が非常に高くなる。参加者のマスターであればその証明となるサーヴァントに対する絶対命令行使権『令呪』を身体の何処かに刻んでいる筈なのだが、何分今は夜の砂漠だ。
変動する気温に合わせて魔術的コーティングもしているのだろうが、少女は更に服を重ねて着ており顔以外肌は殆ど露出させていなかった。
今此処にマスターの眼があればすぐに相手が聖杯戦争参加者かどうか判断がつくのだろうが、生憎彼のマスターは此処より少し遠い場所で要塞侵入の作戦を練っている。
ならばやはり自分が判断すべきなのだろうとランサーは面倒臭そうに頭を掻いた後、
ーー流星の如き速度で槍を射出した。
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「あ?」
全力ではないにしても、それなりの気を込めて放ったランサーの一撃は、しかして誰の血潮を吹かせることも無かった。
切っ先は狙った少女の首先で止まり、其処からいくら力を込めても先に進まない。
勿論、少女を殺さなかったのはランサーの意思ではない。身の覚えの無い行動の制限、つまりそれは他者からの干渉を受けた事実を意味する。
ーーマスター?いいや違う。
自分の主は思慮深い人物ではあるが、決して善人と呼ばれるような女ではない。必要とあらば殺すし、未来において不安材料に成りそうな者も躊躇いなく殺す。
しかし、であれば他に誰がサーヴァントの行動を抑制することなどできようとランサーが視線を動かすと、その正体はすぐに判明した。
砂漠の上で、露出度の高い白の修道服の女がランサーに向けて右手を向けていた。
その時にランサーは確かに見た。
修道服の女の右手に浮き出ていた、赤い華の一片が消えていく。やがてそれが完全に霧散すると修道服の女は喉に一度手を当てて調子を合わせてから張りのある声で砂漠に声を響かせた。
「槍を引きなさい!其処の槍兵!聖杯戦争に関与していない者への処罰は貴方が取り決めるべき事象ではありません!」
近付けば近付いてくる程、声を荒げる道服の女の正体が『サーヴァント』だということは明確になり、ランサーの表情は益々訝しげなものへと変わっていく。
まるでこの聖杯戦争の監督役でもあるかのような物言いに、謎の令呪の行使。
しかもそれらを行っているのがサーヴァント?
自分の理解の追い付かない、訳の判らない事態に槍兵は先程少女に向けていたもの以上の殺気を顕にさせ、修道服の女を睨みながら疑問を口にする。
「お前……なんだ?」
ランサーの質問に今度は修道服の女が目を丸くし、少しして嘆息を着いてから自身の身分を明かしたのだった。
「マスターからは何も聞いていないのですね……いいでしょう。我がクラスは【
修道服の女の言葉は嘘ではなかった。
彼女は聖杯戦争に参加する魔術師にではなく、聖杯そのものに呼び出されたサーヴァント。聖杯戦争において重大なイレギュラーが発生した場合のみ召喚される特異中の英霊である。
しかし、事実を明かされた後もランサーは首を傾げ最期まで訝しげに言を返すだけだった。
「ルー、ラー……?」
次回の投稿は4月16日予定です。