○
「不味いな」
二体の内の紫の狂戦士と突然現れた槍使いの闘いを少し離れた場所から傍観していたシグルドは、槍使いの方が少しずつ狂戦士に押され始めた状況に目を細める。
何やら機械弄りを始めたマスターに愛想を尽かした女剣士もシグルド同様戦況を見守っており、傍らで表情を曇らせる魔剣士の姿に彼女もまた訝しげな顔になった。
「何がです?」
女剣士は目の前の魔剣士を味方として信用した訳ではなかったが、一度刃を交えた時にその技量は嫌でも感じていた。それ故に名も知らぬ魔剣士ーー真名シグルドの見解を彼女は知りたいと思ったのだ。
異邦の達人から見て今の戦いはどう映っているのかと。
女の問はただ時間と共に無視されるかと思われたが、女剣士の予想とは外れて意外にも魔剣士は視線と意識だけは戦場から逸らさずに言葉を返してくれる。
「あの槍……らしき物を使っている英霊の宝具が奪われる」
「?そうなると、貴方に何の不利益があるんです?」
魔剣士の言う『不味い』の意味が分からず、純粋な疑問を抱いて女剣士は首を傾げる。
シグルドは少し驚いたような面持ちでそんな彼女に目を向け、やがて勝手に納得したかのように一度だけ長く目を瞑った。
「……肯定だ。確かに私には何の不利益も無い。故に私が気に掛ける必要もないか。槍兵が死のうと、狂戦士が死のうと、どちらにしても私に益はあっても損は無い」
そう口にしながらも魔剣士の表情は暗い。
目を細め、戦場でも無いのに宝具である魔剣の柄を握っている背中は女剣士への牽制と云う訳ではなく。
ーー手を伸ばせば届きそうな場所で争っている彼らに何かしてやりたいと願っている、そんな風にも視えた。
○
詳しい理屈は不明だが、この紫の狂戦士が手にした凶器は何であれ狂戦士の宝具となる。元が宝具であってもその効果は例外ではないというのが秒単位で姿を変えるランサーの槍によって証明された。
一撃必殺を狙って頭部に突き刺したというのに、しくじってしまった。
傲慢な性格故に自責の念に駆られることは無いにしても、果てしない焦燥がランサーの胸を駆り立てる。
変色した矛先が、迫る。迫る。
脚首を掴まれたままのランサーに奪われた槍で刺殺される未来を回避する方法は無く、確定寸前の運命は変えるには2つの選択肢しか残されていない。
切り札、つまり宝具の使用か、もしくは第三者の介入がなければ彼の死は確実だ。
もはやマスターに支持を仰いでいる状況ではない。
急ぎ宝具を発動し迎撃体制に乗り移ろうとした槍兵の目の先に、ふと見慣れない白衣が現れる。
それは見慣れないからといって見たことがない白衣ではなかった。
筋骨隆々とした肉体を覆う分厚い白衣。陰陽を象った形の双剣を手にしたその男は、今の今まで自分とは別の狂戦士と槍兵の闘いに対して傍観に徹していたというのに、今になって参戦してきたというのだろうか。
兎にも角にも白の狂戦士はいつの間にやら槍兵にとどめを刺そうとしていた紫の狂戦士の背後に立つと、その2対の双剣で遠慮なくその背中を斬りつけたのだった。
「ッ!!aaaaaarrraaaAA!!!」
紫の狂戦士の装甲はかなり分厚い。どのような特性が備わっているかまでは定かではないが、耐久力は見た目通りかなりのものなのだろう。
悲鳴を上げながらも、白衣の狂戦士に斬り付けられた紫の狂戦士は無傷であり、一切の迷い無く狙いをランサーからもう一体の狂戦士へと変更する。
ランサーを振り投げ、強奪した槍で後方へと薙ぎ払う。
白の狂戦士は二刀のうちの片方の刃で攻撃を受け止めるのではなく、火花を散らしながら受け流すと先行して紫の狂戦士の眼前にまで迫り防御に使ったのとは別の刃で斬り掛かる。
「破ァァっ!!」
響く衝撃音。
白の狂戦士の一撃は見事、先程ランサーが傷を付けた胸の辺りに激突し鎧の一部を砕く。
蹌踉めく紫の狂戦士であったが、依然闘争心は有り有り。唸り声を上げながら白の狂戦士を憎悪の念を込めて睨んでいる。
それは爽快な死闘を邪魔された故か。相当ランクの高い狂化を付与されたバーサーカーにその有無を尋ねることは不可能であったが、もう一人の邪魔された側の男は尋ねずともその意思を行動で示していた。
「なぁにしてくれとんじゃぁ!!」
僅かな大気が震える音。
白き狂戦士は実際に目にする前から自分が攻撃されていると予感し、手にした二刀で振り返りながらランサーの砲弾のような蹴りを弾き返す。その表情に奇襲による焦りは無く、狂戦士と呼ぶには似合わない生真面目な口調で彼は槍兵と相対する。
「共闘を持ちかけるつもりは無い。同じ大地の空気を吸った者同士とは云え、肩を並べる必要もなかろう」
「そいつは同感だ。ならきっちり説明してもらおうか?覇王さんよ?」
戦場の間。中華の戦士2人が睨み合う。
此処で相手が理解力のあるサーヴァントだった場合、2人の話し合いをまずは見届け横槍など決して出さなかった筈だったろう。
しかし彼らが相対していたのは残念ながら狂戦士なのだ。
理性ある行動など端から求めるだけ無駄というもの。
「aaaaaaaarrrrr!!!!」
狂戦士の咆哮。
気が付けば地面が揺れ、砂煙が噴出し、その中から再び実体化させた大剣を片手に猛突進してくる紫の狂戦士の姿が在る。
狙いはランサー、一点張り。
武器を奪われてしまったランサーには回避するしか道は無い筈なのだが、間に入った狂戦士がまたも手を差し伸べるかの如く紫の狂戦士の攻撃を弾き返す。
後退する紫の狂戦士と、状況を理解できずやや動揺している槍兵。
ただ一人戦況を見越してある決断を下した白き狂戦士だけが変わらず武器を構えたままランサーに提案をしたのだった。
「ただ邪魔をするな。君とは後で雌雄を決し合おう」
「あ"ぁ……?おいおいおい、アンタが。よりにもよってアンタがんな玉かよ」
白き狂戦士の言を聞き、失望したように声のトーンを落としながらランサーの殺気がより一層色濃く増していく。
外気と一体化した
「アンタは違ぇだろ?清楚の覇王、大国の怨年。一対一じゃないと戦えないなんて、まさかアンタが言わねぇだろう?俺達は同類だ。頭の中が鉄と血で出来ているから戦い以外は考えられない。殺りたくて殺りたくて仕方のない戦士だろ?」
「……気付いていないのか。君の物言いは戦士を語る言葉ではなく、ただの殺人鬼を正当化する方便だ」
「どっちでも一緒だろ」
「……」
自分よりもよっぽど狂戦士地味た男の物言いにやがて白い弓兵は嘆息して肩を落とし、髪を掻き毟りながらランサーを睥睨する。
「あぁ……あぁ、ランサー。頼むから俺をあまりイラつかせるな」
白い狂戦士の声は震え、次第に髪を掻き毟る力は強くなっていく。
赤みを増して変色していく肌も合わさってどんどんと白の狂戦士から理性が解けていくのが見て取れる。
どうやら白き狂戦士へに付加された狂化のスキルはどうにも不安定なようであり、常時効果が付与されている訳でなく何かの拍子で理性が消失するタイプらしい。
きっかけというのは人間の激情の象徴ーーつまりは怒りだ。
「せっかく……せっかく主の命令を受けて我慢していたのに、していたのにっ。邪魔をするなよ……磨り潰すぞ羽虫共」
そうして白き狂戦士の気配が一転し、また理性の蒸発した獣の表情でランサーを睨む。
双剣を握る両手にも目一杯の力が込められているのが目に見えており、相対する槍兵も、横槍を入れる気満々のもう一体の狂戦士も挙って身構える。
再び英霊三騎の戦闘が始まる。
その場のサーヴァント達も、戦いを傍観する観客達も皆がそう思い息を呑んだところで。
異変は、三騎の内のある一体のサーヴァントに現れた。
やっぱりお前かエロ尼。