Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス13夜「壬生カグヤ②」

 

 〈魔術協会〉としての顔を持つ時計塔は、四十を超える学生寮と百を超える学術棟と、そこに住む人々を潤す商業で成り立つ巨大な学園都市だ。

 必修である「全体基礎」──魔術全体の共通常識、類感魔術と感染魔術、地脈、マナ学など──を第一とした十二の学部に分けられ、以下「個体基礎」「降霊」「鉱石」「動物」「伝承」「植物」「天体」「創造」「呪詛」「考古学」「現代魔術論」のそれぞれが独自の権力、独自の自治区画を持ち、十二人の君主(ロード)に管理されている。

 十三個目の項目として、政治家を志すための「法政」があるが、これは神秘を探求する学問ではなく、社会を回すためのものであるため十二の学部にはカウントされない。

 

 

 その中で、極東の田舎魔術師の当代である壬生カグヤが教えを請いたのは、「現代魔術」の教室の扉である。

 知人の父親の紹介を得て入門したその教室は、はっきりと言って個性的に過ぎた。

 教師はまだいい。眉間に深く刻まれた皺やいつも不機嫌な表情を除けば、其処いらの魔術師よりも幾分かマシに対話できる人物だ。周りがこぞって言うように個人の実力は二流だとしても、彼の教師としての実力は目を見張るところがある。

 問題なのは生徒達の方だ。

 問題児も問題児。常識外れで天才ばかりの生徒達。

 苦ではなかったが、この教室はおかしいのではないかと講師に問い質した所、

 

 ――安心しろ。お前も十分問題児だ。

 

 と突き返されてしまった。 

 一体自分の何処が問題児なのか。

 首を捻って廊下を歩いていると、それなりに知っているフード姿の女性が目に入る。

 恐らく噂の凄腕講師に頼まれたのだろう。分厚い本を山積みにて、蹌踉めきながらも廊下を進んでいる。

 普通、知り合いがこういった危機に瀕している時は、優しく声を掛けて手を貸すのが当たり前なのだろうが、壬生カグヤの考え方は違う。

 

 

「――|vanish〈消える〉」

  

 

 一語文の詠唱。直ぐ様、魔術刻印が宿主であるカグヤの意思に呼応してその気配を虚空と化す。

 実際は完全に姿を消すことなど魔術の範囲では不可能であるが、カグヤの発した詠唱は“対象者の意識を逸らす”魔術と“臭いを消す”魔術を同時に行うことで、気配を遮断するものだ。

 相手が認識しやすい視覚や嗅覚を抑えてしまえばもう容易い。残りの聴覚に関しては体術に関してある程度鍛錬を積んだカグヤには消すのはお手の物だ。

 暗殺者さながらの足取りで未だ此方に気が付かないフードの少女の背後に回り込み、脇に手を回して一気に擽る。

 

 

「ひふっ!?」

 

 

 フードの下から吐き出されたのは少女の甘い声。肩を震わせた少女の手からは次々と積み上げていた蔵書が溢れ、無残に床に落下する。

 恐る恐る振り向いた彼女の眼には、もう此方の姿が写り込んでいる。

 整い過ぎていると見るものに思わせる顔立ち。透き通る綺麗な瞳には、此方の姿が写り込んでいる。

 

 

「み、ミブ……さん?」

 

 

「こんにちは、グレイ」

 

 

 困惑した表情ではあるが、相手が見知った人物だと確認するとグレイと呼ばれたフードの少女は眉を下げて安心した。

 いつもながらからかい甲斐のある少女だと妙に納得しながら、カグヤは床に落ちた蔵書を1冊手に取ってグレイに差し出す。

 

 

「教授のおつかい中?」

 

 

 何食わぬ顔で世間話に持ち込もうとするカグヤに、相対するフードの少女は薄い苦笑を浮かべて応える。

 

 

「はい……というか、何で脇を擽られたのか、拙は理由を尋ねたいのですが」

 

 

 カグヤとグレイはある同一人物に教えを受けている。

 最も、カグヤは魔術師の生徒として、グレイは事情がある弟子として、その人物に教鞭を取ってもらっている為勝手は大分違うのであるが。

 

 

「別に。スキンシップよ。スキンシップ。私、女の子が大好きだから。性的な意味で」

 

 

「えっ!!?」

 

 

「嘘。冗談」

 

 

「……」

 

 

 グレイが思うところ、壬生カグヤの冗談ははっきり言って気付きにくい。

 日本人の表情が読みにくい所もあるが、彼女はいつでも無表情のポーカーフェイスだ。話しやすい性格ではあるけれど、喜怒哀楽がほとんど顔に出ない。

 会話をする方にとってはコミュニケーションが取り辛くて仕方がないのだろうが、本人が直す気がないのでそれには耐えてもらうしかない。

 

 また、グレイも人と話すのは得意では無い為、知り合いの中でも上から3番目くらいに彼女に苦手意識を持っていた。

 何か話題にできることはないか。注意深く探したグレイの双眸に、先日見た時と変わった点が入ってくる。

 

 

「か、髪型。変えたんですね」

 

 

 気を遣ったようなグレイの言葉に、正面に佇むカグヤは少しだけ驚いたような表情をしながら自身の髪を撫でる。

 実際、時計塔に来たばかりのカグヤの髪型はいわゆるおさげというやつだった。小麦色の髪や神秘的な雰囲気と相まって、彼女の清楚な印象を増幅させていたのだが、今は違う。

 右側頭部から伸びるようにシュシュで纏められた髪型は所謂サイドテールというやつで、清楚さで言うのならおさげ以上に勝ってるともいえ、より大人らしさが溢れている。

 彼女の静謐な雰囲気のせいで、もう何処ぞの貴族の娘だと誰かが嘯いても皆が信じてしまうであろう。

 

 

「ええ。遠坂さんを騙すのに髪型ぐらい変えたほうがいいかなって。似合ってるならこのままにしようと思うのだけれど」

 

 

「凄く……似合ってると思います」

 

 

 自分などに褒められても嬉しくはないだろうとグレイは心中で自虐していたが、褒められたカグヤは少しだけ表情を綻ばせていた……ような気がした。

 例え見間違いだったとしても、そんな表情を見れば自分の心配は杞憂だったのだとグレイは理解できる。

 

 

「ありがとう。感謝ついでに、此れは私が運んでおくわ」

 

 

 無機質なカグヤの様子に気を取られている内に、かなりの量であった蔵書の数々は既に彼女の胸の前に移動していた。カグヤのような華奢な少女が山積みの蔵書を軽々と抱えられているのは、別段その蔵書らが特別軽い素材で出来ているというわけではない。

 ただ単に、グレイが聞こえないような小さな声で軽量化の魔術の詠唱を済ませ、本の重量を減少させただけに過ぎない。

 魔術師ではないグレイはその様子にやはり呆気に取られながらも、すぐに我に返って首と手を同時に振る。

 

 

「いっいえ。その、悪いですよっ」

 

 

 既に持ち上げられた本を取り返そうとする手をひょいと避けて、カグヤはそのままグレイを置いて廊下を進んでいく。

 

 

「私もこれから教授に用があるから。来てもいいけど、グレイ。ちょっと刺激が強い話するから気を付けて」

 

 

 あくまで声は無機質なまま、少女は機械人形(オートマタ)の様に先へ先へと進んでいく。

 そんな背中に置いていかれないように、グレイも自身のフードを抑えつけながら小走りで追って行った。 

 

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