Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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バレット(通算30話)

 

 遠方にてぶつかり合うサーヴァント達。

  

 その戦況を己の使い魔を通して観察していた魔術師は次第に焦りを顕にしていた。

 

 額からは汗が流れ、慌ただしく動き回る度に部屋の中の物が散らばっていく。

 元来の潔癖症の性質もあってか、徐々に統一感を無くしていくモーテルの一室に更に激しい苛立ちを覚えながらも、魔術師にはもはや片付けを行う余裕すら無い。

 

 

 1時間前。信頼は出来ないが嘘はつかないであろう人物から、『敵が来る。撃退するのに邪魔だから其処を動くな』も支持を受けた。

 連絡をしてきた人物は、独善的な願望を抱いて聖杯戦争に参加しているこの魔術師の同盟者に当たる人物で、魔術師としては大変腹立たしいことに自分よりも腕が立つと理解していた。

 故に彼は同盟関係にある『彼女』の言うことを聞き、現在地より遠く離れた場所でサーヴァント2体と戦闘中の己のサーヴァントに魔力を送り続けている。

 

 しかし、更に腹立たしいことにいつまで経っても2回目のベルは鳴らない。

 刻々と時間が好き、狂戦士が暴れる度に尋常じゃない程の魔力が吸い上げられていく。

 話には聞いていた聖杯戦争が魔力供給1つで此処まで辛いとは。大人しく無難な三騎士を選んで召喚しておけばよかったと1人後悔仕掛けていた魔術師の携帯が、不意に部屋中に鳴り響いて音を鳴らす。

 魔術師はそれを聞くやいなや、普段なら大事に保管している高価な魔術道具を手から放り投げて、必死な形相で時代遅れのデルビル磁石式壁掛電話機を耳に当てて叫ぶ。

 

 

「おいどうなってる!?敵の魔術師は!?サーヴァントは!?いいから早く教えろ!!こっちは後先考えずにあんたの言う通りにサーヴァントを出撃させたんだぞ!?」

 

 

 今正に窮地に追い込まれた魔術師にとって、神秘の秘匿など自分の命と天秤に掛ければ瑣末なこと。電話越しの相手が誰であるかも確認せずに彼は魔術世界の言葉をペラペラと喋る。

 これで相手が神秘の秘匿側の人間、例えば魔術協会の執行者や聖堂教会の代行者であった場合、彼は少なからず肝を冷やす事態に陥ったのだろうが、幸いにも電話越しの相手は彼が待ち望んでいた人物で相違無かった。

 

 

『フフフッ。必死なのね。でも心配は要らないわ。大丈夫よ』

 

 

 受話器から漏れ出す電話越しの声は女性と呼ぶには些かあどけない、少女のものだった。

 あどけなさを残しながらも、歳不相応の気品が溢れる。声を聞いただけでもその清廉さが聞く者の心を癒やす。

 しかし残念ながら、そんな唄声のような美声も今の魔術師には楽しむ余裕は無い。

 

「し、心配要らないって!!何か対策は打っているのか!?」

 

 不安に思った魔術師は結論を急いで上位の存在である電話越しの相手に問い掛けた。

 切羽詰まった表情で受話器を両手で握り締め、今か今かと彼は救済の言葉が耳に入り込んでくるのを固唾を呑んで待っている。

 しかし次の瞬間、彼の耳に入り込んできたのは緊張した彼の心の糸を容赦無く切り付ける、鋏のような突き放しの言葉だった。

 

 

『対策?いいえ何も。だってその必要は無いんですもの』

 

 

 予想外に過ぎる言葉に魔術師の時が数秒の間止まり、再び瞳が動いた時には慟哭で異常な汗が吹き出していた。まるで今さっきまでサウナにでも入っていたかのような、尋常ではない汗の量だ。 

 

「……はっ?な、何言って」

『だって必要は無いでしょう?貴方の狂戦士(バーサーカー)と、私の狂戦士(バーサーカー)。数日戦わせてみたけれど誘き寄せられたのはランサーだけだったもの。駄目ね。もっといっぱい集まると思って、色々準備していたのに』

「ま、待て!!待て待て待て!!だからって俺を切るつもりなのか!?それはっ、それはないだろうっ!!?あんたが一気に敵サーヴァントを脱落させられる秘策があると言ったから、俺はあんたに手を貸したんだぞ!?騙したのか!!騙したのか、サ━━」

 

 涙目になって吠え叫ぶ魔術師。受話器を握る掌は焦りによって吹き出した汗で摩擦力が次第に無くなり、ふと手から受話器が落ちる。

 電話越しの相手に縋るしか自分には後がない。

 そう隠しているからこそ彼は必死な形相で地面に転がるコード付きの受話器を取り上げようと地面に伏したのだが、その瞬間、彼は見た。

 

「……えっ?」

 

 窓の外。

 現在地より遠く離れた建物の上に誰かが居る。

 その誰かは此方に狙いを定め、武器を構えていたのだ。

 

 気がついた時にはもう遅い。

 回避行動を取る暇もなく安モーテルの窓は騒音と共に割れ、魔術師の胸から赤黒い鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

「ーー目視確認。クリア。続けて第二射撃開始します」

 

 双眼鏡を持った片方の兵士が確認をし、それに合わせて長距離射撃を行ったばかりもう片方の兵士が再装填を始める。

 

 冷酷な表情で人一人を殺す作業を黙々と熟す兵士達であったが、その心情は常に冷血であった訳ではない。

 数秒前。弾丸を放つ数秒前に標的である魔術師は確かに此方に気が付いて視線を向けていたのだ。

 1キロ近く離れた場所からの長距離射撃だというのにだ。

 そんなことは兵士達の知る『常識』からは外れており、彼らは本作戦が行われる前に上司が口にしていた言葉を嫌でも思い出すことになる。

 

 

 ━━相手を人間だと思わず、一切の躊躇無く、己の感情を殺して相手も殺せ。

 

 

 成るほど。確かに相手は魔術師(ばけもの)だ。

 狙いを定める兵士も狙撃銃を構える兵士もどちらもがそう確信し、2発目の弾丸を放とうとトリガーに指を掛ける。

 第二射も躊躇い無く放たれ、双眼鏡越しに魔術師の頭が貫かれたのだが、確認した兵士は思わず一度双眼鏡を離して目を擦る。

 やがて自分が目にした光景が真実だと理解すると、唖然とした表情で無線機に声を送った。

 

「第二射撃失敗。狐は逃げた。繰り返す、狐は逃げた。付近の捜索を要請する」

 

 

 

 

 

 

 魔術師は走る。

 一発目の狙撃を受けて、肩からは絶え間なく血液が流れている。

 

「クソッ……クソォッ!!」

 

 急増の防護システムは対魔術兵器に特価した性能であり、精密射撃の実弾が相手では跳ね返すことしかできなかった。結果、胸や心臓への直撃は避けられたものの、跳弾した弾丸が肩に当たったのだ。

 震える身体で裏路地を走り抜けながら数分前に自分に起きた悲劇を思い出して彼は歯を食いしばった。

 

 

 

 魔術師が参加したのは聖杯戦争だ。

 

 聖杯と呼ばれる願望器から古今東西の英霊を呼び出し、主たる有能な魔術師が各々の技量を発揮し雌雄を決する高度な魔術戦。

 そんな戦いは自分にこそ相応しいと近場の聖杯戦争に参加したのが、思えば彼の運の尽きだったのかもしれない。

 名目上は管理者という名目で買い取ったモーテルの内部は、魔術師が数年掛けて聖杯戦争の為の異界に作り替えた。用途の違う数十の結界とお手製の合成獣の数々。

 生半可な魔術師ならば最深部に到達する前に塵芥に変えられるだけの備えをしたつもりだったのだが、まさか適正力の中に近代兵器を扱う者が居るとは。

 つまるところ大半の魔術師の欠点は其処に在る。

 自分達が常人より優れた存在であると蒙昧しているから、彼らは同業者ばかりを警戒して他に目がいかないのだ。イレギュラーに極端に弱い、という点では魔術師もまだまだ人間を超越した存在とは呼べないのだろう。

 

 苛立ちに頭を支配され、肩を抑え血を流しながら魔術師は路地へ路地へと入っていく。

 

 次第に人通りは少なくなっていき、それが意図的に誘き寄せられたのだとは魔術師は気が付かない。

 路地の先に在る広い空間。

 普段は街のゴロツキ達の溜まり場になっている場所で、近隣の人々は勿論、魔術師もまた面倒を恐れて近寄らない場所だ。

 そんな場所に魔術師は辿り着いてしまった。

 近隣の住民を装った兵士達の仲間の意図的な視線や自然な通行止めを受けて、無意識の内に蜂の巣に足を踏み入れてしまったのだ。

 其処で待つのは、勿論巣を根城にする女王蜂に他ならない。

 

 

 焔のような髪と、その髪に焼かれたのではないかと錯覚してしまうような顔の傷。

 倒れたドラム缶に腰掛け葉巻を吹かす軍服の女の姿を見て、魔術師はいよいよ自分は気が狂ってしまったのではないかと慟哭しながらも必死に叫ぶ。

 

「な、なん、なんなんだお前らは!!」

 

 怒り心頭でありながら今にも泣き出しそうな魔術師を前にして、軍服を羽織った女の表情は至ってシンプルであった。

 冷静というより、希薄。

 目の前の怯えた中年の男に対して殆ど興味無さそうな半目で視線を送り、やがて心底疲れ切った表情で額を手に乗せて俯いた。

 

「はぁ……全く。試し斬りとはいえ、こんな男が初陣の相手とはな」

「は、はぁ!!?」

 

 先程から全く話が見えてこない。

 激しく混乱した魔術師が後退りを始めたのとほぼ同時に、軍服の女は立ち上がりもせず手にした武器で片手間に狙いを定めていた。

 それは魔術師が先程肩を貫かれたものと同じ系統の近代装備。

 鉄と火薬で構成されたそれは、俗に銃と呼ばれる、魔術世界では滅多にお目にかかれない代物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ナミブ砂漠。暗黒要塞エンリル付近。

 

 

 

 狂戦士達と、突然乱入してきた槍兵の死闘。

 その戦いを少し離れた場所より傍観していたシグルド、ヴェンジャーとそのサーヴァントの3人が下手に動けないまま30分近くが経っていた。

 予定通りならば今現在はとっくに暗黒要塞の城門を潜り抜けている筈であったのだが、3体の英霊を相手に下手な動きはできない。しかもその内2体は狂戦士らしいのだ。

 本心ではない様子見が続く中、興味深けに双眼鏡で戦いを観察していた主に女剣士は近づきやや嫌味の混じった声色で話し掛けた。

 

「マスターは、率直に言って愚か者です」

「むっ。なんだセイバー、やぶからぼうに。僕が何した?僕は自分が腹の立つ奴だと理解しているが、まだ君の苛つくようなことはしていない」

「まだ、ってところが無性に不安なのですが……そうではありません」

 

 では他に何が頬を膨らませてしまうほどの不満になっているのか。

 ヴェンジャーが尋ねるよりも早く、女剣士は黒のポニーテールを腹立たしげに指で弄くりながら言葉を紡いだ。

 

「私が苛立ちを覚えているのは、こんな戦場に、何の装備も無しに来てしまう貴方の警戒心の無さですマスター。そ、その……サーヴァントである私を信頼してくれているのは有り難いのですが……」

 

 後半にいくに従って恥ずかしそうにモゴモゴと言葉を曇らせていく女剣士だったのだが、対して主であるヴェンジャーの表情はドン引きの一言で済むほどの純粋な色を示していた。

 

「お前、まさか僕がお前を信用して武器を何を持ってきてないとでも思ったのか?初戦であそこの魔剣士にあれだけこてんぱんにやられておきながら?」

 

 お前は見当違いの発言している。

 ヴェンジャーの言葉はそう指摘したようなもので、女剣士は途端に顔を真っ赤にして主の脛を容赦無く蹴り付ける。

 

「あーっ!!あーっ!!聞こえませーん!!というか失礼です!!万死に値します!!主に懺悔してから私にも謝罪を要求します!!」

「いだぁっ!?お、おいやめろ!!本気で痛いから!!筋力差考えろゴリラ女!!」

「うきゃー!!また失礼発言ですか!!そういうの私本気で許せないんですから!!」

 

 一応は手加減はしてくれている蹴りなのでギリギリのところで避けながらも、ヴェンジャーはワルツのようなステップを踏みながら必死に弁明を口にする。

 

「そもっ!そもっ!お前のその勘違いがまず不要なんだ!!」

「はっ?」

 

 主の言っている言葉の意味が判らず思わず足を止める女剣士。

 ヴェンジャーはやっと無益な攻防が終わったことに安堵すると、名も知らぬ魔剣士が此方に意識を向けていないのを確認してからそっと女剣士に耳打ちをした。

 

「本当に、天才である僕が何の対策も無しにこんな戦場に来てると思ってるのか?聖杯戦争の準備は完璧だ。ただ少しだけ予定が狂って、完璧であっても万全ではないんだが。いずれそれも解決される」

「?……?すいません、マスター。何を言ってるか私には理解できません」

「何?お前ホントに馬鹿だな」

「ッ!!」

 

 煽り耐性皆無の女剣士が今度は拳を振りかぶったところで、ヴェンジャーは腕で防御しながら変わらない声量で女剣士にだけ聞こえるように明確な答えを口にしたのだった。

 

「だからっ、『兵器』は作ってるんだよっ。僕専用の物はまだ二手間ほど行程を残していて完成はしてないが……試作品自体は数年前から傭兵や軍相手に販売もしている」

 

 言葉を並べながらヴェンジャーが唯一の持ち物として拵えてきたスーツケースから取り出したのは、商談の時に使うタブレットで、電源入れるとすぐに立体映像が放出される。

 映し出されるのはサーヴァントである女剣士にとっては触れた事も見た事も無い未知の兵器の数々。それとその兵器を買い取った雇用客の名前の羅列だ。

 

 

「色々と試行錯誤して作ったからな。試作品でも、魔術師相手にそれなりに戦えるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名も知らぬ女軍人によって撃ち出された弾丸は真っ直ぐ水平線を描いて標的である魔術師へと直進する。

 

 同時に魔術師が身に着けた指輪型の魔術道具が防護装置として作動し、周囲の塵が集まって黒い壁となり魔術師の前で三日月の壁を形成する。

 結果、女軍人の大口径の拳銃から放たれた弾丸は魔術師本体ではなく、魔術師が生み出した壁に被弾し、

 

 

 ーーその壁を貫通して魔術師の左肩を抉った。

 

 

「あッ!!?あ、ぁぁああぁぁぁぁ!!!?」

 

 何が起こったのか判らず泣き叫ぶ魔術師。新たに生み出された痛みによって思考能力は不安定であり、状況を理解するまでには中々至らない。

 それもいま起こったのは、ただの近代兵器だと侮っていた弾丸が崇高なる魔術の防御を打ち破ったなどという彼の矜持をぶち壊す現実なのだから、理解したくないのも無理もないのかもしれないが。

 

 何しろ、女軍人ーーソフィーァ・ベルモンドは魔術師ではなく、彼女が行った攻撃手段もまた魔術回路を起動して扱うような芸当ではなかったのだから。

 実際攻撃を受けた魔術師も直前に魔力の流れがあったようにも思えなかったのだ。

 しかし、それでは説明が付かない。

 ただの玩具(からくりじかけ)の弾丸が数十年の歴史を経て試行錯誤した自慢の防壁を打ち破るなどあり得ない。

 

「心配しなくていい。殺しはしない。魔術師(お前ら)には有効価値がある」

 

 凍てつくような女の声。

 ソフィーァはそれに似合う感情を顕にしない冷血な表情で手にした回転式拳銃(リボルバー)の弾倉を開くと、未だ5発入っているのにも関わらずポケットから弾丸を取り出してつい先程撃ち放った分を補充する。

 

「言っておくがお前に勝ち目は無い。もし私を殺せたとしても、其処いらに私の部下の眼が散らばってるからな。お前は私の殺意から逃げられない」

「ッ……な、なんだっ。何が望みなんだお前らは!!」

 

 激痛に苛まれながらの男の絶叫。

 相対する女はそれを目の当たりにしながら、映画を見ているかのような気楽さで悪辣な笑みを浮かべ再び銃口を向けたのだった。

 

「これから『何も考えられなくなる』のに私にその質問をする意味があるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の言葉は無情であり、女の行動は非常であった。

 

 2発目の弾丸で膝を撃ち抜かれた後、魔術師は青白い顔で何かを数度呟いたかと思うと泡を吹いて気を失ってしまった。

 

 するとすぐに物陰から待機していたであろうソフィーァの部下が数人路地に現れては、まだ息があるというのに死体用の輸送袋に魔術師を入れて何処かに運んでいく。

 その中の1人。鷹を連想させる鋭い金眼が特徴的の筋肉質の軍人だけが現場に残り、ソフィーァに向かって敬礼する。

 

「お疲れ様です、少佐。……正直、肝が冷えました」

「ハッ。お前のような生粋の軍人からもそんな弱音(ことば)が出るとはな」

 

 立ち上がらずドラム缶の上で長い脚を組み、ソフィーァは葉巻を吹かして手にした回転式拳銃を掲げて視る。

 

「だがそう言うな。こいつの性能を確かめるにはどうしても間近で確認しなくてはならなかった。……まぁ性能はまぁまぁだな。アメ公が造った紛い物の魔術礼装ならばこの程度だろう」

 

 自身の武器に対する評価は低め。

 実際、彼女が先程一方的に虐殺した魔術師の防壁は練度としてもそれほど高位ではなく、簡易的な防衛装置でしかなかったのだが。それでも物理特化の自動防衛システムであり、あれほどやすやすとただの拳銃が貫けるような代物ではない。

 では何故魔術師は肩を貫かれるに至ったか。

 理由は拳銃にではなく、その弾倉に詰められた六つの弾丸にあった。

 ソフィーァはその内の一発を取り出すと親指と人差し指で摘んでみせる。

 

「【起源弾】、と言いましたか。魔術師の脊髄を粉末状にし詰め込んだ弾丸……アメリカの武器商人ヴェンジャー・アルトスル・コカインドの商品の中に含まれていました」

「奴のお手製だ。商談の時は気に食わない好色家だとは思っていたが、確かに奴は危険だ。魔術師でもない癖にこんなものを造れるんだからな」

 

 褒めているのか。依然としてソフィーァの表情は冷酷なままで変わらず、表情の色の付かない顔のまま弾丸を詰めていく。

 

「銃身を一つの魔術回路として扱い、弾に詰められた魔術師の起源を再現する」

 

 

 

 起源。

 

 魔術師に限らず、あらゆる存在が持つ、原初の始まりの際に与えられた方向付け、または絶対命令。あらかじめ定められた物事の本質。

 

 魔術師の場合、特に起源が強く表に出ていると、通常の属性ではなく起源が魔術の特性を定める場合がある。

 脊髄や脳といった中枢神経系は他の器官に比べて起源を色濃く反映しているようで、この弾丸が作られる際材料にされたのはそのどちらかとなった。

 例えば、先程魔術師の防壁に放ったのは『解呪』の起源を詰め込んだ弾丸。結界払いを専門職とした魔術使いの脊髄を削って作り出された弾丸であり、一度具現化した魔術に放てばその効果を一時的に退ける。

 魔術師を相手にする戦いである以上使い勝手が良い為、その魔術使いからは多く脊髄を削ったことを思い出しソフィーァはつい悪どい笑みが浮かぶ。

 

「そういえば、この弾丸の元になった魔術師(バケモノ)共は私が調達したんだったか」

「はい。他兵器に使用された分も合わせれば24人の魔術師及び魔術使いの脊髄や脳が使用されています」

「奴らは?」

「本国にて保護しています」

 

 保護とほなんとも都合の良い言葉だと、ソフィーァは関係者でありながら内心苦笑する。

 実際は保護なんて生易しいものではない。

 誘拐、連行、脅迫した魔術師を一箇所に集め監禁しているのだ。ソフィーァの所属する軍のやり方は、無力化した上で魔術師の最大の武器である魔術刻印は疎か、脊髄の一部の摘出手術まで行っている非人道ぶりではあるのだが、女軍人は微塵もその行為に罪悪感は抱かなかった。

 

 1つは祖国のためであるから。

 2つは相手が人間ではない魔術師(バケモノ)であるから。

 

 魔術師を同じ人ではなく、弾薬や食料といった消耗品としてしか見ていない彼女だからこそできる非情な命令。その点も買われて彼女は今回のナミブ砂漠の聖杯戦争の参加者に抜擢されたのかもしれない。

 勿論彼女はそんな生き方に疑問すら抱かず、むしろ人生そのものと云える研究成果を奪われた魔術師の為に、常に脳みそをお花畑に変える薬を投与している自分は慈悲深いのではとさえ思っていた。

 

 

 しかし、そんな彼女の脳裏に浮かぶ1つの疑念。

 それは彼女が自身の戦いを方をこうだとサーヴァントに同意を得ようとした時の出来事だった。

 否、出来事とも呼べない、一瞬の事象だったのだ。

 しかしその瞬間に確かに彼女は見た。

 戦闘にしか興味の無いと肉体で語る、槍らしき武具を担いだ猛獣。

 その見る者全てを畏怖させる鋭い眼光が、主である自分に向いていたことに。

 

 一目で判った。

 口には出さないし、彼も自分自身の感情を理解していない様子であったが、敵意を向けられている。

 それは根本が善性の英雄であればこそ至極当然の感情であり、計画的に動くソフィーァには理解できない感情だった。

 間違っても理解したくはない感情だった。 

 

「猛犬であるのは構わないが、飼い主の手に噛み付くような狂犬であるならば」

 

 言葉は其処で途切れて女は自分の左手の甲に刻まれた赤い華に目を移す。

 感情も志も全く違う。

 となれば、魔力回路の繋がりと、この赤い華だけが彼女とから彼女のサーヴァントを結ぶ唯一の繋がりなのかもしれない。

 


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