Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス12夜「嵐の夜に」

 

 

 静寂。

 

 

 本来、それのみが支配する深夜の大森林に、次々と小さな足音が重なっていく。

 

 地面に散乱した枯れ木や落ち葉を踏んで疾走する足音の主達の数は計り知れない。間違いなく10以上。多くても30人といったところだろう。

 それ以上に、足音の主達にはまるで統率されているかのような一体感があった。

 それは人というより、獣の群れだ。

 それも1匹の首領と、命令に従順な多数の獣兵士達。

 彼らが森を包囲して数時間。森に入る前に入念な作戦が

練られ、今も無線機でそれを確認しながら獣達は行動している。

 闇に溶け込む為に真っ黒な装備を着用し、その両手には

各々役割を持った銃火器が握られている。

 何処ぞの国で市民が所持しているような生易しいものではない。その武器達は、神話やお伽話の『化物』さえ一撃で仕留める威力を持っている。

 圧倒的な武力を持ちながら、しかし獣達は油断はしない。

 息を潜め、姿を隠し、暗視ゴーグルの下に隠した双眸で標的を発見し、抹殺するまで決して止まらない。

 

 数時間後。森に散りばめた部隊のうち、西方に位置していた部隊の部隊長から、森郊外にあるテントに連絡が通る。

 

 

『此方α。標的確認』

 

 

 無線機越しに聞こえてくる部隊長の声には僅かな緊張が篭っている。

 その緊張を爆発させないように、テントに残る獣の首領は無線機のマイクを掴みながら感情の篭っていない冷静な声色で応答する。

 

 

「了解。β、γ、はαの位置を確認次第急行。Ω、Σは狙撃ポイントより狙え。全軍準備を整えてから狩猟を開始しろ」

 

 

 銃を持った獣達の首領は『女性』であった。

 うら若き生娘などでは決してない、熟練した女兵士の低い声。

 獣達の間に性別の概念など関係ない。彼らは頭であるその女の声にただ準じ、各々のポイントで待機した。

 

 

 

 

 

 

 真っ先に標的を発見した部隊『α』。

 総勢7名の精鋭達で編成されたこの部隊の装備は殆どが中距離用の銃火器である。

 他にも近接戦闘用のバトルナイフに閃光弾に音響弾。バトルナイフの代わりにハンドアックスやはたまたトンファーなんてものを装備する者もいたが、その誰もが同じことを考えていたのは部隊にとって暗黙の了解というやつだ。

 どれ程の装備を仕立てようと、一緒なのではないか。

 標的である『アレ』に勝つ為には、それこそ軍用機が必要だ。

 なまじ、砲弾をくらってもケロッとしてそうではあると、割と若い兵士が口にした。その時誰も笑えなかったのが、どうにもその馬鹿げた戯言が現実であることを物語っている。

 

 

「――いいか。作戦は予定通り行う」

 

 

 しばらくして部隊長らしき、眉間に傷のような深い皺が刻まれた男が背後に控える精鋭達に上官として声を掛ける。

 彼こそがこの暗黒大陸さながらの大地で逸早く標的を見つけた兵士である。

 今も背後の部下達に声を掛けながらも、双眼鏡で標的の動きを捉えている。

 

 彼らの標的は、今現在比較的木々が少ない場所で巨大な岩石の上に寝転がっている。

 2メートル前後の巨大。やや胴長である肉体は余すところなく鋼のような筋肉で埋め尽くされており、羽織られている朱の衣服や鎧も跡付けされたパーツに過ぎないという印象を見る者に与える。

 それ以上に異常なのは、その男の有り得ない程の闘気だ。

 鼾をかいて寝ているというのに、全く隙が無い。

 獣の部隊と恐れられた自分たちでさえ、あの『化物』には敵わない。若い兵士も老兵も皆がそう確信めいたものを感じ取っていた。

 

 しかし、それで臆することはあっても、途中で止めることは許されない。

 無線機から流れてくる連絡で、既に他部隊が配置についたことは想定済み。

 配置についた誰もが戦闘態勢に入る。

 これより始まるは狩猟の夜。

 貴族のお遊びなどとは程遠い。獣が生きるために他者を喰らう、生存本能に任せた泥臭い狩りである。

 ただそれは野生の肉食獣が行うものとは違って――統率された軍隊蟻に近しい狩猟ではあるが。

 

 

「いいか。長期戦は此方が不利だ。見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だ」

 

 

「へー。さーちあんどですとろい、ねぇ?よくわかんねぇが。そいつはイカす綴だ」

 

 

 それまで冷静さを保っていた部隊長の表情が固まる。

 額からは絶え間なく冷や汗が流れ、背後に振り返ることがどうしようもなく怖く感じた。

 先程まで数十メートルは離れた場所で寝ていた筈の男が、一瞬で自分のことを狙っていた獣の群れの前に佇んでいる。

 

 月光に照らされた姿は統率された獣達よりなお獣らしく、眼光は獰猛な猛禽類を連想させる。短く刈り上げられた赤鉄色の髪と見事な無精髭。それら全てによく合う赤色メインの甲冑。

 肩に担いだ鉈のような武具はどれほどの人間を切り刻んできたのか、否、叩き斬ってきたのか、その刃渡りは歪みに歪んでいる。

 

 その全てが合わさって、1人の獣を作り出していた。

 その全てがあるからこそ、それは1人の戦士であった。

 

 鈍く、長い得物が風を切る音。それが標的だった男の嘶きのように聞こえて、益々『α』部隊は硬直した。

 

 

「さて、雑兵諸君。取り敢えず健闘してみろや?万が一、いや億が一にも勝機はねぇだろうが戦わずして逃げるなんてつまらねぇ真似だけはすんなよな」

 

 

 それから先のことは獣達は覚えていない。

 標的のただ一撃の捌きのみで、獣達の意識は虚空へと消えてしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「『α』壊滅!!標的は現在『β』と交戦中!!」

 

 

 獣達の頭であるテントに騒がしい声が響く。

 無理もない。実戦経験のある通信係達にとっても、自軍の初手敗北は想定外の事態だったのだ。

 

 敵が人外であることは理解していた。

 

 しかし、様々な近代兵器を操る自軍が、たかが棒切れ一本も同然な武器を持った男に負けるだろうか。否、有り得る筈がない。

 そう予想していた兵士達は次々と赤っ恥をかき、表面的にはそれをひた隠して熱心に仕事を続ける。

 

 唯一人、彼らとは違った予想をしていた女は少し離れたところで年代物の葉巻の先をシガーカッターで切り落とす。

 それから頭蓋骨の形を模しているという、悪趣味なライターを懐から取り出し、下顎の仕掛けを親指で押して火を出すと、そのまま葉巻に近付ける。

 後味の悪さに微妙な心地良さを感じながら、テントの中で誰よりも冷静な金髪の女は1人思案する。

 

 ――さて、どうしたものか。

 

 女はロシア系の美人であり、物思いに耽るその悩ましい姿を世の男達が見れば放っておかないこと間違いなしだろう。否、何処か格式高い雰囲気を醸し出す美女の姿に大抵の男は臆して手を出せないかもしれない。

 出せたとしても、彼女の正気とは思えない歪んだ思考を知ってしまえばすぐに離れること間違いなしではあるだろうが。

 

 ――こんな森の中では戦車や戦闘機は使えん。余計な犠牲者を出して、戦力を無為に削がれる訳にもいかんから。

 

 巨大なテントとは場違いな、黒革の高給そうな椅子に腰掛けて悠々と女は考える。

 どうすれば標的を仕留められる。

 どうすれば確実に奴の(あぎと)を食い千切れる。

 蟀谷(こめかみ)に指を当てて、女は考える。

 どうやったら敵を殺せるのか。ただそれだけを考えて。

 

 少し経った後、実際は報告から10秒と経過しなかったかもしれない。

 立ち上がった女は忙しなく働く通信係達に右手を地面と水平に振って指示を出す。

 

 

「γは標的を惹き付けろ。Σ、Ωは第2基準値までの武装を許可する」

 

 

「っ!?しかし!!」

 

 

「構わん。この森を焼いたところで、払う犠牲は私の金だけだ」

 

 

 環境破壊など全く眼中に無い様子で、女はゴミ掃除でもするような気軽さでより強力な武器の使用を許した。

 最初は意見を述べようとした通信係もそれっきり反論しようとはせず、指示通りの内容を各部隊に告げる。

 指示を出した後、女はテントから外に出る。

 先程まで爛々と輝いていた月はとうに流れてきた灰色の雲に一時的に覆われ、夜はより一層暗闇を増していた。

 これではミイラ取りがミイラになるのも頷けると、気管に溜まっていた煙を吐き出そうとした矢先、ふと、顕になった首筋から冷たい感触が全身に走る。

 それが水滴だと理解した瞬間にその正体は明白となった。

 

 

「……雨か」

 

 

 徐々に勢いを増す雨は、夜の森の空気を一気に冷やしていく。

 コートを羽織っていてもなお寒いくらいだ。

 

 

 

 そんな土砂降りの雨に紛れるようにして、全身を血の雨で濡らした獣が女の目の前に現れる。

 

 

「……」

 

 

 獣の強さが想定内と解っていても、自軍の兵士達はこれを相手していたかと思うと、なるほど震え上がるのにも無理はない。

 獣に傷はない。その身体に浴びているのは、自信を襲ってきた獣達の返り血だけだ。

 恐るべきことに、α部隊を全滅させた獣は、他の部隊も10秒足らずで仕留め上げて、頭であるこのテントまで疾走してきたのだ。

 その証拠に、獣は各部隊の部隊長の5人全員を担いで来て、地面に放り投げたのだ。あの怪我の様子からして死んではいないがこれまでのどうりの生活が行えるかどうかは怪しい。それは味方によっては殺すよりも、より残酷であるようにも思える。

 森から出てきた獣の濡れて垂れた前髪から放つ眼光は、やはり獰猛な獣らしい。

 もっと血を。肉を。乾きを潤せ。

 そう女に懇願しているようにも見えた。

 

 

「私の部隊が壊滅か。やるな〈ランサー〉」

 

 

 女が怖れず話し掛ける。実際、彼女の中に恐れはなかった。

 彼女の左腕に刻まれた三画の赤い刺青がある限り、獣は彼女に逆らうことができないと知っているからだ。

 女の声に獣は笑う。口角を釣り上げ過ぎてそのうち千切れてしまうのではないかと心配になるぐらいに。

 

 

「しょうもねぇ……こんなつまんねぇゴミ処理任せやがって……どういう了見だ、あぁ?」

 

 

 顔色は悪鬼のような上機嫌さでも、その口調は不機嫌そのものだった。血肉を喰らって満足なのだろうが、相手として不足だったのだろう。

 獣のまた女の兵士達と同じく武人であったのだ。

 それを理解している女は葉巻を咥えたまま、獣と同じように口角を釣り上げて笑う。

 獣のそれが悪鬼の笑みなら、女の笑みは自分勝手な女王の笑みだった。

 

 

「すぐに連れて行ってやる。お前が満足する舞台まで、私が直行便でな」

 

 

 

 

 彼女達が聖杯戦争の舞台に到着するのは――これより2日後のことである。

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