Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス11夜「壬生カグヤ③」

 

 

「そういえば」

 

 

 現代魔術科の学術棟の廊下を歩きながら、そう切り出したのは重たい蔵書の山を軽々と持ち上げる壬生カグラで、話し相手であるグレイはその数歩後ろを歩いていた。

 

 

「私、貴女の顔をちゃんと見たことがないのだけれど」

 

 

「――!」

 

 

 顔、という単語が出た途端グレイが肩を強張らせる。

 あからさまにフードの先を掴んで顔を隠そうとする仕草は明らかに訳ありだった。

 いや、どんな時でもフードを被っている少女が訳ありではないと思うも人間もそうはいないと思うが、見たところ顔に火傷や刀傷といった傷痕があるわけではなさそうだし、同性であるカグヤからしても、グレイの顔立ちは可憐に見える。

 その他にカグヤが『どちらの性別も恋愛対象に見れる』趣味なのも関係しているかもしれないが。

 

 

「顔は、その……」

 

 

 断るのも申し訳なさそうに口籠る少女に無理強いはできない。

 

 

「いいわ。無理に見ようとはしないから。興味本位に、聞いておきたいんだけど、こんなやり取りもう何回目?」

 

 

「……覚えてません。色んな人に尋ねられたので」

 

 

 それはそうだ、と内心カグヤは納得するが口には出さない。

 やや緊迫した空気を醸し出した世間話を続けるよりも先に、目的地である恩師の部屋の扉が見えてきたからだ。

 

 

 そして、カグヤが扉のドアノブに手をかけようとしたその瞬間、内側から勢い良く扉が開く。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 楽しげな悲鳴を上げて、というか笑顔で、半ば転がるようにして教室から飛びしてきたのは金髪の美少年であった。

 彼は呆気に取られているカグヤとグレイを見るなりその表情を更に楽しげに歪ませる。

 

 

「わぁー!!グレイたんとかぐやちゃん!!」

 

 

「……」

 

 

「こんにちは、フラットさん」

 

  

 無表情で会釈するカグヤとは対象的に、グレイは言葉も交わさずカグヤの背中に隠れる。

 そういえば苦手だったなカグヤが思い返していると、教室からフラットを追いかけるように怒声が響く。

 

 

「フラットォーー!!」

 

 

「あっ、やばっ!じゃ俺行くね!!ばいばーいっ!!」

 

 

 怒声を聞くなり一目散に逃げる美少年を軽く手を振って見送ると、カグヤが背後に隠れているグレイに目を向ける。

 気配でフラットがいなくなったことを察したのだろう。恐る恐る目を見開いてフラットが本当にいなくなったことを確認すると、安心したように息を吐いている。

 まるでおばけか何かの用に扱われるフラットが不憫に思えたが、彼の日頃の行いからして庇えるものではない。

 それにグレイ以上に、この先には個性豊かなエルメロイ教室のメンバーに悩まされている講師が居るのだから、彼女だけが可哀想とも思えない。

 

   

「失礼します」

 

 

 これだけは日本でも外国でも変わらない。目上の人間の私室に入るときには欠かせない挨拶を口にして、カグヤは半ば閉まり掛けていた瀟洒な扉に手をかけた。

 

 扉を潜ると、まず出迎えてきたのは煙の臭い。

 まず目を惹くのは、隙間なく置かれた本棚だろう。几帳面なぐらいにジャンルとサイズで区分けされ、かつ日差しに焼かれないように窓からの角度も配慮されている。並列されたスライド式の本棚にはこれでもかというほどの量の蔵書が敷き詰められていた。

 雑貨から日用品に至るまで。その殆どが趣味が良いと呼べる範疇のものばかりで、デキる男の部屋と呼んでも遜色はない。

 

 そんな部屋の奥でアンティークの椅子に座り、眉間の皺を親指と人差し指とマッサージする長髪の男こそがエルメロイ教室の講師。

 十二人の君主の1人にして、時計塔随一の講師。

 プロフェッサーカリスマやグレートビックベン☆ロンドンスターなど。問題児兼天才魔術師である生徒達からの信頼(?)の尊称は数多く、でありながら本人は〈祭位〉の階位で留まる二流魔術師。

 

 ロードエルメロイ二世。元々は別の名があったらしいが、カグヤも詳しいことは把握していない。

 

 部屋に入ってきたカグヤの姿が目に入ったロードエルメロイは一瞬だけ目を見開けど、その後また不機嫌な表情になって口元を微妙に釣り上げる。

 

 

「何だ、貴様か……」

 

 

「私です。あと、これ何処に置いたらいいですか?」

 

 

 嫌悪を隠そうともしない講師の目の前で、重力制御で軽くした山積みの本を人差し指の上でクルクル回して尋ねるカグヤ。

 何故、ロードエルメロイ二世が更に不機嫌になったのかその理由を3つカグヤは知っている。

 1つ、自分達が来る前に問題児のフラットがまたいらないことをやらかした。

 2つ、ロードエルメロイ二世は日本人嫌いだ。経緯は知らないが、日本人であるカグヤのことが気に食わないのだろう。

 3つ、カグヤが優秀な魔術師であるため、本人が隠そうとしてもロードエルメロイ二世は劣等感を完全に隠すことができないのだ。

 以上の点を理解しているカグヤは別段気にした様子もなく、言葉もなく指で支持された台座の上に運んできた蔵書を置く。

 その間に読書にふけこもうとしたロードエルメロイは、思い出したかのように天井を見上げてからカグヤに声を掛ける。

 

 

「ん?そういえば、それはグレイに頼んだ筈では……」

 

 

「あの……」

 

 

 遅れて入ってきたグレイは、恐る恐る中の二人の顔色を伺うようにしている。カグヤからしたらミーアキャットのような愛らしさを感じさせたが、ロードエルメロイはそんな感情を一切懐かなかったらしい。 

 何故こいつを連れてきた、という無言な圧力をグレイに向けながらも、すぐにその視線を手にした蔵書に移す。

 蔵書は比較的新しい類の魔道書であった。何かの動物の革らしきものを使っており、それ単体では若干不気味ではあるが、ロードエルメロイ並の美丈夫が手にするとそれも意味を変える。不気味が不思議に変わるのだ。

 

 

「それで、何の用だ?」

 

 

 此方から来訪したのに、わざわざ自分から問い掛けてくれる辺りこの男は本当に人が良いのだなとカグヤは関心する。

 それも非道であらなければならない魔術師では考えられないくらいに彼は優しい。

 だからこそいつまで経っても二流のままなのだとは、恩師に対して口が裂けても言えない事実ではあるが。それこそ、聡明なロードエルメロイなら「私は才能がないだけだ」と2つ目の事実を自ら口にしそうではあるが。

 

 少しして、心中で怒られるのを覚悟してカグヤは此処に来た要件を口にした。

 

 

 

「教授。私、聖杯戦争に参加したいんです」

 

 

 

 その言葉にグレイは目を見開き、意外にもロードエルメロイは本から目を離し冷静な表情でカグヤを見据えていた。

 教師の親心と魔術師の非情さ。それが半々といった曖昧な表情だ。

 

 

「……何を言っているのか、本当の意味で判っているのか?」

 

 

 ロードエルメロイ二世の声は冷え切っている。

 例えばフラットが同じことを言えば、耳にした途端に怒りを顕にして部屋から追い出したことだろう。もしかしたら先程部屋から飛び出て来たフラットはそういう理由だったのかもしれない。

 或いは遠坂凛が同じ言葉を口にすれば、眉間に皺を寄せながらも至って冷静に相手を黙らせたことだろう。

 しかし、この時のロードエルメロイの様子はそのどれとも違っていた。

 冷徹にして冷血。普段無愛想ながらも決して彼が見せないような表情を彼はしていたのだ。

 同席していたグレイさえも、部屋の隅で息を呑んでしまう程に。

 

 

「冗談であるならば早めに弁解しろ」

 

 

「私は目上の人には冗談は言いませんよ」

 

 

 そう。それが解ってるからこそ、ロードエルメロイは自分が持っている生徒達の中でも、彼女がその言葉を口にするのを何よりも嫌がった。

 その言葉を口にした時点で、彼女はもう決めているのだから。

 もはや引かれてしまったレール。彼女だけが進み、他の誰にも邪魔することはできない。

 それを講師として、二流なれど熟練した魔術師であるロードエルメロイが理解していない訳がない。

 しばらくして魔道書を膝の上に置くと、とんとんと蟀谷に指を当てながらカグヤに問い掛ける。

 

 

「……参加する聖杯戦争は決まっているのか?言っておくが、ルーマニアの聖杯戦争に関しては既に手遅れだぞ。ベルフェバン氏の呼び出した魔術使いが最後に参加した」

 

 

 

 ルーマニアの聖杯戦争。

 第三次聖杯戦争の折に冬木の地から失われた大聖杯「第七百二十六号聖杯」がルーマニアで発見されたことから事件は始まる。

 ナチス・ドイツと共に大聖杯を奪い、隠匿していた〈ユグドミレニア家〉はその聖杯をシンボルに掲げ、魔術協会からの離反を宣言する。

 それを討伐すべく派遣された魔術協会の部隊はユグドミレニアのサーヴァントに壊滅させられてしまうが、最後の生き残りが大聖杯の予備システムの起動に成功。

 これにより本来の7騎に加えて更に7騎、計14騎ものサーヴァントを召喚することが可能になった。 

 ユグドミレニアの7騎のサーヴァントに対抗すべく、魔術協会側の魔術師もまたサーヴァントを召喚し、戦争の参加を余儀なくされた。

 

 

 勿論、カグヤもその話は耳にしていた。

 耳に入れていた上で、同時に自分向きではないと即座に参加は諦めてもいた。

 

 

「あっちには元々参戦つもりはありません。チームプレイとか、私苦手なので。聖杯を使うのも私欲の為なので魔術協会の利益とか全く考えてませんし」

 

 

 よくまぁここまで正直になれるものだと、目の前のホムンクルスのような少女に嘆息しながらも、ロードエルメロイは次の心当たりを口にした。

 

 

 

「では、ナミブ砂漠に出現したあの〈要塞〉のか?」

 

 

 

 どうやらロードエルメロイの二つ目の心当たりは当たったようで、カグヤは表情を変えずに頷いた。

 

 

 アフリカ大陸。ナミブ砂漠中心部に突如として現れた巨大な要塞。

 周囲には特殊な結界が張られており、使い魔であろうと一定の条件を満たさないと城壁に近づくだけで、粒子レベルまで分解されるらしい。既に魔術協会が数体の使い魔と偵察を送ったが、何れも案の定消息不明となった。

 どうやら城や四層の城壁の素材に使われている黒曜石のような暗黒色の石が原因で生じている結界のようだが、詳しいことは不明。

 何故突然現れたのか。

 頭を抱える魔術協会に向けて、要塞の主人と思わしき男から伝達が入ったのはついこの間のことだ。

 

 

 

『私は古き魔術師だ』

『我が人生にも終わりが近い』

『残り僅かな人生の手向けとして、私は魔術協会に協力を仰ぎたい』

『私は近々祭りを執り行う』

『その為に舞台も用意した』

『我ながら立派なものを用意したが、君達魔術協会はこれを容認しないだろう』

『しかし、どうか放っておいてほしい』

『行く先短い老人の切なる願いだ』

『代わりと言ってはなんだが、魔術協会の中から参加者を1人設けることにする』

『古き友人の知識を借り受けて造り出した〈願望器〉が欲しければ集うがいい』

 

         ――ガクべリア・ハーベスタリオン

 

 

 

 死に体の老魔術師を名乗る手紙の主の素性を調べたところ、確かに過去に時計塔に実在した魔術師であった。

 当時において、他では実現不可能とまでされた結界魔術を実案して〈封印指定〉を受けた魔術師であった。現在ではそれは解かれているが、数十年隠居していたと記録には残っている。

 さて、この年寄りの世迷い言を、魔術師の総本山である魔術協会はどうしたか。

 結果は現状放置。放っておいても実質的な脅威にもなる可能性が低い案件なのだ。そもそも件の老魔術師が語るように亜種であっても聖杯がある可能性は低い。

 それに、侵入を許可されていない者は容赦なく処分される空間にわざわざ立ち入ろうとする魔術師はおらず、参加したい物好きは時計塔の中で何処よりも中立である〈法政科〉に連絡を、ということで話は纏められた。 

 

 更に手紙が入っていた封筒にはご丁寧に、『時計塔からの擬似的な聖杯戦争への参加を許可する』ことを明文化した自己強制証分(セルフギアス・スクロール)まで同梱していた。

 自らの魔術刻印の機能を用いて術者本人にかけられる強制の呪いは、原理上、いかなる手段を用いても解除不可能な効力を持つ。例え命を差し出そうとも、次代に継承された魔術刻印がある限り、死後の魂すらも束縛されるという。

 

 

「無謀だな」

 

 

 少々棘のある言い方で、ロードエルメロイはカグヤの覚悟を突っ返した。

 

 

「周囲には何もない。中の様子も解らない要塞の中で聖杯戦争に挑む?無謀にも程がある。もし主催者であるハーベスタリオンとかいう老魔術師が刻印狙いの悪徳魔術師だったらどうする?入った時にはもう相手の術中だ。抵抗することもできずに剥ぎ取られるぞ」

 

 

 ロードエルメロイはいつも異常に饒舌に語る。

 その様子からして、自分の教室の生徒を無謀な戦争に参加させたくはないのが見え見えであったが、カグヤもそれを笑い話のように口にしたりはしない。

 むしろこの教師の優しさに彼女は少しだけ感謝しているぐらいだ。

 

 

「無謀だと、本当に御思いですか?」

 

 

「……?何を……?」

 

 

 その時、信じられないことに壬生カグヤは嗤っていた。

 傍目から見たグレイも、その様子に目を奪われた。

 あの機械人形のような女が、笑み浮かべているのだ。

 それも冷たく、だからこそ酷く妖艶な。

 

 普段から、結界や簡易な魔術を発動できる使い捨ての魔術礼装である葉巻を愛用しているロードエルメロイは気付くのが遅れた。

 今日は偶然にも〈魅力(チャーム)〉の魔術対策の葉巻を吸っていたのだ。

 彼の聡明な推理力は、すぐに生徒の単直過ぎる策の正体を見破った。

 

 

「まさか、独学で〈魅力〉の魔術を取得しているとはな……しかも仮にも師相手に使うか、普通」

 

 

 悪態をつきながらもロードエルメロイは部屋の隅で惚けている弟子に目をやる。

 頬を赤らめて情熱的な視線をカグヤに送ってる有様から、自分はそうなっていたらどれ程無様か考えるだけでも悍ましい。そんなことが義妹にしれたら、死ぬまでからわれる種になる。

 

 同時に、自身の目の前に居る生徒の才能にも冷や汗をかいた。

 専用の対策をしていても、壬生カグヤという人物が魅力的に見えてしまう。

 勿論、葉巻のおかげで陶酔する程ではないにしても、その在り方はかつて彼が目にした人間の美の最頂点“黄金姫”を連想させる程だ。最も、彼が目にした時黄金姫は既に死に絶えていたのだが。

 

 

「先生が魔術師に対して『普通』だなんて言葉を使うとは想いませんでした」

 

 

 そう言葉を返すカグヤの表情は既に元の無機質なものに戻っている。案外、先程までの冷笑も〈魅力〉の魔術が見せた幻覚なのかもしれないが。

 合わせて、グレイも正気を取り戻したようで、今では目を擦ってはカグヤの顔を見てを繰り返している。

 しばらく考えた後、ロードエルメロイは未だ納得していないのを隠さずに苦渋の決断を下す。

 

 

「……〈法政科〉には私から話を通しておく。お前は」

 

 

「フラットさんに気付かれないようにアフリカに飛ぶ」

 

 

「……その通り」

 

 

 皮肉にも、今ロードエルメロイの目の前に居る少女は彼が見てきた生徒の中で最も彼の言うことに従順な生徒でもあった。それ故に、講師として今回の騒動に参加させたくない気持ちは大きいのだが。

 

 

「準備は出来ているんだろうな?」

 

 

「いえ。これから荷造りを始めます」

 

 

「お前なら問題はないと思うが……グレイに手伝わせるか?」

 

 

 さり気なく自身の弟子を使用人として使わせようとする辺り、ロードエルメロイという男も意地が悪い。実際、カグヤがナミブ砂漠に行くことにも反対なのに、グレイを危険な聖杯戦争に参加させたりは絶対にしないだろうが。

 それを理解しながら、ロードエルメロイの提案にカグヤは首を横に振る。

 

 

「いえ。色々と考えたいこともあるので、これで失礼します。グレイは……帰ってきてからお借りします」 

 

 

 傍から見ているグレイが視線を感じて身震いするのを気にも止めず、恩師に頭を下げてからカグヤは部屋から退室しようとする。

 その背中に、ロードエルメロイが最後の問を投げ掛けた。

 

 

「もし本当に願望機があったとして。それを手にした時、お前は何を願う?」

 

 

 それは魔術師であるならば共通の答えが返ってくる筈だった。

 根源への到達。全ての魔術師の悲願。

 そう応えるべきだと、ロードエルメロイは思った。

 しかし振り返った壬生カグヤの表情は――あまりに魔術師のそれとはかけ離れていた。

 壬生カグヤという少女を彩るにはあまりに珍しい、花園で穏やかに微笑む少女のそれ。

 

 

 

「行方不明の恋人を見つけること、です」

 

 

 

 それっきり壬生カグヤはロードエルメロイの研究室を後にした。

 部屋に取り残された2人の位置は動くことなく、本棚にもたれ掛かっていたグレイがやがて吐き出すようにして言葉を紡ぐ。

 

 

「相変わらず不思議な雰囲気な人ですね……何だか、クレオパトラとかああいう人なんじゃないかって思います」

 

 

「どうだかな。事実は小説より奇なり、いやこの場合は歴史か。……アレを美しく思うのは解るが、人間的な美しさとはまた違うと思うぞ」

 

 

 弟子の言葉に、既に意識を半分魔道書に移したロードエルメロイが返事をする。

 グレイは少しその言葉を意外だと思った。

 滅多に人を褒めることがないあの師匠が、自分に同意して人を褒めたのだから。

 しかし実情は少し違っていた。

 

 

「アレの美しさはホムンクルスのそれに近い。美しくなっていく人間らしさよりも、産まれた時から完成している人形にな。故に奴はこれ以上成長しない。アレが完成形。完成した人間であり、魔術師である。全く妬ましい」

 

 

「師匠も美しくなりたいんですか……?」

 

 

「ファック、と言いたいところだが、どうだかな。私が妬ましいと思っているのは奴の在り方だよ」

  

 

 それ以上の言葉を紡がず、ロードエルメロイは瞼を瞑って物思いにふける。

 

 

 『帰ってくる』。

 部屋から退出する前に壬生カグヤはそう口にした。

 実際に聖杯戦争に参加したロードエルメロイはあの戦いの非情さをよく知っている。

 魔術師の理解さえ超えた力で現世を荒れ狂う英霊達、そんな英霊を消耗品扱いする魔術師達。

 正にこの世の地獄であったが、あの戦いがあったからこそ自分も多少なれど成長できたと自覚している。

 そんな戦いに臨むというのに、彼女は帰ってくると言った。

 

 

 かつてウェイバー・ベルベットという名だった男が思い起こすのは最果ての海。

 波の音をただ聞き、その広大で果てしない大海を見つめるあの王の背中。 

 彼のような英霊を呼び出すのであれば、自分の生徒の心配などしないのだが。今も大事に保管してあるあの触媒を渡すべきだったかと後になって後悔しながら、

 

 

 

 

 ――そんな後悔を押し潰すように、数日後、壬生カグヤによって時計塔に前代未聞の事件が発生するのであった。

 

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