Fate/ragnarok Change   作:フーリン式

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第マイナス8夜「ノスフェラトゥ」

 

 

「問おう――汝が我輩を棺から呼び覚ます不届きものであるか」

 

 

 目が覚めた時、彼は古びた家の中にいた。

 

 カーテンは閉められ、最初は灯りもつけられていなかったが、夜目が効く彼には部屋の様子は問題なく見て取れる。

 部屋の中は彼が〈聖杯〉から得た現代の家の内装とは少し違っていて、年着物の絨毯や壁に掛けられた動物の剥製などは近代貴族の屋敷を連想させる。

 辛うじて現代らしいものがあったとするならば、それは背後で喧しく騒いでいる映像を流す板ぐらいであろうか。

 

 そんな彼の目の前に居る人物達は、立派な部屋に比べて現代らしい洋装に身を包んでいる。

 上質な素材で製造されたソファに深く腰掛けながらワイングラスを片手に持つ30代の美丈夫と、そのすぐ後ろの台所で何やら料理をしていると思わしき美女。

 男も女も、おそろいのセーターとジーンズを着ていることからおそらくは仲慎まじい夫婦なのだろう。

 突然現れた来訪者に気がついているのはソファに座っていた男の方だけで、彼はワイングラスを落としそうになるのを必死に我慢しながら口を魚のようにパクパクさせている。

 無理もない、と彼は納得した。

 大凡の大衆の〈恐怖の対象〉とされる彼からしたら、自分を目にした人間は恐怖を覚えない方がおかしい。

 しかし、彼の含み笑いも虚しく、立ち上がった男は如何にも嬉しそうな表情で台所で料理を続ける妻に呼び掛ける。

 

「おぉい!!エミリア!!ホントに来ちゃったよ!!」

 

 まるでふざけて呼んだ友人が、本当に家に来訪してきたように。楽しさと驚きが入り混じった声であるのが、どうにも彼には気に食わない。

 呼び掛けれて台所から顔を出した女の方も、彼の顔を見るなり豊満な胸の前で手を合わせて嬉しそうに微笑している。

 

「えぇ〜――あら、あらあらあら。あらぁ〜」

「そんなこと言ってないで早く!早く!!」

 

 どうにも危機感のない夫婦だ、と彼は思わず顔を顰める。

 彼は英霊同士が雌雄を決する戦争――〈聖杯戦争〉に呼ばれた筈だった。曰く、その戦いに生き残れるのは一組のみ。他六騎の英霊を全て八つ裂きにすることが勝利条件とされる、苛烈な殺し合い。

 ならばこそ自分は呼ばれた筈なのだ。彼は意気込んでこの場に召喚された。

 

 だというのに出てきてみれば、主人と思わしき両夫婦はまるで観光名所のマスコットと相手にするような喜びっぷり。何処からどうみても聖杯から呼び出された英霊を敬う気持ちはなさそうだ。

 夫に促されて妻が写真機を持ってきたところで、たまらず彼は再度口にした。

 

 

「問に応えよ。人間。我輩を呼び出した不届き者は――汝で」

「あーっ。もうそういうの後でいいじゃないか!ね!俺達は君に会えて嬉しいんだ!」

「そーよ。まずはゆっくりお話しましょ?」

 

 

 邪気のない笑みで夫婦は彼の両サイドに詰め寄ってくる。まるでホームステイしに来た外国人の子供を優しく迎え入れるように。

 見たところ、彼らは魔術師ですらなかった。確かに夫婦の何方かからの魔力の繋がりは感じるし、足元には召喚する時に何かの動物のもので描かれた魔法陣も存在する。

 しかし、彼らには秘匿を重んじる魔術師らしさが一切ない。自分達の研究の為なら他社を道具として扱わない非情さがない。

 更にはティーカップまで用意し始めた現状に、いい加減英霊しての矜持を怪我されたような気分になって、等々彼は溜息を吐いた。

 

 

 ――同時に、彼の身体が一瞬にして黒色の霧となって部屋中に霧散し、周囲に居た夫婦の身体が不可逆の力で切り刻まれる。

 

 

 霧から元の黒色の衣服とハットを被った長身の男性の姿に戻ると、彼は冷え切った目で床に転がる肉片達に目をやる。

 自分が生き長らえる為の糧にしてやろうかとも思ったが、サイコロステーキのようになった人間を養分にするような悪趣味な怪物でもないと彼は自負していた。

 

 彼は誇り高い怪物であったのだ。

 

 夫婦は自分のような怪物を使役できる器ではなかった。

 だから殺した。その事に何の躊躇いも後悔もない。

 唯一不安があったとするのであれば、それはこれからのことだ。

 彼には聖杯に託す願いが在る。とすれば、彼には当然主人(マスター)が必要であった。

 まずはそこからか、と足元に散らばった肉片などには目も向けず、彼は窓硝子を叩き割ると夜の街に足を伸ばす。

 背中から羽を生やして飛んでいくのも容易いが、今夜に限っては彼はこの地上を歩きたい気分であった。

 

 

 

 

 

 

 主人を殺し、怪物は1人外に出る。

 煉瓦造りの街。空を見上げても星は無く、街灯の光だけが人々の暮らしを彩る。

 談笑にふける男達に、路上で寝る酔っぱらい。これから恋人と合うのかヒール姿でスキップする女。その誰1人として数刻前にこの黒衣の男が中慎ましい夫婦を殺した怪物だとは思いもしないだろう。

 当の怪物自身も、その事実を取るに足らない過去だと忘れかけていた。

 そんなつまらない記憶よりも、彼の目を惹くのはやはり街を行く人々だ。

 人々の姿を見て、生前の人生を思い出すーーなんて真っ当な感性はこの化物には備わっていない。

 

 

 ーー異様だ。

 

 

 端的に大した根拠も無く化物はそう思う。

 空の色からして今は夜の筈だ。だというのにこの街はまるで昼のような賑やかさを持っている。何か催しものがあるのなら別段不思議な話でもないのだが、そういった会話が聞こえてくることもない。

 また見上げた空も異様であり、星どころか雲も月も無い。

 まるでペンキで塗りつぶしただけかのような空を見てこの街が普通の街ではないと判断し、怪物の口角が狂気に歪む。

 嬉しそうに、嬉しそうに。

 存在自体が異様である化物には、異様な世界など身体の一部も同じ。

 故に、飲み込んでしまいたくなるのだ。

 

 

 

「【不死身の鮮血王(ノスフェラトゥ)】」

 

 

 

 吐息と共に漏らされた短い宝具発動宣言に、彼の脚から次々と『黒い沼』のような物体が広がっていく。

 

 

「〜〜♪……あ?おぉっ!!?」

 

 

 最初に引き込まれたのは近くで寝ていた酔っぱらいであり、地面に触れていた自分の手が何かに沈み込んだかと思うと一気に引き込まれて消えていく。

 正に底無し沼に引き込まれていくように。

 頭から爪先まで完全に沼に溶け込んでしまうと、其処にはもう酔っぱらいを形成していた痕跡は何も残らなかった。

 ただただ『黒い沼』がまた広がるのみ。

 そして、沼がその規模を広げるということは酔っぱらいのような犠牲者が増えるという悪夢に繋がっていく。

 

 

「ひっ!!?なんだこれ!?」

「助けてぇ!!!助けてぇ!!!」

「おぇっ!やだ、入ってこない、で、おぉっ!!?」

 

 

 1人、また1人と沼に人々が沈んでいく。

 沼の進行速度は遅くとも入り組んだ街に逃げ場は少なく、逃げ回れば逃げ回る程沼は街をよりいっそう黒く染め上げていく。

 化物はこの宝具の力の一端を単なる『食餌』としてだけ使った訳ではない。

 誘き寄せているのだ。わざわざ宝具を開帳してまで、この異常を作り出した元凶を。

 続々と飲み込んでいく人々の悲鳴を肴にし、ただ狂気の絶叫を浮かべ。

 

 

「くっくくっくはははっーーーうぐっ!?」

 

 

 浮かべ、そうして今まで経験したことのない嗚咽を抱いた。

 背中を丸め、口元を抑え、ただ何かを憎悪する。

 敵の攻撃を既に受けていたか。否、そんなものは受けていない。そんなものを見逃す筈が無い。

 ならば何故だ。考えても考えても答えはでない。

 悲鳴しかないこの空間で、意味不明な吐き気の正体を説明してくれる者は誰も居ない。

 

 

「な、なんだ……これは……これはっ……!?」

 

 

 まるで誤って日の光を浴びた時のような。聖職者に十字架を突き付けられた時のような。あの涙を生み出す植物の痛烈な臭いを嗅がされた時のような。

 しかし、しかし何だこれは。何故そのような悪寒が今現在進行形で我が身に起きているというのか。

 

 怪物は堪らず翼を広げる。

 黒い沼同様、自己改造スキルにも似た宝具にて生み出した仮初の翼ではあるが、それは質量を持った本物である。

 風を切り空を飛ぶ。

 飛べば眼下に広がるのは中世ヨーロッパの町並みだ。夜故人こそ少ないが、静かでありながら人々の生きる様子がはっきりと目視できる。

 その点は別段おかしくはない。異様ではあるまい。

 異様であるのは、彼の飛ぶ空の方だ。

 ある程度の高度まで達したとき、彼は空の異様さに気が付いて急速に速度を遅める。

 そうしなければ彼は『何か』に激突していたからだ。

 

 

「……何だ、これは」

 

 

 驚嘆の声を上げながら化物は『空』に触れる。

 街を覆う空。一見夜空にしか見えないそれは、実際は本物の空ではなかった。

 夜空を絵に描いたただの天井。

 行き止まりが彼の空の正体だったというのか。

 いや、そうではない。化物が生前に、或いは数多の伝承にて目にしてきた空は遥か遠い宇宙にまで続いていた。

 ならばこの行き止まりは何だというのか。

 判らない。判らない。判らないことが多過ぎる。

 先程の吐き気といい、この空の壁といい。

 

 この聖杯戦争は異様に過ぎる。

 

 

「……ッ……あぁ、あぁ、あぁっ。待っていたぞ」

 

 

 異様に過ぎる世界の中、化物の知っている気配が地上にぽつり。彼を呼ぶかのように現れる。

 実際に見知った相手という訳ではないだろう。しかし彼は知っている。その相手がどんな存在なのかを。

 恐らく自分と同じ化物ではないだろうが、それでも『サーヴァント』であることには変わりあるまい。

 理解が追いつかない事態ばかりで混乱していた脳にサーヴァントとして今最も明確な目的が出来た。

 敵を倒せ。

 それこそが座より呼ばれたサーヴァントの成すべき目的である。

 場所は既に把握済み。西方に位置する塔の上に『敵』は居る。

 再度、生み出したばかりの黒き羽を羽撃かせる。

 悩むのはもう辞めた。そも、この世の謎を解き明かすことなどは探偵の仕事であり、謎を生み出す側である化物が成すべき仕事ではない。

 化物はただ喰らい殺すのみ。

 ならばその在り方に従おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地に到着。

 天空からの急降下。屋根をも吹き飛ばす着地を目にしながらも、化物の『敵』は一切動じない。

 

 

「……」

 

 

 化物は民家の上。敵は低い塔の天辺。両者の間には僅かな距離がある。

 化物と同じく、敵は黒の衣装を纏っていた。

 黄金の髪に、黄金の瞳。

 露出の多い黒のドレスを身に纏った姿は不思議(ミステリアス)な雰囲気を身に纏った何処ぞの貴族のようにも見えるが、実際はそうではないだろう。

 何しろその手には剣が握られている。

 刀身は長く、そして歪んでいる。

 見た目だけではどうにも真名の判別が付きにくい。戦う前にどうにかボロを出さないものか、そう思っていた矢先敵は意外にもあっさりと口を開いた。

 

 

「ほぉ。気を放てば何処ぞの猛者が喰らいついてくるものと思っての行動であったが、まさか本当に釣られるものがあったとはな」

 

 

 傲慢にして不遜。

 しかして何処かその口調や仕草には愛らしさがある。

 何しろ相手は少女の出で立ちをしているのだ。だからといって化物は全く油断することなく、構えながら両方の手の指を鳴らす。

 

 

「釣られてやったのだ。黒き乙女よ。汝が鮮血、我輩に差し出せ」

 

 

「ほぉ。鮮血と申すか。ならば『赤』、『赤』を欲するか」

 

 

 ーー戦いを前にして色?

 一体何の話をしているのかと疑問に思った化物の目に写ったのは、それまで冷血であった表情を一瞬にして溶かした黒き乙女の憎悪の笑顔。

 

 

「『余の最も憎む色』を、軽々しく口にするな……

!!」

 

 

 

 瞬間、あまりにも激的に戦闘は開始された。

  

 言わずもがな先に動いたのは黒色を身に纏いし少女剣士であり、塔の頂上から斜め下に降下する。

 そのまま刹那的に化物の眼前に飛び込むと低い身長を膝を折り曲げた姿勢で更に低くし、舞うように回転して剣を振り上げる。

 

 

「ッ!!」

 

 

 正に間一髪。

 目にも止まらぬ攻撃を化物はほぼ勘にも等しい自己防衛本能で回避すると、反撃もままならぬまま後方へと飛ぶーーのだが敵の攻撃は緩まならない。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 黒き剣士が足場にした屋根を蹴り再度の加速。

 再び黒き刃が化物を狙うが、今度こそ化物は逃亡ではなく対応に転じた。

 

 

「【不死身の鮮血王(ノスフェラトゥ)】ッ!!」

 

 

 2度目の宝具の開帳。 

 聖杯戦争の大原則として、真名がバレるのは最も避けるべき事態であり、弱点の露見にも繋がる。宝具を使うのは極力避け、大事な戦の時のみ使用する。

 それが大前提に置かれてからこその聖杯戦争の戦いというものなのだが、しかし化物はそうは言っていられない。 『正規の英霊ではない』彼にとって、英霊というのは最も危険視しなくてはならない存在。手を抜くことなどできないのだ。

 何故なら、化物を殺すのはいつだって血気盛ん勇猛果敢な英雄であるのだから。

 

 宝具を使用してすぐ化物の手には黒き槍が握られる。 

 黒き剣士が手にしているものは違い、何の装飾も施されていないただただ塗り潰したように真っ黒な黒き槍。

 化物が槍を手にした数秒後には剣と槍がぶつかり合う衝撃波が辺りの屋根を吹き飛ばしていた。

 

 

「貴様、やはりワラキアの王か」

 

 

 真名掴んだり。そう言いたげな自信満々な表情で槍を弾き飛ばす黒き剣士に対して、しかし化物は体制を立て直しながら訝しげに眉を潜める。

 

 

「……何?」

 

 

「ん?外れたか?その黒き槍、先程の発言からして……ルーマニアに名高き串刺し公。ドラキュラ伝説の代名詞であるかの英雄と予想したが、どうか?」

 

 

 剣を足場に突き刺し冷酷な笑みで他愛も無い話だと語る黒き剣士に、化物は内心首を傾げる他無い。

 串刺し公。その名は知っている。かつてオスマン帝国の進行を幾度に渡って阻止した、救国の大英雄。

 打ち負かした敵を槍で突き刺し見せしめにする。その残忍かつ残酷な悪魔の所業は聞く者全てを震え上がらせる。

 祖国には英雄として。敵国には悪魔として。

 そして後に全世界を震撼させる吸血鬼ドラキュラの祖として、彼の大英雄の名は記憶している。

 

 しかし、それだけだ。

 知っている。記憶している。それはただの記録に過ぎない。

 召喚される際に聖杯より渡される情報の1つの筈だ。

 しかし、しかし何故。その英雄の名はサーヴァントの心臓とも呼べる化物の霊核を揺るがすのだろう。

 

 

「そんな名はーー」

 

 

 知らない。とは言えなかった。

 

 

「……?っ??」

 

 

 疑問疑問疑問。

 人々の行動、謎の嗚咽、空の壁。

 現界してからというものの意味不明、理解不能の謎だらけではあったが、これはまた違う。

 有り得ない有り得ないーー何故ならこれは、自己に関する疑問。

 考えてみれば、否考えるまでもない事柄だから気が付かなかったのか。

 

 

「我輩は……」

 

 

 

 

 誰だ。

 

 

 

 

 

「ふむ、些か訳ありのようだが……来ぬのなら此方から行くぞ」

 

 

 黒き剣士が再び構え、そうして再び弾丸のように射出される。

 幾ら人智を超えた化物といえど、英霊の本気の一撃を受けてはひとたまりもない。しかし混乱した頭では回避も間に合わない。

 どうするべきだ。どうするべきだ。

 考えても考えても混乱は収まらずーー

 

 

 

 ーーそんな化物(じぶん)救う者(マスター)の背中が眼に映った時、彼の脳は暴発寸前にまで陥った。

 

 

 

「くぅっ!!」

 

 

 事態は一瞬の出来事だった。

 黒の剣士が薙ぎ払うように奮った剣は、しかして化物の横腹を切り裂くことなく、真下から屋根を突き破って現れた歪な髑髏のステッキによって阻止された。

 それだけではない。

 乱入者は黒き剣士の剣を弾き返すと同時に、空中で姿勢を低くしてその腹に蹴りを叩き付けたのだ。

 

 正体不明の乱入者に冷ややかな表情を崩さずとも黒き剣士は思考する。

 見覚えのある乱入者に化物はただ目を見開く。

 英霊を退けた乱入者の正体。

 それはつい数十分前に化物が切り裂き肉塊にしたあの夫婦の夫の方だ。

 

 

「ふぅ〜〜。なーんとか間にあったぜぇ。再生するのに時間掛かり過ぎたな、歳かなエミリア?」

 

 

 乱入者の男はこの緊迫した戦場には似合わない口調で手にしている杖に語り掛け、

 

 

「フフッ。私は貴方がもしお爺さんになっても大好きよ、カイン」

 

 

 杖は一度泥状の液体に変質してから、黄金の髪が眩しい赤目の美女へと変化した。

 

 

「いやぁ〜俺の方が好きだぜっ?」

 

 

「えぇ〜?もぉ、私のほうが〜」

 

 

「いやいやいやいや」

 

 

「いえいえいえいえ」

 

 

 この状況に似合わないどころか遂にはいちゃつき始めた男女にいい加減嫌気が差し、黒き剣士が再び疾走する。 

 今度こそ仕留める。誰が見てもそう決心しているのが丸わかりな明確な殺意を持った眼差しでの急接近。

 戦闘に疎いサーヴァントであるならば押し負け、人間であるならばほぼ確実に仕留められてしまう一撃を前にして、カインと呼ばれた男は逃げはしない。

 動かすのは自分の右手と、愛する女性に向ける瞳のみ。

 

 

「じゃ、頼んだぜエミリア。これが終わったら映画の続きだ。あの子も混ぜてな」

 

 

「はぁいカイン。またお料理作らなきゃね」

 

 

 黒き剣士に向けられたカインの手に、黄金の美女エミリアの両手が重ねられる。

 すると途端に周囲に蛍のような光が煌めき出し、ここら一体を無数の小さな光球達が覆い尽くす。

 移動しているが故に光球に触れ、肉を切られた黒き剣士は、その光が熱量を帯びていることに誰よりも先に理解したが、時既に遅し。

 

 

「悪いんだけどさ、今日は大事な用があるんだ。遊びに来る時は先に電話してきてなっ!!」

 

 

 カインの決め台詞と共に光球達が一斉に輝き出し、やがてそれぞれから黒き剣士に向けて集まり空中に押し上げると、一気に爆破した。

 

 

「なーーっぁぁああああああああ!!!?」

 

 

 光が消失した後は敵の姿も、硝煙も何も無い。

 後に残ったのはまたあの天井のある空だけで、残ったのはまだ混乱を抑えられない化物1匹の、正体不明の乱入者2人。

 振り返った男女に対し、化物は警戒心有り有りで構えを取る。

 殺した筈の人間が生きている。もしくは殺したと見せかけられたか。どちらにしても魔術師か真っ当な人間ではあるまい。

 令呪を使われる前に殺してしまおう。

 そう考えてもサーヴァント相手にあそこまでの攻防を見せた相手に迂闊に動けない化物であったのだが、夫婦はそんな彼の気持ちは預かり知らぬと言った様子で腰をかがめて内緒話をし始める。

 

 

「おいおいエミリア。なんか怖がられてるんだけど。俺、ペットとか飼ったことないからああいう脅えた子の扱い方知らないよぉ〜どーしよぉ〜」

 

 

「大丈夫。誠心誠意、私達は敵じゃないよぉ〜って伝えればきっと心を開いてくれるわ」

 

 

「そういうもんかな」

 

 

「そういうものよ」

 

 

 女の方に励まされて、やがて襟を但しながら男の方が化物の前へと歩み寄ってくる。

 しかし、いざ尋常に死合おうと口に出さずともそう伝えている化物に対し、カインは慌てて両手をジタバタさせる。

 

 

「いやいやいやちょっ、ストォップ!!ストォップ!!敵じゃない!!俺らはエネミーじゃなぁい!!ミカタぁ!!ミカタミカタミカタぁ!!」

 

 

「………貴様らは、なんだ」

 

 

 殺す前に問うて置かなければならない。

 自分に此処までの不快感を与えた相手に対し、何故だが率直にそう感じた化物に対して、カインはよく訊いてくれたと言わんばかりに表情を明るくする。

 傍らに美女。自信満々に胸を張って、鼻の下を指でなぞり、カインは意気揚々とご近所の耳など関係無しに宣言した。

 

 

「俺はカイン!んでこっちは嫁のエミリア!偉大なるドラキュラ伯爵!不死の王(ノスフェラトゥ)よ!俺達はアンタのーーー広い意味でのご同郷さ!!」

 

 

 

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