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飛行機に乗ること数時間。
壬生カグヤにとって、初の海外旅行となったアフリカの大地はやはり日本の感覚とは全く違う。
魔術師としては零脈の経路が若干違うことなどが気にかかるが、一般人でも空気の違いなどには気が付くだろう。
また、人々の意識も平和ボケした日本とは全く違うように思えた。
人通りが多いのは日本とは変わらないが、その意図が彼女の祖国とは全く違う。
彼女が目にしたアフリカの人々はその殆どが生きることに必死だった。
二十一世紀を迎えた今でも、その現状はあまり変わっていない。最近では致死率の高い病が流行るなど、やはりこの大陸は昔の不幸な運命を土地に残しているようにも思える。
それでも、壬生カグヤはこの大地が嫌いではなかった。
喉を焼く熱い空気も、喧騒も。
彼女の人形のような外見には全く似合わないというのに、彼女の表情は何処か穏やかだ。
時計塔ではエルメロイ教室などを除いて、殆どの魔術師が事故の利益の為だけに研究に没頭し、何不自由なく我が物顔で暮らしている。
その点についてはこのアフリカの大地とも代わりはない。皆生きる為に必死であり、その為に他者を蹴落とすことも厭わない。
それは悪ではない。裕福な世界層から見れば無様と避難されるかもしれないが、カグヤの持論からすれば「生きる為には仕方なかった」の1言は何よりも力を持つ免罪符となる。
電車に揺られること数時間。
押し入れに詰め込まれる布団のような気持ちで乗り続けた電車もやはり日本とは勝手が違う。
暫くして目的地につくと、電車に乗っていた人々が一斉に降りて各々の仕事場へと走り出す。
対してあまり急ぎでもないカグヤは、白のワンピースに麦藁帽子という軽装で、キャリーバック片手に悠々と歩き出す。
整備されていない地面はなんとも歩きにくく、どうにも魔術で軽量化したとはいえキャリーバックが引きにくい。
日差しも随分強かったが、それに関しては時計塔を出る前に先輩であるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトから秘伝の日焼け止めを貰ったので心配ない。断熱効果もあって暑さも軽減されているので快適なぐらいだ。
暫く歩いたところでカグヤは懐のポケットから紙切れを取り出す。
小さな紙にはこのアフリカの大地で出会うはずの案内人の名前とその人物と街合わせをしている場所が書かれている。
といっても、初めての海外旅行。当然地理感は無く、目的地に辿り着くには現地人に地道に尋ねるしか方法はない。人混みに入ると訊けなくなると思ったので、その手前にあるベンチで暇そうにしている屈強な男達に声を掛けることした。
「すいません。少し、道を尋ねてもいいですか?」
現地で使われている言葉は移動中に一通り全て〈暗記〉した。その程度であるならば、魔術を使わずともどうとでもなる。
といっても、それが流暢であるかどうかを問われると、当然日本語訛りは取れないのではあるが。
屈強な男達のうち、奥のベンチに腕を広げて寛いでいた黒人の男が目を細めて首を傾げる。
「……なんだい?日本人のお嬢ちゃん?」
対応は紳士的な男達であったが、その視線からは異国の美人を食らうことと金品を奪おうとしていることが見え見えであった。
だからといって別段カグヤはそれを追求したりせず、聞けることさえ聞けたらいいと問を投げ掛ける。
「―――って店。知りませんか?」
異国の美人の問に、男達は何がおかしいのか高笑いしながら頷いた。適当感満載の乱暴な頷き方で。
「ああ、知ってる!知ってる!知ってるからついてこいって言ったらついてくる?」
「ええ」
これはそっちも乗り気なのではないかと、ベルトの締めを緩くした男達は、カグヤの肩を抱いて路地裏へと消えていった。
――その後、自分達がどういう目に合うか知らずに。
●
路地裏に入った男達の気分が晴れていたのは、ほんの一瞬だった。
路地裏には更に数人の男達がおり、カグヤを取り囲むようにして更に奥へと連れて行く。
そして地面に倒れる薬物中毒者達以外、彼らの仲間で路地裏が埋まった時、リーダーと思われる男が下卑た笑みと共にカグヤの頬を撫でようとした。
その一瞬。
彼らの視界が一瞬暗黒に包まれたかと思うと、次の瞬間には全員地面に倒れ伏していた。
十数人は居た屈強な男達が、地に上げられた魚のように身体を苦しそうにバタつかせて。
その中心に立つ女はそんな彼らを一瞥することもなく、子供が白線を踏んで遊ぶ要領で、地面に転がった男達を踏まないように空いた地面に跳びながら移動する。
再度、路地の喧騒に身を任せようとしたその矢先、照り付ける太陽の光が何かの影によって遮られる。
見上げると、カグヤとそれほど身長の変わらない男が1人、通せんぼするように路地への出入り口に立っていた。
現地人ではない。
やや焼けた肌は黒ではなく褐色で、顔の作りも東洋人のそれだ。
如何にも気弱そうな優男といった風貌の男は、着ていたシャツに汗を滲ませながらカグヤに声を掛ける。
「こ、こんにちは」
日本語だった。
日本人なのかそうではないのかカグヤには判別がつかなかったが、どちらにしても気を遣ってくれていることには変わりない。
愛想笑いなど出来るほど器用ではない自分にうんざりしながら、できるだけ愛想良くと心掛けてカグヤも挨拶を返す。本人は知らないが、彼女の無表情はそれはそれで大変哀愁のある表情なのだ。
「こんにちは。貴方は誰かしら?」
問い掛けると、青年は変わらず優しい笑みを浮かべて答えてくれた。
「〈城主〉、ガクべリア・ハーベスタリオンの遣いの者です。少しそこまで同行願いますか?」
男の双眸を見て、声や表情に出さずともすぐにカグヤはある事実に気が付いていた。
――この男性は魔術で意識を乗っ取られている。