あるいは十六夜咲夜VSカリスマブレイクなレミリア・スカーレット+パチュリー・ノーレッジ戦。
時を止める相手にどうやれば勝てるのかを考えただけのSSです。
左目に眼帯。
事の始まりは左目の痛みだった。別に耐えられない痛みではなかったが、私は親友のパチェに診てもらうことにした。
地下へと続く階段を降りていく。この館――紅魔館に住む者は全部で四人。主である私、レミリア・スカーレット、妹のフランドール・スカーレット、門番である紅美鈴、魔法使いのパチュリー・ノーレッジ。
パチュリーいやパチェはいつも館の地下の図書館に閉じこもって、集められた蔵書を読みあさっている。紅美鈴は門番としての仕事だけでなく、館の掃除や食事の用意などの雑用をしてくれている。妹のフランは図書館とは別の地下に閉じ込めている。私と同じ吸血鬼で日の光は弱点ではあるが、それ以上に妹の持つ能力ゆえに、私は意図的にそうしている。
百を超える部屋を備えたこの館の大きさに似合わず、四人しか住んでいないのはひとえに妹の能力に対して適性があったからだ。そもそも四百五十年前に外の世界からこの幻想郷に進入したのは、妹が――
止めよう。昔のことを考えると気分が落ち込む。
幸い妹は今の生活に満足している。
私がパチェに相談に行ったのは、彼女が館の中で多くの知識を持ち、それゆえこの館の医者代わりになっているからだ。私が図書館の扉を開けると、いつものようにパチェは本を読んでいた。紫色の長い髪をリボンでまとめ、ゆったりとした服を着ている。パチェは私に気がつくと、「どうしたの?」と声をかけた。私は目の痛みを訴えると、「ここは薄暗いから、貴女の部屋へ行きましょう」と促された。
パチェは一冊の本を持ち、私の手を引き一緒に部屋に向かう。途中、救急キットを取りにキッチン兼ダイニングに寄り、私の部屋の扉を開けた。
私の部屋は他の部屋に比べて少し広い。ベージュの壁に赤いカーペット。そこには、いかにもこの館の主とも言える意匠が細かい玉座と、それに不釣り合いなベッドやテーブルと椅子、衣装棚といった生活用品が置かれている。パチェは椅子に腰掛けると、改めて私に症状を聞き、私の左目を観察した。
パチェが言うにはものもらいと言う目の病気だそうだ。別に誰から受け取ったものなんてないと言うと、パチェはつまらなそうに「知っています」と返した。パチェは自身の診断の正しさを証明するかのように該当する病気のページを開いた。細かい文字列が並ぶそれを私は読む気にはなれなかった。多分正しいのだろう。
パチェは私の左目に目薬をさし、雑菌が入らないように眼帯を施した。
「パチェの魔法で直せないの?」
私は疑問に思ったことを聞いた。
「病気は難しいですね。病気は大抵細菌などが原因です。回復魔法は体の細胞の活性化だけでなくその病気の原因である細菌の活性化も引き起こしてしまうのです。だから下手をすると症状の悪化、ひいては死亡することもあるのです。切り傷や肉体の切断などは時間が経っていなければ魔法で回復させることは可能です。これは幻想郷に住む人、妖怪、魔法使いや仙人全てに共通しています。死者の蘇生も可能です。時間が経っていなければ、の話ですけども。時間が経つと魂が現世から離れて行ってしまうので、呼び戻すのが困難で、また死者が複数人いれば……」
パチェは何か難しいことを言っている。私は生返事をしつつ、片目で周囲を見回す。いつもと同じ光景が違って見える。なんだか距離感が掴めない。そのことを言うと、パチェは目の機能はと、また難しいことを言い始めた。私は聞いている振りをしつつ外を眺めた。この部屋にある唯一の窓から光り輝く月が見える。
「昨日が満月だったので、今日は十六夜の月ですね」
パチェは私の視線に合わせ外を見る。「十六夜の月?」「月はその満ち欠けで色々な名前がついているの」「へぇ。他にどんな……」
パチェと会話をしていると、時計の鐘が鳴った。深夜一時を知らせる鐘だ。
それとほぼ同時に、部屋が変化し始めた。
部屋が広くなる。
空間を広げているのだ。
「侵入者ね」
パチェの言う通りだ。紅魔館は客人でない者が進入すると、自動的に館の構造及び空間が変化する。それはパチェがこの館に施した魔法だ。地下への進入ルートは閉ざされ、妹や図書館への侵入できなくなる。構造はシンプルに玄関の扉から、およそこの部屋へ通じる廊下だけ。これを解除するには魔法を施した主のパチェを倒す以外に方法はない。
「美鈴は今の時間、フランの所にいるだろうから、私達二人で排除しないといけないわね」
言うと、パチェは廊下に配置した天井付近に配置した使い魔イビルアイに視界を接続する。
「見た目は少女。人間? 私より少し身長がある。髪は銀髪。目は赤い。ナイフを持ってい……」
使い魔の眼から得た情報を私に聞かせる。が、途中でパチェの言葉が途切れる。戦闘になる可能性があるなら、情報は多い方がいい。戦いは先手必勝。その方が楽なのだ。
「……どういうこと? 5m毎に配置しているのに。同時に五体も倒すなんて……」
パチェがぶつぶつと独り言を言っている。「どうしたの? パチェ」彼女の顔に焦りの色が見える。
「瞬間移動? いえ……これは……」
私の声が聞こえないのかパチェは独り言を続け、テーブルを倒し、その陰に隠れる。扉から自分が死角になるように。そして「レミィ」と愛称で呼ぶ。
「貴女一人では勝てないと思う。私がサポートする。侵入者の主な武器はナイフ。能力は時間停止……だと思う。時間を止めて、その間自由に動くことが出来る能力。止めることの出来る時間は五秒くらいだと思うけど」
「つまり、どういうこと?」
「接近戦は御法度。相手の射程内で能力を使われたらジ・エンド。ナイフでバラバラね」
「……」
「能力のチャージは一分程度か。確証はないけど……そろそろ来るわ」
私は身構える。
美鈴が整備しているはずの蝶番が鈍い音を立てて、両開きの扉がゆっくりと開く。
相手は直ぐさま攻撃を仕掛けると思ったが、ゆっくりと部屋に入ってきた。
肩まで届く銀髪。人形のように整った端整な顔立ち。だけどその顔に表情はない。私より頭一つ分くらい背が高い。血のように赤い瞳。黒のブラウスに黒のミニスカート。黒のハイソックスに黒のブーツ。肌の露出は少ない。スカートから覗く左の太腿にはナイフのホルスターを付けている。左手には柄が黒いナイフを握っている。黒一色の少女はブラウスの胸ポケットから一枚の紙切れを出すと、私の顔と交互に見る。
得心が行ったのか、銀髪の少女は紙切れをポケットにしまう。
「こんな夜中に吸血鬼狩りなんて、随分と自分に自身があるのねぇ、貴女」
私は相手を挑発するも、焦る。能力が発動しない。目の前に写るはずの先のビジョン。こんなことは今まで一度もなかった。
もともとコントロールできるものではないが、人と出会えば自動的に発動される。
私の能力は「運命を操る」こと。大仰な事を言っているが、色々と制約がある。それは私がまだ若いのか、あるいは未熟な為なのか、それとも――
経験上、私の能力ではっきりとしていること。
・能力は人などの生物を視認することで発揮される
・映像として対象の未来が見える
・未来視の映像は近い将来に起こる。
・未来視の映像は確定された未来ではない
・確定させるにはその映像のイメージを対象に伝達する必要がある(誰がどうなるのか程度。どこで、なぜ、どのようにといった情報は入らないみたい)
・確定された未来は変更できない
例えば、紅魔館の爆発。それだけのビジョンは見えない。なからず対象者が挿入されたビジョンとなる。その運命に導きたければ、相手にそのビジョンに近いものが想像できる宣言をする。逆ならば、何もしなければいいはずで。
今、私の能力が発揮されていない。
・対象者を両目で見ること
が、条件としてあるのだろう。
眼帯を外せば、見えるのだろうか? と、銀髪少女の姿が消え、無数のナイフが眼前に現れる。
まるで軍隊が整列しているかのように、一方向を向いて。
ナイフとの距離は10mほど。
少女との距離は50mくらいだったか。
攻撃をよけつつ少女の姿を探す。
先ほどの位置から左に移動している。
涼しげな顔をしながらこちらに向かってナイフを投げてくる。
こちらも応戦して魔力で作り出したナイフを投げ、光弾を撃つ。
再び、眼前に無数のナイフが現れる。
次の瞬間、私とナイフの距離がぐっと離れる。
パチェが空間を引き延ばしたのだ。
私は攻撃を躱しつつ攻撃し、躱す。
この程度の攻撃を躱すのは片目で見ても容易かった。
しかし三度目の時止めのナイフの弾幕は違った。
ナイフの矛先が自分の方を向いていない。
ばらばら。
ナイフ同士がぶつかり、弾け、上下左右から私を狙う。
跳弾。
四度目の時止め。
距離感が掴みにくい状態で次第に回避が困難になり、攻撃の手もおぼつかなくなる。
ナイフの刃が肌をかすめる。
出血。
五度目。
銀髪の少女は、右へ左へと移動し、私を翻弄する。
頬を、腕を、スカートから覗く足をかすめていく。
六度目。
相手は私の回避の癖を、パチェの空間の引き延ばしを予想して的確にナイフの跳弾を利用して右や左、上方や下方から私の肌を切り裂いていく。
このままでは追い詰められる。
七度目。
考えろ、私。
八度目。
肌を切り裂く傷が増える。
出血が増える。
九度目。
未だに致命的な傷はない。
私はどのナイフを避けられなかったのか。
十度目。
私はどのナイフを避けたのか。
正面からだ。
つまり。
十一度目。
私は目配せで合図を送る。
パチェは青ざめた顔で首を振り、指示を拒絶する。
傷は浅いのに。
「ぐっ」
よそ見をしすぎたせいで一本のナイフが脇腹に刺さった。
結構痛い。
時間がなくなった。
私は大きな声で銀髪の少女に向かって叫ぶ。
「次、あんたが時間を止めた時、あんたは私のナイフをその身に受けるわ」
これは、パチェに対する合図だ。
相手は私の言葉に表情を変えない。
十二度目。
跳弾を狙ってのナイフだらけ。
正面からのナイフは少ない。
私は前進しながら、それらをかわし――
次の瞬間、私は少女の眼前にいた。
パチェが今まで引き延ばした空間を元に戻したのだ。
少女は目を見開き、反射的に左に持ったナイフで私の顔を狙う。
私はそのナイフを右手で受け止める。
ナイフが手を貫通し、私はナイフの柄を握りしめ、少女の手からナイフを奪い取る。
そのまま拳を振り上げ、少女の右こめかみに叩き付けた。
少女は壁に叩き付けられる。
壁は亀裂を伴いへこみ、幾筋かの血が流れ落ち、少女は床に倒れた。
少女の体はぴくりとも動かない。
終わった。
館の構造が、空間が元に戻る。
パチェがテーブルからひょっこりと顔を出す。
「レミィ……大丈夫なの?」
「こんなのかすり傷よ。ここの傷だけ治してくれればね」
私は、脇腹に刺さったナイフを指す。
パチェは頷くと、ナイフを引き抜く。
血が噴き出す傷口を押さえ、私にはちんかんかんぷんな呪文を唱えた。
傷口がふさがっていくのが分かる。
「さて、この子はどうしたものか……」
扉の外から声が聞こえる。慌ただしい足音も二人分聞こえる。
「お嬢様、大丈夫ですか!」
扉を開けつつ、美鈴が大声を上げる。
「大丈夫よ。もう終わったわよ」
「すみません。こんなときに……」
「別に謝らなくてもいいわよ。タイミングが悪かっただけだから」
「……うっ」
呻く声が聞こえた。聞いたことのない声。銀髪の少女の声だ。皆が少女から一歩引いてしまう。
「彼女が侵入者ですか?」
「そうよ。これだけダメージを与えれば、能力は……」
私の勝手に展開される能力とは違い、自発的に使用する能力はそれ相応の集中がいる。このため深手を負うなどすれば、その激痛に意識の集中は乱れ、実質の能力が使用できなくなる。戦いはいかに相手よりも深手を負わせるか、なのだ。
「お姉様、この子は?」
いつの間にか部屋に妹のフランが入ってきていた。
「大丈夫?」
少女の近くにいる。美鈴の後ろから近づいたのか。
まずい。
触れられるのは。
しかし私が動くよりも早くフランが、呻く少女に肩に手をかけた。
妹はありとあらゆるものを破壊する能力を持つ。無機物に対しては自身の意志で操作できるものの、生物に対しては制御できていない。パチェ曰く、全ての物質には崩壊をされるスイッチがあり、フランは無自覚にもそのスイッチを引き寄せ、押してしまうのだそうだ。フランは十歳の時に、この能力を発現させ無自覚にも父と母を殺した。肉がひしゃげ、骨が砕かれると共に肉塊となった。何が起きたのか分からなかった私は、使用人を呼んだ。それが間違いだった。妹に触れた使用人はことごとく肉塊となり、後に残ったのは、血にまみれた妹と私だけだった。
この紅魔館は私達姉妹、家族の住処だった。この凶事が起こる前、幻想郷に移住する計画があった。私は残された資料や逃げ出した使用人にお願いし協力してもらい、この地に移住した。その後ストレスでやけになってのちに吸血鬼異変という騒動を引き起こしたのだが――。
私の予想に反して銀髪の少女は、肉がひしゃげることも、骨も砕けることもなく、
「……貴女は?」
と、顔を少し上げ妹に話しかけた。
瞳の色は青い。かつて外で見た海の色のように澄んでいて、どこか冷たい色。表情は苦痛で少し歪んでいるが、あどけない少女のそれで。
「私はフラン。フランドール・スカーレット。貴女、名前は?」
「……ごめんなさい。分からないの。……あの、ここはどこなんですか?」
銀髪の少女はゆっくりと体を起こす。
「ここはフランのおうち」
出血する頭を押さえながら、少女は私に顔を向け「……大丈夫ですか?」と声をかけた。
「何が?」「……血だらけですよ」「……それは、あんたもでしょ」「……」
パチェが私に声をかける。
「彼女、適性があるみたいね。さっきのレミィの攻撃で、記憶なくしたみたいだけど、どうする?」「……どうするって」
私は考える。
「……パチェ。彼女のけがも治してあげて」「……いいの?」「取りあえずは」「記憶ってどうやって取り戻すの?」「さあ? 何かきっかけがあれば、でしょうね?」
私は少女に声をかける。
「貴女の名前は私達も分からない。お互い初対面だしね。貴女の持ち物に名前がなければみんなで考えましょう」「レミィ、その前に……」
パチェが少女の胸ポケットから紙片を抜き取る。私はそれを見る。古い。外で取った写真のようだ。私が写っている。つまり……
「狙いは貴女だけみたいね、レミィ。心当たりは……」
知らない。屋敷を出ることなんて片手で数えるぐらいだったし。
少女の持ち物はその写真とナイフだけだった。そのナイフをパチェはじっと見つめている。
「そのナイフがどうかしたの?」
「……まれにマジックアイテムが使用者の意識を乗っ取ることがあるの。これもその類かもと思ったのだけど、違うみたいね。……でも大丈夫? この子自分の側に置くなんて」
パチェは私に問いかけ、少女の頭に手を乗せ回復の呪文を唱える。
私はまだ何も言っていない。
自分の側に置くなんて。
私は考える。むー。
少女を見る。
傷が癒やされていく。苦痛が取り除かれていき、少女の顔が暖かみのある表情になっていく。
フランが楽しそうに少女に話しかけている。
それを見て、私は考えるのを止めた。
「まあ、私に仕えるが至上の喜びと躾ければ、ふふふ」
美鈴はいつものお嬢様通りでといった感じで私を見る。
パチェは半目で私を睨んでいた。
十六夜咲夜。
数年前、私が彼女に与えた名前。
由来はもう忘れてしまった。
咲夜は今、出会ったころと同じような瞳をしていた。
赤い。
紅魔館の地下図書館。
天井は崩れかけ、日の光がところどころでさしている。
逃げ場はない。
私の右手奥には美鈴が倒れている。
表情はこちらから見えなかった。
誰よりも早く咲夜の異変に気がつき近寄った結果、首筋をナイフで切られ、蹴り倒された。
美鈴の周りは血だらけ。まるで血の池に浮いているような。
美鈴の体は動かない。
失血による気絶なのか、もう死んでいるのか。
咲夜のほうを見る。
ビジョンが見えた。
黒。
暗闇。
光の届かない深い闇。
誰が、何をしたのか。
あるいはされたのか。
私の見る運命は常にそうした情報がある。
こんなことは初めてだ。
これから何が起こるのか。
迷っている時間はなかった。
今わかっていることを大声で叫ぶが、咲夜の攻撃を受け、言葉が続かない。
私はさっきのビジョンの意味を知る。
変わりにパチェが叫ぶ。
普段は聞くことのないパチェの大声。
私の考えていることは、パチェに伝わっているようだ。
パチェの声に苦しげな声が混じる。
咲夜の攻撃を受けたのだろうか?
フランの声も聞こえる。
伝わっている?
時間はない。
次に咲夜が能力を使えば、おそらく――
私は滅多に使わない背中の翼を羽ばたかせ、咲夜がいるであろう先に向かって飛ぶ。
「咲夜。私は、貴女を――」
私は叫ぶ。
その声は誰にも届かない。
暗闇の先にはいつもと同じ光景が広がっているかもしれない。
パチェがいて、フランがいて、美鈴がいて、そして咲夜がいて――
いや、いつもと同じ光景なのだ。
なぜなら。
私は運命を操る事が出来るのだから。
了
話の頭の咲夜のイメージは、
[紅魔城伝説IIイラストレーションワークス illust_id=20782601 晩杯あきら]で検索、
のイメージです。