Fate/EXTERIOR   作:ニカワ信者

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 誰も彼もが存在を忘れた頃に更新してみるテスト。
 Fate/EXTALLA LINK、発売決定おめでとうございます。
 師匠とかアストルフォォオオオゥきゅんとか楽しみですね。
 予約? もちろんしましたとも! 通常版を! サントラは惜しいけど、麻雀牌とか普通に邪魔やわー。
 アニメについてはまだノーコメント。あえて一言だけ言うならば、出落ちセイヴァー許すまじ。
 今回もザビ子さんの出番は控えめになってしまいましたが、新キャラ出るので許しておくれ。
 楽しんで貰えれば幸いです。




第四話

 

 

 

 

 

「記憶喪失、ですか」

 

 

 静かな声で繰り返す少女に、どうもそうらしい、と呟く。

 すぐ近くにあったらしい公園へ移動し、自分達はベンチに腰掛けている。

 情けない姿を晒してしまった事もあり、“彼女”の顔もまともに見られなかった。

 

 

「何も覚えていないんですか? その、御自分の名前とか。……あの首輪の事、とか」

 

 

 問いかけられ、今度は首を横に振る。

 “彼女”に話しかけられてからというもの、不思議と頭がハッキリしだした。

 地に足がつかないような、奇妙な酩酊感もない。

 けれど、同時に気が付いた。

 自分の中からは、酩酊感以外も、全てがなくなっていた事に。

 名前も。年齢も。自分がどこに居るのかも。自分がどんな顔をしているのかすら、全く。

 

 ごめん。初対面の人間にこんな話されても、迷惑だよね。

 

 

「いえ……」

 

 

 相変わらず顔も見ずに謝るのだが、“彼女”は短く、当たり障りのない返事をするだけ。

 その反応も頷ける。実際、こんな事を言われても困るだろう。自分だったら、赤の他人にこんな事を言われても信じられないし。

 せっかく親切にしてもらったのに、これ以上の迷惑をかけるのは忍びない。

 そう思った自分は、やはり“彼女”を見ないまま、ベンチから腰をあげる。

 

 もう行くよ。手伝ってくれて、ありがとう。

 

 

「あ」

 

 

 返事を待たず、そう言い残して歩き出す。

 行く当てなんてない。どこに向かって歩いているのかだって、知るはずがない。

 それでも、歩かなければ。前に進まなければ。そうしなければ。

 どこか、強迫的だとも思える衝動に身を任せ、自分は逃げるように歩き続ける。

 

 しかし、一分と経たない内に、違和感に気付く。

 一定の距離を保って、足音が着いてくる。

 振り返ってみると、そこには“彼女”が居た。

 無表情でありながら、強い意志を滲ませる瞳で、こちらを見ている。

 何故だか、無性に気恥ずかしくなり、視線を逸らしてしまった。

 

 ……どうして、着いてくるんだ。

 

 

「何事も、中途半端って良くないと思うんです」

 

 

 は?

 

 思わず口をついた言葉に、“彼女”は素知らぬ顔で答えた。

 そして、怪訝な顔をしているであろう、自分の真正面に立ち。

 

 

「最後まで、お手伝いします。私、探し物って得意なんですよ」

 

 

 ほんの少しだけ目を細めて、そう言ってくれる。

 その表情に──微笑みに。

 自分はただただ、見惚れていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 おはようございまぁーす。

 

 今日も今日とて、社畜として定時に出勤した自分は、挨拶と同時にオフィスフロアへのドアを開ける。

 近くを歩いていたNPC社員達が、ルーチン通りに「おはようございます」と返事をし、流れるように自らの受け持つ作業へ戻っていく。

 少しばかり淡白な反応にも思えるが、これが彼等の常なので、もう特に気にはならない。

 オフィスをちょっと奥まで進み、庶務課長というプレートの置かれたデスクへ。

 課長と言えば聞こえは良いが、仕事の内容はそれこそ庶務……様々な雑務ばかりなので、全く偉いと思えないのが残念である。

 ともあれ、机について始業の準備を整えていると、すぐ近くにある応接室へのドアから、副社長である長風さんが顔を出した。

 

 

「おはようございます、奈々篠さん。早速で申し訳ないんですが、応接室へ来てもらえますか」

 

 あ、はい。分かりました。

 

 挨拶もそこそこに、副社長はクリップボード片手に応接室の方を指差す。

 なんだろう? と思いつつ、断るという選択肢もないので、そそくさ部屋の中へ。

 

 

「実は、新しい社員を雇う事になりました」

 

 

 新しい社員?

 

 

「そうなんです。いきなりです。社長の拾い癖には困りますよ、全く!」

 

 

 ボスン、と革張りのソファーを軋ませ、副社長がプンプン愚痴を零し始める。

 言峰社長の拾い癖。

 文字通り、なんでもかんでも拾ってきては商品にしてしまう、ちょっと困った才能の事だ。

 普通なら全く価値のない物──テクスチャーがバグって歪んだ木のオブジェクトとか、歪んでいなくちゃダメなのに正確な球体になっている石のオブジェクトとかですら、どこからか欲しがっている人を見つけて来ては、法外とまではいかないけれど結構な値段で売りつける。

 リアルわらしべ長者とも言うべき才能だが、そういった物を欲しがる人物を見つけるのには、やはり相応の時間が掛かり、その間はゴミとしか思えない物で、倉庫を圧迫されてしまう。副社長は無駄が嫌いな人なので、そこが嫌なのだろう。

 

 と言っても、である。

 社長が拾ってくる物の中には人材やNPCも含まれており、妙に処理速度が速いけど顔文字でしか話さないNPCや、自分のように行き場のない人間なども含まれている。

 自分にとっては恩人だし、社長のおかげで救われた人も、確かに居る訳だ。

 ここは一つ、自分がフォローしておこう。

 

 まぁまぁ、そう言わずに。自分も、その拾い癖のおかげで助かった訳ですし。ね?

 

 

「そうですけど……」

 

 

 対面へと腰掛け、宥めるように笑いかけると、副社長も本気で怒ってはいなかったようで、すぐに矛を収めてくれた。

 なんだかんだと言いつつ、社長を信頼しているのだろう。

 社長も彼女を信頼しているからこそ、副社長という役職を任せているんだろうし。

 

 

「とにかく、そういう訳ですので。今日からここに、住み込みで働いてもらう新人が入りますから。色々と教えてあげて下さい」

 

 

 え? 自分が? 自分より副社長の方が適任では……。

 

 

「そろそろ貴方にも、“人”の使い方というものを学んでもらいたいと思っていた所なので、ある意味ちょうど良いんです。大丈夫、貴方なら出来ます」

 

 

 いきなりの打診に、思わず怖じ気づいてしまう自分だったが、副社長はごく自然に、太鼓判を押してくれる。

 な、なんだろう。嬉しいような、怖いような……。

 副社長の言い方というか、口振りから察するに、その新人さんはNPCじゃなくて人間、なんだろうか。NPCだったら、特に何も言わずにルーチンワークへ加えるだろうし。

 なおさら引き受けるのが怖いけど、副社長からの信頼を裏切るのも嫌だ。

 出来る限り、やってみよう。

 

 が、頑張ってみます。で、その人は?

 

 

「すぐ呼びますよ。入って下さい」

 

 

 副社長が背後へ呼びかけると、入って来たのとは別のドアの向こうに、人の動く気配を感じた。廊下で待機してたっぽい。

 そして、若干の間を置いて「し、失礼します!」と緊張した声が聞こえて……。

 この声、女の子?

 

 

「は、初めまして! ふふふ、藤丸 立香と申しますすすっ! よろしくっ、お願いしますっっっ!!」

 

 

 入室するなり、挨拶と共に勢いよく頭を下げたのは、赤茶色の髪をサイドポニーにする少女だった。

 白いジャケットと黒いスカートを身につけ、とても緊張しているのが伝わってくる。

 高校生くらい、か。美人さんだなぁ…。

 

 

「藤丸さんはNPCではなく、マスター適性を持った人間です。

 しかし、なんらかの理由で名前以外の記憶を失っているようです」

 

 

 記憶を……?

 

 

「はい……。うさん臭いですよね、あはは……」

 

 

 おうむ返しする自分に、少女は──藤丸さんは、毛先をクルクルしながら苦笑いを浮かべた。

 なるほど。それで自分が適任なのか。

 自分より多角的にハイスペックな副社長でも、流石に記憶喪失の経験はない。

 同じ立場である自分なら、副社長自身より藤丸さんの力になれると判断した。いや、信じてくれた。

 きっと彼女も不安を感じてるだろうし……。うん。ちょっと気合い入れて頑張ろう。

 でも、あんまり気負い過ぎるとそれも伝わってしまうだろうから、出来るだけ自然に、かつフレンドリーに。

 

 初めまして。奈々篠と申します。これからよろしく。

 

 

「あ……。はいっ! よろしくお願いします!」

 

 

 ソファーから立ち上がった自分は、右手を差し出しながら、改めて挨拶を。

 すると、藤丸さんは快活に微笑み、ガッシリと握手で返してくれる。

 良かった……。実は挨拶してから、あれ? 男の上司が女性社員に握手を求めるのってセクハラか? とか思ってヒヤヒヤしてたんだけど、どうやらそういう事に敏感な人じゃないらしい。

 

 ……でも、なんでだろう。

 そろそろ手を離したいのに、藤丸さんがニギニギと握手し続けてるんですが。

 こっちから求めた手前、そろそろ止めません? って言うのもアレか。いやいや、逆にこっちから言うのが正しい作法?

 言うべきか、言わざるべきか。

 どうすべきか考え込んでいると、ほどなく副社長が「オッホン!」とやけに大きく咳払い。

 そのタイミングで、ようやく自分と藤丸さんの手は離れた。

 少しだけ残念に思ってしまう、己の浮気心が憎い。

 

 

「では、藤丸さんの事、よろしく頼みますね。……あえてこの場で言っておきますが、変な気を起こさないようにお願いします」

 

 

 お、ぉぉ起こす訳ないでしょう!?

 なに言い出すんですかいきなりっ。

 

 

「だと良いんですが。はい、本日の業務、開始してください」

 

 

 ジロリ、と上目遣いに睨まれて、自分の返事は上擦ってしまった。

 ヤバい。完璧に見透かされてる……。

 “彼女”にも申し訳が立たないし、マジで気をつけなければ。

 というかですね、副社長。言うだけ言ってさっさか退室しないで頂きたい。

 あんなこと言われた後で二人きりとか、物凄く気不味いんですが!?

 

 

「え、えっと。わたし、何をすればいいですか? 先輩」

 

 

 へ? 先輩?

 

 

「はい。わたしよりも先に勤めてらしたんですし、先輩ですよね? ……あ、こう呼んじゃダメ、ですか……」

 

 

 どうしたもんかと、ヤキモキしていた所に唐突な先輩呼び。

 驚いて問い返せば、元気一杯だった藤丸さんが、シュンと肩を落としていて。

 慌てた自分は、取り繕うようにして否定するのが精一杯だ。

 

 いやいや、そういうんじゃないよ! ちょっとビックリしただけだから。

 とりあえず、着いてきてくれるかい?

 

 

「はいです、先輩!」

 

 

 なんとか頭を仕事モードに切り替え、先導して廊下へ出ると、再び元気を取り戻して着いてくる藤丸さん。

 こう言っては失礼かも知れないが、藤丸さんって犬系な気がする。

 さっきのシュンとした感じとか、怒られてションボリしてる小型犬っぽかったし、ヒョコヒョコと楽しげに着いてくる足音とか、まるでリードを着けて散歩でもしているような……。

 ちょっと待て自分。副社長に釘を刺されたばっかなのに、なんで変な事を考えてるんだ。

 真面目に仕事しなきゃ……。集中集中!

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「うわぁ。ギッチリ詰まってますねぇー」

 

 

 ややあって、自分達は言峰商会が管理する倉庫にやって来た。

 端から端まで歩いたら、丸っと半日を要するほど広大なこの倉庫は、外から見ると、百人乗っても大丈夫そうな物置に過ぎない。

 空間圧縮技術を駆使している、と副社長から聞いた事はあるが、正直、原理は全く理解できなかったので、とにかくそういうものだと無理やり納得している感がある。

 内部は高さ3m程の棚が整然と続いており、これまた整然と大型パッケージが納められ、天井は更に高く5mくらい。

 こんなに巨大な倉庫でも、余剰スペースは常にカツカツなんだから、本当に我が社の収集能力は恐ろしい。

 

 今日は、倉庫の在庫管理をする予定だったんだ。手伝って貰えるかな?

 

 

「はい、もちろんです! 頑張ります!」

 

 

 ははは。藤丸さんは元気が良いなぁ。

 でも、下手をすると命に関わるから、慎重にね。

 

 

「分かりまし──えっ。命に関わる? 在庫管理が?」

 

 

 元気一杯な藤丸さんに注意を促すと、彼女はキョトンと目をパチクリ。小首を傾げる仕草がまた犬っぽい。

 うんうん。自分も最初はそういう反応だった。懐かしいなぁ……。

 

 冗談に聞こえたかも知れないけど、マジだから。

 はいこれ、抗呪のアミュレットに、不死鳥の尾羽と、強制離脱ポータルキー。

 使い捨て型になってるけど、その分、効果は強力になってるよ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 業務開始に先駆けて、備え付けの備品を藤丸さんへ渡す。

 十字架型の首飾り。どこかで見た事のありそうな赤い鳥の羽。細長いジッポーライターみたいなスイッチ。

 どれもこれも、社長直々に装備を義務付けられている、防御礼装だ。

 

 この会社がどんな仕事をしてるのかは、もう聞いたかな。

 

 

「長風さんから、少しだけ。物流を管理したり、直接品物を手配したり、ですよね?」

 

 

 そう。端的に言えば卸問屋みたいな感じなんだけど、霊的な物を扱う関係で、どうしても危険な品物が出てくるんだ。

 この倉庫も、通常では考えられないほどの防御結界がしかれている……らしい。自分にはサッパリだけどね。ははは。

 

 

「そ、そうなんですかー。あは、あはははは……」

 

 

 自分が笑うと、藤丸さんもそれに合わせて笑ってくれる。

 若干引きつっているのは気のせいだと思う事にしよう。そうしないと仕事が進まないからね。

 詳しい事は分からないのだが、魔術師の間では封印指定とか呼ばれるなんだかんだが、この倉庫には相当数置かれているようだ。

 黄金の蜂蜜酒(一万倍希釈)とか、新酒(ソーマ)のソーダ割り(炭酸はもう抜けてる)とか、斉天大聖の鼻毛(白髪)とか、エミグレ文書(落書きされてる)とか、バルスの断章(背表紙だけ)とか、ルルイエ異本(二次萌え系の薄い本にしか……)とか。

 正確にはコピー品のコピー品のコピー品みたいな粗悪品だが、逆に不条理な効力を発揮する場合が多いとのこと。

 自分は完璧に封印されている状態しか見た事がないので、正直眉唾なのだけども。

 

 まぁ、初日からそういう封印指定物の管理はさせないから、安心して。

 まずは普通に、新しく一時保管した品物とかの在庫管理をしよう。

 

 

「あの……。同じ倉庫にそういう物があるってだけで、冷や汗が止まらないんですけど……」

 

 

 大丈夫大丈夫。

 自分もそうだったけど、二週間もすれば慣れるから。

 さぁ行くよー。

 

 

「は、はいぃ……」

 

 

 やや強引に話を切り上げ、自分はまた藤丸さんを先導する。

 怖がる気持ちは凄く分かるけど、実際、なんの魔術の心得もない自分が今でも生きてる訳だし、封印が破れそうになったのも一~二回だけだし、大丈夫だろう。

 きっと大丈夫。大丈夫なはず。大丈夫だと思いたい。大丈夫であれ。たぶんダイジョーブ。

 よし、自己暗示終了! キョウモ、イチニチ、ガンバロウ!

 

 

 

 

 

「ふぅ。在庫管理っていっても、けっこう歩くんですね」

 

 

 無駄に広いし、実質は仕分け作業だからねぇ。

 

 自分を誤魔化しながら仕事を続けて、早数時間。

 順調に作業は推移し、予定していた行程の七割を消化していた。

 品物をコンソールで分析(トレース)してからタグを付け、一時保管用の棚に、分類して積んでいくという単純作業だ。

 人間では運べない物──大きかったり重かったりした場合は、運搬用ドールを使って運ぶ。

 大した作業でもないのだが、藤丸さんの飲み込みは非常に早く、自分一人での作業に比べて、効率は格段にアップしている。

 特に、ドールの扱いが上手い。

 自分の場合、使役用のコントローラーを使わないとドールを動かせないのだが、マスター適性を持つ彼女であれば、文字通り手足のように動かせるようだ。

 曰く、「頭で考えればいいだけだから結構ラクちんです。でも、うっかりすると力加減とかを間違えそうで怖いですね」だとか。

 作業に没頭したおかげか、封印指定物の存在も、いい具合に忘れてくれたみたいである。

 

 時間的にはお昼。丁度、十二時を少し回った。

 そろそろ集中力も途切れる頃合いだし、腹の虫も鳴き始めている。

 作業に一区切りをつけて、昼食タイムと行きたいところだ。

 

 いい時間だし、これを積んだら昼にしようか。

 

 

「あ、はい! わたしやります! あの棚の上ですよね?」

 

 

 え、あ、そうだけど、でも……。

 

 

「大丈夫、まっかせて下さい!」

 

 

 カテゴリ:貴重品/サイズ:小/重量:軽/備考:破損しやすい、とタグ付けしたばかりのパッケージを持ち上げ、すぐ近くの棚へ駆けていく。

 下の方は既に埋まっていたため、脚立を使う藤丸さんなのだが……。

 一段、また一段と登るたび、黒いスカートが素晴らしい塩梅でヒラッ、ヒラッと、男心を揺さぶった。

 む、無防備過ぎる。このままだと見えてしまうっていうか見るな自分!

 いやでも、チラッと見えちゃったくらいなら事故……いやいや駄目に決まってるだろ。静まれ欲望、引っ込め煩悩!

 

 

「先輩、終わりました! ……って、なんで目を逸らしてるんですか?」

 

 

 必死に男の本能を抑え込む自分に対し、藤丸さんの不思議そうな声が降ってくる。

 こんな言い方をするって事は、小悪魔チックな「見せてんのよ」攻撃じゃなく、素でやってるって事か。

 セクハラっぽくなっちゃうけど、今後を考えれば、今この場で正直に言った方がダメージは少ない、はず。頑張れ自分っ。

 

 た、大変、言いにくい事なんですけども。

 藤丸さん。君、自分がスカート履いてるって分かってる?

 

 

「え? ………………はぅあっ!?」

 

 

 全く考えてませんでした、という風にしか聞こえない悲鳴。

 多分、慌ててスカートでも抑えてるんだろう。

 それだけなら良かったのだが……。

 

 

「あっ、わ、ちょ、ダメ、ダメ……っ!?」

 

 

 間を置かず、今度はバランスを崩してしまったような声が。

 反射的に顔を真正面に戻すと、案の定、両手でスカートを抑えたせいで、脚立の上から落ちそうになっている藤丸さんが居た。

 フラフラ、ユラユラ。辛うじてバランスを保っていたけれど、すぐに限界が来て。

 

 危ない!

 

 

「ひぃやぁああっ!?」

 

 

 

 飛び込むまでの躊躇は一瞬。

 けれど、その一瞬こそが重要だったらしく、藤丸さんを受け止めようとした自分は、彼女の下敷きになるのが精一杯だった。

 ドスン。

 速度の乗った衝撃と共に、強く床へ叩きつけられる。

 ……が、不思議と痛くない。あれ。結構強めに、後頭部を打った気がしたんだけど……?

 まぁいい。男の自分より、女の子な藤丸さんが優先だ。

 

 藤丸さん、大丈夫? 怪我は?

 

 

「……は、はい。らいじょぶれす」

 

 

 なんとか腕の中に収まっていた藤丸さんだが、衝撃で少し目を回しているようだ。

 でも、可能なら早めに退いて欲しい。

 こうしていると、彼女の体の細さがダイレクトに伝わってきて、色んな部分がヤバい。

 ヤバいのに、何故だろうか。彼女はボウっとした目つきのまま、自分の上に居座っている。

 

 ……あの、藤丸さん?

 

 

「ほぉ……。へぇ……。ふむふむ……」

 

 

 ベタベタ。スリスリ。ペタペタペタ。

 藤丸さんの小さな手が、胸板とか腕とかを這い回った。

 

 ちょ、ちょっと、くく、くすぐったいんですが!? 何してるのさ!?

 

 

「あ、ごめんなさい。男の人って、意外とガッチリしてるんだなぁと思いまして。なんか手が勝手に」

 

 

 驚いて苦情を申し立てると、藤丸さんは自分の上から移動。ちょこねんと隣に正座した。

 危なかった……。あのままだったら、今日初めて出会った相手の手で、イケない気持ちになってしまう所だった。貞操の危機を感じたよ……。

 

 と、とにかく、無事なら良かった。

 初日から新人の女の子に怪我させたとあっては、申し訳ないしね。

 

 

「うぅ、すみません。ご迷惑をお掛けしました……。でも、スカートの中を覗いたんですから、お相子ですよね?」

 

 

 何をおっしゃる藤丸さん。

 覗いてなんていませんですことよ。

 

 

「ほんとーですかぁー? 長風先輩に相談しちゃおーかなー」

 

 

 ごめんなさい。チラッと目を奪われました。

 でも中身は見てませんので! 誓って!

 

 

「正直で大変よろしいです。今回だけは許してしんぜよう。……なんちゃって」

 

 

 戯けたやり取りの後、自分達は小さく笑い合う。

 ちょっとばかりワザとらしいが、これからギクシャクしないためには、必要な事だったと思える。

 事実、自分が藤丸さんと不必要な接触をしてしまった……罪悪感? みたいなものは和らいだし、彼女も特に変わった様子は見られない。

 もともと気にしてなかったようにも見えるが。そういう相手として見られてないんだろうか。なんだか寂しい。

 

 さてさて。

 アクシデントはあったけれど、今度こそ昼食タイムだ。

 未使用のパッケージを椅子代わりにして、自分はインベントリから弁当を取り出す。

 いつもは“彼女”が作ってくれるが、今日は自分で作った。

 アーチャーさんに料理を教えて貰ったものの、まだまだ茶色の多い弁当だ……。野菜もバランス良く入れなければ。

 

 藤丸さん、昼ご飯は?

 

 

「あ、はい。買ってあります。特大コロッケパンです!」

 

 

 スカートのポケットをゴソゴソし、藤丸さんが30cm以上はありそうなコッペパンを取り出した。

 間にはパンからはみ出るほど大きなコロッケが、野菜と一緒に四つは挟んである。

 明らかにポケットじゃ入り切らないサイズだけど、SE.RA.PHではよくあるので驚く事ではない。

 そして、この世界のコンビニ食には、品物自体に温め機能が付与されており、開封時にオートで適温となる。

 しかも常に出来立てという素晴らしい仕様。時間が経ったコロッケパンでも、衣はサクサクなのだ。

 もちろん、温めないという選択も可能で、しんなりしたコロッケが好きならそれも選べる。まさに至れり尽くせり。SE.RA.PH万歳である。

 それにしてもデカいコロッケパンだなぁ……。

 

 ほ、本当に大きいね。食べ切れるの?

 

 

「このくらい余裕ですよー! 好物みたいですし!」

 

 

 みたい、って……。

 

 

「はい。わたし、自分の好物も覚えてないので、なんとなく惹かれる物を選んでみました」

 

 

 あっけらかんと、藤丸さんはコロッケパンにかぶりつく。

 サクッと美味しそうな音が聞こえ、実際そうなのだと表情が教えてくれる。

 そうだった。平然と振る舞ってはいるが、彼女は記憶を失っているんだ。

 自分はもう吹っ切れているけど、彼女はどうなんだろう。

 同じ境遇の人と出会ったのは初めてだし、色々と話してみたい気持ちはある。

 少し、踏み込んでみようか。

 

 気分を害するかも知れないけど、君の事を聞かせてもらってもいいかな。藤丸さん。

 

 

「……大丈夫です。そんなに気を使わないでください、先輩。なんなら、立香ちゃんって名前で呼んでくれても構いませんよ?」

 

 

 いや、流石にそれは止めておくよ。

 出会ってまだ一日も経ってないし……。

 

 

「ですか。ちょっと残念です」

 

 

 藤丸さんなりの社交辞令だったのだろう。

 それほど落胆している様子もなく、「なんでも聞いて下さい」と言ってくれた。

 その言葉に甘え、自分は箸を休めて、思いついた質問を投げかける。

 

 SE.RA.PHに来てどの位なんだい。いつ頃まで記憶を振り返られる?

 あと、藤丸 立香っていう名前は?

 

 

「んー。覚えてるのは、一週間くらい前までですね。

 名前は、なんでか分かりませんけど、これだけは覚えてたんですよ。

 ひょっとしたら、わたしの名前じゃなくて、友達とか知り合いの名前かも知れません」

 

 

 一週間……。じゃあSE.RA.PHに来たばかりか、もしくはSE.RA.PHで何かに巻き込まれた可能性があるのか。

 名前も確かに、自分は言峰社長がつけてくれたけれど、覚えているものが自分自身の名前ではない事だってある。

 最初の記憶から“彼女”の存在があった自分って、やっぱり物凄く幸運だったんだ。

 

 マスター適性を持っているらしいけど、その自覚はあったのかな。

 自分の才能を理解していたのか、それとも言われてから気付いたのか……。

 

 

「あ~……。曖昧ですけど、どちらかと言えば後者ですね。サーヴァント、っていう使い魔? にも心当たりはなかったです」

 

 

 左手でサイドポニーの毛先をクルクルしつつ、少し上を向きながら藤丸さんが答える。

 ごく普通に、世間話でもするような気軽さがあったが、しかし、不意に切なげな表情を浮かべ、「ただ……」と呟く。

 

 

「ふとした瞬間に、誰かの顔が頭に浮かんだりするんです。

 大きな盾を持った、ショートカットの女の子とか。

 すっごく勝ち気な表情の、ロングヘアの女の子とか。

 名前も思い出せないのに、凄く親近感があって。でも同時に、寂しくなるような……」

 

 

 消え入るような声。

 途切れてしまった会話は、記憶を失った少女の心を反映したかのようで。

 どう慰めればいいのか迷い、声をかける事すら出来なかったが、そんな自分を逆に気遣ってくれるのか、藤丸さんは沈黙を苦笑いで誤魔化す。

 

 

「あ、こんなこと言われても困っちゃいますよね。

 えっと、わたしからも質問させて下さいっ。先輩は、どうしてこのお仕事を?」

 

 

 え? 副社長から何も聞いてない?

 

 

「はい。親睦も兼ねて、そういう事は本人から聞いて下さい、って」

 

 

 ……そう。

 

 てっきり事情を知らされていると思っていたのだが、違ったようだ。

 いや、よく考えれば副社長らしいか。

 人の込み入った事情を勝手に話すなんて、下世話な事はしたくありません……とか、メガネの位置を直しながら言いそうな気がした。

 勝手な想像だが、なんだかそれがおかしくて。自分は小さく笑いながら、訝しげな藤丸さんへと説明する。

 

 自分も、君と同じなんだよ。

 

 

「……同じ、ですか?」

 

 

 この世界に降り立った時、自分には記憶がなかった。

 君と違って、名前すら覚えてなかったんだ。奈々篠って名前は社長に貰った偽名。

 同じと言っても、残念ながら魔術回路は持ってないけどね。

 

 

「あ……。ご、ごめんなさい……」

 

 

 気にしなくて良いよ。

 というか、どうして謝るのさ。

 

 

「な、なんとなく?」

 

 

 申し訳なさそうに表情を暗くした藤丸さんが、今度は小動物的に小首を傾げる。

 でも、自分が彼女の立場だったら、同じように謝っていたように思う。

 だからこそ分かる。なんとなく謝るという行為は、相手に嫌われないための自衛行動だ。

 己という土台が。それを支える記憶がスカスカになっている状態で、誰かから嫌われるという事は、恐ろしいほどの不安を感じるから。……自分も、そうだった。

 けれど、今は違う。“あの子”が自分とSE.RA.PHを繋げてくれたおかげで、もう。

 

 ここがどんな世界なのかも、自分が誰なのかも分からない。

 普通だったら途方に暮れる所だけど、幸い自分には、助けてくれる人が居た。

 そのおかげで、今の自分があるんだ。感謝してもしきれないよ。

 

 

「………………」

 

 

 こんな事、君の前で言うべきじゃないのかも知れないけど。

 今の自分にとって、過去の自分は……昔の記憶は、もうどうでも良いんだ。

 そんなこと考える暇がないくらい忙しいし、生活も満ち足りてる。

 きっと、昔の自分が今の自分を見たら、羨ましくて仕方ないんじゃないかな。

 

 

「そっかぁ……。ふふっ」

 

 

 記憶喪失の先輩として、あまり不安に思う必要はないと伝えたかったのだが、藤丸さんは吹き出すように笑った。

 

 あれ? 笑うところ?

 な、なんか自分、変なこと言ったかな。

 それとも、変な顔してたとか……。

 

 

「ううん、違うんです。なんていうか先輩、凄く嬉しそうに話してたから。先輩は今、凄く幸せなんだなぁと思って」

 

 

 不安になって問い返すと、大きく首を横に振った後、藤丸さんは、何か眩しいものでも見るように目を細め、優しく微笑む。

 キチンと意図が伝わっているようで安心したけれど、なんだか急に気恥ずかしくなり、無意味に髪を触ったり、弁当をかき込んだりして紛らわす。

 しばらくは藤丸さんも無言でコロッケパンを食べていたが、不意に「わたしも……」と口を開いた。

 

 

「わたしも、先輩みたいになれるでしょうか。

 記憶がなくたって。自分の事が分からなくたって。

 そんなの関係ないって思えるくらい、強く……」

 

 

 ほんの少し、背中を丸めて。己自身へと確かめるよう呟かれた言葉には、本人も気付いていないであろう、弱音が隠れているように感じられる。

 記憶がなくて心細い。自分が分からなくて不安で仕方ない。

 気にしてない風に振舞っていても、本当は気掛かりで夜も眠れない。

 まぁ、これも自分がそうだった、という経験からなのだが、違っているとも思えなかった。

 

 自分は強くなんてないよ。

 一丁前に先輩面してるけど、まだまだ、みんなに迷惑を掛けっぱなしさ。

 ……でも。

 

 

「でも?」

 

 

 こちらを見つめる一対の瞳が、言葉の続きを求めている。

 ご大層な事なんて言えないけれど、これがきっと、藤丸さんの先輩として出来る、数少ない事だから。

 静かに呼吸を整えて、真っ直ぐに彼女を見つめ返し、率直な気持ちを伝える。

 

 迷惑を掛けたり、掛けられたり。助けたり、助けられたり。

 そういう繋がりが、今の自分を形作ってくれたと思うんだ。

 だから、藤丸さんも遠慮なく、みんなを頼ればいいよ。

 副社長も、自分も。できる限り力になるから。

 社長は……あの人は、色んな意味で代償を覚悟しなくちゃ、頼れないけどね。

 

 

「……あははっ、なんですかそれー。社長に言っちゃいますよー?」

 

 

 ちょ、それは勘弁して! 後でジュース奢るからっ。

 

 

「わ、やった。ご馳走になりまーす!」

 

 

 口下手なりにオチをつけてみた所、藤丸さんの肩からは力が抜け、年頃の少女らしい、愛嬌のある笑顔を浮かべる。

 どうやら、ちょっとは気を楽にしてくれたらしい。

 情けは人の為ならず。

 こうして誰かの助けになる事が、巡り巡って、自分や“彼女”の助けになってくれたら。

 そして、いつか藤丸さんも、自分自身を取り戻してくれたなら、もう言う事はない。

 

 以降は和やかな雰囲気の中、軽い雑談を交えて昼食を終える。

 お腹も膨れ、気力十分。

 パッケージから腰を上げ、休憩時間は終了だ。

 

 さて。そろそろ仕事に戻ろうか。

 

 

「はいっ」

 

 

 藤丸さんは元気よく立ち上がり、サイドポニーもピョンと跳ねる。

 一人だと憂鬱にしかならない単純作業だが、誰かが隣に居てくれるだけで、不思議とやる気が違う。

 可愛らしい女の子の後輩だから、という部分が大きいのだろうけど、我ながら現金なものだ。

 う~ん。そろそろ本気で怒られそうかな……。鼻の下を伸ばさないように注意しなきゃ……。

 

 

「ありがとうございます。先輩」

 

 

 心の中で自戒していると、唐突に藤丸さんが呼びかけてきた。

 なにが? と肩越しに振り返れば、彼女はまた小さく微笑み。

 

 

「なんでもないでーす。藤丸 立香、午後も精一杯働かせて頂きます!」

 

 

 ピンと背筋を伸ばして、右手で敬礼。

 同時にウィンクして見せるという、女子力の高さを発揮するのだった。

 ……そういう事されると男は簡単に勘違いするので、止めようね藤丸さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、ここで終わればまだ良かったのだが。

 

 

「さぁ。このシャツに着いた淡いピンク色のキスマークについて、ご説明して頂けますか」

 

 

 目の前には、自分が脱いだワイシャツ片手に怒髪天を衝く、セーラーエプロンな般若様……もとい、“彼女”が立っていて、そうは行かなかった。

 自分? ジャージ姿でリビングの板の間に正座してますが何か?

 いつものように帰って来て、部屋着に着替えるまでは普段通りだったのだが、着替えて戻ってみると“彼女”は天使から般若様になっていた。

 物凄く正座が辛いです。セイバーさんとキャスターさんは、いつもと違う衣装で遠目にニヨニヨと笑っています。

 助け舟くらい出してくれたって良いんじゃないですかねぇ!? ポテチ貪ってないでさぁ!?

 

 

「聞いているんですかっ」

 

 

 はいっ、聞いておりますっ。

 

 観戦モードなサーヴァント達に恨みがましい目線を送っていると、“彼女”の厳しい声が飛ぶ。

 今まで、セイバーさんとかキャスターさんに怒っている姿は見てきたが、自分に向けられるとこんなに居た堪れないとは……。

 とにかく、どうにかしてこの苦境を乗り切らねば。言い訳しなければ!

 

 あの、あのですね。それは多分、会社に入った新人の子を抱き留めた時に……。

 

 

「抱き留め……?」

 

 

 あ。ヤバい、早速しくじった。

 ただでさえ釣りあがっていた形の良い眉が、左右非対称に釣りあがっていく。

 目はギラギラと輝き、激情が渦巻いているのは火を見るよりも明らかだ。

 いや、言葉が足りなかっただけで、キチンと説明すれば! まだワンチャンある!

 

 ち、違うんだよ! 誤解しないでくれっ、自分はあの子を助けただけで……。

 

 

「言い訳は見苦しいぞ、平民よ。だがしかし、余は見直したぞ? お主にそんな甲斐性があったとはな。のう、タマモよ? 余も生前は放蕩耽ったものよ……」

 

「何を言ってるんですか、全く。ご主人様の側で生活する栄誉を賜っておきながら、他所の女に目移りするだなんて。これだから男子はヤなのよ! ねーご主人様ー?」

 

 

 余計なちゃちゃを入れる二人のサーヴァントは、かたやTシャツにホットパンツという姿でソファに寝そべり、かたやワイシャツ&スカート+ネクタイx腰巻き上着でクイックル掛けという、言葉に困る格好だった。

 太ももが目に嬉しいセイバーさんはともかく、言動や着る物だけでも真似ればJKになれると思ったのだろうか、この駄狐さんは。ちょっと可愛いのが逆にムカつく。

 

 ううむ。どうすれば切り抜けられるのか……。

 頭を抱える自分だったが、そこへ横合いから割り込んでくる影があった。

 こ、この真っ白な割烹着と褐色の肌は、まさか!

 

 

「まってください! ちゃんとナナシさんの言いぶんも聞かなきゃダメです!」

 

 

 あああ、アルテラちゃん。

 こんな状況でも自分の味方をしてくれるなんて、君こそこの世界に遣わされた女神様だっ。

 ありがとう、ありがとう!

 

 

「ナナシさんの話を聞いて、それからどうオシオキするのかを決めるのが、正しい文明のありかただと思いますっ。ですよね、マスター?」

 

 

 ガッデム! 女神は女神でも罰の女神(ネメシス)かっ!

 

 助け船かと思いきや、お仕置き確定みたいな言い方をするアルテラちゃん。

 思わず悲鳴を上げてしまうが、“彼女”は全く意に介さず、極めて冷静に話を進める。

 

 

「アルテラの意見を採用します。話して下さい。洗いざらい、正直に。良いですね」

 

 

 まるで脅迫でもするかのように、“彼女”は顔をずいっと寄せる。

 ああ、怒った顔も可愛いですねー。間近に見ると眉間のシワまでクッキリー。

 このタイミングで言ったら火に油を注ぐだけだから、絶対に言えないけど。

 

 っていうか、本当にさっき言った通りなんだよ。

 その子と一緒に倉庫整理をする事になって、たまたま脚立で高い所に積んだ後、バランスを崩したから……。

 

 

「助けに入った、と」

 

 

 こくこくこく、と何度も頷く自分。

 じぃー、と“彼女”はこちらを見つめ続けている。

 目を逸らしたい気分ではあったが、何も後ろめたい事はしていないんだ。

 信じてほしいという気持ちを込め、自分も見つめ返す。

 すると、ややあって“彼女”は「ふう」と溜め息をつき、表情を柔らかくした。

 

 

「状況は理解できました。……すみません、早とちりをしました」

 

「なんだ、もう審判は終わりなのか、奏者よ? 余はつまらぬ。もっとこう、『意義あり!』と言いながら指を突きつけたりだな」

 

「セイバーさん? それ、さっきまでやってたゲームの話じゃないですか。

 リアルな裁判であんな事しませんよ。ま、つまらないという部分には同意ですけどー」

 

「ごかいがとけて良かったですね、ナナシさん? ナナシさんに“ふぉとんれい”するのは、ちょっとかわいそうだと思ってたので」

 

 

 “彼女”の怒りが鎮火した瞬間、リビングに張り詰めていた緊張感も霧散する。

 はあぁぁ……。なんとか助かったようだ。

 話せば分かって貰えると思っていたけれど、疑われている最中のヒヤヒヤ感は、電脳体でも心臓に悪い。

 二度と味わわずに済めば良いのだが……。

 

 

「所で、ですけど」

 

 

 あ、はい。なんでございましょう。

 

 

「その、新入社員という人は。……か、可愛いん、ですか」

 

 

 反射的に姿勢を正してしまったが、“彼女”は何を思ったのか、ペタンと自分の前に座り、気まずそうに様子を伺っている。

 これは、アレだろうか。もしかして、嫉妬してくれてる?

 どうしよう。微妙に嬉しいというか、チラチラとこっちを上目遣いに見る姿が、やたらめったら可愛いんですけど。

 しかしこの場合、なんと答えれば正解なんだ?

 嘘なんてつきたくないけど、目の前で他の女性を褒めるのも問題だろうし。

 とりあえず、ご機嫌を取りつつ話を逸らした方がいい、か。

 

 いや、えっと。

 自分としてはですね、君の方が好みで……。

 

 

「ありがとうございます。でも私の事はどうでもいいんですよ。

 その子は“貴方”にとって、可愛いと思える容姿をしているのかが重要なんです。

 さぁ、正直に答えてください」

 

 

 しかし残念。“彼女”は誤魔化されなかった。

 分かっちゃいたけど聡明だよね! そんな君が大好きだけど、将来的に尻に敷かれるの確実でちょっと憂鬱だ……。

 仕方ない、ここは正直に、自分の第一印象を話そう。

 

 こ、好感は、持てると思う。

 人懐っこくて、明るい笑顔の似合う、良い子だよ。

 

 

「……そう、ですか」

 

 

 それきり、“彼女”は黙り込む。

 沈黙。

 焦りを感じさせた先程までの緊張感とは打って変わり、ただただ息苦しい緊張感が漂った。

 いつもはやたら騒がしいはずのサーヴァント達ですら、一様に静まり返っている。

 沈黙が、続く。

 

 

「奈々篠さん」

 

 

 やがて、“彼女”はおもむろに口を開く。

 

 

「私は、“貴方”を信じます」

 

 

 真摯な瞳が、こちらを真っ直ぐ見据えている。

 その美しさに射抜かれたのも束の間、緩やかに下がる目尻からは──

 

 

「信じます。信じています。けど、もし“貴方”が、私以外を……望む、なら……うっ、ぐす……っ」

 

 

 ──透明な雫が溢れ始めた。

 嘘っ、泣かれたー!?

 

 

「こらナナシノ!? お主、余の奏者を泣かせるとはどういう了見なのだ!?」

 

「大丈夫ですか、ご主人様? はい、お鼻かみましょうね、ちーん」

 

「マスター、泣かないで……」

 

 

 途端、“彼女”の周りに三騎のサーヴァントが、外敵から守るかのように集結する。

 ポテチを突きつけるセイバーさん。甲斐甲斐しくティッシュを差し出すキャスターさんに、頭をポンポンして慰めるアルテラちゃん。

 そして、肩を震わせながらちーんし、ボロボロと涙を零す“彼女”。

 少しして落ち着きはしたのだろうけれど、涙目、鼻声のまま俯く。

 

 

「っすん、はぁ……。すみませんでした……。“貴方”と他の誰かがイチャイチャしつつ歩いている所を想像してみたら、思いのほかダメージが大きくて……」

 

 

 そ、そうなんだ。

 

 すこぶる落ち込んだ様子で、“彼女”は頭を下げる。

 そんな事で? とも思ったが、“彼女”がイケメンと腕を組んでいる所を想像してみたら、一瞬で死にたくなるくらいグサッと来たので、軽く見てはいけない。

 こんな風に落ち込んでもらえるくらい、自分は想われているという事なのか。

 もちろん自分も“彼女”の事を想っているけれど、今回は色んな意味で不安にさせてしまった。反省しなければ。

 

 というか、色々とスッ飛ばしてキスとかしちゃってるが、自分の気持ちを言葉にした事ってあっただろうか?

 記憶している限り、感謝の気持ちを伝えたり、大切だと言った事はあったと思う。しかし、気持ちを具体的に言葉にしたりはなかったような……。

 これじゃ駄目だ。

 泣いてる顔も落ち込んでる姿も愛おしいけど、むやみに不安にさせるようじゃ、“彼女”の想い人として失格だ。

 

 あのさ。舌の根も乾かないうちに、こんなこと言ったって、信じてもらえないかも知れないけど。

 

 

「……はい」

 

 

 もともと正座していたが、改めて背筋を正し、“彼女”を見つめる。

 真剣な気持ちを察したのか、“彼女”も見つめ返してくれた。

 

 じ、自分は、君だけだから。

 自分は、君を、あ……あぃ……愛し……。

 

 

「……っ」

 

 

 何を言わんとしているのか、もう理解しているのだろう。

 “彼女”は胸の上で手を組んで、眼差しに期待を込めているように見える。

 意外にもセイバーさん達まで空気を読み、固唾を飲んで見守ってくれて。こんなチャンス、二度とないだろう。

 言え、言うんだ、今こそ言うぞ!

 

 自分はっ、君の事を愛──

 

 

《ドッカーン》

 

 

「ここで会ったが百年目! そこの破廉恥男っ、乙女のピュアピュアハートにドぎつい……らら、ラブシーンを見せつけた罪、そして子リスの唇を穢した罪! その命で贖いなさぁああいっ!」

 

 

 リビングの壁を突き破り、登場したのはメイド服なドラ娘さん。

 モップを槍代わりに、鼻息荒くこちらへ突きつけている。

 そう、唐突なお邪魔キャラの登場にビックリしている自分へと。

 

 

「エリザベート……。流石の余でも自重したというのに、このタイミングはないぞ……」

 

「場の雰囲気を読むって事を知らないんですか? これだから、いつまで経っても小間使いから抜け出せないんですよ。っていうか借金増額ですからね」

 

「あ、あれ? 何よこのアウェー感。まるで私が空気の読めない痛い系女子みたいじゃない!?」

 

 

 あなた達とは同じ気持ちだと思ってたのにぃ!

 的な裏切られ感を醸し出すバートリーさんだが、どちらかと言えば裏切られたのはこちらである。何事もなく言えるだろうという予想をだけど。

 頑張ったんだけどなぁ……。勇気を出して、愛してるって言うつもりだったのになぁ……。なんかもう、悲しい……。

 

 

「大丈夫ですよ、ナナシさん。おジャマ虫はすぐにフォトンレイ(ガチ)して消し炭にしちゃいますからね」

 

「ちょっとぉ!? なんかそこのロリっ子、メッチャ物騒なこと言ってるんですけどー!?

 こ、子リスは私の味方よね? こんなに可愛いエリちゃんが消し炭になるなんて、あり得ないわよねっ?」

 

 

 絶妙なタイミングで横槍を入れられ、遣る瀬無さにうな垂れていると、アルテラちゃんが優しく頭を撫でて慰めてくれる。

 その暖かさに癒されるのは確かだけど、発言内容が超物騒なのも確かだ。人死にが出るのはマズい。

 いったい“彼女”は、バートリーさんをどうするつもりなのか。

 様子を伺ってみれば、予想外にも満面の笑みを浮かべ、しかし、グッと立てた親指を、無慈悲に下へGo To Hell。

 次の瞬間──

 

 

「どうしてこんな役割ばっかなのよぉおおーっ!?」

 

 

 ──悲鳴をあげるバートリーさんに、三色の光剣が襲い掛かるのだった。

 自分が“彼女”に愛してると言える日は、案外遠いのかも知れない。

 あー、家具が薙ぎ倒されていくー。

 バートリーさん頑張ってー。

 後味悪いから死なないでくださいねー。でも適度に痛い目見てねー。

 

 

 

 






 オマケのExterior material


○藤丸 立香
 筆者が欲望に負けて登場させてしまった、FATE/GRAND ORDERの女主人公。
 人理の修復者。ぐだ子。第二の平凡詐欺。つまりは二号(意味深)。
 だがしかし待って欲しい。彼女は本当に藤丸 立香なのだろうか。
 そもそも、我々は何を以って藤丸 立香を藤丸 立香として認識しているのか。
 やはりそれは課金必死(誤字に非ず?)なアプリを経てだったり、特番アニメを経ている可能性もある訳だが、この作品に登場した藤丸 立香はそれらに当てはまらない。
 藤丸 立香が藤丸 立香たり得るには、藤丸 立香を主役とした物語が必要不可欠であり、彼女にはそれが無いからだ。
 つまり、この藤丸 立香は藤丸 立香であって藤丸 立香でなく、けれど確かに藤丸 立香の要素を持つ、奇怪な存在なのである。
 ところで後書き中に何回「藤丸 立香」と言ったでしょーか? 正解者には水着姿の立香ちゃんから「せーんぱい!」と呼んでもらえる権利が与えられるかも知れません。

 本家本元を陽とするなら、彼女は陰であろう。
 共に成長するはずのシールダーは居らず、苦楽を共にするサーヴァント達も存在しない。
 傍目には明るく元気で超可愛い(ここ大切)なJKだが、その実、かなりの劣等感を抱えており、鬱屈した感情を空元気で誤魔化している。
 それは、ちょっとだけマスターとしての素質を持ってしまった少女が、なんの脈絡もなく電脳世界へと放り出され、孤独に怯えながらも、必死に生きようとして見つけ出した処世術だった。
 そんな時、うっかり同じ境遇の人物を見つけてしまい、見事な後輩属性を発現。純粋に慕い始めてしまうのである。それがどんな感情に変化していくのか、気付く事もないまま。

 こんな可愛い子はぐだ子じゃない? みんなリヨに毒され過ぎなんよ。
 ちなみに、時給は480円。家賃・水道光熱費込み、朝夕の賄い付きである。
 そして主人公の時給は790円。一応、保険的なものはあるらしい。

 ???「私の会社がホワイト企業だとでも思ったのかね」





 以上! 今後も気が向いたら更新するかも知れませんし、しないかも知れません。
 さぁて、今日も夜勤だ……。

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