この世界にきてから二ヶ月が経過。
私は……だれていた。
「ねえ、お姉ちゃ~ん」
と雷が言う。
「ん~? 何~?」
「退屈なのです~」
と電が言う。
「アンタ達ね~。私のベッドで寝転がって、私の腕を枕にしながら、大和特製アイスバーをペロペロしつつ贅沢言ってんじゃないわよ~」
そう言う私も、アイスバーを咥えながらベッドの上に寝転がっていた。
あ~、平和ね~。あまりにも平和すぎてちょっと退屈ね~。
「ねえねえ、お姉ちゃん。また何かしようよぉ~」
「何かって何よ?」
「う~ん。この前みたいなイベントとかしたいのです~」
「イベントって……ああ! この前の料理対決のことか。あれは私がプロデュースしたんじゃないわよ」
「じゃあ今度は、お姉ちゃんが何かプロデュースしてよぉ」
「そんな簡単に――」
「提督、失礼します」
そこに翔鶴がやってきた。
「もう! 何ですか、提督。昼間からそんなにだらけて」
「いいじゃない、ちょっとくらい。平和なんだしさ」
「それはそうですが……ああ、そうそう。食糧と資材の備蓄リストができましたよ」
「おおっ、ご苦労様。あとで確認しとくわ」
「ええ。お願いします……」
普段ならこれで去るはずの翔鶴が、今日は去らずに、何か名残惜しげな視線を向けてくる。
「ど、どうかしたの、翔鶴?」
「えっ! い、いえ、その……特に何かあるわけではないんですが……」
そうは言いながらも、翔鶴はもじもじしてその場を動かない。
「提督……今日はその……しないんですか?」
「えっ! な、何を?」
「で、ですからその……今日はわたしのスカートを、その……」
「ああ! 思い出した! 今日は榛名が、三時のおやつにおはぎを作ってくれるんだったわ! 雷、電、食堂へ急ぐわよ!」
そう言って、私は雷と電を脇に抱え、寝室をあとにした。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
食堂でおはぎにパクつきながら雷が言う。
「ん? どしたの?」
「何で翔鶴さんのこと避けてるの?」
「うっ! アンタ、鋭いわね」
「結構分かりやすかったと思うのです~」
と、口の周りにアンコをいっぱい付けた電にまで言われてしまう。
「そうよね。でも、一体どうしちゃったの? ちょっと前までは、むしろ翔鶴さんの方がお姉ちゃんを避けてるっぽかったのに」
「いや~、それがさ~。何か最近、翔鶴の私を見つめる視線が、妙に熱っぽいのよね~」
そうなのだ。最近、翔鶴が私を見つめる視線が、妙に熱っぽいのだ。
前はあんなにスカート捲られるのを嫌がってたのに、今ではむしろ、してくれと言わんばかりに待っていたりする。
「いいじゃない。お姉ちゃんはスカート捲りが生きがいなんでしょ?」
私は雷のよく伸びるほっぺを軽く引っ張った。
「生きがいじゃないわよ。あれはただ、翔鶴をイジッてその反応を楽しんでいただけ」
「そういうのを悪趣味と言うのです~」
「電、結構ツッコミが厳しくなってきたわね。けどさ~、最近の翔鶴は、むしろスカート捲ってくださいと言わんばかりでさ~。何かそこはかとなく百合臭が――」
「提督、大変です!」
私の言葉に誰かが割って入ってきた。
「神通じゃない。どうしたの?」
「大変なんです! とにかくきてください!」
神通がそう言って私の元を訪れてから五分後、私は神通に背を押され、彼女の部屋へとやってきていた。
川内と共が寝起きしているその部屋の中に入ると、そこにはすでに、利根、筑摩、高雄、愛宕の四人が集まっていた。
「ようやくきたか」
「ど、どうしたの? アンタ達まで」
「話はあとじゃ。まずはこれを見てみい」
利根にそう言われ、私は利根の指差す方へ視線を向ける。
「キャアアアアア!」
目を向けた瞬間、私は悲鳴を上げていた。
視線の先にいたのは、この世の絶望を全て詰め込んだような顔をして、ぐったりと横たわる川内の姿だった。
「な、何よこれ! どうしちゃったの?」
「どうしたもこうしたも見ての通りじゃ」
「見ての通りって、丸の中に目と口の部分だけ穴を開けたような、ぶっちゃけ埴輪みたいな顔してるじゃない」
あれ? でも、この顔どっかで見たような……
「疲労度マックスです」
そう言ったのは、いつものように慎ましく利根の傍らに控える筑摩。
「疲労度マックス? ああ!」
そこで私は思い出した。
なるほど。あの艦娘を出撃させすぎると出るアイコンのことか。
でも……あれ?
「変じゃない? だって最近、誰も戦闘なんてしてないじゃない」
新しい隠れ家に移ってから、まだ一度として戦闘はしていない。哨戒くらいはさせてるけど。
「確かに。しかしこれは、肉体的な疲労ではない。精神的な疲労じゃ」
「精神的な疲労? どしたの川内? なんか悩みでもあるの?」
「川内姉さんに悩みなんてありません! 姉さんは、川内姉さんは夜戦欠乏症なんです!」
「…………なんか名前聞いただけで事情が全て飲み込めちゃうわね」
「提督、何とかしてください! このままじゃわたし……わたし、怖くて夜も眠れません!」
確かにこの顔が隣で寝てるのは辛いな。
「でも、なんとかって言われてもな~。まさか本当に夜戦させるわけにもいかないし……」
不必要な戦闘は極力避ける。これは譲れない。
でも、このままじゃ神通が可哀想だしな。
「そうだわ! 誰か暗示とか催眠術とか使えたりしない? それを使って、川内に『お前は夜戦が大嫌いなのだ』とか吹き込んどけば……」
「これ提督よ、今は茶化してよい場面ではないぞ。ちょっとはTPOというもんを弁えんか」
「……ごめんなさい」
ちょ、ちょっと本気だったのに……
「あっ! じゃあさ、アンタ達の誰かと、その辺で軽く戦ってくるってのは……」
「やってもよいが、模擬弾を使っての演習で川内が納得するかの」
「そ、それもそうね。となると……」
「何とか戦闘をせずに夜戦をする方法があるとよいのですが……」
「高雄ちゃ~ん。それじゃ夜戦にならないわよ~」
そこで私の頭にランプが点灯した。
「おおっ! 良いこと思いついたわ!」
「えっ? 戦闘せずに夜戦をする方法を思いついたの~?」
「違う違う。もちろん戦闘するわよ。ただし、あくまでも平和的にね♡」
時刻はヒトキューマルマル。日は完全に沈み、お外は真っ暗。
ここは隠れ家内にある多目的ホール。そこは今、不気味なまでに真っ暗で静まり返っていた。
パッ!
暗闇を切り裂くようにして、スポットライトがある人物を照らし出す。
その人物とは……フッ、この私よ!
「レディースエーンドジェント……あっ! 男はいないんだ。じゃあ……みんな、お待たせ~~! これより、第一回艦隊アイドルナンバーワン決定戦夜の部(昼の部なんてないけど)を開催しま~す!」
『イエーイ!』
私の声と共に、みんながノリノリで手を振り上げる。
「さてさて始まりました。艦隊アイドルナンバーワン決定戦! 僭越ながら司会進行はこの私、有希乃が務めさせていただきます。このイベントは、その名の通りこの艦隊のナンバーワンアイドルを決めるイベントです! ルールは簡単! 出場選手には、一人一曲ずつ自慢の持ち歌を披露してもらい、それを審査員の方々に評価していただきます。そして、その評価が最も高かった艦娘こそが、栄えあるこの艦隊ナンバーワンアイドルとなるわけです!」
『オオーーーー!』
「そして優勝商品はぁ~、な、なんとぉ、私の実現可能な範囲で、何でも一つお願いを聞いてあげちゃいます! 一日お休みがほしい! オッケー! 食糧庫から嗜好品がほしい! オッケー! 酒でも肉でもお菓子でも何でも持ってけドロボーです! あくまでも私の実現可能な範囲でなら、アナタの望みを何でも一つ、叶えちゃいます!」
『オオーーーーーー!』
「なお、匿名希望のツインテール甲板娘の希望により、今回のイベント出場アイドルは、前回のお料理ナンバーワン決定戦に出場しなかった艦娘限定とさせていただきます。予めご了承ください」
『ブーブー!』
一部からブーイングが起きる。
わ、私が提案したわけじゃないのに……
「さ、さて、それではまず、審査員の方々からご紹介しましょう! 今回審査してくださるのは、艦隊の重鎮であるお三方、大和さん、陸奥さん、翔鶴さんです!」
私の紹介に三人が手を振る。
「お三方、一言いただけますか」
「審査なんてするのは初めてなんですけど、頑張ります」
と、笑顔で答える大和。
「ウフフ、楽しみね~」
と、楽しそうな顔で答える陸奥。
「…………」
そして、翔鶴はしかめ面で無言だった。
なんか機嫌が悪いみたい。
「あの翔鶴さん、一言……」
「……頑張ります」
思い切り不本意ですと言った感じで答える翔鶴。
まあ無理もないか。元々イベントに出場することを希望していたからね。
ツインテール甲板娘(ていうか瑞鶴)の一言で裏方に回されちゃ不機嫌にもなるか。
とりあえず触らぬ神にたたりなしってことで……
「え~、それでは次に解説のご紹介です。今回解説を務めていただくのは……」
「ゆーと」
「まるゆです!」
ゆーちゃんとまるゆが、少し離れたところに設置された解説席に座って言う。
フフ、二人とも最初は愚痴ってたけど、なんだかんだで乗り気みたい。
「それではいよいよお待ちかね、出場選手の入場です!」
私の紹介で入ってきたのは、榛名、瑞鶴、大井、睦月、大淀、それに川内の六人。
今さらながらに説明すると、私は川内のやりたがっていた夜戦を、ガチンコのアイドルナンバーワン決定戦という形で行うことにしたのだ。
埴輪顔で倒れる川内に、これはアイドルにとっての夜戦も同じと説明すると、急にキラキラ状態になって復活した。ほんと可愛いおバカちゃんだわ。
まあ最近退屈してたし、たまにはこういうのもいいでしょ。
ちなみに多目的ホールの防音性は、すでに利根と筑摩に命じて強化済み。騒いでも早々外に音は漏れない。
「それでは順番にご紹介してまいりましょう! まずはエントリーナンバー一番、金剛型一の常識人。見た目通りに高い女子力を誇る艦隊の大和撫子、榛名さんです!」
「よ、よろしくお願いします……」
「おおっ! 少し緊張気味のご様子」
「は、はい……榛名、あんまり一人でこういうイベントに出たことないから、ちょっと緊張してます……」
「榛名~! ファイトで~す!」
「おおっ、お姉さんである金剛さんから激励が。これは頑張らないといけませんね!」
「は、はい……」
「それでは意気込みのほどを一言お願いします」
「え、えと……その……が、がんばひまひゅ!」
「おおっと、噛んでしまった~! いいですね~、お約束ですね~。今のできっと、みんなの萌えキュンポイントアップ間違いなしですよ!」
「ううっ、は、恥ずかしいです……」
「クゥ~、恥らう姿も萌え萌えですね。優勝したらどんなお願いをするかは、もうお決まりですか?」
「は、はい。榛名、食糧庫にある純米大吟醸を一本いただいて、それを金剛お姉様と二人で飲みたいです」
「オッケーオッケー! それでは頑張っていただきましょう! さてお次は、エントリーナンバー二番! 艦隊一のフルフラットボディを誇る正規空部、瑞鶴さんです!」
「誰が艦隊一の貧乳よ!」
「いえ、そこまでは言ってないんですけど……」
「言ってるようなもんでしょうが!」
「まあまあ落ち着いて。とりあえず意気込みのほどをお願いします」
「えっ! え~と、その、まあ、あんまり人前で歌ったことはないけど、歌は苦手じゃないから頑張るわ」
「おおっと、急に素人さん独特の恥じらいを見せてきましたね。さっきの榛名さんのあとでは些か二番煎じ感が否めませんが」
「う、うっさいわね! 別に演技でやってるんじゃないわよ!」
「なるほどなるほど。で、お願いの方はもう決まっているんですか?」
「き、決まってるわ」
「おおっ! 言い切りましたね。で、そのお願いとは?」
「…………」
「あの、瑞鶴さん? 大丈夫ですか? さっきからお顔が真っ赤ですが……」
「まだ……内緒」
「へっ?」
「お、お願いはまだ……内緒」
「な、なるほど。まあ人前では言いにくいお願いもあるでしょうし、今は聞くのをやめましょう。あっ、言い忘れましたが、みんなの前でお願いを言うのが恥ずかしいという選手の方は、あとでこっそりお願いしてもオッケーです」
「ね、ねえ、有希乃……」
「何ですか?」
「その……お願いって何でもいいのよね?」
「えっ? ええまあ……あくまでも私の実現可能な範囲でだけどね」
「そ、それは大丈夫よ。うん、大丈夫……」
「そ、そう。え~、それでは頑張っていただきましょう。お次はエントリーナンバー三番この艦隊唯一のじら……じゃなかった、核だんと……でもなかった、この艦隊のリーサルウエポン! またの名をづほのストーカー! 重雷装巡洋艦大井さんです!」
「アナタ……ひょっとしてわたしにケンカ売ってるの?」
「いえいえとんでもない。ですが、もしそう思うのなら、それはアナタの心に何かしら思い当たることがあるからですよ。フフフ……」
「……フン。まあいいわ」
「ちなみに自信のほどは?」
「あるに決まっているでしょう。わたしの美声に酔いしれるがいいわ」
「ず、随分と自信がおありのようですね。ちなみにお願いの方は……」
「もちろん決まってるわ。随分と悩んだんだけどね」
「なるほど。お聞きしても?」
「ええ、いいわよ。私の望みは、ズバリ、づほちゃんと二人で、ゆっくり、じっくり、ねっとりと濃密な時間を過ごすことよ!」
『…………』
「ほんとは今目の前にいるクソ提督に、全裸でこの隠れ家を一周させようとも考えたんだけど、そんな汚らわしいものをづほちゃんに見せるわけにはいかないから、こっちにしたの。その時は誰にも邪魔させないわ。づほちゃんと二人で寄り添い合って、×××してピーしてズキューンなことも――」
ピィィィィィィ!
「おおっと、ホイッスルが鳴ってしまったぁ! ていうか鳴らしたのは私だけど。そして、おおっとぉ、レッドカードまで出てしまったぁ! ていうか出したのも私だけど」
「はあ? アナタ、何を一人でブツブツ言ってるの?」
「ここで皆様にご説明いたしましょう。先ほどお伝えした通り、叶えられるのはあくまでも私の実現可能な範囲でのみです。同意の上ならともかく、他の艦娘を本人の許可なく連れ出してイチャコラしようとするのは当然認められません。大井、見てみなさい。づほがすっかり怯えているじゃないの!」
「違うわ! あれは、これからどんなことをしてもらえるんだろうっていう期待の眼差しよ! わたしも北上さんといる時によくあんな状態になったもの!」
「自分に都合がいいように解釈しないように! え~、あまりにもお願いが過激かつチビッ子達への情操教育上よろしくないため、大井選手、強制退場です!」
「強制退場って何よ! えっ! えっ! 高雄さん! 愛宕さん! 何でサングラス着けて……ってこれじゃ前と同じじゃないの~~!」
「え~、不埒者がガードマンによって強制排除されたところで、エントリーナンバー四ば……ではなく三番! 艦隊の元気印! 今日もはりきって行きましょう~の睦月さんです!」
「にゃわ! よ、よろしくお願いします……」
「少し緊張気味のご様子ですね。聞くところによると、睦月さんは相当歌がお上手だとか」
「にゃ! そ、そんなことないにゃ!」
「お願いの方はもうお決まりですか?」
「え、ええっとぉ、睦月、島風ちゃんと一緒にお休みをもらって、一日ゆっくり遊びたいにゃ」
「おおっ! 何とも純粋で微笑ましいお願いですね。もちろんオッケーですよ。頑張ってください。それではお次、ここできました優勝候補筆頭、我が艦隊の隠れた歌姫と称される、エントリーナンバー四番、軽巡洋艦大淀さんです!」
「よろしく」
「さすが大淀さん。全く動じた様子はありませんね」
「そうですか? これでも結構緊張はしていますよ」
「おおっとぉ、受け答えもクールだぁ! 大淀さんも、聞くところによると、相当歌がお上手だとか」
「まあ、そこそこですね。大したことはありませんよ」
「な、なるほど……何やら絶対王者のような風格が漂っておりますが……え~、お願いについては……」
「そうですね。わたしは特にお休みなどはいらないので、食糧庫から何かいただくことにします。イカの塩辛なんかいいですね」
「オ、オッケーです。なんか冷静すぎて逆に私の方が緊張してしまいましたが、それでは健闘をお祈りします。さてさて、いよいよ最後の選手の入場です。最後に控えますのは、この艦隊の暫定(というか自称)アイドル、軽巡洋艦川内ちゃんです!」
「ヤッホーー! みんなお待たせ~! みんなのアイドル、川内ちゃんだよ~♪」
「おおっと、始まる前からすでにテンションマックスといった感じですね。しかし、あそこで紙吹雪を撒いている妹の神通さん、ほんとにお疲れ様です」
「まあね~。なんたってこの艦隊のナンバーワンアイドルだから~、キャハ☆」
「なるほどなるほど。気合十分なご様子。すっかり夜戦欠乏症も治って、なんて現金なや――ではなく、治って本当に何よりです」
「ありがと~。川内ちゃんもみんなに会えて嬉しいよ~。キラリン☆」
「え、え~、意気込みのほどはすでに聞くまでもないので、お願いの方は……」
「もっちろん、もう決まってるよ! 川内ちゃんのお願いは~、これから毎日、川内ちゃんライブをやる許可をもらうこと~♡」
「ま、毎日はちょっと……四日に一度くらいでどうでしょうか?」
「え~! 毎日川内ちゃんに会えた方が、みんな絶対大喜びなのに~!」
「そ、それはどうでしょう。毎日会うよりもたまに会えるくらいの方が、ありがたみもあって良いと思いますが」
「あっ! なるほどぉ、確かにね~。じゃあ、それでいいよ♪」
「え、え~、それでは全選手の紹介を終えたところで、早速エントリーナンバー一番の方から歌っていただきましょう。それでは榛名選手、お願いします!」
他の四人が舞台袖へと下がり、榛名だけが残される。
「それでは歌っていただきましょう! 榛名選手で『進め! 金剛型四姉妹(ソロバージョン)』です!」
まあ、無難というか予想通りのチョイスではあるわね。
『進め! 金剛型四姉妹』は、榛名や金剛達のテーマソングとも言うべき曲だ。
本来は、金剛型四姉妹である金剛、比叡、榛名、霧島が全員で歌っているのだが、今回はソロバージョンということで全部一人で歌うのだろう。
ホールに曲が流れ始め、目を閉じていた榛名がゆっくりと目を開く。
「~~~~」
そこから流れる透明感のある澄んだ歌声。ちゃんと比叡や霧島の部分は声を変えている(まあ、声優さんが同じなんだから簡単にできるんだろうけど)。ちなみに金剛のパートは、何故か金剛本人が、観客席からマイクを持って歌っていた。
そして歌が終わり、観客のみんなから大きな拍手が巻き起こる。
拍手を受けた榛名は、少し上気した顔でペコリと小さくお辞儀した。
「榛名選手、ありがとうございました~! いや~、素晴らしい歌声でしたね~。榛名選手の歌はどうでしたか? 解説のゆーさん、まるゆさん?」
「ん。グッジョブです」
「お上手なのです」
「なるほど。解説のお二人も高評価のご様子。これはいきなりの高得点が期待できそうです。それでは審査員の方々、一人持ち点十点で評価をお願いします。ちなみにこの得点表示装置を提供してくれたのは、我が艦隊の装備担当、利根さんと筑摩さんです」
言われて利根はブイサイン。筑摩はニッコリエンジェルスマイル。
「さて、評価が終わったようです。それでは早速発表に参りましょう。エントリーナンバー一番榛名選手の『進め! 金剛型四姉妹』の得点は、大和十点、陸奥九点、翔鶴九点で、合計は二十八点だぁぁ!」
『オオォォーー!』
「いや~、いきなり高得点が出ました! 榛名選手、感想のほどをお願いします」
「あ、あの、嬉しいです。ありがとうございましゅ」
「おおっとぉ、またも噛んでしまったぁ~!」
ピッ!
「そしてなんとぉ、それを見た審査員の陸奥さんが、得点の九点を十点に変更したぁ! 榛名選手、見事な戦略だぁ!」
「そ、そんな! 榛名はそんなつもりじゃ……」
「フン。何カマトトぶってんだか。あからさますぎて気持ち悪いったらありゃしないわ」
「ガードマンの高雄さん、愛宕さ~ん! どっかのバカ雷巡がこっそり抜け出して寝言ほざいてるんで、摘み出してくださ~い!」
「フン。そう何度も捕まる大井さんじゃ――って、二人ともいつの間に! あ、やめて! 引き摺らないで! っていうかこのクソアマ! あとで覚えてなさいよぉぉ~!」
「さて、邪魔者も消えたことですし、高得点を獲得した榛名選手には、暫定艦隊ナンバーワンアイドルとして、あそこにある利根筑摩特製ナンバーワンアイドル玉座に座っていただきましょう」
「えっ! 榛名、あそこに座るんですか! なんか王様みたいで落ち着かないんですけど……」
「そうです。最後まであの玉座に座り続けることができれば、榛名選手の優勝です。どうぞ」
榛名がおずおずと玉座に腰を下ろす。
「果たして榛名選手の得点を上回る選手は現れるのでしょうか。続きましてエントリーナンバー二番、瑞鶴選手。歌っていただくのは、『二羽鶴(ソロバージョン)』だぁ!」
まあ、これも妥当なチョイスではあるわね。
ちなみに『二羽鶴』も、瑞鶴、翔鶴姉妹のテーマソングに当たる曲で、本来は二人で歌う曲だ(まあ声優さんがおんなじだから、結局は一人なんだけど)。
会場に曲が流れ、瑞鶴がゆっくりと息を吸う。
「~~~~」
う、うまい……
まあ、瑞鶴の声は、当然声優さんが担当しているんだから、歌を歌わせてもうまいのは当然だけど……
やっぱり普通にうまい。これもかなりの高得点を期待できそうね。
「瑞鶴選手、ありがとうございました~。いや~、意外と言っては失礼ですが、予想以上にお上手でしたね~。どうでしたか、解説のゆーさん、まるゆさん?」
「ん。確かに意外です。オンチだと思ってました」
「空気を読んでないです」
「おおっとぉ、解説のお二人の好き勝手なコメントに、若干瑞鶴選手がお怒り気味のご様子。まあしかし、これはかなり強引ですが褒め言葉ということにしておきましょう」
「フン。あんなの全然大したことないじゃない。アナタ達みんな、耳がちょっとイカレてるんじゃないの?」
「ガードマンさ~ん! どっかのバカがまた抜け出してますよ~! めんどくさいから縛り上げて営倉にでもブチこんどいてくださ~い!」
「フン。予想通りの展開ね。しかし、今回はそう簡単には捕まらないわよ……って、高雄さん、愛宕さん! さっきまで反対側にいたはずなのに! あ、やめて! ロープはやめて! 北上さんを、北上さんに縛られていた頃を思い出すから! あっ! あっ! あああぁぁぁ!」
「……何やら最後の方は、もがいているのか喜んでいるのか判断に迷ってしまいましたが、邪魔者が消えたところで、気を取り直して評価へと参りましょう。大和十点、陸奥十点、翔鶴――えっ!」
翔鶴の出した得点に、私は思わず言葉を失った。
会場もざわついている。
「あの、翔鶴さん……その、こちらの点数でよろしいのですか?」
「はい。これがわたしの出した得点です」
「そ、そうですか。そ、それでは改めて得点を発表します。大和十点、陸奥十点、翔鶴……零点で、瑞鶴選手の得点は二十点だぁ!」
「異議あり!」
そう叫んだのはもちろん瑞鶴だった。まあ無理もないけど。
「異議あり! 異議あり! 異議しかないわ! 翔鶴姉、どういうことよ!」
「どうもこうもないわ瑞鶴。アナタの得点は零。これがわたしの評価よ」
「何でアタシの歌が零点なのよ!」
「あら? 随分と自信家になったのね、瑞鶴。そんなに自分の歌がうまいと思っていたの?」
「うっ! そ、そういうわけじゃないけど……けど! 零点っていうのはあんまりじゃない!」
「あんまりなのは瑞鶴の方よ! 何よ、お料理ナンバーワン決定戦に出た選手は今回出場不可って! わたしだってこのイベントに出場したかったのに! このイベントに出場して、そして優勝して、提督と二人っきりで……ポッ」
翔鶴、何でそこで頬を赤らめるの?
「だって前回アタシを除け者にしたじゃない! その仕返しよ! 審査員なんだから、ちゃんと公正に評価してよ!」
「審査員の出した評価に異議を唱える資格なんて、アナタにはないわ!」
と言い合い、最後には取っ組み合いまで始める二羽の鶴。
「あの~、お二人とも、公衆の面前ですので、ここは一つ穏便に――」
「「誰のせいだと思ってるの!」」
えっ! 私のせいなの!
ダメだ。とてもじゃないが止められそうにない。
観客のみんなは興味津々で見てるけど、さすがにこのままにはしておけないし……
「え~、皆様にお知らせいたします。瑞鶴選手と審査員の翔鶴さんは、やんごとなき事情により棄権、そして退席いたしました。ということで新たな審査員に――」
「ゆーがやります」
「ゆーさんを迎え、イベントを再開したと思います。高雄さん、愛宕さんは、そこでじゃれ合ってる二羽の鶴をどっかやっちゃってください」
黒いサングラスをかけた高雄と愛宕が、瑞鶴と翔鶴を転がして連れて行く。
「なお、瑞鶴選手が棄権のため、暫定ナンバーワンアイドルは榛名選手のまま。榛名選手、まずは一度、王座防衛ということになります」
榛名が小さくガッツポーズする。
「それでは、ガードマンの二人が取っ組み合っていた二羽の鶴を撤去したところで、三番目の方に歌っていただきましょう。エントリーナンバー三番は睦月選手! 歌っていただく曲は『Bright Shower Days』です!」
これもまさしく妥当なチョイス。この曲は、アニメで仲良しだった睦月、吹雪、夕立の三人が歌った曲だ。
曲が流れ、睦月が歌いだす。
私は、以前に睦月がこの曲を歌っているのを聴いたことがあるが、やっぱりうまい。
睦月の可愛らしい歌声が曲と見事にマッチし、観客のみんなは超ノリノリ。
睦月、やるわね。
そして、満足げな表情を浮かべ、睦月が歌い終える。
「睦月選手、ありがとうございました~! さすがは睦月選手。前評判通りの素晴らしい歌声でしたね~。睦月選手の歌はどうでしたか、解説のまるゆさん?」
「~~~~」
「あ、なんかまだ一人で楽しそうに歌っているからそっとしておきましょう。しかし、これは得点も楽しみです。それでは早速得点発表に参りましょう。大和十点、陸奥十点、そしてゆーさんも十点で、なんと満点だぁぁぁぁ!」
『オオォォーー!』
「こ、ここで満点が出ましたぁ! そしてこの時点で、残念ながら榛名選手は王座陥落となります! それでは新暫定ナンバーワンアイドル睦月選手、玉座へとお座りください!」
「にゃ、にゃわ! む、むちゅきがナンバーワンアイドル! えと、えとえとえとえと……ふにゃ~~!」
「おおっとぉ、ここで睦月選手が倒れてしまったぁ!」
「あ、榛名が運びます」
「そして前暫定ナンバーワンアイドルの榛名さんにおんぶされて、睦月選手が今、玉座へと座りました~! 榛名選手、王座陥落残念でしたね。今の心境を一言お願いします」
「残念だったけど、楽しかったから大満足です」
「清々しいコメントありがとうございました。さてさて、睦月選手を越える方は現れるのでしょうか。といっても、すでに満点が出ていますので、残りのお二方は満点をとって並ぶしかないわけですが……」
「ちなみにまた満点が出たらどうするの~?」
「いい質問ですね、陸奥さん。とてもいい質問なんですが……実は私、満点の選手が複数出た時のことを全く考えてませんでした」
『ええぇぇ~!』
「皆さん、静粛に。ご安心を、もし仮に満点の選手が複数出た場合は、その選手同士によるサドンデスを行います」
『オオォォーー!』
「それでは次の方に歌っていただきましょう。次に歌っていただくのは、前評判の最も高かったこの方! エントリーナンバー四番、大淀選手! 歌っていただく曲は、な、なんとぉ『海色』だぁ!」
『海色』。アニメ版艦これのオープニングに使われた曲だ。
まさかそれを大淀(ていうか、川○綾子さん)の声で聴くことになろうとはね。
曲が始まり、大淀が歌い始めた瞬間、一瞬にして会場は静まり返った。
そう。静まり返ったのだ。
大淀の圧倒的な声量と歌唱力に惹き込まれて。
みんな、大淀が歌っている間、ただただその歌に聴き入っていた。
つい先ほどまで気を失っていた睦月まで、今は目を覚まし、大淀の歌に聴き入っている。
やがて、歌が終わる。
パチパチパチパチ!
そして、全員がその場を立って割れんばかりの拍手をおくる。スタンディングオベーションだ。
「いや~、なんと言うか、圧巻の一言でした。大淀選手の歌はどうでしたか、解説のまるゆさん?」
「…………」
「はい。何やら感動のあまり、未だに泣きながら拍手をしているのでそっとしておきましょう。それでは点数を……!」
そこでいきなり睦月が玉座をおり、大淀をそこへと促す。
「な、なんとぉ、どうやら先ほど満点を出した睦月選手が、大淀選手の得点が出る前にすでに敗北を認め、玉座を譲り渡しています! 少しお話を伺ってみましょう!」
「睦月の完敗にゃ。あ、あれには勝てないにゃ」
「あ~っと、まさかの得点発表前から敗北宣言だぁ~! これにより、暫定ナンバーワンアイドルの座が大淀選手へと移ります! 大淀選手、一言いただけますか」
「嬉しいです」
「いつも通りに超クールだぁぁ! さあ、この艦隊ナンバーワンアイドル決定戦もいよいよ大詰め! 最後の選手の登場です! 最後に歌っていただくのは~、この人だぁぁぁぁ!」
ポン! ポン! ポン!
私の紹介と共に、紙吹雪の中から、川内がド派手に登場する。
「やっほ~! みんなぁ、お待たせ~! 川内ちゃんだよぉ☆」
「川内選手、すでに大勢は決したような雰囲気ですが、意気込みのほどをお願いします」
「他のみんなも中々頑張ったみたいだけどぉ、やっぱり川内ちゃんには及ばないかなぁ、キャハ♪」
「な、なるほど……では、大淀さんの歌を超える自信があると?」
「当然。だって、この川内ちゃんこそが、艦隊の真のナンバーワンアイドルなんだからね」
「そ、そうですか。それでは歌っていただきま……ああ神通さん。もう紙吹雪は大丈夫ですよ。ほんとにお疲れ様です。アナタのあまりの健気さに、私、若干目から涙が……」
そう言って、私はハンカチを取り出し、目元を拭う。
「失礼しました。それでは最後、川内選手に歌っていただきましょう。歌っていただくのは――」
「新曲の『初恋! 水雷戦隊』いっきま~す!」
と、川内が私の声に割り込んで説明する。
『初恋! 水雷戦隊』。これは那珂のテーマソングだ。新曲とは言ったけど、当然私は知っている。
曲が流れ、それに合わせて川内が踊りだす。
あれ? なんか睦月が大慌てで私に手を振っている。
どうしたんだろう? え? 耳? 何で耳を指差してんの?
そうこうしていうるうちに、川内が息を吸い……
「×※○▲×※○▲×!」
そして、私は意識を失った。
歌が……聴こえる。
その歌声で私は目を覚ました。ここは……
見覚えがある。すぐ目の前に川。空は赤く、後ろには白い原っぱ。
そう。確かに私はここに一度きたことがある。あれは確か、羽黒の料理を食べて失神した時だ。どうやら、川内の歌(という名の騒音兵器)を食らって、またここにきてしまったらしい。ということは……
私は無意識のうちに身構えていた。どこからか足柄がやってくるような気がしたからだ。
もうあのカメ○メ波を食らうのは御免だからね。
しかし、いつまで経っても足柄が現れる様子はなく、聴こえてくるのは歌声だけ。
この声、どこかで聞いたような……
どうやら川の向こう側から流れているようだ。
私は、少し迷ったが、川を渡ることにした。
深くはないがやけに幅のある川を、ゆっくりと慎重に渡る。
無事川を渡りきり、声の方に進んでいくと、やがて人影が見えてきた。
一瞬、足柄かと思い、警戒を強めたが、どうやらそうではない。
人影の姿が、徐々に明確になっていく。あれは……
「那珂?」
そう。那珂だ。すでに戦死した、川内と神通の妹。そして自称、艦隊のアイドル。
私の声に反応して、那珂がゆっくりとこちらに振り向いた。
「誰~? 那珂ちゃんのファンの人~? 今はレッスン中だからサインはNGだよ~」
半ば予想していたイタいコメント。
「那珂!」
そのコメントに私は胸が詰まり、気が付くと那珂に向かって走っていた。
そして那珂に近づき……
その首を思い切り締め上げる。
「ぐ、ぐぇぇぇぇ!」
那珂が、およそアイドルらしからぬ声を上げた。
「な、何すんのよぉぉ……」
「何すんのよじゃないわよ! アンタのせいでウチの艦隊がえらいことになってんのよぉぉ!」
「な、何言ってんの……な、那珂ちゃん、わけ分かんないぃ……っていうか、アンタ誰ぇ?」
「私のことなんて今はどうでもいいのよ! それよりも、アンタが艦隊でアイドルごっこなんてやってたせいで、川内が妙な勘違いしてあとを継いじゃったじゃない! ○ャイアンも裸足で逃げ出すような奴に、歌を歌わせてんじゃないわよぉぉ!」
「せ、川内ちゃんが歌? 何言ってんの……川内ちゃんは超ドオンチだから、歌なんて歌えないよ……」
「そのオンチが無自覚に歌を歌ってるから始末に負えないんでしょうがぁぁ! アンタみたいに艦隊のアイドルとか言ってねぇ!」
「か、艦隊のアイドル……川内ちゃんが……?」
「そうよ! そのせいで私がどれだけ苦労したことか。ここで会ったが百年目! この怒りはアンタにぶつけさせてもらうからねぇぇ……!」
私が那珂の首をさらに締め上げようとしたまさにその時、那珂が手に持っていたマイクを放り投げ、私の首を絞めてくる。
互いに首を絞め合う私達。
「な、何を……」
「せ、川内ちゃんが艦隊のアイドルってどういうことよぉぉぉぉ……」
「だ、だから、アンタのあとを継いで川内が……」
「那珂ちゃんからアイドルの座を奪うなんて許さないぃぃ……か、艦隊のアイドルは那珂ちゃん一人なのにぃぃ……」
「だ、だから人の話を……」
だ、駄目だ……おち――
「ううぅぅ……」
まだ頭が朦朧とした状態で、私は目を覚ました。
目を覚まして最初に飛び込んできたのは、でっかいスイカが二つ。いえ失敬、スイカみたいな大きさの胸が二つ。
頭の後ろが柔らかくて暖かくて気持ちいい。
どうやら私は、このスイカみたいな胸を持つ艦娘に膝枕されてるみたい。
こ、ここは……
「あっ! よかった、気が付いたんですね?」
膝枕をしている艦娘――大和から安堵の声が漏れた。
「大和……よかった。無事だったのね」
「ええ、何とか。ですが……」
そう言って、大和が悲しげな表情で辺りに目を向ける。
私は、まだ痺れの残る体に鞭を打ち、何とか首だけを動かして辺りを見た。
うわ、こりゃひどいわ。
観客席にいた艦娘達は、まだ何人か気絶状態。
セットも崩れ、スポットライトも割れている。
う、歌を歌っただけでこんなになるんだ……
「あっ! 提督、気が付いたにゃ!」
唖然となっていた私の元に睦月がやってきた。
そして、いきなり深々と頭を下げる。
「提督、申し訳ないにゃ!」
「い、いや、謝らなくていいから説明して。せ、川内のオンチは治ったんじゃなったの?」
「そ、それが、睦月は前回、川内さんに歌を教えたけど、厳密に言うとオンチが治ったわけじゃないのにゃ」
「ど、どういうこと? だって、前に聴いた時はあんなに……」
「あの曲だけなのにゃ」
「へっ?」
「睦月がレッスンした結果、川内さんは天性のオンチ。言わば、艦隊ナンバーワンオンチということが分かったにゃ。その歌声は、まさしく兵器と呼べる代物。武装しなくても歌だけで深海棲艦を沈められるんじゃないかってくらいひどいオンチだったにゃ」
「「…………」」
私と大和は無言。
ほ、本人いないからってそこまで言う?
「あのオンチはもはや治すことは不可能。故に睦月は、如月ちゃん直伝のスパルタ教育法を用いて、一種類の歌――川内さんのオハコである『恋の2―4―11』だけを何とかまとも歌わせることにしたにゃ」
「え~、それはつまり……」
「他の歌は騒音兵器のままなのにゃ」
なるほど、だから川内が歌い始める前に、大慌てで何か合図を送ってたのか。
あれは耳を塞げってことだったのね。
ようやく体の回復してきた私は、ゆっくりと体を起こす。
「ほんとにごめんなさいにゃ」
「いやいや、アンタが謝るようなことじゃないわよ。しかし困ったね~。まさか天性のオンチだなんて……」
「おおっ提督! 気が付いたか!」
そこに利根や筑摩、高雄姉妹がやってきた。
「よかった、アンタ達も無事だったのね」
「うむ。さすがに無傷とはいかんかったが、川内が歌う直前に睦月が合図をくれたからの」
「そっかそっか。しかし……」
私は再び周囲に目を向ける。
「後片付けが大変そうね……」
「クス。大丈夫ですよ~。みんなでやればあっという間です~」
愛宕が、こんな状況でものんびりした声で言う。
「そうね。愛宕の言う通りだわ。とりあえず後片付けにかかりましょ。まだ気絶している子の部屋への運搬と会場の後片付け。各自で分担してさっさと終わらせるわよ」
「よ~そろ~」
「ですが、こんな形で終わってしまって残念です」
と、高雄が残念そうな表情で言った。
「ま、アイドルはともかく、歌の一番うまかったのは大淀ってことで、多分みんな納得でしょ。今は気絶してるから、あとで何か贈っとくわ。それよりさ、この惨事を引き起こした張本人は――」
「あちらです」
筑摩が一方を指差す。
「神通! 神通ってば! 一体どうしちゃったんだろ? 急に気絶しちゃうなんて! 川内ちゃんの歌に感動しすぎて気絶しちゃったのかな?」
「……ねえ利根」
「何じゃ?」
「事実を教えてあげるのも……優しさかしら?」
「ふむ。難しいところではあるが……とりあえず今は後片付けを優先した方がよいかもな。いつまでもこのままというわけにはいくまい」
「確かに。それじゃ各自、仕事にかかって。終わったらお茶にしましょ」
▲▲▲
「これは……」
瑞鶴との死闘(?)を終えたわたしは、大きな爆撃音を聞いて、イベント会場へと戻ってきていた。
「一体何が……」
会場内は、まさしく爆撃を受けたようにひどい有様だった。
幼い艦娘達は気絶して大和や陸奥に運ばれているし――あっ! 提督まで雷と電を運んでいる。
全く状況の掴まなかったわたしは、近くで片付けをしていた筑摩に近づいた。
「ねえ、筑摩……」
「あ、翔鶴さん! 瑞鶴さんとの姉妹喧嘩は終わったんですか?」
「ええまあ。それよりこの状況は?」
「実はかくかくしかじかで……」
「…………筑摩、本当にかくかくしかじかと言われても分からないわ」
「クスッ。冗談です。実は……」
わたしは筑摩から今までの出来事を聞く。
「……なるほど」
「ですから、今はみんなで片付けをしている最中なんです」
「分かったわ。じゃあわたしも――」
「おお、翔鶴! 無事じゃったか!」
向こうから利根がやってくる。
「ええ。瑞鶴と組み合ったまま、いつの間にか食堂の方まで行ってたものだから、幸い、被害はないわ」
「そうかそうか。しかし、体中傷だらけじゃぞ。目には青タンまであるし」
「こ、これは名誉の負傷です……」
「恥のような気もするが……まあよい。片付けもひと段落したし、これから茶会でもしようと話しておったところじゃ。お主も参加するじゃろ」
「ええ」
わたしの言葉に利根は頷き、その場に座り込んで酒瓶を取り出した。
「利根、お茶会にお酒は……」
「まあまあ、もう遅いし、お茶会は飲み会に変更じゃ。それにな、こいつはとっておきの酒じゃぞ」
「そ、そうなの? そういうことなら……」
「おおーい、筑摩! お主もこっちにこい!」
「はい、利根姉さん」
利根に呼ばれた筑摩が、素直にこちらにやってきて、いつも通りに利根の隣に腰を下ろす。相変わらず仲がいい。
「ほれ、まずは一献」
そう言って、利根がわたしにおちょこを差し出す。
「ありがとう」
利根がわたしのおちょこにお酒を注ぐ。
「しかし、まさかお主が瑞鶴と喧嘩をするとはな。初めて見たぞ」
確かにそうだ。わたし達はずっと仲が良くて。喧嘩なんかしたのは、多分これが初めて。
「喧嘩の原因は……まあ、聞くまでもないか」
「…………」
「しっかし、あの提督も随分と慕われたもんじゃなぁ」
利根が独り言のように呟いておちょこを傾けた。
「で、瑞鶴はどうしたんじゃ?」
「……締め落として部屋に寝かせてきたわ」
「プッ! ククク……」
「何よ……」
「いや、すまん。まさかあの翔鶴が妹を締め落とすとは。恋の力は偉大じゃと思ってな」
「……余計なお世話です」
「クク、しかしまあ、まさか吾輩達にこんな穏やかな日々が――」
「アァ~~~~!」
いきなり叫び声がした。
「アンタ達ズルいじゃない! 私を除け者にして、何勝手に飲み会なんてしてんのよ!」
その声ですぐ分かる。あの人だ。
「別に除け者にはしておらんじゃろ。みな、自分の担当する仕事を終えて、今しがた集まったところじゃ。ほれ、ちゃんとお主の分のおちょこもあるぞ」
そう言って、利根が提督におちょこを手渡した。
「え、そうなの! ならいいのよ。ところでこのお酒、食糧庫から持ってきたの?」
「いや、これは吾輩の私物じゃ。とっておきじゃぞ」
ニヤリと笑って、利根が提督に酒瓶を見せる。
「こ、これは! 幻の名酒と言われる純米大吟醸『百合万歳』じゃない! ど、どこでこれを!」
「フフフ、企業秘密じゃ。ほれ、まずは一献」
利根が提督にお酒を注ぐ。
そして提督は、それを一気に飲み干した。
「プハ~~! うまい! さすが幻と言われるだけあるわね」
「そうじゃろそうじゃろ。吾輩の秘蔵の一品じゃからな」
「提督、雷ちゃん達、大丈夫でした?」
と筑摩が聞く。
「う~ん。まだちょっとうなされてたわね~」
「仕方ないですね~。わたし達でさえ、トラウマになったくらいだし~」
と、のんびりした声で愛宕が言う。
「ところで、他のみんなはどうしたの? 今日はもうおねむ?」
「ここにいるわよ~」
「皆さん、お疲れ様です」
提督が尋ねようとしたまさにその時、陸奥と大和が戻ってきた。
「ワタシ達もまぜてくだサーイ!」
「あ、あの、榛名もお相伴にあずかりたいです……」
金剛と榛名もだ。
「川内は?」
「結果は曖昧になってしまったが、思い切り歌ってスッキリしたのか満足顔で戻っていっったのじゃ」
「なるほど、この大惨事を引き起こした自覚はなしか。川内の夜戦欠乏症を治すにしちゃ、えらく高くついたわね。まあいっか。それなりに楽しかったし。ああ、そうだ。お酒が足りないようなら、食糧庫から持ってきていいわよ」
「ほんとですか!」
榛名が顔を輝かせる。
「ええ。今日は無礼講でいきましょ。大人だけのね♡」
そう言って、提督はウインクした。
それから、ささやかながら酒宴が開かれた。
みんなほんのりと顔を赤く染め、おちょこを傾けている。
榛名にいたっては、酒瓶から直接飲んでいた。
「ねえ利根、私さ~、前々からアンタに……っていうか、正確にはアンタと筑摩に聞きたいことがあったのよ~」
若干、呂律が回っていない様子で提督がそう切り出した。すでにかなり酒が回っているようだ。
「ん? 何じゃ?」
「アンタ達ってさ~、パンツ穿いてんの?」
「「はあ?」」
利根と筑摩の声が見事に重なる。
「いやさ~、私は一時期アンタ達の下着とか洗濯してたこともあるから、筑摩のちょっとアダルトな下着も、利根の名前入りお子ちゃま苺柄パンツも見たことはあんのよ。けどさ~、下着穿いてるにしてはさ~、アンタ達、あんな深いスリットの入ったヒラヒラの服着てんのに、そのスリットの隙間から全然パンツが見えないのよね~」
『…………』
一同が唖然となる。
「戦闘中や航行中なんかは、いつも風にあおられてみんなのパンツが丸見えになるから、そこで毎回チェックしてるんだけどさ~、どういうわけかアンタ達のパンツだけは見えないのよ~。だからさ~、ちゃんとパンツ穿いてんのかな~って。もし穿いてなかったらえらいことだしね~」
「プッ、ククク……」
どこからか忍び笑いが漏れた。陸奥だ。
他の者達も呆れや笑いを堪えるなど反応は様々。
「ふむ。そうじゃな~。知りたいか?」
「うん! 知りたい知りたい! 私だけじゃなくて、きっと色んな人達が知りたい」
「ダメじゃ」
「え~! 何で~!」
「何でもじゃ。知らぬ方が良いこともあるのじゃよ、フッ」
「そこを何とか。ちょっとだけこのヒラヒラ捲ってもいい?」
そう言って、提督が利根の服の裾を掴み、捲りあげようとする。
「コラ、やめんか! ダメに決まっとるじゃろ!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「て~い~と~く~」
しかしそれは、禍々しい殺気を放つ筑摩によって遮られた。
「利根姉さんへのお触りは禁止されています~。その腕落ちても知りませんよ~」
「じょ、冗談ですよ筑摩さん。っていうか、ちょっと龍田入ってますよ……あっ! アンタでもいいわよ。ちょっとそのヒラヒラ捲らせてくれない?」
「えっ! わ、わたしですか!」
「そっ。利根のは捲らないから、代わりにアンタの捲らせて。いいでしょ?」
「いいわけがあるか!」
と言って、利根が提督の頭をはたく。
「痛っ! ぶったわね。提督であるこの私を! 親父にもぶたれたことないのに!」
「何じゃ、その妙に芝居がかった言い草は?」
「いや、往年の名アニメの台詞をちょっとね。で、アンタ達、どっちでもいいからそのヒラヒラ捲らせてよ。何なら二人同時でもいいわよ」
「ええい! 手をニギニギさせるな! ダメなものはダメじゃ!」
「ヤダヤダ~! 捲りたい! 捲りたい! め~く~り~た~い~!」
と、提督がその場で子供のように駄々をこね始める。
「プクク……」
「クスクス……」
その様子を、他の者達はみな、必死に笑いを噛み殺しながら見つめていた。
「ねえ、翔鶴」
「何ですか、陸奥さん?」
「まさか、わたし達がこんな日々を過ごせるようになるなんてね」
「えっ?」
「今の生活、なんか夢みたいじゃない?」
「……そうね」
そう。確かに夢のような時間だ。戦いというものに縛られない生活。心をすり減らすようなことがない生活。
わたし達は艦娘。深海棲艦と戦うためだけに生み出された存在。
そんなわたし達が、こんな風に暮らせるようになるなんて。
それもみんなあの人のおかげ。
分かっている。この夢みたいな日々が長くは続かないってことは。
そう分かっているのだ。この幸せな時間が永遠には続かないってことは。
それでもわたしは願う。
一日でも、一秒でも、一瞬でも長く、この幸せな日々が続くことを。
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