「う~ん、う~ん」
寝室のベッドで、寝苦しさに耐えかねて私は目を覚ました。
な、なんか、誰かにずっと抱き枕にされているような感じが――
「すぴー、zzz……」
と思っていたら、私のすぐ耳元で、気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
顔を横に向けると、すぐ目の前に瑞鶴の寝顔があった。
「…………」
その距離、わずかに十センチ。すぐ十センチ先に瑞鶴の寝顔がある。
どうやら瑞鶴は、ずっと私を抱き枕にして寝てたみたい。道理で寝苦しいはずだわ。
瑞鶴の寝息が私にかかる。
あ、あれ? 変だな。なんか顔が火照ってきちゃった。頭も熱い。
私は、ちょっと頭を冷やそうと、ベッドにすえつけられたテーブルから水を取ろうと体を起こす。
「んっ……ダメェ……」
しかし、失敗。瑞鶴がギュッと私を抱きしめて放さない。
「ちょっと、瑞鶴! いい加減離れなさい!」
「ん~……ヤダァ~……」
瑞鶴は寝ぼけたまま私にしがみつき、私の胸に顔を埋めた。
「ちょっ!」
思わず真っ赤になって慌てる私。
しかし、瑞鶴はそんなことなどお構いなしに、口でパジャマのボタンを外して、私の胸に吸い付く。
「嘘っ! ちょっ。やめ……」
「チュー♪」
眠ったまま私の胸を吸い続ける瑞鶴。
基本的に寝る時はノーブラの私の胸を、赤ちゃんみたいにただ吸い続ける。
ヤバッ! な、なんか、変な気分になってきた……
「ず、瑞鶴、お願いだから、ほんとにやめ……んんっ!」
私の必死の訴えも、寝ぼけている瑞鶴の耳には届かない。
マ、マズい、このままじゃ私……
「提督! 大変です!」
そこに突然、血相を変えた翔鶴が入ってきた。
「提督、敵が――って、ア、アナタ達、こんな朝っぱらから何をしてるんですか!」
「待ちなさい翔鶴! 私はされてる方! してる方じゃないわ! 瑞鶴が寝ぼけてて離れないのよ!」
「寝ぼけ……ああ、いつものアレですか。なるほど」
翔鶴が納得したように頷く。
「いつもの……アレ?」
「ええ。瑞鶴は本当に甘えんぼさんで、一緒に寝ているといつもわたしの胸に吸い付いてくるんです」
「い、いつも?」
「はい。でも、そうですか……あの瑞鶴がそこまで気を許すなんて。少し歯痒くはありますが、提督、瑞鶴のこと、どうか末永くよろしくお願いします」
「いや、末永くって、何も結婚するわけじゃないんだから……」
「それでは、若い二人の邪魔をしてはいけませんし、わたしはこれで……」
「ちょっ! ちょっと待ちなさい! 私に何か用があるんじゃなかったの!」
「ハッ! そうだわ! 提督、敵襲です!」
「敵! 一大事じゃない! 何でもっと早く言わないのよ!」
「提督が瑞鶴と朝の××に及んでいると思ったからですよ!」
「だから××じゃないって言ってるでしょ!」
「傍から見たらそうとしか見えませんよ!」
状況も忘れて、朝っぱらから怒鳴り合う私と翔鶴。
「ん~、何よ~? うるさいな~」
そこで、ようやく瑞鶴が目を覚ました。
「ったく、全部アンタのせいよ。で、状況は?」
私は、服装を直しながら尋ねる。
「はい。哨戒に出ていた筑摩からの入電では、どうやら敵の艦隊に発見され、追撃を受けているとのことです」
なるほど。見つかったのは筑摩か。よし。
急いで筑摩(が着けているお守りの中の妖精ちゃん)にリンクを繋ぐ。
「もしもし筑摩、聞こえる?」
『提督! 申し訳ありません。敵に発見されてしまいました』
「それはいいの。で、何で発見されたわけ? 偵察機にでも見つかった?」
『いいえ。いつの間にか敵に捕捉され、現在追撃を受けているんです。偵察機の反応は一切ありませんでした。ただ……』
「ただ?」
『逃げると同時にこちらも偵察機を飛ばしたのですが、どうやら敵の中に、こちらの通信を傍受するタイプの深海棲艦がいるようです。おそらく、それに定時連絡を傍受され、捕捉されたものと思われます』
なるほど。そういえばここにきた初めの頃、翔鶴に通信傍受タイプの深海棲艦がいるって言われたっけ。今まで会わなかったから忘れてたわ。
「そう。分かった。現在位置は?」
『隠れ家から三十キロほど離れたトラック島付近です』
なるほど。前の隠れ家のあった場所付近か。
「撒ける?」
『申し訳ありませんが、それは無理かと』
「了解。もう少し時間を稼げる?」
『はい。敵の速度はわたしと同程度ですから、まだ凌げます』
「よし。すぐに援軍を送るわ。敵の規模は?」
『通信傍受タイプの軽巡一とそれから……』
「それから?」
『……元艦娘と思われる戦艦一、そして重巡が一に駆逐艦が二……』
「……誰か分かる?」
『いいえ。艤装から判断しただけで、はっきりと誰かは分かりませんでした。ですが、どうやらわたしの知っている艦娘ではないようです』
「えっ? アンタ達の知らない艦娘なんているの?」
『ええ。どうやら別の国の……艤装から僅かに見えた限りでは、戦艦がビスマルク、重巡がプリンツオイゲン、そして駆逐艦がZ1、そしてZ3と』
「…………」
なるほど、どうやらこの世界では、翔鶴達はビス子達のことを知らないってことみたいね。
それにしても、予想はしてたけどやっぱり敵の手に落ちていたか。……ろーちゃんには、ビス子達のことは伏せておこう。
「分かった。アンタはそのままその辺の小島を回って時間を稼いで。すぐに助けを向かわせるから」
『了解です』
リンクを切る。
「有希乃、敵なの?」
ようやく頭がすっきりしてきたらしい瑞鶴が尋ねてくる。
「そうよ。状況を説明するわ。現在、筑摩が哨戒中に敵に捕捉され、追撃を受けている。敵は戦艦一、重巡一、軽巡一、駆逐二。どうやら定時連絡の通信をされてに見つかったみたい」
「通信傍受タイプの深海棲艦ですね」
「ええ。前にアンタに教えてもらった奴みたいね。呼称はあるの?」
「いえ、特には決められていません。滅多に遭遇しませんでしたから」
「そう。さっきの筑摩との会話から察しているとは思うけど、敵の戦艦と重巡、それから駆逐艦の二隻は元艦娘よ。もっとも、アンタ達の知らない異国の艦娘みたいだけどね」
「「…………」」
「でね、先に言っておくわ。今回はアンタ達に出てもらうつもりだけど、この元艦娘達については、戻ってきてからも他の子達には話さないで。報告書にも敵が元艦娘とは書かなくていいわ」
「? 何故……ですか?」
「ろーちゃんの探してる子達なのよ」
「えっ?」
「今回の敵はね、ろーちゃんが探してる子達なの。ここまで言えば分かるわね?」
「……了解しました」
「よろしい。では、すぐに筑摩に援軍を送るわ。翔鶴、アンタを旗艦にして、瑞鶴、づほ、大井、島風、睦月によって編成された航空機動艦隊をもって、艦載機による航空爆撃で筑摩の救出なさい。もちろん筑摩の救出を最優先として、その後、敵を撃滅……いえ、もし可能であれば、その通信傍受タイプの敵は鹵獲したいわ」
「鹵獲……ですか?」
「ええ。これから私達が深海棲艦から身を隠して生きていく中で、おそらくコイツは最大の障害になるはずよ。だから、鹵獲して少しでも情報がほしいの」
「……分かりました。ですが提督、一つ具申してよろしいですか?」
「何?」
「旗艦は瑞鶴でお願いします」
「えっ?」
「ちょっと翔鶴姉! 何言ってんの!」
「瑞鶴の力は、すでにわたしを遥かに超えていますから。瑞鶴が旗艦を務めるのが最善かと」
「そんな、翔鶴姉……」
「……いいでしょう。旗艦は瑞鶴で」
「ありがとうございます」
「そんな! 有希乃、アンタまで……」
「今のアンタなら大丈夫よ。それより時間が惜しいわ。二人ともすぐに準備して筑摩の救出に向かって」
「了解」
「……了解」
「第一機動艦隊、出撃しました」
新司令室に響く大淀の声に一つ頷き、私は筑摩へとリンクを繋ぐ。
「筑摩、まだ生きてるわね?」
『はい。ですが、そろそろ燃料が……』
「よく持ちこたえてくれたわ。もうすぐ瑞鶴達が救援に向かうから、アンタはこれから私が指定する座標に向かって瑞鶴達と合流して」
『了解です』
リンクを瑞鶴に切り替える。
「瑞鶴、聞こえる?」
『ええ』
「これから筑摩をアンタ達のところに向かわせるわ。保護をお願い」
『了解』
「悪いわね。できれば、もう二度とアンタ達に同胞を撃たせるような命令は出したくなかったんだけど……」
『何言ってんの! 筑摩を助けるためでしょうが!』
「そうね。ゴメンなさい」
『謝るの禁止。有希乃、アンタは提督なの。みんな、アンタを頼りにしてるの。だから、戦闘時以外ならともかく、作戦中は謝ったりしないで。アンタがブレたら、アタシ達は戦えないわ』
「瑞鶴……」
『まあ、瑞鶴ったら。本当に提督のことが好きなのね。ちょっと妬けちゃうわ』
『ちょっ! 茶化さないでよ、翔鶴姉!』
『フン。あんなア○ズレのどこがいいんだか』
「ちょっと大井、聞こえてるわよ!」
『聞こえるように言ってんのよ。ね~、づほちゃん?』
『づほに同意を求めないで』
「ったく」
でも、こんなやりとりが妙に嬉しい。私の心を軽くしてくれる。
『! 偵察機から入電! 筑摩及びそれを追撃している敵艦見ゆ!』
「よし。じゃあ、敵の射程に入る前に艦載機で攻撃を」
『了解! 第一機動艦隊、旗艦瑞鶴!』
『同じく翔鶴!』
『同じくづほ……じゃなかった、瑞鳳!』
『『『第一次攻撃隊、発艦!』』』
三人の声が見事に重なり、艦載機の大群が空を駆けていく。
一糸乱れぬ見事な発艦。まさしく壮観だった。
勝敗はあまりにもあっさりと決した。
瑞鶴達の艦載機爆撃によって、通信傍受タイプの深海棲艦は大破炎上。他の元艦娘達も戦闘続行不可能なほどの損害を受け、通信傍受タイプを残して撤退していった。敵に空母がいなかったことに加え、瑞鶴達の強さが如実に出た結果となった。
筑摩の保護にも無事成功。元艦娘達への追撃はなしで、今は通信傍受タイプの鹵獲に向かわせている。
敵の撤退を確認させた私は、周囲に他の敵がいないことを確認させて、通信傍受タイプの回収に向かわせていた。
『しっかし、こんなの拾わせてどうする気よ』
「グチらないで、大井。これからみんなで生き延びていく上で、コイツは障害になりそうだからね。できるかぎり調べておきたいの」
そう。これから私達が生きていく上で、間違いなくコイツは最大の障害になる。
個体数が少ないのか今までは会わなかったが、もしコイツが隠れ家周辺をウロウロしてて、私達を発見なんてことになったら目も当てられない。
私達には、もうあの隠れ家以外に身を寄せる場所がないのだ。だから、可能な限りコイツの情報がほしい。
しかし妙だ。アニメにもゲームにも、コイツのような敵は存在しない。
無論、史実では敵の通信を傍受することなど当たり前に行われていたわけだが、艦これの世界ではそういった種類の敵は存在しなかったはずだ。
アニメで通信を傍受されるということがあったが、あれは確か……
そんなことを考えながら、気が付くと私は笑っていた。
変なの。もうこっちの世界で生きていくことを決めたみたいな考え方してる。
元の世界のことなんて少しも考えなくなっちゃった。
ちょっと前までは、これはただのゲームだって思ってたくせに。
『…希乃? 聞こえてる? 有希乃!』
づほの声が私を現実へと引き戻す。
「ああ、ゴメンゴメン。何?」
『見つけたよ』
大井からづほにリンクを切り替えると、そこには確かに残された敵――大破して岩の上に打ち揚げられた通信傍受タイプの姿があった。全く反応がないところを見るにもう事切れているようだ。
間近で見るのは初めてだけど、なんか頭にでっかい電探(?)のようなものを付けている。ヲ級の頭に載っかってるやつを電探に代えたみたいな感じ。おそらくこれが艤装なのだろう。
なるほど、確かにコイツは通信を傍受しそうな感じがするわね。
『で、コイツをどうするの?』
「う~ん、そうね。とりあえず頭に付いてる電探っぽい艤装部分だけを外して、持って帰ってきて」
『うん。分かった』
づほがそう言って、敵の艤装を取り外しにかかる。
『えっ?』
しかし、づほが近づいた次の瞬間、敵の体が急激に膨らみ、突然爆発した。
「なっ!」
自爆した? まさか、そんな……
『づほちゃん!』
大井の金切り声が辺りに響く。
「づほ! 大丈夫! づほ!」
『ケホッ、ケホッ……うん。平気』
煙の中から、紫色をした液体を全身に浴びたづほが答える。よかった。どうやら無事みたい。
『有希乃、ゴメン。艤装がダメになっちゃった』
「いいの。アンタが無事ならそれで。じゃあ、とりあえず帰投して――
そこで私は気が付いた。いつの間にか、視界が翳っている。変だな? 上に何か……!
私が上に視界を向けると、いつの間にかそこに直径三メートルほどの球体が浮いていた。
そう。本当に球体だ。綺麗な真ん円で、真っ黒で、そして、禍々しい球体。
一切の光を通さない漆黒のボール。
『虚無……』
と、誰かが言った。
私には、それを誰が言ったものか分からなかった。
しかし、確かに分かっていることが一つだけ。
私の中の何かが告げる。
コイツは……ヤバい。
「づほ! 聞こえる! 逃げて! 他のみんなも! 可能な限りソイツから離れなさい! 急いで!」
私は叫ぶ。力の限り。
しかし、づほは動かない。いや、動けないのか。
先ほどから、視界が微妙に震えている。
「づほ! お願いよ! 早くそこから逃げて!」
動けないづほをあざ笑うかのように、突然虚無の球体が、まるで大口を開いたかのように中から割け、づほに襲い掛かった。
『づほちゃん!』
それはひどくスローモーションな映像のように見えた。
誰かに突き飛ばされ、ゆっくりとづほの体が虚無から遠のき、水面へと着水する。
しかし、そのかわりに……
「お、大井ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
大井が……呑まれた。