……ドクン。
何あれ? あれが虚無?
……ドクン。
どうしたんだろう? 急に鼓動が速くなる。
……ドクン。
冷や汗と悪寒が止まらない。
……ドクン。
あれ、見たことある。
……ドクン。
私はあれを見たことがある。
……ドクン。
私はあれを知っている。
……ドクン。
どこ? どこで見たんだっけ?
……ドクン。
どこであれに遭ったんだっけ?
……ドクン。
そう、あれは確か――ザッ、ザザッ……
そこで、私の頭に、視界にノイズが走る。
そのノイズの先に見えたのは一つの記憶。
そう。確かに奴は艦娘を呑み込む。
あの時も確か、奴は艦娘を――ザザッ、ザッ…………
「……督! 提督!」
大きな怒鳴り声が、私を現実に引き戻す。
「え? ……何?」
「何を呆けてらっしゃるのですか! 早く艦隊の指揮を!」
大淀に怒鳴られ、私はようやく頭を切り替えられた。
大井が……呑まれた。
あんなにもあっさりと。虚無に呑み込まれた。
私の……せいだ。私があれを回収に向かわせたから。
全部……私のせいだ。
私のせいで……大井が……
ザザッ……ザアアーーーー
また、私の頭にノイズが走る。
そうだ。私はアイツを知っている。アイツは、アイツ……は……
駄目だ! ここまで出掛かってるのに思い出せない!
いや、今はそんなこと後回しだ! 今はそれどころじゃない!
「みんな、聞こえる! 各自、今すぐ全速力でその海域を離脱しなさい! 全員バラバラに逃げて、アイツをかく乱! 急いで!」
そうとしか言うことができなかった。
虚無が、あっさりとみんなが逃げるのを見過ごすとは思えない。
そんなことは分かりきっていた。
つまり、ほぼ確実にこの中の何人かは帰ってこれない。
そんなことは分かっていた。
でも私は、そう指示を出すことしかできなった。
目の前で仲間を失った私には、そうすることしかできなかった。
みんなが、散り散りになって逃げ始める……違う! 全員じゃない!
「づほ! 何してるの! 早く逃げなさい!」
全員が逃げる中、ただ一人、づほだけが弓を引き絞って、虚無に矢を放とうとしている。
あの子、大井を助けようとしてる!
「づほ、駄目! そんなのアイツには聞かないわ! 命令よ! 早く逃げて!」
『けど!』
「いいから早く! 大井の命を無駄にしないで!」
『ッ! ……了解』
づほが絞り出すようにしてそう言い、弓を下ろす。
お願い、神様! 神様じゃなくてもいい! 誰でもいいから、みんなをお守りください!
必死に平静を装って私は祈った。
奇跡が……起こった。
全員に散り散りになって逃げるように指示を出してから数時間後、奇跡的に、大井以外の全員が隠れ家へと帰ってきた。
大井を呑み込んだ後、虚無はしばらくの間、その活動を停止。
それに乗じて、艦隊は逃げることに成功。今に至る。
しかし、無事に帰艦したみんなに安堵や喜びといった表情は微塵もない。
それほどに、私達が失ったものは大きかった。
戻ってきたみんなへの指示を陸奥に一任した私は、そのまま寝室に置いてあるベッドに倒れこんだ。
仲間を失った。それも私のせいで。その事実が、私の心にどでかい穴を開ける。
もう大井はいない。あの生意気な憎まれ口ももう聞けない。
あっさりと、一瞬にして虚無に食われてしまった。あんなにも……簡単に。
今頃になって体が震えていることに気付く。ひどく寒気もする。寒くなどないはずなのに体が震える。
心の中で、必死になって自分に、これはただのゲームだと言い聞かせる。そうでもしないと、本当に心が折れてしまいそうだったから。
けど駄目だ。どれだけ自分にそう言い聞かせても、心に空いた大きな空洞は埋まらない。
情けない。なんてザマだ。みんなに、敵になってしまった元仲間を撃てなんて偉そうに言っておいて、自分はこのザマ。
「大丈夫……ですか?」
いつの間にか、寝室のドアに誰かが立っていた。
「翔鶴……」
「大分、堪えているようですね」
「うん……まあね。みんなは大丈夫なの?」
「さすがに大丈夫ではありませんが……わたし達は、これが初めてではありませんから」
「……そう。みんなに謝らなくちゃね。散々偉そうなこと言っておいて、自分は仲間一人失っただけでこのザマ。全く、瑞鶴に偉そうなこと言う資格なんてなかったわ」
涙が溢れてくる。
ゲームの艦これじゃ、こんなことなかった。
誰かが轟沈しても何とも思わなかった。
だって、建造するなりドロップするなりすればまた出てくるんだもの。
でも、この世界の大井は……
やだよ。
みんながいなくなるのはやだよ。
もう誰も失いたくなんか――
そこで、フワッとした優しい香りが私を包んだ。
翔鶴が私を抱きしめたのだ。
「提督、ありがとうございます」
「えっ?」
「わたし達のために涙を流してくれて」
「…………」
「あなたの流してくれたその涙は、道具としてしか扱われなかったわたし達にとって、本当に嬉しいものであり、愛おしいものです」
「でも……私は、大井を……死なせてしまった……私があの敵を回収になんて行かせなければこんなことには……」
「……はい。ですが、アナタがいてくれたから、わたし達はまだ生きている。アナタがわたし達に生きる希望をくれたのです」
「…………」
「あとのことはわたしに任せて、今は少しお休みください。優しいアナタには、今少し心の休息が必要です」
「……うん」
そして、その優しい香りに包まれて、私の意識は徐々に遠のく。
「提督、今まで本当にありがとうございました……」
その言葉を最後に、私はゆっくりと眠りにおちた。
▲▲▲
提督をベッドに寝かしつかせた後、わたしは提督室をあとにした。
「翔鶴姉……」
部屋の前で待っていた瑞鶴が、わたしに声をかけてくる。
瑞鶴だけではない。哨戒に出ている者を除いて、全員が提督室の前に集まっていた。
「あの……翔鶴さん。有希乃は?」
「大丈夫よ。少し疲れが出ただけ。今はお休みになっているわ」
「ほっ、良かった」
瑞鳳がホッとした表情で胸を撫で下ろす。他の者達も皆、同じような表情を浮かべていた。
随分と好かれたものだと、わたしは内心で驚愕する。
初めて彼女を迎えた時からは想像もできないほどだ。
彼女が初めて現れた時、わたし達の頭に真っ先に浮かんだのは、彼女が本国の送り込んできた敵ではないかという疑念だった。
しかし、あの時の現状では、誰かが全体を見て艦隊の指揮を執る必要があったのも事実。それまではどうにかこうにかわたしがその責務を果たしてきたが、元々わたしはそういった決断を下すタイプではない。残った艦娘達にも適任者がいなかったから、仕方なくしていただけ。
故にわたしは、苦渋の決断で彼女を受け入れた。正直なところ、あの時のわたし達の状況はそれほどに苦しかったからだ。
しかし、みんなに警戒を呼びかけることは忘れなかった。決して彼女に気を許すなと。
しかし気が付くと、金剛に榛名、雷や電など、いつの間にか艦隊にいる全員が彼女を信頼している。もちろんわたしも。本当に不思議な人だ。
彼女と過ごした日々は、戦いのために生み出され、戦いのために生きることを強いられたわたし達にとって、まさしく夢のような時間だった。
もちろん苦労もあったけれど、暖かくて楽しい日々。
でも……
夢はいつか覚めてしまう。そう、それが今……
「みんな、よく聞いて」
わたしの真面目な声に、みんなが表情を引き締める。
「みんな、提督のこと、好き?」
みんなが頷く。
「そう。なら、わたしからみんなに一つ提案があるの。これまでずっとわたし達を守ってくれた提督への、たった一つの恩返し……」
▲▲▲
クライ……
完全なる漆黒の闇の中で、その声だけが響いた。
サムイ……
再び声が響いてくる。
ヤダ……ヤメテ……ワタシノナカニハイッテコナイデ……
声の主の心を、黒くジメジメとした何かが浸食していく。
それはとても不快感を伴う禍々しい何か。
どれだけ拒絶しようとしても、どれだけ抗おうとしても抗えない。
助けたくても、私にはどうしようもできなくて。
ヤメテ! ワタシヲ……ワタシヲ……ケガサナイデ!
コレイジョウワタシノナカニハイッテコナイデ!
その何かは、やがてその声すら浸食するように、声の主を蝕んでいく。
イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
「ハッ!」
悪夢としか言い様のない夢で私は目を覚ました。
そう、夢だ。あれは……夢。
しかし、妙にリアルで、しかも未だにあの叫びが頭に残っている。
頭をブンブン振って、あの叫びを強引に頭から締め出す。体は汗グッショリだ。
私はゆっくりとベッドを出て、近くに置いてあったテーブルの上にある水差しから、直接水を飲んだ。
体が急速に冷えていく。頭が急速に冷えていく。
そして、現在の状況を再認識する。
大井を……仲間を……失った。
私のせいで。
手が震える。
手だけじゃない。体もだ。
これから私はどうすればいい?
どんな顔をしてみんなの前に立てばいい?
何事もなかったように振る舞えるのか?
冷静に艦隊の指揮を取れるのか?
これからもみんなを守っていけるのか?
次々と頭に浮かぶ疑問に、私はどれ一つ答えることができなかった。
コンコン。
「失礼します」
ドアが開いて翔鶴が入ってくる。
「提督、お目覚めでしたか」
「……ええ」
必死に体の震えを押さえつけながら、私は答えた。
「よかった。では、起きて早々に申し訳ありませんが、司令部までお願いします」
「司令部に? 何で?」
「戦いが始まります。おそらく、最後の戦いが……」
司令部に到着すると、そこにはすでにみんなが揃っていた。
みんな、だ。つまりは誰も哨戒に出ていない。
「哨戒はどうしたの?」
「哨戒は必要ありません。しても意味がありませんから」
「え?」
翔鶴の言葉の意味が分からず、私は言葉に詰まる。
「現在の状況をご説明します。現在、多数の敵深海棲艦が、この隠れ家周辺を包囲しています」
「なっ! 数は!」
「分かりません」
「分かりませんって……」
「分からないほど多いのですよ。そう、数えるのも面倒なほどに……」
冷たい声で言う翔鶴。私は急いで、基地周辺に取り付けてあった妖精ちゃん達にリンクを繋ぐ。
「嘘……」
翔鶴の言う通りだった。
この隠れ家周辺が敵に囲まれている。どの妖精ちゃんに切り換えても、周りは敵一色。
深海棲艦。元艦娘。敵のオンパレードだ。
そして、その遥か後方に、とてつもなく大きな球体。
虚無だ。
前に遭遇したものより何十倍も大きい。
この隠れ家周辺の海は、まさしく敵で埋め尽くされていた。
どこにも退路はない。
「どうしてここが……」
「分かりません」
「何で……攻撃してこないの?」
「それも不明です。が、どうやらわたし達が出てくるのを待っているようにも見えますね」
「…………」
ど、どうしよう……
また体が震えてくる。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
頭がどうしようの言葉で埋め尽くされる。
どうしよう。どうしよう。またこの中の誰かが……
「それでは有希乃提督、最後の指揮、お願いします」
「えっ?」
「『えっ?』ではありませんよ。最後の指揮をお願いします。敵は目前、退路はなし。となれば、戦うしかありません」
戦う? あの数を相手に? 勝てるわけないじゃない……
「……嫌」
真っ直ぐに私を見つめてくる翔鶴の瞳から目を逸らして私は言う。
「ダメ。ダメよ。だって、あんなのに勝てるわけないじゃない!」
「…………」
私の言葉に対する返答はない。
「作戦がどうとかいう次元じゃないの。あいつはね、アンタ達の手に負える相手じゃない」
「何故そう言い切れるのですか?」
「分かるのよ。私には分かるの。アンタ達がどれだけ奮戦しても、どれだけあいつに抵抗しても、勝てない。そう、これは運命と同じ。アンタ達にあいつは倒せないわ」
「では、このまま座して死を待つのですか?」
「そ、それは……」
「何よ、今まで自信満々で指揮してたくせにいきなり逃げ腰なわけ?」
そう言ったのは瑞鶴だった。
「みすみすアンタ達を死なせたくなんてないって言ってるの!」
「でも、どのみちこのままじゃみんな死ぬわよ」
「…………! そ、そうだ! ここで息を潜めて、じっと敵が引いていくのを待つっていうのはどうかな? ほら、ここはシェルター状になってるから、ちょっとやそっとじゃビクともしないし、散々砲撃して反応がないとなれば、敵も引いていくかも。ここに私達がいるってバレた確証もないんだし……」
「この状況でその解釈は楽観的すぎますね」
翔鶴が、私の言葉を切り捨てる。
「と、とにかく、私は指揮なんてしないわよ。いいえ、それ以前に出撃も許可しない。私は、絶対アンタ達を無駄死させない。間違いなく死ぬと分かっている戦場に、アンタ達を送り出すことはできないわ」
長い静寂が場を支配する。
「……フウ。分かりました」
ずっと続くかと思われた静寂が、翔鶴の声によって破られた。
「有希乃提督。あなたを解任致します。今までお疲れ様でした」
「なっ!」
その言葉に私は絶句する。
「最後の戦いはわたし達だけでやります」
そう言って、翔鶴が部屋を出て行く。そしてそれに、みんな続く。
「待って!」
私は思わず叫んだ。
「行っちゃダメ! 絶対に行っちゃダメ! これは命令よ! 全員、出撃するな!」
しかし、誰一人としてその命令に従おうとする者はいない。ただの一人も。
「何でよ! 何で行っちゃうの! 死にに行くって分かってんでしょ! 勝てないって分かってんでしょ! なのに、なんで行くの! アンタ達、まだ生きてんじゃない! まだ、あったかいじゃない! まだ……まだ、生きられるじゃない!」
泣きながらの、喉から絞り出すような私の声に、ようやくみんな足を止めた。
「ねえ、やめよう。もうやめようよ。ここでじっと息を潜めてさ、敵が引いたらみんなで逃げるの。艤装なんて、さっさと解体しちゃってさ。普通の人間として生きていくの。そうよ、最初っからそうすればよかったのよ。だって、深海棲艦は普通の人間を襲わないんでしょ? だったら艦娘なんてとっととやめて、これからも今まで通りみんなで……」
「それは無理です」
「えっ? 翔鶴、今なんて……」
「提督、どうやらアナタは、わたし達艦娘がどうやって生まれてくるかご存知ないようですね。では、最後にお教えしましょう。わたし達艦娘は、元は全員、巫女と呼ばれる存在なのですよ」
「み、みこ?」
「そうです。巫女とは、本国の神に仕える女性。他の国ではシャーマンなどと呼ばれたりもします。神楽や祈祷、占いや口寄せなどを行う、神社で神事の奉仕をする者のことですが、わたし達はその中でも口寄せを専門に行う巫女なのです」
「口寄せ……」
「そう。この口寄せにもいくつか種類があります。死霊、生霊、神仏など、巫女それぞれ扱うものは違いますが、艦娘となれる巫女が口寄せするのは神。わたし達は、付喪神と呼ばれる、長い年月を経た道具や物に神や霊魂を宿したものを我が身に憑依させ、己の魂と一体化させる特別な口寄せを行う巫女なのです」
「何……それ?」
「その口寄せを行う方法とは、その付喪神となった物の一部を、巫女の体に埋め込むこと」
「! それじゃあ……」
「そうです。巫女の体に、かつて海に沈み、付喪神となった艦艇の破片を埋め込むことで作られた存在。それが艦娘なのです」
「…………」
何よ、それ? それが……艦娘の真実(設定)ってこと?
「提督、アナタは前にこう聞かれましたね。他の艦娘を造れないのか? と」
「……ええ」
「そしてわたしはこう答えました。開発資材がないから無理です、と」
「……そうね」
「その開発資材というのが、沈んでいった艦艇の破片と巫女のことなのですよ。装備開発に使う場合の開発資材というのは、また別にあるのですけどね」
「…………」
「艦艇の破片の一部を埋め込まれ、艦娘となったわたし達の魂は、その艦艇に宿った魂と一つとなり融合します」
「…………」
「融合した魂は、『魂装(こんそう)』と呼ばれる、普通の人間には見えない不可視の艤装となってわたし達の体を覆い、それがある故に、わたし達艦娘は、アナタが目にしてきた艤装と呼ばれる鋼の鎧を身に纏い、深海棲艦と戦うことができる」
「…………」
「そして、魂の力を艤装に込めているからこそ、わたし達艦娘は、通常兵器では倒すことのできない深海棲艦達にダメージを与えることができる。魂とはすなわち霊的な、もっと噛み砕いて言えば心の力。魂は、生きとし生ける者全てが持っています。しかし、わたし達の魂は特別。わたし達には、わたし達自身の魂と同時に、付喪神となった艦艇の魂が宿っている。わたし達はその魂の力を持って、深海棲艦の持つ障壁を中和し、攻撃を加えている。だからこそ、わたし達だけが唯一、深海棲艦に対抗できたのです」
「…………」
そうか。以前から私が不思議に思っていた、艦娘達の周りを覆うようにしてまとわりついていた薄い靄のような物がそれだったんだ。
「ここまで言えばお分かりでしょう。わたし達が行動を行う上で、何故薬状の資材とそうでない加工されていない資材が必要なのか。そう、薬状の資材は魂装に、加工前の資材はアナタの目にしている艤装に使うためです」
「…………」
「アナタは先ほど、わたし達に艦娘をやめろと言った。確かにアナタが普段目にしている艤装は、解体できなくはない。しかし、艦娘をやめるということは、魂装を解体するということ。魂装を解体するには、わたし達の体から艦艇の破片を取り除くしかない。しかし、それは同時に、取り除いた瞬間、一つに融合したわたし達と艦艇との魂をも引き裂くことを意味する。よくて廃人。悪ければ即死」
「じゃ、じゃあ、もう見える方の艤装はせずに、普通の人間として……」
「それでどこに行くというのです? わたし達はすでに本国中の敵なのですよ。今の本国にとって、わたし達は害悪以外の何物でもない。深海棲艦が、どうやって人間となんら見た目の変わらぬわたし達を区別していると思います? 魂装を常に身に纏っているからですよ。奴らは、これを見てわたし達と人間を区別する。これがある限り、わたし達は、本国にとって害悪。つまり、もう本国にわたし達の居場所などないのです」
「そ、そんなこと……」
「それとも他国に亡命でもしますか? それも無理ですね? これだけ大人数の厄介者を
背負い込もうとする寛容な国などどこにもありません」
「……じゃ、じゃあさ、やっぱりここで息を潜めて……」
「死ぬまで怯えながら生きていくのですか?」
「…………」
「わたしは、そんな生き方は御免です。死ぬまで怯えて生きるくらいなら、虚無に一撃でも浴びせてから胸を張って死にたい」
「……何でよ。そんなのただの自己満足じゃない。初めて会った時に言ってたことと違うじゃない」
「ええ、その通りです。他に生き残った幼い者達の手前、わたしは自分の主張を貫いて共に死んでくれとは言えなかった。でも、少なくともこれから一生、虚無と人に怯えて生きていくよりはずっといい、今ははっきりとそう言います」
「…………」
「それにね、有希乃さん。もうあなたは提督ではないのです。だから、あなたの命令に従う気はありません」
そう言って、翔鶴はドアを開けた。
「あなたは普通の人間です。わたし達に監禁されていたと言えば、国に咎められることはないでしょう。もし、それでも咎められるようなことがあればこう言ってください。『自分は、残った艦娘達を処分するために、あえてあの者達と行動を共にしていたのです。しかし、ご安心を。残った艦娘達は、全て虚無との戦闘で轟沈しました。ですから、我々はこれ以上、虚無や深海棲艦に怯えることはありません』と」
「なっ? アンタ、何言って……」
「こう言えば、むしろ勲章がもらえるかもしれませんね。まあ、どうするかはあなたにお任せします。ですから有希乃さん、あなたは早くここを立ち去ってください」
翔鶴がドアから消えていく。妖精さん達も一緒に……
「よ、妖精さんまで……」
「当然ですよ。アナタには言っていませんでしたが、元々妖精さんは、わたし達の一部なのですから」
「なっ!」
「わたし達の持つ魂装、その一部から生まれたのが妖精さんなのです」
「…………」
「故に、わたし達は艦載機に妖精さんを乗せることができ、その妖精さん達と五感を共有することができる。そして、わたし達が死なない限り、妖精さん達も死ぬことはない」
「それじゃあ、応急修理女神や応急修理要員達は……」
「あれは工作艦である明石の妖精さんです。故に今は存在しない。明石がいなくなってしまった今となっては……」
「…………」
「随分と話が長くなってしまいましたね。それではこれで。有希乃さん、今まで本当にありがとうございました……」
そう言い残して、翔鶴が去っていく。
他のみんなもそれに続く。
「雷! 電! 駄目! 行っちゃ駄目!」
「……ごめんね、お姉ちゃん」
「……ごめんなさい、なのです」
「づほ。アンタも行っちゃ駄目!」
「……ごめんね、有希乃。づほ、行かなくちゃ」
「金剛! 榛名! アンタ達も止めて!」
「……ソーリーね、提督」
「……申し訳ありません」
みんな、次々と私の元を去っていく。
そんな、大淀まで……
もう頭の中がグチャグチャだった。
何でよ、何で分かってくれないの?
私はただ、アンタ達に生きてほしいだけなのに。
「へえ、アンタもそんな顔するんだね」
「えっ?」
みんな去ってしまったと思っていた私の耳に、瑞鶴の声が響く。
「あんた、何で……」
それに対する返答はなかった。
不意に私を、優しい温もりが包み込む。
瑞鶴に抱きしめられたのだ。
「ゴメンね」
「えっ?」
「翔鶴姉ってさ、ほんとにテンパッた時って、あんな風に冷たくなっちゃうんだ。でも、あれは本音じゃないの。嫌わないであげて」
「嫌うわけないじゃない……」
「そっか、良かった」
「……アンタも行っちゃうの?」
「……うん」
「何でよ……死にに行くって分かってんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、何でよぅ」
また、涙が溢れてくる。
「だってさ、このままじゃ、アンタも一生逃亡者じゃない」
「えっ?」
「アンタは優しいから、ずっとアタシ達と一緒といるでしょ」
「……そんなの、当たり前じゃん」
「でもさ、逃亡生活っていうのは、やっぱりすごく辛いんだよ。アタシ達は、アンタが来る前にそれが嫌ってほど身に染みてる」
「…………」
「毎日ずっと怯えて暮らす日々。暗く狭いところに引きこもって、ずっと死と隣り合わせで暮らす日々。ずっと一緒だった仲間が、一人また一人と減っていくそんな日々。そんな生活がずっと続くの」
「…………」
「そんな生活、アンタには耐えられないよ。この艦隊で一番優しいアンタにはね」
「…………」
「でも、深海棲艦は人間を襲わない。つまり、アンタは襲わない。アタシ達と一緒にさえいなければ」
「…………」
「それに、アタシ達を襲ってくるのが深海棲艦だけとは限らない。人間達も今は何の手出しもしてこないけど、いつアタシ達を攻撃してくるか分からない」
「……でも、それでも私は――」
「翔鶴姉はさ、アンタにそんな思いさせたくないんだよ。だから、あんな風に言っちゃたんだ」
「…………」
えっ? 何? じゃあ、みんなが行っちゃったのは私のためなの?
「アンタは普通の人間。だからさ、まだ戻れるんだよ。幸せな生活に戻れるんだよ。アンタにだけは幸せに生きてほしい。それが、アタシ達、全員の願い」
視界が霞む。
「何でよ、何でそんなことするのよぅ」
私はまた泣き崩れた。まるで駄々っ子のように。
「アンタ達を死なせて手に入れた幸せなんて、そんなの全然嬉しくないよぅ」
「……クスッ。やっぱりね。だからよ」
「ひっくっ……えっ?」
「アンタがそういう奴だから。アタシ達は行くの」
「…………」
「アンタがそういう優しい奴だから、アタシ達は逝けるの」
「…………」
「はっきり言うとね、アタシ達は人間なんて嫌い。手の平を返すようにアタシ達を見捨てた人間が大ッ嫌い」
「…………」
「でもね、アンタだけは別よ。だって、ずっとアタシ達と一緒に戦ってくれた仲間だもの」
「…………」
「アンタがいなかったら、きっとアタシ達はもうここにはいなかった」
「…………」
「そのアンタのためと思えば、アタシ達は死ぬのなんて少しも怖くないわ」
そこで、瑞鶴がゆっくりと私から体を離して立ち上げる。
「今までありがとう、有希乃。アンタと一緒に過ごした日々は本当に楽しかった」
そして、瑞鶴も消えていく。みんなと同じように。
「アンタは生きて。これからもずっと。そして、願わくば……アタシ達のこと、ずっと覚えていてね」
▲▲▲
格納庫内で、みんな、ただ黙々と戦闘準備に入っていた。
これから死地に赴くというのに、不思議とみんなの顔に悲壮感のようなものはなかった。
むしろ、どこか晴れ晴れとした雰囲気が漂っている。
「さて、みんな、準備はいい?」
「オッケーネ!」
「榛名も準備万端です!」
金剛榛名姉妹がはつらつと言う。
「雷達だっていつでも行けるわ。ね、電?」
「はいなのです。電の本気を見るのです」
雷電姉妹も。
「吾輩達もじゃ。のう、筑摩?」
「はい。利根姉さん」
利根姉妹も。
「夜戦じゃないけど、わたしも行けるよ」
「神通も参ります」
川内姉妹も。
「高雄、いつでも出撃できます」
「よーそろー♪」
高雄姉妹も。
「わたしだっていつでも行けるよ~。もっちろん、睦月ちゃんと一緒にね♪」
「うん。睦月も頑張るニャー」
島風、睦月コンビも。
「皆さんの背中はわたしが守ります!」
羽黒も。
「クスッ」
陸奥も。
「戦艦大和、推して参ります」
大和も。
「さて、久方ぶりの実戦ですね」
大淀も。
「行きましょう、瑞鶴」
そして翔鶴姉も。みんな晴れ晴れとした表情で言う。
「ゆーも忘れないでください」
「まるゆも行けるです」
そうだった。この二人を忘れてた。
ゆーもまるゆも、気合十分と言った感じで言う。
「ゆー、まるゆ、アンタ達は残っても――」
「ダメです。ゆーも行きます。みんなと一緒に戦います」
「まるゆだって艦娘です。やってやるです」
「……そう」
そうだった。この二人だって艦娘。アタシ達の仲間だった。
でも、アタシは一つ、ゆーに伝えておかなければならないことがある。
「ねえ、ゆー。アタシね、アンタにどうしても伝えておかなくちゃならないことがあるの」
「何ですか?」
ゆーが円らな瞳でアタシを見つめる。
その曇りのない瞳が、アタシに言うのを躊躇わせる。
けど駄目。言わなくちゃ。これが最後なんだから。
「あのね。もしかしたら……ううん。間違いなく、これからアタシ達はアンタの探してるお姉ちゃん達とも戦うことになるわ。アンタのお姉ちゃん達はもう……深海棲艦になっちゃったの。だから……」
「知ってます」
「えっ?」
「ゆー、もう全部知ってます」
「嘘……何で……」
「前に、瑞鶴さんと翔鶴さんの話してるの聞いてました。だからゆー、今のこの世界の現状も、ビスマルク姉さん達が深海棲艦になっちゃったことももう全部知ってます」
「……それでも、アタシ達と一緒に戦ってくれるの?」
「ん、戦います。ゆーだってこの艦隊の一員ですから。みんなを傷つける者は、たとえ姉さん達でも許しません」
「……馬鹿ね」
気が付くと、アタシは力いっぱいゆーを抱きしめていた。
有希乃がこの子にぞっこんな理由が少し分かる。
「……痛いです」
「あっ! ゴメンゴメン。それじゃあ行こう、翔鶴姉!」
「ええ。行きましょう、瑞鶴。有希乃艦隊最後の戦いへ」
「? 有希乃艦隊? 何それ?」
「クスッ。最後くらいいいかと想って。ほら、いつまでも第一艦隊とかじゃ味気ないでしょ? だから最後くらい、ね?」
そう言って、翔鶴姉が小さくウインク。
「アハハッ。ナイスアイデアネ」
「いいじゃん。そういうの好きだな~」
金剛と川内がノリノリで頷く。
アハッ。確かに悪くない。最後に有希乃の名前を冠した艦隊で戦えるのは。
「うん。確かにいいね。それじゃ翔鶴姉、旗艦としてみんなに一言お願い」
「何言ってるの、瑞鶴? 旗艦はアナタに決まっているでしょう?」
「えっ? アタシ?」
「そうよ。ねえみんな?」
翔鶴姉の言葉に、みんなが笑顔で頷く。
やれやれ、参ったな。
「それじゃあ、僭越ながら旗艦として最後に一言。と言っても、最後だし変に湿っぽくなるのも嫌だから、明るく行きます」
アタシは大きく息を吸う。
「それじゃあ睦月にちなんで~、みんな、張り切って行きましょ~~~~!」
『おおぉ~~~~!』
力いっぱい拳を振り上げたアタシにみんなが続く。
「さて、気持ちよく締めたところで、有希乃連合艦隊旗艦瑞鶴、抜錨します!」
▲▲▲